パペット劇場ふらり旅 ~広島~

芝居好きの私がめぐり合った人形劇の魅力、たっぷりとお伝えします。

柳家喬太郎の「井戸の茶碗」に思う

2009-11-28 | 落語
下に書いた柳家喬太郎独演会でトリに演じられた「井戸の茶碗」がずっと心に引っかかっている。今までに聴いた「井戸の茶碗」とはあちこち少しずつ変わっていて高座を聴きながらその箇所にぶつかるたびに「ん?」とか「あれっ!」とか感じていた。

といっても、私の記憶に在るのは、師匠の柳家さん喬の高座であり、よく演じる古今亭円菊のものであり、ずいぶん以前に聞いた古今亭志ん朝のものであり、最近は古今亭菊丸である。

無類の正直者である屑屋の清兵衛と貧窮しても武士の誇りを失わない千代田朴斎、若いながら一本筋の通った男として高木作左衛門といった面々が登場する。聴き終わったあとになんとも爽やかな気分の残る噺である。

明らかに定番の「井戸の茶碗」とは違っている。だが、換骨奪胎して「新・井戸の茶碗」になるわけではなくいつもどおりのサゲに収まってしまうのだ。

たとえば、千代田は数日風邪を引いて賣朴(易者の仕事)に出られず生活に困って仏像を売るのだが、この場面で喬太郎は、食事には困らないがもう一品つけてさし上げられないのが悲しいという娘の言葉に父親の面目が立たないという理由になっている。武士というよりまるでサラリーマンパパである。

高木が窓下を通る清兵衛のかごの中の仏像に目を留め見せてくれと頼む。門を廻って入ってくると時間が掛かるので籠を下ろすからその中に入れてくれと言うシーンがある。さりげないけれど、人間の信頼感を感じさせてこの噺全体の雰囲気を支えている。
喬太郎は、門を入って部屋まで持ってくるようにと言わせている。実際に対面して話しているのだから、後段の窓下の屑屋の顔検分の場面がいま一つ自然ではなくなる。
下僕の良助も何だか世故に長けた感じでこの噺の登場人物からは浮いている。

目通りを許された高木が件の茶碗を持って登城する場面では、茶碗の価値など全くわからない殿様であり、偶然に側近くにいた鑑定家が井戸の茶碗という名器であることに気付くという筋書きになっている。ところが、喬太郎の演じる細川の殿様は一目でその茶碗の違いに気づき、わざわざ鑑定家を召して再確認をしている。よく落語に登場するアホな殿様とは明らかに違うのである。

「つまり、150両で娘を売るわけだ!」なんて科白にも驚かされた。

意地の張り合いで受け取れ・受け取らぬでふたりの武士の間を行ったり来たりする破目になる清兵衛の気の毒さ加減も、100文の仏像が50両の小判になり、それが300両の名器になっていく意外な展開までこの噺にもともと込められていたものである。そっくりそのまま借用していながら、喬太郎の高座においての随所に見られる改変(?)の意味するものがよく判らない。

もともとの「井戸の茶碗」は、聴いたあとに爽やかな感じを残す、いい噺ではある。
さん喬の噺に登場する清兵衛などは、信じられないような好人物で、ますますこの落語を浮世離れした美談に感じさせてしまっているのかもしれない。
落語会を後にした観客は、もとの欲と不正にまみれた現実社会に戻っていかねばならないのだ。だからこそ一服の清涼剤としての「井戸の茶碗」とも言える。

サラリーマン経験のある柳家喬太郎はそれを良しとしなかったのではないか。

10銭20銭の小商いをして、50銭を有難いと言って受け取る感覚があっても50両という大金を目の前にして心が動揺しないだろうか、欲心は起こらないだろうか。起こっても不思議はないし、正直清兵衛というあだ名に、自分の欲望に対して正直だという解釈はいかにも現代風で皮肉が利いている。

落語に登場する殿様は大概がぼーっとしているばか殿さまが多い。権力者・為政者に対して愚かだと見立ててこれを容認した。当時の庶民層にとってはそれが精神衛生上有益だったろう。だが、いまの現実社会ではどうだろうか。

自ら判断力を持ち、専門家の力を借りながら決定していく為政者像(殿様)こそ、いまの観客の理想なのである。噺の中にはほんの僅かしか登場しないが、喬太郎の描いた細川の殿様、私には鮮烈な印象を残した。

私が落語を聴きに行くとき、それは決して古典芸能の鑑賞に行くつもりではない。
そこに「いま」を見つけたい、意識化したいと思うのだろう。
柳家喬太郎の高座にはそれがあった、ということだ。完成された古典落語とはほど遠かったにしても。



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2 コメント

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老害に思う (老害は嫌い)
2017-11-19 16:12:54
昔の落語家を聞いていたことがあるだけの客に過ぎない老人が
現代の名人の斬新な落語についていけなくて小言を言う。
老害としか言いようがない。
昔の落語家がそんなにいいならDVD見てなよ。
寄席で同席するのは御免蒙る。
Unknown (Unknown)
2018-05-04 01:27:44
ちょいちょいお兄さん、随分御大層な物言いだけど()つける時間あるなら最後まで読みましょうよ

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