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最近の旅行記録とともに、以前訪れた場所の写真などを紹介し、見つけた面白いもの・鉄道・化石などについて記します。

父の遺した写真 74 名古屋の市電・市バス2

2018年04月22日 | 鉄道
父の遺した写真 74 名古屋の市電・市バス2

 当時の自宅近くのバス道路の写真がある。

74-1 市立城北病院 1958.3.30

 現在の地下鉄黒川駅の場所にあった病院。2011年に名古屋市立西部医療センターとして志賀公園の西に合併・移転した。移転前のビル(地下鉄名城線の開通は1971年)は地上6階の大きなもので、この写真はその前の時代の木造2階建てで、なつかしい。お世話になったことはないが、従兄弟の入院でお見舞いに訪れたことがある。手前の道路(環状線)は私がずっとお世話になった市バスが通っていた道で、中央2車線だけ舗装されていた時代もある。写真もそのように見える。

74-2 愛知文化会館 日時不明 1958年より後

 前回、同じ場所の写真を掲載した(73-2)が、それより後の時点のもの。文化講堂(1958年開設)が見える。錦通りと久屋大通の交差点に大きなモニュメントがある。ボンネットバスは3台、他2台は箱形バス。中央にバス停があって、中学生頃にはここから自宅方向に向かうバスに乗った記憶がある。撮影場所はオリエンタル中村の屋上。

74-3 港区昭和町矢作製鉄 1958.12.13

 矢作製鉄は、1998年まであった鉄鋼メーカー。場所は名鉄常滑線大同駅の西に当り、現在は中部リサイクルという会社のあるところ。バスは箱形で後の字幕にある文字はたぶん「貸切」。

74-4 路面電車の線路 東区鍋屋町 1968.9.28

 路面電車の線路は、車が通ることも想定して道路面がそろえてある。レールの両側と間は写真のように花崗岩の切石で埋められていた。きれいに平らなわけではなく、多少凹凸があったから、進入した車が気づくという効果もあったのだろう。場所は東片端から少し南に行った鍋屋通りの西端。「鍋屋」(鋳物)も「洋菓子ボンボン」も現存する。右端に見える立て札は、「鋳物師上野太郎左衛門宅跡」というもの。尾張藩の鋳物を作っていた旧家で、もともとの家はもっと東にあって、その場所はそれに因んで鍋屋上野と名づけられた。
Key words Tram-car Nagoya Municipal-bus Johoku-Hospital Kurokawa Shiga-Park Aichi-Arts-Center Nishiki Hisaya TV-tower Oriental-Nakamura Sakae Nagoya-Subway Yahagi-Steel Meitetsu Tokoname Daido Higashikataha Nabeya-Dori Bonbon Nabeyaueno Iron-Casting 路面電車 名古屋市営 城北病院 黒川 志賀公園 愛知芸術センター 文化講堂 錦通り 久屋 テレビ塔 オリエンタル中村 栄 名古屋市地下鉄 矢作製鉄 名鉄 常滑 大同 東片端 鍋屋通り 鋳物 愛知
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