FPの岡ちゃん 頑張ってます(奮闘記)!!

FP歴32年目の岡ちゃん!! FP活動や日々の奮闘ぶりをご紹介したします。

ビリケンさん

2007-03-29 21:24:20 | 生活慣習
 3月29日(木)

 幸せの神 ビリケンさん 我が事務所に鎮座ましました。
ちょこんと座った表情が素敵です。

 通天閣の展望台で、真っ先に迎えてくれるのが、幸運の神様「ビリケン像」。
合格祈願・縁結びなどあらゆる願いを聞いてくれる、なんでもござれの福の神なんです。さあて、今日は何をお願いしましょうかねえ。

通天閣の「ビリケン」は、5階の展望台の立派な台座にちょこんと座っています。笑っているのか怒っているのか。不思議な表情と、愛敬あるポーズが人気で、いつもお願いする人が絶えません。さて、そんなビリケンさんは、実はとても謎が多い神様。いったい、いつ、どこから通天閣にやってきたのか?
そんな「通天閣ビリケン誕生物語」をゆっくりお楽しみください。

ビリケン(BILLIKEN)は、1908年(明治41年)アメリカの女流美術家E・I・ホースマンという女性アーティストが、夢で見たユニークな神様をモデルに制作したものと伝えられています。
トンガリ頭につりあがった目という、どこかしらユーモラスな姿は、たちまち「幸福のマスコット」「福の神」としてアメリカを始め世界中に大流行しました。
日本でも花柳界などで縁起物として愛されていました。

世界的な流行を受けて、1912年(明治45年)オープンした「新世界」の遊園地「ルナパーク(月の園)」では、さっそく「ビリケン堂」を造りビリケンを安置。
これは大当たりし、新世界名物としてその名をとどろかせ、ビリケン饅頭やビリケン人形などのみやげ物まで作られました。
また「福の神・ビリケン」を七福神に加え、「八福神めぐり」なども流行したと伝えられています。
しかしビリケンは、ルナパークの閉鎖と共に行方不明になってしまいました。

オイルショックが去り、通天閣の灯が復活して新世界に活気がよみがえった1979年〈昭和54年〉、浪速文化の拠点をめざした「通天閣ふれあい広場(現・3階イベントホール)」ができました。
この時、新世界に馴染みの深い「ビリケン」の復活も決まりました。
しかし、資料になるべき写真が見つからず。思案にくれている時、田村駒株式会社が版権を持っていることが判明。田村駒さんのご好意で、同社の「ビリケン」をもとに木彫で復元したのです。像の彫刻は伊丹市在住の安藤新平さん。

何はともあれ楽しいビリケンさんです。