伝説の男の知られざる一日

岡田年世のブログです

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ありがとうございました

2007年12月26日 | Weblog
今日は、ラントスタァの解散ライヴ。
アノ嵐の日に新しい旅立ちの儀式をしてから3042日の活動をした。

ラントスタァに関して僕は、メンバーでありながら壱ファンでもあった。
大好きなバンドに関して俺はいつもこういった感情になるものだ…。

楽曲も大好きであり、メンバーの笑いや笑顔も大好きだったし、真剣な演奏中にも見え隠れするユーモアやイタヅラ的感覚が何より居心地が良かった。
だから、いつも自然体でいられたし、ソコがまたこのバンドの魅力であり欠点でもあったのかとも思える。

僕らは音楽に対していつも真面目に接してきたつもりである。
その基盤があったからこそ、どんな時にも笑いが絶えず、いつも楽しく活動ができたのだと思う。

だがしかし、イツの日からか僕らの中の“強い意思と共に向かうべき目的や計画”が希薄になってしまい、ソレを探しながら七転八起するエネルギーが1つに纏まらなくなってしまったのである。
音楽に対してはマヂな僕らにとって、この“何となく”の自然体であることだけの活動がどこか苦になってしまうのは言うまでもない。
勿論、ライヴ自体に“苦”などは存在しないが、それぞれが“活動の必要性”を再認識できたら新しいプランと共に再び立ち上がろうと決心したのである。

やはり8年も活動をしていたら自分が我武者羅に進んで行くスピードに何かが追いついてしまうものである…。




↑さて、この愛すべきラントが見事に散る儀式に気合を入れて自分のセットを持ち込みました。
今までの活動やレコーディングでの音とはカケ離れた爆音ドラムセットだけど、バンドとはつまりソレゾレの個性のぶつかり合いでもある。
僕の音の方向がコチラを向いていることも、昔から他のメンバーは理解してくれていただろうし、だからこそ僕もアノ頃の音に寄り添って行けたのかなぁ…、と。

楽器そのものは爆音系だけど、ソレをピアニッシモからフォルテッシモまで操るのが自分の理想の音です。




ライヴでは最高のプレイはできなかったケド、素晴らしいバンド演奏だったと思う。
いろんなマジックが起こったのは8年間の活動のお陰だね。




ラントとの楽しかった想い出に感謝します。
『もっと良いプレイができたら…』って何度も思ったけど、ソレは次の機会があることを信じて…、その時には必ず…。

今まで応援して下さった皆様に感謝…。
お世話になった多くの方々に感謝…。
ラントを通しての数え切れない出逢いに感謝…。

ステキな出来事~想い出をありがとう…。

ココに書きキレなかった多くの想いを胸に新しい世界へ進んで行けたら…と思っています。


星は最期の時を迎え見事に散ったけど、皆さんの胸の中で想い出としていつまでも輝いていてくれたなら嬉しいナァ…。

何かのエネルギーがソコに発生したなら塵が集まってまた星となることでしょう…。


皆さん、ありがとうございました。
サヨナラ。バイナラピィー!!

【完】
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500日が過ぎ…

2007年12月23日 | Weblog
去年の誕生日に“500日計画”のカウントダウンを始めた。
不安でありながらも、期待を乗せて…。

120%の力で頑張ったとは言えないが、いつも何らかの目標を持って活動できたと思える。

そりゃぁ~、毎日毎日カウントダウンを意識していたかと言えばソウぢゃぁないだろうケド、意識はいつもソコにあったハズ…。
でも、その“意識”ってモノだけで頑張ってきた訳ぢゃなくて、“頑張る理由”や………、やっぱ好きだからだろうし、もっと深く関わりたかったんだろうネッ。




26日でラントスタァの活動が終わる。
8年と4ヶ月くらい…、こちらは3000もの日々であった。

ちなみに三蔵法師の一行が長安の都を出発して天竺の大雷音寺に到着したのは、5040日、14年目のことであった…。
ちなみに、何故に天竺の大雷音寺に行ったかというと、それは15144巻の“大乗の経”を受け取る為で、実は3年の予定だったらしい…。
アァ…、唐の太宗皇帝の時代(貞観の時代)が懐かしい。

0's Live

2007年12月06日 | Weblog


今日は、0'sのライヴ。
久々のegg-man。

ツアーで4日連続のライヴをヤッたせいか、マアマア良い演奏ができたよ。

今日はバスドラムのピッチが高くし過ぎて、跳ねッ返りが強過ぎたなぁ…。
ヘッドが新しかったからエッヂの馴染みが悪かったんだぁ…。

バスドラムのチューニングはピッチが取り辛いから難しいッ(涙)。


2007年11月28日 | Weblog
今日は兄(ラオウ)の誕生日である。





関係無いが、先日、兄から届いたメールが面白かったのでちょっと皆にも…。


[件名]
どーでもイイ話だが....

[本文]
それにしても、テレビ朝日の「お宅訪問」での渡辺篤史のオベンチャラは、ある意味、現代のタイコモチ芸とも言える伝統性を感じるよね。
どんなにセンスの悪いヘンテコな家でも、ドアを開けて出て来た夫婦がツッコミどころ満載のヘンテコなファッションをしてても、そうした部分にはいっさい触れずに、まるで警察の麻薬犬が微量の麻薬の隠し場所を探し当てるかのように、何とかして褒める場所を探し出して、当たり障りのないとこを百万倍くらいに大ゲサに褒めまくるもんね。
どんなにつまんない芸人の芸を見ても、大ゲサに手を叩いて大笑いしてるフリをする関根勤も、なかなかのシラジラシサがあるけど、まだまだ渡辺篤史のシラジラシサの足元にも及ばないだろう。
渡辺篤史のように、その家の人までもが、あまりのシラジラシサに照れ笑いをしちゃうほどの領域まで行かないと、芸風として確立されたことにはなんないと思う。

そんなオベンチャラ芸の第一人者、渡辺篤史だけど、昔は、「俺たちは天使だ」っていう日本テレビの探偵ドラマに出てて、あたしは大好きだった。
あたしが子供のころって、毎日、夕方に、「傷だらけの天使」だとか「探偵物語」だとかの再放送をしてたんだけど、その中でも、コメディー性の強かった「俺たちは天使だ」は、あたしの好きなドラマだった。
主役は、養父で事務所の社長だった日景忠男とのホニャララ関係を清算するために、「おやじ、涅槃で待つ」って遺書を残して、高層ホテルから飛び降り自殺しちゃった沖雅也で、渡辺篤史は「ナビ」っていうニックネームの部下だった。

あたしが、この役柄を良く覚えてるのは、ドラマの中でのナビの大好物が、アジフライを食パンにはさんで食べる「アジサンド」だったからだ。
それまでのあたしは、「アジフライは白いご飯のおかず」って認識で、マサカ、パンにはさむなんて想像もしてなかったから、最初にナビの「アジサンド」を見た時には、「ゲゲ~!」って思った。
だけど、ドラマの中で、毎回毎回、ナビが美味しそうに食べてるもんだから、あたしもだんだん食べてみたくなって来ちゃった。
それで、母さんが晩ご飯のおかずにアジフライを作ってくれた時に、チャレンジしてみたのだ。

食パンにマーガリンを塗って、キャベツの千切りを全体に乗せて、その上にアジフライを乗せて、ソースをかけて、もう1枚の食パンでサンドイッチにした。
そしたら、すごい厚みになっちゃって、食べるのが大変そうな感じになったんだけど、大きく口を開けてパクッと食べてみたら、これが、それまで食べたどんなサンドイッチよりも美味しかった。
それで、あたしは、それ以来、「アジサンド」が大好物の1つになっちゃって、今でも、タマに食べたくなると、スーパーのお惣菜のコーナーでアジフライを買って来て、パンにはさんで食べたりしてる。

‥‥そんなワケで、あたしは、この「アジサンド」を食べるたびに、「俺たちは天使だ」のナビのことを思い出すワケで、そのたびに、「この素晴らしい食べ物をあたしに教えてくれた偉大な人物が、今や、他人の家をオベンチャラ言いながら回ってんのか‥‥」って思って、リトル悲しい気分になって、心に北風が吹いちゃう今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?



こんなメールを突然送ってくる兄をもつワシです(笑)。
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冥腑魔道の道を進む

2007年10月15日 | Weblog
今日から新しい生活がスタートした。

来ない明日に向かって今日を限りに生きる…。

視界は霧に包まれている…。
何のアテも無い…。

信念を持って想い描いた未来へ向かって…。
ただ、ひたすら叩く。


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道楽

2007年09月28日 | Weblog
今日は、スタジオの営業成績かあまりにも素晴らしかったワシの労をネギライに“かに道楽”へ行った。
東京で食べる“かに道楽”よりも、札幌で食べた“かに本家”の方がはるかに美味かったようだ。



なかなか食えん高級料理だからネっ。タマには…。

仕事さん こんにちは

2007年09月26日 | Weblog
今日、池袋のハローワークへ行った。
だがしかし、まだまだ残務整理の終わる気配は無く、しばらく会社通いは続きそうだが…。

セツナい空気が漂うこのフロア…サンシャイン60の26階でちょっと希望を持って不安な明日へ向かう。

来ない明日に向かって、今日を限りに生きる。



喉が痛い

2007年09月19日 | Weblog
喉が痛くてトウトウ耳鼻科へ行った。
近所の耳鼻科ぢゃ治療不可ということで、紹介状を書いてもらって御茶ノ水の病院へ。
治療もできないのに注射と紹介状を書いてくれただけで5千円くらいヴォリやがった。
御茶ノ水の病院で、あと一歩で切らにゃならんかったと言われ、点滴を打たれた。



ココでもまたヴォられ、薬屋でもヴォられ…、明日の“会社の卒業”も無理と諦めた。
だって、病院に行くヒマが無かったんだもん。



集中治療室かと思いきや、吸入器を使用中。

0's ライヴ

2007年09月16日 | Weblog


今日は、渋谷 RUIDO K2で0’sのライヴ。
入り時間が早いっつうの!!

『リハ時刻が早いから遅刻するな。情けないからこんなメールさせないでクレ。』と達山からのメール。
それでもちょっと遅れたので急いで向かうと、ライヴハウスの前の自動販売機でのんびりと缶コーヒーを選んでいるシンを発見。ダメだこりゃ。

リハが早く終わってのんびりとした時間を過ごす。

良いライヴができたと思う。



ちょっと喉が痛かったんだけど、シンとトメと飲みに行った。

帰ってから窓際でタバコを吸う。
何となく恥ずかしい夜。

余命幾許も大有り

2007年09月14日 | Weblog
俺にはあと100日。

この大好きな仲間達とは103日。