21万祭壇 超宗教世界聖殿 完成期天福宮 奪還勝利は UPMC(心身統一)から

当ブログ管理人はUPMC(統一原理マスタークラブ)の会員であり、ブログ主が説かれる原理観に共感し推薦致しております。

統一原理マスタークラブ https://unification-principle.com/

〜もう一度「統一原理」を学んでみませんか?〜 ☚ 左のブックマークから入れます。

幾何級的成長するコロナウイルスの爆発的感染が東京から始まる?

2020年03月28日 09時05分05秒 | 7年の患難路程

日本はもはや、恐らく東京からオーバーシュート(幾何級的成長)が始まる可能性が高いです。

https://youtu.be/FiEaeHrj7Lc

https://youtu.be/HG6V2OaPzeA

https://youtu.be/1Kvq6873OVg

 

幾何級的成長するコロナウイルス

2020年3月18日 二代王様の韓国語説教 より抜粋


10日ごとにコロナウイルスは世界的に10倍増えています。
2週間10倍、10倍これは幾何級的成長です。


皆さん、幾何級的成長を理解するために例を出します。
「ソウルオリンピックスタジアムがありますね。ソウルオリンピックスタジアムで皆さんは最も高い座席に座っている。そこで手が縛られている。逮捕された。手が縛られている。ソウルオリンピックスタジアムの中間に、水一滴を入れて1分ごとに水一滴が倍に増える場合1分後に2滴に増えますね。その1分後に4滴に増えます。ですね? 次の1分後に8滴。小さな水滴です。

では、幾何級的成長から見たら、ソウルオリンピックスタジアム、あのホドリ、あの虎の(キャラクターの)名前は何でしたか、ホドリ? ホドリが遊び回るスタジアムがありますね? 韓国に。

水一滴が1分ごとに倍に増えます。では、皆さんは 一番上の座席にいます。(手を)縛られています。抜け出さなければならないのですが時間はどのくらいありますか? 皆さんは どのように考えますか?

ですからホドリが遊び回るソウルオリンピックスタジアムに、一滴の水が一分毎に倍に増えるとき、どのくらいの時間がありますか? 皆さんが上(うえ)の座席にいて(手首が)縛られていたら抜け出すには時間がどれだけありますか?


じゃあ、ソウルオリンピックスタジアムで、皆さんはずっと高い座席に縛られている。

水一滴を落とす。一分毎にその水一滴が倍に増える。そうしたら時間がどれだけありますか?

皆さんはその状況に置かれていたら、50分くらい(時間が)あります。50分。

ですから幾何級的なパワーを人々は理解できません。
水一滴が一分毎に2倍。だから一分毎だとゆっくり上がると思うでしょう?ある人は、ビクタームンは一週間だと言うじゃないか。皆さんは 幾何級的な成長を理解できない!

問題は何ですか?50分かかるが、水が浸って皆さんが逃げるまでが50分ですが、45分経った時に、スタジアムの25%だけ溜まっています。何の事かわかるだろう?

だから45分だけ経っても皆さんは時間があると考えるのです。「わあ、時間が、水が上がってきてはいるけど、私は抜け出すことが出来るだろう。」 ノー。 幾何級的な成長で最後の5分で、パンパンパンと爆発的に上がってくるのです。

皆さんは本当に数学を勉強しなかったのですね。
東洋人は世界的に数学が一番できると噂になっているのに。
それが幾何級的な怖さです。 それ怖いでしょう。思ったより怖いでしょう。

50分だけあります。45分だけ過ぎても、皆さんは 十分な時間があるだろうと思うけど、何故かと言うと25%だけ溜まっているから。

その後5分後に皆さんは死にます。既に水に溺れます。
はあ...それが怖いのです。

これが幾何級的な成長です。皆さん。皆さんの考え通りの成長ではないのです。

幾何級的な成長は、狂った成長です。特に、最後の瞬間に。

それなので、一般の馬鹿で愚かなバッタ(キリギリス)達は、最後の瞬間に準備しようとする。

でも最後の瞬間になるとどうなりますか。

既に幾何級的な成長の危機が来たと言うのです。

5分前、5分後に死ぬのですが、5分前に準備するのです。

このような例話を用いれば。
怖いでしょう。 見て、みんな、わー サプライズの顔で、あ~~。 

それ見て。

これが恐ろしいことを知ったから。

だからコロナウイルスが今は幾何級的なレベルで成長しています。

コロナウイルスの成長が何故怖いかやっと分かったでしょう。

これは一般的な成長でなく、幾何級的な成長。

このように狂ったように広がって行くのです。

 

コメント (4)

2020年3月4.9.10日 キングスリポート 3日分 (機械音声)

2020年03月11日 09時04分52秒 | サンクチュアリ教会説教

2020年3月4日 水曜韓国語礼拝<後編> 園の裏切りに備えよ (機械音声)

https://youtu.be/LnpX2hEKinA

ファンクラブさんの記事を引用させていただきました。 いつも翻訳ありがとうございます。 http://h2fanclub.blogspot.com/2020/03/2034_9.html

2020年3月9日 キングスリポート STOP Don't Test, Don't Tell (機械音声)

https://youtu.be/qQFneDiWbdU

チャット翻訳 Yuko Morita 氏 翻訳いつもありがとうございます。

今回はライブ中継のチャット翻訳からの引用版です。

2020年3月10日 キングスリポート イエスは社会主義者ではなかった (機械音声)

https://youtu.be/Jig-L-8JYC4

チャット翻訳 Yuko Morita 氏 翻訳いつもありがとうございます。

今回はライブ中継のチャット翻訳からの引用版です。

 

コメント

Nicole C. Mullen - The God Who Sees & My Redeemer Lives ゴスペル2曲

2020年03月11日 08時36分38秒 | CCM

The God Who Sees

Justina Amponsah氏が作った動画に日本語字幕を付けました。

https://youtu.be/jV1ne4d2E68 (original)

https://youtu.be/sz81dIfwf4Y

The God Who Sees & My Redeemer Lives

https://youtu.be/6QvX4CwSmwY

この歌手はとても歌唱力がありますね。

コメント

2020年3月4日 水曜韓国語礼拝<前編> 園の裏切りに備えよ (機械音声)

2020年03月08日 17時17分09秒 | サンクチュアリ教会説教

https://youtu.be/LnpX2hEKinA

ファンクラブさんの記事を引用させていただきました。

いつも翻訳ありがとうございます。

http://h2fanclub.blogspot.com/2020/03/2034.html

コメント

平和を愛する世界人として ③-3 第三章 世界で最も中傷を浴びた人 ― 教会創立と受難

2020年03月07日 13時02分37秒 | 文鮮明先生自叙伝


 平和を愛する世界人として 文鮮明

 第三章 世界で最も中傷を浴びた人 ― 教会創立と受難 ③-3


 焦げた木の枝にも新芽は生える

 一九五五年七月四日、私はソウルの中部警察署(治安局特殊情報課)に連行されました。屈辱的な扱いを受けたのに、思いの丈をぶちまけて抗弁一つしようとせず、ぐっとこらえる私を見て、「意気地なし」と決めつける人もいましたが、これもまた私に与えられた道であると受け止めて、我慢に我慢を重ねました。それが私に与えられた 天の御旨に向かっていく道だとすれば、仕方のないことだと考えました。いかなる困難があろうと私はその道を行かなければなりません。それがそのまま私の存在価値、生きる理由だったので、絶対に挫けないで、困難であればあるほど、誰の前であっても 威風堂々と振る舞いました。

 そう決意すると、警察には私を打ち負かす方法がありませんでした。調書を書く際には、まず私から、こう書きなさいと教えてやりました。「おい君、この言葉をなぜ書かないのか、そこにはこう書かなければならないのだ」 と言って、初めて刑事は次に進みました。私が教えたとおりに調書を書いてみると、一つ一つの句や節に間違いはないのに、もともと彼らが意図した内容とは正反対になっていました。そのことに気づいた刑事は、腹を立てて調書をびりびりと破いてしまいました。

 私はソウル地方検察庁に送致され、西大門刑務所に収監されました。手錠をかけられても、恥ずかしいとか寂しいとか思うことはありませんでした。監獄生活が私の行く手を遮る障害になるでしょうか。そんなことはあり得ないことです。憤怒の思いが沸き上がることはあっても、私を挫折させる罠とはなりませんでした。私としては、むしろ商売の元手を得た気分です。「監獄で消える私ではない。ここで死ぬことはできない。これは解放の世界に向けて 跳躍するための踏み台にすぎない」 と考えて、監獄生活に打ち勝ちました。

 悪は滅び、善が栄えるのが世の道理であり、天の法です。泥まみれになっても、純粋で真実の心を失わなければ絶対に滅びません。手錠をかけられていく時、通り過ぎる女性たちが私を流し目で見て、顔をしかめました。淫乱の似非教祖だから、見るのもおぞましいという表情でした。しかし、私は怯えることもなく、恥だとも思いませんでした。彼らが汚い言葉で私と教会を罵っても、私は決して 動揺しませんでした。

 しかしながら、そういう私であっても、痛みがなかったわけではありません。外では堂々としましたが、喉が締めつけられ、骨身に沁みて悲しかったことが一度や二度ではありませんでした。心が弱くなるたびに、「私はこんな監獄で 死んでしまう男ではない。必ずもう一度立つ。きっと立って見せる」と言って、歯を食いしばりました。「すべての痛みを自分の中に隠したまま抱えていくのだ。教会のありとあらゆる重荷を私が背負っていくのだ」 と心に誓いました。

 世間は、私が捕まって刑務所に行けば、教会は潰れて、信徒たちはすぐにばらばらになって、去っていくとばかり思っていましたが、そうはなりませんでした。収監されている間、毎日、信徒たちの誰も彼もが 私に面会に来ました。面会の順番をめぐって争うことさえありました。面会時間は朝の八時からです。それなのに、彼らは明け方から刑務所の塀の所に並んで待っていました。人々が私の悪口を言えば言うほど、私が寂しければ寂しいほど、私を慰労し、私のために涙を流す人も、次第に多くなりました。

 私は面会を必ずしも歓迎したわけではありません。「こんなに騒々しく来るとは。何しに来たのか」と叱ることも多かったのです。それでも、彼らは涙をぽろぽろ流しながら私に付いてきました。信仰とはそういうものであり、愛もまた同様です。私が言葉巧みに話すから私を慕うのではありません。私の心の深い所にある愛を知ったが故に慕うのです。彼らは私の真実の心を理解してくれました。手錠をかけられて裁判を受けに行く時、私を捜してあちこち歩き回った 信徒たちを死んでも忘れることができません。被告席に座った私の姿を見て、しくしく泣いたその顔は、いつも私の記憶の中にあります。

「いくら人を狂わせようとしても、あれほど狂わせることができるだろうか」
刑務所の看守らが、押し寄せる信徒たちを見て、そう言いました。

 「あの人は 自分の夫でも妻でも子供でもないのに、なぜあんなふうに真心を込めることができるのか」 と感嘆した人もいましたし、「なんだ、文鮮明は独裁者で搾取する者だと聞いていたが、すべてでたらめだった」 と考えを変えて、私たちの 教会に来た人もいました。結局、収監されて三カ月ぶりに 無罪で釈放されました。私が釈放される日、刑務所長と課長らが丁重に見送ってくれました。彼らは三カ月後に私たちの 教会の信者になっていました。彼らの心が私に向いた理由は簡単です。近くでじっと眺めたので、噂とは全く違うことが分かったのです。世の中の騒がしいデマが、かえって伝道の手助けになったようでした。

 捕まっていく時はマスコミと世間が大騒ぎしたのに、いざ無罪となって刑務所を出て行く時は、静かなものでした。新聞に文鮮明教祖が無罪で釈放されたという記事が小さく載っただけです。私に対する凶悪なデマは全国に騒々しいほど広まりましたが、その噂が丸ごとデタラメだったという事実は静かに葬られました。信徒たちは「先生、腹が立って悔しくてたまりません」 と言って、私を見て泣きましたが、私はただ 沈黙して彼らをなだめました。

 デマによって後ろ指をさされ、弄ばれた痛みを忘れることはできません。大勢の人が私を激しく責め立てて、三千里半島に私の体が立つ場がなくなっても、一切を耐え忍んで乗り越えてきましたが、その悲しみは今も心の片隅に物寂しく残っています。風雨に曝され、火に焼かれても、絶対に燃えて死ぬ木になるわけにはいきませんでした。焦げた木の枝にも春が訪れるように、新芽は必ず生えてきます。強い信念を心に抱き、堂々と歩いて行けば、世の中も正(ただ)しく 私を理解してくれるでしょう。


 苦難よ、私たちを 鍛えてほしい

 人々は私が伝える新しい真理に、異端と言っては 石を投げましたが、ユダヤ教の地で生まれたイエス様もまた、異端の罪を被せられて十字架に付けられました。それに比べれば、私の受けた迫害は痛いことでも悔しいことでもありませんでした。体に加えられる苦痛はいくらでも我慢できます。ただ、私たちの 教会に対する異端審問、こればかりは悔しくてなりませんでした。草創期から私たちの 教会を研究した神学者の中には、独創的で体系的な新しい神学であるとして、高く評価する人が多かったのです。にもかかわらず、私たちをめぐる異端論争が、かくも騒がしく広がったのは、神学的な問題というよりは現実的な状況がそうさせたのでした。

 私たちの信徒の大部分は、それまで通(かよ)っていた既成キリスト教会を去って、私たちの教会に来た人たちです。まさにこの点が、既成キリスト教会から敵視された原因でした。梨花女子大の梁允永講師が警察の取り調べを受けた際、警察は、金活蘭総長や、多くのキリスト教牧師から統一教会を非難する投書が届いたと明かしています。要するに、私たちが何か誤ったわけではなかったのです。既得権層の漠然とした恐れと危機感、そして度を越した教派主義が引き起こした明らかな弾圧でした。

 新しい教えを伝える私たちの教会には、さまざまな宗派の人が集まっていました。私がいくら「またどうして来たのか、すぐにあなたの教会に戻りなさい」 と言って、半ば脅迫するように追い出しても、彼らはすぐにまた戻ってきました。

 私を求めて集まってくる彼らは、誰の言葉も聞きませんでした。学校の先生の 言葉も聞かず、両親の言葉も聞きませんでした。ところが、私の言葉はよく聞きました。お金をあげるとかご飯を与えるわけでもないのに、私の言葉だけを信じて、私を捜し求めてきました。その理由は、私が彼らの行き詰まった心に道を開いてあげたからです。真理を知る前には、私もまた、天を見ても もどかしく、横の人を見ても もどかしかったので、彼らの心は十分に理解できました。答えを得られずに苦しんでいた人生のすべての疑問が、神のみ言を悟ることによってきれいさっぱりとなくなりました。私を求めてくる青年たちは、私が伝える話の中に、ふだん心に抱(いだ)いていた問題への解答を 初めて見いだしたので、私と共に行く道が険しくつらいと分かっていても、私たちの教会に来たのです。

 私は道を切り開く人です。崩壊した家庭を訪ね求め、氏族を訪ね、国を訪ね、世界を訪ねて、究極的にはそれらが神に立ち返っていく道を 道案内する人です。私の元に来たのは、その事実を知って、私と一緒に神を求めていこうと決意した人ばかりです。それのどこがいけないというのか、およそ納得のいかない話です。神を求めただけなのに、世の中のありとあらゆる迫害と 非難を受けなければなりませんでした。

 異端騒動に巻き込まれる困難を味わっていた頃、私をさらに困らせたのが当時の妻でした。彼女は釜山で再会した後、実家の家族と一緒になって私を追いかけ回し、離婚をせがみました。教会を直ちにやめて家族三人で暮らすか、さもなければ、離婚したいということでした。彼らは私が収監されていた西大門刑務所までやって来て、離婚書類を押し込んで判を押せと脅迫しました。しかしながら、神の願う平和世界を築く上で結婚がいかに重要かをよく知る私は、彼らからどんな侮辱を受けてもじっと耐えました。

 彼女は私たちの 教会と信徒にも言葉で言えないような乱行に及びました。むやみやたらと私の悪口を言うのはいくらでも我慢できましたが、教会と信徒にまで乱暴狼藉を働くのは耐えがたいことでした。彼女が来るたびに、教会を訪れる信徒たちに悪口を浴びせかけ、教会の器物を壊し、教会にある物を勝手に持ち去ったばかりか、人糞を振りかけることまでしました。彼女が現れると礼拝をすることができないほどでした。最終的に、西大門刑務所を出た後、彼らが準備した離婚状に判を押さざるを得ませんでした。私の信念を守る間もなく、私の背中を押して離婚させたのです。

 先妻のことを思うと、今も気の毒な気がします。彼女がそこまでするようになった背景には、キリスト教一家であった実家と既成教会の煽動がありました。結婚する前はしっかりした女性だったのに、がらりと変わってしまったことを考えると、世の中の偏見と固定観念の恐ろしさというものを 再認識せざるを得ません。

 離婚の痛みと異端として後ろ指をさされる悲しみを味わいましたが、私は少しも屈しませんでした。茨の道を踏み越えていくこと、それはアダムとエバが犯した罪を贖罪し、神の国に向かって行く私が、きちんとやり遂げなければならないことでした。もともと日が昇る直前が最も暗いといいます。私は神様にすがりついてお祈りすることで暗闇に打ち勝ちました。しばらくは目を閉じる時間を除いて、一日のすべての時間を祈祷に捧げました。

コメント