和楽桜鳴座   『俺にも云わせろ!吹かせろ!叩かせろ!』

愛媛県松山市で活動している和太鼓グループです。所属している一風変わったメンバーが、日頃起こった由無し事を書き散らします。

役割分担

2006-03-09 11:59:04 | Weblog
「かがり~」を練習していてかねてから感じていた

『しっくり来ない感』

について、つらつらと考えたことを書き綴ってみます。

やはり、『バランスがとれていない』んでしょうか。
とは云っても、楽器同士の音量バランスだけの問題ではないんですが・・・
(ちなみに技術的問題はこの際『棚上げ』

例えば、
全体の曲の流れのなかで、誰かがソロを執る時に
『その他大勢』は音量を落としますよね?

その間、ソロ担当は一生懸命演奏をします。
まさに一人舞台・腕の見せ所。
心奪われる演奏って言うのは滅多にお目にかかれませんが
やる人がやると『鳥肌が立つ』という感覚です。

・・・で、そういった演奏の中で、

ソリストだけでなく演奏するメンバーとして
そのメロディー・フレーズで何を伝えようとしているのか。
伝えようとする気持ちが大きすぎて技術がついていかなかったりしてないか。
その逆も然り。
技術があっても、伝えようとする意欲や伝えたいものがナイ・・・なんてことは?



今までいたチームで大変貴重ないい経験を多くさせていただきました。
しかし、アマチュアで括るにしては、人前で演奏する回数が多くなりすぎて
演奏をソツなくこなす事こそが、上手な演奏だと錯覚を起こしていなかったか。
そこに果たしてポリシーはあったか。
そこに伝えたいものがあって、それを伝えようと努力していたか。


ということを考える事があります。


自問自答すると答えはすべてNo。





集団を構成するメンバーとしての演奏。

それぞれの役割分担があらかじめ決まった『瞬間芸術』
(『瞬間芸術』この言葉は、高校生時代にお世話になった音楽の恩師の言葉)

身を潜めてひたすら刻む・・・そこに感情等を入れず
あたかも時計が時を刻むかの如く
しかしそこに音が存在しないわけでは無い。
普段気付かない時計の音も、気にすればかなりの音量。
言い換えれば空気の如く。

音量だけでなく、気構え・気配・存在感 等々

別に主旋律奏者が偉いとか、ソリスト至上とかでなく

ソロはソロの役割。
地方(じかた)は地方の役割。
時計は時計の役割。
それぞれの存在感。


ということを鑑みて、

上のほうで書いた「『その他大勢』は音量を落としますよね?」というくだり。
果たして音量を落とすだけでその役目をまっとう出来ているのだろうか。
という自問自答へ行き着くわけです。



取りとめもなく長くもなりましたが、話材として書き込んでおきます。