フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

3月4日(日) 曇り

2012-03-05 02:58:27 | Weblog

  7時、起床。どんよりとした曇り空。

  朝食は抜きで、昼食は鶏鍋の残りでご飯。

  夕方、ジムへ行く。今日は筋トレはせず、1時間ずっと有酸素運動をする。5キロのウォーキングで400キロカロリー=月見そば一杯分を消費。新学期が始まるまでに2キロ減が目標である。

  ジムの後は「シャノアール」で読書。今日、アマゾンの宅配便で届いた本の中の一冊、米長邦雄『われ敗れたり コンピュータ棋戦のすべてを語る』(中央公論新社)を読む。1月14日の対コンピュータ将棋ソフト「ボンクラーズ」との一戦をめぐる語りである。30年前にもなるが、米長は『人間における勝負の研究』(祥伝社、1982)という本を書いた。将棋をベースにした勝負哲学であり、人生論である。当時の私の愛読書といっていい本で、教えられるところが多かった。今回の本はいってみれば「コンピュータにおける勝負の研究」である。60歳で現役を引退した68歳の老剣士がロボット剣士といかに戦い、そして敗れたのか、その記録である。コンピュータとの対戦が決まってから約100日間、米長は酒を絶って対コンピュータ用の戦法を研究した。そして後手番の初手「6二玉」という一手を指した。かつて坂田三吉が木村名人に対して後手番の初手「9四歩」と右端の歩を突いたことがあるが、坂田の場合は一種の心理戦(木村名人をカッとさせようとする)であった。米長の「6二玉」はそうでなく(感情を持たないコンピュータに心理戦を挑むのはナンセンス)、前例のない一手を初手に指すことで、コンピュータの記憶回路の中のデータベースをチャラにする意図である。米長の構想は功を奏して、中盤、優勢な局面を作ることに成功したが、一手の判断ミスから敗れてしまった。その判断ミスとは彼我の角と角の筋がぶつかりあった局面で、彼が交換を避ける一手を指したことである。

  「ここで私は角交換を恐れず堂々と中央で戦い、そして中央の優位を磐石なものにしたあと、相手の玉に迫るか入玉するのか―おそらく後者の入玉の作戦を取ると思いますが―を選ぶ。そう指せば、この将棋は完璧に勝てたのだと思います。相手からの視線を避けた。そのとき、これまで微笑んでくれていた勝利の女神が、私を見捨てたのです。/なぜ、これだけの準備をし、万全の態勢を築いておきながら、私は勝てなかったのか。なぜ神は私に、勝ちを与えなかったのか。この答えが見つからず、私は数日間眠れず、悶々として過ごしてきましたが、ここにきて、答えがはっきりわかってきたのです。そうか、あの視線を避けたその姿勢を、神は許さなかったのだ。だから私は勝つことができなかったのだ。」(105頁)

  角交換を避けたのはコンピュータの強さを知っているからである。だからできるだけ派手な戦いを回避して、つまり大駒の交換を回避して、じわじわと位で押していくような戦い方を米長は選んだのであるが、大事なところで、安全策が裏目に出てしまったということである。優勢から勝勢へと進むためには、どこかで決断の一手が必要なものだが、その決断において米長は躊躇ってしまったということである。ここで米長はあるエピソードを語る。それは、戦いの前に彼が妻に「私は勝てるだろうか」と聞いたところ、妻は「あなたは勝てません」と答えた。「なぜだ」と聞くと、妻は「全盛期のあなたと今のあなたには、決定的な違いがあるんです。あなたはいま、若い愛人がいないはずです。それでは勝負に勝てません」と答えたそうだ。これは余談だが、私が助手だった頃、研究室のメンバーと高田馬場の中華料理店で食事をしているとき、米長が愛人と思しき若い女性と一緒にいるのを見たことがある。彼の華麗な女性遍歴はつとに有名であった。

  「そして私は妻の言葉を思い出すのです。そうか、俺に若い愛人がいたならば、あれを避けるようなことはしなかっただろうな。/なぜならば、若い女性は、戦いから視線を避けるような私に対して「それでもあなたは男なの?そんな意気地なしでいいの?」と言ってくれるからです。若い愛人がいるというのは、そういう問いかけにさらされるということであり、思考に勢いが生まれます。雄としての勢い、アドレナリン、脳内物質、そういうものが出るのです。/妻の「若い愛人を持たないからあなたは勝てない」というあの言葉は、やはり現実的に愛人を作れというアドバイスではないでしょう。私にその勢い、迫力、何事にも恐れぬ姿勢が欠けているよ、というアドバイスだったのです。この日の私はあまりにもまじめで、慎重すぎた。それを戦いの女神は許さなかったということなのでしょう。/隠居に幸せはこない。そのことを思い知らされた一局でした。」(106頁)

  米長らしい人生哲学であるが、彼の人生哲学の中にはこうした奥さんの語りがときどき登場する。まさに勝負師の妻という感じである。

  念のために言うが、私が彼の人生哲学から一番影響を受けているのは、こうした部分ではない。私が影響を受けているのは彼の「惜福」という考え方である。これを彼は幸田露伴の『努力論』から学んだと書いているが、要するに、自分が幸福なときは、それを浪費しないで貯めておきなさいといことだが、「惜福」は実は第一段階で、次に「分福」という段階があり、これは幸福を自分のためだけに消費するのではなく、周囲の人たちに分け与えなさいということだ。それが結局は幸福をより大きなものにしてくれる―情は人のためならずに似た発想といえるだろう。「惜福」+「分福」の考え方に私はなるほどと感じ入り、いまでも心がけている。たとえば美術館や映画館で素晴らしい作品と出会えたときなどは、家族にケーキをお土産に買って帰るというのは「分福」の卑近な例である。実は、「分福」の後にさらに「植福」という段階があって、世の中のために何か善事をすることをいうのだが、これはあまり自信がない。

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