無題のドキュメント
まるぞう備忘録
アンチウィルス。前編。
Windowsのセキュリティに関してご質問がありましたので、私の知る限り書きしるしたいと思います。みなさま、今回の記事は自己責任でお読みいただければ、と思います。
Windows7までは、Security Essenrals というソフトがダウンロードして使用できました。これはマイクロソフト製のアンチウィルスソフトで無料です。とてもすぐれもののソフトです。しかしWindows8以降はこの無料ソフトはダウンロードできなくなりました。なぜか。それは元々WindowsについているDfenderという機能に、ウィルス対策機能がついたからです。つまりWindows8や10にはもう標準でアンチウィルス対策が入っているのでそれを「有効」にしておけば良いのです。
それでも心配な方は市販のアンチウィルスソフトを購入すれば良いと思いますが、個人利用や家庭利用であれば必要性はない。と私は判断しています。読者の方々は自己責任でご判断ください。
私の知人に、アンチウィルスソフトを開発している企業の開発者の方がおります。以前、どのウィルスソフトが性能が良いのか質問したことがあります。やはり第三者機関の発表する「防御率」が100%に近い方が性能が高いのでしょうか。そうすると彼は答えました。
ちゃんとした企業の製品ならどこも大差ないですよ。
と答えます。え?何で?
それはですね、この業界はみなウィルス情報を共有化してデータベース化しているからです。みな同じ情報を使っていますから、ウィルスの検疫性能は同じなのです。もちろん自社で発見したウィルスはしばらくは自社だけに持ちますが、一週間ぐらいもすれば公開しますから、そうすればみな同じです。
でも、第三者期間の試験でやる防御率ってアンチウィルスソフトの製品ごとによって性能差があるじゃないですか。
ええとですね、あれにはカラクリがあります。あのテストには高額な参加費用が必要なのですが、その費用によって事前に配られるサンプルが異なるのです。つまり高い参加費用を払う企業ほど、試験に使われる検体が事前に渡されるのです。
じゃあ、あの防御率というのは?
そう、第三者機関に支払ったカンパの高額者リストといえます。
ええ~。知らなかった。
考えても見てください。我々はウィルス発見に膨大な工数を割いているのです。そしてそのデータの多くは共有化されています。なのにその第三者機関が、どうやって、共有データベースに登録されていない、専門家の私たちの知らないウィルスを、たくさん都合良く毎年集められると思いますか?
ううむ。
毎年行われる防御率テスト結果は、各メーカの売り上げを大きく左右します。彼らからすると第三者機関に支払う参加費用は、広告宣伝費と同じなのです。だから彼らは莫大な費用を第三者機関に支払えるのです。
ということは、逆にもしあなたの会社がアンチウィルス機能を開発したとして、それがどれほど性能が良くても、そのテストに参加することさえ難しいでしょう。それほど高額な費用が必要なのです。
良くも悪くもあれは、典型的な欧州のビジネスモデルなのです。国際◯◯委員会のようなお墨付き既得権というビジネスモデルなのです。
ふうむ。驚きです。だからマイクロソフトのアンチウィルスソフトは第三者機関テストではそれほど成績が良くないのかあ。いつも中の上ぐらいですから。
そう。多分マイクロソフトは、アンチウィルスソフトメーカを保護しなければなりませんからね。アンチウィルスソフトメーカはマイクロソフトにとってみれば、守るべきユーザーでもありますからね。
自分たちのWindowsがセキュリティ穴だらけだったら売り物にならないから、当然保護します。実害が社会問題にならない程度には。しかしもっとセキュリティが必要だと思う方は、彼らにお金を払ってあげてくださいね。彼らも食い扶持が必要ですから。彼らはマイクロソフトの古くからの友人たちでありますから。
それが多分マイクロソフトの本音かもしれませんね。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
(本日は中潮の防災日で太陽電子束も乱れています。要注意ですね。)
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

MONOMONO。
■ピンホールメガネ
以前ピンホールメガネをご紹介しました。パソコンで眼がしょぼしょぼした時にこのピンホールメガネを使って仕事すると、疲れ眼ショボショボ眼が改善するという内容でした。このピンホールメガネは、老眼でも近視でも遠視でも使える不思議なメガネです。
私がピンホールメガネをしているのを見て購入した知人がおりました。しかし彼は「暗いよ~」といいます。そうなのです。ピンホールメガネは光量が落ちます。だから説明書きのように1日15分ほどかけて眼を休ませるのに良いようです。
私のようにピンホールメガネをしたまま、パソコン仕事をする人は少し慣れとコツが必要かもしれません。
今は以前ほどは頻繁にピンホールメガネは使いませんが、やはりショボショボ眼の時に使うと効果があるように思います。使い方にコツがあるのです。人によって向き不向きがあるかもしれません。もし購入されて「やっぱ使えなかった」という方がもしいらっしゃいましたら、申し訳ありませんでした。
m(_ _)m
■だてメガネ
私が今愛用しているのは100円ショップで購入しただてメガネです。タグには「紫外線カット」と書いてあります。これは外出時の紫外線防止用です。実は透明のプラスチックでも紫外線は8割カットされると言われています。レンズに色が付いているかはほとんど関係ないようです。私達素人では色が付いている方が紫外線がカットされるように思います。それは誤解のようです。透明プラスチックレンズでも性能はほとんど差はありません。
参考URL http://ameblo.jp/hidef458/entry-10691369679.html
逆にレンズに色がついていると、暗いため眼の瞳孔が開いてしまいます。そうするとメガネの周囲から入ってくる光(紫外線)が開いた瞳孔から入ってくるため、逆に眼に良くないそうです。目の周りを覆う充分大きいレンズであれば色付きでも良いですが、お洒落サングラスレベルでは周囲から外部の光が目に入ってくるかもしれません。
だから紫外線を防止するなら、逆に、瞳孔が開きづらい透明が良いと思います。
あと透明レンズのメガネが良いところは、花粉症マスクをしても怪しくないことです。色付きサングラスだと、花粉症マスクと合わせると完全に怪しい人になってしまいますから。
都会へ通勤している身としては、満員電車などの人混みの時は、花粉症マスクをすると楽だと個人的に思うのです。都会にはいろいろな人がおりますから。
ただ100均メガネは値段なりにレンズに歪みがある可能性があります。だからこれは字を読んだりする時には使わず、昼間外を歩く時にかけるようにしています。曇っていても昼間は紫外線が強いそうです。
■湯豆腐すくい網
100均というと重宝しているのが、湯豆腐のすくい網です。そうそう。最近めっきり寒くなって湯豆腐の美味しい季節ですからね。ってちゃうやろ。(一人つっこみ)
お線香灰の中にある燃えカスを拾うのに重宝するのです。網の目が細かいと灰も落ちないのですが、湯豆腐すくいぐらい目が荒いとちょうど良いです。お仏壇でご先祖様にお線香をあげるという日本古来の風習を守られている方もいらっしゃるかもしれません。そういう方にはこの網は便利かもしれません。ちなみに私は毎朝この網でお線香灰をフカフカにしています。気持ちがいいです。


おひさま、ありがとうございます。
(静止軌道衛星上の太陽電子束が乱れていますね)
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

思い出す。
子供が読んでいた本が食卓に置いてありました。タイトルは「25歳だったらやりたい50のこと」のような内容でした。著者を見ると「暮しの手帖」の編集長という方でした。
50もやりたいことがあるなんて凄いなあと思うのです。では私のやりたいことっていったい何だったのだろうかと思います。心の奥底で本当にやりたいことって、実はそんなにたくさんはないのじゃないかって思います。
本当にやりたいことって一つしかないのじゃないかって思います。
人生も平均寿命の半分はもうとっくに折り返し、俗世間的なやりたいことって考えてみれば何もないです。
たとえば、どこか外国に旅行に行きたいということもないです。温泉でのんびりしたいということもないです。仕事とか付き合いなら行くかもしれませんが、我が家が一番です。我が家のお風呂と布団が一番です。
たとえば、何か美味しいものを食べたいということもないです。夕食はキャベツと自家製五穀米と納豆と、あとはヨメが作ってくれる1品2品のおかずが美味しいです。キャベツにはオリーブオイルと亜麻仁油と純米酢とポン酢をたっぷりかけるのが好きです。納豆は真っ白くなるまで泡立てて、醤油を数滴垂らすのが好きです。
時々サラリーマン街のトンカツか、駅前のココイチの3辛が無性に食べたくなります。人によっては私のように、仕事柄、豚肉とか香辛料を身体が欲する時が時々あるかもしれません。ちなみにトンカツはサラリーマン街のランチトンカツが一番美味しいと思います。冬はカキフライを始めるようなお店。閑話休題。
たとえば、若い時あれほど好きだった車もバイクも興味がありません。安全で維持費安い車が一番です。徳大寺有恒流に、新車で買って、廃車になるまで乗り潰すのが一番お得です。だから我が家の車は購入から15年たつボロロン号です。走るのにコツは必要ですが、まだまだ行けます。バブルの頃の日本人は車検毎に車を買い換えていたんですよ。すごいですね。
洋服の身なりもブランドは全く興味ありません。人に不快感を与えない清潔であること。だけが重要であると思っています。
この記事を読まれている多くの方が、きっと大なり小なり、似たような感覚なのではないでしょうか。なぜなら日本中がそのようになってきているように思うからです。つまり日本人はここ10年くらいで(特に311のあとから)急速に物欲が薄くなってきているように思います。
経済学者はこれを不景気だといいますが、実は日本人自体が物欲から放たれ始めているのではないかと思います。
そう考えると、私達が生きているうちにやりたかたこと。生まれる前にしたかったと切望していたこととは、本当はたった一つなんじゃないかと思います。そう思い出し始めている人が増え始めるのではないかと思います。
その「たった一つのこと」は人それぞれでしょう。ただ今までは物欲とか周囲の目とかで、本当にやりたいことの真実が見えにくくなっていましたが、物欲が薄くなるにつれ、この人生でやりたかった、自分自身のたった一つのことが、ああ、これだったんだ。と思い出しやすくなるのではないかと思います。生まれる前に切望した、この世でやりたかったたった一つのこと。
そう、きっとそれは「思い出す」という感覚に近いのだと思います。なんちゃって~。
おひさま、ありがとうございます。
(静止軌道上の太陽電子束が乱れていますね)
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

テレビとドライヤー。
現在BSのNHKで「映像の世紀」の再放送がされているようです。今年の新作ではなくて、20年前に放送されたものです。昨年弟から貰った最新式のテレビは優秀で、キーワードを入れておくとその関連番組が自動で録画されるのです。私は映像の世紀シリーズが好きなので、キーワードに「映像の世紀」を登録しておくと、知らないうちに再放送されてたこの番組が、夜中のうちに録画されておりました。
弟家族は海外赴任になったのでその最新式のテレビは我が家に来ることになり、私達家族は、最新の文明に触れることができるよになったのでした。それまでうちにあったテレビは壊れかけていましたので、この弟の新しい最新式のテレビは、家族は目を驚かせたものでした。
それまでの我が家のオンボロテレビは基板上の電源ユニットが劣化し始めていました。電源を入れてから画面が表示されるまでにどんどん時間がかかるようになりました。最初は数分かかったのが、10分以上かかるようになりました。これは電源ユニットが温まるのに時間がかかるためと思い、部屋のガスストーブの熱が直接テレビの電源部にかかるようにしました。
そうするとテレビはまた数分で付くようになり、家族は喜びました。しかしやはりそれでも電源ユニットの劣化は進み、つくのが少しずつ遅くなります。季節は春になりストーブはしまわれました。私はヘヤードライヤーを持ってきて直接電源ユニットを温めるようにしました。すると前より早く電源ユニットが温まりまた数分でテレビがつくようになりました。
もうそのころにはテレビをつけることができるのは私だけになりました。テレビのどの部分をドライヤーで温めればいいにかを知るのは職人の私だけでしたから。
しかしそれでも電源ユニットの劣化はどんどん進み、ドライヤーを電源ユニット部に当て続けてもテレビがつくのに10以上かかるようになりました。夏になると家族から「暑い暑い」という苦情が出始めました。さすがの私も諦めてそのテレビを粗大ゴミとして廃棄することにしました。
その後ネットで、オリオン電気という国産の安いテレビを購入したのですが、家族が驚いたのは、リモコンの電源を入れた瞬間にテレビがつくことでした。それまでは、どうしても見たいテレビがあったら、15分前にはドライヤー職人の私を呼んで、作業してもらう必要がありましたから。その後、弟から最新大画面ハイビジョンテレビを貰うことになり、家族は更に驚くことになります。
こういった理不尽な不便さというものは、子供の成長には良い栄養だったと思います。それぞれの家族にはそれぞれ理不尽な不便さがあるでしょうが、その多くは、子供が大人になって社会の理不尽さに放り込まれた時でも、「まあ、いっかあ」受け止められるしたたかさの栄養になっているかもしれません。
無菌状態で子供を育てるとアレルギーになりやすいが、家畜の糞の空気に触れて育つとアレルギーにはならない。ということと通じるようにも思います。親の愛情がある限りは、不便な生活の方が丈夫な子供に育つということでしょう。
おひさま、ありがとうございます。
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

弟家族は海外赴任になったのでその最新式のテレビは我が家に来ることになり、私達家族は、最新の文明に触れることができるよになったのでした。それまでうちにあったテレビは壊れかけていましたので、この弟の新しい最新式のテレビは、家族は目を驚かせたものでした。
それまでの我が家のオンボロテレビは基板上の電源ユニットが劣化し始めていました。電源を入れてから画面が表示されるまでにどんどん時間がかかるようになりました。最初は数分かかったのが、10分以上かかるようになりました。これは電源ユニットが温まるのに時間がかかるためと思い、部屋のガスストーブの熱が直接テレビの電源部にかかるようにしました。
そうするとテレビはまた数分で付くようになり、家族は喜びました。しかしやはりそれでも電源ユニットの劣化は進み、つくのが少しずつ遅くなります。季節は春になりストーブはしまわれました。私はヘヤードライヤーを持ってきて直接電源ユニットを温めるようにしました。すると前より早く電源ユニットが温まりまた数分でテレビがつくようになりました。
もうそのころにはテレビをつけることができるのは私だけになりました。テレビのどの部分をドライヤーで温めればいいにかを知るのは職人の私だけでしたから。
しかしそれでも電源ユニットの劣化はどんどん進み、ドライヤーを電源ユニット部に当て続けてもテレビがつくのに10以上かかるようになりました。夏になると家族から「暑い暑い」という苦情が出始めました。さすがの私も諦めてそのテレビを粗大ゴミとして廃棄することにしました。
その後ネットで、オリオン電気という国産の安いテレビを購入したのですが、家族が驚いたのは、リモコンの電源を入れた瞬間にテレビがつくことでした。それまでは、どうしても見たいテレビがあったら、15分前にはドライヤー職人の私を呼んで、作業してもらう必要がありましたから。その後、弟から最新大画面ハイビジョンテレビを貰うことになり、家族は更に驚くことになります。
こういった理不尽な不便さというものは、子供の成長には良い栄養だったと思います。それぞれの家族にはそれぞれ理不尽な不便さがあるでしょうが、その多くは、子供が大人になって社会の理不尽さに放り込まれた時でも、「まあ、いっかあ」受け止められるしたたかさの栄養になっているかもしれません。
無菌状態で子供を育てるとアレルギーになりやすいが、家畜の糞の空気に触れて育つとアレルギーにはならない。ということと通じるようにも思います。親の愛情がある限りは、不便な生活の方が丈夫な子供に育つということでしょう。
おひさま、ありがとうございます。
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

思考実験。
時間が過ぎて行くのが早くなっているように思います。当初これは年をとって来ているからだと思っていました。しかし私の子供もそのように言いますので、これはこの世界全体の話かもしれません。ふむ。そんなことってあるのかしたん。
そういえばこの世紀に入ってから明らかに地球の様子は変化しています。異常気象や地殻変動など。かつてのアメリカ映画「ザ・デイ・アフター・トゥモロー」は、公開当時は、全くの架空のお話と思っておりました。しかし現在の地球の様子を見ると、あの映画の内容は、いつ起きてもおかしくない出来事だと思います。今のこの世界の人々の多くはそう思うことでしょう。それだけこの世界が急激に変わって来ているということだと思います。まさか自分の生きている間に、そういう地球の激変に立ち会えるとは。
地球の時間ってこのように早く過ぎる時代と、ゆっくり過ぎる時代が交互に、呼吸する波のように変化しているのかもしれません。そして時間が早く過ぎる時代の人間の寿命は、今よりずっと長かったかもしれません。
またそれに伴い、私たちが考えていることが、現実に与える影響力もどんどん増しているかもしれません。何にも根拠のない妄想でありますが。でも毎日の生活を見ていると、そのように感じます。
悪いことを思えば、悪い環境が自分の周囲に形成され、良いことを思えば良い環境が自分の周囲に、本当に形成されます。うむ。
かつてこの世界の時間がゆっくり流れていた20世紀昭和時代のころ、思考が質量に対する影響力は小さいものでありました。しかし今世紀平成という、思考が 物質界に与える影響が増す時代に入ったから、時間の流れが早くなったようにさえ感じます。私の妄想のお話です。すみません。
でもそれは「時間の流れの速度」と「物質界の質量濃度」と「個人の思考の影響力」の三つの要素の相関関係のようです。
もし読者の方でも、時間の流れが早くなったとお感じになる方がいらっしゃれば、思考の影響力も増しているかもしれません。そうなっているかどうかは、簡単に試すことができます。
その脳内実験は、相手に与える思考を創造するとか、そんなことです。
ううむ。うまく表現できませんが、時間の流れが早い方=思考の現実への影響力が大きい方は、周囲の生活が瞬時に変化していくことを発見できるかもしれません。これは純粋な脳内実験であります。自分が苦手な人とか、嫌いな人とか関係なく、脳内で「与える」実験で実際の日常生活に何が起きているかを検証したいです。本当に脳内思考だけで現実に影響を与えることができるのか。うまく言葉に表現できませんが。そもそも「与える」という表現自体が不遜であります。なぜなら、思考実験の私は単純なパイプにしか過ぎないから。自分が「持っている」ものなんか始めからないです。何というか頂きもの。自分には勿体なさすぎですから、おすそ分け貰ってください。というパイプ。などなど。う~む。
また何か書ける内容まで熟したら、実験的にこのブログに書き綴らさせて頂きたいと思います。
おひさま、ありがとうございます。
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

綱引き。
トルコ軍がロシアの爆撃機を撃墜しパイロット1名が死亡する事件が起きました。ロシアの爆撃機がトルコ領内に侵入したからだと言われます。


この盲腸の先っぽのような領地です。ここはハタイ県と呼ばれ、トルコとシリアの領土紛争の場所でありました。
==========
トルコとシリアの間にはこの地域をめぐって深い問題が根付いている。第一次境大戦終結から1938年までの間、ハタイはフランス委任統治領シリアのアレクサンドレッタ県か、イスケンデルン県として扱われてきたが、1939年のフランスによる国民投票でハタイのトルコへの割譲が決まったため、現在に至るまで解決されないトルコとシリアの緊張の原因となっている。
(Wikipedia「ハタイ県」より)

==========
今でもシリアの国のサイトではこのハタイ県は、シリア領土です。

しかし実効支配はトルコです。日本の北方領土や竹島のようなものでしょうか。たとえば日本を助けるという名目で竹島上空を飛んだ米軍機が韓国軍に撃墜されるような。sかし米国と韓国の関係ではそんなことは起きっこありませんが、ロシアとトルコは昔から仲が悪かったため、もともと厳しい状況でした。
トルコ政府は反アサドの立場でした。だからアサドを支援するロシアは敵方です。そんなロシアの爆撃機が、火薬庫であるハタイ県の盲腸の先っぽをウロチョロするのであれば、やばい、やっぱり、既成事実を作られる前にやれ。ということになるのかもしれません。
シナリオ予定表での第三次世界大戦は、イスラエル対シーア派が発端とされているのかもしれません。シーア派とは、イスラム教の中でも終末救済思想を持つ宗派です。中東のミトラ教が元々この地域の土壌であると言われます。ミトラ教はもともとはゾロアスター教と対峙する信仰でありましたが、何百年もの間に、ゾロアスター教の一部とされてしまったと私は考えています。そして同じことはローマでもありました。ユダヤ教の若い聖人の教えが、ローマのミトラ教と合わさり、数百年後に、ローマ国教のキリスト教となりました。
ミトラ教とは終末に自分たちが救われる。という思想です。人間がこの瞬間に生きることから目を背けさせる信仰です。もし人の魂を喰らう魔物がいるとするならば、自分の外にいる神という存在が、あなたを善人と悪人に仕分けし、善人とされればこの世の終末に必ず救われる。と説法することでしょう。
そう。外にいる神様に好かれるためには、自分の内側の良心よりも、外の神様の教えが大切です。今生きるのではなく、終末救われるために生きることになります。そういう人たちは美味しい魔物の餌かもしれません。詳しくはわかりませんが。
本当の救いとは、自分の内側の今この瞬間にあるのですが、魔物的にはなるべく多くの人たちの目に蓋をする必要があります。
閑話休題。イスラエル対シーア派の闘いを軸とするために、イスラエルは米国と欧州を味方つける必要があります。シーア派はシリアやイラク、アフガンを想定していましたが、シリアに肩入れするロシアをやはり標的にした方が、一気に世界大戦に持っていけそうです。
世界中が、ISを共通の敵でまとまってしまうと、世界大戦に持っていくのは難しいですが、トルコを火薬庫としてロシア対NATOに持っていけるチャンスです。
NATOとは正式名称は北大西洋条約機構といい、アメリカと欧州の集団安全保障機構です。同盟国が戦争を始めた時は、みんながその戦争に参加する義務があります。そしてトルコもNATOのメンバーです。
だからもしトルコがロシアと戦争になれば、一気に第三次世界大戦に持っていけます。しかしヨーロッパのほとんどの国はロシアとは戦争をしたくはないでしょう。おいおいトルコ、暴走すんなよ。自分のしていること、わかってんのか~。という感じでしょうか。
NATOをロシアとの戦争に引き込みたい思惑と、巻き込まれたくないという思惑の綱引きがあるのかもしれませんが、小出しのままで終えることを期待いたします。
おひさま、ありがとうございます。
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

シナリオ。
ここしばらく縄文人の話ができて、自分としてもとても楽しい体験でした。終わり方も当初想定してた内容とは異なり意外で、なるほど~。そういうお話だったのか。と書いた本人も楽しめました。
私が書いた内容は、歴史の史実にも沿っていませんし、零感な凡人でありますから、妄想話として御受け取りください。きっとこれは私の中の個人的に満たされない何かを昇華する作業であるでしょうから。
縄文シリーズを進めている間にも、世界は怒涛の変化を進めております。ローマ法皇が第三次世界大戦はもう始まっていると発言しました。
ちょっと前までは世界中のマスコミが「難民を受け入れろ」の大合唱でありましたが、もうそのブームは終わったようで今は「ISテロを許すな」の大合唱であります。
世界中のマスコミが大合唱する内容は、世界の歴史を牛耳ろうとする人々のシナリオであろうと思います。人類を第三次世界大戦引っ張りこむ台本は、次の段階に入ったと言えるでしょう。
半年前に難民を大量に受け入れろ~という大合唱が不自然でした。ISテロリストが紛れるリスクがある。当時から危険性は指摘されていましたが、笛吹かれた庶民たちは目に蓋がされていたようでした。
十分難民をヨーロッパに引き入れたあとは、満を持して欧州の一般人を大量に巻き込んだISのテロを起こします。これによって、欧州の中でキリスト教の一般市民と、移民難民のイスラム教徒の間に軋轢、暴動を起こす手順であろうと思います。
ただこのシナリオでは世界を戦争に導くのは、まだ弱いように思います。なぜなら世界中がISを敵とみなしているからです。たとえば前回のように、イラクやナチを敵にしたような「悪役となるべき国家」を作ることができていません。本当はシリアがその敵国であり、ロシアが悪の枢軸となる可能性がありました。
しかしシリアもまたISの敵です。ISを叩いたロシアの株はどんどんあがり、欧州人たちも、もうシリアを叩け、というブームはとっくに去ったようです。
イスラエルのネタニヤフ首相も苦虫を噛み潰しながら「世界が目を覚ましテロを倒すため団結する時が来た」と言わざるを得ません。百歩譲っても、ISではなくテロを、としか言えない事情があるのでしょう。本当はシリアを倒すために団結する時が来た。と言いたいのでしょうが。
かつてアルバート・パイクが書いたと言われる書簡。
==========
「第一次世界大戦は、ツァーリズムのロシアを破壊し、広大な地をイルミナティのエージェントの直接の管理下に置くために仕組まれることになる。そして、ロシアはイルミナティの目的を世界に促進させるための“お化け役”として利用されるだろう。」
「第二次世界大戦は、『ドイツの国家主義者』と『政治的シオニスト』(パレスチナ地方にユダヤ人国家を建設しようとする人々)の間の圧倒的な意見の相違の操作の上に実現されることになる。その結果、ロシアの影響領域の拡張と、パレスチナに『イスラエル国家』の建設がなされるべきである。」
「第三次世界大戦は、シオニストとアラブ人とのあいだに、イルミナティ・エージェントが引き起こす、意見の相違によって起こるべきである。世界的な紛争の拡大が計画されている……」
「キリストの教会と無神論の破壊の後、ルシファーの宇宙的顕示により、真の光が迎えられる……」
==========
このシナリオが難しくなっているように思います。本当はイスラエルとシリアの紛争に対して、米国と欧州がイスラエル側に立つことを画策していたと思います。その上で大量のイスラム難民が欧州で大規模暴動を起こすことがシナリオであったでしょうが。
本当は米国がもっとイスラエルに従順であることが前提であったと思いますが、最近のアメリカはイスラエルから距離を置いているように思います。反対に米国は極東の国との距離をどんどん近づけています。バラク、シンゾーとお互いファーストネームで呼び合う仲です。
アメリカがイスラエルから離れて、日本と近づけば近づくほど、150年前の彼らのシナリオから世界がずれていくようです。
このシナリオが書かれたの150年前の時代は、西側の世界だけの話でした。第一次大戦の前の時代です。極東の島国のことなど誰も気にとめていなかった時代であります。
このまま世界は、シナリオにある三つ目の大きな戦争にならず、彼らのシナリオから外れていく未来へと、ずれ始めているかもしれません、
おひさま、ありがとうございます。
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

国津と天津。10の妄想。
国津神と天津神の相剋というものがあるそうです。私の妄想史では、国津神とは白山縄文文化の人たちが祭る神様です。天津神とは日本に辿り着いた古代イスラエルの末裔の人たちが祭る神様です。
元は同じ日本の太古の神様であります。しかし悲しいことに、古代イスラエルの子孫たちが日本に戻ってきた時に、元から太古の神様を信じていた土着の縄文人たちとの間で、相剋があったのでした。
本日はその私の妄想についてもう少し語らせてください。
朝鮮半島経由で日本に戻ったイスラエル支族たち。彼らは武力的にとても強かったようです。なんせ、はるか西の世界で数多くの闘い抜いた経験があります。しかも知恵を授けられた民族でありましたし。
当時の日本は大陸からの弥生人たちが西日本の平野部にいて、縄文人たちは南九州以南や関東以北に分布していました。そして古代イスラエルの末裔たちが日本に朝鮮半島経由で入ってくると、弥生文化だった地域は、古代イスラエルの末裔の支配下に置かれました。
いくら弥生人が武力で強いといっても、それは縄文人に対してでありました。西の世界で鍛えられた古代イスラエル族の敵ではありません。弥生人の勢力地域だった北九州から瀬戸内は古代イスラエル族の支配下となりました。また関西地方も弥生豪族の支配下であったでしょうが、これも古代イスラエル族の支配下になっていました。
当時の関西地方を支配していた弥生豪族も相当強かったと思いますが、やはり古代イスラエル族の強さにはかなわなかったのでしょう。弥生豪族を破り、この関西地方を支配した古代イスラエル族はのちのニギハヤヒ一族と言われます。(現在も皇室を陰からお守りする八咫烏と呼ばれる一族)
瀬戸内地方と異なり、出雲は主に縄文人の勢力が強かった地域であると考えられます。出雲弁が東北弁と似ているところに名残りがあります。この出雲地域もまた古代イスラエル族によって武力で征服されました。古事記では出雲の国譲りとして伝えらています。
一説には古代イスラエル族は、縄文人たちを服従させるために大量に虐殺したとも言われます。その虐殺したあとに巨大神殿を建設したという説もあります。出雲の巨大神殿の3本柱の痕跡が発掘されていますが、これは古代イスラエルの神殿と共通点があると言われています。
もし古代イスラエル族が縄文人たちを大量虐殺をしたのだとすると、それはなぜなのでしょうか。その両者が信じている元は同じ太古の日本の神様であったろうに。と思います。
雑感1
元の神様が同じであるからこそ、相剋が激しいのかもしれません。ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も同じヤハウェから派生した兄弟の宗教です。キリスト教とイスラム教の相剋が激しいです。ユダヤシオニストとイスラムの相剋も激しいです。ユダヤシオニストが、パレスチナイスラム教徒を虐殺している様子は、かつての古代イスラエルの末裔が、縄文人たちを出雲で虐殺していることとダブります。パレスチナはかつての出雲と似ています。
雑感2
縄文人たちが神様を祀っていた場所に、古代イスラエル族は自分たちの神様を祀りました。神様の上書きです。
かつて弥生人たちは縄文人の宗教についてはあまり干渉しなかったのではないかと思います。弥生人たちは縄文人の精霊信仰は理解できなかったのではないでしょうか。無理解で磐座を破壊することはあったとしても彼らの宗教を否定したわけではありません。
しかし古代イスラエル族は、縄文人の信仰の地に自分たちがヤハウェを祀る建物をたてていきました。そして白山の神様ではなく、彼らのヤハウェ=ヤアハタ=八幡神社と書き換えました。
縄文白山神道は古代イスラエル神道に置き換えられました。
古代イスラエルの神祭り。

日本でも同様の方式で神祭りが行われました。


古代イスラエルのお神輿。日本にもそのまま継承されました。
雑感3
北九州から瀬戸内まで、比較的平和に進んだ神武東征ですが、ヤマト=奈良盆地に入る時に先住縄文人たちと激戦になります。その激戦の相手が紀伊半島にいた縄文海人族の名草一族です。彼らは縄文人の中でも日の神さまを信仰していました。
結果的に古代イスラエルの神武一族は名草一族に勝利したと伝えられますが、その時、名草のリーダーは殺害されたとも言われます。伝承にはこうあります。
==========
熊野古道を現海南市に少し入ったそばのクモ池周辺が戦場になった。名草戸畔はここで殺され、頭、胴、足(脚の意か)が切り離された。
名草の住民により、頭は宇賀部(うかべ)神社(別名おこべさん)、胴は杉尾神社(別名おはらさん)、足は千種神社(別名あしがみさん)に埋葬された。
(Wikipedia「名草戸畔」より)
==========
古代イスラエル一族の神武天皇もまた名草一族と同じ太陽の神様(日の神=天照太御神)を信仰しておりました。が、彼らは激しい戦闘をすることになってしまっています。
雑感4
同様のことは、時代がずっと下った江戸時代に伊雑宮でも起こりました。伊雑宮の磯部地域もまた縄文海人族の地域で、日の神=天照太御神が祀られていた歴史を持ちます。
伊雑宮に祭られているのが本当の天照太御神(日神)であり、外宮はツキヨミ(月神)を祭り、内宮はニニギノミコト(星神)を祭っているという「伊勢三宮」を主張し、伊雑宮の神官たち数十人が流罪となりました。
そして大和朝廷は「伊雑宮の神様は伊射波富美命である」と上書きしてしまいます。
雑感5
天津と国津の相剋はその後のいろいろな形で繰り返されます。会津藩が朝敵とされた悲劇も国津と天津に重なります。太平洋戦争の沖縄本土決戦もまた。日本政府が意図的に沖縄を犠牲にしたわけではありませんが、回り回っての因縁を思います。なぜ核廃棄物の再処理上が青森の先端にあるのか。原発事故が福島で起きたのか。原発が建設される土地はなぜか国津の土地に押し付けられることが多いのではないか。結果論ではありますが、やはり国津と天津の隠された因縁があるように感じられます。
またどうして北海道に反日左翼が多いのか。どうして沖縄の基地反対のデモはあれほど暴力的なのか。国津と天津の相剋の影響がここにもあるのかもしれません
。
そう。どうして同じ日本人でありながら、あれほど日の丸を嫌う日本人がいるのだろうか。日の丸とはもともと国津の神様でもあったはずですが、今は天津の神の象徴なのでしょうね。我々沖縄は日本政府に差別されている。という言葉に理屈ではなく本能的に共鳴してしまう人たちのことを思います。
それは遠い遠い昔の国津の無念さに同調している人たちなのでしょうか。それは天津が弾圧した国津の無念さに同調している人たちなのでしょうか。
雑感6
古代イスラエルの末裔の太古の先祖が、もし日本から出た民ならば、なぜ彼らは日本を出ることになったのでありましょうか。そこにはやはり悲しい物語があったのかもしれません。
太古のイスラエルの民たちは、日本から追い出され追放された民であるのかもしれません。濡れ衣を着せられて高天原を追放された民の子孫であるのかもしれません。
雑感7
追放された古代イスラエルの民たち。母なる故郷に戻ってきたときに、昇華しなければならない因縁がこの国土にあったのかもしれません。
国津の縄文人たちが太古の太古、追い出した民たちが戻ってきた時に、やはり残っていた因縁の相剋は争いと弾圧という現象になったのかもしれません。悲しい話です。
出雲で行われた縄文人への虐殺の元になる事件は、はるか太古に逆の立場でこの地で起きていたのかもしれません。濡れ衣追放の民たち。
雑感8
大和朝廷125代という1サイクルとは、この国津を天津の融合のための長い長い期間であったと思います。古代イスラエルの末裔の選ばれた家系は、天皇として、あるいは日本魂の寄り代として、あるいは日本人を代表として、大自然を畏れ敬う御役目を与えられました。かつてはヤハウェと呼んだ存在に。今は天照太御神と呼んでいる存在に。
かつてこの日本の国土、白山王朝にあった「天皇」という御役目が、長い長い空白期間を経て、今度はこのイスラエルの放浪の民たちの子孫与えられたのでした。
何千年という太古の、この日本の国土にある国津と天津の相剋の昇華もまた、新しい太陽の「天皇」の御役目であるのだと思います。
雑感9
大和朝廷125代の中にも、この国津と天津の相剋と相似形が引き継がれているかのようです。それは南朝=国津であり、北朝=天津に似ています。南朝は隠された血統でありました。明治になり、長い長い北朝の大和朝廷の時代は、南朝の血統の時代に代わりました。
明治天皇、大正天皇、昭和天皇、今上天皇の流れ(南朝=国津)は、もう本当に、天津の天皇たちが、押し込められていた国津の神様を解放する御役目であるように思います。
昭和天皇で起きた125代最大の悲劇であり国難であった太平洋戦争も、根っこには国津と天津の相剋の灰汁出しであったかもしれません。軍国主義が大和朝廷に象徴されてしまいました。昭和天皇の思いとは180度正反対に、古代イスラエルの天津神の象徴の旗の元、バンザイバンザイと叫びながら、日本国民は侵略戦争を進めて行きました。戦争の最高責任者として濡れ衣を着せられたところからが、戦後天皇のスタートでした。
なぜ昭和天皇や今上天皇が、かつての国津の土地を巡幸されるのか。それがまたここに一つの答えがあるように思います。かつての倭姫の巡幸も、本当の目的は国津の神さまへの仁義の旅であったこととダブります。
雑感10
大和朝廷ご皇室のお姫様が、出雲の国津の神をお守りする家系に嫁がれました。それはもうこの国津と天津の相剋の昇華が大団円になり始めているシルシに思えます。
ちょうど同時期の安保法制反対の市民運動も偏向マスコミもまた、国津天津の相剋昇華の最後のあがきにも思えます。
悠仁さまが天皇になられる御世は、国津(古代縄文)と天津(古代イスラエル)が再び一つになる世界の始まりである。そのように思います。
おひさま、ありがとうございます。
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

一足先に着いていた天孫たち。
古代イスラエルの末裔であろうニニギノミコトが南九州の日向に辿り着き、次男の山幸彦(ホオリノミコト)は地元海人族の豪族のお姫様(トヨタマヒメ)と結婚しました。古事記を読むと私の脳内ではそのような風景が思い浮かびます。
二人の間にはウガヤフキアエズノミコトが生まれ、更にその子供の末っ子が、神武天皇(カムヤマトイワレヒコ)となります。
神武天皇兄弟は、かつての古代イスラエルのご先祖たちのように、民族の神様からの啓示を受けたのかもしれません。ただ前回は厳しい父性の神様の啓示でありましたが、今回は母性の神様の啓示であったのでしょう。
神武天皇が奈良盆地に辿り着き、そこでヤマトの国を開く過程は、神武東征と呼ばれます。ただその侵攻(?)の大部分(北九州~瀬戸内)は比較的平和に進んでいったように思われます。その過程は、何年もの時間をかけてゆっくり進んで行きました。今なら新幹線で数時間の距離でありますが。
天照太御神の啓示により、ヤマトへの東征を進めた神武一向でありましたが、実は同胞の古代イスラエルの末裔たちは、もう日本の主要地域に入り込んでいたようです。当時の主要地域である北九州、出雲、瀬戸内、奈良には、天孫(古代イスラエルの末裔)が、すでに土地の有力者になっていたようです。何せニニギノミコトは神武天皇の曽祖父ですから。おそらく朝鮮半島経由で日本に渡ったイスラエルの支族の末裔は要所要所をとっくに抑えていたのでしょう。
ただそれは必ずしも平和的な侵攻ではなかったように思います。古事記の出雲の国譲りにあるように、イスラエル支族の末裔はかなり強硬に出雲を奪ったようです。北九州は弥生勢力圏でありましたが、出雲は縄文の色濃い地域でした。この地域での天孫の先住縄文人への弾圧はかなり厳しいものだったようです。
おひさま、ありがとうございます。
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

エデンの故郷へ。揺り戻し。
宇宙の神性とは、やはり陰と陽の対なのでありましょう。厳しい父性の神性と、包み込む母性の神性と。
古代イスラエルの民が畏れ敬ったのは父性の神でありました。民族が父なる神を畏れ、約束を守る限り、民族は永遠に繁栄するという契約がありました。
古代イスラエルの民族は特別である。
それはこの民族が神の父性とともにあるからである。
古代イスラエルの民が自らの神性と共にある限りは、民族の繁栄は約束されよう。
しかし自らの神性を見失うことがあれば、イスラエルの民は永遠に流浪の民となろう。
古代イスラエルの民たちは自からの希望により、自分たちの神性を発見する旅に出た。
それは自らの神性を見失わせる厳しい誘惑の世界への旅立ちである。
この厳しい旅を完遂させるために、神の知恵を授ける。
だから古代のイスラエルの民たちよ。
決して誘惑と激情の炎に負けず、自分たちの民の神性を維持せよ。
父なる神とはそのような神であったのでしょうか。
==========
「民族とともにある神性」とともにありつづけなければいけない。
1,主(民族自らの神性)が唯一の神であること
2,偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
3,神の名をみだりに唱え(助けを求め)てはならないこと
4,安息日(神性を思い出す日)を守ること
神性から遠ざけるせる誘惑と激情に取り憑かれてはいけない。
5,父母を敬うこと
6,殺人をしてはいけないこと(汝、殺す無かれ)
7,姦淫をしてはいけないこと
8,盗んではいけないこと
9,偽証してはいけないこと
10、隣人の家をむさぼってはいけないこと
==========
古代イスラエルの民は、太古の昔に日本から旅だった種族だという説があります。もしそうならば、その時の太古の白山縄文の日本は八百万の神々が遍在する精霊の国土であったことでしょう。
そしてきっと古代イスラエルの民の先祖は、神性あふれるエデンの故郷を離れ、大陸を西へ西へと向かったのでありましょうか。古代イスラエルの民は、神から与えられた知恵と引き換えに、神性の薄い試練の多い世界へと、自らを試し発見する旅に立ったのでしょうか。
その最果ての西の世界は、エデンの故郷のように母性の神性で包まれた大地ではなかったかもしれません。
そしてそれは、なぜ古代イスラエルの民の神性が、母ではなく父なる神であることの理由であるのかもしれません。自らの神性から遠ざける試練の世界の中にいても、民族が神性を忘れずに共にいるためには、父との厳しい約束が必要であったことでしょうから。
逆にエデンの園にいた白山縄文文化の人々は偶像を作るなんて思いもつかなかったことでしょう。モーゼの十戒を聞いても「なんじゃそりゃ?」ということだったでしょう。なぜなら神はもうそこにいるからです。人々が神を思うところに神気は存在したからです。
白山縄文の人たちの多くは人を騙したり傷つけることは元来できなかった人たちであったことでしょう。世界が神性に浸っていた住人でありましたから。1万年以上も持続可能な社会が維持された世界でありましたから。
しかし古代イスラエルの民たちの旅だった、はるか西の果ての世界はそうではありませんでした。モーゼの十戒が必要な厳しい世界でした。人を騙し、盗み、殺す世界でありました。
古代イスラエルの民たちの中には、その西の世界で、誘惑と激情に負けた人たちも多くいたことでしょう。そのたびに彼らは住む土地を追われ流浪の民となりました。それは自らの神性と交わした契約でありましたから。神に近い知恵を授かったことの代償でありましたから。
しかし中には民族の神性に最後まで忠実だった民たちも大勢いたことでしょう。彼らが長い長い旅の結果、数多くの試練をくぐりぬけ、とうとう自らの神性に辿り着いたとき、その民族の神の本当の声を聞くことが許されたのでしょう。
その神の声とは「東に東に進もう」「エデンの故郷に帰ろう」「母性の神に帰ろう」そんな啓示だったのかもしれません。陰と陽の大きな振り子の旅でありました。厳しい父なる神との旅が揺れ戻り、母なる神の大地への帰還の時期が来ました。そういう声だったのでしょう。
歴史ではイスラエル王国が滅亡したとか、10の支族が消滅したと記されますが、それは西の果ての人たちの視点であります。多くの古代イスラエルの民は陰と陽の振り子のように、熟した果実が落ちるかのように、今度は再び極東の母性の故郷に戻ったのでありました。
というのは全くの私の妄想であり史実とは異なります。中年男の三文幻想です。ひとりごとです。どなたも本気になさらないでください。そしてもう少しだけつぶやかせてください。
母なる故郷に戻ってきた数多くの古代イスラエルの民たち。ある一族は南方から沖縄を経て南九州にたどり着きました。南九州の東の果てに定住しました。日に向うという土地名です。そこは海人族の縄文人たちが住む母性の大地でした。
古代イスラエルの民は、自分たちとともにあった、名前を呼んではいけないYHWHという頭文字の神性は、母性の神であったことを知ります。この母性の故郷では。
古代イスラエルの民たちが極東のエデンに持ち帰った「私は存在するものである」と書かれたYHWHの鏡。しかしこの母性の故郷では、母性の太陽神の鏡=ヤタの鏡となりました。それは鏡でありますから私を映します。父性の時代もあり、母性の時代もあり。振れる振り子。陰と陽。
そして古代イスラエルの民のうち、ある支族は半島から九州へと流れて来ました。半島経由で入ってきた彼らは、山陰、瀬戸内、近畿へと勢力を伸ばしていきました。(日向に辿り着いたニニギノミコトの子孫の東征が行われる前の話です)
古代イスラエルの民たちが日本に戻ってきた時に、そこにいた縄文人たちをどのように見たでしょうか。何千年も生き別れた兄弟として抱き合ったのでしょうか。
いや残念ながらそうはなりませんでした。いくつかの例外はあるかもしれませんが、多くの場合、古代イスラエルの末裔にとって、土着の縄文人は異教徒でした。
おひさま、ありがとうございます。
(静止軌道衛星上の太陽電子束が乱れていますね)
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

辿り着いた支族たち。
日本で水田耕作が始まったのは起源前900年ごろといわれています。最古の水田跡は佐賀県にあります。日本、特に西日本に一番多い稲はRM1-bという種類ですが、これは朝鮮半島には全く存在しません。従って稲作が朝鮮半島を経由して日本に伝わったという学説は、現在では根拠の薄いものであろうと思います。
おそらく南方から伝わった陸稲種と、揚子江近辺の水耕種の稲の混血が日本で広まったジャポニカ種と考えられます。私達が教科書で習った「半島からの渡来人が稲作や文明を日本に伝えた」というのは誤った認識のようです。
一方はるか西方のイスラエルでは、北イスラエル王国が滅び、10の古代イスラエル部族が歴史から消えるという歴史的事件がありました。私はこの失われた支族たちのうち極東にたどり着いた人たちが、大和朝廷の先祖であると考えています。日ユ同祖論です。
日本神話では天照太御神がニニギノミコトに稲穂をもたせて降臨させたとあります。ニニギノミコトの皇室の家系図は、イスラエルのエフライム族の家系図ととても良く似ています。

シリア難民が大挙してドイツを目指したように、イスラエルを追われたユダヤ人たちは、啓示を頼りに極東を目指したのでしょう。 彼らが、太陽の昇る方角=東に向けてはるばる旅をして極東の島国に辿り着いたという出来事が「天孫降臨」として日本神話で語り継がれたのかもしれません。
古代イスラエルの失われた支族たちが、日本に辿り着いたのは起源前600~700年ごろと考えられます。もう九州では水田耕作が広がりつつありました。ニニギノミコトの子孫である神武天皇がのちに近畿と向う過程と、九州から西日本全般に水田が広がった時期はほぼ一緒であったかもしれませんね。


http://dashi-matsuri.com/dashikan/chita/okkawa/ok_kagu_c.htm
その頃の日本は旧来からの縄文人と大陸渡来の弥生人たちが混在していた時代でありました。北九州から瀬戸内・近畿は弥生勢力地域でした。しかしニニギノミコトたちがおそらく沖縄南西諸島経由で辿り着いた南九州(日向)は、白山縄文人たちの土地でありました。山幸彦と竜宮の姫さま(豊玉姫)の神話の伝承から、ニニギノミコト一族を受け入れたのは、南九州の海人族の豪族であったかもしれません。
海人族といえば、太陽を母なる神様と信仰する海の縄文人たちでありました。
おひさま、ありがとうございます。
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

ノンマルト(縄文人)の末裔。
今回の記事で表記している縄文人には大きく二つのグループがあります。一つは、おそらく縄文ピラミッドや磐座レイラインを建設した高度な土木技術と高い精神性を持った、おそらく白山を中心としたであろう文明であって、おそらく現在の天皇のような最高神官をいだいていた国家かもしれなくて、ひょっとしたら天の浮船もあったかもしれないトンデモなムー話があるかも。という縄文人であります。氷河期前の数万年前からの話です。
そしてもう一つはこの高度な白山文明が消滅したあと、日本各地に小国寡民の点在部落として住んでいた人たちです。彼らは自然の精霊たちとと共生した文明を引き継いでいました。一般的な縄文人のイメージに近いかもしれません。
また同様に今回の記事の弥生人とは、稲作とは関係ありません。従来の学説では「弥生人=稲作」でしたが、最近の学説は異なります。稲作は南方から伝来してきたことがわかっているからです。弥生人の定義とはo系統遺伝子を持つ大陸の渡来人です。あるいは渡来した大陸人と混血し彼らの文明を受け入れた元縄文人人たちも弥生人といえます。弥生時代は稲作の始まった起源前数百年と言われていますが、実際の弥生人は稲作とは関係ありませんから、弥生人の渡来はもっと古く数千年前と思われます。ひょっとしたら白山王朝の消滅と、大陸からの弥生人の渡来は同時期かもしれません。
白山王朝が消滅したあとの日本は、大陸からの弥生人たちと、元々いた縄文人たちの二つの文明が混在した状態が長くあったと思います。
大陸からの弥生人たちは武器を持って戦闘的であったため、縄文人たちを駆逐し、自分たちの勢力を広げていったと考えられます。彼らの勢力は九州北部から近畿までの地域に広がります。縄文人たちは、彼らの及ばない九州南部(のちの隼人)や南西諸島(のちの琉球)、関東~東北・北海道(のちの蝦夷)に住んでおりました。
弥生人勢力範囲内であっても、弥生人たちが踏み込まない山奥に入った縄文人たちもいることでしょう。のちにサンガ(山窩・山の民)と呼ばれる人たちです。あるいは僻地の海辺に住んだ人たちもいることでしょう。のちに海人族と呼ばれた人たちです。
サンガも海人族も、先祖から受け継いだ、自然の精霊と共生する縄文文化の中に住んでいました。ただし弥生人たちからは未開人として差別と迫害を受けることになります。
縄文人たちは縄文の精神文化=白山信仰を部落の中で維持しました。しかし弥生勢力圏に残った縄文人たちは、白山部落=被差別部落という扱いを弥生人から受けることになります。現在でも同和地区と呼ばれる被差別部落の分布は弥生勢力圏内に一致しております。

http://tyanpondai.exblog.jp/23972459/
そして被差別部落と白山神社の分布が相関している理由でもあります。サンガや海人族、そして白山信仰の被差別部落の人たちこそが、縄文人の正統な末裔でありました。

19世紀の非差別部落を写したと言われる写真。
おひさま、ありがとうございます。
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

白頭山山岳信仰。
白山信仰は起源が朝鮮半島であるという説が一般的であるようです。朝鮮半島に太古からある白頭山の山岳信仰が日本にもたらされたと言われています。シラヤマのシラとは、シラギやシルラなどの半島の地名が語源だといいます。
ただ白頭山の山岳信仰を見てみましても、日本の白山信仰の元とは思えません。逆に当時高度な文明であった白山文明を朝鮮半島に持ち帰ったのではないかとさえ思います。
白山縄文文明のエッセンスは自然との共生でありました。自然の精霊たちと共生している世界でした。そして縄文ピラミッドのレイラインによる太陽信仰でありました。
しかし白頭山信仰にあるのは、自分たちの祖先である檀君神話であります。彼らの宗教の中心は自分たちの祖先を祭ることです。きちんと祭らないと子孫に祟るという祖霊信仰であります。子孫に祟るご先祖様とは私たち日本人には馴染まない感覚でしょうか。
白頭山山岳信仰の世界観には、山の緑や川の透明さを敬い愛する精神は見受けられません。しかしこれこそが白山縄文文明のエッセンスであり一万年以上も文明が持続していた理由であったのですが。白い山を信仰するという表面は似ているようですが、その中身は正反対の世界観であります。
白山縄文王朝は消滅しました。半島から来た弥生人たちは自分たちの白頭山信仰を白山文明の名残りに重ねたのかもしれません。
ちょうどかつてアメリカインディアンの聖地が征服者でる白人の言葉で「イエローストーン」と呼ばれているように。かつて別の縄文の名前で呼ばれていた白山は弥生人たちの言葉で「シラ」ヤマと呼ばれるようになったのかもしれません。
そしてその経緯のせいで白山信仰の起源は白頭山であると信じられておりますが、実際は逆であろうと思います。
北九州から近畿まで広がっていた弥生人たちですが、彼らの宗教観は縄文人に比べて薄いものです。縄文人たちのように自然の中の磐座で自然精霊と交流するものではなく、自分たちの先祖の墳墓信仰が基本であるように思います。大陸や半島の祟る祖霊信仰に近いかもしれません。
先日近畿地方のある神社の磐座の破壊について話題になりました。このブログでも取り上げました。マンション建設のため長年保存されていた磐座が破壊される危険性があるという話題でした。
http://ameblo.jp/koshikiiwa-negi/
かつてこのように弥生人たちによって破壊された縄文の磐座はたくさんあったのかもしれません。磐座が破壊することに無性に悔しく悲しく残念に思う人達は縄文人の(精神的な)子孫であるように思います。そんなの迷信だろ。と磐座破壊に全く頓着を感じない人、逆に日本古来のものを破壊したい人たちが今の日本にいることは、本当に悲しいことです。
さて弥生人が支配者となった日本でありますが、縄文人たちは自分たちの世界観は脈々と維持し続けました。自分たちを代表する最高神官はおりませんでしたが、一人一人が生きる神官であったことでしょう。
おひさま、ありがとうございます。
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

弥生人たちの上陸。
白山縄文文明がいつどのように消えたかは全くの謎です。優れた文明を持っていたはず(天の浮船も?)ですが、それらはあとかもなく消えてしまいました。後世の私たちが縄文時代を「未開の原始時代」と思ったのは無理もありません。
ただ白山縄文文明が消えた後、弥生文明と言われる文明が大陸から渡って来ています。しかしこの弥生文明は、それまでの原日本人の白山縄文文明とは全く異なるものでした。
弥生時代というと私たちは稲作文化と習います。しかし最近の研究では弥生時代と稲作は必ずしも一致していないという学説主流になりつつあります。
まず縄文時代であっても稲作が行われていた地域があったこと。そして弥生人たちは半島や大陸から渡ってきたと考えられますが、稲作は南方から渡って来たと考えられている点などからです。
では弥生文明の特徴とは何か。それは武器(=戦争)でした。
==========
弥生時代は、縄文時代とはうってかわって、集落・地域間の戦争が頻発した時代であった。集落の周りに濠をめぐらせた環濠集落や、低地から100m以上の比高差を持つような山頂部に集落を構える高地性集落などは、集落や小国家間の争いがあったことの証拠であり、また武器の傷をうけた痕跡のある人骨(受傷人骨)の存在なども、戦乱の裏付けである。
(略)
大規模な集団殺戮を示す遺跡としては、鳥取県の青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡が代表的である。日置川と勝部川の合流点の南側に弥生中期から村が形成され、弥生後期後葉に戦争の結果とみられる状況で集落が廃絶したと思われる(住居跡は未発掘)。東側の溝(防御施設と港の機能を兼ねていたか)から100人分を超える人骨が見つかり、少なくとも10体、110点の人骨に殺傷痕が見られた。人骨は女性や老人や幼児も含めて無差別に殺されており、刀剣による切り傷がついた骨、青銅の鏃が突き刺さった骨がある。治癒痕はなく、骨に至る傷が致命傷となってほぼ即死したと思われる。出土状況も凄惨で、溝に多数の死体が、埋葬ではなく折り重なって遺棄されている。遺物も、原型を保った建築物の一部や、様々な生活用品が、通常の遺跡ではありえないほど大量に出土している[16]。死者の中に15~18歳の若い成人女性がおり、額に武器を打ち込まれて殺されている。殺戮した後、死体の処理と施設の破壊を兼ねて、死体や廃棄物で溝を埋め立てたものと思われる。略奪はしただろうが、破壊した住居や不要な生活用品は捨てられた。通常なら再利用や腐朽で失われるものが、保存条件もよくて大量に残存した。虐殺以後は集落は復興せず、現代まで水田として利用された模様である[17]。
なお虐殺死体が弥生時代に増加すること及びそれらを研究することが専門の研究者にとっても大きな精神的負担になっていることを、松木武彦は新聞の評論で述べている[18]。
(Wikipedia「弥生時代」より)
==========

弥生時代は九州を起点に近畿に移動していたことがわかります。

Y遺伝子の統計です。これは父から息子に受け継がれる遺伝子です。半島や大陸のO系統遺伝子は、弥生人たちの分布と一致しています。

酒豪遺伝子
縄文人と弥生人の違いの一つはこの酒豪遺伝子であると言われます。ちなみに私はお酒に弱いので弥生人の血も引いているみたいです。(個人的な話ですみません。)
http://goonagoya.seesaa.net/article/139631701.html
弥生人たちが日本で勢力を伸ばしている時代は、もう白山王朝と呼ばれる国家体制はなくなっていました。おそらく白山王朝消滅後も、縄文人たちは小国寡民という小さな点在する部落で自然と共生していたと考えられます。彼らは戦争をすることなど思いもよらなかったことでしょう。たとえ弥生人に攻められて虐殺されたとしても、自分たちが相手を殺すことなど考えつかなかったのかもしれません。何せ一万年以上も自然と共生した平和な文明を持続していた人たちでありますから。
おひさま、ありがとうございます。
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

今でも日本人の心の底に流れている。
伊勢の朝熊山の頂上と、白山中居神社に磐座があることから、日本の中心を南北に繋ぐレイラインが、白山文明の中心であったらしいと先日述べました。多くの縄文ピラミッドがそうであるように、磐座は当時の文明の重要な拠点でありました。現在の大和朝廷神道の前身である古神道が、この磐座の宗教そのものでありました。
古神道とは大自然の重要なポイントに存在する磐座をお祭りするときに大自然の神様がそこに出現する。という宗教観です。その磐座を媒介として大自然を畏れながら感謝を捧げるのが古神道であります。(この古神道の世界観に古代イスラエルの儀式様式をミックスしたものが、大和朝廷神道になっていったと考えられますがそれはまた別のお話です。)
日本中に現存するたくさんの磐座から私たちは、白山縄文文明が古神道の世界観がベースであったと推測することができます。それなら高度な技術を持ちながら自然と共生していたこともうなづけます。
白山縄文文明については、残されている記録はほとんどありません。しかし古神道のように、現在の日本文明の底流にその礎がはっきりと私達の心の中に現存しているように思います。現在の「天皇」という制度もまたそうであるように。
神武天皇の大和朝廷以前にも日本に王朝があったと古文書(多くは偽書とされていますが)に記されています。そしてその時代は、白山を中心とした王朝であったことでしょう。日本中に残る数千の白山神社がその証拠であろうかと思います。そしてその縄文白山王朝とはどういうものであったか。そのエッセンスは現在まで二千数百年存続する大和の「天皇」の本質を考えていけば自ずと結論が出るように思います。
そう、皆さまご存知のように、天皇とは日本神道の最高神官という特定の家系に受け継がれる役職であります。そして天皇とは国魂の寄り代となり国土と大自然に敬意と感謝を捧げる役割と責任を持ちます。そして日本国土に住まう国民は、大自然を畏怖し敬愛するように、最高神官である天皇陛下にも畏怖と敬愛をいだきます。ここ二千数百年の大和朝廷の歴史がそうであるように、天皇とは必ずしも政治的権力者ではなかったと思います。政治形態は小国寡民(小さい国がいくつも点在していた)かもしれませんが、心の拠り所(寄り代)として天皇は存在していたことでしょう。多くの縄文日本人は大自然と肌で交流していましたから、人間社会と大自然を繋ぐ代々の家系もまたごく自然に受け入れることができたと思います。これは古神道から現在に至るまで変わらない「日本人と天皇」「日本人と国土・大自然」の関係でありました。
先日述べましたように、白山縄文文明時代においても、日本中に大自然と繋がる磐座がありましたから、縄文神道の最高神官としての天皇が、数千年、ひょっとしたら一万年以上に渡って維持されて来たと考えられます。
彼らが数千年~数万年という長きにわたり、自然との共生の文明を持っていたことから、縄文時代の日本人は、母音を中心とした今の日本語と似た言語(自然の音を言語として認識する母音言語)を話していたことでしょう。天皇という社会の仕組みもまた同様に数千年数万年前から私達が大切にしていた底流であったと思います。
そう、縄文時代とは未開の原始時代では決してなく、技術的にも精神的にも非常に進んだ自然と共生していた高度な文明であったことでしょう。もうその文明はかすかな遺跡しか表世界には残っていませんが、その精神はブレることなく日本人の心の底流に存在していることは、誇らしく嬉しいことでありますね。
しかしその白山縄文文明も、謎の消滅をしてしまいました。
おひさま、ありがとうございます。
本ブログは引用元をあきらかにしていただければ、ブログやSNSでの拡散は許可いたします。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

| « 前ページ |

