無題のドキュメント
まるぞう備忘録
日本人からの伝言。柔らかいものが一番強い。
日本は260年という長い期間、江戸幕府という鎖国の国家体制が存続していました。
しかし時代は近代という国際化に舞台が移っておりました。
日本はアメリカの強い要求でやむなく開国することになりましたが、世の中を見渡してみるとアジアのほとんどの地域は西欧諸国の植民地になっておりました。
国力も文明も西欧は進んでおり、日本もうかうかするとあっと言う間に彼らの植民地になってしまう。そういう状況でした。
西欧の方々にはこのとき日本人が抱いた危機感はおわかりになりにくいかもしれません。
しかしこれは二千数百年の日本の国の歴史で最大の国家存亡の危機でありました。
日本人はどうしたかというと、260年続いた江戸幕府という体制を終わらせて、天皇を君主とした西欧形式の立憲君主国に移行したのです。
一言で「移行しました」といいますが、実はこれは奇跡的なことでありました。
なにせこれまで日本の統治の実権を260年も握っていた幕府が、全ての権力を天皇を中心とした新政府に明け渡すということでありましたから。
本来なら日本の国は二つに分かれて内戦になるところでした。
フランスは江戸幕府を支援し、イギリスは明治政府を支援しておりましたから、通常でいくと他のアジアの国々で起こったように、革命内戦が起きて、多くの日本人の命が失われ日本の国は各国の植民地として分けられていたかもしれません。
新政府はイギリスから購入した武器を手に、江戸を取り囲んでいました。もう江戸という当時世界最大の100万都市は火の海になる直前のことでした。
なんと江戸幕府の将軍は、明治政府に政治の実権も江戸という都市も明け渡したのでした。当時江戸幕府はまだ権力をもっており、無血開城といいます。
しかし江戸幕府も日本の国中に「サムライ」と呼ばれる忠義のためなら命はいらないという最強兵士が数十万人という規模で存在していましたし、フランスも江戸幕府に近代軍事力の支援をしていましたから、内戦になっても勝ち目は充分あったのでした。
江戸の将軍が無血開城を了承した最大の理由は、新政府が天皇をかついでいたことでした。
つまり新政府と戦争をするということは、天皇に刃を向けるということになります。
日本のどんな権力者であっても天皇に刃を向けることはできない。菊の御紋という皇室の象徴には矢を打てないということでありました。
これが天皇を頂点とした国家体制が世界最長継続していた理由です。
そして新政府は日本を天皇を頂点とした西欧形式の立憲君主国としました。
天皇はそれまで京という1000年の都で、古来から変わることのない伝統的な生活様式で、庶民に姿を見せることなく最高神官として国家神事を連綿と行っておりました。
しかし日本が開国という大変革の時期に奇しくも京都にいらっしゃった天皇はお亡くなりになり、皇室の血を受け継ぐ新しい天皇が江戸に移られました。のちに明治天皇と呼ばれる御方です。
新政府はドイツの立憲君主国を手本に日本を一から十まで西洋風に変えてしまいました。
今までちょんまげを結っていた男子は、西洋人と同じザンギリ頭とし、1000年続いた「サムライ」も廃止され、肉を食べなかった日本人も西洋風の肉料理を食べるようになりました。
これが日本人の本当に怖ろしいところであります。
すぐれた文明制度を目の当たりにしてしまうと、あっと言う間に自分たちに取り入れてしまうという柔軟さであります。
日本の文化の根底に流れる精神は数千年変わっていません。
しかしその好奇心の旺盛さから目新しいものは、何の躊躇もなく、どんどん取り入れて自分たちの「血肉」にしていく柔軟性であります。
老子の36章に「柔らかいものが本当は一番強い」という言葉があります。
日本人の一番の強さはその「柔らかさ」にあると私は考えています。
二千数百年前に古代イスラエル人が極東の地を求めて日本に辿り着いた時、彼らのすぐれた文明に土着の日本人は驚き、好奇心をもって彼らの文明を取り入れたことでしょう。
製鉄技術や農業技術や文字なども。
彼らのユダヤ式宗教形式も自分たちの自然崇拝に取り込んでいきました。
しかし日本人がヤハウェを拝むことはなく、古代イスラエル末裔たちが、日本の自然崇拝の対象の中に、ヤハウェの父性と、彼らが求めていた母性を見出した。というのは私の妄想でありますので読み飛ばしてください。
日本人は鎖国から開国すると、もう国のありかたを西洋の帝国主義をそっくりコピーしますし、
太平洋戦争で日本中が焼け野原になると、もう国のありかたをアメリカ式資本主義をそっくりコピーしてしまします。
しかしその根底に流れる日本精神は、髪の毛一本も動いていないのです。
柔らかいものが一番強いのです。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

しかし時代は近代という国際化に舞台が移っておりました。
日本はアメリカの強い要求でやむなく開国することになりましたが、世の中を見渡してみるとアジアのほとんどの地域は西欧諸国の植民地になっておりました。
国力も文明も西欧は進んでおり、日本もうかうかするとあっと言う間に彼らの植民地になってしまう。そういう状況でした。
西欧の方々にはこのとき日本人が抱いた危機感はおわかりになりにくいかもしれません。
しかしこれは二千数百年の日本の国の歴史で最大の国家存亡の危機でありました。
日本人はどうしたかというと、260年続いた江戸幕府という体制を終わらせて、天皇を君主とした西欧形式の立憲君主国に移行したのです。
一言で「移行しました」といいますが、実はこれは奇跡的なことでありました。
なにせこれまで日本の統治の実権を260年も握っていた幕府が、全ての権力を天皇を中心とした新政府に明け渡すということでありましたから。
本来なら日本の国は二つに分かれて内戦になるところでした。
フランスは江戸幕府を支援し、イギリスは明治政府を支援しておりましたから、通常でいくと他のアジアの国々で起こったように、革命内戦が起きて、多くの日本人の命が失われ日本の国は各国の植民地として分けられていたかもしれません。
新政府はイギリスから購入した武器を手に、江戸を取り囲んでいました。もう江戸という当時世界最大の100万都市は火の海になる直前のことでした。
なんと江戸幕府の将軍は、明治政府に政治の実権も江戸という都市も明け渡したのでした。当時江戸幕府はまだ権力をもっており、無血開城といいます。
しかし江戸幕府も日本の国中に「サムライ」と呼ばれる忠義のためなら命はいらないという最強兵士が数十万人という規模で存在していましたし、フランスも江戸幕府に近代軍事力の支援をしていましたから、内戦になっても勝ち目は充分あったのでした。
江戸の将軍が無血開城を了承した最大の理由は、新政府が天皇をかついでいたことでした。
つまり新政府と戦争をするということは、天皇に刃を向けるということになります。
日本のどんな権力者であっても天皇に刃を向けることはできない。菊の御紋という皇室の象徴には矢を打てないということでありました。
これが天皇を頂点とした国家体制が世界最長継続していた理由です。
そして新政府は日本を天皇を頂点とした西欧形式の立憲君主国としました。
天皇はそれまで京という1000年の都で、古来から変わることのない伝統的な生活様式で、庶民に姿を見せることなく最高神官として国家神事を連綿と行っておりました。
しかし日本が開国という大変革の時期に奇しくも京都にいらっしゃった天皇はお亡くなりになり、皇室の血を受け継ぐ新しい天皇が江戸に移られました。のちに明治天皇と呼ばれる御方です。
新政府はドイツの立憲君主国を手本に日本を一から十まで西洋風に変えてしまいました。
今までちょんまげを結っていた男子は、西洋人と同じザンギリ頭とし、1000年続いた「サムライ」も廃止され、肉を食べなかった日本人も西洋風の肉料理を食べるようになりました。
これが日本人の本当に怖ろしいところであります。
すぐれた文明制度を目の当たりにしてしまうと、あっと言う間に自分たちに取り入れてしまうという柔軟さであります。
日本の文化の根底に流れる精神は数千年変わっていません。
しかしその好奇心の旺盛さから目新しいものは、何の躊躇もなく、どんどん取り入れて自分たちの「血肉」にしていく柔軟性であります。
老子の36章に「柔らかいものが本当は一番強い」という言葉があります。
日本人の一番の強さはその「柔らかさ」にあると私は考えています。
二千数百年前に古代イスラエル人が極東の地を求めて日本に辿り着いた時、彼らのすぐれた文明に土着の日本人は驚き、好奇心をもって彼らの文明を取り入れたことでしょう。
製鉄技術や農業技術や文字なども。
彼らのユダヤ式宗教形式も自分たちの自然崇拝に取り込んでいきました。
しかし日本人がヤハウェを拝むことはなく、古代イスラエル末裔たちが、日本の自然崇拝の対象の中に、ヤハウェの父性と、彼らが求めていた母性を見出した。というのは私の妄想でありますので読み飛ばしてください。
日本人は鎖国から開国すると、もう国のありかたを西洋の帝国主義をそっくりコピーしますし、
太平洋戦争で日本中が焼け野原になると、もう国のありかたをアメリカ式資本主義をそっくりコピーしてしまします。
しかしその根底に流れる日本精神は、髪の毛一本も動いていないのです。
柔らかいものが一番強いのです。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
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日本人からの伝言。理想の君主。
東洋の哲学に興味がある方でしたら、老子の言葉を聞かれたこともあるかもしれません。
約2500年前後の中国の哲人でありました。
「道(タオ)」を説いた哲人でありました。
81章からなる詩を残しました。
人生の真理、宇宙の真理を簡単な81の詩に残してくれました。
いまでは道教とは中国では御利益宗教がメインになってしまってしまいましたが、本当はとてもシンプルなシンプルな真理の詩でありました。
老子の17章はこんな内容です。
一番だめな君主は民衆に自分への忠誠を誓えと強制する君主である。
そのため民衆は陰でその君主を悪しざまにいい軽蔑している。
それよりましな君主は軽蔑はされていないが恐れられている君主である。
それよりましな君主は民衆から敬愛されている君主である。
そして一番良い君主は民衆から「いる」と知られているだけの君主である。
これをお読みの読者の方々の国の君主はどのレベルでしょうか?
民衆から「いる」とは知られているだけの君主とは一体どういう君主なのでありましょうか?
実は日本の天皇は民衆から「いる」と知られているだけの君主でした。
大和国の初期の頃は天皇が政治の実権を握っていました。
しかし中期以降からは、その時々の、豪族や貴族や武士や将軍などなどが政治の実権を握っており、歴代125人の天皇の多くは政治の実権を持っていませんでした。
彼らの本当の仕事は、日本に厄災が起きないように、自然を畏れ感謝を置くという神事を行うことでありましたから。
民衆たちは京の都には「天子さま」という貴い方がいらっしゃるらしい。ということは日本の隅々まで知れ渡っていたようです。が、実際見た人はおりませんでしたし、何をされている御方なのかも知りませんでした。
日本はずっと二千年以上も老子がいっていた理想の君主をいただいていたということです。
民衆は「いる」ことを知っているだけの君主が二千年以上も継続していたのです。
欧米の方たちは、君主とは民衆を統治する存在であると思っているかもしれません。
また民衆に広くその姿を知らせ敬愛されるべき存在であると思っているかもしれません。
しかし老子は、それでさえ理想の君主ではないと言ってます。ふうむ。
現在の日本の皇室は私達民衆もよく知る存在でありますが、江戸時代以前の天皇は、その御姿を見た人はほとんどいない存在でありました。
ただ「いる」ことを知っている漠然とした貴い御方でありました。
現在でもそうです。
今上天皇は81歳のご高齢でありますが、新年の儀式の時はほぼ徹夜だそうです。
朝5時30分から防寒具もつけず厳寒の中、数時間に渡って国民の幸せを祈る儀式を執り行われます。
このような神道の儀式は年に17回も行われていると公表されています。
本当に個人の我欲を捨てなければ1日たりとも続かない厳しい職務であると私は思います。
しかし日本といえども天皇陛下のそのような厳しい神事の実態を知っている人間はほとんどおりません。
最近はネットが発達したおかげで少し調べれば私達もその片鱗を知ることができるようになりましたが。

このような歴代の天皇の日々の厳しい神事で日本が守られている。というのは迷信だよ。全くもって科学的じゃない。と思われる方もいらっしゃることでしょう。
その方はそのお考えてで構いません。
ただ知っていただきたいのは、その「迷信」を信じている国があるということと、その「迷信」の国の体制は2000年以上も存続しており、地球上の他の地域ではありえない長命である国体であるということです。
老子が2600年前に残した言葉のとおりであるかもしれません。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

約2500年前後の中国の哲人でありました。
「道(タオ)」を説いた哲人でありました。
81章からなる詩を残しました。
人生の真理、宇宙の真理を簡単な81の詩に残してくれました。
いまでは道教とは中国では御利益宗教がメインになってしまってしまいましたが、本当はとてもシンプルなシンプルな真理の詩でありました。
老子の17章はこんな内容です。
一番だめな君主は民衆に自分への忠誠を誓えと強制する君主である。
そのため民衆は陰でその君主を悪しざまにいい軽蔑している。
それよりましな君主は軽蔑はされていないが恐れられている君主である。
それよりましな君主は民衆から敬愛されている君主である。
そして一番良い君主は民衆から「いる」と知られているだけの君主である。
これをお読みの読者の方々の国の君主はどのレベルでしょうか?
民衆から「いる」とは知られているだけの君主とは一体どういう君主なのでありましょうか?
実は日本の天皇は民衆から「いる」と知られているだけの君主でした。
大和国の初期の頃は天皇が政治の実権を握っていました。
しかし中期以降からは、その時々の、豪族や貴族や武士や将軍などなどが政治の実権を握っており、歴代125人の天皇の多くは政治の実権を持っていませんでした。
彼らの本当の仕事は、日本に厄災が起きないように、自然を畏れ感謝を置くという神事を行うことでありましたから。
民衆たちは京の都には「天子さま」という貴い方がいらっしゃるらしい。ということは日本の隅々まで知れ渡っていたようです。が、実際見た人はおりませんでしたし、何をされている御方なのかも知りませんでした。
日本はずっと二千年以上も老子がいっていた理想の君主をいただいていたということです。
民衆は「いる」ことを知っているだけの君主が二千年以上も継続していたのです。
欧米の方たちは、君主とは民衆を統治する存在であると思っているかもしれません。
また民衆に広くその姿を知らせ敬愛されるべき存在であると思っているかもしれません。
しかし老子は、それでさえ理想の君主ではないと言ってます。ふうむ。
現在の日本の皇室は私達民衆もよく知る存在でありますが、江戸時代以前の天皇は、その御姿を見た人はほとんどいない存在でありました。
ただ「いる」ことを知っている漠然とした貴い御方でありました。
現在でもそうです。
今上天皇は81歳のご高齢でありますが、新年の儀式の時はほぼ徹夜だそうです。
朝5時30分から防寒具もつけず厳寒の中、数時間に渡って国民の幸せを祈る儀式を執り行われます。
このような神道の儀式は年に17回も行われていると公表されています。
本当に個人の我欲を捨てなければ1日たりとも続かない厳しい職務であると私は思います。
しかし日本といえども天皇陛下のそのような厳しい神事の実態を知っている人間はほとんどおりません。
最近はネットが発達したおかげで少し調べれば私達もその片鱗を知ることができるようになりましたが。

このような歴代の天皇の日々の厳しい神事で日本が守られている。というのは迷信だよ。全くもって科学的じゃない。と思われる方もいらっしゃることでしょう。
その方はそのお考えてで構いません。
ただ知っていただきたいのは、その「迷信」を信じている国があるということと、その「迷信」の国の体制は2000年以上も存続しており、地球上の他の地域ではありえない長命である国体であるということです。
老子が2600年前に残した言葉のとおりであるかもしれません。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
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日本人からの伝言。東の果てで。
初代天皇が大和に国を開く二千数百年前に以前の日本です。
数万年前から日本は自然崇拝信仰の民族であったと考えられています。
自然を畏れ感謝する信仰でありました。
(私の妄想では古代イスラエルの末裔)神武天皇が南九州から大和に進出しました。
本来はヤハウェ信仰であったはずの古代イスラエルの末裔は、大和で日本を治める時には太陽信仰という自然信仰に変わっておりました。
天皇の証明である三種の神器のうち特に重要なのが「八咫の鏡」です。
神話では太陽神「天照太御神」がニニギノミコトに使わせたとあります。
歴代天皇も見たことのない八咫の鏡ですが、明治維新の時に時の文部大臣が調査のためにこの八咫の鏡を開封して検分したところ、鏡の裏に古代ヘブライ文字のようなものが刻まれていたと伝えられています。
そしてその内容は“'Ehyeh 'Asher ‘Ehyeh”(我は有りて在るものなり)と読めるというのです。
http://godpresencewithin.web.fc2.com/pages/zatsugaku/yatanokagami.html

ただこの話は非公式非公開の内容ですから、単なる街の噂かもしれません。
ただ日本の自然崇拝信仰の形式が、古代イスラエルのユダヤ教の形式の影響を大きく受けたのは事実のようです。












http://ja.wikipedia.org/wiki/日ユ同祖論]
http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb010.html
「八咫の鏡」の「ヤータの鏡」とは「ヤーウェの鏡」であったかもしれません。
父性の父を信仰していた古代イスラエルの末裔は、日本の国土と融合した時に母性の神に変わったというのは私の妄想です。
日本神道の最高峰のお宮である伊勢神宮は「外宮」と「内宮」の二つを中心としますが、それぞれ「父性」と「母性」であると私は思います。
ユダヤの方が「外宮」に御参りをするとその「父性の神性」にヤハウェをだぶらせるかもしれません。もし「内宮」に御参りするのであれば日本の大地という「母性の神性」を感じるかもしれません。
「東をめざせ」のご神託の流浪の旅の結果、この極東の日本で自分たちが求めていた「母性」が日本の大地にあった。「内宮」を御参りするとそんな妄想もひょっとしたら真実かもしれないと思えるかもしれません。
父性の鏡が、母性の鏡に戻った瞬間でもありました。
日本の大地の母性が彼らを包み込んだとも思えます。
この両者の融合により、日本の古神道と呼ばれる自然崇拝信仰は、古代イスラエルの末裔を最高神官とした母性の自然崇拝の仕組み(現在の神道)となり、2000年以上もの長きにわたり、日本の大地を鎮める御役目を受け継いできたと私は考えております。
参考)現在の日本のカタカナとヘブライ文字の共通点。
日本文化には古代イスラエル文明が溶けこんでいることの一つの証左です。

つづく
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

数万年前から日本は自然崇拝信仰の民族であったと考えられています。
自然を畏れ感謝する信仰でありました。
(私の妄想では古代イスラエルの末裔)神武天皇が南九州から大和に進出しました。
本来はヤハウェ信仰であったはずの古代イスラエルの末裔は、大和で日本を治める時には太陽信仰という自然信仰に変わっておりました。
天皇の証明である三種の神器のうち特に重要なのが「八咫の鏡」です。
神話では太陽神「天照太御神」がニニギノミコトに使わせたとあります。
歴代天皇も見たことのない八咫の鏡ですが、明治維新の時に時の文部大臣が調査のためにこの八咫の鏡を開封して検分したところ、鏡の裏に古代ヘブライ文字のようなものが刻まれていたと伝えられています。
そしてその内容は“'Ehyeh 'Asher ‘Ehyeh”(我は有りて在るものなり)と読めるというのです。
http://godpresencewithin.web.fc2.com/pages/zatsugaku/yatanokagami.html

ただこの話は非公式非公開の内容ですから、単なる街の噂かもしれません。
ただ日本の自然崇拝信仰の形式が、古代イスラエルのユダヤ教の形式の影響を大きく受けたのは事実のようです。












http://ja.wikipedia.org/wiki/日ユ同祖論]
http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb010.html
「八咫の鏡」の「ヤータの鏡」とは「ヤーウェの鏡」であったかもしれません。
父性の父を信仰していた古代イスラエルの末裔は、日本の国土と融合した時に母性の神に変わったというのは私の妄想です。
日本神道の最高峰のお宮である伊勢神宮は「外宮」と「内宮」の二つを中心としますが、それぞれ「父性」と「母性」であると私は思います。
ユダヤの方が「外宮」に御参りをするとその「父性の神性」にヤハウェをだぶらせるかもしれません。もし「内宮」に御参りするのであれば日本の大地という「母性の神性」を感じるかもしれません。
「東をめざせ」のご神託の流浪の旅の結果、この極東の日本で自分たちが求めていた「母性」が日本の大地にあった。「内宮」を御参りするとそんな妄想もひょっとしたら真実かもしれないと思えるかもしれません。
父性の鏡が、母性の鏡に戻った瞬間でもありました。
日本の大地の母性が彼らを包み込んだとも思えます。
この両者の融合により、日本の古神道と呼ばれる自然崇拝信仰は、古代イスラエルの末裔を最高神官とした母性の自然崇拝の仕組み(現在の神道)となり、2000年以上もの長きにわたり、日本の大地を鎮める御役目を受け継いできたと私は考えております。
参考)現在の日本のカタカナとヘブライ文字の共通点。
日本文化には古代イスラエル文明が溶けこんでいることの一つの証左です。

つづく
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日本人からの伝言。皇室と古代イスラエル。
今日は皇室に関する都市伝説をお話します。
これは公的に学会で認められている説ではありません。
情況証拠がいろいろあるというお話です。
信じる人もいらっしゃるでしょうし、信じない人もいらっしゃるでしょう。それはあなた次第。というお話です。
現在の今上天皇は第125代目です。
日本の神話によると初代神武天皇が即位したのは2675年前とされます。
さすがにそこまで古くなくて、2200~2000年ぐらいだろうという学者もおります。
いや、そもそも第15代応神天皇以前は架空の神話だ、という学者もおります。
さて日本の神話古事記によると、神武天皇の曾祖父のニニギノミコトが天の高天原から九州南部に降り立ったとされます。
そして神武天皇の代で南九州から日本の中心である大和地方に移動し、そこで最初の天皇となったと伝えられます。
さてその頃世界はどういう歴史であったでしょうか。
イスラエル王国が南北に分裂し、南ユダ王国が滅び、北イスラエル王国も滅びました。
しかし北イスラエル王国の10支族はこつ然と歴史から姿を消し「失われた10支族」と言われ、世界史の謎の一つとされています。
現代でもこの失われた10支族を調査する機関がイスラエルに存在し、アミシャーブと呼ばれています。彼らの調査では10支族は東へ東へと移動したとされます。
==========
イザヤ24:15 それゆえ、あなたたちは東の地でも主を尊び/海の島々でも、イスラエルの神、主の御名を尊べ。24:16 地の果てから、歌声が聞こえる。「主に従う人に誉れあれ」と。(新共同訳)
==========
年代的にも北イスラエルが滅亡してから、ニニギノミコトが南九州に降臨した時期が一致することや、

ユダヤのエフライム族の家系図と、日本神話のニニギノミコトの家系図に多くの共通点があることや、

皇室の男子は生後8日目に割礼の儀式を行う(一般日本人には割礼の風習はありません。古代イスラエル人がヤハウェと契約した民であることのしるしであります)ようなことから、皇室の先祖であるニニギノミコトとは失われた北イスラエルの10支族ではないか。という仮説が生まれたのです。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

これは公的に学会で認められている説ではありません。
情況証拠がいろいろあるというお話です。
信じる人もいらっしゃるでしょうし、信じない人もいらっしゃるでしょう。それはあなた次第。というお話です。
現在の今上天皇は第125代目です。
日本の神話によると初代神武天皇が即位したのは2675年前とされます。
さすがにそこまで古くなくて、2200~2000年ぐらいだろうという学者もおります。
いや、そもそも第15代応神天皇以前は架空の神話だ、という学者もおります。
さて日本の神話古事記によると、神武天皇の曾祖父のニニギノミコトが天の高天原から九州南部に降り立ったとされます。
そして神武天皇の代で南九州から日本の中心である大和地方に移動し、そこで最初の天皇となったと伝えられます。
さてその頃世界はどういう歴史であったでしょうか。
イスラエル王国が南北に分裂し、南ユダ王国が滅び、北イスラエル王国も滅びました。
しかし北イスラエル王国の10支族はこつ然と歴史から姿を消し「失われた10支族」と言われ、世界史の謎の一つとされています。
現代でもこの失われた10支族を調査する機関がイスラエルに存在し、アミシャーブと呼ばれています。彼らの調査では10支族は東へ東へと移動したとされます。
==========
イザヤ24:15 それゆえ、あなたたちは東の地でも主を尊び/海の島々でも、イスラエルの神、主の御名を尊べ。24:16 地の果てから、歌声が聞こえる。「主に従う人に誉れあれ」と。(新共同訳)
==========
年代的にも北イスラエルが滅亡してから、ニニギノミコトが南九州に降臨した時期が一致することや、

ユダヤのエフライム族の家系図と、日本神話のニニギノミコトの家系図に多くの共通点があることや、

皇室の男子は生後8日目に割礼の儀式を行う(一般日本人には割礼の風習はありません。古代イスラエル人がヤハウェと契約した民であることのしるしであります)ようなことから、皇室の先祖であるニニギノミコトとは失われた北イスラエルの10支族ではないか。という仮説が生まれたのです。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
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日本人からの伝言。災害を鎮める御役目。
日本の家屋は基本木造です。
石造りの家の文化圏にはそういうことがあるのかどうかわかりませんが、木造の家の場合、空き家になるととたんに傷みが進みます。
人が住まないだけで朽ちていく速度がぐんとあがります。
しかし人が住んでいるだけで、その木造住宅は朽ちる速度は極端に遅くなり、家屋は保たれるのです。
これは本当に不思議なことです。
人の思いが家屋を朽ちさせず保っているようです。
さて日本の国土は世界でも指折りの自然災害の危機が大きい地域です。
そんな中数万年数千年の日本人のご先祖の智恵として、自然を畏怖し感謝を持ち続けることが、自然災害の被害を最小にすることを経験的に知っていました。
これは人の思いが国土の平和(自然災害含む)を保つということであります。
自然災害の危機が大きいということは逆にいうと、日本の大地は自然の気が非常に強いということであります。
自然を精霊として捉える日本人にはわかりやすい表現ですが、そうではない価値観の文化圏の人たちには「自然の気が強い」というニュアンスがわかりにくいかもしれません。
さて木造の家も住む人の思いが宿るだけで朽ちる速度がぐっと遅くなります。
自然の気が強い国土でありますから、人間の畏怖と感謝の気持ちがあることで人間に災いが起きるような災害も抑えられているだろう。日本人の先祖たちはそう考えていました。
さてこの「自然を畏怖し感謝を置くことで災害を最小限にする」という仕組みが日本の文化であるのですが、その洗練された形が「皇室制度」であります。
天皇とは英語で訳されると Emperor でありますことをみても、おそらく世界中の人は皇室のことを誤解しています。最近の日本人も誤解している人が多いかもしれません。
天皇の役割とは、「国民を代表して、自然への畏怖と感謝の奉納により、国土の災害を最小にする」ということなのです。
自然崇拝という日本人の宗教とトップの祭司であるということです。
そしてこの制度は
2000年以上も途切れることなく日本に存在し続けておりました。
私達日本人はそれぞれ自分の生まれ育った地域と大自然を氏神様として信仰の対象としてお祭りをしていました。畏敬と感謝の念を奉納しておりました。
神社とは日本人が自然崇拝を行う礼拝所であります。
しかし神社の御神体とは山であり森でありました。
神社の本殿とは礼拝する時に一時的に精霊の神気を呼ぶための場所であり、本来は精霊の神気とは森や山の自然の気そのものでありました。
このように各地域では氏神神社という形で日本人が大自然に畏敬と感謝を捧げておりましたが、日本国土全体の自然の精霊に畏敬と感謝を捧げる神官が「天皇」であり、その仕組みが「皇室」でありました。
二千数百年の皇室の歴史の前半は天皇が政治の中心であった時代でありましたが、後半の1000年は直接政治に関わることもなく、本業の「神官」の時代であったと思われます。

こちらの年表でわかるように、世界中のほとんどの地域ではさまざまな王家が入れ替わり立ち替り興亡を繰り返しています。
しかし日本だけは皇室が2000年以上も存続しています。
これは天皇が単純な「王家」だったということではなく、代々日本を守る「神官」の家系であり、多くの日本人が2000年以上に渡ってそれを認めて来たということです。
ですから天皇とは Emperor というよりは法王Popeに近いかもしれません。
家系代々で継ぐということはローマ法王とは異なりますが。
ながなが日本人の宗教観のお話をしてきましたが、なぜ日本が侵略戦争に進んだかということを考察するには、天皇とは何だったかという理解が不可欠であろうと思うからであります。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

石造りの家の文化圏にはそういうことがあるのかどうかわかりませんが、木造の家の場合、空き家になるととたんに傷みが進みます。
人が住まないだけで朽ちていく速度がぐんとあがります。
しかし人が住んでいるだけで、その木造住宅は朽ちる速度は極端に遅くなり、家屋は保たれるのです。
これは本当に不思議なことです。
人の思いが家屋を朽ちさせず保っているようです。
さて日本の国土は世界でも指折りの自然災害の危機が大きい地域です。
そんな中数万年数千年の日本人のご先祖の智恵として、自然を畏怖し感謝を持ち続けることが、自然災害の被害を最小にすることを経験的に知っていました。
これは人の思いが国土の平和(自然災害含む)を保つということであります。
自然災害の危機が大きいということは逆にいうと、日本の大地は自然の気が非常に強いということであります。
自然を精霊として捉える日本人にはわかりやすい表現ですが、そうではない価値観の文化圏の人たちには「自然の気が強い」というニュアンスがわかりにくいかもしれません。
さて木造の家も住む人の思いが宿るだけで朽ちる速度がぐっと遅くなります。
自然の気が強い国土でありますから、人間の畏怖と感謝の気持ちがあることで人間に災いが起きるような災害も抑えられているだろう。日本人の先祖たちはそう考えていました。
さてこの「自然を畏怖し感謝を置くことで災害を最小限にする」という仕組みが日本の文化であるのですが、その洗練された形が「皇室制度」であります。
天皇とは英語で訳されると Emperor でありますことをみても、おそらく世界中の人は皇室のことを誤解しています。最近の日本人も誤解している人が多いかもしれません。
天皇の役割とは、「国民を代表して、自然への畏怖と感謝の奉納により、国土の災害を最小にする」ということなのです。
自然崇拝という日本人の宗教とトップの祭司であるということです。
そしてこの制度は
2000年以上も途切れることなく日本に存在し続けておりました。
私達日本人はそれぞれ自分の生まれ育った地域と大自然を氏神様として信仰の対象としてお祭りをしていました。畏敬と感謝の念を奉納しておりました。
神社とは日本人が自然崇拝を行う礼拝所であります。
しかし神社の御神体とは山であり森でありました。
神社の本殿とは礼拝する時に一時的に精霊の神気を呼ぶための場所であり、本来は精霊の神気とは森や山の自然の気そのものでありました。
このように各地域では氏神神社という形で日本人が大自然に畏敬と感謝を捧げておりましたが、日本国土全体の自然の精霊に畏敬と感謝を捧げる神官が「天皇」であり、その仕組みが「皇室」でありました。
二千数百年の皇室の歴史の前半は天皇が政治の中心であった時代でありましたが、後半の1000年は直接政治に関わることもなく、本業の「神官」の時代であったと思われます。

こちらの年表でわかるように、世界中のほとんどの地域ではさまざまな王家が入れ替わり立ち替り興亡を繰り返しています。
しかし日本だけは皇室が2000年以上も存続しています。
これは天皇が単純な「王家」だったということではなく、代々日本を守る「神官」の家系であり、多くの日本人が2000年以上に渡ってそれを認めて来たということです。
ですから天皇とは Emperor というよりは法王Popeに近いかもしれません。
家系代々で継ぐということはローマ法王とは異なりますが。
ながなが日本人の宗教観のお話をしてきましたが、なぜ日本が侵略戦争に進んだかということを考察するには、天皇とは何だったかという理解が不可欠であろうと思うからであります。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

日本人からの伝言。大自然の脅威がそだてたもの。
日本は地球の中でも自然災害が多い地域です。
世界の地震の20%は日本で発生しています。


地震は大地が揺れるだけでなく津波を引き起こしたり、火山の噴火とも連動します。

また台風もまた日本は世界でも有数の通り道の場所です。


台風は暴風雨だけでなく土砂崩れなども引き起こします。

日本に住む人達はも何万年も何千年もこの厳しい自然災害と向き合って来ました。
家族の命や貴重な財産があっという間に失われるという体験を頻繁にしてきたわけです。
この厳しい自然環境の中で培われた日本人の特質が「失ったものは仕方がない」と水に流す性質であったと思います。
もしこれが戦争や侵略や内乱などで家族の命や自分の財産を失うことになるのであれば、「復讐心」が育った可能性もあります。
しかし日本人が対峙していたのは、大自然という不可抗力でありました。
世界には地震や津波や火山や台風や竜巻や土砂崩れなどの自然災害は滅多に生じないという恵まれた地域も数多くあることでしょう。
しかしそういう地域は他民族の侵略と戦争が繰り返されていたかもしれません。
日本はYAP遺伝子が示すところ、数万年規模で他民族の侵略はほとんど受けなかったし他民族への侵略もしていなかったと推定されます。
しかし大自然の災害は毎年のように発生し、多くの人命と財産が大地と海に消えていきました。
日本には「天災は忘れたころにやってくる」ということわざがあります。
長いあいだ自然災害と向き合っていた日本民族の生活の智恵であります。
日本人は経験的に知っていました。
大自然の災害の被害を少しでも少なくするためには、自然の脅威を忘れてはいけないということです。
大自然に畏敬の念をもっている限りは、その地域では大災害は発生しにくいということでした。
そしてもう一つ。
大自然に感謝を捧げている限りは、やはりその地域では大災害が発生にしくいということです。
大自然に畏敬や感謝を生活の中で忘れないだけで、自然災害の被害の発生が抑えられる?
現代人にとっては未開の迷信であることでしょう。
しかしこれは数万年、数千年、自然災害と向き合っていた日本人の生活の智恵であります。
現代日本人は、頭では自然の畏敬や感謝が災害をおさえるなんて本当にあるとは信じていないことでしょう。
しかしそれでも心の奥底では、自然は畏敬すべきものであり、感謝の気持ちで大事にしなければならないことを、肌で知っています。
これが日本人の自然崇拝という宗教の原点であります。
他民族からの脅威は受けたことはないが、大自然の脅威を毎年のように受けているこの日本ではぐくまれた「宗教」であります。
経典も戒律も教祖も開祖もない、日本文化という宗教であります。
大自然の脅威を忘れることなく、大自然には感謝と礼節をもって対応する。
そう、これが本来の日本人の宗教でありました。
つづく
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世界の地震の20%は日本で発生しています。


地震は大地が揺れるだけでなく津波を引き起こしたり、火山の噴火とも連動します。

また台風もまた日本は世界でも有数の通り道の場所です。


台風は暴風雨だけでなく土砂崩れなども引き起こします。

日本に住む人達はも何万年も何千年もこの厳しい自然災害と向き合って来ました。
家族の命や貴重な財産があっという間に失われるという体験を頻繁にしてきたわけです。
この厳しい自然環境の中で培われた日本人の特質が「失ったものは仕方がない」と水に流す性質であったと思います。
もしこれが戦争や侵略や内乱などで家族の命や自分の財産を失うことになるのであれば、「復讐心」が育った可能性もあります。
しかし日本人が対峙していたのは、大自然という不可抗力でありました。
世界には地震や津波や火山や台風や竜巻や土砂崩れなどの自然災害は滅多に生じないという恵まれた地域も数多くあることでしょう。
しかしそういう地域は他民族の侵略と戦争が繰り返されていたかもしれません。
日本はYAP遺伝子が示すところ、数万年規模で他民族の侵略はほとんど受けなかったし他民族への侵略もしていなかったと推定されます。
しかし大自然の災害は毎年のように発生し、多くの人命と財産が大地と海に消えていきました。
日本には「天災は忘れたころにやってくる」ということわざがあります。
長いあいだ自然災害と向き合っていた日本民族の生活の智恵であります。
日本人は経験的に知っていました。
大自然の災害の被害を少しでも少なくするためには、自然の脅威を忘れてはいけないということです。
大自然に畏敬の念をもっている限りは、その地域では大災害は発生しにくいということでした。
そしてもう一つ。
大自然に感謝を捧げている限りは、やはりその地域では大災害が発生にしくいということです。
大自然に畏敬や感謝を生活の中で忘れないだけで、自然災害の被害の発生が抑えられる?
現代人にとっては未開の迷信であることでしょう。
しかしこれは数万年、数千年、自然災害と向き合っていた日本人の生活の智恵であります。
現代日本人は、頭では自然の畏敬や感謝が災害をおさえるなんて本当にあるとは信じていないことでしょう。
しかしそれでも心の奥底では、自然は畏敬すべきものであり、感謝の気持ちで大事にしなければならないことを、肌で知っています。
これが日本人の自然崇拝という宗教の原点であります。
他民族からの脅威は受けたことはないが、大自然の脅威を毎年のように受けているこの日本ではぐくまれた「宗教」であります。
経典も戒律も教祖も開祖もない、日本文化という宗教であります。
大自然の脅威を忘れることなく、大自然には感謝と礼節をもって対応する。
そう、これが本来の日本人の宗教でありました。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
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日本人からの伝言。ご先祖さまのお陰。
今日は日本人の祖霊信仰について少しお話させてください。
この祖霊信仰のために、多くの日本人は自分の宗教は仏教と思っています。
しかし日本人の仏教はゴータマ・ブッダの教えとは異なっています。
多くの日本人の家には仏壇があります。
戦前ではほとんど100%の家に仏壇がありました。
しかし戦後は核家族といって、子供が親と同居しない生活となり、現在では仏壇の所有率は10%前後のようです。
http://www.tsunagunet.com/info/2012/1024.html
http://news.mynavi.jp/news/2014/02/10/184/
仏壇とは仏教の祭壇という意味ですが、そこに祀られているのはゴータマ・ブッダではありません。そこに祀られているのは「位牌」といって、家系の亡くなった方々をお祀りしているのです。
仏壇がある家では、春のお彼岸、夏のお盆、秋のお彼岸と仏壇をお祀りする行事があります。日本人はそれを仏教の行事と思っていますが、内容は先祖信仰です。なぜなら信仰の対象がゴータマ・ブッダではなくご先祖さまであるからです。
日本人の日常の語彙にそれがあらわれています。
「ご先祖さまに申し訳ない」
「ご先祖さまのお陰」
※残念ながら若い年代の人はこういう言葉は使いません。
仏壇の保有者との相関はあると思います。
信仰深い人というのは善悪の判断基準はその人の信仰している宗教によります。
自分の信じている神様がそれを許すかどうかという基準です。
日本人の場合はそれが「ご先祖様に顔向けできるかどうか」という判断であったわけです。
また自分の人生を守ってくれるのは自分の信仰している神様であると思っております。
「おお、神よ、救い給え、守り給え」
しかし日本人の場合は、自分たちを守ってくれるのは自分の家系のご先祖さまであると思っておりました。
自分と家族が食べていく生活の努力と、他人への思い遣りを正しく実践することで、執着という自分自身を縛っていた鎖をほどいていくことができる。という教えであったろうゴータマ・ブッダの言葉は、中国大陸にわたり祈願呪術となり日本に輸入され、日本に元からあった先祖信仰と一体となり日本中に普及しました。
日本人は自分が亡くなると家系のご先祖の一員になるという死生観でした。
そして今度は自分もまた子孫を守る役割になるという考えでした。
自分の親が自分を守り育ててくれたように、次に自分が自分の子供を守り育てたように、自分は死ぬと家系のご先祖の一員となり子孫を守るという考えでした。
日本人は自分の死後は自分の家系に溶け込むと考えておりました。
そして日本人の先祖信仰は、氏神という土地の精霊信仰と同じ直線上にあります。
自分の家系を守ってくれるのは自分の家系のご先祖さまです。
自分の村や地域を守ってくれるのは、村や地域という土地の神様(精霊)であるという自然崇拝です。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

この祖霊信仰のために、多くの日本人は自分の宗教は仏教と思っています。
しかし日本人の仏教はゴータマ・ブッダの教えとは異なっています。
多くの日本人の家には仏壇があります。
戦前ではほとんど100%の家に仏壇がありました。
しかし戦後は核家族といって、子供が親と同居しない生活となり、現在では仏壇の所有率は10%前後のようです。
http://www.tsunagunet.com/info/2012/1024.html
http://news.mynavi.jp/news/2014/02/10/184/
仏壇とは仏教の祭壇という意味ですが、そこに祀られているのはゴータマ・ブッダではありません。そこに祀られているのは「位牌」といって、家系の亡くなった方々をお祀りしているのです。
仏壇がある家では、春のお彼岸、夏のお盆、秋のお彼岸と仏壇をお祀りする行事があります。日本人はそれを仏教の行事と思っていますが、内容は先祖信仰です。なぜなら信仰の対象がゴータマ・ブッダではなくご先祖さまであるからです。
日本人の日常の語彙にそれがあらわれています。
「ご先祖さまに申し訳ない」
「ご先祖さまのお陰」
※残念ながら若い年代の人はこういう言葉は使いません。
仏壇の保有者との相関はあると思います。
信仰深い人というのは善悪の判断基準はその人の信仰している宗教によります。
自分の信じている神様がそれを許すかどうかという基準です。
日本人の場合はそれが「ご先祖様に顔向けできるかどうか」という判断であったわけです。
また自分の人生を守ってくれるのは自分の信仰している神様であると思っております。
「おお、神よ、救い給え、守り給え」
しかし日本人の場合は、自分たちを守ってくれるのは自分の家系のご先祖さまであると思っておりました。
自分と家族が食べていく生活の努力と、他人への思い遣りを正しく実践することで、執着という自分自身を縛っていた鎖をほどいていくことができる。という教えであったろうゴータマ・ブッダの言葉は、中国大陸にわたり祈願呪術となり日本に輸入され、日本に元からあった先祖信仰と一体となり日本中に普及しました。
日本人は自分が亡くなると家系のご先祖の一員になるという死生観でした。
そして今度は自分もまた子孫を守る役割になるという考えでした。
自分の親が自分を守り育ててくれたように、次に自分が自分の子供を守り育てたように、自分は死ぬと家系のご先祖の一員となり子孫を守るという考えでした。
日本人は自分の死後は自分の家系に溶け込むと考えておりました。
そして日本人の先祖信仰は、氏神という土地の精霊信仰と同じ直線上にあります。
自分の家系を守ってくれるのは自分の家系のご先祖さまです。
自分の村や地域を守ってくれるのは、村や地域という土地の神様(精霊)であるという自然崇拝です。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

日本人からの伝言。エッセンスの吸収能力。
私は日本人でありかつ日本が大好きであります。
ですから今回のこの文章は「日本が好き」という内容になります。
できるだけ客観的なデータを基づき、できるだけ客観的に判断しようと努力はしますが、それでも結論は「日本が好き」という流れになることでしょう。
これはあるサッカーチームのファンのサイトに似ているかもしれません。
なぜ私はこのサッカーチームを応援するのか、なぜこのサッカーチームは素晴らしいのか、という説明を延々と続ける記事にと同じであるかもしれません。
ですからこの文章を読む欧米の方は、
「私のように日本が好きという方」か
「日本の特異性はどこにあるのか知りたい」
という方には一読する価値はあることでしょう。
私の経験では海外では、日本が戦後高度成長した理由を知りたがっていたビジネスマンは多かったのです。そういう人たちには知っておいて欲しい内容はあります。
実は日本の文化に空気として溶け込んだ自然崇拝の社会観が強い経済「も」創りだしたというのが私の結論でありますから。
ただ「日本が好きではない」「日本に興味がない」という人にとってこれから私の書く文章はあまり意味がないことでしょう。
ローカルなサッカーチームの熱狂的ファンの自己満足ブロクと変わりがありませんから。
遺伝子のY染色体とは男性だけに伝わる遺伝子です。
この分布を見ると、様々な民族の男性が人類の長い歴史の中でどのように移動していったかを知ることができます。
==========

特にD2およびC1は全世界でほとんど日本列島にのみ存続している貴重な亜型であり、さらにNとOの共通祖型であるNO*が複数例まとまってみられるという、旧石器時代の極めて古い亜型が残存しているのも日本列島の特徴である。

http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn4/004_08_2Ysennsyokutai_karamita_sosenn..html
==========
分布図を見るとこの古いD系統遺伝子は日本列島(沖縄台湾含む)の他には、チベットとアンダマン諸島にしかありません。
Y染色体とは男性の遺伝子です。つまりY染色体が移動するということは戦争などで侵略するということは男性がその地に移動して女性に子供を生ませるということを意味します。
しかし古いD系統遺伝子が温存されたのは外部から戦争の侵略を受けなかった地域であるといえます。(チベットは残念ながらこの数十年で大きく遺伝子分布が変えられそうでありますが)
現代欧米社会では、自然崇拝とは「未開文明」と位置づけられてられておりますが、日本列島においては古来から現代にいたるまで、他民族の侵略を受けることなく、自然崇拝と祖霊信仰を維持していた民族であることがわかります。
そしてこの古来からのD系統民族の特徴はただ単に歴史が古いということだけではありませんでした。
その大きな特徴は文化的な寛容性にあります。
外からの文化のエッセンスを積極的に吸収して、あっと言う間に自分たちの色に染めて自分たちの一部にしてしまう柔軟性にあります。
この寛容性と吸収性が強いことが、日本という古い遺伝子文化を数千年の長きに渡り維持することができた大きな理由であるといえましょう。
たとえば16世紀に日本に西洋の文化が初めてもたらされました。
その当時日本は戦国時代といって各地の大名が覇権を争っていた時代でした。
彼らは西洋人がもたらした火縄銃に着目しました。
この銃があれば戦争で大きな戦力になります。
日本に火縄銃が伝わった翌年の1544年には日本は国産化をしてしまいます。
他のアジアの国々の権力者たちは火縄銃をみな欲しがりましたが、自分たちで作ってしまったのは日本人だけでありました。
しかも戦国時代ということもあり、あっという間に日本中に広がり50万丁以上といわれ、世界最大の銃の保有国になっていました。
しかしその後徳川幕府が成立し戦国時代が終わると火縄銃の必要性は薄れていきます。
明治維新までの260年という平和な時代でした。
この時の首都である江戸は100万の人口の世界最大の都市でありました。
当時のパリは40万人、ロンドンが30万人でしたから、世界最大の都市であったといえます。
しかも江戸は水道インフラや下水処理の仕組みもできており、世界最大の都市でありながら清潔でありました。
http://all62.jp/ecoacademy/24/01.html
この清潔さも日本の最大の特徴の一つですが、これは日本民族の自然崇拝である神道と深い関係があります。
しかし当時の日本は鎖国していましたので、この世界最大都市については西洋の歴史ではほとんど知られることはありませんでした。
日本は鎖国をするなら鎖国の中で独自の高い文明を創って維持する民族でありますし、開国するな開国したで外部の文明のエッセンスを吸収して自分のものにします。
アメリカの圧力で開国しました。
え?世界は帝国主義じゃん。
じゃあ日本も帝国主義吸収しないと植民地にさせられちゃう。
日本も帝国主義になりま~す。
ロシアから日本を守るために緩衝帯の朝鮮半島独立させます。
そのために当時世界最大のGDP国=眠れる清と戦争します。
まさかの勝利。その後ロシアと戦争します。
これまたまさかの勝利。有色人が初めて白人に勝った戦争でした。
その後調子にのって覇権を中国大陸や東南アジアに広げ、
とうとう国力10倍のこれまた当時世界最大のアメリカに戦争を仕掛け、
国が亡くなる寸前まボロボロになります。
帝国主義のエッセンスを取り入れ自分のものにしたのは良いですが、結局自分の身を滅ぼしてしまいました。
帝国主義は日本人が見習って吸収するべきものではありませんでした。
それは本来の日本人の寛容性とは相反するものでした。
高い授業料でした。
(日本の帝国主義についてはこのあとの記事でもう少し詳しく述べさせて頂きます)
戦争に敗けてもう軍事力はもちません。もうこりごりです。
なら経済活動にがんばります。
資本主義経済活動を吸収し、焼け跡からあっというまにアメリカにつぐ経済大国になってしまいました。
しかしこれまたアメリカ金融資本の怒りを買い、プラザ合意で強制的な2倍の円高に誘導し、バブル膨らませたあと崩壊という形で300兆円あった日本の資産は彼らの元に移動しました。
http://goel.jugem.jp/?eid=221
(これも詳しく書くと長くなるので、縁があれば別の機会に)
帝国主義も金儲け主義も、エッセンスを吸収し自分たちの流儀で世界トップクラスに育てました。しかしこれらは日本人の元々の性質とは相容れないものだったようです。
日本人の元々の性質とは、寛容性と、あとは自分の創意工夫で創り出すことでした。
それで人が喜んでもらえれば本当に幸せなのです。
植民地を増やすこととか、金融資産を倍々に増やすことは、本当は日本人がやりたかったことではありませんでした。
でもそれも高い授業料を払ってわかったことでありました。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

ですから今回のこの文章は「日本が好き」という内容になります。
できるだけ客観的なデータを基づき、できるだけ客観的に判断しようと努力はしますが、それでも結論は「日本が好き」という流れになることでしょう。
これはあるサッカーチームのファンのサイトに似ているかもしれません。
なぜ私はこのサッカーチームを応援するのか、なぜこのサッカーチームは素晴らしいのか、という説明を延々と続ける記事にと同じであるかもしれません。
ですからこの文章を読む欧米の方は、
「私のように日本が好きという方」か
「日本の特異性はどこにあるのか知りたい」
という方には一読する価値はあることでしょう。
私の経験では海外では、日本が戦後高度成長した理由を知りたがっていたビジネスマンは多かったのです。そういう人たちには知っておいて欲しい内容はあります。
実は日本の文化に空気として溶け込んだ自然崇拝の社会観が強い経済「も」創りだしたというのが私の結論でありますから。
ただ「日本が好きではない」「日本に興味がない」という人にとってこれから私の書く文章はあまり意味がないことでしょう。
ローカルなサッカーチームの熱狂的ファンの自己満足ブロクと変わりがありませんから。
遺伝子のY染色体とは男性だけに伝わる遺伝子です。
この分布を見ると、様々な民族の男性が人類の長い歴史の中でどのように移動していったかを知ることができます。
==========

特にD2およびC1は全世界でほとんど日本列島にのみ存続している貴重な亜型であり、さらにNとOの共通祖型であるNO*が複数例まとまってみられるという、旧石器時代の極めて古い亜型が残存しているのも日本列島の特徴である。

http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn4/004_08_2Ysennsyokutai_karamita_sosenn..html
==========
分布図を見るとこの古いD系統遺伝子は日本列島(沖縄台湾含む)の他には、チベットとアンダマン諸島にしかありません。
Y染色体とは男性の遺伝子です。つまりY染色体が移動するということは戦争などで侵略するということは男性がその地に移動して女性に子供を生ませるということを意味します。
しかし古いD系統遺伝子が温存されたのは外部から戦争の侵略を受けなかった地域であるといえます。(チベットは残念ながらこの数十年で大きく遺伝子分布が変えられそうでありますが)
現代欧米社会では、自然崇拝とは「未開文明」と位置づけられてられておりますが、日本列島においては古来から現代にいたるまで、他民族の侵略を受けることなく、自然崇拝と祖霊信仰を維持していた民族であることがわかります。
そしてこの古来からのD系統民族の特徴はただ単に歴史が古いということだけではありませんでした。
その大きな特徴は文化的な寛容性にあります。
外からの文化のエッセンスを積極的に吸収して、あっと言う間に自分たちの色に染めて自分たちの一部にしてしまう柔軟性にあります。
この寛容性と吸収性が強いことが、日本という古い遺伝子文化を数千年の長きに渡り維持することができた大きな理由であるといえましょう。
たとえば16世紀に日本に西洋の文化が初めてもたらされました。
その当時日本は戦国時代といって各地の大名が覇権を争っていた時代でした。
彼らは西洋人がもたらした火縄銃に着目しました。
この銃があれば戦争で大きな戦力になります。
日本に火縄銃が伝わった翌年の1544年には日本は国産化をしてしまいます。
他のアジアの国々の権力者たちは火縄銃をみな欲しがりましたが、自分たちで作ってしまったのは日本人だけでありました。
しかも戦国時代ということもあり、あっという間に日本中に広がり50万丁以上といわれ、世界最大の銃の保有国になっていました。
しかしその後徳川幕府が成立し戦国時代が終わると火縄銃の必要性は薄れていきます。
明治維新までの260年という平和な時代でした。
この時の首都である江戸は100万の人口の世界最大の都市でありました。
当時のパリは40万人、ロンドンが30万人でしたから、世界最大の都市であったといえます。
しかも江戸は水道インフラや下水処理の仕組みもできており、世界最大の都市でありながら清潔でありました。
http://all62.jp/ecoacademy/24/01.html
この清潔さも日本の最大の特徴の一つですが、これは日本民族の自然崇拝である神道と深い関係があります。
しかし当時の日本は鎖国していましたので、この世界最大都市については西洋の歴史ではほとんど知られることはありませんでした。
日本は鎖国をするなら鎖国の中で独自の高い文明を創って維持する民族でありますし、開国するな開国したで外部の文明のエッセンスを吸収して自分のものにします。
アメリカの圧力で開国しました。
え?世界は帝国主義じゃん。
じゃあ日本も帝国主義吸収しないと植民地にさせられちゃう。
日本も帝国主義になりま~す。
ロシアから日本を守るために緩衝帯の朝鮮半島独立させます。
そのために当時世界最大のGDP国=眠れる清と戦争します。
まさかの勝利。その後ロシアと戦争します。
これまたまさかの勝利。有色人が初めて白人に勝った戦争でした。
その後調子にのって覇権を中国大陸や東南アジアに広げ、
とうとう国力10倍のこれまた当時世界最大のアメリカに戦争を仕掛け、
国が亡くなる寸前まボロボロになります。
帝国主義のエッセンスを取り入れ自分のものにしたのは良いですが、結局自分の身を滅ぼしてしまいました。
帝国主義は日本人が見習って吸収するべきものではありませんでした。
それは本来の日本人の寛容性とは相反するものでした。
高い授業料でした。
(日本の帝国主義についてはこのあとの記事でもう少し詳しく述べさせて頂きます)
戦争に敗けてもう軍事力はもちません。もうこりごりです。
なら経済活動にがんばります。
資本主義経済活動を吸収し、焼け跡からあっというまにアメリカにつぐ経済大国になってしまいました。
しかしこれまたアメリカ金融資本の怒りを買い、プラザ合意で強制的な2倍の円高に誘導し、バブル膨らませたあと崩壊という形で300兆円あった日本の資産は彼らの元に移動しました。
http://goel.jugem.jp/?eid=221
(これも詳しく書くと長くなるので、縁があれば別の機会に)
帝国主義も金儲け主義も、エッセンスを吸収し自分たちの流儀で世界トップクラスに育てました。しかしこれらは日本人の元々の性質とは相容れないものだったようです。
日本人の元々の性質とは、寛容性と、あとは自分の創意工夫で創り出すことでした。
それで人が喜んでもらえれば本当に幸せなのです。
植民地を増やすこととか、金融資産を倍々に増やすことは、本当は日本人がやりたかったことではありませんでした。
でもそれも高い授業料を払ってわかったことでありました。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

日本人からの伝言。自然崇拝。
欧米の方にこのお話をする前に、前提としてお話しておくべきことがあります。
それは日本人の宗教観です。
日本人に宗教をたずねるとほとんどの人は無宗教と答えるでしょう。
ただ海外では無宗教と回答するといろいろ面倒くさいことが多いので、仏教と答えたり、神道と答えることが多いようです。
しかし神道と答えるとやはり説明が面倒くさいので、仏教と答えるのが一番簡単です。
確かに多くの日本人のお葬式は仏教形式で行われます。
仏壇という一見仏教形式の祭壇を自宅に持つ家庭も多いです。
このためまあ「仏教」と回答しておいて、いいっかあ。という気持ちで回答します。
しかしこれらのなんちゃって仏教徒さんは、生活の中で仏教を実践しているわけではありません。
自分の家の仏教の宗派もうろ覚えの人も多いですし、宗派の開祖の名前やじゃあ仏教とはどういう教えで、どういう戒律があるのかを知っている人もほとんどいないことでしょう。
キリスト教徒がキリストを信じているようには、日本のなんちゃって仏教徒はゴータマ・ブッダを信じているわけではありません。
日本人が日常生活の中で定期的にお寺に詣でて礼拝することもありません。
日本社会では宗教を信仰している。ということも一種のタブーです。
もし熱心に宗教活動をしている信者がいたとしても、自分の社会生活の中では基本的には公にすることはありません。
なぜなら日本では「宗教を信仰している」人は「変な人」「関わらない方がいい人」というように認識されるからです。
ですから日本人の多くは自分は「無宗教」である。と考えています。
しかし実は日本民族は非常に宗教心の強い民族であると言えます。
それは「自然崇拝・祖霊信仰」という宗教であります。
しかし「自然崇拝・祖霊信仰」は、教祖開祖もなければ経典も戒律もないので、現代人の宗教の定義では、宗教とは少し異なります。
あなたの宗教は?と聞かれて「自然崇拝」です。と答えられても、「は???」ということになることがほとんででありましょう。
日本人の自然崇拝に一番近いのは神道でありますが、神道を海外の人に説明するのは一筋縄ではいきません。
日本人の祖霊信仰に一番近いのは仏教でありますが、日本人は本当の仏教徒ではありません。
日本人の「自然崇拝・祖霊信仰」は日本の文化に深~く根付いており、我々にとって水や空気のようにあまりにも自然な感情となって溶け込んでいます。
このため自分を無宗教と思う日本人は多いのですが、本質的に無宗教である日本人はとても少ないように思われます。
逆に日本人は文化の空気として「自然崇拝・祖霊信仰」が生活の一部になっていますから、特段何かの宗教活動をしていることを公にする人に対して「変な人」とか「あまり関わらない方がいい人」という感情を抱いてしまうのでしょう。
日本人の宗教観は、アメリカインディアンや北極圏のイヌイット、オーストラリアのアボリジニの世界観自然感に非常に近しいものを感じます。
いずれも現代の社会では「未開」とされているものです。
しかし日本人自身もあまり認識はしておりませんが、日本人の宗教観・世界観は、(現代では未開と呼ばれる)「自然崇拝」や「祖霊信仰」なのです。
日本の国旗は日の丸です。
これは太陽を示しています。
日本の自然崇拝の一つの対象は太陽であります。
人類全体でみるといまだに「自然崇拝」や「祖霊信仰」を行っている地域や民族もあることでしょう。しかし彼らは「未開社会」と定義づけられています。
先進国と呼ばれる国の中で自然崇拝の宗教観を持っている国は日本だけです。
自然崇拝を未開文明と定義している人たちにとって「日本が先進国の中でただ一つの自然崇拝?なにそれ?自然崇拝って宗教じゃないじゃん。未開人ってことじゃん」と思われることも多いかもしれません。
ただ欧米のキリスト教文化圏で生まれ育った人であっても、アメリカインディアンやイヌイットやアボリジニの自然感に共感を覚える人もいるかもしれません。
その方の魂に何か惹かれるものがあるのでありましょう。
どちらにせよ、この話をする前に欧米の読者の方々に、前提として認識を合わせておきたいのは、日本人は文化や社会習慣として「未開」な自然崇拝や祖霊信仰が溶けこんでいるということです。
本人たちは無宗教と勘違いしているくらい、水や空気のように自然に。です。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

それは日本人の宗教観です。
日本人に宗教をたずねるとほとんどの人は無宗教と答えるでしょう。
ただ海外では無宗教と回答するといろいろ面倒くさいことが多いので、仏教と答えたり、神道と答えることが多いようです。
しかし神道と答えるとやはり説明が面倒くさいので、仏教と答えるのが一番簡単です。
確かに多くの日本人のお葬式は仏教形式で行われます。
仏壇という一見仏教形式の祭壇を自宅に持つ家庭も多いです。
このためまあ「仏教」と回答しておいて、いいっかあ。という気持ちで回答します。
しかしこれらのなんちゃって仏教徒さんは、生活の中で仏教を実践しているわけではありません。
自分の家の仏教の宗派もうろ覚えの人も多いですし、宗派の開祖の名前やじゃあ仏教とはどういう教えで、どういう戒律があるのかを知っている人もほとんどいないことでしょう。
キリスト教徒がキリストを信じているようには、日本のなんちゃって仏教徒はゴータマ・ブッダを信じているわけではありません。
日本人が日常生活の中で定期的にお寺に詣でて礼拝することもありません。
日本社会では宗教を信仰している。ということも一種のタブーです。
もし熱心に宗教活動をしている信者がいたとしても、自分の社会生活の中では基本的には公にすることはありません。
なぜなら日本では「宗教を信仰している」人は「変な人」「関わらない方がいい人」というように認識されるからです。
ですから日本人の多くは自分は「無宗教」である。と考えています。
しかし実は日本民族は非常に宗教心の強い民族であると言えます。
それは「自然崇拝・祖霊信仰」という宗教であります。
しかし「自然崇拝・祖霊信仰」は、教祖開祖もなければ経典も戒律もないので、現代人の宗教の定義では、宗教とは少し異なります。
あなたの宗教は?と聞かれて「自然崇拝」です。と答えられても、「は???」ということになることがほとんででありましょう。
日本人の自然崇拝に一番近いのは神道でありますが、神道を海外の人に説明するのは一筋縄ではいきません。
日本人の祖霊信仰に一番近いのは仏教でありますが、日本人は本当の仏教徒ではありません。
日本人の「自然崇拝・祖霊信仰」は日本の文化に深~く根付いており、我々にとって水や空気のようにあまりにも自然な感情となって溶け込んでいます。
このため自分を無宗教と思う日本人は多いのですが、本質的に無宗教である日本人はとても少ないように思われます。
逆に日本人は文化の空気として「自然崇拝・祖霊信仰」が生活の一部になっていますから、特段何かの宗教活動をしていることを公にする人に対して「変な人」とか「あまり関わらない方がいい人」という感情を抱いてしまうのでしょう。
日本人の宗教観は、アメリカインディアンや北極圏のイヌイット、オーストラリアのアボリジニの世界観自然感に非常に近しいものを感じます。
いずれも現代の社会では「未開」とされているものです。
しかし日本人自身もあまり認識はしておりませんが、日本人の宗教観・世界観は、(現代では未開と呼ばれる)「自然崇拝」や「祖霊信仰」なのです。
日本の国旗は日の丸です。
これは太陽を示しています。
日本の自然崇拝の一つの対象は太陽であります。
人類全体でみるといまだに「自然崇拝」や「祖霊信仰」を行っている地域や民族もあることでしょう。しかし彼らは「未開社会」と定義づけられています。
先進国と呼ばれる国の中で自然崇拝の宗教観を持っている国は日本だけです。
自然崇拝を未開文明と定義している人たちにとって「日本が先進国の中でただ一つの自然崇拝?なにそれ?自然崇拝って宗教じゃないじゃん。未開人ってことじゃん」と思われることも多いかもしれません。
ただ欧米のキリスト教文化圏で生まれ育った人であっても、アメリカインディアンやイヌイットやアボリジニの自然感に共感を覚える人もいるかもしれません。
その方の魂に何か惹かれるものがあるのでありましょう。
どちらにせよ、この話をする前に欧米の読者の方々に、前提として認識を合わせておきたいのは、日本人は文化や社会習慣として「未開」な自然崇拝や祖霊信仰が溶けこんでいるということです。
本人たちは無宗教と勘違いしているくらい、水や空気のように自然に。です。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
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日本人からの伝言。故郷。
これはある外国のジャーナリストの方に向けた文章でありますが、同時に私達日本人の責任についても考察したいと考えております。
右翼と左翼という言葉があります。
そもそもは、ヨーロッパで生まれた発想で「右翼は私有財産と資本主義の堅持を主張し、左翼は社会的正義を追求して、国家の介入による社会的・経済的な再配分を主張する」としております。
日本においては国の土壌として、資産家と労働者という区分けも薄く、他の国々と比べて驚くほど貧富の差は少ないです。(この貧富の少なさが日本の経済の強さの本当の理由であると私は考えています。)
本来は貧富の差がないはずの共産主義国家は皮肉にも貧富の差が天文学的な数字の開きになっていることの原因を考えることはとても重要であると思います。
本当の平等は「自分から与えるところ」からスタートしますが、共産革命とは「人から奪うこと」からスタートするからであると言えます。
「自分から与えること」を文化の土壌としている社会は貧富の差が少ないと言えます。
人は他人に与えられると自分の他人に与えたくなります。
人は他人に親切にされると自分も他人に親切にしたくなります。
人は他人から奪われると自分も他人から奪いたくなります。
人は他人から傷つけられると自分も他人を傷つけたくなります。
貧富の少ない社会は、社会全体として正のスパイラルが回っていると言えるでしょう。
幸運なことに私達の住む日本は、数百年数千年の単位で正のスパイラルが維持された社会であったと私は考えています。
共産革命による社会は、負のスパイラルを回すことに成功した社会です。
足りないものは暴力で奪うというのが共産革命の本質です。
この負のスパイラルが何周か回ると、最も権力への執着が強かった人物を書記長とした全体社会が形成されるようになります。赤い負のスパイラル社会です。
さて私は自分の生まれ故郷である日本が大好きであります。
人は誰しも、自分の家族、自分の故郷、自分の母国、自分の母星を愛し大切にする想いを持ちます。
ですから私は日本が好きで大切に思いますが、特に大切に思う気持ちが強いのは、日本という国が地球にとって貴重であるからです。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

右翼と左翼という言葉があります。
そもそもは、ヨーロッパで生まれた発想で「右翼は私有財産と資本主義の堅持を主張し、左翼は社会的正義を追求して、国家の介入による社会的・経済的な再配分を主張する」としております。
日本においては国の土壌として、資産家と労働者という区分けも薄く、他の国々と比べて驚くほど貧富の差は少ないです。(この貧富の少なさが日本の経済の強さの本当の理由であると私は考えています。)
本来は貧富の差がないはずの共産主義国家は皮肉にも貧富の差が天文学的な数字の開きになっていることの原因を考えることはとても重要であると思います。
本当の平等は「自分から与えるところ」からスタートしますが、共産革命とは「人から奪うこと」からスタートするからであると言えます。
「自分から与えること」を文化の土壌としている社会は貧富の差が少ないと言えます。
人は他人に与えられると自分の他人に与えたくなります。
人は他人に親切にされると自分も他人に親切にしたくなります。
人は他人から奪われると自分も他人から奪いたくなります。
人は他人から傷つけられると自分も他人を傷つけたくなります。
貧富の少ない社会は、社会全体として正のスパイラルが回っていると言えるでしょう。
幸運なことに私達の住む日本は、数百年数千年の単位で正のスパイラルが維持された社会であったと私は考えています。
共産革命による社会は、負のスパイラルを回すことに成功した社会です。
足りないものは暴力で奪うというのが共産革命の本質です。
この負のスパイラルが何周か回ると、最も権力への執着が強かった人物を書記長とした全体社会が形成されるようになります。赤い負のスパイラル社会です。
さて私は自分の生まれ故郷である日本が大好きであります。
人は誰しも、自分の家族、自分の故郷、自分の母国、自分の母星を愛し大切にする想いを持ちます。
ですから私は日本が好きで大切に思いますが、特に大切に思う気持ちが強いのは、日本という国が地球にとって貴重であるからです。
つづく
おひさま、ありがとうございます。
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振動論。自分自身を思い出す。
今回の振動論の大詰めです。ありがとうございます。
私達の肉体とはなぜこう制約が多いのでしょうか。
生きているものを食べ続けなければ簡単に死んでしまいます。
眠らないと死んでしまいます。
生殖本能として性欲を持ちます。
すぐ疲れます。
怪我をします。病気になります。
肉体だけではありません。
また思考も多くの制約を持ちます。
何億年何十億年の過酷な生存競争で刻み込まれた本能です。
奪われて虐げられた負けていった累積の感情があります。
奪って自分が勝ち残ってきた累積の感情があります。
私達が「我欲」と呼ぶものは数億年数十億年の生存競争で、私達のず~っとず~っと遡るご先祖の生物からの累積した本能であります。
私達は何も考えないで生きると、この本能のロボットのまま生きることになります。
本能のまま思考し、本能のまま行動します。
文句を言われれば腹を立てます。
無視されれば腹を立てます。
取り分が少なければ腹を立てます。
強い者には媚びへつらい、弱い者には高飛車にでます。
世の中うまく行かないことは全て他人のせい。
自分より幸せな人を恨み、自分より不幸な人を見て安心します。
思考と行動は自分が創りだす振動波でありますが、本能のままの振動波の発振器で一生を終える人もいるかもしれません。
この宇宙は根源による無数の振動波の干渉であると私は妄想しております。
さまざまな次元の振動によって彩られています。
その根源の振動の根本となるものは、「自分自身から離れて」「自分自身に戻る」という振り子(振動)であります。
これが根本にして究極の振動ではないでしょうか。
私達のこの肉体は根源のレプリカであると言えましょう。
世界各地の神話が伝える通りであります。
私達がこの世に生まれて来る時にお借りする肉体と精神とは、「自分自身から離れて」という環境を与えれている貴重な立場であります。ふ~む。
この肉体と精神は「我良し本能」に支配されるロボットとなって生きるようにプリセットされている乗り物であります。
しかし私達の心の奥底では「根源」の思いもまた、強く強く持っております。
この肉体と精神は、私達は一人一人分断されているというようにプリセットされています。
この肉体と精神は、私達は一人一人奪わないと奪われるというにプリセットされています。
私達が創りあげてきた社会は、この世界は足りないものだらけだから、奪いつづけないとあっという間に無一文の奴隷になってしまうとプリセットされています。
しかし私達の心の奥底では、私達という「個」はなくて全部繋がっていることを知っています。
この世界は与え続ける一方であり、決して枯渇することがないことを知っています。
だから自分も安心して与え続けて大丈夫なことを知っています。
私達は「個」ではありませんから、決して傷つくことがないことも知っています。
分断されている「個」は幻想でありますから、誰か個人が私個人を言葉で傷つけることは不可能だることを知っています。だってどちらの「個」も本当は同じ「一」でありますから。
この肉体と精神という借り物で、この社会という幻想ルールは貴重な環境です。
根源が「自分自身から離れる」という体験をするために、気の遠くなる時間をかけて創造した、宇宙で最高で至高の体験土俵であります。
この土俵の上で、私達は「自分自身に戻る」体験をすることができます。
根源が「自分自身を知りた~い」というこの宇宙創造の本質を体験することが「ようやく」できます。
「ここまで自分自身から遠く離れた錯覚の環境」から、「自分自身を思い出す体験をすること」ができるのです。ふむ~。
文句を言われれても条件反射で腹を立てないように自分自身を観察することができます。
無視されれても条件反射で腹を立てないように自分自身を観察することができます。
取り分が少なくても条件反射で腹を立てないように自分自身を観察することができます。
人と比べれば少ないかもしれませんが、何ももらえないことを考えれば頂けるだけありがたいと想い出すかもしれません。
この宇宙は無限に与え続ける一方で、枯渇することがないことを思い出すかもしれません。
強い者は本当は気の毒な人で、弱い者は本当は畏怖すべき存在であることを思い出すかもしれません。
世の中うまく行かないことは、貴重な創造の真っ只中であるという証拠でありますから、真正面から受け止める覚悟を思い出すかもしれません。
自分より幸せな人は自分自身であり、自分より不幸な人も自分自身であることを思い出します。
確実なことは、もうそう長くない時期に私達はこの肉体と精神をこの世界にお返しすることになるということです。
私達が生きている間に創造した振動波は、宇宙の記録として、宇宙の彩りとしてこの宇宙空間に刻まれていきます。
私達は今は「個」を意識していますが、この彩り創造の役割が終了しましたら、この「個」はいずれ「一」に溶け込んでいきます。
妄想振動論おわり
おひさま、ありがとうございます。
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私達の肉体とはなぜこう制約が多いのでしょうか。
生きているものを食べ続けなければ簡単に死んでしまいます。
眠らないと死んでしまいます。
生殖本能として性欲を持ちます。
すぐ疲れます。
怪我をします。病気になります。
肉体だけではありません。
また思考も多くの制約を持ちます。
何億年何十億年の過酷な生存競争で刻み込まれた本能です。
奪われて虐げられた負けていった累積の感情があります。
奪って自分が勝ち残ってきた累積の感情があります。
私達が「我欲」と呼ぶものは数億年数十億年の生存競争で、私達のず~っとず~っと遡るご先祖の生物からの累積した本能であります。
私達は何も考えないで生きると、この本能のロボットのまま生きることになります。
本能のまま思考し、本能のまま行動します。
文句を言われれば腹を立てます。
無視されれば腹を立てます。
取り分が少なければ腹を立てます。
強い者には媚びへつらい、弱い者には高飛車にでます。
世の中うまく行かないことは全て他人のせい。
自分より幸せな人を恨み、自分より不幸な人を見て安心します。
思考と行動は自分が創りだす振動波でありますが、本能のままの振動波の発振器で一生を終える人もいるかもしれません。
この宇宙は根源による無数の振動波の干渉であると私は妄想しております。
さまざまな次元の振動によって彩られています。
その根源の振動の根本となるものは、「自分自身から離れて」「自分自身に戻る」という振り子(振動)であります。
これが根本にして究極の振動ではないでしょうか。
私達のこの肉体は根源のレプリカであると言えましょう。
世界各地の神話が伝える通りであります。
私達がこの世に生まれて来る時にお借りする肉体と精神とは、「自分自身から離れて」という環境を与えれている貴重な立場であります。ふ~む。
この肉体と精神は「我良し本能」に支配されるロボットとなって生きるようにプリセットされている乗り物であります。
しかし私達の心の奥底では「根源」の思いもまた、強く強く持っております。
この肉体と精神は、私達は一人一人分断されているというようにプリセットされています。
この肉体と精神は、私達は一人一人奪わないと奪われるというにプリセットされています。
私達が創りあげてきた社会は、この世界は足りないものだらけだから、奪いつづけないとあっという間に無一文の奴隷になってしまうとプリセットされています。
しかし私達の心の奥底では、私達という「個」はなくて全部繋がっていることを知っています。
この世界は与え続ける一方であり、決して枯渇することがないことを知っています。
だから自分も安心して与え続けて大丈夫なことを知っています。
私達は「個」ではありませんから、決して傷つくことがないことも知っています。
分断されている「個」は幻想でありますから、誰か個人が私個人を言葉で傷つけることは不可能だることを知っています。だってどちらの「個」も本当は同じ「一」でありますから。
この肉体と精神という借り物で、この社会という幻想ルールは貴重な環境です。
根源が「自分自身から離れる」という体験をするために、気の遠くなる時間をかけて創造した、宇宙で最高で至高の体験土俵であります。
この土俵の上で、私達は「自分自身に戻る」体験をすることができます。
根源が「自分自身を知りた~い」というこの宇宙創造の本質を体験することが「ようやく」できます。
「ここまで自分自身から遠く離れた錯覚の環境」から、「自分自身を思い出す体験をすること」ができるのです。ふむ~。
文句を言われれても条件反射で腹を立てないように自分自身を観察することができます。
無視されれても条件反射で腹を立てないように自分自身を観察することができます。
取り分が少なくても条件反射で腹を立てないように自分自身を観察することができます。
人と比べれば少ないかもしれませんが、何ももらえないことを考えれば頂けるだけありがたいと想い出すかもしれません。
この宇宙は無限に与え続ける一方で、枯渇することがないことを思い出すかもしれません。
強い者は本当は気の毒な人で、弱い者は本当は畏怖すべき存在であることを思い出すかもしれません。
世の中うまく行かないことは、貴重な創造の真っ只中であるという証拠でありますから、真正面から受け止める覚悟を思い出すかもしれません。
自分より幸せな人は自分自身であり、自分より不幸な人も自分自身であることを思い出します。
確実なことは、もうそう長くない時期に私達はこの肉体と精神をこの世界にお返しすることになるということです。
私達が生きている間に創造した振動波は、宇宙の記録として、宇宙の彩りとしてこの宇宙空間に刻まれていきます。
私達は今は「個」を意識していますが、この彩り創造の役割が終了しましたら、この「個」はいずれ「一」に溶け込んでいきます。
妄想振動論おわり
おひさま、ありがとうございます。
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振動論。揚力。
この世界は生き難い世界であります。
それはしかし私達が創造できる立場にいることの証であります。
私達はいろいろなことを思考します。
その思考は現実の「種」となります。
この「種」を元に私達は行動し、それが現実となります。
しかしこの現実はなかなか私達が思うようには動いてくれません。
さまざまな抵抗や障害が必ずあらわれるように出来ています。
この抵抗や障害を乗り越えて行動できるかどうか。が「創造」の正体であろうと思います。
飛行機はなぜ飛ぶのか。
それは空気抵抗を受けて、その抵抗を揚力に変換しているからです。

空気の抵抗がなければ翼は空中に浮くことはできません。
同じようにこの世界においても、私達の前にはだかる「抵抗」こそが「創造」に必須の土壌であるといえるのかもしれません。
もしこの世に「抵抗」がなければ私達には「創造」する力は事実上ないのと同じです。
ああ、おなか空いたなあ。ケーキが食べたいな。と考えただけでケーキが現れる世界。
ああ、病気はいやだなあ。不老不死になりたいな。と考えただけで不老不死になる世界。
思ったことが瞬間に叶う世界は、天国に思えるかもしれません。
しかしじきにそれは天国でもなんでもないことに私達は気づくことでしょう。
それは変化のない世界と同じ世界ですから。
何でも思った願いが叶う世界は、瞬間に時間の止まった世界となります。
この宇宙の根源的な性質として「必ず変化し続ける」「同じパターンは二度と起こらない」という「変化」があります。
この「変化」とは「創造」そのものであります。
私達が思考したことは、すぐには現実にはなりません。
かなり努力しないと現実にはなりません。
重力という縛りや、肉体という限界の縛り、社会という縛りの中で、根気よく努力を続けなければ現実になりません。
これこそが創造の「揚力」であります。
私達の多くは無名のまま社会で働いて人生を終えます。
人に知られない縁の下の力持ちであることがほとんどでありましょう。
しかしそれはこの宇宙の彩りとして刻まれていると私は信じております。
人によってはそれをアカシックレコードと呼んでいるかもしれません。
なぜこの根源の存在がこの宇宙を生み出したのか。
なぜ今も生み続けているのか。
なぜこの宇宙は膨張し続けているのか。
それらと、私達の日常生活の平凡な行動は密接な関係があるといえるのではないでしょうか。
私達が何を考え、現実の無数の抵抗障害の中で、どう行動するのか。
短い人生の期間の中で私達はこの宇宙に何を刻んでいるのか。
私達が創造した行動はこの宇宙空間に「彩り」として刻まれています。
だから毎日ロボットのように条件反射の思考ばかりだと勿体無いです。
この世は抵抗障害馬鹿ばかりだと愚痴に敗けるのは勿体無いです。
将来数学や物理学がもっと進むことがあれば、数学者や物理学者がそのように言い出す時代が来るかもしれません~。
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

それはしかし私達が創造できる立場にいることの証であります。
私達はいろいろなことを思考します。
その思考は現実の「種」となります。
この「種」を元に私達は行動し、それが現実となります。
しかしこの現実はなかなか私達が思うようには動いてくれません。
さまざまな抵抗や障害が必ずあらわれるように出来ています。
この抵抗や障害を乗り越えて行動できるかどうか。が「創造」の正体であろうと思います。
飛行機はなぜ飛ぶのか。
それは空気抵抗を受けて、その抵抗を揚力に変換しているからです。

空気の抵抗がなければ翼は空中に浮くことはできません。
同じようにこの世界においても、私達の前にはだかる「抵抗」こそが「創造」に必須の土壌であるといえるのかもしれません。
もしこの世に「抵抗」がなければ私達には「創造」する力は事実上ないのと同じです。
ああ、おなか空いたなあ。ケーキが食べたいな。と考えただけでケーキが現れる世界。
ああ、病気はいやだなあ。不老不死になりたいな。と考えただけで不老不死になる世界。
思ったことが瞬間に叶う世界は、天国に思えるかもしれません。
しかしじきにそれは天国でもなんでもないことに私達は気づくことでしょう。
それは変化のない世界と同じ世界ですから。
何でも思った願いが叶う世界は、瞬間に時間の止まった世界となります。
この宇宙の根源的な性質として「必ず変化し続ける」「同じパターンは二度と起こらない」という「変化」があります。
この「変化」とは「創造」そのものであります。
私達が思考したことは、すぐには現実にはなりません。
かなり努力しないと現実にはなりません。
重力という縛りや、肉体という限界の縛り、社会という縛りの中で、根気よく努力を続けなければ現実になりません。
これこそが創造の「揚力」であります。
私達の多くは無名のまま社会で働いて人生を終えます。
人に知られない縁の下の力持ちであることがほとんどでありましょう。
しかしそれはこの宇宙の彩りとして刻まれていると私は信じております。
人によってはそれをアカシックレコードと呼んでいるかもしれません。
なぜこの根源の存在がこの宇宙を生み出したのか。
なぜ今も生み続けているのか。
なぜこの宇宙は膨張し続けているのか。
それらと、私達の日常生活の平凡な行動は密接な関係があるといえるのではないでしょうか。
私達が何を考え、現実の無数の抵抗障害の中で、どう行動するのか。
短い人生の期間の中で私達はこの宇宙に何を刻んでいるのか。
私達が創造した行動はこの宇宙空間に「彩り」として刻まれています。
だから毎日ロボットのように条件反射の思考ばかりだと勿体無いです。
この世は抵抗障害馬鹿ばかりだと愚痴に敗けるのは勿体無いです。
将来数学や物理学がもっと進むことがあれば、数学者や物理学者がそのように言い出す時代が来るかもしれません~。
おひさま、ありがとうございます。
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振動論。予測不能という恩寵。
思考と行動はそれぞれ直交する振動波ととらえることができると思います。
私達は思考します。
それはもう一つの半現実を創造しています。
私達人間は創造する力を与えられています。
その創造は必ず思考という半現実の「種」を経由して創られます。
昨年末私は高熱の風邪でダウンした時に、もう思考が止まってしまうことを実感しました。
ああ、思考力とは生命力そのものであったのかと実感しました。
もし私達が近い将来この生命力を大地にお返ししなければならない時が来るわけですが、その時は、もう今のように生きているこの瞬間のように思考も創造することもできなくなってしまうわけなのだなあと思いました。
熱でうなされている時は、もう同じ悩みがグルグル無限のように繰り返されておりました。
生命力をお返ししたあとに魂というものがあったとしても、それは生きていた思考の残存であることでしょう。
そう考えると、今日のお昼は何にしよう。明日の仕事の企画書はどう書こう。と自分の世界を創造できる今の期間は本当に貴重であることが実感いたします。
さて私達は思考し、頭の中で、この世界と並行する半現実を創造します。
私達の行動はその半現実という「種」に沿って行われます。
これは電場が直交する磁場を創るのに似ていますね。
思考が直交する行動を生成します。
しかし私達は思考したことがそのまま行動し現実になるとは限らないことを知っています。
それはなぜなのか。
この世界自身が、必ず変化を起こすようにできているからです。
突発な出来事が起こるようにできているからです。
同じ出来事は決して繰り返さない、予測不能の変化を絶えず生み出す。というように出来ているからです。
私達は日常生活でさまざまな不測のトラブルにあいますが、常に予測不能な干渉が起こるということは、実はこの世界が私達に贈ってくれる恩寵であると言えるかもしれませんね~。
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

私達は思考します。
それはもう一つの半現実を創造しています。
私達人間は創造する力を与えられています。
その創造は必ず思考という半現実の「種」を経由して創られます。
昨年末私は高熱の風邪でダウンした時に、もう思考が止まってしまうことを実感しました。
ああ、思考力とは生命力そのものであったのかと実感しました。
もし私達が近い将来この生命力を大地にお返ししなければならない時が来るわけですが、その時は、もう今のように生きているこの瞬間のように思考も創造することもできなくなってしまうわけなのだなあと思いました。
熱でうなされている時は、もう同じ悩みがグルグル無限のように繰り返されておりました。
生命力をお返ししたあとに魂というものがあったとしても、それは生きていた思考の残存であることでしょう。
そう考えると、今日のお昼は何にしよう。明日の仕事の企画書はどう書こう。と自分の世界を創造できる今の期間は本当に貴重であることが実感いたします。
さて私達は思考し、頭の中で、この世界と並行する半現実を創造します。
私達の行動はその半現実という「種」に沿って行われます。
これは電場が直交する磁場を創るのに似ていますね。
思考が直交する行動を生成します。
しかし私達は思考したことがそのまま行動し現実になるとは限らないことを知っています。
それはなぜなのか。
この世界自身が、必ず変化を起こすようにできているからです。
突発な出来事が起こるようにできているからです。
同じ出来事は決して繰り返さない、予測不能の変化を絶えず生み出す。というように出来ているからです。
私達は日常生活でさまざまな不測のトラブルにあいますが、常に予測不能な干渉が起こるということは、実はこの世界が私達に贈ってくれる恩寵であると言えるかもしれませんね~。
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

振動論。思考と現実の振動波。
電磁波とは不思議です。
電流が流れるとその周囲に磁界が円環を形成します。
磁力が流れるとその周囲に電界が円環を形成します。
電磁波とはこのように電界と磁界が直行して交互に広がっていく現象です。



私達がテレビやラジオを見れるのも、携帯で電話できるのも、無線LANでインターネットができるのもこの世界は無数の電磁波の波で満ちてることによります。
無数の電磁波から、自分にあった周波数の世界だけが抽出されて、特定の番組がテレビで見られたり、特定の人と電話で話ができるのです。
この電磁界の波の形状とは世界の雛形であるかのごとくです。
この太陽系も銀河系もみな軸と円環で成り立っています。




軸と円環は交互に直行して行きます。
これは私達の思考と現実も同様であるといるかもしれません。
私達の中で思考発生すると、それは現実に影響を与えます。
発生した現実はまた私達の思考に影響を与えます。
この宇宙は無数の振動波の干渉で創造されていると私は妄想しております。
思考と現実もまたお互い直交して広がっていく振動波ととらえられます。
私達がいつも考える無数の思考。その思考から実行に移される現実。
生成された現実は私達の思考に直交した影響を与え、思考は直交した現実を創造します。
思考→現実→思考→現実→・・・ これもまた次元の視点を俯瞰すれば、電磁波と同じ振動波であると捉えることができます。
私達の多くは自分の思考に縛られて生きています。
無明と言われるロボット状態です。
私達の多くは自分の周囲に形成された現実に生きています。
これもまた無明と言われるロボット状態です。
しかし自分の思考と行動が宇宙に振動波を創造していると知ることができるのであれば、もはやそれは無明ではないかもしれませんね~。
おひさま、ありがとうございます。
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電流が流れるとその周囲に磁界が円環を形成します。
磁力が流れるとその周囲に電界が円環を形成します。
電磁波とはこのように電界と磁界が直行して交互に広がっていく現象です。



私達がテレビやラジオを見れるのも、携帯で電話できるのも、無線LANでインターネットができるのもこの世界は無数の電磁波の波で満ちてることによります。
無数の電磁波から、自分にあった周波数の世界だけが抽出されて、特定の番組がテレビで見られたり、特定の人と電話で話ができるのです。
この電磁界の波の形状とは世界の雛形であるかのごとくです。
この太陽系も銀河系もみな軸と円環で成り立っています。




軸と円環は交互に直行して行きます。
これは私達の思考と現実も同様であるといるかもしれません。
私達の中で思考発生すると、それは現実に影響を与えます。
発生した現実はまた私達の思考に影響を与えます。
この宇宙は無数の振動波の干渉で創造されていると私は妄想しております。
思考と現実もまたお互い直交して広がっていく振動波ととらえられます。
私達がいつも考える無数の思考。その思考から実行に移される現実。
生成された現実は私達の思考に直交した影響を与え、思考は直交した現実を創造します。
思考→現実→思考→現実→・・・ これもまた次元の視点を俯瞰すれば、電磁波と同じ振動波であると捉えることができます。
私達の多くは自分の思考に縛られて生きています。
無明と言われるロボット状態です。
私達の多くは自分の周囲に形成された現実に生きています。
これもまた無明と言われるロボット状態です。
しかし自分の思考と行動が宇宙に振動波を創造していると知ることができるのであれば、もはやそれは無明ではないかもしれませんね~。
おひさま、ありがとうございます。
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振動論。まず思考が生み出す半現実。
この宇宙は無数の振動波の干渉でできていると私は考えております。

私達の思考もまた振動波を形成しています。
その一部は脳波として捉えれておりますが、本質はもっと深いものであろうと妄想しております。
それは創造の振動波であります。
この宇宙の成り立ちが「自分を知りた~い。自分を見た~い。自分を体験した~い」という強烈な意志によるものであると妄想しております。
私達人間の思考もまたこの根源の意志の雛形そのものであります。
私達の意志の創造力と、根源の意志の創造力は全く同じものであります。
自分自身を見た~いという莫大な意志から、無数の根源のコピーが創られ、時間差で自分自身を体験することになりましたから。私達一人一人が根源のコピーそのものであります。
私達が思考した時に、すでにその思考波は世界を創っています。
私達が生きているこの次元と並行に世界が創られます。
それは思考による世界ですので、半分だけできている半透明な世界であるかのようです。
私達の思考は無から有を創造しましたが、しかしまだ半透明であります。
今日のご飯はトマト煮込みにしよう。
帰りに鶏肉とお豆を買ってきてトマト缶で煮ましょう。
という思考により、今日のご飯のおかずはトマト煮込みである世界が半分創られました。
その創造が具体的であればあるほど、その半現実は本物の現実に近くなります。
あのスーパーで買おう。このお肉屋さんで何グラム買おう。
トマト缶は家に残っているあれを使おう。などなど。
私達は思考をするたびに、この世界に並行する半現実を創っていると言えます。
詳細に思考できる人ほど、現実化力が強いと言えます。
漠然とした思考以上のことができない人は、行き当たりばったりになりがちで、せっかくこの世の生まれた半現実はかき消されて消滅しやすいかもしれません。
プロフェッショナルな職業人とは、自分の仕事分野においては、思考波による半現実の創造力がかなり緻密で正確な人であるといえます。
それが左官職人であっても縫い物職人であっても、車の営業マンであっても、家庭の主婦であってもプロフェッショナルである人の多くはそうであります。
本人はアタリマエのように行っている日々の仕事ですが、みなさん、実は根源と同じように思考波によって世界を創造しているように私には思えます。
この時創造される半現実はこの世界と並行に生み出された時点で、陰と陽の円環を生じます。
つまり良い思考はのちの良い結果を創造する因子となり、悪い思考はのちの悪い思考を創造する因子となります。
自分だけが良ければ良い、自分だけ得したい、他人を傷つけても肉体の快楽を得たい、こういう思考波も、その衝動が強ければ強いほど、その想像が緻密であれば緻密であるほど、より具体的な半現実を創りだします。
そしてそれは自分の我欲の満足や快楽を手に入れる現実を創り始めると同時に、その執着によって時間差をおいて本人自身を苦しめる毒汁もまた創り始めています。
奪ったものは奪われる。傷つけたものは傷つけられる。与えたものは与えられる。宇宙のこの厳密な数学による創造の円環の定理であります。
私達が創造する思考の半現実は、陰と陽がぐるりと一周する円環の並行現実を創造しているといえます。と妄想します。
おひさま、ありがとうございます。
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私達の思考もまた振動波を形成しています。
その一部は脳波として捉えれておりますが、本質はもっと深いものであろうと妄想しております。
それは創造の振動波であります。
この宇宙の成り立ちが「自分を知りた~い。自分を見た~い。自分を体験した~い」という強烈な意志によるものであると妄想しております。
私達人間の思考もまたこの根源の意志の雛形そのものであります。
私達の意志の創造力と、根源の意志の創造力は全く同じものであります。
自分自身を見た~いという莫大な意志から、無数の根源のコピーが創られ、時間差で自分自身を体験することになりましたから。私達一人一人が根源のコピーそのものであります。
私達が思考した時に、すでにその思考波は世界を創っています。
私達が生きているこの次元と並行に世界が創られます。
それは思考による世界ですので、半分だけできている半透明な世界であるかのようです。
私達の思考は無から有を創造しましたが、しかしまだ半透明であります。
今日のご飯はトマト煮込みにしよう。
帰りに鶏肉とお豆を買ってきてトマト缶で煮ましょう。
という思考により、今日のご飯のおかずはトマト煮込みである世界が半分創られました。
その創造が具体的であればあるほど、その半現実は本物の現実に近くなります。
あのスーパーで買おう。このお肉屋さんで何グラム買おう。
トマト缶は家に残っているあれを使おう。などなど。
私達は思考をするたびに、この世界に並行する半現実を創っていると言えます。
詳細に思考できる人ほど、現実化力が強いと言えます。
漠然とした思考以上のことができない人は、行き当たりばったりになりがちで、せっかくこの世の生まれた半現実はかき消されて消滅しやすいかもしれません。
プロフェッショナルな職業人とは、自分の仕事分野においては、思考波による半現実の創造力がかなり緻密で正確な人であるといえます。
それが左官職人であっても縫い物職人であっても、車の営業マンであっても、家庭の主婦であってもプロフェッショナルである人の多くはそうであります。
本人はアタリマエのように行っている日々の仕事ですが、みなさん、実は根源と同じように思考波によって世界を創造しているように私には思えます。
この時創造される半現実はこの世界と並行に生み出された時点で、陰と陽の円環を生じます。
つまり良い思考はのちの良い結果を創造する因子となり、悪い思考はのちの悪い思考を創造する因子となります。
自分だけが良ければ良い、自分だけ得したい、他人を傷つけても肉体の快楽を得たい、こういう思考波も、その衝動が強ければ強いほど、その想像が緻密であれば緻密であるほど、より具体的な半現実を創りだします。
そしてそれは自分の我欲の満足や快楽を手に入れる現実を創り始めると同時に、その執着によって時間差をおいて本人自身を苦しめる毒汁もまた創り始めています。
奪ったものは奪われる。傷つけたものは傷つけられる。与えたものは与えられる。宇宙のこの厳密な数学による創造の円環の定理であります。
私達が創造する思考の半現実は、陰と陽がぐるりと一周する円環の並行現実を創造しているといえます。と妄想します。
おひさま、ありがとうございます。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

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