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ものづくり遺伝子。なぜ予算が潤沢だとプロジェクトは失敗するのか。


技術開発というのは、いかに相反する条件を解決してどれも成り立たせるか。ということにつきます。
そしてこれが日本人が得意な創造性の分野なのです。


技術屋さんが直面する相反条件とはたとえばこんなものです。

・軽量化すると機能が足りない。機能を盛り込むと重くなる。
・品質をあげようとするとコストがかかる。コストを削減すると品質が下がる。
・Aの性能をあげるとBの性能がさがる。Bの性能をあげるとAの性能がさがる。

というようにあちらたてればこちらたたず、という条件をいかに克服するかということです。



そしてどちらも成り立つような道をみつけるのが、日本人技術者が得意な技術開発的「創造」であります。



もし読者の方が技術開発の分野でお仕事をされているならご共鳴いただけるかと思います。私も20年以上ずっと技術開発畑で仕事をしておりました。
技術開発の制約とは
・コストをかけないで
・短納期で
・小型でor軽量でor部品点数が少なくて
・専門知識がなくても扱えて
・高い性能で
・高い品質で
・社会的法律に適合して
・既存の生産設備が使えて
などなどそのようなことがあります。



私の経験から申し上げますと、実は上記制約が多ければ多いほど、現実化しやすいのです。
どういうことか?


たとえばある人が
①部品点数の制限があって
②高い機能性能を達成する
という二つの課題に面したとしましょう。
要求された機能性能を満足するにはどうしても部品点数があがります。
常識では実現不可能という状況におかれたとしましょう。
達成できるでしょうか?
私の経験ではこのようなケースでは達成は難しいです。
常識的に不可能とされていることを解決することはやはり不可能です。


ただもういくつか制約条件が加わったとしましょう。
たとえば
①部品点数の制限があって
②高い機能性能を達成する
③既存の生産ラインで量産できるようにする

でもいいですし
①部品点数の制限があって
②高い機能性能を達成する
③素人でも扱えるようにする
④現地の法律に適合している
⑤コストが現在の1/2で量産できること
でもいいです。



このように制限事項が増えれば増えるほど、実は実現しやすくなります。
つまり①と②の制限しかない場合は、だいたい「実現不可能」ということになりますが、制限事項が増えて、①②③を解決しなくてはいけない、①②③④を解決しなくてはいけない。という状況になると、解決できてしまうのです。



ここに発想と創造の秘密があると私は思っています。
人間の創造性とは本当に実は無限に近い能力があります。ですから相反する①②を解決する難易度も、①②③を解決する難易度も、①②③④を解決する難易度も実は「同じ」であります。
私達は制約条件が増えれば増えるほど実現難易度があがると考えていますしそう感じています。
しかし創造的視点では制約条件の数はあまり関係ないのです。
それより一番重要なことは当人が「いかに切羽詰まっているか」なのです。



のちに逆転の発想とよばれる名作を生み出した多くの技術屋さんと接する機会がありました。あれは幸運な機会でした。
彼等に共通していることは二つありました。それは

①本当に解決しなくてはならないと切羽つまっていた。来る日も来る日もそのことだけ考えていた。夢でうなされるほど片時も忘れたことがなかった。考えられるありとあらゆる方法を数限りなく試し失敗した。

という条件ののち

②ふっと弛緩した瞬間にその思いつきがわいた。通勤の車の中。お風呂の中。トイレの中。雑踏の中。



という過程でありました。これは本当に全員がそうでした。私の体験でもそうでした。そしてこれが創造の秘密であろうと私は思っています。



制約条件が少ないうちはまだ切羽詰まらないというのが真相であります。
本当に切羽詰まるときは何段もの制約条件を短い期間でコストもかけずに開発しなくてはいけない状況がほとんどであります。
これを実現しないと会社が潰れる。これを実現しないご事業部が清算される。これを実現しないとプロジェクトが廃止される。そのような擬似的な「死」に直面することが「創造」の大切な大切な半分の要素であります。


だから切羽詰まらない部署から創造的発想は生まれるわけがないのです。
別にこれを解決しなくても給料も地位も保証されている間は「創造力」は搾り出されません。
そういう人が言うことは決まっています。
「期間が短すぎます」
「予算が足りなすぎます」
「人材がいません」
「技術的に不可能です」
「きいてません」
まだまだ生活が余裕というしるしですから、相反する制約条件を解決することは難しいでしょう。


あと3ヶ月で量産の目処をたてなければ、会社が潰れて、給料がもらえなくなり、ローンや家賃もはらえないし子供の教育費もはらえない。という状況であれば、彼等の創造性の条件の半分が整うでしょう。
あと半分は、全てをやりきったあとにふっと弛緩(リラックス)できるほど、突き進める精神力の強さがあるかどうかです。


予算が潤沢なプロジェクトが失敗する理由でもあります。
とくに日本人の特性からすると、「低予算」であればあるほど、その難題が解決できる条件が整い始めているということです。



つづく

おひさま、ありがとうございます。


下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら
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ものづくり遺伝子。おおすみ。



http://spaceinfo.jaxa.jp/files/562.gif

ロケットの燃料は大きく分けて二つあります。
一つは液体燃料です。
もう一つは固体燃料です。


世界の主流は液体燃料ロケットです。
月へ到達したNASAのサターンロケットもそうです。
液体燃料のメリットは制御しやすいということです。
ロケットや衛星を厳密な軌道に乗せるには、微妙な制御が可能な液体燃料ロケットが最適なのです。


一方固体燃料ロケットのメリットはコストが安いことです。
しかし一度点火すると基本的に制御することはできません。
打ち上げ花火みたいなものです。


http://www2r.biglobe.ne.jp/~TSUKI/K_labo/ryusei/ryusei.gif

一度点火するとあとは成り行き任せというエンジンを使って、ロケットや衛星を微妙な軌道に乗せることなどはほぼ不可能です。
ですから固体燃料のように扱いやすくてコストが安くても、これを本格的なロケットにしようとする国はまともにはありませんでした。日本以外には。


日本が固体燃料ロケットを選んだ最大の理由はコストであったろうと思います。
それをなんと職人技で、点火一発で衛星軌道までの制御を行おうというのです。
とてもとても日本人向きな課題解決方法でありました。


ある国は金にいとめをつけず絨毯爆撃のように猛烈な勢いで技術課題をつぶしていくかもしれません。
ある国はありとあらゆる手段で技術ノウハウを盗んでそっくりなものを作るかもしれません。
しかし日本は、職人技と根気で技術課題を解決しようとします。
多くの日本人技術者にとって技術開発とは「道」であるからです。



1955年に日本で初めてのロケット=ペンシルロケットの発射実験から15年。
1970年3月に、日本は5度目の正直で人工衛星を軌道にのせることに成功しました。
ソ連・アメリカ・フランスにつぐ4番目の成功でした。
もちろん固体燃料ロケットとしては世界で初めてでした。






固体燃料ロケットとは打ち上げ花火そのものです。
推力が低く精密な誘導ができない固体燃料ロケットでは人工衛星打ち上げは不可能と信じられていました。
人工衛星の軌道にのせるには高度な「誘導装置」が必要であるからです。


しかし当時に日本は「誘導装置」をつけることは禁止されていました。ミサイルに転用できるからです。
日本に認められたのは「誘導装置なし」で「固体燃料」だけでした。しかも「世界最低予算」でしたからアメリカも油断していたことでしょう。こんな条件では衛星打ち上げは「不可能!」であると。


しかし日本は「誘導装置なし」の打ち上げ花火エンジン(固体燃料ロケット)で、世界最低予算、世界最小ロケットで衛星軌道の打ち上げに成功してしまいました。驚くべき根気と驚くべき職人技であったと思います。






当時は半年前にアメリカが人類で初めて月面に送り込んだばかりでした。
世界最大液体燃料ロケットサターンに比べれば、小さい小さい花火ロケット「おおすみ」がようやく人工衛星を一つ軌道にのせたぐらいでは、国際的には大きく報じられませんでした。(日本国内では庶民はもちろん喜びましたが)


http://www.nec.co.jp/profile/empower/history/images/h1970-3l.jpg



しかしこの日本人技術者の技を心底認めたのはほかならぬ「アメリカ」でした。
彼等は誘導装置なしの小型固体燃料ロケットで、正確に衛星軌道にのせる日本人の職人技ロケット技術に驚愕したようです。



http://www.isas.jaxa.jp/j/japan_s_history/chapter03/03/img/pct12.jpg



ここで創造性の一つの大きな要素があることがわかります。
それは限られた「予算」です。
大いなる創造性に必要なことが、じ・つ・は~「限られた予算」なのであります。


つづく



おひさま、ありがとうございます。


下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら
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ものづくり遺伝子。ペンシルロケット。


第二次大戦の日本の戦闘機といえば、最も有名なのがゼロ戦です。しかしゼロ戦と同等の戦力を持っていたとされるのが隼です。


ゼロ戦:日本海軍:三菱重工業:堀越二郎設計


隼:日本陸軍:中島飛行機(富士重工業)(小山悌・糸川英夫設計)



ゼロ戦の堀越二郎はジブリ映画「風立ちぬ」で有名ですね。


しかし戦闘力ではゼロ戦を越えるというスペックの戦闘機「隼」はのちの日本ロケット生みの親の糸川博士の代表作でありました。



さて第二次大戦が終了して日本は飛行機の設計製造がすべて禁止されました。
それにより空に憧れた数多くの青年設計者たちが飛行機つくりを諦めました。
ある人たちは新幹線の開発にすすみました。
ある人たちは自動車の開発にすすみました。
ある人たちはオートバイの開発にすすみました。


ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキという日本の4大オートバイメーカーが戦後世界を席巻した理由であります。
飛行機の開発に憧れた大量の青年技術者がオートバイ産業に入り込んだからでした。



そんな時代の中、糸川博士は日本の宇宙工学をゼロから育てた人でありました。
計測機器から全て手作りで行うような環境のもと、1955年に日本初めてのロケット「ペンシルロケット」を成功させました。







さてアメリカ政府が許可した日本のロケット開発ですありましたが、一番足を引っ張ったのは日本人でした。
旧社会党の左翼政治家と朝日新聞の大々的なネガティブキャンペーンでした。


つづく



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ものづくり遺伝子。消えたジェット機。


アメリカのドキュメンタリー「History Channel」の番組です。
戦争末期、もし日本が実用化の目処をつけていたジェット機の戦線投入が間に合ったらどうなるだろうか。そのような仮説のドキュメンタリーでした。

http://www.海外の反応.jp/archives/29507606.html


秋水


神龍


桜花


橘花

アメリカの専門家たちは、もしこれらのジェット戦闘機が実用化されていたら戦争の形勢は逆転していたかもしれない。と述べています。
日本人の子孫としてはプライドをくすぐられる話ではありますが、しかしジェット戦闘機の実用化が間に合ったとしても、残念ながら日本の敗戦はまぬかれなかったことでしょう。



松岡洋右によって常任理事国だった国際連盟を脱退したことによって、日本は実はもう詰んでいたといって良いのです。
そのあとABCD包囲網によって日本は経済封鎖されました。石油が絶たれました。
そしてハル・ノートという最後通牒を日本に伝達しました。


GHQの対日政策のブレーンであったユダヤ人モルデカイ・モーゼ氏によると、彼等国際ユダヤ閥はかなりの長期間にわたり日本を戦争に引きこもうと準備をしていたと言います。やはり何人もの日本外務省や軍部要人が彼等の「駒」となっていたという話は本当かもしれません。


アメリカの国際ユダヤ閥からハル・ノートをつきつけられてた日本政府はとうとう開戦に踏み込みました。
奇襲したのちできるだけ早期に日本に有利な和睦条約を締結する作戦でした。戦争が長引けば長引くほどどんどん不利になっていくという「賭け」でした。国力がアメリカの十分の一でしたから。
逆にアメリカは戦争が長期になればなるほど有利でした。ですから早期解決なんて絶対行ないません。できるだけ引っ張って引っ張って、そして日本を壊滅させる作戦でした。
日本は国力が十分の一でありながら、その戦力の半分は中国に釘付けにしたままでした。



ですから日本が常任理事国の国際連盟を脱退した時点で王手飛車取りで詰んだのでした。


国際ユダヤ閥にしてみると本当に松岡と彼のブレーンの白鳥は良い仕事をしてくれたことでしょう。
陸軍を中国にとどまらせて、海軍を日米開戦に導いた陸軍大臣も本当に良い仕事をしてくれました。戦後彼はGHQから破格の待遇を受けています。



さて話は戻ります。
もし日本のジェット戦闘機が実用化されていても、国力の差が明らかでありましたから、日本の敗戦は時間の問題でした。
日本の職人が作った素晴らしいジェット機であっても、ゼロ戦のように特攻機として使われたと考えられます。



日本は戦争に負けて、ジェットエンジンはおろか飛行機の設計は全て禁止されてしまいました。
一見関係ないように見えますが、日本の「自虐史観」と「飛行機設計」現象としてリンクしています。



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ものづくり遺伝子。自然への畏敬。





ジェット機は第二次大戦の末期からドイツやイギリスで実用化が始まっていました。日本軍もドイツからジェットエンジンを入手し国産化を成功させていました。火縄銃もそうでしたが、すぐれた技術を取り入れて自分たちの職人道に置き換えるのは、もう私達日本人の根本の気質(遺伝子)なのでしょう。





日本人は西洋文明のように、ゼロから新しいものを生み出すことはほとんどありません。西洋文明の視点では「日本人には独創性がない」ということになるのでしょう。
しかし日本人の創造の気質では「現在あるものをグレンとひっくり返す発想」は肌に合わない。ということであろうと思います。
日本人はどんな時代でもどんな環境でもその場所を「活かし」その場所に「馴染む」というという「共感性」がとても高いのです。これは西洋文明では「未開人」と定義している人たちと同じです。自然の中で共生していく気質なのであります。



南米
http://matsushima23916.blog52.fc2.com/blog-entry-635.html


北米
http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/021/478/40/N000/000/006/139062095710033920228_o0500033512822510117.jpg


オーストラリア
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/fe/e3b9605d214902cbd299aa6cbe633729.jpg


北極
http://blog-imgs-50.fc2.com/l/e/c/lectorjp/fc2_2013-03-10_21-32-32-691.jpg


アフリカ
http://dnaimg.com/2011/01/25/how_to_clear_a_lake_from_fish/how_to_clear_a_lake_from_fish_004.jpg


日本
http://www.madameriri.com/2013/03/27/世界に伝えたい日本文化~なぜ日本人は花見好き/



かつて人類は共生の生き物でした。彼等の共通点は「自然を畏れ」「自然を神として敬っていた」ことでした。そしてこの自然観は先進国では日本のみです。ここが日本が世界の中で「特異点」であり、もし地球が人類と共生を続けるのならそのヒントが「日本」にある理由です。
幸いなことに世界中で日本に惹かれ日本を好きだと思ってくださっている人がとても多い理由でもありますし、逆に日本を誤解し嫌う人も多い理由です=日本が誤解されやすい理由でもあります。


現代文明人は自然にあこがれている人も多いでしょうが、自然とは搾取するだけの対象だという人も多いことでしょう。自分の短期利益のためには自然を汚しても構わないという人も多いことでしょう。
上記の「自然」を「日本」に置き換えて読みなおして見て下さい。今の日本の状況をそのままあらわしています。


自然は無言です。自然は言い訳をしません。自然は与える一方です。
日本が「人類が地球との共生を保てるヒントになる」という理由です。


地球上で最も自然を汚している国が、地球上で最も反日であることと無関係ではありますまい。日本=自然









つづく



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ものづくり遺伝子。共感性。


この「和と貴ぶ」というか「周囲を活かす」という日本人の気質ですが、そのものずばりの表現が日本語にはありません。
それはこの気質が日本人にとってはアタリマエで、特にそれを定義する言葉が不要であったのではないかと思います。日本語にはズバリの表現はなかなかありませんが、その気質は他の西洋文明先進国の民族とは非常に大きな違いがあります。


その気質をいくつかの例で考察してみましょう。


その1:もったいない
もし公園の水が出しっぱなしだったらどうでしょう。私達は自分の支払いでなくても「もったいない」といって止めることでしょう。
しかし日本人以外ではなかなかこの「もったいない」というニュアンスが理解されないようです。
「もったいない」は単純に節約するとかリサイクルするとかなどの「効率」ではないのです。
ご飯粒を残すとお米の神様に対して申し訳ないという気持ちです。水がだしっぱなしなのは、やはり水の神様というか、自然というか、地球母さんに申し訳ないという気持ちであり、それは見えないものへの感謝の気持ちであります。



http://tonomi.weblogs.jp/photos/club6/kmy_pict2613v.jpg
自分が水道代を払わないから構わないとは思えないのが日本人です。



その2:地鎮祭
どんな近代的なビルの建築であっても、日本は必ず地鎮祭をします。
それはそこに生えている草や木を切り倒し、地面を削ることに対して抵抗があるからだと思います。これもまた先進国では日本人独特の感性でありましょう。
日本人は無意識ですが、草や木や山や川や地面を自分の身体のように感じているのかもしれません。
誰でも自分の身体に傷をつけることは躊躇しますよね。
同じように草や木をなぎ倒したり地面を削ったり掘ったり埋めたりすることも、畏れ多いように感じると思います。
しかし生活していく上ではどうしても木を切ったり地面をならなさなければならないこともあります。
そんな時は、草や木や地面など見えない存在に「おことわり」をしてから工事を始める。という日本人の本能的な感性から地鎮祭という風習が受け継がれているのでしょう。


やはり日本人は草や木や山や川や地面など自然というか、私達を育んでくれている見えない存在と一体化している感性があるようです。



http://www.hakata-yamakasa.net/yamakasanews/files/2012/06/120615-chishin01.jpg
大都会のビルの谷間でも


http://blog-imgs-30-origin.fc2.com/i/s/u/isuzujinja/20090629132620a61.jpg
自然豊かな山奥でも



これは中国がベトナムとの国境近くに建築した空港です。
この空港を作るために山を65個も削って潰したそうです。
こんな僻地にそれだけの自然を破壊する意味があったのかわかりませんが、胸が痛いです。







その3:他の民族との交流
ミクロネシアのパラオです。
ここは第一次世界大戦当時はドイツの植民地でありましたが、その後第二次世界大戦終了まで日本の信託統治領となりました。
日本が植民地支配したと一部の人が述べますが、日本は同じアジア人を植民地支配したことはありません。
このパラオでも然りです。
==========
日本の統治が始まってからは、ドイツの統治下ではほとんど進んでいなかった学校や病院、道路など各種インフラストラクチャーの整備も重点的に行われ、1920年代頃になるとコロールは近代的な町並みへとその姿を変貌させていった。
(Wikipedia「パラオ」より)
==========




http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/daitoua.html

やはり日本人の感覚は、西洋人の「植民地」という感覚とは異なります。










西洋人は世界の半分を植民地としました。しかしそこに住む人達を人間扱いしませんでした。現地人の人間性より彼等の経済活動の効率が優先されました。
しかし日本人は異なりました。
現代は戦前の日本政府の海外交流について論じることはタブー視されているようで残念です。日本政府がアジア諸国を侵略したという説が世界中に喧伝されておりますし、私達も教師にそのように教えられました。しかし実際は違うようです。


考えてもごらんなさい。
草や木や水や山や川など見えない存在に対しても自分と同じように痛みを感じ、見えない存在にいつも感謝を感じる人達が、海外に進出したとたん同じ人間を「効率重視の道具」として扱うことができましょうか。ということなのです。本当は。現在はタブーなお話ですが。


当時の日本軍は約30万人もいたそうですから、中には現地の人たちに悪さをする人もいたことでしょう。特に戦争中であれば、全員清廉潔白ではないでしょう。しかしそうであっても日本人(日本兵)の大半は、そこに住む人達を自分と同じように感じ、彼等のために働いた人が大勢いました。本当は。現在はタブーなお話ですが。












南京大虐殺が行われ20万人の犠牲があったと中共が主張する事件があった数日後の南京市内の様子です。東京大空襲でさえ死者は10万人です。その倍の大虐殺を数少ない日本兵はどのように行ったのでしょうか。そして本当に市民を皆殺しにしたのなら、なぜ数日後にこんな写真が撮れるのでしょうか。



日本人はどんな外国にいっても同じ人間であると感じてします気質なのです。それは自然を自分と同じと感じるのと同じです。その人の良さに漬け込まれて現代では「お花畑日本人」が増殖して、逆に日本を危うくしているのが皮肉であります。中道が大切ですね。


「和を貴ぶ」「周囲を活かす」という日本人の気質は、私達の創造性にとても強い結びつきがあると考えます。





つづく



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ものづくり遺伝子。職人の道。


日本人の創造性が他の地域の人たちと異なる点は、一つは「童心」「好奇心」であり、もう一つは「没頭」「根気」であります。
どうして他の民族ではなかなか「没頭」「根気」による創造性が生まれにくいかというと、「没頭」「根気」はお金にならないからです。お金儲けということを目的とするならば、自分の好奇心を満たすためだけだけに、誰からも評価されない、一文の得にもならない、地道な作業を続けることはありえないからです。


たとえば朝鮮半島ではものを作る人間は卑しい階級だ。という文明が何百年も続いていました。
職人気質という言葉が存在しない文化です。
また中国共産党の資本主義は「勝ち取ったものが正義。騙し取られたものが悪。」という拝金主義でありますから、やはりここでも自分の「好奇心(創造心)」のために、損得関係なしに地道な作業を続けるということは「あり得ない」という文化です。


しかし日本人はどうも違いますね。
自分の人生の目的を「お金」や「名声」としない人が多いようです。
それは「どうなるのか答えを知りたいという好奇心」「職人技をきわめた先を見てみたいという向上心」という損得に関わらない「好奇心」「創造心」で生きている人が多いようです。
日本の中にどっぷりつかるとそれがアタリマエでありますが、他国の文化をみるとやはりここは日本独特であるなあ。と感じることがたびたびあります。



たとえばこの宇宙を創造した存在があるとします。
本当に創造の好奇心だけでこの宇宙を隅々まで創り続けている真っ最中であることと思います。
「神は細部に宿る」



もし自分の好奇心や創造心を満たしたいために、誰にも評価されずとも後世の名が残らなくても、自分の毎日を地味な創造の実験に没頭している人がいるとするならば、その人は間違いなく「創造の存在」の分神であるといえるかもしれませんね~。
日本の無名の地味な職人さんや、サラリーマンさんや、主婦のみなさんに、たくさんたくさんの「創造の分神」がいるのではないかと思います。
なぜ日本は治安がいいのか、なぜ日本は清潔なのか、なぜ日本は自然の力が強いのか、それらととても深い関係があるように思いますし、これから地球がどう進んでいくべきか、という答えのヒントであるかもしれません。



さて日本人の創造心の三つ目の特徴です。
それは「和を貴ぶ」「周囲を活かす」という気質であります。
特にこれは欧米の創造性に対して日本の創造性がもっと異なる点であります。


たとえばこういう風景は日本ではいたるところにあります。
巨木をさけて道路が作られています。


http://murayama-law-firm.jp/wp/wp-content/uploads/2014/07/blog110912_top2-e1405076894764.jpg


私達日本人からするとごくごくアタリマエです。
巨木があるのだから、人間さまがそれをよければいいのです。




http://pds.exblog.jp/pds/1/200903/23/90/a0118890_7463412.jpg

しかしこれが欧米の発想のイメージ図です。
効率が重視であります。
邪魔な巨木は切り倒せばいいのです。なぜなら道路は直線であるほうが効率が良いからです。



たとえば火縄銃が日本に伝わりました。
なんと1年で日本は国産化して、あっと言う間に世界最大の火縄銃保有国になりました。
しかしまもなく戦国時代が終わり、火縄銃の文化は日本刀と同じく、職人の道を極める文化にと落ち着いていきました。
西洋のように、もっと効率良く人を殺せるような方向には行かなかったのです。


そう日本人はどんな対象であっても、すぐ職人の技の道に落ち着いてしまうのです。


たとえば日本発の工業製品の大発明はほとんどありません。
蒸気エンジンも、ガソリンエンジンもジェットエンジンも、電動モーターも電灯も、みんな欧米の発明によるものです。
しかし一度そのエッセンスを見聞したのなら、職人の道にしてからの創造性は目を見張るものがあります。

より小型にする。
より高機能にする。
より廉価に量産する。
より高品質にする。


http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/020/448/63/N000/000/004/131616695713113222883_035.jpg

これらの職人の道は日本人の最も得意な分野です。



日本人は効率のために、木をなぎ倒して直線道路を建設するのはあまり得意ではありません。本来は。
日本人が得意なのは、すでにある巨木を切り倒さず、くねくね曲がった道であったとしても、直線道路と同じ効率カーブを職人技で作るような課題なのです。たとえば。ですが。


これは日本人が遺伝子としてもっている「和を貴ぶ」「周囲を活かす」性質によるものであろうと思います。



つづく



おひさま、ありがとうございます。


下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら
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ものづくり遺伝子。根気。


忠敬が江戸から蝦夷までの距離の測定について思案していたころ、歴史的にはロシアが極東に足を伸ばしていたころでした。
幕府としても早急に蝦夷を調査して正確な地図を作ることが求められていました。
忠敬はそこに着目し、幕府のために正確な蝦夷の地図を作るという名目で、江戸から蝦夷への測量を行おうと考えました。
忠敬は高齢ではありましたが、日本有数の天文学者の弟子であること、財力があるということ(つまり幕府の負担が少なくてすむ)で、3年かけてようやく幕府から測量の許可を得ました。


当初幕府は蝦夷まで船で行くように忠敬に手配を命じました。
しかし船で一気に蝦夷まで行ってしまうと、肝心の距離が測れません。
忠敬は蝦夷の地図を作りたかったのではなく、江戸~蝦夷間の距離を測定したかったのです。


船でいくと入江の地形が正確に測量できないなどの言い訳をつけて、忠敬は何とか陸路で蝦夷まで行く許可を幕府から得ることができました。良かったですね。ほっ。


さて忠敬の測量方法ですか下記となります。


http://www5a.biglobe.ne.jp/kaempfer/k-hanashi/kamishibai/kamishibai12.htm

海岸沿いの各点の間の距離と方位を順番に測定していきます。
距離は「歩測」といって、何歩あるいたかということで計測します。
誤差を修正するために、近くにある山までの角度も記録し補正します。


ペリーが驚いたという正確な日本地図は、このように一歩一歩海岸沿いの地点を17年かけて測定するという気の遠くなるような作業で創られたものでありました。
そしてこの根気強さこそが日本人の創造性のもう一つの特徴であります。



創造性ときくと多くの人は「アイデア」とか「思いつき」とか「発想」に目が行くかもしれません。
しかしこの「根気」「粘り強さ」もまた「創造性」の重要な要素であります。


「根気」「粘り強さ」と聞くと多くの人は「苦役」「我慢」というネガティブなものを思い浮かべるかもしれません。
しかし実際は正反対のようです。
「創造性」の中にいる人物は「時間が止まる」ようです。
私達が子供のころ、我を忘れて遊びに没頭したときは、時間が止まっていました。
私達の童心は「遊びになりきっていた」から時間が止まっていたのでした。
おそらく忠敬は17年も日本中の海岸沿いをくまなく歩きましたが、おそらく17年どころか数ヶ月ぐらいの期間にしか感じなかったことではないかと思います。



それは彼が「測量」になりきっていたからです。
「測量」という行為を通して彼は一歩一歩生み出す体験になりきっていたからです。



この宇宙を創造した存在がいるとします。その創造の存在を神様と呼ぶ人もおります。理論と呼ぶ人もおります。
その創造存在はこの宇宙を創造するのに気の遠くなる作業を繰り返し行なっていた、その試行錯誤のあり得ない確率のほぼ無限回の幸運な組み合わせで、この宇宙が存在するようです。物理理論的に。



ではその創造存在のその「根気」は苦役だったでしょうか。
いえ、きっと一瞬であったと思います。
150億年の無限倍の根気もまた一瞬であったことでしょう。
それは創造存在が「創造」になりきっているからです。



私達は毎日同じことの繰り返し。という生活でありますが、実はそれこそが私達が本当の創造の世界にどっぷり浸かれているという証拠なのかもしれません。時間限定で。
毎日の繰り返しを「苦役」とか「我慢」という感じ方で無駄にしてしまうとしたら、それはとても勿体ないことなのかもしれません。





当時の測量の様子。
http://pds.exblog.jp/pds/1/201203/30/97/a0137997_543186.jpg



当時の測量実を現代で体験。
http://choshi-geopark1.doorblog.jp/archives/17138036.html



つづく



おひさま、ありがとうございます。


下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら
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ものづくり遺伝子。五十の手習い。


さて昨日お話のでたペリーですが、彼は日本について早速正確な日本地図を作ろうとしました。
その国と平和的国交を結ぶのか外圧で侵略するのか、いずれにせよその国の正確な地図が必要ですから。
彼は幕府との交渉のかたわら、江戸湾沿岸の測量を始めました。
3隻の船を使って当時最先端の三角点測量でした。
しかし測量を進めていくとペリーはあることに気づきました。
参考にと持っていた日本人が作った地図と自分の最新技術の測量結果が全く同じであったのです。


ペリーは日本の技術レベルが高いのに驚き、測量を中止して一旦琉球に戻ったのでした。
「ペリーの艦隊と戦端を開かず、無事に(明治)維新を行う原動力となった」(日本人の育ての知恵、PHP文庫)という説を唱える人もいるほどです。





さてこのペリーがもっていた日本地図を作成したのは、ご存知の伊能忠敬です。
彼は55歳から日本地図を作るために全国を17年かけて廻ったことで有名です。
しかし彼は始めから日本地図作りを目指したのではありませんでした。


彼は商売で成功すると49歳で隠居をします。
そして暦の研究に没頭します。当時日本で一番と言われた高橋至時の弟子となりました。
おそらく和算好きから暦学問にはまり、そこから天文学に範囲を広げていきます。
当時日本で使われていた暦は誤差が多く、西洋暦の技術を取り入れ暦の精度をあげることが必要とされていました。
そして正確な暦を計算するためには、正確な天文学の測量が必要となります。
高橋至時はティコ・ブラーエやケブラーなど当時西洋でも最先端の理論をどんどん取り入れていました。
50を過ぎた忠敬でありましたが、これらの最先端理論を短期間で吸収していきました。





彼の心はきっと幼子の如くであったろうと思われます。
社会で成功をおさめ隠居によって、子供の頃から憧れていた和算の世界に没頭することができました。
西洋の最先端理論を日本最高峰の学者から直接学ぶことができているわけです。
毎日目を輝かせながら和算の「創造」の世界に没頭していく忠敬が目に浮かぶようです。


http://3.bp.blogspot.com/-jDimYQuI-og/UcrmEx4Cb7I/AAAAAAAABPU/m-i-OcqQFP0/s1600/1306inou27.jpg



さてここまでなら、世の中に割とよくある単なる50の手習いの話です。
忠敬が本当にすごいのは「根気」であります。
そしてこの「根気」が日本人の創造の二つ目の特徴であると私は思っております。
忠敬の日本地図は「日本人の創造性」をとてもよく表していると言えます。



さて話は戻ります。師匠である高橋至時は「寛政暦」を完成させます。
寛政暦は、1太陽年を365.242347日、平均朔望月を29.530584日としています。
現在の天文学では、1太陽年を365.24218957日、平均朔望月を 29.530588882日としていますからとても正確であったことがわかります。


しかし至時はまだこの寛政暦でも満足しませんでした。
そして暦を正確にするためには、地球の正確な大きさや日本各地の正確な緯度経度のデータが必要でした。
忠敬は黒江町の自宅と通っていた浅草の暦局の緯度の差は1分である測量をしていました。よってこの2地点の正確な距離を測れば地球の大きさがわかるはずだと考えました。
忠敬は自分の仮説に基づき測量を行ないますが、師匠の至時からは、その2地点では近すぎて誤差が大きすぎるという指摘を受けました。せめて江戸と蝦夷地ぐらいの距離を測らなければ。





うむむ~。
江戸から蝦夷までの正確な距離かあ。忠敬は考えこんでしまいました。



つづく



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ものづくり遺伝子。童心と好奇心。


人の創造性というのは自我とは相反した性質であると思います。
すぐれたアイデアを生み出すにはどうしたらいいのか。
そのように悩む人も多いかもしれません。
しかしアイデアとは、その問題を解決しようと苦労して苦労してそして、ふっとそれを忘れた瞬間に降りてくるもであるということが、多くの人の調査でわかっています。
つまり欲しい欲しいと強く願っている間は降りてこないのです。
考えられるできる努力を全て終えてから、ふっと肩の力が抜けた瞬間、ふっと自我の思考をよそにむけた瞬間、おまかせのようになった境地で、どこかからアイデアが降りてくるのです。


あるいは子供のように始めから自我が薄い状態で我を忘れて没頭するときは、自分自身がアイデアと創造の化身と一体化していると言えます。
子供が飽きずになりきり没頭したままもの凄い集中力で遊び(=創造)と一体化している状態です。
どなたも幼子(おさなご)がそのように遊んでいるのをご覧になった経験がおありでしょう。


そして私達もまたはるか昔はそのように、自我がうすくて遊びと一体化していた時代が誰しもあったということでもあります。



さて創造性にすぐれているということは自我が薄いということでもあります。
日本人は世界でもユニークな創造性をもている民族であります。
これは日本人が世界でも自我が薄い民族であるということでもあります。
その一つの例が昨日の火縄銃のたとえでした。このたとえはいろいろ示唆的です。




今では芸術の浮世絵も当時は庶民のオタク絵でした。


今では芸術の歌舞伎も当時はかぶくもの(変わり者)のことでした。



さて自我の薄さとは一つに「子供のような好奇心」です。
世界が評価する現代の日本文化の特徴は「アニメ」「ゲーム」「かわいい」など子供がそのまま大人になったような文化が評価されていることがあります。
日本人が大人のくせに幼稚(お花畑)という危うい面もありますが、童心や好奇心をそのまま保って成長したという創造の面もあります。
日本人が創造性豊かなのは、大人の日本人の中にも子供の心がそのまま温存されている率が他の民族より高いということが言えます。



江戸時代以前にも日本に来た外国人の目には、日本人とは大人でも好奇心のかたまりの民族でありました。
本質は今も変わらないようです。そしてそれが日本人の創造性の大きな理由の一つであろうと思います。

==========
フランシスコ・ザビエル『書簡』
〔日本人たちは〕好奇心が強く、うるさく質問し、知識欲が旺盛で、質問は限りがありません。また彼らの質問に私たちが答えたことを彼らは互いに質問しあったり、話したりしあって尽きることがありません。 (3巻, p. 186)


ケンペル『江戸参府旅行日記』
われわれは国全体を礼儀作法を教える高等学校と呼んでもよかろう。そして彼らは才気があり、好奇心が強い人たちで、すべて異国の品物を大へん大事にするから、もし許されることなら、われわれを外来者として大切にするだろうと思う。 (pp. 70-71)


C・P・ツュンベリー『江戸参府随行記』
一般的に言えば、国民性は賢明にして思慮深く、自由であり、従順にして礼儀正しく、好奇心に富み、勤勉で器用、節約家にして酒は飲まず、清潔好き、善良で友情に厚く、率直にして公正、正直にして誠実、疑い深く、迷信深く、高慢であるが寛容であり、悪に容赦なく、勇敢にして不屈である。 (p. 219)


M・C・ペリー『日本遠征記』
日本人は、活潑な氣性を有する多くの他の人民と同様に、珍奇なものに對する強い好奇心を有して居り、屡々はむしろ瞞着されるのも辭さないのである。 (1巻, p. 154)

これ等の日本役人は、何時もの通り、その好奇心を多少控へ目に表はしてゐたが、しかも、汽船の構造及びその装備に關するもの全部に對して、理解深い關心を示した。蒸気機關が動いてゐる間、彼等はあらゆる部分を詳細に檢査したが、恐怖の表情をせず、又その機械について全く無智な人々から期待されるやうな驚愕を少しも表はさなかつた。 (3巻, p. 13)

日本人は何時でも、異常な好奇心を示した。それを滿足させるためには、合衆國から持つて來た珍しい仕掛の色々な品物、種々の機械装置、巧妙珍奇な色々の發明品が、充分な機會を與へてくれた。彼等は、彼等にとつて驚くべき程不思議に見えるあらゆる物を、極めて詳細に檢査する事だけに滿足しないで、士官や水兵につきまとひ、あらゆる機會を捕へては衣服の各部分を檢査したのである。 (3巻, p. 202)

他の國民の物質的進歩の成果を學ぶ彼等の好奇心、それを自らの使用にあてる敏速さによつて、これ等人民を他國民との交通から孤立せしめてゐる政府の排外政策の程度が少ないならば、彼等は間もなく最も惠まれたる國々の水準にまで達するだらう。日本人が一度文明世界の過去及び現在の技能を所有したならば、強力な競争者として、将來の機械工業の成功を目指す競争に加はるだらう。 (4巻, pp. 127-128)

http://www7.plala.or.jp/juraian/jpnrep.htm
=========

特に最後の引用にあるようにペリーは日本人の特質を見抜いていました。極東の島国として今まで鎖国していたからこのような文明であるが、一度世界と交流をもったならば、アメリカの強力なライバルになる。と看破していました。
そして彼の予言はあたることとなります。





つづく



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ものづくり遺伝子。火縄銃。


日本人は特にものを創りだして育てることが得意である民族のように思います。
これは元来の日本人の気質ともとても深い関係があります。
特にものを創造するという点につながるのは、次の三つの気質です。

1,好奇心

2,和の心

3,根気

日本人のものづくりの特徴は上記の3つにとても深い関係があります。
たとえば他民族でもものづくりが得意な民族はいます。
かつてはエジプトや中東や中国であったりしていました。ここ1000年ぐらいは西洋でありました。
しかし日本は彼等とは全くちがう気質のものづくりをしていました。



さてここで例をあげてみましょう。
それは鉄砲が日本に渡来した時の話です。
1543年(銃ごよみ)の種子島ですね。
実はもう1年もたたずに日本人は独自の手で国産化してしまいました。


宣教師たちは驚いたそうです。
いままでアジアをまわりいろいろな民族にこの火縄銃を見せました。
どの民族も一様にその威力に驚きました。
しかし実際に自分たちで作ろうとした民族はいませんでしたし、1年もしないで自分たちで製造できるようになってしまったからです。


中国も西洋人達の火縄銃は種子島の20年以上前に知っていました。
しかし火薬を発明した中国人でさえ火縄銃は自分たちで作ろうとはしませんでした。


時代はおりしも戦国時代。
国産化になった銃はあっという間に全国に広がり30万挺の銃があったと伝えられています。
当時世界最大の銃の保有国でありました。


なぜ日本が銃を国産できたか。
一つには日本刀の製造で鉄について非常な技術が進んでいたということがあります。
現在の日本の町職人もそうですが、職人技は当時も今も世界一流であったことだと思います。
日本人特有の好奇心がその職人魂に火をつけたのでしょう。


当時の日本が砂鉄の産出国であったことも一つの要素でした。
なんと世界のトップ3に入るほどの砂鉄を算出していました。


そんな背景で日本はあっという間に世界最大の銃の保有国になりますが、戦国時代が終わると火縄銃の必要性もなくなってしまい、火縄銃は進化することなくそのままひっそりと職人技として引き継がれていきました。


http://db.umic.ueda.nagano.jp/johogura/datadisp.php?arg_sano=526079

日本人は特に武器を作りたかったわけではなかったのです。
ただそこに「面白いもの」があったから自分で作って試してみたかっただけだということです。


西洋では常に強力な武器が必要でした。
火縄銃もどんどん進化していきました。

http://www.ubisoft.co.jp/ac3/special/spe_column4.html

しかし鎖国していた日本では火縄銃の進化は不要でした。
日本人の興味は自分たちの好奇心を満たす他のものに移っていったのでした。



つづく



おひさま、ありがとうございます。


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ものづくり遺伝子。創造の花火師。


では一体自分は何のためにこの世に生まれてきたのかと思います。
何かを試したくてこの世に生まれてきたのだとしたら、私はいったい何を試したかったのだろうか。



多くの人がこのように自分に問いかけることもあろうかと思います。
私が思いますにやはり「生み出す」喜びを体験したかった気持ちが一番強いのではなかろうか。
この「生み出す」とは「創造」とも言えます。



お店で働いている方は、少しでもお店の内装が洒落たものにならないかと智慧をしぼる瞬間が「創造」であります。
事業を経営している方は、少しでもいいものが安くお客さんに提供できる方法がないかと智慧をしぼる瞬間が「創造
」であります。
家族にご飯を作っている方は、安い材料で少しでも家族が喜ぶレシピはないだろうかと智慧をしぼる瞬間が「創造」であります。
私のようにひとり言をつづる文章であってもそれは小さな「創造」であるかもしれません。



小さな工夫を含めてたとえば一日に10回、創造できたとしましょう。
雑誌でみたようなおしゃれな配置に部屋やお店を配置換えすることもあるかもしれません。
おしゃれなポスターを参考にして、商品の説明を書くかもしれません。
ある人のつぶやきとある人のつぶやきを結びつけて、新しい解決方法をお客さんに提示できるかもしれません。
中華料理のこったレシピをヒントにコンビニ食材で子供が喜ぶお昼ご飯が作れるかもしれません。ふむ。



智慧をしぼって新しい思いつきをこの世に見える形にするというのは、小さな花火が打ち上げられたようなものかもしれません。
日常の小さな「創造」とは、このように小さな花火であります。
毎日10発小さな花火を打ち上げるとすると、1年で3650回の花火を打ち上げた体験をすることになります。
20年で8万回ほど、花火を打ち上げた体験をすることとなります。



自分が去ったあとの後世の評価なんて全く関係ありません。
苦労して智慧をしぼって世の中に生み出すところが一番おもしろいので、そのあとの評価は正直あまりこだわりません。それよりもう次の花火の仕込みに入っています。



子供のころ我を忘れて時間を忘れて遊び続けました。
あれは自分自身がこの小さな花火師になりきっていたということですね。



http://img.blog.beehappybee.com/20110718_2173973.jpg


http://blog-imgs-18.fc2.com/t/r/m/trm106/20090510140109a38.jpg


http://storage.kanshin.com/free/img_46/464871/k325709646.jpg


http://photo1.ganref.jp/photo/0/1cf025e9ed73388a1abc57fbe7f59337/thumb5.jpg



大人になると童心を忘れて苦労ばかりの世界になると多くの人は考えておりますが、でも創造の花火師であることには本当は全然変わらないのではないかと思います。
どんな小さなことでも智慧をしぼろうと思った瞬間に自分は本性の創造の花火師に戻ります。ふむ。



つづく



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今回も謎な点が。


一昨日、アムステルダムからクアラルンプールに向かう途中、ウクライナ上空で撃墜されたとされるマレーシア航空の777ですが、やはり不可解な点がいくつかあります。


まず撃墜されて全員死亡というニュースが出るのがとても早かったです。
日本時間では未明に事故が発生したとされますが、もう朝のニュースでは「撃墜で全員死亡」でした。ふむ。
日航機ジャンボでもこの間のマレーシア航空機事件でも、従来なら「消息をたちました」という一報となるはずです。うむ。
「消息をたちました」というニュースとともに「ウクライナ国境付近で飛行機が墜落したとの情報もあり」というように歯がゆいような段取りで事実を放送するのが従来の報道でありました。
そして「全員死亡」も報道が早すぎます。従来なら「生存者はまだ見つかっていません」という内容のはずでした。
先日の韓国のフェリー事故もそうでしたが、遺体が確認されてから死亡人数になります。それまでは行方不明者数です。
事故発生から数ヶ月たったのならまだわかりますが、半日もしないうちに「乗客全員死亡」とはちょっと断定が早すぎます。ちょっと不自然かな~。
そして墜落原因が「撃墜」というのも断定が早すぎます。
本当の事故だったら、フライトレコーダーの解析がすむまでは、こんなに軽々しく断定できません。


なんだか世論を早く誘導したくて急いでいるように感じるのは私だけでしょうか。



http://www.jimstonefreelance.com
上記のサイトによると、墜落したはずのMH17は実はフライトがキャンセルになっていたといいます。


2014.07.17 to Kuala Lumpoor canceled



ではこの墜落したマレーシア航空777は何なのでしょう。
そういえばつい最近行方不明になった同型機がありましたね。777-200ER。偶然かしらん。



黒焦げ粉々残骸現場から、



なぜかきれいな大量のパスポート。



そういえば911の時にも、WTCビルが瓦解して鉄骨までが溶ける超高温の火災であったにも関わらず、飛行機に乗っていたテロリストたちのパスポートが燃えずに発見されたことがありました。
パスポートというのは私達が思うよりずっと傷つきにくく燃えない素材でできているようです。知りませんでした。





911の時はWTCの他に2機の飛行機がハイジャックされ、墜落しました。
しかし事故現場には飛行機の機体が微塵もありませんでした。







どちらの現場も、機体が全く見当たらないということで、当時は随分陰謀説が飛び交ったものでしたが、今回のシナリオはきちんと本物の機体を使ったようです。(あんなに大きなものをいつまでも隠しておくのも大変だったでしょうから)


合掌





行方不明だったMH370が長いこと保管されていたという噂がある格納庫。(詳しくはこちら




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真ん中の道。かすがい。


ここ数週間で私が考えたことは、世界は再び紛争の時代に突入しているということでした。
第三次世界大戦のような大きな紛争になるのか、地域の紛争レベルの小難で収まるのかはこれからの私達の「思い」の集合がハンドルを握っていることだろうと思います。


多くの紛争地域は、もう「恨みの連鎖」で人々ががんじがらめに縛られています。
独力で解くことはとてもとても難しいことでしょう。
日本がその連鎖をほどく「媒体」になれればいいなと切に思っています。


イスラエルと中東の紛争。
一つには日本は古代イスラエルと深い深い繋がりがあります。
これはもうこのブログで繰り返し述べているので今回は詳細は省きます。

一つに日本はイスラム文化と対立の歴史がない数少ない先進国であります。
==========
イラン・シーア派最高権威、「日本は経済や政治の同盟国」

また、「我々は日本と良好な関係を有しており、日本人を非常に尊敬している。
日本人を勤勉で勇敢、慎重な国民であると見ている」と述べました。

マカーレム・シーラーズィー師は、「我々と日本の関係は日ごとに拡大している。
なぜなら、日本人は他国に対して植民地支配を考えていないからだ」と述べました。

また、「日本人の正確さは、日本製品が支持され、その品質が信頼されていることからもわかる」と
語りました。
さらに、「互いを信頼することは最大の投資だ」とし、「我々の敵は世界レベルでメディアでイランに
対して多くのプロパガンダを流しているが、世界の人々がイランを訪れ、我々の状況を目にすれば、
イランが世界のメディアで言われているような国ではないことがわかる」と述べました。

マカーレム・シーラーズィー師は、「我々は日本を経済や政治のよき仲間だと見なしている」とし、
「すべての分野で関係が日ごとに拡大することを期待している」と語りました。



http://japanese.irib.ir/news/latest-news/item/45947
==========


==========



・イスラムの人々が日本人を評価するのは、彼らが理想とするような心意気や感情を日本人が備えていると見ているからである。ムスリムと日本人の人間関係で相通ずる考え方に、「任侠無頼」がある。「広辞苑」によると、「任侠」とは、「強きをくじく気性に富むこと。また、その人。おとこだて」また、「侠客」とは「強きをくじき弱きを助けることをたてまえとする人。
(略)
人情、ウェットな人間関係、面倒見の良さ、集団主義は、欧米の個人主義にはない日本ならではの特徴である。

・イランで1905年に起きた立憲革命は、日露戦争でアジアの小国であった日本がロシアに勝利したことに感銘を受けたことがきっかけの一つだった。これは日本の強さの秘訣は立憲主義にあると考え、憲法制定を求めた運動であった。

・アジア太平洋戦争で日本が軍事的に進出した地域でも、植民地支配から解放されるきっかけとなったことで、親日感情が形成されることになった。インドネシアは、現在、日本に好感をもつ人が、世論調査で90%を数える国だ。

・この陸上自衛隊のイラクのサマーワでの活動は現地住民の信頼を得るものだった。(略)これを受けて140人の市民からなるデモ隊が宿営地に押し寄せて、「日本の支援に感謝する」と主張して、自衛隊がサマーワに留まることを訴えるデモを行った。(略)彼はサマーワの人々に「自衛隊がイラク人たちの友人としてやって来た。日本は、アメリカと戦い敗戦国になっても、世界第二位の経済国となった。古代メソポタミア文明から偉大な歴史を発展させてきたイラク人が日本のように、復興や発展ができないわけがない」と熱く語った。番匠群長はイラク人の民族的誇りに訴え、他国の軍隊が作業をイラク人任せにしたのに対して、自衛隊は群長など幹部までもがイラク人とともに日没を過ぎても復興活動を行った。そうした日本の自衛隊員たちの真摯な姿がイラク人たちの心をとらえることになる。


「イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか(宮田律)」という本はとてもオススメ!
http://nyanko001.blog.ocn.ne.jp/kabu/2014/06/post_d590.html
==========



ウクライナとロシアもきな臭いですが、両国とも日本には良い感情を持っております。
こちらの紛争も日本が一肌脱ぐことができるチャンスがあるかもしれません。私は個人的にはそう願っています。



日本を批判し続ける中国と韓国と在日の朝鮮半島国籍の人たちについては、ここでは特に何も申しますまい。
もし彼等の言うように日本が残虐な民族、卑怯な民族、他民族を侵略し貶める民族、公明正大でない民族であるのなら、その報いは正面から堂々を受けたいと思います。
日本民族のもつ良心(お天道さま)の裁きに全てをお任せしたいと思います。



同じ日本人でありながら日本を危機にさらしている幼稚な左巻きの魂についても、特に何も申しますまい。
彼等の幼稚さは私自身の内なる幼稚さでもあります。
お花畑にひそむ狼に大切な人を食べられた辛い経験がないゆえの無知であります。



私達の日常の生活の中で「自分や家族や日本を守るために最悪を想定してできる努力をすること」と「善人であること」のバランスをとることが、自分や大切な人を守ることになることがわかりました。ふう。
そしてそれが結果的に日本を守ることにもなるらしいです。むむ。
そしてそれが、世界に蔓延する「恨みの連鎖」をほどく貴重な鍵になるかもしれません。うむ。



このシリーズおわり。
ありがとうございました。



おひさま、ありがとうございます。


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真ん中の道。なにか。


現代の日本の状況をみますと、国民の約半分が目に蓋がされているように思います。
日本が戦争に巻き込まれないようにはどうすれば良いのか?という日本の危機に対して、


①日本が武力で他国を侵略しないように政府を監視する。
②日本が他国(中国)から侵略されないように戸締りをしっかりする。


上記の二つがバランスよく必要であります。これがわかる人は目に蓋がされていない人でありましょう。
①ばかり主張して、自分のしていることが②の戸締りを外すことに繋がっていることを見ることができない人は目に蓋がされている人です。


きちんと冷静に考えれば、上記の①と②の両方が大切でどちらもバランスをとらなければならないことがわかります。さらに冷静に国際情勢を考えれば、現在の日本においては①の危機より②の危機の方が高いことがわかります。



たとえばこういうことです。健康を保つにはどうすればいいか。
①お腹をこわさないように食べ過ぎない
②餓死しないようにきちんとご飯を食べる
上記のバランスが必要なことはおわかりになりますね。


ここで1週間ご飯を食べていない人がいるとします。
かなり衰弱し始めています。このまま放っておくと餓死する危険性があることは誰にでもわかります。
ではどうすればいいのか。栄養のある消化の良いものを少しずつ摂取することが必要ですね。この人は①の危険性より②の危険性に接しているからです。


しかし目に蓋がされている人は①のことばかり主張してご飯を食べさせません。
そもそもこの人が1週間もご飯を食べられなかったのはこの人達のせいと言えるのですが。
「ご飯を食べさせること反対~。」「子供たちを食べ過ぎにさせるな~。」「国民全体を満腹の苦しさに追い込む安倍政権は退陣しろ。」「脱ごはん。脱栄養。」



冷静になれば①と②のバランスが大切なのは誰にでもわかります。
しかし目に蓋がされている人は片方しか見えません。


しかしこの目に蓋がされている人は私自身でもあります。


目に蓋がされているとは、まるで憑依されている人のようです。
自分の不満心に取り憑かれている人のようです。
自分がうまく行かないのは人のせい。他人に認められたい、一目おかれたい、のにそうならないのは誰かのせい。収入があの人より低いのも、仕事があの人よりきついのも誰かのせい。そのような不満心に憑かれているから、自分自身の目が塞がっているのです。


そしてこれは人類全て共通です。
他の地域の人たちはそれを他民族のせいにします。
他の地域の人たちはそれを他宗教のせいにします。
他の地域の人たちはそれを他宗派のせいにします。
もう今は復讐の連鎖で止まらなくなっている地域もたくさんあることでしょう。残念なことですが。
しかしそれらの復讐の連鎖のきっかけは、お互いの目が塞がれていたから。が原因でした。
お互いが、自分自身が自分の不満心に取り憑かれていたことがきっかけでした。



私達日本人は幸いでありました。
人が目を塞がれ、あたかも憑依されてたようになってしまう原因は、他民族が原因でないことを知る環境だからです。他宗教でないことを知る環境だからです。他宗派でないことを知る環境だからです。
それらは人類がもつ「他人のせい」という不満心に憑依される現象であることを知る環境であるからです。
それは他の無知蒙昧な大衆に起きる現象ではなく、私自身の心の中で起きる現象を知る環境であるからです。



左巻きの人をどうやって目覚めさせることができるでしょうか?
目に蓋がされていない半分の国民はそのように思うことでしょう。
もちろん真実を発信し続けることは大切です。①と②の両方のバランスが必要であると発信し続けることは大切です。想定した最悪に対応した行動を取ることは大切です。



しかし決して言葉で彼等を説得することはできません。と知るべきであるとも思います。
憑かれた人は言葉では説得することはできないからです。
憑かれた人を目覚めさせるのは、言葉ではありません。
それは大切な大切な「なにか」なのです。


その「なにか」の正体を推測するのに貴重なエピソードがあります。
この昭和天皇のお気持ちの中に「なにか」とは何ぞやという答えがあるように思います。


==========
停戦命令が日本軍の間に広がると、ソ連軍は大幅に占領地域を拡大、日本兵を極寒のシベリアヘ連行し、何年にもわたって過酷な労働を強いた。共産主義に賛同した者から順に日本への帰国が許されたという。
因通寺の参道では、これら共産主義に洗脳された元日本兵らが、昭和天皇をつるしあげるべく待ち伏せしていたが、天皇から「長い間遠い外国でいろいろ苦労して大変だったであろう」とのお言葉をかけられると、一同皆が「俺が誤っておった、俺が誤っておった」と言って泣き伏したという。
http://bewithgods.com/hope/japan/07.html
==========


この女性の狂気もまた私自身の内なる狂気と同じものであります。



つづく



おひさま、ありがとうございます。


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