まるぞう備忘録

無題のドキュメント

日本人からの伝言。母性の喪失感。

2015-06-03 10:02:10 | 日本人からの伝言
スイス在住のジャーナリストの方から、メールを頂きました。彼は先日、来日して伊勢神宮の御参りをされたそうです。


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まるぞうさん、こんにちは。

欧州の大都市にて人混みの中を歩くと、何千人もの人々がそれぞれが持つ個人の問題に没頭しつつ歩いているのを感じます。
日本でスクランブル交差点など、人混みの中を歩く時、この事について考えていました。いったい日本人も同じなのか?それとも彼らはもっと全体的なもの(集合的なもの)に向かって思考を進めているのか。
欧州、アメリカ…西欧社会では、個人の幸福の追求こそが世の中全体のレベルを上げていく、という考えです。日本ではどちらかというとまず全体の幸福を追求し、そのあとに個人の幸福がやってくる、というものでしょうか?

また、西洋社会で宗教的行事に出席すると、キリスト教であれユダヤ、イスラム、どの宗教も、信者が集まり、そして祭式執行者(司祭など)を中心にしてに神に祈ります。私は桃日和と一緒に数度伊勢に行きました。そこでは人々はそれぞれ、建物の前に立ち、お辞儀をして、手を2回叩き、再びお辞儀をしてからさっさとその場を離れます。その周りに居る他の人々(信者)と言葉を交わす事も無く、すぐその辺りに居る関係者(神官)に何か話すでもなく。

宗教はReligion 、 Re 再び Lier 繋ぐ(神と人を再び繋ぐ)のラテン語から来ています。神道は道徳的な意味で日本の社会の骨組みになっているとのことですが、私が驚くのは、一見、神道はさっぱり「繋いで」ないように見える事です。

西洋に限らず、一神教では個々の信仰が最重要です。宗教が社会的な力を持っていた時代(欧州では20世紀中頃まで、イスラム諸国では現在でも)は、とにかく信者が定期的に集まる事が、社会的秩序を保つ役割をしていました。インドとかはどうかはよく知りませんが。

以上が私の、興味深いと思う日本の側面です。
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非常に興味深いお話です。桃日和の相棒さん(略して桃棒さん)メールを頂きましてありがとうございました。


人間にとって宗教が大切である理由はいくつかあるでしょう。私が思う最大の必要性とは、人間個々が切り離されている喪失感であると思います。人間は誰でも無意識に母性を求めています。まだ無力であった乳児の頃から、私達は無力で、母性の庇護がなければ一日たりとも生き延びることはできませんでした。しかし私達が成長するにしたがって、望んだとおりの母性が与えられない経験を積み重ねていきます。うむ。
私達は生き延びる本能として自分を守ってくれる母性を求めます。学校に入ったり、そのあと、社会に出て行くと私達はもうかつての乳児時代の様に無条件で自分を守ってくれる母性からは、切り離されていることに失望します。


私達男性が母性の女性に無意識に惹かれる理由であります。また女性が父性の男性に惹かれる理由であります。この場合の父性とは厳しい男性性ではなく、自分を外界からの攻撃から庇護してくれるといいう、やはり広義の母性であります。



母性の喪失を埋めるために、多くの人は恋愛に夢中になります。彼氏彼女こそが、自分の求めていた母性を与えてくれる存在である。そのように投射することでお互いが求め合います。母性を周囲に醸し出している人は、男女を問わずモテる理由でありますし、逆に、相手から母性を提供させるために、「自分はこれだけ相手に尽くしているのに」「自分はこれだけ我慢しているのに」と勘定してしまう人は、どうしても恋愛で問題を起こす傾向があるかもしれません。
それは一重に誰もが、自分の奥底の「母性の喪失感」を、誰かに埋めてもらいたい。という欲求があるからです。



そして恋愛とともに「母性の失望感」に当てはまるのが宗教であるといえます。なぜなら多くの国の宗教も「神があなたを守ります」と述べてくれています。「自分が神を信じる限り、神があなたを守ります」という契約形態であることもあります。たとえ社会が自分に厳しい環境であったとしても、「神が私を守ってくれる」という支えで、多くの人が社会の厳しさを乗り越えることができるのでありました。



しかしユニークなことに、日本人の多くは、他の地域の方々のように、自分を守ってくれる神(宗教)を信じているわけではありません。



つづくかも。



おひさま、ありがとうございます。


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8 コメント

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Unknown (Unknown)
2015-06-03 11:16:56
最近は、怒りやすい自分がいます。過去の不快だったことを思い出すと、やっぱりあれは、きちんと謝ってもらった方がいいんじゃないかとか…、売り言葉に買い言葉の泥沼を思ったり…しかし、直情的な反応しかできないのは低レベルと思い、自分を静観します。精神力。
Unknown (Unknown)
2015-06-03 12:41:49
そういえば、昔から神様仏様にお願い事はしても守ってもらっているという感覚は無かったかも。「守ってもらっている」と感じるのはご先祖様に対してだけだったかも。
昔の遊び場 (Unknown)
2015-06-03 18:05:28
確かに、まるぞうさんの感想と私の記憶をたどるとそうなるなと感じています。
小さいとき、神社が私の最大の場所でした。かくれんぼしたり鬼ごっこしたり。夏祭り!大晦日!。大好きな場所。同時にどこか怖さもあり。つまり「畏れ」の部分を子供ながらに感じていたのでしょう。神様に見守られ、神様は恐れ多い存在としてとらえて、生活をしていた。この時に大人からいろいろ教わったのでしょうね。神様が親し優しい存在、親同然の感覚を持てるとは何と幸せなことでしょう。有り難う御座います。
興味津々~ (gowest)
2015-06-03 18:33:57
ところ変われば・・・、みたいに「信仰変われば・・・」。ほうほう、随分感じ方が違うのですね~。

桃棒さんの考えも面白いし、それに対するまるぞうさんの反応も興味深いですね~。楽しみにしています。
長文ですいませんー (たま♪)
2015-06-03 20:45:02
たくさん感謝していると、ずうずうしくも自分がおみやさん(神社)になった気持ちになります。
感謝していると、感謝が「善」だというわけではない、と思うのです。感謝してるから偉いわけでも何でもなくて、感謝の気持ち自体が神様だから、感謝してそこに居れば神社として存在してるのと同じような気持ちになるんです。とても気持ちがラクになって、ホッとします。
といっても、いつもいつも感謝できてるわけじゃなくって、感謝できなくて困ったな、という時は本家読んでそれでどーにか感謝できる波動になったりするんですけど☆
「道徳観」というと、人間関係のあり方 みたいなものも当然ついて回りますが、神社参拝と人の関係は、「自然界の在り方について思い出すためのもの」に近い気がします。
道徳観は道徳観で大事なことですが、自然崇拝の中には、人がこうあるべき みたいな戒律はないんですよね。あるとしたら自然に学べ、自然を畏れろ、敬え くらいですよね。
海外でキリスト教とかが道徳教育としての役目を果たしていると思うし、地域の繋がりの場でもあるのだと思います。(協会でのボランティアとかありますし)
アメリカの高校で不良が暴れて大変だった際に、日本の「先生に挨拶、服装規定」等の校則を真似たら、学校が落ち着いたという内容のテレビを見たことがあります。
道徳を高めるためには規律が必要な面があるのだろうと思います。
日本では、学校、会社での規律が海外より厳しいので、宗教で縛る必要がないのかな、と思ったりもしました。
神道はその人の本性を表してるのかもしれませんー。
求めなければ。 (Unknown)
2015-06-03 21:01:18
回る動く。運と思いました。ひとつの笑顔に救われた。たった一言に生かされた。顔は自分が創る。経験と悩み痛み苦しみは、自分との対話であり。他者とのツールでした。心の繋がりを意識出来た。ひとりではない。貴方の頑張りが私を支えてくださる。本当に感謝が環境にありました。
ありがとう。に生かして頂いて。今ある現実現在です。母性をかみさま。と理解しました。
立ち止まる心に笑顔に性別なく有り難くありがとう。人生は美しく輝きを感じます。
お疲れ様です。ありがとうございます。m(__)m。
Unknown (Unknown)
2015-06-03 23:49:07
高校生まで、山に囲まれた田舎に住んでいました。
山に行くと癒されるという人いますが、自然に対して、母性を感じたことは一度もありませんでした。
悩み多いわりには成長しない自分と、生命力溢れる自然を無意識に比較していたのかもしれません。
盛りあがるように生長する緑、天候や虫、動物の脅威などに圧倒され、完全に負けていました。

そのあと都会に一人暮らしをして、そちらのほうに絶対ほっとしていました。
いつもの同じ建物、規則正しい電車や信号、みんな知らない人だからどうしようと気にしなくてすむ。ほっといてもらえる。

私にとって母性=いつも変わらない(態度?)かもしれないです。
Unknown (Unknown)
2018-11-07 06:14:21
神道はさっぱり繋いでいないように見えるという、桃棒さんのご指摘。
それでいて、大いなる共同体に属していると感じられる日本人。
これってSTAND ALONE COMPLEXでしょうか。
最近甲殻機動隊を見たせいか、スッと頭によぎりました。
私も生活においては、特定のものにどっぷり浸からず依存せず、爽やかにSACを実践していきたいです。
3年前の記事へのコメント、失礼しました。

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