まるぞう備忘録

無題のドキュメント

人々の昇華力について考察してみる。この瞬間に生きる。

2018-10-23 07:51:45 | 陰と陽の理論
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23日。中潮。月の最遠日より5日。戊戌・癸亥・戊子の日。
太陽電子束が乱れ。地震注視日。



新潟県北部


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人々の昇華力について考察してみる。現在に生きる。
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 今回は最終まとめに入る前に一つ補足の考察であります。
 それは現実が複数重なって存在するということと、人が表面自我の思い込みで生きていることの違いです。
 量子力学の複数の現実が重なって存在しているというのは、馴染みのない学説であります。でありますから腑に落ちるように理解するのは難しいのは仕方ありません。



観察出来ないことは全て不確定である。

 複数の現実が重なって存在する。ということは、私達が観察できないものは全て複数の事象がそれぞれの確率をもって同時に存在しているのです。

 たとえばある山奥の小さな山の山頂の天気。人が踏み入れることのない場所であります。この場所の今の天気。晴れかもしれませんし雨かもしれません。ひょっとしたら初雪かも。私達が観察できない限り、それらの現実は確定できない。いや複数の現実が同時に存在している。
 ほんとかね〜。ほんとだよ。というのが量子力学で説明されていることです。不確定性原理という言葉があてられます。

 もしその山にライブカメラがあって人が観察できるとか、人里から望遠鏡でその山の山頂が観えるとか、あるいは人工衛星でその山頂の天気を観ることが出来た瞬間、その複数ある現実は一つに固定化されます。



この瞬間金魚鉢が無事かどうかは確定していない。

 留守の家の居間。窓際に置いた金魚鉢。無事な現実が99%。カーテンが風にめくれて床に落ちている現実が1%。たとえばこのように私達が今確認できない事象は複数の現実が同時に重なって存在しています。
 ただいま〜と帰った時に、私達がその居間を観る時にどちらかの現実が固定化されます。
 ほんとかね〜。信じられないよ。私が家に帰る前から、金魚鉢が落ちているかどうかは決まっているでしょ。ねえ。そんなの当たり前です。
 ですが、量子力学の不確定性原理では、人が観測するまではどちらの事象も同時に存在している。もちろんそれぞれの事象に起こる確率はそれぞれです。起こりやすいことと、起こりにくいこと。ですが起こっていないとは固定化されていない。

 それは「確認できないことはわかならい。」という思考実験ではありません。現実に二重スリットの干渉縞で示されます。 私達が観測しない条件下では粒子はAとBのスリットの両方を同時にくぐっている。しかしどちらをくぐったのかと観察したとたんに、片方しかくぐらないという現実に固定化される。干渉縞が消える。

 私達が観測できない事象は、つねに不確定で揺らいでいる。私達が観た時にそれは固定化されるのです。へえ。ほんとかねえ。



表面自我は過去と未来に生きる。現在にはいない。

 それに対し、人の思い込みとは似ているけれども全く違う事象です。それは表面自我が過去に生きているということです。過去の自分の体験を反復しています。

 たとえば過去、私が誰かに非道い仕打ちを受けたとします。私はその悔しさで大きなショックを受けます。そして私の表面自我はその悔しさをそれ以降、後生大事に持ち続けもう手放さないのです。それから私に起きる人間関係は、その悔しさのフィルターで曲げられます。私の表面自我はその過去の体験の悔しさのあまり、その悔しい出来事を自分の人生で何回も繰り返します。あの悲劇を繰り返すために、私の表面自我は、現実の一部を切り取り、一部を拡大し、一部は見なかったことにし、ほらやっぱり。今回はあいつが悪者だ。そのようにキャスティングして同じ悲劇を繰り返します。私本人はなぜ転職しても転職しても同じ問題が起きるのか。そのように思いますが、本当の犯人は私の表面自我でした。私は現実をありのまま観ることはありませんでした。いつも表面自我が抱えるフィルターを通し、表面自我の思い込みの中で生きているのでした。



私の認識している現実はありのままなのか。簡単に調べる方法。

 この表面自我の思い込みの特徴はその人は現在を生きていないということ。私はいつも過去の「人が言ったこと」をリピートして生きています。そして未来の「あの人はこう言うに違いない」という心配や「今度はああ言ってやろう」という仕返しの企みで生きています。

 本当は現実をありのまま生きると、本当は全く別の世界が現実であることを知ることができるのですが、残念ながら私は「表面自我のあべこべ装置」が正しいと思い込んでいる。自分で自分を縛っているのです。

 では私が自分が「思い込み」の幻想の中で生きているのか。あるいはありのままの現在に生きているのか。確認するにはどうしたらいいのでしょう。はい。それは表面自我のノイズを観察することで、私自身を観ることができます。

 もし私の表面自我がおしゃべりを続けているのであれば、私は思い込みの世界に住んでいるということです。しかしそのおしゃべりを無理に止める必要はありません。表面自我はしゃべりたくて仕方ないのですから無理に抑える必要はありません。しゃべらせておきましょう。ただそのおしゃべりの内容を観察してみます。

 するとしゃべっている内容は「過去の出来事の恨みや嘆き」か「未来の心配や復讐」であることがわかります。現在この瞬間には生きていないんだな〜。とわかります。うむ。



観察する時おしゃべりは止まる。

 量子力学の観察とは真逆です。それは「現在」を生きるということです。人は誰しも意識的に「観察しよう」と瞬間、表面自我のおしゃべりは止まるのです。表面自我の思い込みフィルターではなく、静かに「真我が観る=観測」です。

 観察するとは真我で観るということです。自我の拘り(こだわり)や縛りから抜けて、ありのままを観る。ということです。
 この時創造(=不確定というキャンパスに、真我が現実を描く=固定化)が行われます。



表面自我は「おまかせ」に抵抗する。

 真我で観る時。それはまた「因果におまかせ」の境地でもあります。面白いです。真我はおまかせの境地だから自分の自由に現実を創造できるのです。ここでも真逆が真なり。ですね。
 一方私の表面自我は「因果におまかせ」に抵抗します。おまかせしたら表面自我が消えてしまうからです。だからいかに因果におまかせ出来ないかを力説します。あんたねえ、理想はそうかもしれないけど、今回の件は別だかんね。そんなおまかせなんかしたら喰われちゃうかんね。だってあいつは過去にあんな非道いことしたんだよ。過去にあんなに私を踏みにじったんだよ。だからこのまま放っておけば未来には絶対こんな非道いするに決まってんだよ。
とね?ほらね。私の表面自我は過去未来にしか生きられないのです。

表面自我「そんなことはない。私はちゃんと現在に生きています。」

あっそう。では手放しで因果におまかせできますか?

表面自我「あんたねえ、理想はそうかもしれないけど、今回の件は別だかんね。そんなおまかせなんかしたら喰われちゃうかんね。だってあいつは過去に・・・」


つづく


おまけ(読者の方が教えてくださったこと)
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沖縄をずっと注視していましたが、また残念な結果となりました。
また、注視していきます。
だけと、とても心配です。
大切な沖縄を護りたいです。


→ 先日の知事選では宮古と宜野湾以外はデニー候補の勝ちでしたし、もともと那覇は自称オール沖縄の強いところでありました。
現時点では、地元沖縄の人たちの「そんなことが起きるはずがない」という油断が「そんなこと」を招く因子を蓄積している真っ最中に思えます。
ただ我々も心配しながら観てるとその心配を現実に引き寄せる懸念もあるかもしれません。「因果におまかせ」という境地で観察できるまで行動と覚悟が。

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つまり、人間は対象物を見ることによって自分の目のフィルターを通して自分が作った対象物を見ているわけ?
ホントはAかもしれないけどA´の方だと思えばあら不思議、AはA´になっちまってるてことかな?


→ 量子力学の実験結果では、観ることで現実が固定されるということ。スリットAを通った現実とBを通った現実の二つが重なっていた状態が、観た瞬間にA(またはB)のどちらかだけを通ったという現実に固定化される。というのが実験のデータから考察されることです。表面自我のフィルターでそれぞれ現実の解釈が違うというものとは別現象です。
量子力学の実験の方は、再現性のある客観的な実験結果です。

そうなると客観的とか主観的とかの厳密なわけ目はないよね?あらゆる科学実験も実験する者の見方によって
変わってきかねない。


→ 見方に寄って(観測者個人個人によって)変わるということではなく、観た時に(観測者全員の認識として)変わるということです。
スリットAを通ったという事実は、そこにいる観測者全員が共有する事実です。観測者ごとに結果が変わるわけではありません。1番めの粒子がスリットAをくぐったという事実は観測者全員が共通して確認することです。

するとここで問われてくるのは観察者の人間性の質だよね。人間性が高ければすばらしいものを低ければとんでもない物を
日々創造してるってこと?


→ 人間性が高い低いというより、目覚めているか眠っているかの違いとなります。目覚めて観ているとその人の真我が想うものが現実化されます。眠っている人は常に散逸した現実化を撒き散らしている。分子のブラウン運動と同じです。

ある意味、創造神の一端を担うのは禁断のりんごをかじった重さを担うことだよね。

→ 創造神の一端がりんごなのではなく、あべこべ装置という表面自我がりんごであると思います。エデンの園から追放される初期設定。ゲームの難易度を高めるために私達が希望した。あべこべ装置がりんご。

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今の日本の言語空間では改憲の国民投票はたぶん沖縄の知事選の内容に似たような結果になるかもしれません。60歳以上の大半の人はまだまだ家に鍵をかけなくても大丈夫と思っています。

→ 今回国民投票は因子的には内戦と同じように思えるのです。同じ民族どうし血を流すという事態にはならなく日本は本当に幸運だと思います。が実質は国を二つに分けて戦っている。
被害を最小限にして国を守るという因子を昇華させることができるといいなと思います。

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現在の私が選択、意識したことと辻褄が合うような過去が固定される…。そして、同時に選択に辻褄が合う未来の選択肢も固定化されるってことで良いのですか?

→ はい。私の現在の仮説ではうさロンさんの解釈のとおりです。ありがとうございます。

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その人が会社を退職したい旨を、上司に話した次の日から、周りの同僚達の自分に対する態度がよそよそしくなり、退職する話がもう広まっているのか、と思ったそうです。
数日後、思い切って同僚達に話しところ、本当に、誰もその事を知らなかった、と言う事でした。
みんな仕事に追われてただけで。
これって誰もがやる早とちり、取り越し苦労ですよね。


→ 表面自我とは、かくの如く自分の「思い込み」の世界で生きているということであります。この「思い込み」が漏電の原因でありますね。

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このようなタイミングで、百田尚樹さんが『日本国紀』を著され、竹田恒泰さんも自ら国史の教科書を執筆され、それが多くの日本の人々によって読まれることになる、ということの不思議を感じます。日本人の覚醒が、日本はもちろん世界の現実をどう選択し固定化させていくことになるのか、とても楽しみです。

→ 日本人の覚醒のために昇華しなければならない因子の大峠がここ数年の時代であると思います。舵取りが安倍首相で良かったです。年号が代わる激動の御世となるでしょうが。

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要するに、何かに囚われると意識がそこに固定されてしまう→
こんなこと起きて欲しくない等考える、或いは良い事が起きて欲しい→
意識力の強い方が固定される→
それじゃ人間はイヤだと思ってること程、囚われているから→
こんなこと起きて欲しくないと思ってる方が→
固定される=
だからイヤなことほど現実化されやすい。


→ それは因子という貯金表面自我というハンドルの二つの作用であると思います。

起きて欲しい現実A。起きて欲しくない現実B。とします。その両方が同時に存在している。観察することでどちらかに固定化される。

起きてほしくないB。これが起きたと想定して備える行動を継続する。そのことによりBが起きる因子は昇華されてしまう。その結果Bが起きる可能性はぐんと下がる。その結果Aが起きる可能性が高まる。これが代償昇華です。

逆に備えの行動は何もせず(代償昇華が行われず)Bが起きたら嫌だ嫌だと恐怖心や心配だけ。このように表面自我が起きて欲しくないBに焦点を当てます。から結果的にBを引き寄せてしまう。視線とハンドルの関係。

最悪の想定を備えて、それでもダメなら仕方ないと腹を括るというのは、
●Bが起きる因子は事前に代償昇華する
●そうなった時は仕方ないと表面自我が心配して引き寄せることを防ぐ
という二つを行うこととなります。

この結果にBではなくAという現実を固定化しやすくなる。わけです。
(`・v・´) ドヤッ!

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23 コメント

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シュレディンガーの猫がいっぱい (1633)
2018-10-23 09:22:17
若い頃に読んだこの本を思いながらブログを楽しみにしています。
過去への影響についての解釈ですが、身近な例でいうと、すごく辛い思い出(例:嫌なお客さんに苦しめられた)【悪い過去】
しかし後年、「あの経験があったから多少の事ではヘコタレない自分がいる。あの人に感謝」【良い過去】に変わる。
過去の記録は自分の記憶の中に存在するので視座によって変化する。現在の視座がどこに位置するかで過去の見え方が変わる。
そんな簡単な話ではない?違っていますか?
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書かせて下さい (UNKNOWN)
2018-10-23 11:10:53
まるぞうさん、ごめんなさい、 ここでぼやかせてください。
どう考えても売O法案にしかおもえません。 とっとと進めてしまって、、今の現状も把握しているのか、単に労働力の問題なのか。 これがアOノミクスの正体ですか。 とってもがっかりしてます。 これを止められるのが、災害なら、一蓮托生でうけいれねばならない現実。災害に助けてもらう人災ってどうなのか? この国としての守りはこの国の人で。期限でも切って、厳しい法案も作ってほしいわ。 
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顔文字に癒される~ (unknown)
2018-10-23 11:35:46
難しい内容も顔文字見ると( *´艸`)フフフとなります。仕事も勉強も癒しは能力アップにつながる
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Unknown (ホットココア)
2018-10-23 12:16:11
こんにちは。小学生の頃、遠くの祖母の家に遊びに行った夏休み。
帰りの車の中でいつも「祖母の家は普段はもしかしたらなくて、私達が遊びに行った時にだけ現れるんじゃないかなあ」と考えていたのを思い出します。ちょっと違う話かもしれませんが。

表面自我が、観察によって、すーっと消えたと思いましたが、また職場にいけば色々と起こり、 観察する余裕も、家事をする余裕もなく、帰宅後、倒れたまま、ただ、表面自我だけが動いていました。どう動いても、悪い方にいく。いっそ、動かずじっとしようとしても、動かないことが今度は仇となる。これも表面自我の「因果にお任せできないいわけ」かな?良心には沿っているつもりで、まるぞうさんが言うところの、挨拶を始め、ミスは一番言いづらい人に報告…までも実行しているつもりです。経験値が浅く、出来なくて情けなかったことや新しいことをやりそうな時は、事前と事後に、勉強もしていってますとなると、あとは、因果にお任せですよね。
仕事に関係のないことで、噂話や悪口が言われても、またそれを皆が信じていても因果にお任せですね。やっと、身体を起こせそうな気がします。やらなくちゃいけないことを一つ一つやります。本当は消えてしまいたいな。
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Unknown (Unknown)
2018-10-23 12:21:11
あ~オカシイ(*´艸`*)
返信する
何もかも自分次第。 (Unknown)
2018-10-23 14:47:27
最近は、特にわくわくした気持ちで読ませて頂いてます。
とにかく、面白いです。表現自我さんのつぶやきは以前の私そのものです。その時は視野も狭くて自分で何でも決め付けて全てを「自我で仕切っていた」のです。何をしても裏目裏目になるのです。たくさん躓き損をし自分を卑下してきました。
そうこうしながら歳を重ねて行くうちにあがけばあがくほど上手くいかないという結論に思い至りました。
最近は、「お任せ」の境地になれる事が多いです。そして自分でやれる事は出来る限りやってると奇跡みたいに物事が運ばれるという経験を昨今にしています。
そうなれたのは、自我の経験も良い経験だったのかもしれません。
「自分でやれる事は出来る限りやる」は良い因果への努力と相手への愛情と思いやりを思っていることかな、ということが今のところの感想です。そうすると何故か、四方八方ずずずいーと、「上手くいく」「何もかも上手くいく」のでした。それは、感動的だし、驚きでした。私の中にはない解決が起こりました。大げさに書いてますが、起きた事は、日常のささやかな事ではあります。
まるぞうさんの量子学のお話し、ミクロからマクロまで全てに貫徹しているとを思う時、何もかも自分次第であるという理屈が解る気がいたします。
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Unknown (tch)
2018-10-23 15:46:32
多くの人間が同じ現象を見ることについて、Rマハルシはこのように言いました。
何故なら、多くの見る者の背後に居るのは、ただ一人の見る者だからです、と。
なるほど!
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今日も面白い〜 (ココ)
2018-10-23 18:05:12
理数系ではないので、難しい話はチンプンカンプンな私ですが、まるぞうさんのブログは面白くて
惹かれます。きゃっ。←心の声。ギャ〜!←まるぞうさんの心の声?笑

『今ココに生きている』って、本当に奇跡の連続なんだなあと思うこの頃です。
私みたいな小さな存在でも、他に大きな影響を与えているという事実を毎日毎日実感させられると、ちゃんとしなくちゃとか、言葉1つ発するのも責任重大じゃん!って思いますね〜。
人間て凄い!
なんかもう、ありがとうしか出て来ないんですけど。
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理解するには。2 (Unknown)
2018-10-23 19:27:55
まるぞうさん、ドヤ顔入りで有難うございます。思わず、爆!
要するにはですが、分かりやすくまとめるとですね、んー、一般的に表現するところのマイナスと言われる部分を意識することで(注視、ドンとこいと構える)プラスの現実しか起こらない。。

プラス思考表現して下さっている、私の表現しきれ無かったそして違いは、

注視やドンとこい!的なマイナスBをその様に捉えると固定化されマイナスが起こらなくなり、プラスAだけが残る、、それにより危険因子マイナスBは起こらなくなりますよーでィィのかしら、、
(表現力も難しいものですね。伝える力?伝えたい力?!これらにも気付かせて頂けました。学! 皆さんのコメもよく読んでみます!!)
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地震雲のご報告です (Unknown)
2018-10-23 19:52:43
今日の夕方
福岡県北九州市
大きな、斜め上から横にかけて連なる太い雲
を見ました。
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