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質素倹約について考察する。その4。


私達にはお金を大切に守る義務がある。

 毎日の労働で「どうもありがとう」という気持ちで貰える給料。これは本当に貴重なものです。これは自分と家族を守ります。ですから 私達もこのお金は大切に守らなければなりません。

 ただし、大切に守るといっても、執着するのとは違います。
 またこのお金を元手に、一攫千金を狙いにいくのももっと違います。

 世の中には詐欺話も多いです。いつも最悪を想定して、大切なお金を失わないようにする注意が必要です。
 またタンス預金は災害があった時に無くなってしまう可能性が大きいです。大切なお金は利息が低くても、きちんと銀行に預けるなどの配慮は必要かと思います。



そのうえで執着しないこと。

 ただ自分が最善を尽くして注意しても、大切な虎の子を失うことも、人生においては起きうるでしょう。そういう場合は「仕方ない」とすっぱり諦めることも大切であろうと思います。

 もともとあの世にはもっていけないものです。お金とはいつかは手放すものです。最大限の注意を払っても、失うものはもう「仕方ない」ことであります。

 本来お金に執着しないことは大切でありますが、その大前提が、最大限の注意をもって「守る」という行為があったればこそ。であります。実は「執着しない」という想いは「最大限大切にする」という行為とペアなのでありました。
 人生の達人とは、最終的には生に執着しない心境でありましょう。ただしそれは、この社会の一員を生ききった行動を通してのみ、自然と生まれるものであります。これと同じであります。



因子は消えることがないから。

 もともとあの虎の子貯金の本質は、社会からの「どうもありがとう」という気持ちが具現化したものでありました。その具現化したお金という表面的な形が、消えたとしても、その因子は消えることはありません。
 それは陰陽の科学であります。陰と陽は同時に生成される。片方は目に見える事象として、片方は目に見えない因子として。
 社会に対して労働する。社会に与える。その労働という表面事象は同時に、今度は自分が社会から与えられる。守られるという因子を生み出します。これが給料の本質であります。

 このため私達の労働の対価の給料が、自分や家族を守ってくれる。「労働と給料」これに対して、そのような見方ができます。
 そしてこの見方がユニークな点は、表面のお金の執着。この見方も変えてくれることであります。

 たとえ表面上のお金が消えたとしても、「どうもありがとう」という因子は消えずに残っております。したがって、その因子は「お金」という目に見える形ではありませんが、「幸運」という目に見えない形で、自分や家族を守ってくれます。

 自分が社会に労働という形であたえ、相手から「どうもありがとう」とう気持ちを受け取ったならば、それはその因子を使い切るまでは、残るのでありました。

 ただし自分が不注意で甘くて虎の子を失った場合。この場合は「どうもありがとう」の因子も大部分は消えてしまいます。私達は生きている限りは、生活の中の些細な警告に注意を払う義務があります。
 周囲の人が注意してくれていたのに、自分でもちょっとおかしいかなと思っていたのに。そういう中で、自分の甘さで失ったもの。それは帳尻があってしまいます。相手からの「どうもありがとう」因子も、自分の油断と甘さで帳消しになってしまいます。



つづく



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