おひるね茶家だより

北名古屋市中之郷のカフェ&ギャラリーです。お野菜中心のお昼ご飯を作っています。ご予約は0568-21-0048へ

片づけが・・・・・・

2018-11-14 19:55:17 | Weblog
おひるね茶家を閉めてから2週間、二人でコツコツ・ボソボソと片付けています。
13年前、おひるねを始めようというときには、要らないものをただひたすら捨て
るだけでしたが、今度は、お客様などにおわけするもの、業者さんに引き取っても
らうもの、私たちが持って帰るもの、処分するものなどと仕分けしながらの仕事、
なかなか進みません。

特に母親の集めた陶器類は、私たちに「すききらい」の判断はできても、「価値」
の判断はほとんどできません。また、たとえ持って帰りたいと思っても、我が家に
はそれほど大きなスペースがあるわけでもなく・・・・・。

とは言え、最後の仕事をする中で、たくさんの邦生ファン、佐保子ファン、科子フ
ァンの方たちとお話ししながら、我が家もそんな方々の集える場所になればという
思いも募ってきて、思案投げ首の片づけ仕事です。

そんな中、12日には解体の前のお祓いをしていただきました。子供たちも参加し
て神妙にお参りをしました。神主さんも丁寧に時間をかけて下さいました。
オジサンも、祝詞を聞きながら、この家の辿った道のりに感謝の思いがこみ上げて
きました。



曾祖母が早くに曾祖父を無くしたため、再縁したのがこの家、幼い祖父など3人を
育てることができました。その後、祖父は丁稚奉公から事業に成功し、名古屋に大
きな屋敷を構えます。しかし、その後事業は傾き、名古屋の空襲で一家は焼け出さ
れます。幸いにして、この家が残っていたため、私たち家族ばかりでなく、家を失
った親戚3家族もここに住むことができました。

親戚は順に名古屋へ戻って行きましたが、私たちはここに住み続けます。私も大学
まではここに住んでいました。2002年に母が他界した後は、しばらく空き家で
したが、その4年後にはおひるね茶家を始めることになりました。

その後のことはご承知の通りです。
お客さまから「素晴らしい時間をありがとう」と言って頂くのが嬉しく、この最後
の7週間には、もっともっと嬉しい言葉をたくさんかけて頂きました。
カミさんと二人で「ボクたちって幸せだね」と言葉を交わしています。

 ほんとうにありがとうございます。

そして、100年、以前の家を加えれば140年ほどにわたって私たちを支えてく
れたこの中之郷の家にも心から感謝しています。

もうしばらくでおわかれです。 ありがとう。
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オジサンたち頑張ってます。

2018-11-04 20:17:48 | Weblog
10月28日に最後のおもてなしをした次の日から、片づけを始めました。

29日には、学習院の方たちが邦生・佐保子にゆかりの品ばかりでなく、母・科子の
作品なども一気に梱包して、お持ち帰り、その手際の良さはさすがと感心しました。
残ったのは、ほとんど2人の本くらい、これらは名古屋の家に持って帰ります。

30日は、ゴルフでオジサンは一服です。この1ヶ月まったくクラブを握っていませ
んでしたが、下手さは変わりませんでした。
ゴルフちゅうのはそういうもんや、な?

31日から今日4日までは頑張りましたよ。
持って帰るもの、捨てるもの、古物商に任せるもの、時にはお客さまに差し上げるも
の、あるいはお求めいただくもの、かなり進み、家の中がすっきりしてきました。



こういう仕事はナニの独壇場ですから、オジサンは言われるままに、運んだり、ゴミ
にしたり、車に積み込んだり・・・・・とにかくほこりっぽいので、鼻水を垂らしな
がら働いています。

オジサンのこれまでの人生でこれほど働いたことはないのです。
ホントのことですが、オジサンが懸命に働いたのは2回だけ、名古屋の新しい職場が
オープンした日と、そこで大きなイベントが始まったときはすごく働いた記憶がある
のですが、その他は遊んでいるのか、働いているのか・・・・・。

ということで、疲れた時には「ベトコンラーメン」が合言葉。
昨日の夕方、オジサン「疲れた」、ナニ「ベトコン行く?」です。
ギョウザとラーメン(ベトコンは食べません)、ビール。
おかげでぐっすり、今日は元気です。
オジサンは短距離型なので、すぐバテルけれど、スグ元気になります。

ということで近況報告。明日と明後日は別のことをします。

そうそう、あしたのお昼はあんかけチャーハンを作ります。


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ありがとうございました。

2018-10-28 20:07:22 | Weblog
今日、2018年10月28日、おひるね茶家はお店を閉じました。
2006年3月1日、オープンして以来、12年と8ヶ月、皆さんの応援のおかげで
今日まで続けることができました。
ナニとともども心からお礼申し上げます。



写真でご覧のように、門は斜めにかしいで、今にも倒れそうです。この家を眺めながら
やっぱり終わりかなとつくづく思います。

始めるときは、3年くらい頑張るか、せっかくだから5年か、などと思いながら、10
年を越え、とうとうここまで来てしまいました。

初めは、母の念願だった「工芸館」として、彼女のお仲間と、2012年からは、「邦
生と佐保子の部屋」として、二人のことが大好きな皆さんと心を通わせながら、実り多
い日々を過ごすことができました。

もしこの12年がなかったら、私の後半生は・・・などと考えても意味のないことです
が、それでもやっぱり「おひるね」をやってよかったとつくづく思います。

あまり努力するとか頑張るとかいうことが好きではないので、テキトーに力を抜きなが
らきたことがよかったのでしょう。とは言え、えらそうな亭主づらのオジサンの大して
美味しくもない料理に、ムリヤリ「美味しい」と言わされた皆さん、ゴメンナサイです。
  ・・・でも、最近ちょっと美味しくなったよね。

できそこないの息子か、末っ子の弟とかにそそぐような優しいまなざしで、オジサンを
みて下さった皆さまにはとにかく「ありがとうございました」と申し上げるほかありま
せん。

明日からは、あの家の整理が始まります。その様子もお伝えしながら、もうしばらく「
おひるね茶家だより」を続けるつもりです。どうぞよろしく。

ほんとうにありがとうございました。

そして、愛するナニに「ありがとう」
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おひるね茶家のお客さまは

2018-10-15 17:22:34 | Weblog
どこのお店も閉店セールとなると大忙しのようだが、おひるね茶家も例にもれず
千客万来である。今週がいよいよピーク、火曜日の特別営業も含めて、40名近
いお客さまをお迎えする。オジサンの体力維持のため昨日日曜日をお休みにした。

あちこち買い物のあと、ナニが寿司を食べたいという。おひるね茶家で忙しい思
いをさせ、しかも NO PAY の弱みがあるオジサンは「いいよ」。
もちろんクルクルだけれどSSRは美味しかった。150円皿の設定が増えたため
か、ネタも大きく、新鮮で大満足でした。

今日は朝からたくさんの仕込みをして、明日からの5日間を頑張ります。

ところで、ここのところのお客さまはそれぞれの思いがあって、おひるね茶家に
いらっしゃるせいでしょう。皆さん、ゆっくりゆっくりおひるねライフを楽しん
で下さるようです。遠くからの辻邦生・佐保子ファンも、科子から工芸を学んだ
方たちも、お近くの古いものがお好きな方も、それぞれの時間をお楽しみ、私た
ちも皆さんとお話ししながら、忙しくも豊かな時間を過ごしています。

そして、まことに申し訳ないことですが、28日の最終日まで、予約が埋まって
しまいました。1人だけなんとかという日もなくはありませんが、なかなか難し
いです。

展示してきたもののうち、わずかですがここ八事の家に持って帰り、少しはそれ
らしい雰囲気にしたいと思っています。この後は、ぜひ私どもをお訪ねください。
そのうちにまたご案内します。

さてさて、何の関係もないお話ですが・・・・・。
中日ドラゴンズはどうしたんでしょう?6年連続Bクラスというのは、戦前のプ
ロ野球設立直後しかありません。今年も新しい監督を迎えましたが、組織の上の
方は変わりません。組織の活性化や革新のために必要なのはトップを変えること
が最大の方法だと思いますが、いかがでしょうか?
グランパスも弱いね。これはどうして?名古屋と豐田の二重フランチャイズのせ
い?それとも巨大な自動車屋さんが邪魔かしら?
ちっとも楽しくないね。名古屋のスポーツファンはあかん!



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余すところ3週間

2018-10-09 16:47:18 | Weblog
ちょっと暑いですが秋らしい好天が続いています。
昨日は、この街の秋祭りでした。オジサンはお当番で朝からお手伝い。
こども神輿の先導で拍子木を叩いて歩くのはちょっと照れるな。
この地域は、住民の年齢層に偏りがなく、若いファミリーから高齢者まで
バランスよく暮らしている。子供の数も多くまだ子供会もきちんと存続し
ている。
そこで子供会のバザーをしており、オジサンは300円で1人用の土鍋を
買いました。さっそく、今日のお昼は煮込みうどん、美味しかった。

明日は小学校の同窓会のため、今日1日頑張って、今週の買い物や仕込み
を終わりました。忙しくなることが目に見えていたので、今の献立は比較
的楽に準備ができるものを選んでいる。なかで「揚げ浸し」だけはちょっ
と手間がかかっている。なす・ながいも・ズッキーニ・れんこん・にんじ
んを薄くスライスして素揚げし、薄味のおつゆに浸したもの。全部がまる
い形で彩りもきれい。オジサンにしては珍しく見た目勝負?
でも忙しさは来週がピークで、これはちょっと無理かな?

おひるね茶家は今月28日まで、ご予約を受けられる日はほんのわずかに
なってしまいました。申し訳ありません。

また、11月上旬の何日かに、家具調度や一部の作品など、ご希望の方に
お頒けする機会を設けるつもりです、日程が決まり次第ご案内します。
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オジサン 大忙し

2018-10-01 19:50:25 | Weblog
昨日、台風24号はオジサン家の真上を通過した(?)のかしら、名古屋をあっと
言う間に通過、思いのほか被害も少なかったようで何よりでした。

ところで、おひるね茶家はあれ依頼、千客万来はちょっとオーバーだけど、オジ
サンはとっても忙しい。昨日は嵐をものともせずにお越しになった方もあり、新
幹線がとまって、無事どこかにお泊りになれたのかしら?

そんなことで、10月のご予約もたくさんいただいております。すべての営業日に
ご予約が入り、これからは一度に多人数のご予約を受けられる日はなくなってし
まいました。
こんなに忙しいのは何時以来かしら?とにかく頑張ってるよ。

と、こんな時に我が家の給湯器が壊れました。お風呂に入れません。昨日の嵐の
中、お風呂屋さんに行くこともできず、くさい一晩を過ごして、今日の午後、初
めて「スーパー銭湯」なるところに出かけました。ゴルフ場のお風呂くらいのつ
もりで出かけたら、えらいこっちゃ!タオルはないし、ロッカー用のコインがい
るし、オジサンはウロウロするばかり。またナニに叱られました。

ところが、ここになんと昔ながらの中華そばがありましたよ。550円でチャー
シューもゆで卵も入って、美味しかったよ。ナニが出てくるまでにナイショに食
べるつもりだったのに・・・・・。チャーシュー大好きのナニにばれて、また叱
られちゃいましたとさ。

明日から、もう買い物や仕込みが始まります。がんばれ!

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松本に遊ぶ

2018-09-08 16:08:55 | Weblog
やっとやっと松本に行きました。
とにかくあのフレンチのお店に行きたくて・・・」とはナニの気持ちです。
すこし早めに着いたので、松本城の天守閣にも登りました。黒壁の穏やかなお城ですね。

さぁお昼です。
最初のスープの美味しかったこと、ほんのり酸っぱい青いトマトのスープ、これはすごい。
前菜の次は、スズキ。これは蒸し焼きかな、ソースなどは記憶にない。次は本来ならお肉料
理なのですが、苦手な食材でしたので、鯛の衣揚げに変えて頂きました。



そして、デザートはチーズのムースとフルーツ、これも美味しかった!
コーヒーには、「これはおまけ」と写真のようなマカロンなど3つのお菓子を添えてくださ
いました。これがまたびっくりするほど美味しい。



オジサンたちのことですから、お店では一番お値打ちのコースを食べましたが、さすがのナ
ニも上のにすればよかったかしら、などと申しております。

ナニはまだ子供たちが小さいころ、私の母に連れてきてもらったことなどお店の方にお話し
しておりました。上等のポストカードなどいただいてしまいました。
ああ来てよかった。お店の名前は「鯛萬」、みなさんご存知ですよね。

そのあとは、中町通りやなわて通りなどゆっくり歩きました。母が愛した「松本民芸」そし
て「ちきりや」では彼女が愛用し、今もおひるね茶家に残っているお皿などがあり、彼女は
ほんとにここの素朴な味わいの品が好きだったと再認識しました。最後にあのマルモでコー
ヒーを。マルモ旅館は今も泊まれるとのこと、ちょっと残念。



ここまで来たら旧制松本高校や信州大学にも挨拶は欠かせません。
今は旧制高校記念館として残っていますが、このあたりを邦生や北さんはウロウロしていたの
でしょうか?



最後に「旧開智学校」にも寄りました。明治の初めに作られた小学校がそのままの姿で残さ
れているのは素晴らしいですね。長崎の教会もそうですが、日本の大工さんが作る西洋建築
風の建物って素敵ですね。
そして、長野の教育にかける熱意も素晴らしい。



そして、泊まりは安曇野の温泉ホテル、あまり期待していなかったのですが・・・・・
私たちのチョイスした和食のコースはとても美味しく、サービスも行き届いて、大満足。
前菜・椀物(エビしんじょう)・おさしみ(信州サーモンなど)・焼き物(伊勢エビ?)・
お肉(しゃぶしゃぶor石焼)・天ぷら(イワナ)・うな茶づけ・デザート・・・・
お腹いっぱい。

朝ごはんも美味しかった。オジサンはいつものように和食と洋食ごちゃまぜ、わさびのりの
おかゆなど大満足です。
このホテルは開業ナン周年とかで記念のサービスらしい。

さて、今日の最初は「禄山美術館」、オジサンは禄山が萩原守衛だとは知りませんでした。
ロダンに学び、光雲と交ったという作風、あの力強いゴツゴツした作品は大好きです。



守衛の夭逝を悲しむ光雲の詩碑もあります。



隣の中学校です。長野らしいので写真を撮りました。



わさび田にも寄りましたが、遮光ネットに覆われてつまらない景色でした。
お昼は予定通りお蕎麦、オジサンは温かいわさびそば、ナニはもりそば、これもグッド・
チョイスでした。
とにかく、美味しい旅でした。二人とも大満足でした。






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刀折れ矢尽きて

2018-09-02 21:03:25 | Weblog
もう9月になってしまいました。
そろそろ再開の準備をしなければと思うこの頃です。

それにしても極悪非道もきわまった感のある夏の暑さでした。
そんな暑さの中、植物への水やりのために時々はおひるね茶家に通っておりました。
伸び放題に伸び、我が物顔に庭や畑を侵略する雑草をながめて、とうとう降参!と
白旗を掲げた次第です。

おひるね茶家や科子工芸館、邦生と佐保子の部屋を、この秋で閉じることにしました。
最後の営業は、下記のとおりです。

 ◆9月13日(木)~10月28日(日) 木曜日~日曜日

まだまだ暑い日が続きそうですので、食べる方も作る人も大汗をかきそうですが、そ
れもまたおひるね、かもしれません。

思えば、まもなく会社生活も終わろうとするころ、3年あまり空き家だったこの家を
かたずけ始め、「そう言えば、おふくろは自分の作品を飾る工芸館を作りたい」など
と言っていたのを思い出しました。それじゃカフェでも、いっそごはんもなどと、大
それたことを考えたものです。

たまたま1年ほど「男の料理教室」に通っていたこと、「あなたのつくる料理は美味
しいよ」などとおだてられ、ほめられると木に登ってしまうのがB型のいいところ、
・・・わるいところかも・・・おひるね茶家のスタートです。

いろいろ苦労もあったかもしれませんが、幸いにして何でも忘れてしまう人ですので、
あまり深刻に考えもせず、12年と半年が過ぎました。
とにかく「美味しい」と言っていただくのがうれしくて、場合によってはムリヤリ言
っていただくこともありました。ただやさしくマナーのいいお客さまに恵まれて、ほ
とんど残さずきれいに召し上がっていただきました。わたしにとってこれにすぐる喜
びはありません。
 ありがとうございました。

おひるね茶家の土地は売却することになりますので、この家は年内に取り壊します。
母の作品や辻のもの、家財など我が家に持ってこられるのはわずかでしょう。
残ったものの処分をどうするかこれが私たちの大きな宿題になりました。

少しずつ庭の片づけも始めました。
ご都合のつきます方、どうぞお出かけください。
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ギリシャは遠かった(その2)

2018-07-11 19:41:13 | Weblog
6月26日 火曜日
いよいよ後半、今日は早起きしてエーゲ海のクルーズです。
それにしても、このホテルではモーニングコールが一度も鳴らない。建物は立派だし、立地もいいのに
評価のランクが低いのは食事やサービスの質のせいでしょう。昨年のクロアチアでも同名のホテルに泊
まったとき、立地はいいのに設備はひどかった。

これはホテルだけではなく、空港でさえも、トイレには必ずゴミ箱が置いてある。どうやらペーパーが
水に溶けにくいからか。水不足のためか、原則としてペーパーはトイレに流すなということらしい。

アテネの港から乗船、しかし雲行きがあやしい。寒気団が上空にあるのか、ギリシャには珍しく太陽が
顔を出さない。おかげで涼しいけれど・・・・。船に乗っている間も、上陸しているときもしばしば、
にわか雨が降ってきた。幸いにしてオジサンはハレ何とやらと一緒なので安心です。



イドラ島・ポロス島・エギナ島とまわるが、湾内なので波は静か、しかしお天気のせいで風景を楽しむ
ことはできない。島に上陸しても、同じようなお土産屋さんやレストランがあるくらいで、ほとんどま
る一日かけたクルーズとしては<?>かな。ただ、お昼の船上ブッフェは品数も量も多く、味もしっか
りして美味しかった。

そして、最後のエギナ島はピスタチオが特産とか、農協の売店がお薦めとか、ナニも少し買いました。
この島で、街をぶらぶらしているとき、八百屋さんでナニがプラム:0.96と表示されているので
1つとって1ユーロを渡し「釣りはいらねーよ」とカッコよく言ったらしい(英語で?)。するとお店
の人がびっくり・・・・「ノー!ノー!ノー!!」、いっぱいお釣りをくれました。どうやら1KG単位ら
しい。

そして、レストランで美味しそうなスパゲッティを見つけました。「エビ・タコ・イカあるよ」なんて
呼び込みをしています。もちろん、トマトソース味です。この旅行中、一番美味しく感じられました。
お値段は1500円ほどですから、日本とほぼ同じですね。
そしてラッキーなことに私たちが食べている間だけ、土砂降りでした。

ホテルに帰るのがずいぶん遅くなりましたが、おかげでオジサンたちは夕食いらずでした。


6月27日 水曜日
もう帰らなくてはなりません。最後はいよいよパルテノンです。

出発までの数時間、いわゆるアテネの市内観光です。
ギリシャは基本的に車社会のようで、アテネ市内は渋滞が当たり前のようです。それでも、トラム・ト
ロリーバス・連結バスなどたくさん走っています。地下鉄もあります。
写真は市内観光専用の2階建てバス、いずれもきれいなカラーリング、オジサンも乗ってみたかった。



ゼウス神殿、国立考古学博物館そして古代オリンピア競技の行われたパナシナイコ・スタジアムなどをチェック、写真は戦没慰霊碑の前で衛兵の交代式の様子。



いよしよ、アクロポリスの丘へ、オジサンの下手な解説よりもどうぞ写真を見てください。

いわゆる山門のような入口です。かなりの勾配を登ります。



丘の上から円形劇場ごしにアテネ市内を望みます。



4人の女神が支えるエレクティオンです。



さあ、私たちの旅の最終目標、パルテノン神殿です。少し明るい陽ざしのあるものと雲の間からわずかに
光の漏れるものと2枚の写真をアップしておきます。





辻邦生はその生涯で最高の啓示をこの地で受けたと書いています。ひょっとしたら下の写真のようなパル
テノンだったかもしれません。幸か不幸かオジサンには啓示は訪れませんでしたので、今も平和にこのブ
ログを書いている次第・・・・。

この夏も、学習院大学の史料館では「辻邦生展」が開かれます。今年のテーマは「背教者ユリアヌス」、
他の存在を許さない偏狭なキリスト教を国教と定めたローマを、ギリシャの神々の国に戻そうとするユ
リアヌスの治世を描く大長編です。少年の、男のロマンをくすぐります。

世界に偏狭な一国主義がひろまる今、彼(ユリアヌス?邦生?)が何を思うのか?


夕方、アテネを発ち、またドバイと関西空港を経て、翌日深夜名古屋に帰りました。

ちょっと疲れました。

明日から涼しい軽井沢で遊んできます。

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ギリシャは遠かった(その1)

2018-07-07 16:38:14 | Weblog
6月の下旬、ギリシャに行きました。
オジサンたちは個人で海外旅行をする能力を著しく欠いているので、ツアーに乗っからざるを得ま
せん。となると、ギリシャは地球の果てまで行けるほどの時間がかかります。

6月21日、午後2時我が家を出発、名古屋駅⇒(バス)⇒関西空港⇒(エミレーツ)⇒ドバイ⇒
(エミレーツ)⇒アテネ⇒(バス)⇒デルフィ(ホテル着) 6月22日 午後7時
 29時間に、時差6時間を加えて合計35時間かかったことになります。
よほど心を緩くしておかないと耐えられません。
オジサンたちは空港のラウンジなどを探して(ナニの生きがいです)時間をやり過ごしました。

飛行機は、行きも帰りもほとんど満席でした。ヨーロッパもアメリカも夏休みが近いせいでしょうか?
いつもこんなだったらら、エミレーツは儲かるでしょうね。いろんなところでスポンサーになって
ますものね。サービスや食事はボチボチの手前くらいでしょう。

デルフィのホテルは小高い丘の上、リゾート風のきれいなところでした。予定していたホテルが水
まわりの故障で変更になり、お詫びにと上等のチョコレートをもらいました。とってもラッキーで
す。夕ご飯はチキン、朝ごはんのクロワッサンはここが一番でした。



遠めですがオジサンの姿をお目にかけました。
 ・・・・・足、短かっ!


6月23日 土曜日
この地のアポロン神殿などを見学します。が、基本的にほとんどなにもありません。紀元前6世紀
ころのもので、ほとんどが土台しか残っていないのです。時間の経過はもちろん、他国の侵略や支
配者の交代など、我々日本人の想像できない変動の結果ですね。



この時代、この地は世界の中心と考えられ、巫女(ピュティア)を通して信託を受けた神殿も、
列柱6本が復元されているだけです。ここでは、オリンピアと並ぶもう1つのオリンピックも行
われていたとか。ガイドさんによれば、ギリシャでは目でカタチを見ようとしては行けません、
頭で想像を膨らませて下さい。その通り!



ここで出土した品々は近くの博物館に展示されています。たくさんの彫像やブロンズ像、金細工な
ど、当時の人々の高い技量と知識を感じることができる素晴らしいものです。

お昼は、この街でロールキャベツを食べました。ホワイトソースで煮込んで、とても美味しかった。
ギリシャ料理は和食より前に世界遺産に登録されたとか、それなりに丁寧に作られてどれも美味し
いです。

午後は、「オシアス・ルカス修道院」 10世紀ごろ、ビザンチン様式の教会があります。当時の
ままのフレスコ画やモザイクが見事です。



その後、リヴァディア・クリア地区を歩きました。美しい街並みですが、ここも日本の商店街と同
じようにシャッターを閉めた店が散見されます。
泉から湧き出た水が清流となっていますが、この水は人の記憶をつかさどると・・・・。
全てを忘れて幸せになるか、全てを記憶して賢くなるか?
オジサンは水など飲まなくても、幸せですよ。

この旅行中、ギリシャには珍しく、お天気が悪く、なんども雨に降られました。この日も移動中の
バスで何度も降られました。おかげで暑さはそれほどでもなく助かりました。


6月24日 日曜日
デッルフィからすぐ近く、メテオラの修道院群を訪ねます。

すでにホテルの窓からも眺めることができたのですが、ほとんど垂直に切り立った岩山が続きます。
海底から隆起した礫岩や砂岩が浸食された断崖絶壁の頂上に6つの修道院があります。いくら修行
のためとは言え、どうやって建設資材を運び上げたのでしょう。すでに、10世紀ころには洞窟な
どで修業する僧がいたとか、その後セルビア王国の支配時代に建設が始まったとのことです。
私たちはなかでももっとも規模の大きいメガロ・メテオロン修道院を見学しました。駐車場から歩
くのさえ息が切れます。修道院のテラスから見下ろすと足がすくみます。





もう1つ見学した、聖ステファノス修道院は第2次大戦でドイツ軍の爆撃を受けましたが、その後
再建され、女性専用の修道院になっています。

ランチは、マッシュポテトでミンチ肉などを挟んだムサカでした。

その後、トリカラの城砦跡やセルモ・ピーレス(スパルタとの戦場)などを経て一路アテネへ、約
400キロの移動です。

さて、ギリシャは人工の30%以上が農民という農業国です。車窓には、牧草地のほかぶどう畑、
オリーブ畑やトウモロコシ・じゃがいも・青菜などの栽培地が広がります。やはり雨が少ないせ
いでしょう。あちこちでスプリンクラーで散水する様子が見られます。電線ケーブルを巻くよう
な直径3Mほどのホース・リールもあちこちに見られます。それでも、ジャガイモなどは十分育
っているようには見えません。水不足とくに地下水問題は深刻だと思いました。とにかく、ほと
んど川がありません。食事には野菜が豊富で、トマトやキュウリ、スイカなどが出ていましたが、
それらの栽培地は見られませんでした。



八百屋さんの店先で見たスイカです。0.50とありました。どうや1KGあたりの値段のよう
です。かなりのデカサで10KGほどありそう、それでも600円から700円くらい?

そして、高速道路もよく整備されているようです。日本で言うETCはまだ始まったばかりか、
人のいるゲートが大半です。しかし、写真のようにそのゲートの多さには驚きました。



今日の夕食は、ホテルの近くのカフェでサンドイッチやハンバーグ、ビールを買って、部屋で食
べました。トータル5ユーロ??

6月25日 月曜日
今日はペロポネソス半島をドライブします。

最初にコリントス運河を渡ります。大きく言えば地中海とエーゲ海を結ぶ延長6KM、幅28M,
深さ87Mのもの、スエズ運河の開通などに刺激されて作ったものの大型船時代には適応できず、
今では観光船用かバンジーのジャンプ台か?



そして、ミケーネの古代遺跡は、ここも朽ち果てて砂に埋まっていたものをあのシュリーマン博
士が発見、古代都市の城砦や王族の墳墓があり、多くの埋蔵品も出土したという。BC15世紀
ころ、ここの王、ミケーネ・アガメムノンはトロイ戦争で、ギリシャ軍の総大将を務めたという。



お昼は、大きな木の下でピーマンやトマトのチャーハン(?)詰め、ゲシスタ(イェシスタ)と
いう名物料理。前菜やサラダもついていたのでオジサンでも半分残しました。

この後、今回のツアーの呼び物の1つ、オドントス登山鉄道に乗りました。約1時間、山間の渓
流に沿って走りますが、これがちょっと残念な・・・あまりに残念な!


 
車両がスイス製の新しいものに変わったせいでしょうか?

この日の夕食はホテルで・・・・これもびっくりするほど残念な・・・・。
私たちは、近くの大型マーケットでお土産や口直しの品を買って過ごしました。
ちなみにスーパーで買うビールは100円くらいです。

ちょっと一服です。





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