京都の長岡京市会議員の小原明大(おはらあきひろ)です。九小・三中・西乙・神戸大卒。ツイッター・FBもお願いします。
おっはー!



国葬について・・

「声をあげたい」の声があり、急きょですが25日(日)26日(月)に長岡京でもアピール行動を企画しました。

準備する元教員と元学童指導員がなんか楽しそう。「こういうのようやったわ~」





先日は市民グループが取り組まれたアピール行動に参加したら、尾嵜百合子・大畑京子の元市議が来られていて、感激しました。

尾嵜さんのスピーチ。「お友達のためばかりの政治をしてきた人を、なんで国民みんなで国葬しなきゃならないの」ホンマそれ!と思いました。



僕が国葬に自分なりに一番引っかかっているのは、国会にかけたり野党と相談もなかったことです。



吉田茂元首相の国葬が閣議決定でなされた際も、当時の首相は社会党の幹部に話をつけた上で行ったそうです。

いま、野党にもなんの相談もなく一方的に決める。

弔いだから文句も言いにくいだろう。国民もムードに流されるだろう。そんな思惑が透けて見えます。

・・いや、そもそも話をつけとくなんて発想自体がないのかもしれない。


この「意見の異なる人たちを無視し、力でねじ伏せる」「分断を平気でつくる」やり方が、まさに安倍流の政治だなと思うのです。

例えば「こんな人たち」というのがありました。「日教組、日教組」とかも。



私は単なるお葬式なら、自民党の方のでももちろん行っています。

でも「国葬」なら、行くわけにいきません。

行ってしまったら、こういう無法と、「話し合わずに力でねじ伏せる」政治や社会のあり方を、追認してしまうような気がするから・・。


「力でねじ伏せる」ことだけを考える風潮は、世界でも広がっています。

こんな時こそ、分断されずにいよう、話し合うことを大事にしよう、取り残される側に立とう、そういう姿勢をとりたいです。

(お習字はおかねともこさん作)



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