ちかさんの元気日記

辛いことを乗り越えて元気に生きている私“ちかさん”の
涙と怒りと笑いの介護記録。

ケイコ日記―その4

2016-09-10 02:19:52 | 日記
「パパ、栄養つけなきゃダメ!」
「ほら、これも食べなさい、あれも食べなさい!」
「わがまま言わずに食べなさ~い!」

自称・栄養士の資格を持つケイコは
夫であるハルオの御飯茶碗に
自分のおかずをポンポンポンポン投げ入れる。

その行為は、かねてから周囲の顰蹙(ひんしゅく)を買っていたし
何よりもハルオの悩みの種でもあった。

「いらねえっていうのに、ばあさんが寄こすんだ」
「アイツもボケてきて困ったもんだ。本当にすんません」

弱り果て、職員に謝りながらも
致し方なくケイコが投げ入れてくるおかずを平らげ
超ビッグな爺に成長していったハルオ。

そのハルオがついに爆発した。

「食べなさい」
「いいや、いらない」

「栄養失調になるわよ」
「いいや、栄養過多だ」

そんな問答を繰り広げているうちにヒートアップし
二人のケンカは食堂中に不穏な空気を漂わせ始めた。

やばい!
どうすればいい?

そんなことが2、3日続き
私たち職員は検討の結果、二人を別々の席に座らせることにした。
しばらく二人に冷却期間を持たせようという判断だ。

同じ食堂内の端と端に座ってご飯を食べるハルオとケイコ。
理由を説明され、納得しているハルオは
おかずを投げ入れる女房がいないことで
のんびりと自分のペースで食事をしているが
ケイコはそうはいかない。
最初の数日間は「ご主人は足が痛いのでお部屋でお食事しています」
という説明に納得していたが
それはおかしいと、だんだん気づく。

そして、きのうだ。

目の前に夫のいない食事のテーブルで
食事にまったく手をつけようとしないケイコ。

どうしたの、ケイコさん?

ワケを聞くと、彼女が神妙な面持ちで言った。
「ご相談したいことがあるんです」
なあに?
「主人、誘拐されたようなんです」
は? ゆーかい!?
「はい。この目で見たんです。犯人はここの女性でした」
ゆーかいってことは、ケイコさん、身代金でも要求されたの?
「いいえ、女性の目的はお金ではなく…主人の身体のようです」
ってことは、誘拐ではなく、誘惑、されたんですね?
「あ、そ、そうそう、誘惑です」
でもケイコさん、ハルオさんはそんな人ではないと思うけど・・・
「だから、あの女がいけないんです! もう離婚です!!!」

激しく口論する夫婦仲をなんとかしようと
しばし食堂の席を離しただけのはすが
まさか、夫の浮気問題に発展するとは思いもよらず・・・

レビー小体型認知症のケイコ
彼女の妄想は介護職員の知識と理解を
超スピードで駆け抜けてゆく。








しぶとい

2016-09-05 00:35:25 | 日記
たびたび恐縮ですが、今宵もカヨコのお話。
(8/27「心は折れるが…」参照)

昨夜のことである。
夕食の援助でカヨコの部屋にいたヘルパーから
事務所にコールが。

「た、大変です。カヨコさんが、カヨコさんが!!!
誰か、早く来てください!」

職員が急行すると、カヨコが食事のテーブルに突っ伏している。
脈はあるが、どんなに呼びかけても反応しない。
すわっ、緊急搬送!!!

救急車を待つ間ヘルパーから話を聞くと
何口かおかずを飲み込んだところで
突然ス~ッと気を失って倒れたのだという。

どうやら誤嚥ではなさそうだが
だとしたら何なのか!?

ほどなく到着した救急車。
その数分後に慌ててやってきた家族。

夕食時であったため私は他の利用者の世話で忙しく
隙を見て様子を見に行くと
ストレッチャーに乗った顔面蒼白のカヨコが
救急隊員から「おばあちゃん! おばあちゃん、しっかりして!」と
声を掛けられているところであった。

ああ、我がまま老婆カヨコともいよいよお別れか。

立ち上がれないのにトイレに行きたがるアナタの排泄介助は
本当に大変だったけれど…
「バ~カ!」「このへたくそ!」「助けて~!」「虐待だあ!!!」
介護職員をそう罵倒しては
枯れ枝のような腕でつねったり叩いたりと
必死の抵抗を続けたアナタだったけれど…

でもアナタの名言(迷言?)にはずいぶん笑わせてもらったし
愛しさを覚えたことも、なくはない。
そういう意味では心に残る人だった。
愉快な思い出をありがとう。ネタをいっぱいありがとう。
さようなら。さようなら、カヨコさん。

しかし、ジャジャ~ン!
それから4時間後
カヨコは何事もなかったように元気にご帰還する。
検査の結果どこにも異常はなく
おそらく食事をしたことで血液が急激に下がり
脳が虚血状態になったのだろう、という診断であった。

なんだい、なんだい!?
老婆が一人去った館内で、しみじみと夜を過ごしていたのに…
夜間4回の排泄介助を今夜はしなくていいとほくそ笑むこと断じてなく
切ない夜を過ごしていたのに…
チッ、帰ってきやがったか。

それでも女神のような笑顔をたたえ
「カヨコさん、お帰り~。よかったねえ、心配してたのよ」と
声をかけながら排泄介助をする私に
ヤツは言いやがった。
「お腹空いた。お菓子、お菓子!」
それを断ると、ヤツは言いやがった。
「バ~カ、バ~カ!!! あはははは」

カヨコ、健在。
この分じゃ、まだまだご主人のお迎えは遠い。






お姉ちゃ~ん

2016-09-03 00:21:40 | 日記
今日の夜勤が明けたら2連休だ。

「近くにスパができたから、来週の月曜一緒に行かない?」
姉に、そうメールした。

以前もここに書いたが、姉は若年性アルツハイマー。
日常生活はなんとかこなしているらしいが
とにかく忘れること甚だしく
“約束”ができない。

ご飯を食べよう!
バスハイクに行こう!

引きこもりがちになっている彼女を外に出そうと
今年になってから何度も誘いをかけたが
毎度毎度きれいに忘れられて
そのたび、がっくりさせられてきた。

そうなると誘うのが怖くなる。
病気のことは理解しているが
こうも度々ドタキャンされるとさすがに心が折れる。

でもなあ、そういえばこのところ全然会っていないし・・・
と、今日、思い切ってメールしてみたのだった。

果たして・・・

1回目の返事。
「わあ、久しぶり。いいわね、スパ」

仕事を終え
待ち合わせ場所と時間を相談しようと再びメールを送ったら
2回目の返事がきた。
「あら、久しぶり。スパ、いつか行きましょうね」

あのね、いつかじゃあなくて来週の月曜日の話、ね。

するとすかさず3回目の返事。
「あ、ごめん。明日じゃなかったんだっけ?」

いやいや、だから、来週の月曜だって。

そして4回目の返事「雨じゃないといいね」で
姉からのメールは途絶えた。

おねーちゃ~ん!!!

果たして姉と私は、来週の月曜日にスパに行くことができるのだろうか。