あけぼの

アート、文化、健康、国際・教育、音楽、食・レシピ、日記、エッセイ、旅行記、学問

傘寿のStruggle

2013-08-13 10:23:20 | アート・文化

Dscn0582_2iPadを買ったが…

脳の活性化になると思ってiPad を購入した。初期設定は販売店でしてもらい、基本的なアイコンの使い方を教わったがパソコンのように受信、発信がすんなり出来ない。翌日販売店に行って家での接続は出来るようになった。が、発信画面ばかり出て来て受信が出来ない。やっと発信は出来るようになったが思うように受信が出来ず、あれこれとアイコンをクリックする。誰かに聞くのが早道と思い図書館に行き、職員や読書中の「この人なら!」と思われる2、3人に当たってみたが、iPad は使ってないという。絵のサークルの会員全員に聞いたがこれも年配者が多くで駄目だった。やれやれ!結局は自身で試行錯誤を繰り返すしかないと悟った。問題は説明書の無いことだ。今はマニュアルも内蔵なのだ。通常は5万円の買い物をすれば何らかの説明書があるもの。内蔵されていると言われてもそれを取り出す方法が分からないのだ!iPadはPCに精通した人が次の携帯に便利な機器として求めるのではなかろうか。筆者は海外に出る時今までは重いPCをリュックに携帯していたのでその代わりに使うために購入したのだ。傘寿には新兵器の習得がそう簡単に進まないことを体験しStruggle、またStruggle…。パソコンが出始めのころ、「一太郎」というソフトがあり、操作が分からなくなると部の若い人を呼んでその都度教わったことを思い出した。その人はT君、嫁さんを世話したことまで思いだしながら本日もStruggleしております。                             Dscn0581

西瓜シャーペットができた!普段使わない冷蔵庫に間違えて西瓜をまるごと入れた。食べようと包丁を入れたが中々入って行かない。パリッという音もしない。「おかしい!?」と思ったがやっと切れた。最高に甘いシャーベットになっていた。冷蔵庫だと思っていたが入れた場所は冷凍庫だったのだ。過去一番の美味しい西瓜だった。傘寿のウッカリミスが怪我の功名と相なり、2日間美味なシャーベットを頂いた次第である。(自悠人)

 


『蟲愛(むしめ)ずる姫君』からのプレゼント

2013-08-10 12:36:22 | アート・文化

Mchanno_003 Mちゃん手作り葡萄とSさん手作りモロヘイヤ

Blogによくコメントを下さるMちゃんから手塩にかけた葡萄到来;家庭菜園をしているお隣さんからピーマン到来;近くの畑の主、Sさんからモロヘイヤ到来、実さんから枝豆、妹の友人から南瓜、と、殺虫剤不使用の労作をおすそ分け頂き、感謝して胃袋へ。Mちゃん曰く、「農薬は使いません。虫は手でつまんで排除します。だから葡萄も虫も安全よ!」お隣から届いたピーマンに青い芋虫が入っていた。読者の皆さまは野菜の中に虫を見たら「キャー!」とか叫びませんか?筆者はにっこり笑い、芋虫をつまんで「元気で生き伸びろ!」と逃がし、ピーマンは一片も捨てず頂きました。生きた芋虫は農薬不使用の証拠ですから。Sさんの手作りモロヘイヤからもお尻のとんがった蠍(さそり)みたいな小虫が3匹這い出てきたけど負けはしません。これは指でつぶして排除し、モロヘイヤを茹で、削り節をかけ、だし醤油で頂きました。堤中納言物語に登場する按察使大納言のお姫様は可憐なものより毛虫を愛する『蟲愛ずる姫君』だが、同様に『蟲愛ずる“姫君”』である筆者より、葡萄棚や家庭菜園の『蟲愛ずる姫君』さまたちへ、ご馳走さま!(彩の渦輪)


母の姿蘇るバスの旅:「トイレは外でどうぞ!」~エクアドル他~

2013-08-09 11:02:47 | アート・文化

049 アメリカの払い下げスクールバスが中南米でよく路線バスとして使用されている海外バックパックの旅ではよくバスを使う。経費も安く土地の人々と交流してそのお国柄や文化を知ることが出来、宿泊代も浮かせるから。中南米のバスの発展には目を見張る。大都市のバスターミナルで150ヶ所ぐらい行き先があるのはざらである。トイレは外でどうぞ! エクアドルのキトーから乗車したリオバンバ行きの路線バスは4時間の予定だったが5時間以上かかった。標高2000mのアンデスを縦走するコースのバスになんとトイレがなかった。乗客は地元の人たちでのんびりムード。停車ごとに入れ替わり立ち替わり乗り込んでくる食べ物売りのおかげで飲み食いの心配はないが出す方が心配だ。中南米の多くの国のバスでは便所休憩があったが、このバスではそれが無い。男は停車を利用して外で用を済ませるが女性は大変だろう。放牧されている牛や馬のように青天井の下で行うことを当然とし、インディヘナの人たちは黙って辛抱しているのだ。バス会社は「バスを通してやっているのだ」というお上意識なのだろうか。「人権無視だね」と妻と共に憤りつつ、「途上国でバスに乗るには大人用おしめが必需品だ」と悟った。この経験により、リオバンバからグアヤキル間の5時間乗車ではバスにトイレがあることを確かめてチケットを買った。

トイレに鍵がかかっていた! 車掌に用をたしたい旨を伝えても「その先で止まるから外でどうぞ!」と言って相手にされない。壊れているのか?掃除が大変だから使わせないのか?やがて車掌が「カギを開ける」と妻に言ってきた。我々が外国人だから気を使ったのか。妻がトイレを使ったところ、「待ってました!」とばかりに女性客が並んで続いたのは言うまでもない。帰路はトイレの事を考え航空機にしたが、悠長なバスのほうがもちろん魅力がある。

路線バスは社会の指標 ニカラグァでも各都市の移動にバスを選んだ。バスは地域の人々の移動手段、日本のほぼ1世紀前の状況だが、違いは舗装道路が増えていたことだ。長距離バスや乗り継ぎも経験したが、17年前の近隣国グァテマラの状況と変っていなかった。一列に6人がけ、通路側に半分尻を載せて2人並んだが、乗客の逞しさをそこに見た。飲食物中心の物売りが入れ替わり立たち替わり乗り込んで来るし、客の乗り降りが頻繁で力仕事もあり車掌は大変だ。だが日本だって同じ過程を経て今日に至ったのだ。現今の日本ではバスを待つ人々を見ても何も感ぜず一つの風景にしか見ないだろう。だが筆者は途上国で見かける「バスを待つ人」に思いを馳せる。

我が母の時代の風景 私の母親が92年前に子ども連れで実家に帰った折りの写真を見たが、我が母の時代の暮らしをしている人たちがこの地球上にいるのだ、と感嘆した。暑い中、露天で座るところもない停留所、子ども連れ、手荷物の山、どれだけ遅れるか分からないバスを待つのは大変なことだ。それに耐えなければ目的が果たせない生活状況の国に生きているのだ。「時間ではなく日が単位」の暮らしをしている人々。生まれた国、育った生活環境でしか暮らしていけないのだ。(自悠人)


セミナーハウスで楽しく講師

2013-08-04 09:41:30 | アート・文化

2013 2013_2年に2度、冬休みと夏休みに八王子のセミナーハウスで教員免許状更新講習があります。今夏も学校教師の皆さまと一緒に楽しく学習しました。教師の皆さまは10年に1回の更新講習です。筆者の担当は「異文化理解と共生の教育&グローバル教育者に変身!」というタイトルでした。教えること=学ぶこと。素晴らしいエッセイを読ませていただきました。セミナーハウスの皆さまもよい環境作りに努力していらっしゃいます。無事終わってみなさまも「ホッ!」でしょう。筆者も「ホッ!」。(彩の渦輪)