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私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Chants des voûtes cisterciennes – Les Anges et la Lumière
L'Empreinte Digitale ED 13006
演奏:Ensemble Venance Fortunat, Anne-Marie Deschamps (direction)

今回紹介するCDは、カトリック、シトー派修道会の改革に貢献したクレールヴォー修道院院長ベルナール(Bernard de Fontaine, abbé de Clairvaux, 1090 – 1153)が体験した事を想定した、12世紀前半の聖歌をシトー派修道院内の響きと共に再現したものである。
 シトー派修道会の名は、1098年にベネディクト会の修道士によって、ディジョン近郊のシトー(Cîteaux)村に建設された修道院に由来する。 クレールヴォーのベルナールは、この修道会に加入して間もなく、12人の僧と共にオウブ県のバール・シュール・オーブの南西15キロのところにあるアブサン谷の孤立した開拓地に修道院を建設した。ベルナールはこれをクレール・ヴァレー(Claire Vallée)と名付け、これがクレールヴォー( Clairvaux)と言う名称になる。ベルナールはシトー派修道会の改革に尽力し、また教皇ホノリウスII世が1130年に死亡した後に生じた教会の分裂に際して、イノチェントII世への統一に尽力するなど、教団での活動にも積極的の関わり、死後シトー派修道会としては最初に聖人暦に加えられた。
 聖ベルナールが建設したクレールヴォー修道院は、現在は廃墟となっているが、シトー派修道院の建築の基本を成しており、 ベルナールの主張にもとづいた、虚飾を廃した簡素な石造りを特徴とし、様式的にはロマネスクとゴシック様式の間に位置する建築様式である。特に特徴を成しているのは、そのアーチ型の天井で、これが豊かな響きを生み出している。
 実際にクレールヴォー修道院のミサで、具体的にどのような聖歌が詠唱されていたかは分かっていない。その聖歌は修道院から外部に出ることはなく、当時パリのノートルダム大聖堂で展開されていた、いわゆる「ノートルダム楽派」のオルガヌムの影響も及ばなかったと思われる。 今回紹介するCDには、シトー派の教えの中核を成す「愛」を歌う役割を担う「天使」、その天使が歌う神聖な音楽が示す調和、美、光を「天使と光(Les Anges et la Lumiére, Angels and Light)」と言う副題にして、天使の叫び、神の賛美である「アレルヤ(alleluia)」の歌い出しで始まる聖歌を中心に、ソレム修道院編纂によるグレゴリオ聖歌をまじえ、9世紀から13世紀の手稿にもとづく三声、二声の聖歌によって構成されている。1曲目の三声のモテト”Alleluia! Concinat”と最後の第18曲”Gloria”は、13世紀イギリスの「ウースター手稿」から採られた。モテト(motet)の語源は、中世フランス語で“ことば”を意味する「モ(mot) 」という語にさかのぼる。これはおそらく、アルス・アンティカのモテートゥスの特徴であるポリテクスト(各パートが異なる言語やテクストを併用する現象。例えば、テノール声部が文語のラテン語、それ以外のパートが世俗語である中世フランス語。あるいは、ある パートが宗教的内容を歌い、別のパートは恋愛指南や社会諷刺を歌う)のことを指している。この「モ」から創り出された中世ラテン語「モテクトゥム(motectum)」が次第に崩れて、モテあるいはモテットという世俗語が生じた。2曲目の”Lux fulgebit”は降誕の祝日の夜明けのミサにおける「入祭唱(Introitus)」で、ソレム修道院編纂のグレゴリオ聖歌である。3曲目の”Alleluia! Karitate”は、聖ベルナールの祝祭のために、12世紀のシトー派の詩編唱の前後に分けて歌われるアンティフォナ(Antiphona: 交唱)の最後に加えられたものである。4曲目の”Lux illuxit gratiosa”は、二声の オルガヌム(organum)で、13世紀のマドリッド手稿から採られた。初期のオルガヌムは二声の合唱であり、第一声が旋律を歌い、第二声がその完全四度または完全五度上を歌う形式であった。ただし曲の開始と終止では両声部はユニゾンで重ねられた。オルガヌムは元来即興的に歌われるものであり、第一声 (vox principalis) の旋律のみが記譜され、第二声 (vox organum) はそこから耳で聞いてあわせることが常であった。なお、時代が進むにつれて、主旋律以外のパートも記譜されるようになり、さらに旋律の単なる移高ではない、複雑な対旋律が作られるようになり、これがポリフォニーの誕生となる。
 5曲目以降の曲についてはここには紹介しないが、いずれも上記のような様々な祝祭のためのミサの一部を構成する聖歌によっている。
 今回紹介するCDは、フランス南部、アヴェロン県のシルヴァネにあるシトー派修道院において1990年に録音された。この修道院教会は、1151年に建設が始まり、1252年に完工した、典型的なシトー派修道院の建築様式である。演奏をしているのは、アンサンブル・ヴェノンス・フォーチュナ(Ensemble Venance Fortunat)と言う、1975年に組織された、主として中世の声楽曲の再現をしている声楽グループで、ソプラノのアン=マリー・デション(Anne-Marie Deschamps)が指導者となっている*。Ensemble Venance Fortunatのウェブサイト http://www.venance-fortunat.org/ に掲載されている、指揮者アン=マリー・デションのインタビューによると、この演奏団体は、一般には知られていない中世の声楽曲を現代の一般聴衆に理解できるものとして提供すること、その際当時の音響的特徴を再現すること、当時のミサに於いては、決して静止して歌われてはいなかったので、その動きも再現すると言う方針を採っているそうだ。しかしこのアンサンブルは、男女の混声で構成されており、当時の教会や修道院における聖歌の詠唱の実態とは異なっていて、その点ではオリジナル編成の演奏団体とは言えない。したがって、如何に典型的なシトー派修道院建築の音響環境のもとで録音されたとはいえ、肝心の音源そのものが、当時の演奏の再現ではないという点は、当時の演奏の再現としては致命的である。しかしその一方で、指揮者のデションは、中世の曲の原典に遡って探求し、このCDに於いてもその多くは、自ら編曲を行っている。これもインタビューで述べているが、12世紀のネウマ譜で伝えられている曲は、音高は記譜されているが、リズムは分からないので、ラテン語のアクセントや文章の論理構造、曲の様式にもとづいて再現しているそうだ。現実には、中世の音楽の再現、特に宗教的な声楽作品の再現を行っている演奏団体は少なく、作品を聴きたくても、なかなか聴くことが出来ない。今回あえてこのアンサンブルによる演奏を紹介するのも、たとえオリジナルの響きの再現という点では問題があっても、当時の作品を聴くことには意義があると考えたからである。
 このCDは、1990年にL’empreinte Digitaleと言うレーベルで発売され、その後何度か再版されているようだが、現在このレーベルのウェブサイトには掲載されていない。また、このレーベルのマークが変更されている。しかしこのCDは、アマゾンなどのネット上のCDショップでは取り扱われており、購入は可能なようである。

発売元:L’empreinte Digitale

* アンサンブル・ヴェノンス・フォーチュナは、ウィキペディアフランス語版の"Ensemble Venance Fortunat"によると、指揮者のデションを含め28人からなっている。

注)「モテト」、「オルガヌム」など、中世の音楽形式についての記述は、ウィキペディア日本語版のそれぞれの項目にもとづいている。

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コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
Musica Cisterciennes (びるね)
2011-11-26 21:11:47
同じグループの1999年ボンモンでのシトー会聖歌以前に録音があったとは知りませんでした。99年の録音は男女交互、共住修道会?という感じに少し違和感がありました。
シルヴァーヌ聖堂での録音はアラム聖歌で聴いたことがあります。
 
 
 
歴史解釈が演奏実践に反映 (pfaelzerwein)
2011-11-27 01:44:22
「シトー派修道院内の響きと共に再現」 - 制作意図がその通りなのかどうかは知りませんが、オルガンなどと同じである程度「原物」が残っているのでしょう。器楽についても修復などで原型を敢えて修復再現するのと同じことでしょう。

しかし、声に関しては既にバロックのカストラートですら再現できない訳ですから、中世やバロックの歌謡では女声かカウンターテナーを使うのが今日の標準的な再現法かと思います。

ご指摘のように「当時の作品を聴くことには意義がある」と言うことでは、逆にルネッサンスのポリフォニーの再現では正しく男声合唱となっているかと思います。

いづれにしても、資料と歴史的な実践の考証とそうした復興再現の手法は切り離せなく、その時点での歴史解釈が演奏実践に反映するのは自明かと思います。
 
 
 
歴史的演奏実践 (ogawa_j)
2011-11-28 11:19:28
ひるねさん、pfaelzerweinさん、コメントありがとうございます。
 時代に関わりなく、音楽作品が成立し、演奏された時の状態で聴きたいというのが私の主張しているところです。
 確かにpfaelzerweinさんが触れておられるように、カストラートに関しては、去勢という手段の非人間性と関わってきますから、実現が難しいことは理解できますが、それ以外の場合は、出来ないことではないでしょう。pfaelzerweinさんの主張は、現在の中世、ルネサンス、バロックの、特に声楽作品の演奏実践の現状を反映したものとは思います。しかし私は、それでも作品成立当時の編成、奏法を再現した演奏を聴きたいと思っているのです。
 
 
 
Musik von Zisterzienser (びるね)
2011-11-28 23:31:38
特にシトー会聖歌に関しては、その霊性をどれだけ歌唱で伝えられるかが重要で、それがないと歴史的アプローチをしても意味を失います。
シトー会聖堂で実際に聴いたことがありますが、同時代の聖堂(ベネディクト会系修道院や司教座教会堂)と比べてもその特異な音響はすぐわかるくらい独特です。
この響きはシトー会典礼から出たもので、そのための音響設計を行っているために独特の聖堂空間を獲得したものと思います。
おそらく、アンサンブル・ウェナンス・フォルトゥナトゥスの歌手たちは、これらのことを意識した上で歌っていると思います(でないと歌えない)。

シトー会聖歌のCDは他にEnsemble Organum、Choeur Gregorien de Paris(どちらもFontforideで録音)があります。
 
 
 
シトー会聖堂の音響特性 (ogawa_j)
2011-11-29 10:48:11
ひるねさん、サイドのコメントありがとうございます。
「卵が先か鶏が先か」というたとえは適切ではないかも知れませんが、12世紀初頭に建造が始まった聖堂が、その時点でシトー会の典礼が求める音響空間を計算に入れて設計されたというのは、私には信じがたいように思えます。といって、他の聖堂や修道院の礼拝堂との音響的特徴の違いを実際に経験したことがないので、確信を持って言えることではないのですが。むしろ聖ベルナールをはじめとしたシトー会の聖職者達が、聖歌が彼らの聖堂で理想的に響く様に作り出したのではないかと思います。
 アンサンブル・ヴェノンス・フォーチュナの歌唱が、シトー会聖堂の音響特性と、典礼歌の内的関連を認識した上で唱っていることは疑いないところだと思いますが、彼らの内面までは分からないですね。
 
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