東京アイランド

OCNブログ人サービス終了に伴い、ここに引っ越ししました!

さようなら・・・最古のディーゼルカー

2007-11-01 00:54:31 | 鉄道ネタ

Iwaizumi3  好きな路線はどこかと聞かれると迷わず、ここを選んでしまいます。
 1日3本しかない、日本一秘境路線の岩泉線(岩手県)。
 秘境駅マニアの間では有名な、押角駅の風景ですが、あと24日で見納めになってしまいます。
 
 岩泉線は廃止対象路線に指定されていたのですが、並行する国道の道幅が狭く、バスも通れない理由で廃止を免れました。

 見納めになるのは、昭和30年代から走り続けていたディーゼルカー。
 下の山陰本線と同じタイプのものが使われているので、この路線に乗るとなぜか故郷を思い出すのです。

 盛岡支社のホームページによれば、11月24日に臨時「栄光のキハ52号」が運転される予定。
 4両のうち、2両は岩泉まで指定席(520円)、残りの2両は自由席で途中の茂市で分離し、宮古まで。
 さっき、オークションの「岩泉」で検索してみたところ、やはり指定席券が出品されていました。値段も大幅に吊り上げていますねぇ・・・。

Sl ←これは今年の2月、千葉のボロ房線にSLがやってくる前の指定席券。
 
 いずれも、なんと万単位で終了。
 最高額は木更津~館山の僅かな距離を10万円だったのは覚えている。

 普通列車の指定席は1枚わずか520円。
 乗車券とセットでないと販売できないようなシステムがあればよいのだが・・・。
 本当に乗りたくても指定席券を入手できないファンの方々がたくさんいます。
 JRさんよ、転売目的で数枚も買い占める輩を排除してくださいよ~。

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☆祝☆鉄道博物館 No.4

2007-10-31 01:21:33 | 鉄道ネタ

0025tetsudou 本館のヒストリーゾーンやコレクションギャラリー、歴史年表などは大人向け、こちらのはキッズ向けの学習体験コーナー。
 お子様でも鉄道に関する仕事を理解できるように、みどりの窓口、自動券売機、改札機、みどりの窓口の裏にホームに京浜東北線の旧スカイブルー電車(103系)。

0024tetsudou すべて本物を模擬用に備え付けられていました。

 今日は月曜日、学習体験の実演はなかったのですが、見ていて楽しいです。

0023tetsudou  普段見ることはできない、自動券売機の裏側ってこうなっていたのですね。
昔は切符のロールをむき出しだったのに、今はコンパクトになっています。



0028tetsudou  本館とキッズスペースの間にあった、子供が喜びそうなミニ電車。


 

0026tetsudou 電車が安全に走れるようにシステムになっているので、ブレーキをかけ忘れてもATC(自動列車制御装置)で自動的に止まるらしいです。
 
 

0027tetsudou  キハ11 25
  1956(昭和31)年製造。
  旧国鉄から茨城交通那珂湊線に譲渡、2005年1月30日に廃車。
  廃車といっても、エンジンはかかるので走れます。
 JR郡山車両センターで昭和31年の製造されたばかりの姿に復元、東北本線経由でここにやってきました。
 小湊鉄道も似たような姿だけど、昭和36年製造のキハ20。
 そういえば、山陰線で飽きるほどディーゼルカーに乗っていたのに、最近は滅多に乗らなくなりました。
 ディーゼルカーは電車にはない乗り心地、郷愁を感じさせます。

 今からおよそ30年前、1978(昭和53)年の山陰本線・長門二見駅のワンシーン。(動画は再アップです)
 今の二見駅は完全無人化、利用客もまばらなのに、昔はこんなに賑わいを見せてくれたのですね。

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(0分37秒)
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☆祝☆鉄道博物館 No.3

2007-10-25 00:43:19 | 鉄道ネタ

0019tetsudou 今から10年くらい前に全国のJR駅から姿を消した、遺産です。
 窓口で切符を買うと、日付を入れるためにスライドしていたもの。
 


Img116 日付の印字はこんなふうになります。
 帯広あたりに訪ねると必ず幸福駅に立ち寄るほどの「愛の国から幸福へ」の切符で全国的に有名になった駅です。
 しかし、残念ながら広尾線は民営化直前の1987(昭和62)年2月2日に廃止。

 上の入場券は本物で下は駅前のお土産ショップで買ったもの。
 観光資源収入のため今でも売っているかどうかはわかりませんが・・・。

0018tetsudou  これは・・・きっぷ棚。
 自動券売機が普及していない時代、窓口に行けば必ず目に入るものでした。
 小湊鉄道は昭和30年代で時間が止まったままになっていますので、今でも見かけます。

0017tetsudou  懐かしいですねー。
 お金を入れると、金額の書かれた押しボタンのランプが点灯、私が子供の頃だったので、下のボタンを押していたことを思い出します。
 機械によってはインクをつけすぎたときは手指が汚れることもありましたね。

Img117  こんなふうにスタンプのように印字し、出てくる仕組み。
 


0016tetsudou  これも懐かしいですねー。
 みどりの窓口のマルス(予約のオンラインシステム)。
 若かった頃の帰省に何度かお世話になった、機械。
 各線のページを開き、駅名の穴にピンを差し込む形で発券していました。
 東京で「山陰線長門二見まで」と注文しても、マイナーな駅名を見つけるのは大変だったらしい。
 左のモニターは白黒で文字は緑色だけだったような。

 ところが今は・・・JR東日本のえきねっと会員になれば、自宅のパソコンでも「みどりの窓口」に早変わり。
 指定席は1ケ月前の10時から発売されますが、えきねっとは並ばなくでも事前予約も可能。
 10時になったとたん、コンピューターが国分寺市にある鉄道情報システムにアクセスし、予約をしてくれます。
 お盆や年末年始などの民族移動日だと事前予約でも瞬時に「満席でした」と返ってきたことも・・。
 (えきねっとで予約した切符の受け取りはJR東日本の駅に限られています。他社の駅だと予約してあっても、受け取れないので、ご注意ください)

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☆祝☆鉄道博物館 No.2

2007-10-23 00:01:00 | 鉄道ネタ

0011tetsudou  クモハ101 902
 1週間前にアップした、「鉄道博物館 No.1」の続き。
 館内ではいくつかの車両が展示されているのですが、最も身近な存在だった車両からご紹介したいと思います。

 1957(昭和32)年当時の国電(今は死語になっていますが、山手線をはじめ頻繁にやってくる電車を国電と呼ばれていました。民営化後まもなく「東日本」の英文字Eastにちなみ「E電」(イー電)として継承されましたが、なかなか馴染めず2、3年後には消滅)に目を見張るようなオレンジ色が登場されました。

 今年3月頃、中央線にハイテクな電車が投入されたと同じようにこの電車も当時にとっては斬新(大革命)な電車だったのです。

 まず、オレンジ色は中央線で運用、山手線はうぐいす色、総武線はイエローといったように各線ごとのイメージカラーとして定着するようになりました。

 何もない田舎の山陰本線沿線で暮らしていたせいか、初めての東京駅で2,3分ごとにやってくる電車に圧倒させられ、色も各線ごとに分けられているのもそのときに初めて知ったのですね。

0012tetsudou 上のオレンジ色電車の車内。
 最初に作られたのは昭和32年の101系という形式名でした。
 形式名の頭、「クモハ」とは・・・簡単に説明しますと


 ク・・・運転席の付いている制御車両。
 モ・・・電車を動かすモーターのついている車両。
 サ・・・運転席もモーターもない車両。
 ハ・・・何も変哲のない普通車。ちなみにグリーン車両はロイヤルの頭文字「ロ」。
 ネ・・・寝る車両すなわち寝台車。
 (ディーゼルカーは気動車の「キ」を割り当てられています)
 
 101系の次は少し改良を加えた、103系でした。
 首都圏で最後まで残っていたのは、やはりお古が好きな千葉支社の京葉線。
 中央線に次々と新型電車が投入、お下がりが来てからは最も古い103系は淘汰されてしまいました。
 ついこのあいだの京葉線もこんな感じの雰囲気でした。(シートの色だけは違いますが・・・)

 国鉄から譲り受け、今でも乗れる路線は・・・秩父鉄道

 鉄道博物館に自社線で活躍している同じ電車の101系が置かれることを記念し、今年の9月から10月14日までオレンジ色に塗り替えられた電車が走っていました。

 11月24日までは昔の京浜東北線で活躍していた頃と同じスカイブルーで運行中。

 ・秩父鉄道 スカイブルー101系運行時刻表

~あの頃の懐かしい国電に乗りに秩父鉄道へ~

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小湊鐵道ギャラリー完成!

2007-10-19 00:01:00 | 鉄道ネタ

0002kominato ここだけのミニ博物館ですが、ギャラリーが完成しました。
 11月4日(日)に小湊鉄道歴史講座が開かれるので、それに関するものの展示です。
 

0001kominato 古めかしい木箱のようだけど、何だろう?と開けてみると納得。
 大昔の切符箱(?)正式名称はわかりませんが・・・。
 昔は自社線だけではなく、国鉄連絡切符も需要が多かったため、こんなふうになっていただろう。


0004kominato 気動車銘板。
 車両の前面または後面に製造メーカーや製造年などのプレートが必ずついています。
 左は昭和25年富士産業(富士重工業の前身。鉄道車両製造は中止、「スバル」ブランドの自動車メーカーになっている)、右は昭和8年川崎車両(川崎重工業の前身。最新型のぞみN700系を製造)。 
 昭和25年といっても、今走っているディーセルカー(昭和36年)の一世代前のもの。

0003kominato いつの間にかにチケット類、改札鋏も追加。
 「小湊鉄道創立90周年記念全18駅硬券」、カラフルな記念切符などで楽しいギャラリーになってしまいました。
 これは鉄子さん所有。高額な18駅硬券を2セットも買ったとのこと。すご~\(^o^)/

 国王さまのブログにもBlog petの「改札」が出ていますね。何かの偶然??
 (Blog petとはブログを書けば書くほどペットが自然に言葉を覚え、読者やオーナーに話しかけるシステム)

~小湊鐵道ギャラリー 完~

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鉄道博物館in 図書館

2007-10-18 12:09:15 | 鉄道ネタ

鉄道博物館in<br />  図書館
  司書と駅務(?)を兼任している若い鉄子さんが立派に館内鉄道博物館を建立中。(といっても、ショーケースですが…)
タブレットって何?と利用者が目にしてもそっぽを向かれないように児童向けの鉄道図鑑を使って解説。 さいたま市にある鉄道博物館のコレクションギャラリーでは解説もなく物品が並べてあるだけでは寂しいな。車両の説明もついているが難解な用語や長い文字を羅列しただけなのでスルーしてしまいます。
  鉄子さんみたいに鉄道に興味のない人でも目を引くような解説書を工夫する必要があると思う。
  今、建立中なので完成したらまたアップしますね。

  タブレットとは信号機のない時代、単線での衝突を避けるため、わっかの下にある袋に通行票を携行していました。
  信号の役目もあるので通行票で通過済であることを示したら、すれ違う列車も発車という仕組みです。 

   国鉄時代の長門二見駅もホームで駅員さんが駐在し、タブレットの受け渡しをしていました。
  急行だと通過しながら運転手が窓から顔を出し素早く棒にかけているタブレットを受け取るシーンは大昔なら見かけました。

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小湊鐵道のここがすごい!

2007-10-18 07:50:00 | 鉄道ネタ

Img114 鉄道博物館のコレクションギャラリーにあってもおかしくないものだと思うのですが、実は今も使われている手書きの乗車券(正確に言うと車内で発行される補充券)。

 長門二見駅が無人化されてからは車内で車掌さんからよく買い求めましたが、10年前・・・いや、1990年と記憶しているので、17年前からレシートが出てくる携帯発行機に変わってしまいました。

 今でも見られるのは懐かしいものです。

 元号が変わったのは今から18年前(えーっ、もうこんなに!?)の1989年。
 「昭和」を二重線で消し、「平成」の訂正ゴム印の需要が追いつかなかったとニュースで報じられたのは記憶に新しいです。
  
 あれからもう20年近く経とうとしているのに、すごいですなー。

Img115  普通の人ならスルーしてしまいそうな、裏面の案内文。
 これもよく読むと、結構現実離れのものが書かれています。

 (1)グリーン料金及びA寝台料金には、通行税が含まれています。
   →これは平成元年4月1日の消費税導入に伴い、通行税は廃止。

 (2)国鉄線各駅で乗車又は・・・
   →これも昭和62年4月1日に「旅客鉄道会社線」に変わったのだけど・・・。

 神戸市内と表示されている場合は、道場駅は含まれません。
  →宝塚線に現存

 広島市内と表示されている場合は 中島・小河内駅間各駅
  →可部線の非電化区間だが、2003年に廃止。

 北九州市内と表示されている場合は 香月駅
  →線路が一旦他市町村を経由し、再び市内に入るルートなので、適用外。これもすでに1985(昭和60)年に廃止。 

(3)キロ程が片道30キロメートル以内のものは下車前途無効
  →今は100キロ以内に変わっていますが、東京近郊区間(suica/Pasumoの導入で首都圏だけではなく、山梨県・静岡県も含む関東圏内同士の発着は下車前途無効に変わってしまいました)

(4)新幹線
  →小湊鐵道なのに、新幹線特急券が買えるみたい。

 ~首都圏に残る昭和を乗りに行きませんか?小湊鐵道

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図書館が鉄道博物館!?

2007-10-17 18:15:23 | 鉄道ネタ

図書館が鉄道博物館!?
イベントの一環として市内を縦貫する小湊鉄道も歴史講座として取り入ることになったので、これらもショーケースに展示することになりました。 休日になるとふらりと青春18きっぷで出かけるのが好きな鉄子さんと一緒に飾り付け。
自分たちの好きなものの飾り付けは上出来です(笑) 小湊鉄道は首都圏にありながら近代化されていないので、まだ現役で使えそうなものがたくさん。
でも、硬券(昔の硬いきっぷ)にカチャカチャ日付を入れる機器や改札鋏の提供はありませんでした。
現役で使われているからでしょう。
小湊鉄道各駅からJRへの連絡きっぷもかつては硬券でしたが、誤って自動改札機に投入、機械の中で券がなかなか取り出せなくなるトラブルが多発したのか、硬券は自社線のみ、JR連絡きっぷは扉が閉まっても弾き出るように裏が白の薄いきっぷに変わったらしいです。
小湊鉄道さんもきっぷはそのままで現金の代わりにSuicaやパスモで買えたら乗る人が増えるじゃないかな?

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☆祝☆鉄道博物館 No.1

2007-10-16 00:45:54 | 鉄道ネタ

 秋葉原の「交通博物館」が閉館する前に旧万世橋駅遺構を期間限定で公開されたときに行きました。
 このブログにも書きましたっけ?と記憶を辿ると・・・去年の0015tetsudou_2  入口はsuica/pasmo対応の自動改札機なので、チケットを買わなくても手持ちのsuicaで入場できます。
 タッチすると自動的に大人料金の1,000円が差し引かれてしまいますが、割引は窓口で提示し、カードと引き換えるようになっていました。
          (小中高 500円、幼児200円、手帳割引は800円)

 改札を抜けると、そこにレストランの「日本食堂」。
 「日本食堂」の名前を聞いただけでピンと来た方は、私と同じくらいかそれ以上の方なんでしょう。
 今は東京~博多間5時間で移動できるようになってからはゆっくり食事ができる「食堂車」が連結されなくなりました。
 食堂車が経営していた頃は「日本食堂」が担当されていたような気がします。
 新幹線だけではなく、大きな駅の中に必ずあったほどのレストランですが、最近はあまり見かけなくなりました。
 ここのレストランはたぶん、昭和の味がするだろうと思います。
 
 今日は月曜日だというのに、一眼レフのカメラを構えたマニア風、親子連れ、小中学生・・・で大行列でした。
 おいおい、会社や学校はー??

 大行列で食べられないかもと事前に昼食を済ませてあるのですが、今度は空いていたら昭和の味を確かめようと思います。

0001tetsudou  昔の駅名票は左から読むのではなく、右からだったのですね。
 東京を右から「とうきやう」と表示するとか世代を感じさせる駅名票。
  昔は東京発下關行きの特別急行が何本か設定されていたみたい。
 

0029tetsudou マイテ39 11 (昭和24年製造)
 上のホームに接してある展示車両は「富士」号の1等展望車。
 1等は今の「グリーン」相当、2等は普通客車、3等は2等よりは劣る車両というふうに連結されていたみたいです。

0002tetsudou オハ31 26 (昭和2年製造)
 おお、懐かしい。
 山陰本線のボロ客車もこんな雰囲気だったような。(覚えているのは「オハ35」なので、この車両はさらに古い)

0002kokutetu  同じく車内に貼られていた、昭和9(1935)年の鉄道省路線図。
 昔は今みたいに分社化されていないので、東京から下関までの路線図が見られたそうです。
 長門二見の文字が「見二門長」になっていますね。
 
 昔はそんなに鉄路を敷こうと計画があったのか、開通予定区間の点線がたくさん見られました。

0001kokutetu  これも前方に張られていた、関東の路線図。
 昭和9年にはボロ房線(内房線や外房線)全線開通しているのは全然知らなかった。
 青梅線はまだ未開通ですね。

0003tetsudou  こんな椅子に座って通学していた頃を思い出します。
 SLが最期まで残っていたのは山陰線。
 ディーゼル機関車になっても客車はSL時代から引き継がれたもので、1984(昭和59)年あたりまではこんなボロ客車でした。

 「ボロ」と何度か繰り返し言っていますが、この車両がここに来る前までは青森県の津軽鉄道・五所川原駅構内で何十年間も野ざらしで放置、想像を絶するほどのボロボローでしたよ。
 大型トレーラーに積んではるばる青森からここにやってきて、大宮工場が昭和16年当時に使われたものと同じようにリストアしたそうです。

 ほかの古いボロ車両ばかり紹介しても飽きないのかな?反響がよければ、続きを書こうかと思っています。

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首都圏のJRが乗り放題!

2007-05-28 00:30:01 | 鉄道ネタ

Img077  今日は珍しく書くネタがないので、JRのトクトクきっぷをご紹介したいと思います。
 このきっぷは「ホリデー・パス券」と言い、土・日曜日・祝日・年末年始・ゴールデンウィーク・夏休み(7月20日から8月31日)の首都圏JR線が乗り放題になります。
 (木更津-大月 片道2520円もするので、このきっぷだけでも充分もとがとれますね)
 航空券(半券)も含み、旅をした証拠として大切に取ってあるのですが、自動改札機のない奥多摩駅で改札を受けていたことがひと目でわかります。
 自動改札機の穴だけだとどこまで旅したのか忘れてしまいますが、駅名入りのスタンパーのほうが記憶が蘇ってしまいます。
 さて、今でも販売しているのかどうか、JR東日本のホームページで調べてみたところ、この地図に東京モノレール線(浜松町~羽田空港第2)とりんかい線(新木場~大崎)を追加、値段は2,300円(子ども1,150円)

 きっぷに載っている地図の最果て地(奥多摩・小山・土浦・大月・平塚・木更津)の近くにお住まいの方が都心にお出かけなら大変お得なきっぷ。
 私の場合はちょうど最果て地の近くなので、最果て地から最果て地への旅にしょっちゅう、このきっぷを使っていました(笑)

・JR東日本 おトクなきっぷ ホリデーパス券
 suica、ICOCA、Pasmo、オレンジカード※での購入もOK。(ただし自動券売機)
 みどりの窓口はびゅーカード、クレジットカードでの支払いも可能。

 ※オレンジカード
 国鉄時代の1985年、プリペイト(前払い)磁気カードとして発売開始。
 当時は1000、3000、5000、10000円券があり、5000円に300円、1万円に700円のおまけがついていた。
 カード偽造問題により、5000円と1万円券は使用停止、1000円と3000円の2種類しかない。
 最近はコンビニなどに使えるICカードに押され、存在感が薄くなってしまいました。 

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JRも20周年

2007-04-02 01:02:44 | 鉄道ネタ

 1987(昭和62)年4月1日に国鉄から民営化されてから20周年。
 1枚のカードで首都圏のJR、私鉄、地下鉄、バスに乗れるようになったPasmo、ケータイで改札を通れるモバイルsuicaの登場、インターネットで予約し、自動券売機で指定席券を受け取れるようになり、大きな変化が見られるようになりました。

Img060 今の自動券売機で発売された切符は感熱方式なので、10年経てば文字が消えてしまいますが、むか~しの国鉄時代はこのような硬い切符で売られていたので、永年保存が可能。
 滝部、長門二見はもちろん、故郷の駅。
 滝部駅は現在でも有人駅だが、二見は民営化されてから間もなく無人化。
 小さな漁村だというのに、国鉄時代だと早朝3時から最終列車の0時前までは駅員がいたらしいです。

Img062 山手線もまだ動かない時間帯の朝3時台でも滝部始発!!
 滝部3:29  → 下関 4:33 /下関 4:37  → 門司 4:46
  門司4:49  → 小倉 4:56   → 博多 6:32  → 熊本 9:14(熊本行き)
 (時刻表のデータは1977年12月版 神保町の古本屋で購入)

 朝5時前に小倉、6時半に博多に着いたって、どこもお店が閉まっているし、
会社のオフィスだって朝8時からがほとんどだというのに、なぜ、3時台の列車があったかというと・・・
Img061_1
 朝2時頃、日本海で採れたての新鮮な魚介を北九州・福岡都市圏に売りさばく行商客のために設けられたダイヤなんです。
 ブリキの箱を何重かに背負っているので、地元では「カンカン部隊」と呼ばれていたらしい。
 カンカン部隊専用車は荷物を置けるスペースを確保できるようにロングシート、一般乗客は4人掛けボックスのついている車両といったように仕切られていました。
(写真は民営化されてから間もなくの頃)
 今のダイヤを調べてみたところ、朝3時台、5時台は廃止、始発が6時台になっているが、今でも新鮮な魚を背負う行商客の姿が見られるのだろうか・・・? 

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JR発足20周年記念 青春18きっぷ8000円

2007-02-10 00:05:57 | 鉄道ネタ

 平成19年4月1日にJRグループが発足20周年を迎えるにあたり、「青春18きっぷ」を、この春限定の特別価格にて発売します。全国のJR線の普通列車が1回1,600円で1日乗り放題です。1人で5回分または5人までのグループ利用ができます。(JR東日本

■発売期間:2月20日~3月31日
■利用期間:3月1日~4月10日
■販売価格:通常11,500円を3,500円OFF  8,000円!(1枚の切符に5回分)

 昔は青春18きっぷを買うと、5枚のきっぷ。ところが数年前からは1枚のきっぷに5回分になった。
 1枚に5回分だと使い勝手が悪い。昔みたいに1枚ずつ5回分だったら、使う分だけ取っておき、余ったら金券ショップなどに転売することもできたのに・・・。

 乗り放題ならば元が取れるまで根こそぎ乗ってやるぞ!という若かった頃、1回分2,000円で東京発の「大垣夜行」で山口の実家に帰ったり、できる限り遠くまで行って、最終電車で帰るという使い方を何度かした。
 青春18きっぷの効力は0時から23時59分まで、0時を過ぎて最初に停車する駅までだが、東京&大阪の特定区間ならば特例でその日の終電まで有効。
 帰りに東京駅発0時過ぎに乗車、深夜1時過ぎの改札口で清算しようとしたら、「大丈夫だよ」と言われた。
 調べると、東京・大阪圏のみ最終電車まで有効だった。

 今回発売される、青春18きっぷは1回1,600円。昔みたいに「根こそぎ乗ってやるぞ!」まではやらないが、ここから奥多摩まで往復しても充分元が取れる。
 5回(または5日)も使う予定がないので、金券ショップで使い残した18きっぷを見かけたら1回分を買ってみるかと検討中。(笑)

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髙瀧猫驛長(高滝ネコ駅長)

2007-01-30 00:34:38 | 鉄道ネタ

Takataki1 D51(デゴイチ)の撮影が終わったのは午後1時半ごろ。
 「高滝にネコ駅長がいるみたいなので、撮りに行きませんか?
 野良猫なので、行けば必ず会えるという保証はありませんが・・・」
 「フィルム全部切らしてしまった」
 特殊のフィルムなので、カメラ専門店でないと買えないみたい。
 一応、会いに行ってみた。
 (高滝駅は五井から小湊鉄道で11駅目、典型なローカル線の駅)

 今日は会えるかなと思ったら、ネコ駅長がちゃんと私たちを出迎えてくれました。
 写真ではわかりづらいが、ネコ駅長の後ろに小さな仔猫があくび。

Takataki2 「私が新米の駅員だニャー」とちゃんと紹介してくれました。
 チャングムのマナちゃんと同じくらいの大きさなので、もしかしたら、同世代かも。
 高滝にネコ駅長がいると知ったのは2002、3年頃なので、ずっとネコが駅を守っているわけですねぇ。(笑)

Takataki3 どうやら、この駅に4匹の駅員がいるらしい。
 真ん中のボス風格なネコは駅長かな?
 
 地元の人に可愛がられているみたいなので、駅を利用するお客さんを出迎えたり、見送ったりするのもこのネコ駅員たちのお勤め。

Takataki4 高滝駅全景。
 この駅から3つ目の月崎駅にも人に懐くネコ駅長がいる。
 
 高滝でネコ駅長に見送られ、月崎に降りればまたネコ駅長が出迎え・・・は全国でここだけなのかも。

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わが街にSLがやって来た!

2007-01-29 23:42:29 | 鉄道ネタ

 2月1日(木曜日)、千葉から木更津間のSL運転に備えての試運転が1月24日、29日に行われた。
 29日(月曜日)はちょうど仕事が休みなので、私のブログにコメントを入れてくれた友人を誘った。
 「ただ姉ヶ崎駅での撮影でも大丈夫?先に駅での撮影が終わったあと、駅の周りでも?」
 地図を見ながら「ここが撮影の絶好ポイントだな」
 (南の美しい島の風景など色々な風景画を撮る写真家だということを忘れていた。となると、撮っても絵になる場所を案内しないと・・・)と頭をよぎった。
 ここならよい構図になりそうだとクルマを適当な場所に停め、歩いてみた。
 橋のない小川に遮られ、向こう側の線路に接近することができない。
 そうしているうちに汽車が通過する時間が迫ってしまう・・・。
 なんとか向こう側に渡らなくちゃ・・・とあせっていると、跨線橋を見つけ、橋の上から撮影できた。
 でも、このあたりだと工業地帯なので、SLが通過しても殺風景。
  青梅線のような山岳路線だったら、絵になれるのになあ・・・。

 今度は姉ヶ崎駅での停車時間が30分以上もあるので、撮影。

D511_4 機関士席の下の側面。
 SLの形式名「D51(デゴイチ) 」はドックおじさん(父)の話によれば、昔の山陰(山口の日本海側)でもうんざりするほど活躍していたそうだ。
 瀬戸内海側の山陽は直線で平らなところが多く、高速で走れるようにD51よりも大きめのC62が走っていたとか。
 カーブや坂道の多い山陰線はその機関車に適していたのだろうか。
 昭和15(1940)年に製造された、498号機。

 D513
 機関士席。
 ハンドル、2個の圧力計、時計、駅ごとの発着時刻表だけ。
 肝心の速度メーターが見当たりません。
 つまり、速度は機関士の勘に頼るしかないということになりますねぇ。
 (間違っていたらごめんなさい)
 当日は時刻表通りに運行できるようにと試運転を2回も!?

D512  千葉方面からDE10(ディーゼル機関車)、6両の客車、D51の編成、千葉に向かうときはD51が最後尾で後ろ向きにけん引されるので、2個の赤いマークがついています。



D515_1  ごく普通の客車内。
 今日は試運転のため、ドアは閉まったままになっていました。
 この座席1つで?200,000-(≒2万円)でオークションとかでダフ屋売買しているみたいですね。
 シートのタイプは今でも古くて国鉄のボロが走っている房総電車と同じなのに、そこまでして座りたいとは・・・。(昔は背の低い人が多かったせいか、ボックスが埋まると、向かいの膝が触れ合うとか狭くて居心地が悪い)
 それにしても、青のシートは私が小さいときの通学によく座っていたもの、本当に懐かしい。

D514 左側にボロばかりやってくる電車なのに、偶然、新型(といっても、20年前のお下がり)電車と先頭DE10ディーゼル機関車のツーショット。
 ディーゼル機関車は昭和46年製造だということが確認できました。
 昭和15年生まれの大先輩と41年後に生まれたディーセル機関車のコンビ。

D516 千葉で折り返しとしてD51が先頭になり、木更津に向かう予定があり、今度こそはよい構図が撮れるようにと線路伝いでクルマを走らせた。
 「ここがよいポイントだな」と思ったら、すでに3、4人のカメラマンが三脚を立てていた。
 1人で4台ものカメラで撮影する筋金入りのマニアもいた。
 青空が広がっていたら、よい画になっていたかも知れない。
 どんよりと曇った日にD51を撮っても煙の色が空の曇った色と同化してしまい、迫力さが欠いてしまった。

 停車している駅ホーム以外の場所は一瞬のうちに通り過ぎてしまうので、シャッターチャンスを逃さないように常にカメラを構えなければならないとか非常に難しい。
 「D51が来たー!!」と思ったら、みるみるのうちに大接近、慌てて撮影したのがこれ。

 友人のはプロ写真家の持つ一眼レフなので、よい写真が撮れたに違いない。(笑)

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今はなき国内最古の電車(山口)

2007-01-25 00:01:00 | 鉄道ネタ

Img046 昨日は1922(大正11)年製造のSLあそBOYの話を書きましたが、今日は国内最古の電車を紹介しよう。

 タイトルに書いてあったとおり、今は現役を退いてしまいましたが、ついこの間(といっても、2003(平成15)年じゃん)までは山口県の山陽側にある、小野田線の本山支線で細々と走っていた。

Img047  この古い電車の形式は「クモハ42」と言い、国鉄の前身であった鉄道省が1933(昭和8)年、13両を製造。
   
 1950(昭和25)年までは京阪神で現在の「新快速」に相当する電車として運転。
 大阪から三ノ宮の30.6キロを最短24分で駆け抜けたと記録があり、今の新快速20分と比べるとわずか4分なので、戦前の電車にしては性能がよかったに違いない。
 国鉄は現在のように分割が行われていなかったので、東京の田町電車区に転属。
 1957(昭和32)年といえば、戦後の高度経済成長期。
 首都圏に新型の通勤電車(つまり、今の山手線の3世代前の全面ウグイス色をまとった電車)が登場。
 この古い電車は「ボロ国電」と呼ばわりにされ、地方に飛ばされてしまった。
 このような経緯を経て、この頃から山口県の小野田・宇部線で活躍。
 1981(昭和56)年、新しい電車の投入により、この電車は両運転台の特異性を活かし、わずか2.3キロの本山支線に追いやられてしまった。

 その頃から全国的に茶色の電車が次々と姿を消してしまい、小野田市(現 山陽小野田市)の観光名所になってしまった。

 本山支線専用電車として3両残っていたが、部品の確保が難しくなり、2両を廃車にして残り1両のために部品取りをするようになったのは2000(平成12)年。
 相棒がいなくなってから3年経過した2003(平成15)年、負担も増したのか故障も多くなり、毎日営業運転する現役から退いてしまった。

 山口に帰省中、小郡駅(現 新山口駅)で「さようならクモハ42形」の記念オレンジカードが売られているのを偶然見つけ、買ってしまいました。

Img048 最初で最後の乗車は1998(平成10)年の夏。
本線の雀田駅から周防灘に向かって延びるわずか2.3キロのレールは支線と言い、途中の駅は浜河内(はまごうち)、次は終点長門本山駅。

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33/56/18.434,131/10/34.856

 
 ネットで調べてみると、この電車は下関の幡生車両センターで戦前の遺産として大切に保管されているそうだ。

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