東京アイランド

OCNブログ人サービス終了に伴い、ここに引っ越ししました!

名寄で途中下車したら・・・あかん!

2019-11-21 00:00:00 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き


 名寄駅での待ち時間はあり、(名寄)の途中下車印をもらおうと思ったら・・・駅員さんに顔を覚えられてしまい、業務電話で「枕崎から稚内行きの一筆書き補充券でそちらに向かう旅人がいる。回収ヨロ」なんて稚内に連絡が行くかも知れない。まさか、そこまではしないだろうと思うけれど、無用なトラブルを避けるために見せない方が良さそうと友人と相談。
 (※JR北海道のみ、手書きの補充券(複写カーボン式)、車内で発行されたレシートタイプ、入場券は強制回収。マルスの乗車券、特急券、自動券売機、硬券、常備軟券(あらかじめ区間などを印刷したもの)は記念にお持ち帰り可)

 名寄駅を出てまもなく・・・いきなり道北の最果てに向かうような雰囲気。

 日進駅。この駅名、どこかで見たことがある。埼玉県の川越線にありました!!同じ駅名があるときは、マルスで発券される駅名は頭に線名を冠することになっている。宗谷本線は(宗)日進。川越線は(川)日進 といった具合に。

 日進駅舎。すごいですな・・・。2018(平成30)年5月に見たときは、なんとも思わなかったのに、今見ると、あのトラウマが蘇る。台風15号で今にでも窓が割れてしまいそうな、外からの凄まじい風圧でガタガタ・・・。テープを貼るなどの養生は全くしていなかったため、下へ避難。もう割れているかも知れないと覚悟しながら様子を見に行ったら、あれほどの風圧でも持ちこたえてくれた。今度もまた台風19号がやってくる前に写真のようにテープで貼り付け。雨戸がない窓ガラスなら、段ボールを貼り付け、その上からテープで補強しておいたほうが安全。私はこの写真を見ると「台風の養生」を連想してしまいますが、両親は「戦時中」を連想。爆風でガラスが飛び散らないようにどの家でも窓のこのようなテープで貼り付けていたとのこと。

 日進駅舎は板張りのホーム。名寄を出て1つめの駅なのに・・・。

 もう1度駅名票を確認。「ほくせい」の下にある駅名は何だろうと調べてみたら、「智東(ちとう)」。2006(平成18)年に廃駅。あれからもう12年経つのに、新しい駅名票への更新は無し。

 まもなく、秘境駅、北星駅です!!実は、平成20(2008)年、旭川から稚内までスーパー宗谷号に乗車中、瞬間だけ見えた「物置小屋」の駅舎が衝撃だった。ん??この駅は、北星ではく、ずっと先の「糠南(ぬかなん)」。糠南は物置小屋だけど、こちらの駅ももっとすごいものがあります!!

 ワクワクしますな・・・。

 見えてきましたよ!!

 私は下車する準備。あのバカでかい補充券を取り出し。
 停車し、運転士さんが後ろを振り向く。「おりまーす」と補充券提示。「途中下車ですね、はい!」とあっさり。

 稚内行きの汽車が行ってしまいました。ここに降りたのは秘境駅探検の目的もあり、友人の素晴らしい対策によるもの。
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名寄で途中下車せず、そのまま・・・

2019-11-12 00:05:12 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き

 やっと、名寄に着きました。2両のうち、先頭車は稚内行き、後ろは名寄まで。レールの規格も名寄までは特急の120キロ高速走行が可能。ここから稚内までは特急であっても、速度は落とす。
 数分の停車ですが・・・マルス(端末で発券されたもの)の乗車券ならお持ち帰りOK。手書きの補充券は原則として回収するというJR6社の中で切符の取り扱いがかなりシビアなJR北海道。枕崎から稚内ゆきの正式な手書きの補充券、旭川から稚内まで指定席特急券を所持しても、稚内の改札を出るのに、補充券は強制没収、マルス券の特急券はお持ち帰りOKですと片方だけ返されても困る。両方とも、持ち帰りたい。だったら、南稚内→稚内の乗車券と自由席特急券を東日本のMV機(指定席券券売機)で用意する方法はどうかな~?と時刻表博士の友人に相談すると、南稚内駅は有人駅だし、北海道は発車10分前にちゃっかりと改札をする。南稚内駅の改札を通過した「入鋏済」を証明していない、未使用状態の切符で手渡しても、実際は遠くから乗ってきて、南稚内から1駅区間を行使するキセラーだ!!と駅事務室に連れて行かれ、取り締まりの対象になるのでは。友人の「JR北海道は民営化の地域格差により、経営がとっても苦しいところなので、名寄から稚内までの区間を二重投資してあげましょう」という意見に同意し、作戦。
 現在も官営の国鉄だったら、本州の収益を北海道の赤字を補填することはできるが、今はJR北海道。札幌都市圏のみの収益で全道を賄えるのは非常に厳しい。

 切り離す作業開始!!

 先頭のキハ54は旭川から稚内まで長距離運行。後ろのキハ40はここで折り返し、旭川へ戻ります。

 いちおう、ここでも名寄市。道北地方の商業、産業の中心都市だというのに、電話の市外局番がね・・・東京の伊豆諸島・小笠原諸島と同じく5ケタ。伊豆諸島、小笠原は04992から04998。関東地方の中で1番端っこなので、99の多い番号。伊豆諸島最南端の青ヶ島村は04996-9-****。
 名寄市は01654。平成の大合併で市外局番が3ケタが多いさなか、市部で5ケタは珍しいと思う。おしゃれな街と言われている吉祥寺は武蔵野市。東京都の西側は「042」で統一しているのに、武蔵野市や三鷹市のみ4ケタの「0422」のまま。中学のときは非常に変わっていて、全国の郵便番号、市外局番を全部覚えていて、その番号を見ただけでおおまかに何々県!と答えられるように。頭が柔らかい子供の頃にインプットしたものが今でも使えるんですが、もう・・郵便番号や市外局番よりも、英語とか語学に力を入れればよかったのに。
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多寄駅から名寄駅

2019-11-02 00:00:00 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き

 前回の記事で次は「たよろ」という駅名票は「な」の上に「た」を貼り付けたな、よくできているイタズラだなと思ったら、実在する駅名でした。

 立派な駅舎ですけど、無人駅。ここは士別市内にありますが、もともとは多寄村の中心駅。

 次は・・・あの、メガバンクが駅名に!?社会人になって初めて就職した企業の指定金融機関は「富士銀行」。その後、第一勧業銀行と合併し、「みずほ」。都心のサラリーマンは挫折し、房総の田舎町に転職しても、そこに支店あり。引き続き、そのままメーンバンク。サブは沖縄好きが高じて「おきぎん」。

 今、ふと思い出しました。富良野線にも「西瑞穂」駅あり。隣同士ではなく、遠く離れていますが・・・。

 「みずほ」は「みずみずしい稲の穂」の意とされ、日本書紀に登場しているので、日本を代表する銀行として目指そうと命名。

 ここでもまだまだ士別市の多寄町。

 次は風連駅。

 やっと、名寄市内に入りました!!駅舎は立派だけど、無人駅です。

 東風連駅。

 次は、名寄。

 まもなく、名寄です。車窓から見える風景は、伝説のSL排雪列車「キマロキ」が眠る丘。(名寄駅から徒歩20分のところ)
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旭川を出てまだまだ70キロ!?

2019-10-24 00:00:00 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き
 ここまで来るともう宗谷本線の中間地点?と思い、距離を調べてみたところまだ70キロ。宗谷本線は全線259.4キロなので、3分の1。
今、乗っている汽車は旭川発稚内行。始発から終点まで同じ車両で6時間も走行するなんて、国鉄時代を彷彿。

 東六線を出ると次は剣淵駅。4万冊の絵本だけ取り扱っている図書館がありますので、「絵本の里」と呼ばれています。

 剣淵町を代表する駅なので、有人駅かなと思ったら、ここでも無人駅でした。

 次は、北剣淵。

 な、な、な、なんと!ここが待合室の小屋なんですか!?

 道路に面しており、秘境駅っぽい雰囲気が漂います。

 次はやっと、有人駅の士別駅。

 北海道士別市の代表駅なので、「みどりの窓口」もあります。

 ここは士別と書いて「しべつ」だけど、道東の根室あたりにも「標津」という地名があり、おなじく「しべつ」。

 次は下士別。ん?隣の駅は、名寄じゃなくて「たよろ」なんですか。札幌からの特急「宗谷」が最高速度120キロまで出せるのは名寄まで、それより北のほうは線路の高速化が行われていないので、速度も落ちる。鉄道ファンの間ではもう有名な駅だけど、「たよろ」は聞いたことはない。「な」や「N」の上に「た」や「T」を貼り付けるなんて、とんでもないイタズラだな!?と思い、調べてみたら、実在する「多寄駅」。もともとは上川郡多寄村という自治体がありましたが、現在は士別市と合併しているので、「士別市多寄町」。
 な、な、な、なんと紛らわしい。「た」、「な」は口の形が似ているし、どちらも母音が「A」なので、聞き間違えもあるかも知れない。

 趣のある、下士別駅舎。次は、多寄です。
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わっ、さむ~!!

2019-10-11 00:00:00 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き

 わっ、さむ~、とはこの駅のこと。

 ダジャレではなく、北海道上川郡和寒町という自治体があります。
 特急、快速も停まる駅なので、有人駅かなと思ったら、なんと無人駅でした・・・。

 北海道らしい風景が続き・・・

 東六線駅。(板張りホームのみの、秘境駅)。北海道は縦横の線が平行に規則正しく引かれているような道路がほとんど。近くの道が「東六線」なので、そのまま駅名になったそうです。札幌の手話表現も、ぱっと開いた両手を重ねて、片方の手を引く。これは碁盤の目のように整備されている様子を手で表現。

 北海道では初夏の5月になっても、まだ山ほど残っていました・・・。
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忘れてはならない鉄道史に残る塩狩峠事故

2019-10-04 00:13:34 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き

 比布を出ると、次は北比布駅。

 北比布の駅舎!?最近新しく建て替えたようです。

 次は、蘭留。「らんる」とは、アイヌ語で「下る道」。北海道の駅名に「~ない」「~べつ」が付く駅名が目立っているのは、「川」を意味し、この駅の近くに「川」が流れています。アイヌ語を継承して話せる方がかなり減少し、消滅危機言語のひとつ、となっているそうです。

 まもなく、塩狩駅。三浦綾子さんの小説「塩狩峠」がとても有名になっています。私がいつ頃でしたっけ・・・?義務教育を受けている間に、国語か道徳の授業のどちらかあまり覚えていませんが、北海道の塩狩というところに急勾配が続き、宗谷本線最大の難所として知られているところです。1909(明治42)年2月、鉄道省職員の長野政雄氏が殉職する事故が発生しました。名寄から旭川へ向かう最終急行列車が峠越えに挑んだ時、最後尾の連結器が外れて1両の客車が逆走。客車を停止させようとブレーキハンドルを懸命に回しましたが、停まるところが暴走を続け、最悪、脱線事故に至るかも知れない、と自らの身を投じ、車輪の下敷きとなって客車を停めさせました。1人の鉄道職員の殉職と引き換えに、多くの乗客の命が救われたという話です。32歳の若さで亡くなられました。学校では長野氏はクリスチャンなので、このような行動に出たといったような話が出ていませんでした。大人になって、知った話です。

 塩狩駅の開業は・・・事故が起きた1909(明治42)年では、「駅」ではなく信号場。駅として昇格したのは1924(大正13)年。

 もしかしたら、開業時からそのままの姿なのかも知れない。

 5月だというのに、まだ寒くて残雪あり・・・。
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枕崎→稚内の乗車券で最終路線、宗谷本線の旅が始まります!

2019-09-25 00:00:02 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き
 宗谷本線。「そうやほんせん」と聞いただけで、哀愁ただよう最果ての路線とイメージされた方は、宗谷本線に乗って行かれた方だと思います。宗谷本線はまだ乗って行かれない方でも、このブログで連載が始まりますので、どんなところなのかお楽しみいただければ幸いです。

 JR九州の駅で 経由:宗谷 と印字することは滅多にないかも・・・。博多駅員の若い女性が聞きなれない北海道の駅名ばっかりリクエストされても、臆せずテキパキと発券!!博多はJR九州の本社なので、北海道まで把握しているってことですね。素晴らしい!!新旭川から先は、枕崎→稚内 経由:・・・・石北・宗谷の乗車券併用。石北本線は新旭川まで、新旭川から宗谷線で稚内というルートなので、ホテルに泊まるため別途新旭川から旭川まで往復券を発券。もとの乗車券を確認しているので、北海道から遠く離れた九州でもこのように発券が可能。さすがにマルス端末、オンラインで瞬時に全国のどの区間でも発券ができる。

 旭川四条駅。都会のど真ん中にあります。北海道の都市部は碁盤の目状道路なので、〇条は座標を示し、次に〇丁目〇番地〇と表示。地番だけだと、建物の場所を正確に特定することができないため混乱を招いでしまう。碁盤のようなマス目を1単位(〇条)と付け、丁目、番地と付ければ、地図を見ただけで縦軸と横軸の数字でぱっと見られる。要は目的地の場所を探しやすい。

 宗谷本線で大都会の風景が見られるのはここだけなのかも。

 次はあっという間に新旭川駅。

 立派な駅舎なのに、無人駅。

 永山駅。新旭川は無人だけど、こちらは有人駅。マルス端末が置かれていて、みどりの窓口あり。

 旭川周辺のみ都会の風景だけど、郊外になると北海道らしい風景が続きます。

 ぴっぷ駅。

 このコマーシャル、覚えていらしゃいませんか。ぴっぷエレキバン。
 山口県の何もない田舎に住んでいた子供のころ、何度も見かけ、あっちは「ぴ」だけど、ここから近い駅は「べ」だな。と思ったことも。つまり、「べ」とは大分県の有名な温泉の別府駅。

 別府(べっぷ)は行ったことがあるけれど、いつかは比布(ぴっぷ)!!と思っていたのが実現に。
 ピップエレキバン!!肩こりに貼るものと紹介されても、私に肩こりなんて無縁なもの~!!と子供のころ思っていましたが、ジジィになった今はもう軽度の肩こりですね。
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2018(平成30)年5月6日 旭川駅

2019-09-16 00:41:42 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き
 5月5日の夜遅くチェックイン。キーを受け取り、指定された部屋に入ると猛烈にタバコのにおい。この空間だと臭くって寝られないんじゃないの!?と再びフロントへクレーム。「お客様が喫煙を希望されていたんですが・・・」「はあ?本当ですか?」(首をかしげる)「もし、禁煙のが空いていれば、取り替えてくれる?」こんなときの予備なのか、最上階の角部屋になりました。

 朝5時半頃の風景。

 5月なのに、まだ雪が残っていました。さすがに北海道。

 当初の予定では、旭川9時00分発稚内12時40分に到着する特急宗谷を利用するつもりだったんですけど、JR北海道では手書きの補充券をどうしても没収する方針。記念に持ち帰りたいとリクエストがあってでも強制的に没収。枕崎から稚内の乗車券がコンピュータで発券されたマルス券なら「どうぞ」。手書きの補充券だと偽造や再利用など不正に使われては困るからだそうです。あのな、私たちはキセルとか企んでいないのに。善良な市民ですよ!!

 作戦1 スーパー宗谷で南稚内駅下車。途中下車扱いになり、補充券は没収されない。南稚内から稚内までの切符を用意して、次の汽車に乗るとしても、17時19分。タクシーで向かうとしても、中途半端な形でゴールになってしまう。どうしても鉄路で行くしかない。この案はボツ。

 作戦2 稚内までの正規の乗車券(手書きの補充券)、特急券でそのまま乗り続け、あらかじめ「南稚内 → 稚内」の乗車券および「南稚内 → 稚内」の自由席特急券を用意して、稚内の改札口で引き渡すとしても、旅行中の恰好をしておきながら、本当に1つ手前の南稚内から乗ったの!?南稚内駅は有人駅、特急が発車する数分前から切符にチケッターを捺印する改札を実施している。南稚内駅のチケッターが付いていない。本当はもっと遠いところから乗ってきて、未入鋏の南稚内からだとキセルじゃないの!?と疑われるに決まっている。この案はボツ。

 作戦3 チケッターの捺印が不要になる無人駅の「天塩中川」からを別途用意する案も出ましたが、この方法だと面白くない。と友人が、うまく考えてくれました。私も「ほぉ~、これはすごいなぁ!!」と感心するほど。

 作戦4 どんな作戦なのか、これから連載開始!!

 休日の朝6時前なので、通行人見かけず。

 この都会的な風景が見られるのは、最北端なのかも。旭川を過ぎるとのどかな風景が続きます。


 稚内行き、6時3分。

 経由:石北・宗谷だと、新旭川から旭川までの区間が含まれていないため、旭川に宿泊するため別途往復乗車券購入。「かえり」券で最北端の自動改札機に挿入。ちなみに自動改札機最東端は釧路駅、最西端は佐世保駅、最南端は鹿児島中央から4つ目の指宿枕崎線の谷山駅かな。

 稚内まで259.4キロ、49駅も停まり、要所時間は6時間!!(6時3分発12時8分着)。

 南稚内12時3分に着き、枕崎から稚内までの補充券に「南稚内」の下車小印を捺印してもらい、改札を出る。改めて稚内までの乗車券、自由席特急券を購入すれば入鋏済のチケッターが付く。稚内駅で降りてもお咎めはないはずだけど、この作戦ではありません。
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石北本線、ずーっと漆黒の世界

2019-09-04 00:00:00 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き
 特急オホーツク4号は 網走 17時25分発 → 旭川 21時14分着 →(札幌22時53分)。旭川まで237.7キロ、乗車時間は4時間もかかる。北海道は途轍もなくひろ~い。
 友人は乗り換え時間数分を利用して、網走駅弁のかにめしを調達。さて、私は!?まさか、旭川まで夕食はおあずけ!?よく我慢できたな??と思ったら、私のカメラにちゃんと入っていました。もしかしたら、網走駅の夕方5時頃はもう無くなっているかもと用心深く釧路駅で調達。(笑)でも、網走駅で夕方5時、ちゃんと入手できてよかったな!!

 釧網線または、花咲線(釧路-根室)の車内でいただいたほうが風景にマッチして美味しいかも知れませんが、ここは石北本線。

 じゃーん!釧路湿原をモチーフにした幕の内弁当。
 まもなく、車掌さんの検札。枕崎→稚内 (経由:超長い・・・・・)にフリーズし、気を取り直して、・・・・釧網・網走・石北・新旭川・宗谷の部分をチェック。

 特急券に旭川車掌所のチェッター。「はい、ありがとうございます」
 (車掌さんも内心、超変なオタクもいるもんだなぁ・・・と思われたかも)

 次の停車駅は、17時40分、女満別駅。駅舎も新しいし、みどりの窓口があるかも?と思ったら、なんと無人駅!!

 17時51分、美幌駅。1975(昭和50)年に「みどりの窓口」設置しているのに、2016(平成28)年3月にマルス端末を撤去し、無人駅化。特急も停まるのに、当日に指定席に座りたいという乗客は女満別、美幌も無人駅だと指定席が買えない。どうするんですかねぇ・・??

 美幌を出ると、次は北見。釧路に次いで道東エリアで都会になっています。
 18時15分、北見を出るともう日没。
 
 留辺蘂(るべしべ) 18時34分
 (廃)金華 通過
 幽霊の名所、常紋トンネル 通過  漆黒の世界なので気づかず・・・。 
 生田原 18時55分発      
 遠軽  19時16分着
     19時19分発  遠軽で方向転換。
 丸瀬布 19時37分発 
 (廃)下白滝 通過
 (廃)旧白滝 通過
 白滝  ??時??分 通過
 (廃)上白滝 通過
 (廃)奥白滝 通過 ← 鉄道電話になっている公衆電話ボックスを辛うじて見つけた
 (廃)上越  通過 
 (廃)天幕  通過
  
 秘境区間がずーーーーっと続く、白滝シリーズは全区間とも、車窓では外からの明かり1つもない、漆黒の世界。
 ということは、この周辺の「明かり」は特急の運転席にあるライトしかなく、一瞬のうちに通り過ぎれば、朝が来るまでずーーーっと恐ろしいほど暗闇の世界。
 
 上川  20時36分 発
  上川まで来れば、旭川都市圏なので、住宅街の明かりがボチボチ。

 21時14分、やっと旭川到着!!でも、特急は札幌までです。網走からずーっと走りっぱなしだけど、エンジンや給油は大丈夫ですかねぇ・・。

 将来、北海道新幹線が旭川まで延伸を見込んで高架駅になっています。

 経由:・・・・・釧網・網走・石北・新旭川・宗谷の乗車券だと、新旭川から旭川までの宗谷本線は区間外乗車になるので、博多駅で作ってもらった乗車券とともに、旭川駅改札口を出場。

 2018(平成30)年5月5日 21時半の旭川駅。通行人とかは全くいない。寂し過ぎる。

 今の、新しい旭川駅舎。旧駅舎の様子は今でも覚えていますが、変わり過ぎる。

 駅弁だと物足りないので、コンビニで夜食を少しチョイス。     
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釧路を出て3時間後・・・

2019-08-28 00:00:00 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き

 釧路を14時14分に出発して、終点網走には17時17分到着。まもなく、ラストラン。
 1両のワンマンカーなので、駅に停まるたびに運転士さんがちらっと車内を確認し、降りて行かれるお客さまがいらしていれば、乗車券または運賃収受。
 な、な、なんと!釧路からずーっと運転。根室から釧路まで130キロもずーっと同じ運転士さんが2時間半も!?と驚いたことはあるんですが、ここでもおよそ170キロを3時間かけてでも1人で。そんなに体力はあるんですか。内地だと、長距離を1人で担うってことはあまり聞かない。東京から房総半島各地行きでさえ、千葉または蘇我で乗務員交代。
 JR北海道の運転士さんはかなりタフだな~と思わせる一瞬。3時間近く乗っていて、出発から終点まで同じ運転士さんだと気づいたとき。
 平成30(2018)年のゴールデンウイーク。網走付近のオホーツク海。

 網走の1つ前、桂台駅。網走市街地の郊外なのか、周辺は住宅地になっていました。


 北海道の春は内地に比べると遅い。サクラ満開です!!乗車券は「枕崎 → 稚内」だけど、枕崎を発った日の指宿枕崎線キハ47は冷房が入るほど夏日だったのに、ここは上着を羽織っておかないと少し肌寒い。

 17時17分に着いて、札幌行きの特急は17時25分。わずか7分しかありません。そのため、駅の外に出て、のんびりする暇もなく・・・。
 網走市は2000年の家族旅行で訪ねたところ。網走監獄も見学。1890(明治23)年、網走監獄開所。無期懲役の囚人を収容、主に道東エリアの開墾。道路や鉄道敷設工事に従事。逃亡を防ぐため、朝から夜まで鉄の重りを付けた足枷をはめての作業。工事現場の近くに小屋を建て、丸太を枕代わりに寝かせたりして、過酷で非人間的な労働環境。ろくに食事も与えなかったため、犠牲になられた方も多い。特に石北本線の金華信号場(もともとは金華駅)から生田原間の「常紋トンネル」では当時の労働者が掘って開通させたもの。鉄道院から国鉄、JR北海道に引き継いだ現在も、トンネル内で人影が見えたなどの怪談話は途絶えない。その理由としては・・・昭和43(1968)年、十勝沖地震発生。この地震で常紋トンネルの壁面が損傷したため、昭和45(1970)年にその改修工事を行った際に、壁の中から、立ったままの人骨が発見。栄養失調で弱り果ててもう十分な労力を発揮できない。虫の息となった囚人を明治の監視員が強制的に壁の中へ生き埋め、というケースもありました。人骨の頭に暴力を受けたときの損傷跡も見られ、非人間的な扱いを受けたということが窺える。
 (今だったら、日本国憲法第36条【拷問及び残虐刑の禁止】公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。死刑確定者に課せられる死刑執行のときも、原則として絞首刑のみ。残虐な刑罰とは言えない。)
 その後トンネルの入口付近などで大量の人骨が埋まれているのに発見され、トンネルの中で幽霊に遭遇する噂がc事実だということが判明。常紋トンネルの完成までに犠牲になった方は、百人を超えるとも言われています。そのため、金華信号所付近(昔は金華駅)でトンネル工事殉難者追悼碑が建てられ供養はされています。

 網走から札幌まで374.5キロ、特急でも5時間半かかる。「のぞみ」だったら、5時間あれば博多から東京の1000キロ超えだけど、こちらは在来線の特急しかありません。

 撮影当時は、平成30(2018)年だけど、今、確認してみたところ、令和になっても、このレトロな国鉄車両がバリバリ現役。

 平成の最後、函館から札幌間の大動脈、現在は183系が撤退し、新しい261系の「スーパー北斗」で統一。もはや、絶滅危惧種。

 友人が購入。

 網走駅弁は、かにめしでした~!
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北浜駅またやってきました

2019-08-20 00:14:00 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き

 北浜駅。最後に来たのは、今から18年前の2000(平成12)年の家族旅行。レンタカーで6日間の北海道1周を企画しており、白滝シリーズの中で1つだけの駅、奥白滝駅のみ(現在は廃駅ですが、当時は秘境駅。1日1本しかない)という制約のなか、北浜駅もお勧めですとやっとお許しが出たところ。
 鉄道ファンでない方と一緒だとマニアックなことはできぬ。多くある立候補の中から慎重にピックアップ。

 目の前がもう海、の駅は神奈川県の海芝浦駅が有名だけど、こちらはオホーツク海に最も近い駅。冬だと海岸を埋め尽くす「流氷の名所」なんですよ!!

 もう18年ぶりになりますが、全然変わらない。

 1994(平成6)年の北海道一周ドライブで北浜駅に立ち寄り、ドアのところにマジックで「クレヨン」とか落書き。もうこれはれっきとした器物損壊罪になりますが、ここに訪ねた記念として名刺や切符、マジックで名前とか書き放題だったもんな・・・。6年後の2000年、再度北浜に立ち寄ったとき自分の落書きを見つけては「まだ残っていたんだ」。18年後経った今も同じドアだったら、見られるはず・・・。そんなに確認したければ、途中下車!!だけど、次の汽車は2時間後になっては、鉄路で当日中に旭川に到着するのは困難。

 次は藻琴駅、北浜駅とあまり変わらないスタイル。
 もこと。頭に「も」が付く駅は?と言われると、もじ、もじこう、もばら・・・。

 つぎは、ますうら駅。

 「釧路 → 鱒浦  経由:根室線・釧網  ¥3,240」のきっぷを持ったお客様がワンマンカーの運転士さんに手渡し。
 釧路を出たときにとなりの方がきっぷを出して確認するときにチラ見。(本当はダメだけど) 字画数の多い難しい漢字に「浦」。それってどこなんだよ!?と疑問に感じてたことが解けました!!ここでした。鱒浦。ちょうどゴールテンウィークなので、釧路から実家の鱒浦へ帰省かなぁ・・??
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釧網線もいよいよ終焉

2019-08-09 00:00:00 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き

 世界遺産の知床斜里駅を出ると、次は止別(やむべつ)駅。
 有人駅だったころの駅事務室を厨房に改造し、「ラーメン喫茶・えきばしゃ」と言う飲食店が入居。
 最果ての地でいただく、らーめんってどんな味なのか気になるところ。



 止別の漢字は、「別れるのを止める」とも読めるんですけど・・・。

 次は、浜小清水駅。

 比較的大きな駅ですね・・・。
 ここでも無人駅ですけど、道の駅が併設されています。


 止別駅の中に飲食店あり。隣の駅も、飲食店あり!!

 なーにもない原風景。

 次は、原生花園駅、。毎年5月1日から10月31日までの半年間、営業する臨時駅です。

 撮影日は2018(平成30)年5月5日なので、この駅に停車!!
 ちなみに日本一短い臨時駅は、JR四国の香川県にある、予讃線の「津島ノ宮駅」。毎年の8月4日と5日の2日しか営業しない駅なんです。365日のうち、363日は通過する津島ノ宮駅も、津島神社の例大祭の当日だけは、多くの人々で賑わうため、JR四国の有人駅から多くの職員が送り込まれてくる。切符も、車掌さんが携行するオレンジ色のレシート方式のPOS端末設置、「津島ノ宮」の改札チケッターも常備。
 マルス端末も、「津島ノ宮」は発券できるが、乗車日を8月4日または5日を指定しないと発券できない。次は、海岸に1番近い、北浜駅でーす!
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世界遺産の知床まで進みました!!

2019-07-31 00:00:00 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き

 札弦を出ると、次は清里町。「清里」といえば、山梨県にある小海線の駅でしょ!?と調べてみたら、やはり、ありました。小海線か・・・まだ乗っていない路線だけど、あと少しで片付く予定。連日の猛暑だけど、標高の高い清里はきっと涼しいに違いない??

 清里町でしばらく停車。ここからのアングルだとJRのロゴマークが目立つ。JNR(国鉄)解体時、新しいJRはどんなデザインにするか!?時間は、もうない!!N(ナショナル=國)を取り除き、JとRをテキトーにくっつけたデザインが考案され、今はもうすっかり定着。1987(昭和62)年の話なので、もう32年前か・・・。早いなぁ・・・。発足当時、私の住んでいたところはJR西日本とJR九州の境界付近。青(西)と赤(九州)ばかり見慣れ、オレンジ(東海)や緑(東)は遠く行ってしまい、旅行気分だったのは確か。

 ここでも昔は有人駅。立派な駅舎。

 ホッカイドーらしい風景が続き・・・


 南斜里駅。

 中斜里駅に到着。

 次は世界遺産の知床斜里駅でーす!(みどりの窓口あり)

 「しゃり」という手話は、寿司の「シャリ」。シャリをにぎる仕草で「斜里」と表現すると聞いていますが、本当ですかね??現地の方に「斜里」は寿司の「シャリ」と同じですか?と確認するしか・・・。

 オホーツク海ですね・・・。

 どこまでも続く鉄路。
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釧網本線の駅は面白い!

2019-07-18 22:42:05 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き

 摩周駅を出ると、次は・・・

 美留和駅。

 撮影日は平成30(2018)年5月5日。来年の今頃は、新元号になることは知っていました。まさか、「和」が再び復活するとは思わなかった。平成31年4月1日の朝。新元号が発表される数時間前。私は頭に「K」が付くのを予想していたのに、友人は「和」が付くはずだと予想。「昭和」の「和」が再び付くのはあり得ないな…と思っていたら、本当にぴったんこ。菅官房長官が額縁を持った文字を見て、命令の「令」に和解の「和」!?なんで「命令」?国が国民に命令するってこと?と、すごく違和感を覚えましたが、そのあとになって、万葉集の「初春の月(れいげつ)にして、氣淑く風ぎ」という由来を知ってから、今ではもうすっかり馴染んでしまいました。
 「平成」のときは、私がまだ子供のころだった。当時小渕官房長官が「平成」の額縁を持ったとき、すぐ「へいせい」と読めて、そのときの第一印象は「平和」、「成し遂げる」だったのは確か。「昭和」は改元時に私はまだこの世にいなかったので、何とも言えぬ・・・。
 父の1番姉に当たる、伯母が平成31年4月の終わり頃、5月の「令和」に改元されるまで持ちこたえるかどうかという内容の連絡が来て、どうにか生き延びて欲しいと願っていましたが、平成最終日に大往生。昭和に改元された直後に誕生、平成の最終日に天寿を全う。
 この先長くないかもと心配して、2年前の平成29(2017)年、山口県最東端の岩国駅で「根室→【区】東京都区内」の乗車券を購入後、老人ホームで対面。あの頃はとても元気だったのですが、人間はどうも寿命があるようで・・・。

 ここでも貨物列車の最後尾に付いていた車掌車を駅舎に改造。「ダルマ駅舎」と言われています。なぜ、ダルマなのかと言いますと、車輪のない姿がダルマのようだということ。ダルマは差別用語だという批判も出ていますが、鉄道ファンの間では決してそのように意識して付けた名称ではありません。

 美留和の次は、川湯温泉。

 観光地なのか、乗降客はそこそこ。

 つぎは、「みどり」。JR東日本のコーポレートカラーの駅ですね・・・。ここは北海道なんだから、JR発足時に「緑」から「もえぎ」に改名すればよかったのに。JR北海道のコーポレートカラーは萌黄色。本州よりも早くも冬になり、長い間厳しい冬を耐える道民にとって、春先の少しでも芽生える萌黄色は、特別な意味合いがあります。
 それでJR北海道はJR東日本の兄弟として、この色、と決められたかも知れませんね。JR西日本の青と、JR四国のスカイブルーも兄弟。

 緑駅舎。

 緑駅全景。

 次は、咲来と書いて、さっくる。

 網走までまだまだながーいです。運転士さんは始発の釧路からずーっと同じ方。トイレに行かなくても大丈夫なのかと心配する頃。
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摩周まで進みました

2019-07-12 22:29:51 | 2018GW枕崎→稚内一筆書き
 茅沼駅から標茶駅の間に五十国(ごじっこく)駅がありましたが、年間の利用者がゼロなので、2017(平成29)年をもって廃駅。貨物列車の最後尾に連結していた車掌車を改造した駅舎が置かれていた。現在は撤去されているので、車窓から駅舎後を見つけるのは毎日利用する地元でなければ難しい。

 標茶駅。釧路を出るとずーっと無人駅が続いていましたが、やっと「みどりの窓口」のある駅です。

 磯分内駅。

 北海道の「のどかな」ところ。

 南弟子屈駅。読みは「てしかが」で漢字は弟子屈。掃除機マニアの中学生が何度もテレビに出演。ここから釧路市の大型家電量販店に何度も出かけては新製品のチェックをするのが大好き。あ、あの・・・ここから釧路まで65キロもあるんですけど・・・。ここでも田舎町だけど、大型家電量販店に行きたいと思えばそんなに遠くは無く、数分で行ける。あっ!思い出した。山口県の何もない田舎で過ごしていた頃、関門トンネルを潜って小倉や博多とか都会へ出かけるのが楽しみだったな・・・。今!?都会に出かけるのが億劫になり、青ヶ島や小笠原への憧れが強くなっている。

 次は、摩周。ここでも「みどりの窓口」があります。

 釧路から業務用メールボックスから何かの書類を受領。ネットでは送れない書類などの社内メール便は委託先の業者さんが運んでくれるけど、こちらは自前で運搬。
 北海道新幹線の空席を利用して、宅配業者の荷物を積む実験を行う方針を明らかにしました。JR貨物の貨物列車に宅配業者のコンテナが連結されているのを見かけたことがあるんですが、JR北海道が新幹線に貨物を運ぶ実験開始!!現在の青函トンネルは3本のレールが敷かれてあり、在来線の貨物列車と新幹線共同。新幹線が超高速で走行中、対向車の貨物列車が風圧で荷崩れする危険があり、新幹線なのに140~160キロに速度を落としている。それで新幹線車両に座席を取り除いた貨物専用新幹線を新開発すれば、本来の速度で走行が可能になる。国交省は来年秋までに共用走行問題の解決策を示す見通し。
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