Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

奥田英朗「サウスバウンド」を読んで

2013-07-25 23:45:29 | 読書感想文(小説)


夏休みですね。学生さんにとっては。

毎年この時期になると、読書感想文向けの本のレビューのアクセス数がぐっと増えるので、今年もそれを狙おうと思い(おい)、それっぽい本を読むことにしました。とはいえ、だいぶ前に読んだ本を読み返したのですが。


東京都中野区に暮らしている小学校6年生の上原二郎は、喫茶店を営む母・さくらと社会人の姉・洋子、小学校4年生の妹・桃子と、働かないでいつも家でごろごろしている父・一郎の5人家族。元過激派の父親に振り回されつつ、仲のいい友人と楽しく過ごしていた二郎だったが、ある事件がきっかけで上原家は南の島に移住することになってしまい…


※ここから先、ややネタバレがあります。ご注意ください。





「最悪」や「無理」のように、奥田さんの長編小説は重くて救いがないものが多いイメージがありましたが、この「サウスバウンド」は読み終わった後に爽快感が残りました。小説の最後にも出てくる、“南風”が吹きぬけるような爽快感です。

主人公の二郎は、中野の公立小学校に通う、ごく普通の男の子。仲のいい男子と、ちょっと気になる女子がいて、変わり者の父親に振り回されている以外は、二郎の日常はその年頃の小学生と変わりありません。それが、不良中学生に絡まれたり、上原家の居候のアキラおじさんから奇妙な頼まれごとをしたりしているうちに二郎の日常はどんどん予想外の方向に流されていき…。ボタンひとつの掛け違えで主人公の人生ががらりと変わってしまうのは奥田英朗の作品ではよくある話ですが、気がつけば二郎はガスも電気も水道もない、西表島の空家にたどり着いていました。いや、さすが奥田英朗。相手が小学生でも情け容赦ありません。

小説の前半は東京編、後半は沖縄編とばっきりわかれています。沖縄編は西表島でどんどん野生化していく上原家の生活も面白いのですが、東京編での、二郎と同級生たちの友情エピソードも読み応えがありました。少年から青年に変わる年頃にある彼らの微妙な心情に、遠い昔、私が二郎と同い年だった頃を思い出して切なくなりました。また、二郎たちが沖縄に行く原因になった“ある事件”の顛末にも。まだ小学生なのに、事件に巻き込まれてしまった二郎。二郎を巻き込んだ相手もまた他の人間に利用されていた、というのがやるせなかったです。

そして、東京編の切ない別れを一掃するような沖縄編では、二郎と幼い桃子以外の上原家の面々が大変貌。東京では一郎をたしなめることが多かったさくらも、一郎に反抗的だった洋子までも、電気も水道もない空家(ガスはプロパン)での生活をものともしません。さらに一郎にいたっては畑仕事や空家の改修など肉体労働に汗する始末。東京ではずっと家でごろごろしてるだけだったのに。一郎に同調して西表での生活に順応している2人を見て、「なんだかんだいっても、夫婦や親子って似てしまうものなのかなぁ…」と、我が親、わが家族を顧みてしまいました。いやいやいや、まさかそんな。

騒動の種を見つけると黙っていられない一郎は、西表でもリゾート開発問題に首をつっこみます。このへんの田舎の事情は、規模は違えど島に住む私にとってあまり他人事とは言えない話で、読みながら考えさせられることが多かったです。それと、島にやってきた上原家を快く迎えた島の人たちの温かさ…と距離感のなさにも。親切にしてもらえるのはありがたいけど、プライバシーは守らせてほしい、でもそれはこの島では無理な話。いやいやいや、どこにいっても一長一短、いいことと悪いことの両方があるんですねぇ。要はどこで折り合いをつけるかってだけで。

ただ、あんまり本筋とは関係ないのですが、島の人たちは上原家に家財道具や食べ物を譲ってくれるけれど、それは新品じゃなくてたまたま家にあった古いものだったり、食べ物をもらっても上原家だけでなく家を訪れる人皆で分け合って食べたりしていたのが興味深かったです。それは、お互いの関係が「あげる」「もらう」ではなく、「共有する」だからこそなんでしょうね。ここまで徹底するのは無理だけど、ちょっと勉強になりました。

結局、リゾート開発計画は中止にならなかったものの、一郎らの反抗にはそれなりの成果があったので、読み終えて「これでよかったのかな」と納得する気持ちになりました。世の中を変えるためには、ものすごく時間がかかるというのはよくわかっているつもりなので。急いで変えようとしたって、絶対うまくいかないことも。

一郎とさくらの脱走劇以降の展開は拍子抜けでしたが、それ以外に収まりどころがないというのも真実なので、いたしかたないかと。電気がないのはなんとかなるとしても(なるのか?)、トイレが汲み取り式ですらないってのはねー、ちょっとねー。




文庫版だと薄手で上下巻、たくさんのエピソードがぎっちぎちに詰め込んであるので、あっという間に読めてしまいます。

読書感想文のネタに迷っている若い皆さん、ぜひどうぞ。学校の先生が読むとドキッとするようなことも書いてありますよ♪




2 コメント

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Unknown (Unknown)
2015-12-26 13:19:07
大人でもない子供でもなしの危うい時代の少年の仲間達の付き合いのビミョーな迷いや、親との軋轢が誠にリアルでした。厄介な父親の本質を知るのは南の過疎地に引っ越してから。北の国からを彷彿させるような兄妹の繋がり、たくましくイキイキする父親の孤高の闘いぶりにことなかれ主義で生活にあくせくしてるフツーの人々が小さく見えた。学生運動の暴れた時代を多少知ってるだけに興味深く読みました。先生のお手紙良かったU+2757
コメントありがとうございます (もちきち)
2015-12-26 17:00:05
こんにちは。
私は学生運動のことは詳しくないので、書いてあることをそのまま受け取っただけですが、当時のことを知っている人には興味深いものなんですね。
二郎の先生の手紙は確かによかったですね。あの先生はその後どんな先生になったのかしら。

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