Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

吉田修一「怒り」

2016-03-23 20:53:22 | 読書感想文(国内ミステリー)



八王子市の住宅街で、若い夫婦が自宅で惨殺される事件が起きた。
現場には「怒」という血文字が残されていた。
犯人は山神一也、27歳と判明するが、その行方はわからず、捜査は混迷していた。
そして事件から一年後の夏、千葉の港町で働く槙洋平・愛子親子、東京の大手企業に勤めるゲイの藤田優馬、沖縄の離島で母と暮らす小宮山泉の前に、身元不詳の三人の男が現れた―



※ここから先は微妙にネタバレがあります。ご注意ください。




吉田修一の「怒り」を読みました。今秋に豪華キャストで映画が公開されると聞いて、興味がわいたので。
読みながら「この役は誰がやるんだろう」とか「この場面は再現できるのかな」とかいろいろ想像をめぐらせましたが、まだちょっと見当がつきません。
渡辺謙の役は年齢的に槙洋平だろうと思うけど、娘の愛子を誰が演じるのか…ぽっちゃりしていて、生きるのに不器用で、子供の頃には知的障害の疑いを持たれた愛子。出演者の名前を見ると、彼女を演じるのはおそらく宮崎あおいなんでしょうけど、だいぶイメージが変わっちゃいそうで心配です。まあ、宮崎あおいの演技力を信じるしかないか。

演技力といえば、犯人の山神一也は誰が演じるのかがすごく気になりますが、文庫本上巻の帯に書いてある若い男性俳優陣は実力のある人ばかりなので誰が山神役でも問題はなさそうです。でも妻夫木聡は「悪人」で殺人事件の犯人の役だったから、また犯人役ってのはないかな…。

というわけで、小説を読み終えた後は、「誰が犯人(の役)なんだろう?」という疑問が頭をぐるぐるしましたが、小説を読んでいる最中は

「犯人は誰だ!誰なんだ!誰なんだー!!!」

という声なき叫びが、頭の中をもっともっとぐるぐるしていました。

千葉・東京・沖縄の三か所で、それぞれに湧き立つ身元不詳の男への不信。洋平は漁協にやってきた田代を疑い、優馬はマンションに転がり込んできた直人を疑い、泉は無人島で出会ったバックパッカーの田中を…いや、こうやって振り返ってみると誰が犯人なのかのヒントは書かれていたんですね。信じなかった人ではなく、疑わなかった人に、悲劇が訪れるという。そして、自分の目の前にいる男が山神ではないのか―そう疑っていた男がそうではなかった人もまた、安堵するのではなく、深い悲しみを味わうことになるのが皮肉です。

同時に、疑わなかった人が、山神と出会ったことでつらい目に遭うのはやるせない気もしましたが、作者の吉田さんは
「彼らならこの悲劇に押しつぶされることなく人生を切り開けるかもしれない、と希望を託したのかもしれないな」
と思うことにしました。さて、映画ではどんな結末になるのでしょう。少しはカタルシスがあるといいけど、あんまり原作から改変すると批判されそう。

身元不詳の男が現れる千葉・東京・沖縄に加えて、刑事の北見が山神を追って訪れる全国各地と、場面転換が多く視点もコロコロ変わるので読んでて目まぐるしく思うときもありましたが、ひとつひとつの章が短いのでテンポがよくてさくさく読めました。千葉の場面では田代を、東京では直人を、沖縄では田中を疑い―左利きだの右頬にほくろが縦3つ並んでるだの、3人の男それぞれに山神との共通点があるとわかれば、思わず腰が浮いたり。目撃者の通報で、北見が山神によく似た人物に職質をかける場面は、読みながら鼻の穴が膨らんでしまいました。あの場面、小説だからこそ緊張感があったと思うんだけど、映画だとどう表現するのかなー。

あと、惨たらしい殺人事件から始まるし、暗い過去を背負っている登場人物が多いしで、小説全体に重苦しい雰囲気があるにはあるのですが、ささやかな幸せを糧に精一杯生きている彼ら(除く犯人)の日常風景が温かく描かれているので、読み終わってもイヤミスみたいな後味の悪さは残りませんでした。ただ、傷ついた登場人物たちに、幸せになってほしいと強く願うだけで。架空の人物にそう願うのは無意味かもしれませんが、現実には愛子や泉のように尊厳を踏みにじられ、苦しむ人は大勢いるし、洋平のように我が子の幸せを願っても所詮この子には無理なんじゃないかと疑ってしまう人も大勢いるだろうから。


さて、上の方でキャストが云々と書きましたが、聞けば作者の吉田さんはこの小説を書くとき、市橋達也の事件を意識したとのこと。確かに山神の事件と市橋の事件は、「八日目の蝉」と「日野OL放火殺人事件」ほどじゃないけど、共通点があります。でも、おそらく映画は市橋の事件を意識させるようなことはないでしょう。だって出演者の中にディーン・フジオカの名前がないから…って、それは蒸し返さないほうがいいのかな?エヘ☆

…おや、誰か来たようだ。こんな時間に誰だろう?




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