Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

宮部みゆき「おまえさん」

2011-10-31 01:01:15 | 読書感想文(時代小説)




痒み止めの新薬「王痒膏」を売り出していた瓶屋の主人、新兵衛が切り殺された。
本所深川の同心・井筒平四郎は、若い同心の間島信之輔とともに調べにあたるが、
検分の場にやってきた八丁堀の変わり者“ご隠居”源右衛門に、新兵衛の体に残る
斬り口が、少し前に見つかった身元不明の男の亡骸に残っていた斬り口と同じだと指摘され…

2人を殺したのは同一人物なのか。身元不明の男と大店の主人である新兵衛をつなぐ因縁とは。


この「おまえさん」は「ぼんくら」「日暮らし」に続く、本所深川のぼんくら同心・井筒平四郎を
主人公にしたシリーズの第3弾なわけですが、いかんせん前作の「日暮らし」が発表されたのが
7年も前なので、これまでのあらすじがスコーンと頭から抜け落ちてしまっていて、
読みながら「これは誰だっけ」「この人とこの人はどういう関係だっけ」などと、困惑することしきりでした。
まあ、要は「おまえさん」を読む前に前2作をおさらいしていなかった私の落ち度なのですが。
なので、

これから読まれる方は、必ず前2作を読んでから読むことをお勧めします。

というわけで、感想。

前2作に出てきた事件、登場人物をベースにした上でのシリーズ3作目なので、普通の小説よりも
登場人物と、彼らの背景になるエピソードがたくさんありすぎて、単品の小説としてはとても
読みづらかったです。そのうえ、3作目で新しく現れた人もいるし。もちろん、宮部さんなので
登場人物はそれぞれにキャラが立っていて魅力的な人ばかりなのですが、それゆえに途中で
お腹いっぱいになったりして。なんでも記憶することができる“おでこ”こと三太郎と母親の
エピソードなんかは、これだけでも独立した短編が書けそうな話なのに、この長編小説の中に
盛り込む必要があったのかな、なんて気がします。

で、肝心の「事件」の謎解きと顛末に関してですが、人気ミステリー作家の宮部みゆきの作品として
評価すると、はっきり言って

「え、この程度?」

とびっくりするくらい物足りませんでした。
2人を殺した犯人が誰なのか、動機はなんなのか―謎解きがすべて弓之助による、安楽椅子探偵ばりの
推理のみで進行するのも盛り上がりに欠けました。いや、私は好きですよ、安楽椅子探偵。
ジェーン・マープルとかネロ・ウルフとか。でも、そういう人たちって大体、人生経験を積んでいて、
推理に説得力があるじゃないですか。でもこの弓之助の場合はまだ子供だし、いくら聡い子だと
説明されても、「なんでこの子にそんなことまでわかるわけ?」と疑問に感じてぴんときません。

それに、弓之助は作者の宮部さんの大好物である超美形の少年という余計なスペックがついてるので、

「宮部さんちょっとひいきが過ぎるんじゃないの?」

などとも思えてしまうわけです。

ですがまあ、ミステリーの部分がちょっとがっかりだったとしても、江戸を舞台にした群像劇だと
思って読むと、非常に面白かったです。なかでも特に印象に残ったのが、“おでこ”こと三太郎の
生みの母親・おきえの話と、容姿はあれだけど実直で心優しい同心・間島信之輔の話の二つ。
こずるくて世渡り上手で、自分の欲のためなら我が子を切り捨てることもできる非情な女かと
思われたおきえの、幸福になるためなら人の道に外れたこと以外はどんなことでもしてやる、
その覚悟はできているという腹の据わり様には、女の、人間の強さを感じました。
そして、真面目で実直な同心の信之輔が、純粋ゆえに恋に悩み、町方役人としての判断を誤ってしまう
ところには、人の弱さと恋の恐ろしさにアイタタタ~となりました。

いやね、信之輔の話以外にも出てくるけどさ、恋って怖いよね!

恋っていうより、嫉妬だけどね!

町医者の村田先生のところで働いている女中のおしんが、先生に岡惚れしてあげく身を投げようとしたとき、
おかず屋のお徳さんが「いくら好きでも、だめなものはだめ」と諭していましたが、この言葉もまた私の胸に
ぐっさりと突き刺さりました。お徳さんの場合、相手を諭すためだけではなく、自分自身の平四郎への
気持ちを封じ込めるために言ってるってのもあるんでしょうが。

なので、恋を失って、途方にくれるおしんに、源右衛門が「学問をしなさい」とだけ言って去っていく場面は
なかなか衝撃的でした。

そうか、学問か…じゃあさっそく私も久しぶりにユーキャンでもやるかな!(それはちょっと違うような)

美少年の弓之助同様、“ご隠居”こと本宮源右衛門もまた、宮部作品のお約束キャラ「味のある老人」として
美味しいところを持っていってました。でも、ご隠居の場合は弓之助と違って、複雑な立場でいるのにそれでも
長い年月をたくましく生きてきた人らしい魅力があったので、すんなり受け入れることができました。

で、あと、良い人なのかそうでないのかよくわからなかったのが、瓶屋の新兵衛の後妻の佐多枝。
とくに何もしてないのに、周りの男どもが色めき立ってわらわらと寄ってくる、超フェロモン系美女。
本人が悪いわけじゃないけど、なんとなく同性から反感を買ってしまう、という。
いくらモテモテでも本人は全然幸せじゃないんだけどね。むしろ旦那と死に別れるわ再婚先では
殺人事件が起きるわで散々なんだけど。総体的にみると、なかなか気の毒な人でした。
でも私もあんまり同情する気になれない…自分のフェロモンに自覚なさすぎるんだもの。大人なのに。

そんなこんなで、いろいろキャラの立った人たちがああでもないこうでもないとばたばた右往左往するので、
肝心の主人公の平四郎は活躍の場があまりありませんでした。前作ではもうちょっと活躍してた気がするん
だけど…。

いろいろ文句も書きましたが、それでもやっぱり宮部作品の安定感は健在です。
井筒平四郎のシリーズが、この「おまえさん」で終わるのかどうかわかりませんが、物語の最後のほうに
なってから突然登場した弓之助の兄・淳三郎など、まだまだ掘り下げられそうな人もいるので、できれば
こんなに待たされることなく、この続きを読んでみたいと思います。




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