Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

宮部みゆき「理由」再読。

2012-04-10 20:57:09 | 読書感想文(国内ミステリー)



私が持っているのは朝日文庫版ですが、新潮文庫版もあるそうです。
個人的には新潮の写真の表紙より、この朝日文庫の表紙の絵が気に入ってます。


※ここから先はネタバレあります。ご注意ください。






嵐の夜、東京都荒川区の高層マンションの一室で起きた、凄惨な殺人事件。
当初、殺されたのはその部屋に住んでいた家族だと思われた。しかし、警察の捜査が進むにつれ、
殺された彼らは家族でもなんでもなく、住民になりすました赤の他人の寄せ集めだったことが判明。
事件はなぜ起きたのか。事件後、事件の関係者たちは何を思ったのか。
ノンフィクションのルポタージュの手法を使い、関係者それぞれの視点で事件を語ることから
浮かび上がってくるものは何なのか…


「理由」は、初めて文庫本を手にした時から今までに何度も読んだ小説ですが、読了後の不快感は
最初のときからまったく変わっていません。事件をめぐる関係者の言い分がそれぞれに異なるので、
誰の視点に寄り添えばいいのかわからなくて戸惑うからかもしれません。この小説の登場人物の中に、
「正義の味方」役はいませんから。誰に感情移入するのか、誰に怒りを覚えるのかで、自分が試されて
いるような気がします。

で、じゃあ自分はこの小説の登場人物たちをどう思ったのかというと、やはり心の底から憎んだり
同情したりすることはできませんでした。登場人物の誰に対しても。


特に、どう解釈すればいいのか悩んだのが、事件と深い関わりを持ちながら、長期間沈黙を続けた宝井綾子。
不誠実な男を愛し、その男の子供を産んでシングルマザーになるには、彼女は幼すぎました。彼女の発言は
身勝手で、目の前にいたら張り倒してやりたいくらいに腹が立つ場面が多々ありましたが、そのたびに
「彼女は十八歳で、彼女自身もまだ子供なのだ」と我に返り、彼女をどう思えばいいのか戸惑いました。
そう思う理由には、宝井家の人々の章とそれ以外の登場人物たちの章は、形式が大きく異なっていたから
というのもあります。宝井家以外の人々の章は、事件が終息した後、インタビュー形式で当時のことを振り返って
語るという形式だったのに対し、宝井家の場合は主に綾子の弟・康隆の視点で事件が現在進行形の出来事として
語られていました。なので、宝井家の人にとって事件は「いまここにある危機」で、どうしても綾子とその子供を
守ることが最優先で、利己的になってしまいがちでした。もし、小説の最後にでも、綾子や康隆が後になって事件を
客観的に振り返る章があれば、綾子に対しての印象が違ってくるのかな。

この小説で実際に描かれている綾子は、脆くて、純粋で、母としての自信に満ちていて、誰かの庇護を求める赤ん坊の
ようで、とても頼りない少女でした。その不安定さが、かえって綾子というキャラクターに現実味を与えているのですが。
綾子の弱さ・傲慢さは、多かれ少なかれ誰の心にもあるものだと思うので。

もうひとり、理解できない、でも現実にいそうな人物なのが、綾子と同じく子を持つ母であり事件の中心人物である
小糸静子。夫・信治の姉は静子がすべての元凶のように酷評し、マスコミもこぞって静子についてあることないこと
書きたてます。実在する事件でもこんな扱いを受ける人いるよな、と思わせる典型的な女性です。

しかし、その一方で幼なじみの尚子が「彼女は悪くない」と静子をかばっているのを読むと、悪魔のような
女性ではない、静子の違う一面も見えてきて、静子を憐れむ気持ちになります。もっとも、そんな憐みの気持ちも
静子自身のインタビューの章や、静子の息子の孝弘の章を読むと霧散してしまうのですが。
孝弘が実の母親を突き放した目で見ているのは、両親に振り回された彼の境遇を考えるとまだわかるのですが、
肝心の静子自身の独白が…他人を見下し、自分を自分以上の存在だと思い込もうとする静子の姿は、彼女に犯罪の
片棒をかつがせようとする人たちには絶好のカモだったことでしょう。静子がインタビューで何度も空回りしているのを
見ていると、その弱さと愚かさが滑稽にも思えてきて、なおかつ4人もの人が死んだ事件を気に留めてない風なのに
ぞっとしました。それでも、もし自分が似たような(占有屋を使って違法行為を行うなんてことがわが身に起こって
ほしくはないですが)境遇になったら、静子みたいに振る舞ってしまうかも、という不安を捨てることはできません。
彼女にだって、自分を信じてくれる友人はいるのだから。絶対的な悪人ではないのだから。

女性の登場人物について長々と書いてしまいましたが、この小説に出てくる男性はほとんどが影の薄い人で、
唯一目立っていたのが綾子の弟の康隆でした。ちなみに康隆は高校生。さすが宮部さんです。
康隆は高校のサークルでSF小説を書いてるほどのSF好きですが、彼の名前はやはり某SFの大家から来てるんでしょうかね。
その割には、毒のないキャラクターですけど。それと作中、康隆は姉に
「あんたみたいな非モテのオタクには私がどれだけ辛いかなんてわからない」
などと罵倒されていましたが、ドラマで康隆を演じるのは誰なんでしょう。ドラマですから、
“生まれてこのかた彼女なんてできた試しがない非モテのキモオタク”
は出てこないでしょうけど、中途半端なイケメンだったらやだなぁ。

あと、綾子を妊娠させた男・八代祐司は、どの角度から読んでも頭の中で「こいつはヤバい、こいつはヤバい」と
エラー音が鳴り響きそうなほどのダメんずだったけれど、ドラマではどうなるのか気になります。
女性視聴者女性が「私がいないとダメな人」と思わせるような男じゃないといかんよなぁ。
となるとやっぱりオリーブオイルの彼が…いや、彼の場合は演技力に問(以下自粛)




(4月11日追記)
登場人物の話に終始してしまって、肝心のストーリーについての感想を忘れていました。
殺人事件をめぐる謎解きの要素はあるものの、どんでん返しなどの大仕掛けがあるわけでもなく、
どちらかというと謎解きや犯人捜しを楽しむよりも、事件と事件にかかわった人々の複雑な関係・思いを
味わうのが面白いお話でした。もちろん、ミステリー小説として読んでも充分面白いんですけどね。

ドラマを見るかどうかはまだ決めてませんが、せっかくなのでできれば見ようかなと思います。
噂によると探偵役の刑事が出てくるらしいけど…たんなるサスペンスドラマにならないか不安です。


2 コメント

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今「小暮写真館」読んでます (SFurrow)
2012-04-11 21:43:01
え~っ「理由」ドラマになるんですか?
と驚いて、また出て来てしまいました。
しばらく前に大林宣彦監督で映画になったのは見ていないんですが、原作に忠実な力作ではあったけれど「長くてわかりにくくて面白くなかった」という評価が多かったように記憶しています。となると、テレビの方は「わかりやすく面白く」狙いになるんじゃないかと不安ですね~
中居くん主演の「模倣犯」も、無理やりな脚色が目立って途中で見るのやめちゃったしな~~つい最近の「ステップファーザーステップ」も、せっかくスズキ丸盛国主演・白河法皇助演・双子は可愛かったのに、脚本がひどすぎて(女小学校教師が最悪キャラで)やっぱり途中で・・・と、始まっていないうちから、ネガティブですみません<m(__)m>
もちきちさんの分析はすっごくポイントをついていて目からうろこです。内容はだいぶ忘れてしまってるのですが「そうそうそう」と思いながら読みました。

大河ドラマレビューも毎週、その日のうちに書かれていてすごいですね。
私はグズグズしているうちに、もう次の日曜日が迫っていて焦りまくりです。
「小暮写真館」は文庫化するのを待ってます (もちきち)
2012-04-11 23:08:37
>SFurrowさん
こんばんは~

>え~っ「理由」ドラマになるんですか?
そうなんです。「理由」以外にも他に3作品ドラマ化します。
詳しくはこちらにあります。→http://www.tbs.co.jp/miyabe-gokujou/

この4つのうち、「長い長い殺人」だけ読んでないので、今度読もうと思います。
ドラマ見てからだと登場人物をキャストでイメージしながら読んじゃいそうなので…。

>「ステップファーザーステップ」
この作品は前からドラマ化してほしいな~と思っていたんですが、
原作まんまドラマにするにはリスクが高すぎたんですかね…
主人公が現役の泥棒とか、担任の先生が○○○されたりとか。
せっかくのドラマ化なのに、なんかもったいなかったですね。

大河ドラマのレビューは、毎回肩で息しながら書いてます。
最近、記憶力の衰えが進んでいるので、忘れないうちに書こうと必死です(汗)

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