The Game is Afoot

ミステリ関連を中心に 海外ドラマ、映画、小説等々思いつくまま書いています。

Mr. Holmes (1) : 原作本概略と感想

2015-11-19 | Mr. Holmes
― Mr.Holmes (1) : 原作本概略と感想 ― 
『名探偵最後の事件』



『ミスター・ホームズ : 名探偵最後の事件』 原作 :”Slight Trick of the Mind” (Mitch Cullin)
(角川書店版 : 駒月雅子訳)

The Slight Trick of the Mind(映画Mr. Holmes)の原作本に関しては以前書いたのですが、3分の
2位で挫折していた所 翻訳本が発行されたと聞き直ぐに飛びつきました。
翻訳の駒月雅子さんの訳も素晴らしく何とも有難い思いで読み終わりました。

内容に関してはあまり細かく書くことは止めて置こうと思うのですが、既にレヴューやら他記事
に大分細かく書かれているので まぁ良いかと思いまして書いておりますが、映画公開迄或はご
自身で本を読む予定がありそれまで封印なさりたい方は回避して下さいませ。

先日映画版のDVDが届き早速観ましたので、この機会に・・・とやっと原作について書くことに
しました。
(映画版についても追って書こうと思っています)。
昨年夏頃でしたか 「93歳の認知症を患うホームズ」の映画化と聞いて 一瞬何てこと!と悲し
くなったのですが、サー・イアンでの映画化と聞きやはりここは押さえて置かねばと考え、原作
本を読み始めました。

今回のミッチ・カリン原作のホームズパスティーシュは他のパスティーシュと比べても異例の
ホームズの老いに関して書かれています。

本編は3つのパート :
☆ サッセックスで養蜂を営みながら お手伝いの未亡人であるマンロー夫人とその息子ロジャー
  と暮らす93歳現時点でのホームズ。
☆ ウメザキに招かれ戦後間もない日本を訪れ共に各地を旅しながら交流を深めながらウメザキの
  思惑を探る話。
☆ ホームズ自身が書き綴る40年以上前の最後の事件「グラス・アルモニカ事件」に於けるケラー
夫人の思い出。
以上の3つのストーリーが平行して交互に書かれています。

全体として冒険活劇的要素、推理物でもなく 一貫して晩年のホームズの「老い」、「孤独」、
「心」が描かれているので切なく悲しい思いになります。
あの天才ホームズでさえ 誰一人避ける事が出来ない「老い」を目の当たりにして記憶力も薄れ、
体力も衰えながら 一方感受性はより豊かにはなりつつ 「諦観」、「達観」が垣間見えます。

各エピソードの概略を書いてみます。

先ず、日本を訪れて各所を旅するホームズ :

以前も書いたことがあるのですが、 兎に角この作家の日本描写は詳細で驚かされます。
戦争に敗れ荒廃した各所を描きながら、それでもめげずに懸命にたくましく生活を送る日本人の
姿が生き生きと描かれていて、新宿、神戸、原爆投下直後の広島、下関等日本人でさえ知らない
或は思い出させ
られる光景が鮮やかに描かれている事に驚かされます。
ウメザキがホームズを招いた目的、思惑が中々掴めず戸惑うホームズとウメザキの弟(と言われ
ていた)ヘンスイロウとマヤと呼ばれるお手伝いの女性「これは後にウメザキの母親である事が
分かる)等の人物との交流。

英国滞在中にホームズに会いに行くという手紙を残したまま行方を絶った父親の情報を知りたいと
言いながら不可解な態度のウメザキのホームズを日本に招いた真意を測りかね戸惑いながらも「山椒」
を探し求めながら毎夜酒を酌み交わして親交を深めていく。

以前も日本人作家のパスティーシュでホームズが日本を訪れる作品を読んだ事がありますが、今
回のエピソードはそれとはまったく趣を異にする内容で、ホームズの心の動き、そして兎に角詳
細な日本の描写が際立っていると思うし、カリンの原爆投下を含む戦争にたいする特別な思いを
感じます。

余程日本の事を勉強したのだと思いますが、チョット調べてみたら彼は一時日本に住んでいた事
があるとか。
成程ねぇ、と思うもののやはり大変な下調べが有った事でしょう。


一方へそ曲りかもしれませんが、敢えてこの日本でのエピソードを入れる必然性があったのかと
やや疑問を感じます。


「グラス・アルモニカ事件」 :
1902年ホームズ最後の事件と題されたエピソードです。

子供を失って以来心を病んだケラー夫人の行動を不審に思った夫ケラー氏の依頼で夫人の様子
を調査する事になります。
妻の心が少しでも癒されればとグラス・アルモニカを習いに行くことを勧めたケラー氏だったが、
少しは元気を取り戻したかのように見えた夫人が不可解な行動をとる様になった為、グラス・ア
ルモニカのせいではないかとホームズと共に指導者の家迄夫人の跡を附けたが そこに夫人の姿
は無かった。

ケラー氏から夫人の写真を預かり ステファン・ピータースンと言う名前の中年独身愛書家を演
じ跡を附けると夫人は1人公園のベンチで本を読んでいました。
そこでホームズはほんのひと時短い会話のみの2人の時間を過ごします。
何故か心を惹かれ ケラー夫人はホームズの心深く残る事になります。

この時夫人が手のひらに乗せた蜂を愛おしげに見つめ その後そっと離して飛び立たせた姿に感
銘を受けたホームズは この事が後に養蜂を始めるきっかけになるんですね。
夫人の心が落ち着いていると見たホームズはケラー氏に報告し、この件は取りあえず解決したと
思われていました。
しかしその翌日ケラー夫人が鉄道自殺をして亡くなった記事を読みホームズは動揺し、絶望感に
打ちのめされるのです。 
結局ケラー夫人が死に至る原因を突き止められなかったホームズは それ以来40年以上彼女の事
が心を離れる事が無かったのです。

ただ、個人的感想としては、先にも書いたように日本でのエピソードの必然性と共に、ケラー夫
人の心理描写が曖昧とも思える部分、 ホームズが自分でも語っている様に 何故ケラー夫人に
あれ程惹かれ、長年心から離れなかったのか・・・
アイリーン・アドラーの様に、高い知性と才能、美貌を持ち唯一自分を出し抜いた人として敬愛
し永遠の「あのひと」となる女性とは全く異なる、一見特出した魅力を感じられない女性とも思
えるケラー夫人がホームズの忘れられない女性となる根拠が曖昧で説得力に欠ける様に思えるの
です。

そして93歳時点サセックスで暮らすホームズのエピソード :

やはりこのパートが一番心に残ります。

サセックスの自宅でホームズは養蜂をしながら植物、犯罪学の研究をしながらひっそり暮らして
います。
離れには家政婦のマンロー夫人と息子のロジャーが暮らしホームズの生活を助けています。
子供が好きでないホームズは一年以上もロジャーの姿を見ずに過ごしていたが、ある日興味深そ
うに蜂を見ているロジャーに会い、それ以後ホームズは少しずつ心を開いて行きロジャーと接す
る様になります。
2人で蜂の世話をしたり 海辺にピックニックに行ったりする様子は殆ど祖父と孫の様で微笑ま
しく心が温かくなります。
ロジャー少年の好奇心に満ちた眼差しや ホームズを尊敬しながら甲斐甲斐しく世話をする様子
も心和みます。
そしてホームズは残された時間、記憶が薄れ行く苛立ちの中 忘れられないケラー夫人の事件を
自分の言葉で書き残そうとしています。
ロジャー少年もこの事件の記録を読む事を楽しみに待っています。

ところが、突然ロジャーに襲い掛かった悲劇にホームズは心を乱され絶望感に打ちひしがれます。

衝撃を受けてもすぐには泣くことも出来ず ロジャーのベッドに横になって眠ってしまったり、
マンロー夫人と話をしているうちに涙を流している自分に気付いて驚く様子等 自分の心を素直
に表に出す事が無かったホームズの老いて悲しみに打ちひしがれる姿が何とも哀しいのです。
冷徹なはずのホームズが心を乱され、その乱される心に気づき、困惑するホームズ・・・。
気が付くと涙を流しながら過ごしているホームズは心が痛いです。

ワトソン、ハドソンさん、マイクロフトと彼の人生に深くかかわった人々は既に故人となり、人
生の黄昏時の孤独と諦めに似た達観等静かな寂寥感に満ちた物語となっています。
発展途上の若く未熟なBBC版シャーロック、 円熟期の自信に溢れるグラナダ版ホームズが脳裏
に浮かびます。
冒険活劇でもなく、推理物でもなく晩年のホームズの心を中心に描かれている作品で、晩年のホー
ムズの姿に戸惑う方も多いかと思いますが、晩年の「人間ホームズ」をしみじみ感じる印象的で読
み応えのある作品でした。
涙を抑える事が出来ません。


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

ところで、この原作を読むまでグラスアルモニカと言う楽器の事は全く知らなかったので 少し調べ
てみました。

Glass Armonicaはベンジャミン・フランクリンが1761年に発明した複式擦奏容器式体鳴楽器である。 
グラス・ハープを工夫し 多数の音を様々に奏しやすくさせ、細かな音の動きや、同時に多数の音
を1人で奏する事が容易になった。 直径の異なる椀状にした複数のガラスを大きさ順に十二平均律
の半音階に並べ、それらを鉄製などの回転棒に突き刺して回転させながら、基本的には水で濡らした
指先をガラスの縁に触れさせる摩擦によって共鳴するガラスの音で音楽を奏する。
(以上wikipediaからの引用です)。



グラスアルモニカが悪魔の楽器と言われた時期があった様ですが、その一つが鉛中毒と言われてい
ました。
これは当時のガラスに含まれる鉛が高濃度で有った為 濡れた指先から鉛が身体に入り中毒させる・・・
というのがその理由だそうです。
(この点に関しては作中でホームズも触れています)。
その他、高音が脳に悪影響を与える等、いずれも何ら根拠や科学的証明は無いと言われます。

ただ、確かにその音階は幻想的で魅惑的です。
演奏中の映像がありましたので ご参照下さい。

https://youtu.be/eQemvyyJ--g



~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


映画版を観た感想は次の機会に書こうと思います。



4 コメント

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Unknown (モグモグ)
2015-11-20 21:34:08
何だか苦手かも。年老いたホームズの事は余り知りたくないですね。ホームズは、あくまでスマートで颯爽としたままでいて欲しい。現実じゃないんだから、それ程リアルである必要ないのにな。あんまり辛い話は、最近嫌な事件ばかりだし、余り見たくないです。マッケランは大好きなんですけどね。残念!
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ご紹介ありがとうございます (Misty)
2015-11-20 23:14:47
こんばんは。
原作の紹介ありがとうございます!もしかして映画とだいぶ違うのかな…というのが、何となく分かりました。

私も、老いたホームズというのはあまり進んで見たいものではないのですが、サー・イアンのホームズだからこそ見てみたかったという感じでしょうか…

93歳のホームズの状態は、やっぱり悲しいものがありました。ロジャーとの交流は微笑ましいし、不器用な部分は残りつつも、おっしゃるように感受性は以前よりも豊かになっているのかもしれません。でも、それに戸惑う所がやっぱりホームズなのかな。

日本の描写は、きっと原作の方がずっと詳しいのですね。それと、ケラー夫人との関係がたいぶ違うのかな・・・と思ったのですが、どちらにせよなぜそれほど彼女に惹かれるのかが曖昧な気は私もしました。これは多分、“あのホームズが”という前提があるからなのかなとも思いますが…アイリーンよりも、ワトソンよりも重要な位置を占めるには余程のことがないと…と思ってしまって。

ともあれ、原作を読めるのはまだ少し先になりそうですが、“ホームズの”というよりも、老いについて考える物語だと思うと、興味深いように思います。

グラスアルモニカの音色、本当に幻想的ですね。リンクしてくださった動画の「こんぺいとうの踊り」のイメージにとても合っていてステキでした。







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こんにちは。 (Ocicat)
2015-11-21 14:27:38
モグモグさん、こんにちは。
仰る通り、年老いたホームズの事を考えると辛いですよ。 
私もサ―・イアンがホームズを演じると聞いたので 原作を読んでおかねば・・・と
思ったのですが、なかなか悲しいストーリーです。
ただ、サセックスで養蜂をしながら引退生活をしていたと正典に書かれてた後日談
は色々な作家が想像を巡らし 制作意欲を書きたてられた点ですから様々なパス
ティーシュが出て当然だと考えています。
その中では この作品は突っ込みどころ満載ではありますが、人間の心、老い
(あのホームズでさえ)って点を真面目に描き深く考えさせられる作品だと感じま
した。
映画版のサー・イアンの演技は素晴らしいですよ。
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ご紹介ありがとうございます (Ocicat)
2015-11-21 14:31:30
Mistyさん、こんにちは。
ずるずる先延ばしにしていたのですが やっと書きました。 が・・・・難しいですねぇ。
内容が内容だし、老いたホームズは悲しいです。
私もサー・イアンでなければ 多分あまり興味は湧かなかったと思いますが、まぁ
この原作もホームズの老いと言う禁断の領域に踏み込んだのだと思います。
Mistyさんは映画を先にご覧になったから 余り違和感が無かったかと思いますが、
ケラー夫人との(何故か映画版ではケルモット夫人)経緯は映画の方が理由付け
が出来ていたように思いますが、何れにしても確かに”あのホームズが”と言う前提
でみるから猶更納得しかねる状況なんでしょうね。
又何よりロジャーの件は(私が映画を観てひっくり返った様に)救いがある結末にな
っていますね。

何にしても、サー・イアンの老ホームズの演技だけは流石!と感動しますね。

原作ゆっくり読んでくださいね。
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