花邑の帯あそび

1本の帯を通して素敵な出会いがありますように…

「鹿文様」について

2012-09-27 | 文様について

presented by hanamura ginza


まもなく10月ですね。
永遠に続くように思われた残暑も、
ようやく過ぎ去ったようで、
東京では、一日中秋雨が降る日もあり、
朝晩は、上着が必要なほど肌寒い日も多くなりました。

今年は仲秋の名月が 9 月 30 日ということで、
日曜日には、澄んだ夜空に浮かぶお月さまが
眺められると良いですね。

俳句では、この仲秋の名月が
秋の風情をあらわす行事として、
秋の季語に用いられています。

その他にも秋の季語といえば、
虫の声や紅葉、鱗雲、稲刈り、栗拾い、きのこ狩りなどが
挙げられるでしょう。

この言葉を聴くだけでも、
秋の情景が思い浮かび、
風情が漂ってくるようですね。

そのような季節の季語は、
お着物の意匠にも、モチーフとして用いられています。

そこで今日は、秋の季語にもなり、
古来より、日本文化との関わりが深い
「鹿」の文様について、お話ししましょう。



鹿は、古来より世界各地に棲息する動物で、
その種類は36種にものぼります。
ちなみにクリスマスに活躍するトナカイも、この鹿の一種ですね。

日本に棲息する鹿は、「ニホンジカ」と呼ばれています。
ニホンジカは、「ニホン」という名前がついていますが、
日本特有の鹿ではなく、ロシアから東アジアの沿岸に棲息している鹿の一種です。

ニホンジカは、遠い昔から北海道から九州にかけて広く棲息していて、
人とも深い関わりをもってきました。

縄文時代の遺跡からも、シカの骨が多数発掘されていて、
当時から人々にとってシカが貴重な食料となっていたことが窺えます。
また、シカは食用としてだけではなく、
その皮は衣類などの材料に、
角は釣り針などの日用品や、装飾品の材料として用いられました。

「シカ」という名前も、
「肉」をあらわした「シシ」と「毛皮」をあらわした「カ」が
組み合わされたものと考えられています。

弥生時代になり、稲作が広まると、
狩猟採集が少なくなったこともあり、
シカを食用にすることが減っていきました。

その一方、この時代からシカが神格化されるようになり、
祭祀器のひとつである銅鐸(どうたく)には、
シカの文様が彫りあらわされるようになりました。

古墳時代になると、
当時の権力者であった物部(もののべ)氏が
現在の茨城県である常陸国(ひたちのくに)で祀っていた氏神の社にて、
シカを神の使いとし、その氏神の社のなかでシカが飼われるようになりました。
のちにこの氏神の社が鹿島神宮や香取神宮とよばれるようになったようです。

また、藤原氏はこの鹿島神宮の神鹿(しんろく)を
奈良の春日大社に持ち込み、
以降、春日大社でもシカを神聖化し、
境内でシカを飼育して、手厚く保護をするようになりました。

奈良時代になると、
シカは和歌のモチーフとしても、多く用いられるようになります。
とくに、9 月から 11 月にかけた繁殖期には、
雄のシカ同士が、雌を巡って独特の鳴き声をだしながら争う光景がみられ、
秋の風景とともに、その様子を恋愛の象徴とし、
哀愁を込めてあらわした和歌が多くつくられました。

また、正倉院には当時の中国から日本にもたらされた
六花形の銀製の脚付き盤「金銀花盤(きんぎんのかばん)」が
伝えられています。
これは供養具として使用されていたようですが、
こちらにも「花鹿」とよばれるシカのような動物があらわされています。
この「花鹿」の文様は、ペルシャからシルクロードを経て、
中国に伝えられたものとされています。

安土桃山時代には、
シカやウマといった動物を菱形や八角形で囲んだ文様が、
ペルシャ方面から中国を経て日本にもたらされました。
この文様があらわされた錦は、
有栖川宮家によって所蔵されたことから、
のちに名物裂の一種として、
「有栖川文様」、「有栖川錦」とよばれるようになりました。

江戸時代になると、
万葉集の和歌をもとにして
花札がつくられるようになり、
楓とシカを組み合わせた意匠が
秋を象徴する絵柄として広まりました。

ちなみに、江戸時代までは、
神鹿を殺した人は重罪となり、死刑となったようです。

このように、手厚く保護されていたシカですが、
明治時代になると、
文明開化にともない行き場がなくなり、
乱獲もあってその数は減っていきました。
しかしながら、同時にシカを保護しようという運動も盛んになり、
現在では、奈良の春日大社周辺に棲息するシカは、
天然記念物にも指定されています。

奈良の春日大社や奈良公園にいくと、
たくさんの鹿に会うことができますが、
優美でかわいらしい佇まいを眺めると、
昔の人々が神格化したのもうなづけるような気持ちになります。





上の写真の単衣の付け下げ小紋は、
鹿と蝶の絵図があらわされたものです。
地にいる鹿は裾のほうに、
空にいる蝶は上のほうに配置されています。
春を思わせる蝶と秋を思わせる鹿を組み合わせて、
どちらの季節にもご着用いただけるように考えられているのですが、
仰々しさがなく、とても上品です。

温暖化のためか、残暑も長く、
昨今では、単衣の時季もだんだんと伸びていますので、
暖色系のお色目の帯と合わせていただければ、
10月中旬~下旬ぐらいまでお楽しみいただけそうです。

「奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき」


※上の写真の藤色地 花に蝶と鹿文 付け下げ小紋 単衣 は花邑銀座店でご紹介している商品です。

花邑 銀座店のブログ、「花邑の帯あそび」次回の更新は 10 月 11 日(木)予定です。

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