江馬直の創作奮闘記

やっとこさ無職ではなくなった創作家、
江馬直の日常を綴るブログです。

「電話帳伝記」を読む。

2015-02-26 01:16:56 | 各種感想文
『原敬 外交と政治の理想』上下巻(伊藤之雄著 講談社選書メチエ 2014.12)読了。

私は、原のライバルだった後藤新平贔屓なんですが、食わず嫌いなのもどうかなあと思ったんで、試しに読んでみたら、まあ面白かった(個人的には新聞記者時代のくだり。こんなに詳細に書いてあるとは思わなかった)。

いささか原に好意的過ぎる記述もありましたが、そこは読者が割り引いて読めばいいでしょうし。

今年あと何冊の歴史系書籍を読むことになるか判りませんが、その中でもかなり上位にランクインする良書だと思いました。


伊藤氏の伝記本はとにかく分厚いことで有名です。

『明治天皇 むら雲を吹く秋風にはれそめて』(ミネルヴァ日本評伝選 2006.09)が450P、『元老西園寺公望 古希からの挑戦』(文春新書 2007.12)が350P、『山県有朋 愚直な権力者の生涯』(文春新書 2009.02)が480P、『伊藤博文 近代日本を創った男』(講談社 2009.11)が600P、『昭和天皇伝』(文藝春秋 2011.07)が570P・・・といった文量だったんですが、『原敬』は上下巻通算で900P超(どんな選書だよ)。

厚過ぎるから・・・

次回作は『井上馨』になるらしいんですが、さすがに1000P超えはないと思いたいです(まさか、ね。あとそれから、できれば星亨と陸奥宗光の伝記も書いてくれるとありがたいです)。
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史学と史劇。

2015-02-21 18:38:54 | 日記
『敗者の日本史⑧ 享徳の乱と太田道灌』(山田邦明著 吉川弘文館 2015.01)読了。

山田氏の前著二冊、『日本の歴史⑧ 戦国の活力』(小学館 2008.07)と『日本中世の歴史⑤ 室町の平和』(吉川弘文館 2009.10)の間にあった空白を埋めているのが本作(『室町~』→『享徳~』→『戦国~』の順で読んだ方がより理解度は増すと思う)。

最近、概説・通史でもっとも意欲的な著作が生まれているのは日本中世史(平安末・鎌倉・南北朝・室町・戦国)ではないかと思う(そしてそのひとつの果実が、これまた吉川弘文館から刊行された『動乱の東国史』全七巻だと思う。そのうち感想文でも書いてみようかなあ。そして、同様の趣旨で『謀略の西国史』か『染血の東北史』でも出してくれればいいのに)。

佐藤進一や網野善彦、石井進ら前世紀の大家達の呪縛を纏いつつ、あえてそこからの脱却を目指し、成功を収めつつあるように見える。


・・・そうした数多の著作群を手際良く美味しく調理できる脚本家が現れたら、その人は不作続きの「大河ドラマ」の中興の祖になれると思うのだが、そういう人はどうやら現れそうもない(なにしろ今年は「大河」放送してないしね・苦笑)。

脚本家という人々にとって中世史は、題材が選びたい放題の草苅り場であるはずなのに、誰も足を踏み入れてこない。

本当にもったいないことである。

歴史とフィクションの幸福な結婚をさせられるのは、クリエイターの最高級の特権であるはずなのにねえ。


このまま映像作品としての史劇は衰退しきってしまうのかな(小説や漫画などでは、まだ向上の余地が残されていると思うけど)。

今はたまたま底を打っただけで、あとは浮上していく・・・訳ないか。
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劣化した陰険漫才の完結。

2015-02-11 00:51:27 | 各種感想文
ちょうど二十年前、妖精の名をタイトルとした「ある小説」を読みました。

登場人物のほぼ全てが腹に一物を蔵して会話しているという、中々に性質の悪い作品でした。

が、消化不良にもなりました。

なぜなら、その作品は中途で投げられていて、未完だったからです。


・・・それから十数年後、思わざることにその続編が刊行されました。

ずっと待っていたはずの私は、しかしその続編を読みませんでした。

単純に腹が立ったからです。

「なにをいまさら」と思いました。


その更に数年後(というか数日前)、遂に完結編が刊行されました。

シリーズ開始年から数えて二十七年目にして、ようやく完結しました。

目を疑いました。

「遅えよ!」と叫びたくなりました。


が、とりあえず目は通しておこうと思い直し、つい先程読了しました。


これなら未完のままでもよかったのに。

文体の変化、緻密さの欠如、強引な展開に違和感満載。

二十世紀中には間違いなく紡ぎ出されていた硬質な文体と緻密な構成という衣が剥ぎ取られ、端正だったはずの肢体と骨格が歪み崩れてしまうと、こんなにも作品に入り込めなくなるものなんですね。

こうはならないという反面教師にしようと思いました。
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21世紀の王安石?

2015-02-05 02:32:23 | 日記
北宋の政治家・王安石が提言した一連の政策、いわゆる「新法」を、その政敵であり『資治通鑑』の著者でもあった司馬光は、「実施すれば富者がいなくなり、国家全てが貧することになる」と言って反駁した。

やや粗雑な総括になってしまうが、トマ・ピケティの提言は王安石の「新法」に実によく似ている(だからと言って、「アベノミクス」を司馬光の「旧法」と似ているとは全く言えないのだが)。

長期的に観た場合、ピケティの提言は適切なものだと断ずることができる(私にしては珍しく断言調)。

が、司馬光のような、近視眼的な観点に立った場合、ピケティの提言は「新法」同様悪法以外のなにものでもないということになる(だから政権与党からはあまり評価されていないのだろう。ちなみに、某野党がさっそく自身のマニフェストにピケティの提言を盛り込もうとしている。良い傾向だとは思うが、この某野党にそれを実行に移せるだけの力量がない以上、彼らがあまりに声高に錦旗扱いしてしまうと、返って空論扱いされてしまう気がする)。


ピケティの提言は画期的だとは思うが、千年前の歴史が循環しただけ――王安石が再来しただけ――と捉えることもできそうだ。
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言わない方がいいかもしれないけれど。

2015-02-01 22:07:51 | 日記
NHKスペシャル『追跡「イスラム国」』を視聴。

良い悪いということではなしに、欧米式国民国家は今後融解していくのではないか。

そして、その最初の「型」となってしまうのが「イスラーム国」なのではないか。

二世紀に渡る負債のツケが、今の惨状なのだとしたら、解決策はひとつしかないように思うのだが、その解決策が採用されることはないだろうと思う。


私は、「イスラーム国」が奉ずる歪んだ原理主義的イスラームと、かつてやたらと列島で流行った「尊皇攘夷」運動とに、やたらと同じ腐臭を感じてしまっているのだが(以下自主規制)
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