江馬直の創作奮闘記

やっとこさ無職ではなくなった創作家、
江馬直の日常を綴るブログです。

官房長官の憂鬱。

2014-06-24 22:29:34 | 雑文
「今日も朝から打ち合わせ。会議に続くまた会議。その上二度の記者会見。官房長官名を変えて、繁忙長官とでも申しましょう。時にはなります、乱暴長官。私も人の子、お許し下さい。詠み人知らず」

 上掲は、史上初めて消費税導入を成功させた内閣総理大臣・竹下登(タレントのDAIGOの外祖父)が、佐藤栄作内閣の官房長官を務めていた時に手すさびでつくった代物であるという。竹下が官房長官の職責をどのように理解把握していたのかが判る、大層興味深い発言だと思うが、もし今存命で、現官房長官の連日の記者会見を目撃したら、いったいなんと呟くだろうか。

「朝から晩まで失言だらけ。擁護に続くまた擁護。その上二度の記者会見。官房長官名を変えて、釈明長官とでも申しましょう。時にはやります、牽強付会。私も人の子、お許し下さい。詠み人知らず」

 竹下本人のようにはうまく韻を踏めないのだが、おそらくこんな調子の諧謔をとばしたのではないかと思う。
 私は現在の内閣構成員の中で最も「優秀(自己の職責の意味が正確に把握できている、という意味)」なのは、現官房長官だと思っているのだが、他の閣僚や自民党員の暴言・妄言・失言の「火消し」にばかり能力の浪費をさせられて、いささかうんざりしているのではなかろうか。随分と気の毒なことである。
 現官房長官が「優秀」だと思う最大の理由は、彼個人が決して失言を発しないからである。この点だけは見事だと思う(裏方工作も上手であるらしい。師匠だった故梶山静六の薫陶篤かったということなのだろうか)。「戦後レジームからの脱却」に心血を注ぎ過ぎる現総理大臣や、彼よりも年長でしかも首相経験まであるはずの某財務大臣や、一時は総理総裁候補とまで謳われた某復興大臣たちが、しばしば失言の嵐を巻き起こすのとは雲泥の差である。おそらく本人は言いたいことだらけ(首相にも各大臣にも党員にも国民にも)であるのだろうが、少なくとも在職中は、公の場では決して口を滑らさぬであろうと思う。かつての後藤田正晴や野中広務のような、指導力の強いストッパー型の官房長官として機能することを自らに課しているのであろう(そういえば、この二人も上役その他の失言に悩まされた官房長官であった)。このタイプの官房長官は、決して総理総裁には推されない。というよりも、当人にその意思がない場合が多い。おそらく彼も、よほどの人材払底が無い限り自ら政権の首座に付くことはないであろう(し、その方が良いと思う。党幹事長か副総裁までであろう)。
 現政権の屋台骨を必死に支え、過度な暴走を抑えているのは、間違いなく彼である(あまり自己主張しないタイプであるため、彼の具体的な思想は不明であるが、極端に右傾化しているという訳ではなさそうである。保守政治家としては穏当な人物なのであろうと思う)。私は現政権の「カラー」が全く好きではないのだが、首相その他の過度な暴走を抑えに回っている気配が濃厚な、現官房長官だけは興味深い政治家だと思っている。近い将来(二十年後ぐらい?)、岩波書店あたりから回顧録を出版することになるはずだから、その際に「火消し」の実態を披露することになるだろう。もうしばらく、彼の一挙手一投足に注目し続けることにしようと思う。



コメント

明日で退院!

2014-06-19 22:18:41 | 日記
私が、じゃないですよ(笑)。

父方の祖母が、です。

明日から在宅介護かあ。

・・・そっちの方が大変だなあ。
コメント

今年の大河の話をいやいや書いてみる。

2014-06-18 00:08:18 | 日記
先日、友人に言われた一言。

「最近、大河の話題書いてないねえ」

・・・確かに。

だって書くことないんだもん。


BSで毎週土曜日に『独眼竜政宗』の再放送なんてやってるもんで、どうしても比較しちゃうんですよ。

別に、「昔はよかった」式の決まり文句を言うつもりはないんですけど、でも「やっぱ違うなあ」って思っちゃいます。

で、つくづく思ったことなんですが、本当の意味で脚本家が悪いんですね。

よく判りました。


ジェームス三木氏は素晴らしいとか絶賛するつもりはありませんよ。

『政宗』にだって明らかにおかしな台詞とか描写はありますし。

でも、トータルで見たときあんまり気にならないんですよね。

バランスがとれてるってことなんだろうなあ。


ひるがえって『軍師官兵衛』を見てみると、何を描きたい作品なのかがまったくよく判らない。

末端の役者さんとかセットとか衣装とかは明らかに『政宗』よりも『官兵衛』の方が上だと思うんです(先週の『政宗』に凄い大根役者がいたもんで・・・)。
でも、トータルで見終えたとき何にも印象に残ってないんです。

これは恐るべきことなんじゃないかなあ。


今年の大河ってなにがしたくてやってるドラマなんだろう(時間枠を埋めるため?)。

七月と十月から民放二局で信長が出てくる時代劇らしきものが始まるそうですが、そっちの方が面白かったらどうしようかなあ。


前にも言いましたけど、もう存在意義がないなら大河って終わらせてもいいと思いますよ。

ろくろく見てない奴が言ってるんじゃありません。

四半世紀見続けてきた奴が言ってるんです。

まずないとは思いますけど、もし大河に関係してる方がこの駄文を読む機会があったら、こういう発言は深刻に受け止めてほしいです。


ここまで言いたくなったのは、大河の後の時間帯でやってる英国ドラマ『ダウントン・アビー』にハマっちゃったからです。

うちの祖父が「イギリス版渡鬼だな」と喝破してましたが、そういうテイストのドラマです。

が、日本では喪われて久しい大河の匂いを感じるんですよね。

今年の大河は『官兵衛』じゃなくて『ダウントン』だったって思いたくなったくらい(苦笑)。


次回で最終回なんで、今年の大河視聴は来週で最後かあ。

短かったなあ。
コメント

ショートショート075「ある同世代人たちの相貌」

2014-06-10 21:33:17 | 『掌編寓話集』
 かつて、リアリストとセンチメンタリストとニヒリストがいた。
 リアリストは、語学を修めるために高等教育を受けていたが陸軍に徴兵された。センチメンタリストは、株相場でひと財産築きかけたところで海軍に徴兵された。ニヒリストは、医学を志そうとしていた矢先に軍医の卵にさせられた。三者三様ではあったが、彼らの人生はほぼ同時期に枉げられた。リアリストは、強制的に軍に入れられたことがどうしても納得できず、この時の鬱屈した気分を生涯抱き続けた。センチメンタリストは、比較的素直に事態を受け入れたが、その後の人生ではこの時代の話題を口にしたがらなくなった。ニヒリストは、表面上平静を保ち続けたが、この間の苦痛を夜毎日記に書き溜めた。
 復員後、最初に浮上したのはニヒリストであった。ニヒリストは自身の体験を深く胸中に蔵しながらある仕事を始めた。その仕事はよほどニヒリストの性に合っていたらしく、世間から圧倒的な評価を得た。が、当人は淡々としていた。あまり多くはいない友人たちと雀卓を囲み、安物のウイスキーを嗜み、好物の牛肉を頬張るのが、ほとんど唯一の贅沢であった。名声に比して、ニヒリストの暮らしぶりは質素そのものであった。
 センチメンタリストは一種の職人となった。偉大なる師に付き、温顔と叱責に遇いながら、黙々と作業に没頭した。センチメンタリストの丁寧な仕事ぶりは、一部から高い評価を得、何度か引き上げられかけたが、ある強烈なる非難に遭い、一時逼塞を余儀なくされ、その後急激に浮上した。キャリアのごく初期に不遇の時期を過ごしたことが、センチメンタリストの人格に想像以上の亀裂を生ぜしめたことは間違いない。
 リアリストは報道関係者となった。いくつかの報道機関を渡り歩きながら、リアリストは着実にキャリアアップしていった。その仕事ぶりは危うさが無く、上層部から高く評価された。が、鬱懐が溜まり続けた。ある時それが限界に達したのであろう、その一部を世間に向けてぶちまけてしまった。人々は衝撃をもってそれを迎え入れた。リアリストはしばらくの間二足の草鞋を履き続けたが、タイミングを見計らって報道職を辞した。
 彼らの仕事ぶりは、まことに三者三様であった。リアリストは「過去」を語り続け、センチメンタリストは「現在」を語り続け、ニヒリストは「未来」を語り続けた。この見立てには異論があるかもしれないが、大枠では誤っていないものと思われる。リアリストが語る「過去」は、現在から語られる「過去」のように見せかけながら、過去から語る「過去」であったり、未来から語る「過去」であったりした。センチメンタリストが語る「現在」は、時代が遷り変わっても「現在」のままであった。過去における「現在」のようでもあったし、未来における「現在」のようでもあった。リアリストが語る「未来」は、現在の延長線上に位置する「未来」ではなかった。遥かなる過去から見た「未来」、あるいは遠い未来の先の更なる「未来」の相貌を帯びたものであった。
 私は先に三者三様と述べたが、彼らの本質はいずれも同一のものであるかもしれない。当人たちがその事に自覚的であったという確証はないが、既に冥界にある三者と私が語らう機会があって、この仮説をぶつけることが叶ったら、彼らは苦笑しつつも同意してくれるのではないか、と密やかに思っている。
 彼らの本質は・・・
コメント

ショートショート074「誘導」

2014-06-08 23:15:37 | 『掌編寓話集』
 その人は工場主であった。
 優しい人であったと、地元の人間は皆声をそろえる。誰からも好かれていたという。仕事熱心な部下には声を掛け続け、士気が落ちないよう心配りが出来るという人であった。やる気のない部下を見つけても、露骨に声を荒げるようなことはせず大目に見、ささやかな美点を見出しては褒めそやすような人であった。社員からの信頼は絶大であり、もう数十年は操業が続くものと思われていた。

 その工場が、波に呑まれた。
 工場主は、社員を工場の屋上へと誘導した。いくらなんでもそこまで波が届くとは思わなかったからである。信望篤い工場主の言に背反する社員はひとりもいなかった。
 ・・・二日後、工場主は漂流物にしがみついているところを発見された。奇跡的に怪我は無かった。社員たちは波に呑まれたきり永遠に帰ってこなかった。遺体が発見されたのは全社員の半数に満たなかった。

 訴訟が起こった。
 工場が立地する市の避難対策マニュアルには、津波発生時には出来るだけ高い建築物に避難するようにと書かれていた。遺族とその弁護団は、工場主の誘導が適切であれば全社員が生存していたであろう、と断言した。

 工場主――もう廃業しているので「元工場主」とすべきであろうか――は、現在係争中であるという。
おそらくは、というよりも間違いなく、彼は敗訴するであろう。人間の人生はおよそ因果応報などではない。これまでの善行がたった一瞬の判断で帳消しにされてしまうこともままありうる。工場主の妻子は、罵詈雑言の大合唱にいたたまれず、彼と離婚して隣県に転居したという。これが、彼が誘導した代償であるらしい。

 ・・・工場主は、夜陰自身の声で目覚めるのだという。彼の寝言はもはや彼のものではない。今は亡き社員たちの声が彼の声帯を震わせて漏れ出てくるのだという。冷汗と共に目覚める工場主の表情は昼夜問わず青白いものとなった。快活だったはずの工場主の口から冗談口が叩かれることは無くなった。自信に満ちた足取りは失われ、周囲の視線を気にしながら密やかに暮らすばかりとなった。陽気な飲酒家だった面影はもはや欠片も感じられず、一滴の酒も飲まなくなった。酒に逃げず、裁判にも欠かさず出廷しているのは、彼の誠実さを示すものだという声も僅かながらあるにはある。が、それを圧して余りある非難の大合唱に囲まれて、彼の表情は陰鬱の影を纏い続けている。

 彼がある方角へと傾斜を深めるのを、押し留める何かは存在するだろうか。
コメント