江馬直の創作奮闘記

やっとこさ無職ではなくなった創作家、
江馬直の日常を綴るブログです。

ショートショート069「竹枕」

2013-10-23 23:11:12 | 『掌編寓話集』
 今から奇妙な告白をすることになるが、決して気がふれた訳ではないことをあらかじめ書き記しておく。

 学生時代、隣県で独り暮らしをしていた私のアパートによく泊まりに来ていた旅好きの先輩がいた。先輩の車には毛布と寝袋が常備されていたが、肝心要の枕が無かった。車中泊以外では枕が無いと眠れない(枕が変わると眠れないという訳ではなかった)という先輩のぼやきを聴きながら寝るのが苦痛になってきたということもあり、先輩専用の枕を買いに行くことになった。てっきり近場で買って済ませるものと思いきや、先輩ははるばる隣県の道の駅まで出向いて、おもむろに竹の枕を購入した。

 この竹枕には少々厄介な点がある。日中、勝手に動き回るのである。

 それは結構凝ったつくりになっていて、色の違う若竹を割いた繊維で交互に編み込んであった。中身は蕎麦殻ではなく、笹葉を天日に干して乾燥させ、ちょうどよい弾力を持たせたものなのだという。中心には成熟した竹が数本入っていて型崩れはしないようになっている。枕にしては結構な価格だったはずであるが、先輩は欣然としてそれを購入した。

 時折、竹枕の四隅から節くれ立った四肢が現れ、蜘蛛のように這い回るのである。

 当初は寝袋と同様、車内に置いていたのだが、いちいち運ぶのが面倒になったらしい。どうせ車に置いておいても使途が無いからと、いつしか我が家に置きっぱなしになった。先輩は、二週に一回は泊まりに来ていた。今考えると、馴れない社会人生活に疲れていた先輩は、我が家で軽く息抜きをしていたのだろうと思う。夜通し馬鹿話をしたり、鍋をつついたりして騒ぎまくった。が、ある年度末、先輩は遠方の地方都市へ転勤になった。以後疎遠になり、連絡もほとんどとらなくなった。私のアパートには、竹枕だけが残された。

 人が見ている前では決して動こうとはせず、部屋に私しかいないときにだけ蠢いている。

 持ち主を無くした竹枕は、しばらく虚しく埃をかぶっていたが、そのうち私が使用するようになった。素材が素材なだけに、冬場にはひんやりとし過ぎていて使い心地が悪かった。だから、初夏を過ぎる頃から残暑が落ち着くまでの期間のみ用いるようになった。転居を繰り返しても、この竹枕は棄てられることなく、今も私の手元に残っている。

 餌代もかからず、鳴き声ひとつあげない、この奇妙な生き物の寿命があと何年残されているのか、飼い主である私にはよく判らない。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ショートショート068「妄想」

2013-10-22 22:13:37 | 『掌編寓話集』
 吐いた方がいい、という類の嘘がある。
 先日私は、そんな嘘を吐いた。
 数年前の私だったら絶対に吐かない類の嘘だった。
 嘘をこしらえたのは、私ともうひとりであった。
 ふたりは、ある三人の眼をくらますために嘘を吐いた。
 嘘という名の眼に見えない色素が周囲に充満していくのが判った。
 嘘は催涙ガスのように拡散していった。
 やがて、その嘘を信奉する人々によって周囲が埋め尽くされるようになった。
 人々にとって、その嘘はもはや嘘ではなかった。
 彼らは、そもそもそれが嘘だということに気が付いてもいないようであった。
 仮に気付く人間が現われたとしても、膨張し続ける嘘を信じた人々によって、「この嘘吐きが!」と口汚く罵られるのが関の山であることは、悲しいぐらいに明白なことであった。
 この嘘を信じているおかげで、来週の日曜日に披露宴を挙げる夫婦が現われるだろう。
 この嘘を信じているおかげで、旧ユーゴスラヴィア各国を旅する娘が現われるだろう。
 この嘘を信じているおかげで、来月生まれる赤子の名を熟考する男が現われるだろう。
 この嘘を信じているおかげで、餃子の皮を分厚く作ろうとする職人が現われるだろう。
 この嘘を信じているおかげで、来年こそは未来の扉をこじ開ける女が現われるだろう。
 この嘘を信じているおかげで、人工呼吸器を取り外し嘲笑する愚者が現われるだろう。
 ・・・そうした人々のために、私は嘘を吐いたのだった。

 私は、そう自分に言い聞かせることによってようやく、浅い眠りに落ちる。
 そして自己憐憫を繰り返す。
 自分はなんと孤独で無力な――しかし見る人が見れば万能に最も近い――人間であるのだろう、と。
 だからお願いします、と私は呟く。
 お願いしますから、もう私の枕元に現れて私の浅い眠りを妨げることは止めてください、お願いします、と、そう呟くのだ。
 もはや聞き届けられることの無いこの願いを胸に抱いたまま、おそらく私は朽ちていくのだろう。
 だとしたら私の人生は、崇高で気高かった。
 言い間違えたのではない。
 私の人生は崇高で気高かったのだ。
 私がもうひとりと共に吐いた嘘によって、この世界は成り立っているのだから。

 ・・・そのもうひとりが世を去った今となっては、この嘘の意味を正確に理解しているのは私ひとりだけだ。
 あとは、私自身を葬り去ることさえ叶えば、この世界は幸せなままでいられるだろう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ショートショート067「バーウィップ・クラーナ・ウィー・ピニボン!」

2013-10-17 15:34:25 | 『掌編寓話集』
「バーウィップ・クラーナ・ウィー・ピニボン!」
「おい・・・こいつ、一体何言ってやがるんだ?」
「ちょっと待っててくださいよ。・・・まだ危害は加えられてませんよね? いいですか、絶対に発砲しないで下さい!」
「バーウィップ・クラーナ・ウィー・ピニボン!!」
「おい、さっぱりわからんぞ! なんだよこいつ、どんどん近づいてきやがる・・・」
「類似言語が思いつかないな・・・もっと他の単語を喋ってくれないと・・・」
「バーウィップ・クラーナ・ウィー・ピニボン!!!」
「気味が悪いな・・・どうやら同じことを繰り返してるだけのようだ」
「ええ、そのようですね・・・ええと、名前を名乗ってるように見えますか? それとも、『ここから出て行け』って言ってるのか・・・」
「バーウィップ・クラーナ・ウィー・ピニボン!!!!」
「・・・こいつ、目玉の血管が切れてる・・・充血してやがるぞ。相当キレてるな。なあ、どうしたらいいと思う? このままだとオレの方がなんかしちまいそうだ!」
「駄目です! こちらから手を出してはいけません」
「バーウィップ・クラーナ・ウィー・ピニボン!!!!!」
「もう、限界だ・・・やつが手を伸ばしたら間違いなくとっつかまる・・・撃つぞ」
「少佐! 駄目ですったら!!」
「バーウィップ・クラーナ・ウィー・ピニボン!!!!!!」
「うわあああああ!!!!!!」
「少佐!!」
「バーウィ・・・クラー・・・ィー・・・ピ・・・」
「はあっ、はあっ、はあっ・・・」
「少佐・・・」
「すまん。もう、こいつ、息を、して、ない」
「なんてことだ・・・」
「・・・一旦、そちらに戻りたいところだが、どうやらそういうわけにはいかないらしい」
「・・・え?」
「死体のお仲間が、まとめて数人来やがった」
「・・・すぐ、逃げられますか?」
「それがな、やつら、ニコニコしてやがるんだ」
「え?」
「さっきのやつとは正反対の最高級のスマイルを浮かべてやがる。どういうことだ?」
「発砲したあなたをなだめるための愛想笑い・・・では?」
「はん、平和ボケしたジャップじゃあるまいし・・・それともなにか? これがひところ流行った『曖昧なジャパニーズ・スマイル』ってわけか、カズオ?」
「・・・敵意は、感じられますか?」
「いや、それがまるで・・・いったい何なんだ、これは?」
「さっきのことは偶発的事故だと解釈してくれた・・・とか?」
「そんな都合のいい話があってたまるか・・・って、近づいてきやがった」
「サヴォバック・ビウィー・グレル」
「・・・コンタクトしてきた!」
「さっきのバーウィップなんとかとは違いますね。穏やかな口調だ・・・」
「ああ、両手を高く上げてる。武器が無いことを示してるみたいだ」
「何も持ってないんですね?」
「ああ・・・」
「サヴォバック・ビウィー・グレル」
「また、繰り返しましたね?」
「ああ。口調も表情も変わらない。間違いなく微笑んでる」
「そんな・・・仲間を撃ち殺した相手なのに・・・」
「なあ、今、ひとつ思いついたんだがな・・・オレが撃ち殺したやつは、犯罪者か何かだったんじゃないか?」
「まさか・・・そんな都合のいい・・・」
「あいつはきっと殺人鬼とか脱獄者だったんだ。それに比べてこいつらの表情は・・・」
「サヴォバック・ビウィー・グレル」
「今度は手を差し伸べてきたぞ。どうやら握手する風習があ」
「・・・少佐? 少佐、どうなさいました? 少佐!? 応答して下さい。少佐!!」

<トイン人>
 エニグマ星系第四惑星に生息する知的生命体。その姿態はベガ人、アルタイル人、シリウス人、テラ人などに酷似する。性質は剽悍寧猛であり、腕部から高圧電流を発す。(中略)
 彼らと最初に接触する際には、他の知的生命体とは喜怒哀楽の表出が正反対であることに注意を要する。彼らが微笑みの表情を湛えている際に内包されているのは、憤怒の感情であり、反対に怒りの表情を浮かべている際のそれは、慈愛の感情である。彼らの感情表現は極めて判りやすいので、当初の困惑さえ克服すれば容易に交流を図ることが出来る。
 トイン人の代表的な挨拶言葉である「バーウィップ・クラーナ・ウィー・ピニボン」は、「この世界の生きとし生けるすべての者たちに心からの敬意を表そう」という意味である。トイン人は、その宗教的慣習に従い、この挨拶を十度繰り返す。挨拶をする際には、その声量を徐々に増していかねばならず、目を血走らせて行なうほど対象者に敬意を表していることを意味する。音量は、最終的には一度目の十倍強にまでなり、稀に鼓膜を破損する種族がいるので、この点にも注意が必要である。(中略)
 なお、「サヴォバック・ビウィー・グレル」と言い渡された場合には大変な注意を要する。その意味が、「明白なる罪を犯せし者に制裁を」だからである。これは、トイン人に対して何らかの侮辱的行為があった場合にのみ用いられる(例:理由無くトイン人を殺傷する、トイン人の親愛の挨拶を遮ってまで暴力がふるわれる、等々)。敵対者に対する宣戦布告時の定型文としても用いられる場合があるので、くれぐれも誤解を招かぬよう注意したい。
『エンサイクロペディア・ギャラクティカ』第225版より引用
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ショートショート066「パノラマに住まえば」

2013-10-14 22:34:12 | 『掌編寓話集』
「・・・それはおまえ、狂言だよ」
「・・・」
「間違いない。そうじゃないとしたら、単に滑稽極まりない話ってだけだ」
「ううん・・・」
「言い変えてみると・・・互いに同色の石で囲碁を打ちあってるようなもんだ」
「・・・なんだそりゃ」
「まあ、おれはそう思ったんだよ」
「・・・ふうん」
「・・・ところで、話は変わるけど、おれたちが住んでるこの空間は、一種の劇場なんだと思う」
「劇場?」
「ああ。常にどこかしらに観客がいて、おれたちはその観客たちの視線を気にしながら生活してる。劇場なんだよ、ここは」
「じゃあ、おれたちは舞台に立たされてる役者かなんかか・・・そいつは不本意だな」
「そうだろうな」
「・・・演出家はいないのか?」
「いない。全部自分で振り付けるんだ」
「そいつは厄介だな」
「ああ。だから、ここは楽園なんかじゃあない。ええと、なんて言ったかな・・・あたり一面は花が咲いてて・・・そうだ、桃源郷、理想郷・・・そういうものじゃあないんだ」
「・・・」
「強いて言えば園林だな。人工的に造り上げられた庭園。どこもかしこも人の手が入ってやがる」
「不快、なのか?」
「ああ、不快だよ。心の中がさざ波立ってどうしようもない。感情が潮の満ち引きみたいにいったりきたりするから、気持ちが休まることもないし」
「満ち引き、か・・・」
「しかも、この潮の満ち引きを繰り返してる場所そのものが、これまた人工物なんだよ。諫早湾とか八郎潟とか・・・干潟だな」
「・・・」
「人工物に囲われてるんだ。檻獄なんだよ、ここは。とにかく息苦しい」
「・・・」
「そのくせ、遊蕩するものや場所には事欠かないようになってやがる。だからみんな何の疑問も抱かないんだよ。むしろ、喜んでここに留まろうとしてる」
「・・・で、それをおれにぶつけてどうしようっていうんだ? ただの八つ当たりか?」
「いや、そうじゃないよ。・・・それはおまえ、狂言だよ」
「・・・」
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ショートショート065「山と谷のあいの子」

2013-10-13 20:44:09 | 『掌編寓話集』
 その子の父は、山であった。
 その子の母は、谷であった。
 自身の生い立ちを、その子は許容するしかないのだった。

 父は険しく聳え立っていた。
 母は深く沈み込んでいた。
 その中間的存在であるに過ぎないその子は、父のようでもあり、母のようでもあり、父のようではなさそうであり、母のようではなさそうであった。

 山と谷のあいの子は、すくすく(?)と成長した。
 成長すればするほど、その子は父にも母にも似ていない何者かに成り果てていった。
 父母は困惑しつつ、その子の存在を許容するほかなかった。

 その子は、自身の風貌にはさしたる興味が無いようであった。
 父は山であり、母は谷である、という厳然たる事実があるのだから、そのどちらにも似ていないからといって懊悩する必要はなかった。
 いや、少しは悩んだ方がいいのかもしれなかったが、その子の脳髄はそういう方向性で思考するのには慣れていないのだった。

 その子は、さらにすくすく(?)と成長した。
 その肢体から父母を連想することは、もはや困難でさえあるのだった。
 この頃には、父母はもはや困惑することさえなくなっていた。

 ある日、急にその子がクローゼットの中へ閉じ籠った。
 クローゼットの中には、大判の鏡が据え付けられてあった。
 その子は自身の顔を、そっとそれに映してみた。

 そこには誰にも似ていない、しかし間違いなく誰かではある顔が映し出されていた。
 山と谷のあいの子は、自身の生い立ちを許容するようになった。
 ことさら誰かにそれを告げたわけでもなかったが、その瞳には長い沈思の後が残っていた。

 無論というべきか、この日を境に、その子が山と谷のあいの子ではなくなった、ということにはならなかったし、劇的な変化を生じたということにもならなかった。
 快活にふるまうこともなければ、陰鬱に接するということもなかった。
 だが、たったひとつの違いも無く、その子は山と谷の子のままであった。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加