江馬直の創作奮闘記

やっとこさ無職ではなくなった創作家、
江馬直の日常を綴るブログです。

おつかれ、『八重の桜』。

2013-12-15 21:57:46 | 各種感想文
 長いことつづいてきた、主人公を極端なまでに称揚するテイストの「大河ドラマ」とは、大きく一線を画する物語となった『八重の桜』が、最終回を迎えた。「明治篇」の迷走ぶりには正直納得がいかなかったが、「幕末篇」の丁寧なつくりには素直に頭が下がった。『坂の上の雲』の時もそうだったのだが、「どうせこの程度だろう」と高をくくっていたところに、それ以上のものを見せ付けられると素直に頭が下がるものであるらしい。こんなにハマった幕末ものは『翔ぶが如く』以来であった(そういえばあるブロガーの方が、「『獅子の時代』を彷彿とさせるものがある」という意味のことを言っておられた。機会があったら見比べてみようかな)。近年の「駄作」・『龍馬伝』(←面白いって言ってる人が多いところ恐縮だが、私には全然面白くなかった。暴論かもしれないけど、『JIN』の方が遥かに「歴史ドラマ」になっていたと思う。『龍馬伝』は単なる「見せ場集」にしかなってなかったなあ)を軽く超える作品になったのではないか、と思う(無論、あくまで私の主観である。この正反対の感想をお持ちになった方がより多いだろうことは覚悟の上で、でもそれでも、「『龍馬伝』、酷かったですよ」と小声で言いたい。視聴したかなり早い段階で、相当「引いて」観ていたのだが、劇中中盤の武市瑞山と山内容堂のやり取りを観て、「これは野心作をつくろうとしてもののみごとにしくじった駄作だ」と断言したくなった。別に大森南朋氏や近藤正臣氏に含むところがある訳ではない。念のため)。

 以前書いたことと重複するが、『八重の桜』の美点は、主人公サイドを過剰に美化しなかった点に集約されるかもしれない。脚本家のバランス感覚のよさを感じる。幕府方、あるいは薩長土肥の人々が不当に貶められる描写は少なかった(極端な話、そういう目に遭ったのは世良修蔵ぐらいのものだった。徳川慶喜や松平春嶽、木戸孝允や西郷隆盛、大久保利通、岩倉具視、板垣退助、大隈重信、伊藤博文――完全にどうでもいい話だが、伊藤役の人はお上手&そっくりだった。あの顔のイメージのまま年を取ると、綺麗に「坂の上の雲」に繋がってくれる。大山巌はなあ・・・あそこからどれだけビールがぶ飲みすれば「蝦蟇坊」になれるやら・笑――といった面々にも彼らなりの主義主張があったのだろうと理解できる描写が多かった。いわゆる「顔見世」的な描写は少なかった。特に西郷には奇妙な説得力があったように思う。それだけに、「西南戦争」のくだりはいただけなかった。せめて前後篇で描いてくれてたらなあ)。これは「そちらサイド」の視聴者に媚を売った結果などでは無くて、価値観の相対化が出来ていた何よりの証であろうと思う(「明治篇」が迷走しなければ、「西南戦争」が「戊辰戦争」と「対」の役割を果たすことになったのだろうと思う)。その証拠に、会津側の愚行・愚挙にも数多くの言及・描写があった。ここ数年続いた主人公サイドの登場人物を過度に美化するような悪習とは無縁であった。徳川慶喜に嵌められた神保修理の哀れなまでの惨死、田中土佐と神保内蔵助の「無意味」過ぎる切腹、「美しいシーン」ではあっても決して美化はしなかった二本松少年隊・西郷一家・白虎隊・娘子隊の戦死・自刃のくだり、先見の明はあっても終始残念なキャラクターであった西郷頼母(言うてはならないことなのかもしれないが、最終話の「あの姿」は・・・思わず爆笑してしまった。一緒に視聴していたうちの母は「あらぁ、びんこーさん――母は西田敏行氏のことを「有職読み」してこう呼ぶ――、「七福神」になっちゃって・・・」と言って絶句していた。ほぼ同意見)、妻の死に錯乱して実弟に死を迫る山川大蔵(このぐらい激昂するのが、実はデフォルトな為人だったらしい)、誤った采配を続けたことに悔恨の念を抱きつづけた梶原平馬(最後に出番があってよかったね)、まさか本当に「寝過ごし事件」(場面としてはやや間延びし過ぎたかな?)までやってくれるとは思ってなかった佐川官兵衛、「恨みを晴らしてくれ」という遺言が遂に成就されることは無かった萱野権兵衛(大半の視聴者が思っただろうけど、ラストは「さらば」じゃなくて、「アバヨ!」って言ってほしかった。もし本当にやらかしてたら内容ぶち壊しだったかな?)、「ほぼ架空」の人物と言ってよかったにもかかわらず、その存在意義を示すことが出来た(近年では本当に稀なこと。『平清盛』の兎丸を思い出そう)主人公の前夫・川崎尚之助、とにかく不運で薄幸な、しかし忍耐強い(そしてそれ故に藩に無用の流血を強いてしまった)藩主・松平容保等々、「群像劇」としては痒いところに手が届く描写が多かった(でも、永岡久茂は削ってほしくなかったなあ。ほんのちょっとだったけど「思案橋事件」も描いてたんだし、出してくれりゃあよかったのに。あ、そうそう、久茂と覚馬・八重ってどうやら遠縁だったっぽい。久茂が会津永岡家の本家筋、覚馬たちの父・権八が、永岡家の分家筋から山本家に養子に入った人なので、たぶん間違いないはず。・・・って全然本筋と関係ないや)。
 一部でこうした描写を「散漫」、「主人公不在」とする論評をみたが、当たっていないと思う。本来「群像劇」とはそうしたものである(暴論かなあ)。「幕末篇」は、極言すれば会津藩士たちの銘々伝であった(『史記』の「列伝」のようなものと言ったらしっくりくるであろうか)。『八重の桜』と謳っておきながら、主人公・八重を意図的に物語の埒外に置いた――ここ数年の「大河ドラマ」の女性主人公であれば、あらゆる歴史的場面に「ワープ」して現れ、好き勝手な発言を繰り返し、何でもかんでも己の「手柄」にすることが出来たはずである。現に今作では、「ワープ」しない主人公の代わりを実兄・山本覚馬が務めている――のは、確信犯的にその方針を推し進めたものだったからだと思われる。だからこの作品は、意図的なる「看板に偽りあり」なのである。「それが許せない」という人もいるであろうが、八重を「超人」として描きたくなかった脚本家の「良心」の為せる技だったのだろうと思いたい(擁護し過ぎ? でも、丸々半年主人公を埒外に置いておいたおかげで、鶴ヶ城攻防戦での活躍が不自然なものにならずに済んだようにも思う)。
 どうしてこういう事態が発生するかというと、おそらくは脚本家に主人公の選択権がほぼ無いからであろう。先に「女性主人公」(=「大河ドラマ」なのに女優を主役として起用したい)という企画ありきなのだろう。そういう制約の中で歴史に題材を取った物語を書き進めようとするから、タイトルと内容に齟齬が出てしまっているように見えてしまうのである。だから暴論かもしれないが、今作の脚本家にとって「幕末篇」の真の主人公は、八重ではなく、「会津藩」そのものなのである。ここから先は私の勝手な憶測になるが、複数脚本家制(と言ってしまっていいか自信はないが。「助っ人」ぐらいの位置付けだったのだろうとも思う)に路線変更となって、八重の(やや無意味な)露出が増えなければ、「明治篇」でももう少し旧会津藩士の描写に紙数が割かれていたのだろうと思う(せめてもう少し斗南移住後の苦境が描かれてたらなあ)。

 無論、『八重の桜』には目に見える欠点も存在した(「看板に偽りあり」というところも欠点と言ってしまっていいかもしれない)。止むを得ないこととはいえ、「幕末篇」では「群像劇」の裏返しとしての主人公不用回が目立ってしまう結果となった(だから女性主人公にしちゃいけないんだってば。・・・あんまりこのフレーズ繰返すと、女性蔑視論者扱いされるのかなあ。でも知ってる人は知ってると思うけど、我が家は典型的女系――というか「女権」?――家族で、仮に妹①に蹴り入れられても、私は決して反撃しないっていうくらい女性を「立てて」――いや、怯えて?――生きてるんだけどなあ。あ、そっか、だからその反動で「女性主人公反対!」って叫んでるのか。・・・って違う違う。ちなみに「去年と言ってることが違う」と思われた方もいらっしゃるかもしれない。去年私は、「主人公がその存在意義を証明できていない」と酷評したが、それは主人公が「平清盛」という積極的・主体的に歴史に関わっていったはずの人物だったからである)。
 そして正直言って、「明治篇」は迷走していたと思う。主人公・八重を描きたいのか、同志社大学設立そのものを描きたいのか、旧会津藩士の苦難を描きたいのか、それとも新島襄を描きたいのか、よく判らない構成になってしまった。先述したように、脚本家は確信犯的に『八重の桜』を「群像劇」にしていたように思う。「幕末篇」ではそれを貫徹できていたが、「明治篇」では――「それでは視聴率が取れないだろう」という話になって、脚本家が追加されたんだろうなあ――不徹底となった。脚本家は当初「幕末篇」に対する「解答」として「明治篇」を構想していたのであろう。が、複数脚本家制になった途端、描き方が変わってしまった。八重のキャラクターもぶれてしまった(典型的なのが、覚馬の後妻を叩き出した直後、覚馬の娘の駆け落ちには理解を示そうとしたところ。後妻を叩き出す回は従来通りの脚本家、駆け落ちの回は新規の脚本家が担当したため、八重の言動がダブルスタンダードになってしまった)。もったいないことである。今年の脚本家は、一昨年の某脚本家のように女性主人公を自己の分身として奇矯に描いたりはしなかった。昨年の某脚本家のように主人公を殊更に残念な人物として描いたりはしなかった(一昨年の脚本家には本当に弁護の余地が一切ないが、昨年の脚本家には、その後『夫婦善哉』という傑作ができた。単に『平清盛』のような「歴史もの」が苦手だった、というだけのことだったのだろうと思う)。それだけでも充分に賞賛に値するであろう。ただ望蜀ではあろうが、「幕末篇」をもう少し刈り込んで「明治篇」を充実させるなり(「幕末篇」がきっかり半年で終わってくれていれば、「明治篇」ももう少しバランスのとれた内容になっていたのではないかと思う。ただ、完成した「幕末篇」に無駄な描写は少なかった――「史実重視過ぎる箇所が無駄だ」という意見もあるが、私には不必要なエピソードがあるとは思えなかった――ことを思えば、止むを得なかっただろう)、割り切って「幕末篇」のみで一年間の作品にするなり(ただ、オチが全く救いの無いものになってしまったであろうが)したほうが、より一貫性の取れた作品として仕上がったであろうとは思う。惜しいことである。

 では、脚本家が「明治篇」で手を抜いていたかというと、必ずしもそうではなく(というか、さっきも少し述べたが、追加された脚本家ふたりによる描き方に納得がいかなかった。このふたりが担当したのは「明治篇」全体のうちの六~七話ぐらい――ん、三分の一? 結構多いな――だったと思うが、これまでの描写の積み重ねから離れ過ぎていた。「八重はそういう言動しないよなあ」というシーンがちらほらしていて、率直に言って見苦しかった。薩摩出身者に八重が土下座したり、八重と大山が腕相撲始めたり、とかね。それと、そうした「しわ寄せ」が他の回にも悪影響を及ぼしてしまった。行動原理が複数あったように見えるもんだから、意味不明になってしまう。やっぱ、テイストは変えちゃ駄目なんだよなあ)、それなりに健闘していたと思う。
 自分でも意外だったのは、新島襄の描写に悪印象を持てなかったということ。「明治篇」全体を通して、一服の清涼剤となっていた感がある(覚馬が失明しているため動き回れない、「敵役(?)」の槇村正直はややうざすぎる、徳富兄弟&「熊本バンド」にはあまりいい印象が持てなかった・・・のに比べて、ということであったかもしれないけど。一番好もしかったのは、襄が八重に「手柄を取られた」ようには見えなかった点。ちゃんと存在感のある夫・学校経営者であるように見えた。まあ、もう少し生徒たちに『聖書』を教授するシーンが多かった方が、あの臨終がより悲劇的に見えたかもしれない)。「幕末篇」には出てこなかったタイプの、「晦渋ではない」人物(晦渋な人物の典型が徳川慶喜。あ、言い忘れてたけど、今年の「大河」は慶喜が凄かった。放送前は正直、「けっ、元首相の息子かよっ」って思ってたんですけど、回を追うごとに目が離せなくなった。「所詮親の七光りだろう」という私の偏見を実力で払拭されてしまった。そのぐらい感銘を受けた。それにしても、容保と対比させると慶喜の動きがこんなにも活きてくるんだなあ。昔、司馬遼太郎の『王城の護衛者』と『最後の将軍』を同時進行で読んだ時と同じような説得力があった)だったため、かえって新鮮に見えた。薩長への憎悪を捨てきれない八重の心を解きほぐすには、あのぐらいのキャラクター造形でちょうどよかったのかもしれない(まあ、やや善人過ぎかなあとは思ったが。つうか、この役者さんは、こういう「優しい人」役が一番似合うんじゃないかな、と思った)。

 ただなあ・・・最終話のあの終わり方はいただけないよ。あのラストはいらなかった。無理に籠城時代に戻らなくてもよかったのに。残念。あのラストが当初から想定されていたものだとは思えないんだよなあ。取ってつけた感があるっていうか。もっと地味めにひっそりと終わってくれてれば・・・まあいいや。



 さて、来年の予告を見た限り、『天地人』に近い臭いを感じるんだけど・・・気のせいだよね? ・・・うん、気のせい。気のせいだよ、たぶん。


・・・うーん、去年よりも甘いなあ。
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