江馬直の創作奮闘記

やっとこさ無職ではなくなった創作家、
江馬直の日常を綴るブログです。

一度だけでいいから、会ってみたかった。

2018-01-26 23:31:44 | 雑文
 以下は、かつて書いた文章の再録である。

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 (前略)政治家がその「出自」を秘匿することは長期的に見てプラスにはならない。むしろ暴かれ方によっては、より良い結果を生ずる場合がある。
 以下は、魚住昭の名著『野中広務 差別と権力』(講談社 2004 以下、『差別と権力』)に書かれていたエピソードである。この『差別と権力』は、かつて自民党の「キングメーカー」と称された野中広務の一代記になるが、この中で魚住は野中の出自が京都の被差別部落であることを銘記した。激怒した野中は、魚住に以下のように詰め寄る。


「君が部落のことを書いたことで、私の家族がどれほど辛い思いをしているか知っているのか。そうなるのが分かっていて書いたのか」


 野中は、園部町議⇒園部町長⇒京都府議⇒京都副知事⇒衆院議員⇒自治大臣⇒幹事長代理⇒官房長官⇒幹事長と幾多の階梯を登り詰めた、叩き上げの政治家である。その彼の「タブー」であった「出自」を魚住は暴いた。魚住の文章に拠れば、野中は泣きながら抗議したという。魚住はそのことも併記した上で『差別と権力』を出版した。出版されたこと自体が驚愕すべきことである。その後、野中は告訴しなかったのだから。講談社文庫版『差別と権力』の巻末には、魚住と佐藤優との対談が載せられている。その一節を引用したい。


佐藤 <前略>この作品は本来、野中さんから告訴されてしかるべきです。それからおそらく過去の判例と照らした場合、プライバシーという観点において野中さんは裁判で勝てると思うんですよ。<中略>にもかかわらず訴えなかったという、この一点において、野中広務という政治家について、魚住さんがこの本のなかで書いていることは間違えていないんだと、テキスト外で担保されている感じがするんですね。

魚住 なるほど。

佐藤 たぶん、野中さんはこの本については不快に思っておられるでしょう。しかし、そうじゃない感覚も必ずどこかにあると思います。

魚住 そうでしょうか。

佐藤 おそらくもしこの本が出ていなければ、三十年後に野中広務という政治家のことを言われたって、だれももう覚えてないと思うんです。しかし、この本が出て、そして今回、文庫化するということによって、日本の政治の構造、少なくとも冷戦が崩壊したあと、日本の政治がどう展開したのかということに関する一つの重要なノンフィクションが残る。それから、被差別部落の問題に関して、部落出身のひとりの政治エリートの軌跡という観点で、この本は読み継がれていくと思うんです。だから、野中広務という名前はきちんと三十年後も残る。これはけっして野中さんにとっても悪い作品ではなかったと思うんです。<以下略>



 佐藤の発言が、『差別と権力』の、そして野中広務という政治家の本質を掴んでいる。野中は一定量の抗議はしたものの、権力者として彼に圧力をかけることも、私人として訴訟を起こすこともしなかった。彼の政治家としての業績はともかくとして、留意すべき「故事」であろう。(以下略)

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合掌。
コメント

ある芸能人の生き様について。

2018-01-05 01:58:50 | 雑文
「今もっとも興味がある芸能人は?」という質問に、迷わず「中居正広」と答えるようになって、ほぼ四年が経つ(それまではタモリであった)。

前にもどこかで書き散らした気がするのだが、『笑っていいとも!』最終回で彼がスピーチをした映像を観て以降、「この人はなにかを背負わされてしまったのかもしれない」と思うようになった。

それまでは、「歌の下手な、司会の出来る中年アイドル」としか思っていなかったのだが、そう片付けてしまってはいけない何事かがあるような気がしてきたのである(ちなみに私は、男女問わず「アイドル」という存在があまり好きではない)。

それが何なのかよく判らないうちに、「SMAP解散騒動」が勃発した。


例の「謝罪会見」を目の当たりにしたとき、脳裏に「毀損」という言葉が明滅した。

この人(たち)は汚されたのだ、と思った。

半年後の「解散報道」を観て、「残酷だなあ」と独りごちてしまったことをよく覚えている。

「何て惨い『あがり』なんだろう」とも思った。


更に数ヶ月後の『SMAP×SMAP』最終回で、彼がカメラに背を向けて泣き咽ぶ姿に、やたらと感情移入することになった。

彼(ら)が必死に創ってきたであろう諸々を、ああいう形で破壊されてしまうという心情が、痛いくらいに想像できてしまったからである。

大袈裟に言えば、あの時、彼が浮かべざるを得なかった表情は、数年前に私自身が浮かべていたものと酷似していた。

何のことはない、私は彼とかつての自身を重ね合わせて自己憐憫を繰り返していたのである。


去年の年末、彼が長嶋茂雄とさまざまに語らうという趣旨の番組を観た。

明言していたわけでもないが、「ああ、この人はまだ諦めていないんだな」と思った。

年始、彼が別の番組でまたスピーチをしていた。

「案外この人は愚直な人だな」と思った。


彼は、「バラエティー番組は残酷だ。終わらないことを目標にして進む。だから最終回は物悲しい」という意味のことを語っていた。

どことなく、人生を語っているように思えた。

ただ消費されるだけの存在でしかないのかもしれないバラエティー番組を、ある意味哲学に昇華させた言葉のようにさえ思えた。

これほど含蓄のある言葉を吐く芸能人を、私は他にタモリしか知らない(そして、中居正広の発言を軽やかに、「んなこたあない」と一蹴してくれたらいいのにと思う)。


彼の一挙手一投足を、もう少し見てみようと思った年末年始であった。
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興味深い「たら」「れば」。

2017-11-19 03:40:18 | 雑文
かの石橋湛山が組閣をした際、閣僚名簿を見た昭和天皇は、「どうして岸(信介)を外務大臣にしたか、彼は先般の戦争に於て責任がある、その重大さは東条(英機)以上であると自分は思う」と語り、難色を示したという(どうやら昭和天皇は、岸の満洲国時代の「所業」をよく知っていたらしい)。

湛山は更に回顧して、「この言を聞いて、そのきびしさに驚き且つ恐縮した。…若し旧憲法(明治憲法)時代に於て、かかることが起ったとすれば、私は直ちに責を引かねばならなかった(辞職)であろう。(中略)百方事を尽くして了解を求めるのほかはなかった。かの一人の人(昭和天皇)も、その上更に深く追求することはせず、『そういうわけなら宜しいが、とにかく彼は東条以上の戦争責任者である』」という発言があった、と述べている。

真正のリベラリストたる湛山には、昭和天皇の意思を容れて岸の入閣を拒絶する(=天皇の国政関与を認める)という選択肢はなかったのであろう。

だが、もしこの人事が撤回されていた場合、戦後史はどのような展開を見せたのであろうか?


興趣は尽きない。
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そういや、『プラネテス』にも引用されてたっけ。

2017-05-04 01:32:22 | 雑文
サキノハカといふ黒い花といっしょに
革命がやがてやってくる
ブルジョアジーでもプロレタリアートでも
おほよそ卑怯な下等なやつらは
みんなひとりで日向へ出た蕈(たけ)のやうに
潰れて流れるその日が来る
やってしまへやってしまへ
酒を呑みたいために尤(もっとも)らしい波瀾を起すやつも
じぶんだけで面白いことをしつくして
人生が砂っ原だなんていふにせ教師も
いつでもきょろきょろひとと自分とくらべるやつらも
そいつらみんなをびしゃびしゃに叩きつけて
その中から卑怯な鬼どもを追ひ払へ
それらをみんな魚や豚につかせてしまへ
はがねを鍛へるやうに新らしい時代は新らしい人間を鍛へる
紺いろした山地の稜をも砕け
銀河をつかって発電所もつくれ

「サキノハカといふ黒い花といっしょに」 (作詩:宮澤 賢治)



……もし早世しなかったとしたら、彼はこの詩に加筆することがあっただろうか。
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歴史とは日々、変化するもの。

2017-03-20 11:15:49 | 雑文
折角、小中学校の歴史教科書の記述から、「聖徳太子」やら「鎖国」やらが消滅すると聞いて喜んでいたら(左派イデオローグ論者的な意味で賛同しているのではなく、近年の歴史学研究と照らし合わせて変更するのが妥当、という意味での賛同)、最後の最後で引っくり返されてしまったらしい。

子どもたちが最新の知見に触れる機会をなくしてしまうんですか、そうですか。

「変更すると授業で混乱を来たす」という意見があった、ということだが、伝える側が丁寧に解説すれば済むだけの話でしかない。

恐らくというより間違いなく、「ある種の特定の意思」が働いた結果だと思うのだが、宗教上の理由で「進化論」を教えないようにしている、一部アメリカの小中学校の状況と何ら変わらないのではなかろうか。


……色々と時代に逆行させるのがお好きな政権であることよ。
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