横浜金沢魅力帳(3)
魅力帳(=横浜金沢魅力帳)に紹介されている見学スポットの説明は詳細で、
散策中、何度も開いて読みました。
まさしく「ガイドブック」であります。
ただ、散策コースの地図はかなり大まかなので、戸惑いました。
できれば、散策前に普通の地図で場所を確認されることをおすすめします。
なお、見学スポットによっては、どこにあるのか分からないことがあります。
(例:小山犬若丸二児の墓等)
その場合は私有地内であることが考えられます。
運よく見つけられたとしても、ご迷惑のかからないように見学いただきたいと思います。
散策マップ
「散策! 横浜金沢区 朝比奈六浦コース編(1)」にて参照こと。
見学スポット
4.琵琶島神社 <北条政子が創建>


社殿(写真右)は柵で囲まれ、鍵がかけられている。
創建 : 治承4年(1180年)
祭神 : 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
琵琶島神社。
そんなに大きい神社ではないのですが、そばを通るとちょっと足を止めてしまいます。
とても趣のある雰囲気で気になってしまうのです。
きっと何気なく立ち寄ってしまわれる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
こちらの神社は、源頼朝公が三島明神を勧請して瀬戸神社(真向かいにあります)を創建した時、
夫人の北条政子が夫にならって、日頃信仰する琵琶湖の竹生島弁財天を勧請して創建したと伝えられています。
とここまで書いて、ご祭神は市杵島姫命ではありませんでしたっけ?
不思議に思い、調べてみますと、市杵島姫命は後に弁財天と習合し、
本地垂迹(ほんじすいじゃく・神仏習合思想の1つ)において同神とされたそうです。
(なるほど。)
という訳で、ご祭神の弁天様は島の奥にある社殿でなく、入口のそばに立っておられますので、
お気をつけ下さいませ。
境内から望む平潟湾の風景はとても美しく、時の流れを忘れてしまいそうになる程です。
今回訪れた時は干潮時だったようで、そばで潮干狩りをされている方がいらっしゃいました。
ここ金沢区では潮干狩りをされる方が多く、埼玉出身の私、それがとても新鮮に感じられるのでありました。


写真左:島の形が琵琶に似ているため、琵琶島と呼ばれる。
写真右:弁天様。「立身弁財天」、または「琵琶島弁財天」と言われている。

写真左:島のそばを走る「シーサイドライン」。もしかすると車窓から島の形を確認することができるかもしれない。
写真右:佐羽淡斎(さばたんさい)の詩碑「総宜楼(そうぎろう)の詩碑」。
友人との楽しい宴会の様子や瀬戸の風景が詠まれているらしい。

「福石」。別名「服石」。源頼朝が瀬戸神社参拝のため、平潟湾で禊をした時に衣服を掛けたそうです。
さらに、石碑によれば、この石の前で物を拾うと福を授かるそうですぞ!

琵琶島から望む平潟湾の眺め。この日は良い天気でした。
魅力帳によれば、金沢区には七福神めぐりができるとのこと。
今度のお正月にぜひ、回ってみたいと思います。
5.吼月山 泥牛庵 <鎌倉幕府滅亡の時、北条高時が開基>

臨済宗円覚寺派
本尊 : 聖観音菩薩像(しょうかんぜおんぼさつ)
開山 : 南山士雲
創建 : 室町初期
開基 : 北条高時
時々、宗教に関する専門用語に戸惑います。
今までずーっと適当に解釈してきましたが、ぼちぼち、ちゃんと調べてみようと思います。
例えば、泥牛庵の「開山」と「開基」にそれぞれ人物の名が記されていますが、
「開山」と「開基」って何でしょう?
「開山」と「開基」について
多くの場合、開山と開基は同義語的に用いられるが、
禅宗や浄土宗では寺院の創建に尽力した資主(壇越・だんおち、寺や僧に布施をする信者)を開基と呼び、
その開創の僧(初代住職となった僧侶)を開山と呼んで区別している。
(コトバンク参照)
泥牛庵は鎌倉幕府滅亡の時、14代執権北条高時が持仏の聖観音菩薩像を円覚寺11世の南山士雲に託し、
北条氏の永久加護を懇願して創立されたお寺。
高時については、人物像について色々な解釈があるようですが、その前にその時代に触れるのが、
中学以来であることに気づき、思わず苦笑してしまうのでした。
良い機会なので鎌倉時代を復習してみようと思います。
参考文献
『横浜金沢魅力帳』(横浜市金沢区地域振興課 発行)
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