オアシスインサンダ

~毎週の礼拝説教要約~

この確信さえあれば

2010-01-24 00:00:00 | 礼拝説教
2010年1月24日 伝道礼拝(一コリント13:13) 岡田邦夫


 「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」一コリント13:13

◇それがあっても…一億円でも
 私は高校生の冬休みに友人と二人でアルバイトをしました。オフィス街のビルの地下に行って、ダスターシュートから落とされた紙くずを収集してくるという古紙回収の仕事です。ある日、東京の銀座のビルに行き、麻袋に紙くずを一杯詰めて、エレベーターで運ぼうとしたところ、故障だというので、階段を上がっていきました。地上に出た所は一等地、銀座4丁目の交差点。銀座らしいファッションで大勢の人が行き交うその中を、ほこりにまみれた二人で大きなズタ袋を引きずって、恥ずかしいので顔を隠し、その角を曲がり、やっとの思いで待っていたトラックに乗せたのです。それとともに、地下で収集していた時のことも衝撃でした。未使用に近いきれいな紙ばかりで、もったいない捨て方だなと思いつつ袋に詰めていると、その中にそのまま使えそうな一億円の小切手が出てきたのです。1960年の頃です。時給240円で働いている身には相当な金額。でも、ただの紙くずでした。
 巨万の富も何かがあれば、ただの紙くずになってしまう、結局、人は死ぬ時は持ってはいけないのだ、一億円の小切手もタダの紙切れ、その紙切れ一枚さえ持って行けないのだ、ほんとうに確かなものは何なのだろうと、私は考えさせられました。一方、私は、歴史に出てくるキリスト教徒の殉教の光景が思い浮かんできました。死も恐れず、輝いて亡くなっていく、ここにこそ、何か確かなものがあるのではないか、そう思わされていたのです。それから、私は三年後、キリストに出会い、その確かなものをいただきました。

◇これさえあれば…信・望・愛
 私たちがよってたてるもので、いつまでも変わらないもの、いつまでも残るものとは何でしょう。単刀直入にいいます。聖書、第一コリント13章13節に答があります。「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」。
 この三つの言葉の前に何かを入れるとしたら、「神」しかないのです。「神への信仰と、神への希望と、神への愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、神への愛である」。そこに「お金」とか「名声」などを入れても、いつまでも残る、とは言えませんね。次のような聖書の言葉もあります。「実際、捕らえられた人たちと苦しみを共にしたし、また、自分がもっとすばらしい、いつまでも残るものを持っていると知っているので、財産を奪われても、喜んで耐え忍んだのです。だから、自分の確信を捨ててはいけません。この確信には大きな報いがあります」(ヘブル人への手紙10:34ー35 )。
 いつまでもということは、過去も、現在も、未来も、ということです。イエス・キリストは「過去」、二千年前、十字架にかかり、私たちを罪と死から救うために、身代わりになり、死んでくださり、また、永遠の命を与えるため、よみがえってくださいました。その方を信じるなら、私たちは救われるのです。イエス・キリストは昇天され、神の右におられ、とりなしてくださり、「現在」ここに臨在しておられます。その方を愛する時、命の交わりがなされます。そして、イエス・キリストはやがての「未来」に、再び、地上に来られ、裁きを行い、主を信じている人たちは復活し、現れた御国に入ります。それを望み見るのです。そのようにして、イエス・キリストの神といつまでもかかわり続けられるのです。たとえ、試練がやってきても、死がやってきても、裁きの日がやってきても。

◇これさえあれば…父・み子・み霊
 その神と救いを聖書に基づき、要約した信仰告白が、父である神、ひとり子イエス・キリストの神、聖霊の神を信じますという形で言い表されている「使徒信条」です。これさえあればいいのです。その神への信仰、希望、愛をもって生きるなら、試練がやってきても、死がやってきても、裁きの日がやってきてもふるわれることはありません。また、神は永遠なのですから、私たちが「信、望、愛」に生きることはいつまでも残ることなのです。
 あなたは神を信じ、神を望み、神を愛していますか。それを他のものに代替えしていませんか。それは偶像礼拝になるでしょう。そこに自分を入れてしまっているなら、自己中心の罪です。そうだとしましたら、悔い改めて、そのところをイエス・キリストの神に入れ替えましょう。イエス・キリストはあなたの偶像礼拝の罪も、自己中心の罪も、すべての罪を十字架の贖いによって赦してくださいます。そして、復活の恵みにより、新しい命に変えてくださり、信じ、望み、愛することのできるものにしてくださいます。そこで、私たちはこう告白しましょう。「私はただ主を信じ、ただ主を望み、ただ主を愛します」。それさえあれば、あなたは大丈夫です。

◇この確信さえあれば…アルツハイマーでも
 ここで、本田路津子さんの証詞を紹介しましょう。
 (彼女は1972年の連続テレビ小説『藍より青く』の主題歌『耳をすましてごらん』でお茶の間にも親しまれ、NHK紅白歌合戦にも2回出場された歌手。その後、歌手生活に行き詰まり、1975年に結婚し渡米。そこで信仰を持ち受洗。1988年帰国して以来、国内外の教会等で賛美の歌い手として活動しています。)以下は「私を変えた聖書の言葉」(日キ出版)より。
 両親は教会で知り合って結婚。父は素直に天国を信じている人だった。
 私が歌手生活の厳しさの中で、体力的にも精神的にも参っていた頃、父は「路津子、クリスチャンにならないか。クリスチャンになったらね、天国に行けるんだよ。」と唐突に語ったことがある。父は勉強好き。七十を間近にして東京神学大学の夜間講座に2年間在籍したこともあるほど。
 父は認知症となり、外に散歩に出ては、いろんな物をポケットに詰め込んで帰ってきて、母に叱られていた。老人性の認知症かと思われる状態が徐々に進んでいた。母がインフルエンザで寝込んでいる時、体力を落とし、転倒し、アルツハイマー症となった。しかし、暴力的な態度になったりすることもなく、一日中母を呼び続けること、食欲を満たすための「何かないの」の言葉を発するくらいである。まるで子供のような表情とまなざしで、今まで自分がどんなことを成してきたかという自負もなく、人を恨むでもなく、羨む(うらやむ)でなく、もしかしたら、天国?と私たちに思わせてくれるような日々だった。しばらく通った老人施設では、食事の時、祈って「アーメン」とでも言っているのか、送迎して下さる職員の方が、「本田さんはクリスチャンなんですね」という言葉で一日の報告をしてくださるほどに、態度で証しして帰って来る父だった。
 その後、何回か入退院を繰り返し、寝たきりの人となり、口から出る言葉も少なくなった。そんな父が、いつの頃からか、使徒信条を唱え出したのである。久しぶりに上京した私は、父を試してみたくなった。
  我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
  我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。
 私の声と共に父の声が重なって聞こえてくる!半分くらいまでスラスラと口にし、少し疲れたのか途絶えてしまった。しかし、この父の信仰の確信に接した時、私は何を持って自分の信仰と言っているのだろうか、信仰生活で何が一番大切で忘れてはならないのだろうか、と振り返らされてしまった。
 特に信仰を振りかざすでもなく、また、何度かはつまずいたり、試練の時があったであろう一信徒の父。最後の脳裡(のうり)に焼きついて残っているのが、主がどんなに素晴らしく、自分のために成して下さったかの大きな愛の確信であり、使徒信条に全ての感謝の思いを託し、口ずさみ、信仰告白し続けたとは、何ということだろうか。
 この父の人生の終焉(しゆうえん)を目の前にしての、この平安さを見せてもらい、ただこの確信さえあればいいのだよ、と神様に代わって父が教えてくれたような気がする。私は何を信じていたのだろう。この経験以来、使徒信条が味わい深いものと変わっていった。信仰生活の基本となっていった。
 天地万物を造られた神様を信じていた父。ある日、私はベッドの傍らで賛美歌と共に、私の大好きな「見上げてごらん夜の星を」を歌って上げた。父は遠くの方を見るようなまなざしで聴き入っていた。歌い終わると、一言、「すごいねえ」と言葉を発した。子供の頃から星を見るのが好き、自分で歩いて仰ぐことはできないが、神様が夜空に散りばめられた、その美しい空を、そのまなざしの奥に描いて、この一言を口にしたに違いない。私は大きな感動にゆさぶられる思いがした。
 父を見ていると、どの程度のアルツハイマーなのか疑わしくなるほどで、信仰的にはこんなにしっかりしていたことは本当に不思議なことである。父危篤の知らせにかけつけ、父を見送るべく、葬儀での賛美歌をきめようとしていた時、讃美歌298番(新聖歌303)のところで、父はなんとか動かすことのできる左手をそろそろと伸ばし、しっかりと私の手を握ったのだった。
 「お母さん、この歌がいいみたいよ」。父はこんな時にも自分の葬儀で歌われる曲の選択する余裕を見せてくれた。
   やすかれ、わがこころよ、主イエスはともにいます。
   いたみも苦しみをも おおしく忍び耐えよ。
   主イエスのともにませば、たええぬ悩みはなし。
 「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」(一コリント13:13)
 使徒信条がしっかりと染みこんだ信仰と、天国への希望と。そして、大きな大きな主の御愛に包まれて、父は御国へと旅立っていった。