オーソレ、何それ?

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三笠宮さまの謝罪と若杉参謀の熱弁

2006-08-10 22:52:27 | 太平洋戦争
中国の江沢民・前国家主席が在任中に「日本に対しては歴史問題を永遠に言い続けなければならない」と指示していたそうです。

日本人にとって不愉快な発言ですし、これでまた反中がエスカレートするでしょう。しかしだからといって靖国神社参拝が正当化されるわけではありません。中国とこれからケンカする(といっても戦争するという意味ではありません)ときのために靖国が抱えている問題を解決する必要があると思います。

このことは中国で発売された「江沢民文選」の記述で明らかになったそうですが、同じ本の中に昭和天皇の弟宮の三笠宮さまが、1998年に訪日した江主席を歓迎する宮中晩さん会の席上、江主席に対し、日中戦争に関して「日本軍の暴行を今もなお深く恥じて気がとがめている。中国人民に謝罪したい」と語ったことが記されているそうです。

三笠宮さまについては陸軍参謀として日中戦争に従軍されていますが、この時の体験が宮中晩餐会でのご発言につながったのは確かだと思います。三笠宮さまは陸軍参謀時代、当時はお印にちなんで若杉参謀と呼ばれていました。この若杉参謀について一つのエピソードがあります。

昭和18年頃、支那派遣軍総司令部で若杉参謀の発案で戦争が今になっても解決しない根本原因を検討することになったそうです。その席で日本人の行動が根本原因であったと指摘したそうです。当時南京政府の軍事顧問で、この検討会に参加した小川哲雄さんがその著書「日中戦争秘話」に若杉参謀が以下のように語ったとされています。

「事変未解決の根本原因は日本人が真の日本としての行動をしていないからだ。略奪暴行を行いながら何の皇軍か。現地の一般民衆を苦しめながら聖戦とは何事か。大陸における日本軍官民のこのような在り方で、いったい陛下の大御心にそっているとでも思っているのか。」

若杉参謀のこの熱弁に「左右に居ならぶ総司令官以下、将官佐官、ひとしく頭を垂れ、満堂粛として声がなかった。」そうです。

このことは陸軍上層部が日本軍の大陸での所業を深刻に考えていたことを示していると考えています。皇族とはいっても情報から隔離されて海軍でもやはり昭和天皇の弟宮の高松宮さまが参謀として戦況を正確に把握されていらしゃったことからも皇族とはいっても情報から隔離されているということはなかったようです。

三笠宮さまは終戦後、東京大学で歴史学を学ばれ、古代オリエント史の分野で著名な研究をされたそうです。戦後歴史学の分野に進まれたきっかけも戦争の影響が大きかったと言われています。


三笠宮さまが日中戦争「謝罪」、江主席外遊録に記述 (読売新聞) - goo ニュース
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2 コメント

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Unknown (アラメイン伯)
2006-08-16 11:23:45
江沢民の政策がいたずらに反日感情を煽ってますね。



南京大虐殺は中国の捏造だと思いますし便衣兵のように女子供まで戦闘に投入していたので、やむをえなかった面もあにせよ中国での残虐行為がまったくなかったことはないわけで三笠宮が証明してますね。



某漫画家のように旧日本軍を美化する論調が増えてことに危惧を覚えます

江沢民の失政 (o_sole_mio)
2006-08-16 22:53:00
江沢民氏が歴史問題を外交カードとして露骨に使いようになり、反日教育を推進したということについては中国を誤った方向に導いたと思います。



南京事件(南京大虐殺)ですが、中国側の被害の誇張、水増しはかなりのものだと思いますが、広範囲な殺戮行為があったこともかなり確かだと思います。

また、便衣兵や婦女子の戦闘参加の実態がどうだったかについても不透明な部分がありますが、ベトナム戦争における「ソンミ村虐殺」と呼ばれる事件についても婦女子を含む村民のゲリラ化が背景にあったかと思います。

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