さよかん

さむがりねこが研究生活&ふつうの日常生活を綴る日記。

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細々と・・・

2012-03-22 | ふつうの日々

おひさしぶりです。

 

久しぶりすぎて、ブログの機能もかなり変わってて、ついていけてない私がいる・・・

 

 

2011年は新しい仕事を起動に乗せるために、無我夢中で奔走した1年でした。

 

大きな出来事がふたつ。

 

まずは、3月11日の大震災。

 

力になれたかどうかはわかりませんが、2度、被災地を訪れて活動した経験と

そのときに得た多くの出逢いは、最終的に私という人間を形作るために重要な

鍵をにぎるものとなるような気がします。

 

これまでにも、いくつか震災に関連した仕事にかかわることがありました。

そして今年もある程度の規模のシンポジウムにかかわります。

 

それに伴う新しい人間関係のなかで、私の能力と力の無さを痛感します。

問題点はいくつか挙がっても、それを実現するまでの発想力や行動力、

指導力がない。情けないです。

1年間、それなりに成長したつもりでいたのだけど・・やっぱり足りないです。

克服しなくては。

 

 

もうひとつ。10月に父が亡くなりました。

 

父のように強い信念と広い懐をもち、他人の面倒をみることに時間を厭わない、

不器用で人間臭い背中にあこがれて、ずっと追ってきました。

突然、父の姿がどこかへと消えてしまったあの日。

でも、今もどこかにいる、と思ったり、いや、もういないんだ、と思ったり。

 

そんなあれこれが、これからの私を作っていく・・

 

父は基本的にポジティブな思考の持ち主で、現状に不平不満を言うことは

滅多にない人でした。そんな前向きな姿と面倒見の良さが、後輩からの

信頼を厚くしていたのだと改めて感じ、私もそうなりたいと思いながら

日々を過ごしております。

 

 

去年は試行錯誤と挑戦、苦渋の決断を繰り返した年でした。

でも、今年もまた新しいことにチャレンジしていきたいので、そのために必要な

決断や工夫はなくてはならないと思っています。

 

足踏みする姿を、きっと父は望んでいないですし、被災地で出会った人たちもまた、

前に進むことしか考えていませんでした。

 

私も歩き続けないと。

 

ここまで書いてどうなのかなとも思いますが、やっぱり

“Going my way"で歩み続けたいです(^0^)/

 

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日本

2011-03-30 | ふつうの日々
被災していないわたしたちに、いったい何ができるのだろう?


生活してきたあしあと、思い出、なんでもないふつうの日常、
よかったことも悪かったことも、何にもなくなってしまうなんて。




自然を目の前にすると、私たちは本当に無力。


私たちの力がどれほどのものなのかを、たとえば科学
(化学だったり物理だったり)の進歩で証明しようとしても、
今回は、なんだかそれも否定されたような気がするし。


私たちは、ヒトとして何をするべきなのだろうか??


こんな状況下だけれど、私は日常生活を送っているからこそ
できることがたくさんあると思いはじめた。


ACのコマーシャルみたいなことしか考えられないけど、


自分ができる善意ならば何をはじめてもいいんだ、と思う。



哀しくて苦しい状況におかれたときこそ気づける「何か」を
糧にして、日本がまとまればよいと思う。



被災した方々の心を埋めるのは容易ではないけれど、
すべての人に平等に訪れる「時間」にゆだねて、
それ以外の隙間を地道に私たちの手で塞いでいけたら良いなと、

ただ、それだけを願う。

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趣味があるって、いい。

2010-11-21 | ふつうの日々
先週の金曜日、ようやく英語論文を一本書き上げました!!!!

「書き上げた」とは言っても、必要な内容をとにかく大きな
箱の中に詰め込んだだけ、というような荒いものでしかなくて、
まだ指導教官にも見てもらってないので、手直しに手直しを
重ねる必要性があり・・。

さらに雑誌に投稿すると、査読者からの質問への回答に時間が
取られたり(何往復もすることがある)、追加データが必要に
なったり(実験結果を追加しないといけない)。

あるいは「この内容ではうちの雑誌には載せることはできない」
という残念な結果になることもよくあること。そうなると、
雑誌のグレードを下げて、再度投稿しなおさないといけない

つまり、年内にかたちになることはほぼ不可能なのですが、
とりあえずは一つの段階をクリアしたかな、とホッとしてます

次の目標としては、今の実験を何とか今年度中に終わらせて
早めに2本目を書き上げること。
(卒業要件が英語論文2本以上なので)

来年は博士論文の中間審査というものがあるので、それに向けて
心の準備とデータの準備をしなくてはいけない。
この手の発表はどうしてもニガテだし、他の教授陣からの
鋭い質問にきちんと答えられるための知識を蓄えておかなければ
・・・と考えると、今から緊張しちゃうな・・

この2年間、気持ちの余裕がないまま時間に追われてきたけど、
その追われ方が年々強く、しかも加速してくるのを感じてます。

そんな見えない時間の圧力に押しつぶされないようにと、
強く抵抗することで対処しようとしてきたけれど、最近になって
ようやく「力には力でまともに対応しようとしてはダメ」
ということに気づきました。

そもそもそんなに優秀なわけじゃないんだし、器用でもないの
だから、もうちょっと開き直ってもいいんじゃないかなって
思うようになれたのは、成長した証拠かなと思います。
身の丈にあった生き方っていうものがあるんだな、と。

論文執筆と実験、それといくつかの仕事たちに日々追われ
ながらも、2か月ほど前から始めた趣味があります。
それは私がいつの時代も夢中になってきたことで、すっかり
中断していたもの。それに没頭しているときは、自分に
自信が持てて、脳ミソが掃除されてくような不思議な感覚を
体験できる。

・・って書くと、まるで非合法なものを想像させて大袈裟に
なっちゃうけれど。つまり単に読書しているだけなのです(笑)

読書するのには一定の時間が必要なので、忙しいときは
そういう時間をつい、カットしようという思考になる。
読書時間を確保するということは、忙しい時間に上乗せする
ことになり、休息時間が削られかねない、って思ってしまう。
だけど、自分がリセットできる時間を持つことによって、
翌日の仕事が効率よく進むということを痛感。
自分を保つためにも「趣味」の存在って偉大だなぁ、と
感じています。

話は戻りますが、論文を書き終えた原動力は「趣味」の
存在が大きかったと思います。
論文って、理路整然と事実と可能性を述べるものであって、
「感覚」とか「想像」とか実態のないものを扱わない。
でも、人間が人間らしく生きていくためには、理論だけでは
足りなくて、それ以外の要素を必要とするもの。

それを補う場として、本は素晴らしいオアシスだと思う。

こんなに長文になったにもかかわらず、あっと驚くような
結論にならなくて自分自身驚きだけど(笑)、つまり、
自分が自分自身を保つための「趣味」の存在は必要だと、
それを書きたかったわけですね

久しぶりの更新なので、許してね
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チョーク

2010-08-24 | ふつうの日々
もうすっかり幽霊会員となりつつあるのですが、私はおよそ
10年前から、とある精神障害者支援のボランティア団体に
所属しています。

時間が無いことを理由にほとんど活動をしていないというのが
怠慢な私の現状なのですが、今年のある行事をきっかけにして、
活発に活動に参加したいと感じているのが、今の私です。

その行事が、日本理化学工業(株)美唄工場の見学でした。


以前、何かのTV番組でこの会社のことを知り、詳しく聞いてみたい
と思っていた矢先の好機到来です。

以下、私がこのボランティア団体が毎月発行している会報に執筆
した感想文を掲載させていただきます。

*****************************


その日は朝から暑さが激しかった。
工場に到着すると、そこには手を休めることもなく、この暑さのなか
ただ黙々と働く人たちのまぶしい姿があった。
この人たちのほとんどが知的障害者であり、彼らの能力に合わせて
作業の仕組みが作られ、工場全体がそれを基準にして稼働している。
この『社員を一番大切にする会社』を見学しにこの日訪れたのは、
私たちのほかに某小学校の教諭と知的障害者をもつ母親が数人。

工場長が作業場を一つひとつ案内してくださり、見学者たちはその
丁寧な説明に耳を傾けた。
メモをとるのに夢中になりすぎて、気づけば見学者集団の最後尾に
いた私に、参加者の一人の男性がやさしい笑顔でチョークのかけらを
手渡してくれた。
それは見学者のために前の方から順々に手渡され、みんなが
触れてきたはずなのに、最後に触れた私の手の中でさえもまだ、
かなりの熱を放っていた。

あとになってから、私にチョークをくれた男性が母親たちを引率する
教諭だとわかったのだが、私たちが見学を終えて工場を後にしても
なお、彼らのグループは工場から出てこなかった。
見学に対する思いが私たちのものとは違うからだと気づき、遠くから
わざわざここへ足を運んだ彼らの心情を思わずにはいられなかった。

それと同時に家族や学校、工場、職場の上司や仲間たち、そして
ボランティアという、障害者を取り巻く人間関係の優しい構図を
感じた。

忘れられないこの夏の思い出とともに、まるでリレーのアンカーの
ように、今でも白いチョークの熱い感触が私のてのひらに横たわっている。


****************************

工場見学の後、これまで知らなかった穴場の観光スポットに
出逢うことになりました。それが・・・


アルテピアッツァ美唄。

廃校になった小学校の校舎を、大きく二つの目的で使用。
ひとつは、幼稚園(保育園かも)としての施設。
もうひとつは、校舎が持つ古い温もりと現代アートの融合。



思考をまとめるためには、最高の場所だなぁ~~




障害者(身体、精神ともに)が安心して働く場所を確保する
ことが、障害者本人だけなく、家族の不安を軽減するための
強力な担保となりうるのだと思います。

私の方は考えはまだまとまりのないものですが、そのような
場を何らかのかたちで実現できたらいいな、どうしたら実現
可能なのかなと、工場見学から帰って以来ずっと考え続けて
いる状態です。
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2010-08-17 | ふつうの日々
こんなにブランクが開いてしまったにもかかわらず、このブログを
覗いてくれている人たちに心から感謝です

この2か月間で良いことがたくさんあったよ!!

***************************

・妹に第2子(長男)が生まれた

・うちの研究室の秘書さんにも子供ができた

・友達Aの活躍が地元の新聞に大々的に掲載された

・可愛がっていた後輩の成績がこの2年間ずっと『優』だった

・友達Bが自費出版した

・院生になってから親しくなった友達Cと、真の友情を感じた

・これまでの私の研究が少々頓挫気味だったのだが、代わりに
 新たな一大プロジェクトを始めることが可能になった

・障害者が働きやすいモデル工場を見学できたこと、そしてそこで
 出逢えた人たち

・長いこと病気だった友達Dが、すっかり快復して日常生活を送っている

・ご主人の海外転勤に伴い、友達Eが子供たちとともに幸せに旅立った

・前期の講義がすべて終わり、身体的にも精神的にも楽になった(笑)

・主人と行ったカラオケがめちゃくちゃ楽しかった♪

・終戦記念日をきっかけに、日本の近代史を知ることができた

・3日間夏休みをとることによって、リフレッシュ完了。

***************************

・・・・ほかにもまだまだあったかもしれないけど、
たくさんありすぎて思い出せません

北海道といえども、まだまだ暑い夏は続きそうです。
暑さが不快な存在であるばかりではなく、滅多に入手できない
「スパイス」と考えてみれば、北海道の短い夏は充分乗り越え
られそう・・・・かなー
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1ヶ月ぶりの休日

2010-06-06 | ふつうの日々
5月は何かとストレスの多い1カ月でした・・
この土日はなんと、ひと月ぶりの休日。
久しぶりに天気も良いし、楽しまないと絶対に損!!と思い、
動物園に行ってきました。

いきなり、珍しいクマ発見。
ヒマラヤグマというらしい。とぼけた顔が愛らしい





数種類の熊がいたのですが、そのなかでも・・・


やっぱり、ホッキョクグマにはオーラがあるなぁ~。



この円山動物園も、最近では動物の見せ方、展示物、ショップ、
飼育員の積極的なサービス(エサを与えるときに、その動物の特性を
解説したり、質問を受け付けたり)などなど、来園者を楽しませる
ための努力を感じます。

原動力となっているのはもちろん、同じ北海道の旭山動物園の成果で
あり、それが単なるマネだけではなくオリジナルな要素を捻り出そうと
いう前向きな姿勢を感じて、何度も足を運びたくなる場所になりつつ
あります。



たとえば・・・

ヒグマと共存するためにはどうすればよいのか?
という問題を提起する場所であったり。



子育て中で神経質になっているのオオカミを、観客から見えない
ところに封印してしまうのではなく、『運がよければ、見れるかも
しれません』という興味を惹くメッセージとともにライブ映像を
公開しているなど。

私は幸運にも、オオカミの小さな赤ちゃんが巣穴から出てくるようす
をみることができました!!!(↓)




冬に雪が積もるように、今年の遅い桜の開花は、もう6月というのに
次々と地面に花弁を重ねていく・・。




動物園に隣接する円山球場(ドームができる前は、大きな試合は主に
この球場が使用されていた)にも行ってみました。

ちょうど高校野球の全道大会準決勝が行われていました。



札幌の古くからの強豪校である北海高校は、熱心なOBが今も多く・・・



1塁側のスタンドはこんなにたくさんの観客が!!!


続く、函館大有斗VS駒大岩見沢の試合とあわせて、2試合観戦しました。

背中がじりじりと暑くなるくらいの絶好の野球日和で、
私の休日は有意義に過ぎていったのでしたー
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帰省先で出遭ったものたち

2010-05-08 | ふつうの日々
ちょっとした旅気分で帰省してきました。








子供の頃、よく遠足で訪れた大沼公園。



小学校の遠足などでは、もしかしたら転落の危険性があるから??
大沼の中にこれほどたくさんの小島が浮かび、それらを結ぶ橋が
あちこちに存在することを知りませんでした。



ここにも橋。



また歩くと橋が。
北海道ではあまり見かけない、古い石橋に風情を感じます。



5月の連休というのに、まだ新緑の季節は到来せず・・・


緑は苔の絨毯と、ごく一部の草が生えているのみ。



また歩くと、橋があり、、、



そしてやっぱり橋。






ここで食べた(飲んだ)もの。


・・・なんか、乳製品ばかりだなぁ(笑)



線路に沿って、人だかりができている。
そういえば、国道沿いにも高そうなカメラを構えた人が
たくさんいたっけ・・。



しばらく待ってみると、やってきたのは蒸気機関車!!!
携帯カメラで撮るのは、これが限界でした。


あっという間に通り過ぎ・・・


あとは呆然と、機関車の後ろ姿を眺めるだけ。




さあてと。

私たちも先を急ごうかぁ・・・・
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実験経済学にふれるということ

2010-05-02 | 大学院生活
選択科目で履修した、心理学系の講義が予想以上に難しい・・・

履修登録の時点では確か、「人間の(心理学的)行動を実験的
手法を用いて解析する方法論を概説する」的な(ゆる~い)感じの
文句だったように思うのですが、実際に参加してみると
当該研究室の大学院生が大半を占めていることは当然のことと
しても、取り扱う内容がどちらかというとかなり専門的すぎることに
少々狼狽気味なのです

そもそも履修するきっかけとなったのは、私が現在行う実験
手続きは動物を用いて行動実験を行うこと。それに対して、私が
実際に直面する栄養学的な対象は『ヒト』であることから、
人を用いた心理学的あるいは行動学的な要素を結びつけられる
ような「次元」を取り入れることがどうしても必要だと感じていた
からです。

2度の講義に出席してみて、当初想定した論点に根本的なズレは
(もしかしたら)ないのかもしれませんが、それにしても理解する
ためには予備知識が必要すぎる!!!

毎週輪読っぽく1~2名の学生に文献が与えられ、次回の講義の
なかでその解説を求められるのですが(これは通常よく用いられる
方法です)、素人の私にはその内容を即座に解釈することがかなり
困難なのです。

たとえば、私が割り当たっているのが『実験経済学』(55ページ
もある!!)の章。

少し読んでみると、どうやらこの学問は心理学と大まかには
リンクしているのですが、経済学者としてはどうにも譲れない部分が
あるために、完全には相容れないらしいのです(また逆に、
心理学者の立場からも受け入れられない要素があると思われます)。
たとえば、経済学者は実験的仮説の検証として、被験者に対する
『報酬』を与えたり『制約』を加える研究スタイルを好むが、
心理学者はその逆である、という風に。


印象としては、実験経済学は実践的な『交渉術』とその結果に直結し、
心理学は交渉にいたるきっかけや交渉の各過程を形成する心理的
要素に着目するのかなという印象。
ゆえに、歴史的にも双方が敬遠する点と歩み寄りたい部分とが混在
するような、複雑な学問領域のようです。
(まるで、紛争の耐えない国境のようですね)。

私の専門領域に取り入れられる概念なのかどうかはわかり
ませんが、完全に分離しうる学問は基本的にはないはず。
少なくとも、『実験経済学』あるいは広義の『(実験)社会心理学』
から得られるヒントはたくさんあるはずなので、残りの10講義
ちょっとの時間から少しでも影響を受けられたらと思っています。

10人程度の少人数なので、活発に議論ができることも魅力のひとつ。

扱っているのが単に『経済学』だと思い込み、投げやりに過ごす
よりも、『経済学』の理論の何かが今後の栄養学関連の領域を
動かすかもしれないとアンテナを張りつつ参加するほうが絶対に
おもしろい


・・・仮に、栄養の分野に有益な考えが得られないとしても、
他の学問に触れる機会はきっと、未知のアイディアや想像力を
かきたててくれるに違いない。想像は創造の源であることを
自分自身経験的に知っているので、手持ちの札とあわせて
将来的にどのようなことが実現可能かを見据える材料にしたいと
考えています 

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4月のおわりに

2010-04-30 | 大学院生活
やっと4月が終わろうとしている・・と思っている溜息まじりの
自分がここにいるのを感じます。

ここ数年、4月はいろんな意味でプレッシャーのかたまりが重く
圧し掛かってくるようで、気が休まらないことが多いのです。
そんな重圧は、去年もおととしもその前の年も同じように
感じていたことを思い出します。

4月といえば、子供のころは新しいことがはじまるワクワク感
だけを待ち望んでいたものですが、今はワクワクすると同時に
思い責任が課せられているのを実感するので、この状況を
そんなに気軽に楽しむことはできません

4月に入ってからこの1カ月間、自主的に大きな実験はお休み。
その代わりに論文を読んだり、これまでのデータを眺めてみたり
まとめたり。
私的な仕事である講義資料を作成したり、栄養指導をする
患者さんのデータに目を通したりってかんじで・・・。
気持ちがのってるなぁと感じるときは、加速するように
時間が過ぎ行くものですが、今はなんとなくふわふわ、
ふわふわっと漂っているのが現状です。
それが『4月』という特殊な時期なのかなと感じています。


ところが今日、アメリカで学会を終えて帰国した教授が、
今回の学会で、たまたま主要なテーマのひとつであった
『nutrition(栄養)』の領域にかなり興味をもったようで
(うちの研究室に栄養は無関係なのですが)、現在世界的に
注目されている栄養学的な研究のことや、世界の興味の矛先
に付随して、わが研究室でも実現可能な栄養学的実験の
展望について語ってくださいました。

何よりも嬉しかったことは、教授の語る理想論の軸となっている
部分が、私がときどき口に出しては実現できなかった(研究に
取り入れたいと考えていた)要素が軸になっていたということでした!


・・ということはまたひとつ、プレッシャーが増えることになる!?


いや、むしろこういう鞭には闘争心を駆り立てられるので、
自分にとって好都合な要求を与えられていると思いました。
そして、アイディアが煮詰まってしまい方向性を見失いかけて
いた私を奮い立たせようという思いを感じて嬉しかったです。


そして、これはうぬぼれすぎかもしれませんが、教授の好奇心を
ちょっとだけ栄養学という学問に向けられたのかも…と思うと、
私の思想もまんざらでもないな~~なんて

大学院に在籍する残りの3年間で、うちの研究室と自分の双方
にとって、有益な成果を残せるようにがんばらなくちゃね

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雨の日にはスティングが似合う

2010-04-22 | ふつうの日々
栄養指導のためにちょっとだけ長いドライブをしてきました。

旅の友は音楽だけなので、毎回いろいろ吟味するのですが、
今回はこれに決めました。

長い間私の家のラックに眠っていたスティング!!!


私は中学生の頃から大のPOLICE好きなのですが、なぜか
スティング単独の音楽はあまり馴染まなかったという経緯が
あり、買ったものの聴いていなかったというCDでした。

しかし、、、





スティングの創りだすあらゆる音の、なんて雨の日の雰囲気に
合うことだろう!!!

・・・と感動するよりも前に、ワイパーの動作にさり気なく乗っかって
しまう音楽に出逢えたという意外性に、道中の楽しさが倍増
させられてしまいました


良い音楽は、長期間寝かせると熟成するものなのかもしれないし、
熟成の経過中、聴いている人のあらゆる場面をもジワジワと変えて
しまう魔法のようなものかもしれない、と…


(そんなものはあるはずがないけど)。

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