南飛騨からこんにちは

田舎で農業しながら、日々気になること、ふるさとのこと、おもしろかったこと、趣味のことなど気軽に書きます。

父の命日

2017-09-14 | 家族

今日は、父親の命日です。昨年も書きましたが今年も書きます。
53年前、昭和39年9月14日に49歳で父親は無くなりました。

父の遺品の書が二点あります。

父親が昭和13年中国南京へ工兵隊で駐留していたとき訪れた鶏鳴寺でいただいたという書があり、今年も父をしのび飾りました。

漢詩は有名な「楓橋夜泊」です。和尚は「二空」となっています。...
詩は、

月落ち 烏 啼きて 霜 天に満つ

江楓(こうふう)漁火(ぎょか) 愁眠に対す

故蘇城外の寒山寺

夜半の鐘声(しょうせい)客船(かくせん)に到る

でしょうか。この書を入手したのは、ちょうど南京大虐殺があったとされる時期と重なります。父は工兵隊なので進軍後に町に入るため直接かかわってはいないと思われますが父からそのような事件を聞くことはありませんでした。機会があればこの事件の真実を知りたいものです。

父は、昭和14年に退役後海軍燃料廠に入り四日市で終戦を迎えました。

もう一つは、国家主義運動の草分け的活動家・頭山満の「至誠奉公」の書です。

父は、この家に養子に入った人で、実父は軽井沢に在住していました。

実父は、軽井沢で頭山満と交流があり、書を晒木綿に書いてもらい、父の出征時に腹に巻いて行くよう贈ったそうです。

ちなみに父は頭山満らの心情に同感していたわけでなくもっぱら実父からの贈り物として大切に残したものです。

 


 


なんとか野良仕事開始です

2017-09-14 | 自分のこと

坐骨神経痛の投稿に皆さまから励ましや助言をいただきありがとうございました。

鍼灸師のところへ三日間隔で5回通い、痛みをおさえながら生活していましたが歩行の痛みも徐々に改善し、昨日から野良仕事を少し始めました。

この二日間でキャベツ・レタスの苗定植、大根の種蒔き、白菜苗の定植を行うことができました。

身体を動かしていなかったため腰は張り、違和感がありますがなんとか野良仕事ができて一安心です。

白菜の苗は、山畑二か所の分、数百株がまだ残っていますが来週定植できれば時期的にはOKと思っています。

坐骨神経痛の発生元は急には治らないものと思いますので皆さまの助言など生かして根本的に治したいと思っています。


坐骨神経痛

2017-09-07 | 自分のこと

8月末から坐骨神経痛で困っています。

思い起こせば祖父が私と同じ年齢のとき神経痛で、効果的な治療もなく寝込んでいました。

途中「イルガピリン」という新薬が発売されさっそく服用し、少しは痛みが緩和されたようです。

その後「イルガピリン」は副作用があり発売中止になっています。

祖父の痛みは数ヶ月続き治癒した時、喜んで山畑を見がてら散策し、その夜、脳溢血で亡くなってしまいました。

この9月初めは、大根の種まきや白菜の定植作業などが迫っているので治療を急ぎます。

まず8月28日、友人が「カイロプラクティック で効果があったから」と高山市の院へ連れて行ってくれました。

院長のお話では「坐骨が滑っている、これは昔からのものだよ」とのこと、施術後数時間は痛みは少し和らぎますが、また元へ戻りました。

腰痛の薬も試しましたが目に見える効果はなく悩んでいると、弟が同じ状況になり「鍼灸で治癒した」と勧めてくれ、さっそく9月4日鍼灸治療に行きました。

鍼灸は初体験です。非常に細い針を腰から足の筋肉が緊張している部分数か所に順次いれていくと、痛みがおさまり驚きました。鍼を入れた部分は、なにかだるい感じがして体が汗ばみますが痛いと感じるほどではありません。

1回目は、鍼灸師にお礼を言って明るい気分で帰宅しましたが、やはり就寝時間ごろになると痛みが再発しました。

弟に状況を話すと「痛みは戻るけど、じょじょに無くなり鍼灸の効果と自己治癒力で改善する」とのこと。

6日、2回目の鍼灸に行きました。確かに前回より痛みの状況は改善しました。次は8日に鍼灸に行こうかと思っています。

いずれにしても痛みを発している坐骨部分は一挙には直せないので、もう少し通院しながら様子を見ます。

他に「プールでの歩行」も効果があると助言をいただいています。痛みが減じたら取り組めればと思います。

図・写真は院や坐骨神経痛関係のHPから借用しました。


昭和歌謡のつどい

2017-09-01 | 音楽

29日午後、高山市一之宮町公民館の「昭和歌謡のつどい」に参加しました。

主催:一之宮町まちづくり協議会、共催:高山市社会福祉協議会一之宮支部により開催され、つどいの企画は下呂市金山町の元プロのギタリスト中島良晴氏です。

中島氏がプロ歌手のバンドリーダーをしていた時期、一緒に活動されていた、元浜田省吾のバンドのドラマー高橋伸之氏、ベーシスト井出良博氏ほか3名のバンドメンバーと、中島氏が主宰されている「昭和歌謡うたう会」の主に飛騨各地区の皆さんが参加されました。

こうしたつどいを、この後岐阜県関市と愛知県江南市でも実施される予定とのことでした。


内容は、昭和歌謡のバンドメンバーによる演奏と歌、そして参加者全員がバンドを伴奏にして合唱しました。

 

プロの生バンドで歌う機会はめったになく、楽器のエネルギーを直接肌に感じて歌えて参加者は元気をいただくことができました。