日本キリスト教団 大塚平安教会 

教会情報や牧師のコラムをごちゃごちゃと

1人の信仰者から始まる祝福

2022-11-27 12:05:22 | 礼拝説教
【ルカによる福音書1章5~25節】

 2022年、クリスマスに向けて今日からアドヴェントに入りました。この年、例年にも増して厳しい社会状況の中を過ごしていますが、私たちはこの年も神の民として礼拝に集い、御言葉を読み、祈りを献げてまいりました。アドヴェントを迎え御子イエス・キリストの誕生という神様の御計画を深く知って、希望を繋いでいきたいと考えます。

 アドヴェントの時期、ルカによる福音書から御子イエスの誕生に関わる箇所を読み続けて参りたいと考えていますが、今日は1章5節から25節を読んでいただきました。御子イエスの誕生に先立ち、バブテスマのヨハネの誕生が、父親となる祭司ザカリアに知らされた場面です。

 ヘロデ王の時代とあります。ヘロデ大王と呼ばれた人です。ローマ帝国の支配下にありながら30年以上に亘りユダヤ地域を支配した王様です。能力も高くローマに対しては上手く取り入り、民衆に対しては強い権力をもって支配した王です。人々から恐れられた王様です。けれど、時代的には比較的安定していた時期でもあり、ユダヤの人々から愛されたいという思いもあったでしょう。ヘロデは美しい神殿を建て上げました。もともとあった神殿を大きく、高く、美しく再建したのですが、壮大で巨大な神殿であったと言われます。
 
 数年前に家内と一緒に長野県の善光寺に行きましたが、生れて初めて行った善光寺は自分達が想像していたより遥かに大きく、信じられないと思う程の大きなお寺でした。お寺だけでなく、そこに関わる施設や、参道や宿屋や土産屋、その全てが自分達の想像していた以上の規模でしたから日本の仏教文化は凄いなと改めて思いましたが、大きいというのは力、権力を象徴する訳でもありますから、神殿も相当に大きかったでしょう。主イエスの弟子達が神殿を見て、驚き「イエス様、ご覧下さい。なんと素晴らしい石、なんと素晴らしい建物でしょう。」と告げた箇所があります。これまで見たことが無い程に想像を越えた素晴らしさ、大きさであったと思われます。

 大きく美しい神殿の聖所で、アビヤ組の祭司ザカリアという人が香を焚くという大仕事が与えられました。ここから御子イエスの誕生の物語がスタートすると言っても良いと思います。
ザカリアには妻エリサベトがいました。6節にこう記されています。「二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった。」

 祭司とその妻、二人とも神の前に正しい人でした。大切なところは「神の前に正しい」という言葉です。聖書を読みますと、時折主イエスはファリサイ派とか、宗教的指導者たちを非難する箇所が幾つも登場します。「律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。杯や皿の外側はきれいにするが、内側は強欲と放縦で満ちているからだ。」つまり、言っていることとやっていることが違うと主イエスは批判している訳です。
 けれど、ザカリアとエリサベトはなにより神の前において正しい人でありました。それはそのまま、二人は神様に祝福される存在であったということでしょう。神様に祝福され、主の掟を守り、祭司を生業として、非の打ちどころがない程の二人であったと紹介されています。幸いな二人でした。
 けれど祝福された二人であっても、彼らには悩みがありました。二人には子どもを授かっていなかったことです。しかも、「二人とも既に年をとっていた。」とあります。彼らは、この願いは叶えられないと諦めていたのです。
 
 けれど、この設定と言いますか、与えられている状況は、聖書を知る者からすれば、例えば、旧約聖書のアブラハムとサラとの関係に似ていると気が付きますし、例えば、祭司サムエルが与えられる前の、夫エルカナ、妻のハンナにも似ていると言えますし、子どもが授からない二人に子どもが与えられる。その時大きく、神の歴史が動く前兆ではないかと予測できる場面でもあります。

 祭司としての働きは凡そ30歳から50歳の20年です。その間に、自分達の組が当番となって、エルサレムの神殿で祭司職の務めを果たす期間があるのですが、それほど長くはありません。年に2週間ほどと言われます。その2週間の中で、くじを引いて、当たった人が主の聖所に入って香を焚く役割が与えられる、これは祭司としては最高に名誉な働きであり、生涯に一度あるかないかという光栄な役割でありました。
 
 その役割がくじによってザカリアに与えられ、主の聖所に入って香を焚くことになったわけです。聖所は神殿の奥にある部屋で、更にその奥には至聖所と呼ばれる大祭司が年に一度だけ入れる部屋がありましたが、その手前の部屋で香を焚いて主に祈るのです。壮大で、巨大な神殿の奥にまで進み、祭司として、イスラエル全ての民の代表として、ただ一人で行わなければなりません。その香を焚いている間、そして滞りなく役割を果たして戻って来るまでの間、大勢の民衆が皆外で祈っているのです。ザカリアの時も皆が外で祈りました。ザカリアが滞りなく、働きがなされるようにという祈りは勿論、神への感謝、信頼、祝福、平和、そしてイスラエルの繁栄、メシアの到来を求めて人々はザカリアの祈りと心を合わせて人々は祈っていたでありましょう。
聖所で香を焚く、それはザカリアの生涯最高の場面とも言えるでしょう。同時にどれだけザカリアは緊張していたであろうかと思います。

 緊張は体を硬くし、こわばらせます。普段ならなんでもないことが出来なくなることさえあります。ザカリアもどれだけ緊張したことかと思います。それでも取り決められていた手筈通り、手順通りにザカリアは行っていたはずです。ザカリア自身が深い祈りと共に行っていたと思います。

 ザカリアの祈りは天に届きました。この時、人の歴史に神の業が介入されました。11節「すると、主の天使が現れ、香壇の右に立った。」と記されました。「ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。」とあります。

 最も、緊張している場面で天の使いが現れた。これは驚きます。どんな場面であったとしても天の使いが現れたとしたら、それは腰を抜かすほどの驚きでしょう。でもこの場面は、驚きを越えて、「不安と恐怖」がザカリアを包みこみました。
 
 旧約聖書レビ記10章を開いてみましょう。(旧約175頁)1節、2節「アロンの子のナダブとアビブはそれぞれ香炉を取って炭火を入れ、その上に香を焚いて主の御前にささげたが、それは、主の命じられたものではない、規定に反した炭火であった。すると、主の御前から火が出て二人を焼き、彼らは主の御前で死んだ。」
 
 アロンはモーセのお兄さんで、イスラエルの大祭司でした。その息子の二人は、アロンの後を継いで後には大祭司になるはずの二人でした。けれど、この二人が香を焚いた時、主の命じられたものではない、規定に反した炭火を使用したために、火が出て二人は死んでしまうのです。
 この出来事は、のちに伝承となり、規定に反することをすると祭司は死なねばならない、その際には主の使いが現れて、香壇の右に立つと言われていたそうです。そうなったら祭司は死なねばならないと言われていたそうです。緊張のピークの中で、手筈通りに行っていたはずなにに、主の使いが現れて、香壇の右に立っているわけですから、驚きというより、不安と恐怖でザカリアは気が遠くなりそうな程であったでしょう。
 そのような思いを知ってか、知らずか天使はザカリアに告げました。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。」
 
 天の使いは、「あなたの願いは聞き入れられた」と告げました。ザカリアの願いとは一体何だったのでしょうか。勿論、ザカリアの願いは、自分達に子どもが与えられることでした。そのような願いがかなえられるというのです。ですからその子は喜びとなり、楽しみとなることでしょう。

 けれど、今、ザカリアは神殿の聖所でイスラエルを代表して香を焚き、神に祈っているのです。その時、果たして自分達に子どもをとどれだけ願うであろうかとも思う。先ほど、ザカリアと共に大勢の民衆が皆外で祈っていると申し上げました。ザカリアと大勢の民衆の祈りは一つなのです。それは、なによりも、メシア救い主の到来への祈りではなかったかと思います。
今、その願いがかなえられる時が来た、そういう喜びのメッセージを伝えに私はやって来た、だからあなたは恐れることは無いと天の使いがザカリアに告げたのです。
ヨハネとは「神は恵み深い」という意味があります。恵み深い神がザカリアとエリサベトを用いて神様の御計画を示されたのです。
救い主の到来を告げ知らせる先駆者としてのヨハネを、ザカリアよ、あなたと、あなたの妻エリサベトの所に誕生させると告げたのです。

 ザカリアは心が混乱していました。驚きと不安と恐怖の中で未だ何が起こっているのかにわかには信じがたい状況であったと思います。信じがたい状況にあって出た言葉は「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」
 来週の礼拝では、ザカリアのところへ現れたガブリエルが処女マリアの所にも現れて御子イエスの誕生を告げ知らせる場面を読みますが、マリアも驚きと戸惑いを見せますけれど最後はしっかりと受け止めた言葉で締めくくります。
ザカリアはガブリエルに対して、混乱しながらも、それは無理な相談だと受け答えたのです。神の御計画を聞いて、人間が無理でしょうと答えたのです。

 ガブリエルは少しムッとしたかもしれません。「わたしはガブリエル、神の前に立つ者」と自分で自分を現わし、「この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。」と告げます。更に「あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことが出来なくなる。時が来れば実現する私の言葉を信じなかったからである。」と告げました。
 
 ザカリアは祭司として長い経験がありました。神様について、神の恵みについて、神の祝福について、希望について愛について、どれだけ学び、また人々に語り、そしてそのように生きて来たでしょう。「二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めとをすべて守って」来ていたと聖書に記されるほどに神の前に正しく生きて来た人でありました。更には、聖所で香を焚くという幸いにも恵まれ、どれほどの充実感を感じていたであろうかと思います。

 けれど、香を焚く、まさに最も神の御前に近いと思われる場において、ザカリアは天の使いの言葉を信じられなく、また受け入れられませんでした。なぜそうであったのか、ある牧師は「人は自分に経験があればあるほど、自分自身を狭めてしまうのである」と教えています。自分には分かっている、自分の経験からすると、これぐらいだろうと思うところで、いつの間にか神の祝福を狭く小さくしてしまうことをしてしまうと言うのです。
ザカリアはその罠にはまってしまいました。そして口が利けなくなりました。香を焚き、全てを終えて聖所から出た時、大勢の民衆がザカリアを待っていました。この時ザカリアにはもう一つ役割がありました。それは、待っていた民衆に対して、大きく手を挙げて祝福を告げることでした。ザカリアはそれが出来ませんでした。民衆も動揺し、何かが起こったのであろうと察したわけでありました。
しかしその後、エリサベトの妊娠が分かると共に、神のみ言葉は間違いなく実現すると確信したザカリアは口の利けない凡そ10か月、神への信仰、信頼が依り深まり、神からの愛と恵みをどんなに感じていたことでありましょう。
ヨハネが生まれた時、ザカリアの口から最初に出た言葉は、「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。」「ベネディクトゥス」と呼ばれる神への賛美でありました。

 わたしたちもこの年、いつものクリスマスと経験から判断するのではなく、心からの喜びと神様の偉大な御計画を今年初めて知るかのようにしてクリスマスを喜び合いましょう。御子イエス・キリストの誕生を喜び、希望を失わず、神に信頼し、過ごしていきましょう。

お祈りします。
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イエスのうちに留まる

2022-11-20 14:37:48 | 礼拝説教
【ヨハネによる福音書6章52~71節】

 ヨハネによる福音書を読み進めておりますが、来週よりクリスマスを前にしたアドヴェントに入ります。アドヴェントにはその時期の聖書箇所を考えていますので、今日の礼拝がヨハネによる福音書のこの年最後に読まれた箇所となります。少し長く読んでいただきましたが、6章の最後までを読んでいただきました。主イエスが人々に対して御自分を証しし続けている箇所です。「私が命のパンである」このことを心にしっかりと収めて欲しいと願っている箇所となります。

 ヨハネによる福音書6章は、これまでの礼拝で数回に亘り読んで来ましたが、主イエスは男だけで五千人の人々、女性や子ども年寄りを入れると一万人とも、それ以上とも考えられる人々に対して五つのパンと二匹の魚から、祈りを持ってそのパンを裂き、魚を分け与えて人々のお腹を満腹にした。いわば主イエスが一つのしるしを見せられた場面から始まりました。
 その場面に立ち合い、また自らのお腹が満腹になった人々は話し合いました。この方を自分達の王としようじゃないか。その様子を察知した主は、山に退き、弟子たちは船に乗ってカファルナウムという町に向かいました。
 
 今日読まれている箇所はその翌日の場面、カファルナウムの会堂での場面です。パンを食べて満腹した人々が主イエスを追って、湖を渡ってやって来ました。何としても主イエスを自分達の王としたいその願いからでた行動でしょう。
 
王とするとはメシア、救い主としてというより、英雄、ヒーローとしたいという思いがあったと思います。古くはイスラエルの最も栄えた時代のダビデ王のように、あるいは紀元前160年ごろに、大国シリアと戦い、勝利してユダヤ教の絶滅を救い、救っただけでなく、短い間だけですがイスラエル王国を築いたユダ・マカバイという英雄がいるのですが、そのマカバイのように、自分達の国の王として、この地上に独立したイスラエルを見せてくれるかもしれない。
自分達は幸せに暮らし、平和にパンを食べられる国を見せてくれるかもしれない。そのような期待を持ったということであろうと思います。地上に生きる私たちにとってそれは自然な願いなのかもしれません。

 けれど、そのような思いを持った人々を前にして主イエスは、「わたしが命のパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」(51節)と話されました。
それで、ユダヤ人たちは「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか」と激しく議論し始めた。それが先ほど読んでいただいた6章52節の御言葉です。

 人々は昨日のパンと魚を食べた喜びが忘れられず主イエスを追って来ました。この方を自分達の王と願い、やって来ました。けれど、主は私が命のパンであると話され、更に私の肉を食べ、わたしの血を飲むことだと話されたわけですから、人々は驚きました。私もこの聖書箇所を読む度に、心が動揺する思いがしますし、そのような思いを持つ方、多いと思います。
 
けれど、個人的な話を申し上げれば、私が小学校5年生の時に、盲腸となり、手術を受けたことがありました。通常であれば術後一週間で退院でしたが、理由は定かではありませんけれど、傷口がふさがりませんで、そこから血が流れ続けました。
 それが何日も続き、医者は輸血をしました。赤十字からの献血もありましたが、今から50年も前の話ですから、隣のベッドに父親が寝て、そこから大きな注射器で血を抜いて、そのまま私の体に入れるということを何度か行いました。それによって私の命が助けられたという経験があります。私の体は父親の血も流れている、そういう恩があると思っています。聖書は血は命だと告げていますが、その思いは私の内には良く理解出来ることです。
 とはいえ、「私の肉を食べ、その血を飲む」過激な言葉であることは違いありません。
 
 ヨハネによる福音書以外の三つの福音者には、それぞれに最後の晩餐と呼ばれる箇所が記されています。主イエスが捕らえられ、裁判にかけられ、十字架刑とされる前の晩に主は過越しの食事を弟子達と共に取られました。ルカによる福音書を読みますと、その時主はパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」と言われました。また杯も同じようにして「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。」と話されました。この時、主イエスは御自分の十字架刑について、御自分の命について話されたことを、私たちは知っているわけですが、ヨハネによる福音書には、最後の晩餐の場面が記されていません。ですから、この箇所がそうなのだと考える学者もいるようです。
 
 けれど、仮にそうだとしても、私たちには理解出来るとしても、その時、主の周りで聞いていた人々は、何をどう話しているのか分からなかった、それは確かでしょう。主が話された御言葉は、人々の混乱を増すばかりとなっていました。
ですから私たちが理解しなければならないことは、ここで話される主の御言葉は、いわば比喩的な言葉だということです。主イエスはよく譬話を話され説明されます。「私が天から降って来た命のパンである」とか、「人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、」とか「このパンを食べる者は永遠に生きる」と話されていることも一つの譬として、比喩的な表現であることを理解しなければなりません。
 
 比喩的にとは、何を言っているのかではなくて、何を言わんとしているのかを理解するということです。言っていることのその背後にある思いを汲み取らなければなりません。主イエスが、私の肉を食べ、わたしの血を飲まなければと言われた思いはなんであるのか、これまで、「私が命のパンである」という意味は「私を信じることだ」という意味だと申し上げて来ました。私はそこに尽きると思います。

 主イエスの肉を食べる、主イエスの血を飲む、それはそのまま、このわたしを信じることだと、表現を変えつつ繰り返して伝えておられると私は思います。
湖の向こうから私を追って来たあなたがたよ、あなたがたは、私を王としたい思いでここまでやって来たことは分かっている。イスラエルの栄光をと願ってやってきたことは分かっている。けれど、何よりも最初に、このわたしを信じることだと告げているのです。

 デンマークの思想家、キルケゴールは「神の国と神の義を求めなさい」という文書にこう記しています。「神の国を求める、それはどのような努力のことであろうか。自分の才能や能力に応じた職を得て、それをまっとうするように気を配るべきであろうか。いや、あなたはまず神の国を求めなさい。では、私は全財産を貧しい人々に与えるべきであろうか。いや、あなたはまず神の国を求めなさい。では、わたしは世に出て行って、この教えを伝えるべきであろうか。いや、まずあなたは神の国を求めなさい。それなら、わたしのなすべきことは何もないのではないだろうか。確かに、まったくその通りである。あなたは最も深い意味であなた自身を無とし、神の前に無となり、口をつぐむことを学ぶべきなのである。」

 何か、禅問答のような受け答えのようにも思いますが、主イエスを信じるとは、私たちがというか、こちら側が何かをなすことではないようです。信じるとは、救い主を用いて国の栄光を取り戻そうとするとか、自分の願いを適えようとすることではないと私たちも理解しますけれど、信じるとは、自分が良い人生を生きるためとか、自分の幸せを願うためのものでもないと言ったら言い過ぎになるのでしょうか。

 もともと、最初は、湖の向こう岸で、主イエスを求めて多くの群衆が集まり、主の御言葉を聞こうとした場面から始まったことでした。主イエスは神の福音を宣べ伝え、神の祝福を示し、その祝福の具体的な一つとしてパンと魚を分け与えてくださいました。しかも、分け隔てなく、その場にいた人々の全てに漏れなく、分かち与えてくださいました。いわば無条件、無尽蔵の神の愛の姿そのものです。パンと魚をいただくためのこちら側の条件は何もないのです。
 一つだけあるとすれば、それはその場に主と共にいたかどうかだけでありましょう。主なる神の祝福は神の側にいる者に与えられます。そのようにしてパンと魚をいただき、満腹した人々は、喜びに溢れ、力を得て、神を賛美しながら、それぞれの場所に戻り元気に生活しようと励みましたというなら、ここでは何も起こらなかったでしょう。
 
 けれど、そのような神の恵みに対して、このことを通して、またこの方をこそ自分達の王としよう、イスラエルの栄光を再びと願った人々が後を追って来たのです。神の思いを越えた人の思いで主イエスを追って来たのです。だから、主は「あなたがたはなによりも信じることだ」と繰り返し伝えられたのだと思います。

 神の思いを越えた人の思いは、人を不幸にします。先日、わが家の夕食の時に、ひょんなことから、子どもたちに対して、私が生まれて来て信じられないと思ったことの最初は、阪神淡路大震災だと話しました。今から27年前の出来事です。あの地震で神戸が燃えた場面を見ました。高速道路が倒れた状況を見ました。こんなことが本当に起るのかと思いました。その次は、2001年に起こった9.11アメリカ、ニューヨークのビルに飛行機が突っ込んだテロ事件でした。あの時も、こんなことが本当に起るなんてと思いました。更に東日本大震災の衝撃、そして、ロシアとウクライナの戦争です。先日はポーランドにミサイルが落ち、一瞬世界中が緊張しました。世界大戦の引金になるかもしれませんでした。というより、ヨーロッパ諸国では既に戦争状態に近い緊張であることも知らされています。
信じられない自然災害が起こる、これは私たちには避けられないかもしれません。でも、人と人との争いは避けられるのではないですか。なぜ避けられないのでしょうか。神の思いを人が越えていくからではないですか。一方では、自分が、自分達こそが、誰よりも光輝きたい、誰よりも偉くなりたい、誰よりも栄光に包まれたいと思う思いが働き、他方ではそれらの人々を見て、妬みや嫉妬から、怒りとなり、怒りが限界を超えた時、人は武器を持つのではないですか。主イエスも、人の妬みと嫉妬から十字架刑にされたことは聖書が記している通りです。

 主イエスは「わたしを信じなさい」と告げているのです。神の恵みと平和が与えられることを信じなさいと告げ続けているのです。人の思いの中にではなく、神を信じる信仰に留まりなさいと告げているのです。けれど、人はそれが出来ません。「このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった」とあります。

 自分達の思う通りにならない救い主は、自分達の王となろうとしない輩は、必要無いと思ったのでしょう。主イエスは弟子達にも尋ねました。「あなたがたも離れて行きたいか」その問いに、シモン・ペトロが答えました。「主よ、わたしたちは誰のところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」
 私たちもこのような御言葉を主に告白していきましょう。私たちはそれぞれに欠けがあり、不足し、罪に生きる者の一人でもあります。だからこそ主に頼るしかない者であります。けれど、そのような者に対して無条件、無尽蔵に恵みと平和を示してくださる方を見つめながら、神の愛に包まれて、共々に信仰生活を歩んで参りましょう。

お祈りいたします。

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永遠に生きるためのパン

2022-11-13 18:46:28 | 礼拝説教
【ヨハネによる福音書6章41~51節】


 先週の木曜日、綾瀬ホームの職員の礼拝で、主イエスが教えてくださった「天に富を積みなさい」という御言葉の箇所をお話しいたしました。山上の説教と呼ばれる箇所に記されていますが、人々に対して、「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。富は天に積みなさい。」と話されました。私たちは地上の富に関しては、ここで説明するまでもなく、良く知っているところです。もともとユダヤ教の教えでは地上の富は神様の祝福でしたし、神は愛する者を富ませると教えていたそうです。分かりやすい教えです。ユダヤ人は商売が上手だとか、お金持ちだと言われることがありますが、それは宗教的な側面からも言えることかもしれません。

 それでは、天に積む富とはどのような富なのか、職員の皆さんに、一つの文章を紹介しました。
 「年をとって『何ものか』をやめると、その時はもう堂々たる肩書きも内容も失って空虚になる。ところがかつて『誰か』であった人は、最後まで依然として『誰か』である。」という文章です。

 少しわかりづらい表現ですが、年をとって『何ものか』をやめるとは、肩書の事です。例えば「〇〇会社代表取締社長」といった肩書です。それが専務であろうと部長であろうと変わりません。そういった肩書が大切であった人が定年を迎えて、会社を辞めたとしたら、その人はいきなり空虚になってしまうでしょうということです。 
けれど、かつて『誰か』であった人、とは肩書とは関係なく、その人の人柄を意味しています。その人の人柄が愛され、評価されているとしたら、いつ会社を辞めようと、定年で引退しようと、立場は変わろうとも、その人の人格というか内面的価値は少しも変わらないでしょうということです。
 もっと言うと、その人が地上でどの位の富を得たかではなく、どのように生きたかが問われるのではないかと職員の皆さんに話しました。
 
 今ここで申し上げたいことは、更に人がどのように生きたのかということは、その人の心がどこにあるのか、が大切だということです。
 
 一年程前に、ある教会から会堂建築献金の依頼が教会に届きました。あまり良く知る教会ではありませんでした。良く知る教会ですと、義理でも献金を送るわけですが、あまり良く知らない教会ですからね、迷いましたが送ろうと決心して、僅かばかりの献金を献げました。郵便局で手続きをして送った後に、もの凄く清々しく爽快な気持ちになりました。その日一日が気持ち良い、そんな時間を過ごしたことを記憶しています。
更に、たまたまその教会に私を知っている方が礼拝に出席しておりまして、週報に私の名前が掲載されていて嬉しかったです、と家内のメールに来ていたと聞きました。ちゃんとおまけがついて来たわけです。数日前に会堂が完成しましたとお知らせが届きました。
 大切なことは心がどこにあるのかです。献金に限るわけでもなく、義理とか止む無く、仕方ないからは、爽快な気持ちは生まれて来ないでしょう。
爽快で心地良いと思える時、それは自分の心が地上にあるのではなく、天にあるのです。自分の心が天に置かれていると、その人は地上にあって、良くバランスの取れた人生観を生きることが出来るのだと思います。ですから、あなたの心が今どこにあるのか、それが大切です。勿論私たちの心は天にあります。

 先週、私たちは召天者記念礼拝を守りました。多くの皆様が集まってくださいました。その礼拝で私はフィリピの信徒への手紙から「私たちの本国は天にあります」という御言葉を読みました。私たちの本国、私たちの心は信仰によって天にあるのです。そのようになるようにと、また信仰の養いの為に、主なる神は大きな御計画を立ててくださいました。神の御子が人となって、この方の導きによって神の国を指し示してくださろうとしたわけです。
ヨハネによる福音書は、「初めに言があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。」という御言葉から始まります。1章14節には「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理に満ちていた。」と記されます。

 ロゴスとしての言が、肉となられた。私たちはあと一月ほどで、クリスマスを迎えます。御子イエスの誕生を祝うクリスマスです。なぜ祝うのか、言が受肉して、御子イエスが誕生されたからです。
その方は、使徒信条に記されている通り、聖霊により宿り、処女マリヤから生まれた方であります。私たちの本国である天から地上の国へと降ってくださった方であります。

 本日、先ほど読んでいただいた聖書箇所は、主イエスが「わたしは天から降ってきたパンである」と告げた時、ユダヤ人たちはつぶやき始めたと記されています。なぜつぶやきはじめたのか「これはヨセフの息子イエスではないか。我々はその父も母も知っている。どうして今『わたしは天から降って来た』などと言うか」と言ったのです。我々は知っていると言ったのです。

 主イエスが男だけで五千人もの人々に対して、五つのパンと二匹の魚から皆を満腹にして、尚十二の籠に余る程となるしるしをなされた。そのパンと魚を食べて満腹した人の中に主イエスと同じナザレ出身の者が幾人かいたのだと思われます。
 満腹した彼らの中に、主イエスを自分達の王としようと計画した人々がいて、そのメンバーに主イエスを子どもの頃から良く知っていた人も混ざっていたのでしょう。
あいつは弟子などが周りにいて、立派そうに振舞っているけれど、俺はあいつが子どもの頃から知っている。王とするなら俺も一肌脱ごうじゃないか、俺が一言話せば、嫌だとは言わないだろう、などと言っていたかもしれません。周りの人々もそんな人を頼りにしたかもしれない。
 
主イエスを追って舟に乗り、カファルナウムまで追いかけて、話をしてみると、主は、「わたしのもとに来る者はけっして飢えることなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」なぜなら「わたしが命のパン」であり「わたしは天から降ってきたパン」だからだと話されました。天から降ってきたと言ったのです。だから彼らはつぶやきました。自分は知っている、父も母も知っているとつぶやくのです。

「つぶやけば つぶやくほどに 落ちて行く」という川柳があるのか、ないのか分かりませんが、つぶやくという言葉はその背景に不平、不満があることを意味しているでしょう。だから人は、つぶやけば、つぶやくほどに信仰が落ち込んでいくのです。神を見失うのです。自分は分かっていると思っている人ほどつぶやくのかもしれません。

 皆さん、主イエスは耳が良かったと思います。そのつぶやきを聞き逃しませんでした。「つぶやき合うのはやめなさい。わたしをお遣わしになった父が引き寄せてくださらなければ、だれもわたしのもとへ来ることは出来ない」と話されました。この御言葉の意味は、神様は選ばれる方だという意味です。
先週の礼拝でも申し上げましたが、主なる神は、この世に人を造られ、しかし、時に応じてノアを選ばれ、時にアブラハムを選ばれ、時にモーセを選ばれ、イスラエル民族を選ばれて、その人々の神となられました。そのようにして神は選ばれる方としておられる。今、私たちがこの大塚平安教会の礼拝に集い、心を天に置き、主を崇め、賛美するのは神の選びによるのです。

 3年前にコロナ禍となり、世界中が大混乱となりました。それまでの当たり前が当たり前でなくなり、いつものことはいつものことでなくなりました。その影響は日本においても、私たちの教会でも大きな影響を受けました。全く信じられないことですが、教会の礼拝を行えない、そのような状況が何か月も続きました。時には、ビデオでもってネットでの礼拝を行いました。更には、時間を短縮しての礼拝を再開し、今もその状況が続いていますし、今また感染者数が増えている、そうような不安が伝えられています。

 そのような繰り返しの中で、それまで教会に来ておられた方の幾人か、特に求道中の方や、新来者として来られ、御言葉を求めて来ておられた方々、多くの方々が礼拝から遠のかれたことを思います。ご自宅に伺っても、ポストに週報を届けたりもしましたが、厳しい状況が続きました。
 今、少しずつですが礼拝出席者も回復傾向がみられ、また、新たな気持ちで特にクリスマスに向けて、良い伝道活動をと願っています。でも、私たちの働きは、いつでも限界があり、不足しているようなものです。けれど、私たちの働きによるのではなく、私たちは最終的には神の選びに頼るしかありません。神様はどのような選びをされるのか、私たちには分かりません。
だから、なお一層私たちは励むしかありませんけれど、この地上を共に生きている多くの方々に対して、「わたしが命のパンである」と宣言される主を宣べ伝えていく、それが教会の務めであろうと思います。

 主イエスは「わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる」と告げられました。主イエスを知り、命のパンを食べるなら、まさに食べるようにして主イエスを知ろうと願い、その方を自分の体に受入れ、自分の人生に受入れるならば、その人は永遠の命を生きるのです。

 なぜなら、私たちの本国である天の国に、私たちの名前が記されるからです。私たち地上の命を生きる者は、100年、200年、300年という年月を思うと、いつかは忘れられていく存在です。その人が生きたしるしとして、名前が墓石に記されるとしても、写真やデータが残されるとしても、しかし、その人の人となりを知り、個人的に良く知っているという人はある時点でいなくなります。けれど、主なる神を知り、神の選びに喜んで応答し、天の国を本国とする者を、主なる神は忘れることはありません。

 天地創造の永遠なる神が、私たちを忘れない以上、私たちは永遠の命を生き続けるのです。そして、復活の命に預かる希望に生き続けることが出来るのです。その為にも、私たちは命のパンである方を見失わず、この方に希望を繋いで、信仰と愛を杖にしながら地上の人生を力強く生きて参りましょう。

お祈りします。
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わたしたちの本国は天にある

2022-11-06 16:38:19 | 礼拝説教
【フィリピの信徒への手紙3章17~21節】


 11月最初の主日、召天者記念礼拝の時を迎えました。この一年、天に召された方々を偲びながら、また、これまで大塚平安教会において主イエス・キリストを知り、主イエス・キリストを受け入れ、信仰をもって歩んで来られた方々を偲びながらの礼拝となりました。
 その礼拝において、今日はフィリピの信徒への手紙を読んでいただきました。

 キリスト教は神の御子として誕生されながら、十字架刑とされた主イエスが三日の後に復活され弟子達に現れたところから始まると言うことが出来ます。
 復活された主は40日間弟子達と共におられ、その後天に昇っていかれました。しかし、それから10日後、五旬際、ペンテコステの祭りの際に、一つところに集まっていた弟子達に聖霊が降り、神の力である聖霊に励まされて力を得た弟子達が主イエス・キリストの福音宣教をスタートいたしました。

 更には、使徒パウロ。彼は主イエスの十二弟子ではなく、むしろキリスト者を迫害する側の熱心なユダヤ教徒でありましたが、復活の主イエス・キリストとの劇的な出会いにより、主から直接派遣された使徒として、信仰の歩みを生き抜いた人でありました。特にパウロはギリシャ語が流暢でありましたから、異邦人伝道に励みました。パウロによってキリスト教はアジアを越えて、初めてヨーロッパに渡りました。現代で言うところのトルコからギリシャに入ったわけです。

 そのヨーロッパの町としてパウロが最初に訪れたのがマケドニア半島の先端とも言えるフィリピの町でありました。当時のフィリピの町は、一言で言えば豊かな町であったと言われます。まず一つに近くに金鉱がありました。金が出て来るわけですから、当然多くの人々がそれを目当てに集まります。「金」を目当てに人々が集まるということは、争いが起こりやすい、ですから使徒言行録16章にも記されていますが、フィリピはローマの植民都市となっていました。つまり、ローマから多くの特に多くの軍人が移り住んだと言われます。治安維持の目的もあったと思います。町の中がローマ風に作り直され、さながら小さなローマのようであったと言われます。また、海沿いの町でしたから、海上交通や貿易も盛んで、富に恵まれ、軍事的にも堅固、多くの人々が住んでいた、それがフィリピの町でありました。
 そこにパウロと弟子のテモテの二人が主イエス・キリストの福音宣教の為に入っていったわけでありました。
 
パウロは福音伝道を行う場合、町に到着しますと最初はユダヤ教の会堂に行って、そこで宣教活動を行う場合が多いのですが、不思議な事にフィリピには会堂がありませんでした。会堂が無いというよりユダヤ教の礼拝が行われていませんでした。礼拝を行うためには、ユダヤ教を信じる成人男子10人以上が必要とされていましたから、人数が集まらなかったのかもしれません。
 けれど、そのような場合は、川岸に祈りの場があると知っていたのでしょう。パウロはその祈りの場からリディアという一人の女性を導き、その家族を導き、フィリピの町に対する伝道が始まったわけです。
以来、フィリピの町での伝道活動は割合と上手くいったようです。後になってもフィリピ教会はパウロを支援し続けました。最もパウロを支えた教会の一つと言っても良いでしょう。
 
この手紙が記されたのは紀元60年から61年頃と言われます。パウロは主イエス・キリストの福音伝道旅行を三度行っていますけれど、その目的は二つありました。一つは主イエスの福音を世界中に広めること、二つ目はその目的が成功した場合、エルサレム教会の為に献金を集めてくること、この二つです。エルサレム教会は本拠地でありながら、エルサレムはユダヤ教の本拠地でもありますから、小さく貧しい教会だったと言われます。その教会の働きを支えるという目的もあったわけです。
 
 時が満ちたと感じて、伝道旅行に区切りをつけて、集めた献金を携えてエルサレムに戻ります。しかし、そこに待ち構えていたのは、もとの仲間であったところのユダヤ教徒でした。彼らはパウロに対して憎しみも倍増し、パウロを狙いまわしていました。パウロは捕らえられ、大きな騒動になります。
その時、ローマの兵隊が間に入って事態を収拾しようとして、パウロを鞭打ちの形にしようとします。けれどパウロはその際に「ローマ帝国の市民権を持っている者を、裁判にかけずに鞭で打っても良いのですか。」と告げます。この言葉は非常に効果がありました。驚いたローマの百人隊長が、急いで千人隊長のところへ行って「どうしますか、あの男はローマ帝国の市民です。」と話しました。千人隊長も驚いて、鞭打ちはせずに事情聴衆となるのですが、事態は解決せず裁判のためにパウロはローマへと移送されることになりました。
 そのローマの獄中でフィリピの教会の人々に向けられた手紙が「フィリピの信徒への手紙」です。ですから獄中書簡とも言われます。

 けれど、その内容は、獄につながれたパウロが、しくじったとか、辛いから助けてくれ、ここから出られるように取り計らってくれという内容ではなくて、この手紙の特徴は、一言で言えば「喜びの書簡」と呼ばれています。
 
 フィリピ書2章17節にはこう記されています。「信仰に基づいてあなたがたがいけにえを献げ、礼拝を行う際に、たとえわたしの血が注がれるとしても、わたしは喜びます。あなたがた一同と共に喜びます。同様に、あなたがたも喜びなさい。わたしと一緒に喜びなさい。」
 フィリピ書は全部で4章から構成されています。パウロの手紙の中では長い手紙ではありません。長い手紙ではありませんが、喜びに関係する言葉は19回使用されているそうです。

 獄につながれていて、「わたしの血が注がれる」とは死刑とされるという意味でしょう。それでもわたしは喜ぶというのです。だからあなたがたも喜びなさいというのです。それがパウロの信仰の表し方でありましょう。
 イエス・キリストを信じる信仰とは「喜び」を生きる事だとパウロは伝えます。

 今日9時から子どもの教会ファミリー礼拝が行われました。そこで読まれたのは、ローマの信徒への手紙8章26節という箇所でした。この手紙もパウロが記した手紙ですが、そこにはこう記されています。
「同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかをしりませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。」
 この御言葉は、祈りの大切さを教えると共に、自分達は完全な祈りを祈ることは出来ない、むしろ「うめく」ようなものだと告げています。しかし、聖霊なる神がその祈りを執り成して、つまり、間に入って下さって、私たちの願い、思いを神様に伝えてくださるという意味を持つ御言葉です。
うめくとは言葉にならないという意味です。例えば女性が子どもを出産する。私は我が子の出産にも立ち会いましたが、母親はうめくしかありませんよ。
理路整然と話なんか出来ません。それがうめきです。うめきは体のうめきもあるでしょうし、心のうめきもあるでしょう。自分の人生を振り返ってみて、自分はうめくようなことは一度もなかったなと思える人は幸いですけれど、確信を持って言いますが、恐らくこの場には一人もおられないと思います。
 特にこの召天者記念礼拝において、多くの方々がご家族の死を体験しています。その死に対してどれほどの「うめき」を感じたことかとも思います。

 あるいは、わたしたちの人生はうめきの連続だと言えるかもしれません。今日のフィリピ書を考えるなら、パウロ自身も捕らえられて、獄中にあって、うめきながら生きていると言える状況です。でも、パウロはフィリピ書では、私は「うめく」とは記しません。むしろ喜ぶと記すのです。

 それはキリストを信じる者の生き方を示しているのだと思います。地上において、キリストを信じる者は喜びながら、うめいているのです。うめきながら、なお喜んでいるのです。なぜ、喜びなのか、私たちの本国は天にあると知っているからです。

 フィリピの信徒への手紙3章17節からを読みます。「兄弟たち、皆一緒にわたしに倣う者となりなさい。また、あなたがたと同じように、わたしたちを模範として歩んでいる人々に目をむけなさい。何度も言ってきたし、今また涙ながらに言いますが、キリストの十字架に敵対して歩んでいる者が多いのです。彼らの行き着くところは滅びです。彼らは腹を神とし、恥ずべきものを誇りとし、この世のことしか考えていません。しかし、私たちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。」

 19節に「彼ら」とあります。彼らの行き着くところは滅びであり、腹を神とし、恥ずべきものを誇りとしているとあります。彼らとはフィリピの町の人々のことです。町の人たちは、腹を神としていると言うのです。腹とは富を意味します。フィリピの町には金鉱がありました。町は豊かでした。商売も上手くいっていました。富を神としているのです。恥ずべきものを誇りとしている。この恥ずべきものとは何かというと、ローマ市民権です。フィリピの町はローマからの移民の町でした。その多くは軍人でした。そして特別な権利を持つローマ市民権こそが彼らの誇りでした。富も財産も地位も名誉も手にして、この世を生きている人々がどれほど多かったことか。そして彼らはキリストの福音に敵対していました。
 パウロはだからこそ、「私たちの本国は天にあります。」と記したのです。キリストを信じながら、この世を生きる私たちの誇りは、私たちの本国は天にあるという誇りです。神の国にこそまことの私たちが住むべき場所がある、それこそが私たちの誇りだと告げるのです。
 
 私たちはとくに日本においては、まことに小さな信仰者の群れです。世の中を上手く生きようとすればするほどに生きづらい事も多くあります。言葉にならない「うめき」を発する事も度々です。
けれど、私たちの本国が天である以上、地上は私たちにとって天からの植民地ですよ。ましてや、この地上において、天を仰ぎつつ生き抜いていかれた信仰者の一人ひとりを覚えての礼拝を今執り行っています。私たちもその後に続いていきましょう。

 今、本国に帰り、主と共におられる方々の信仰をしっかりと受け止め、主と共に歩める「喜び」を胸に、主を見上げて生きて参りましょう。

 お祈りします。

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