日本キリスト教団 大塚平安教会 

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神が遣わされた方

2022-09-25 15:21:36 | 礼拝説教
【創世記24章1~8節】
 

(創世記24章1~8節】
【ヨハネによる福音書5章31~40節】


 今年度ヨハネによる福音書を読み始めていますが、今5章を読んでおります。出来事の発端はユダヤ人の祭りの際に、主イエスと弟子たちがエルサレムに上られた。しかし5章は祭りとか神殿においてということではなく、エルサレムからわずかに離れた所に「ベトザタの池」と呼ばれる場所がありました。池の水が動いた時に、最初に入れた人の病は治ると信じられていて、大勢の病人がその池に入りたいと願って集まっていたわけでありました。
 
 そのベトザタの池を主イエスが訪れ、38年間、病で苦しんでいた人に対して、癒しの業を成されました。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」そう言われた彼は突然に健康が与えられたことを感じたのでしょう。元気になり床を担いで歩き出したのです。彼からすればそれがどれほどの喜びであったかと思います。

 けれど、問題はその日は安息日でありました。安息日は労働をしてはいけないと定めされていた日です。床を担いで歩いていた彼を見つけたユダヤ人、ファリサイ派の人々が「今日は安息日である、床を担いで歩くのは律法で許されていない。」と彼に告げました。この言葉は先週も申し上げましたが、淋しい言葉だと思います。
 本来なら、「お前良かったな~、病気が治ったのか。信じられないよ。神様を賛美しよう」と言うべき所ではなかったでしょうか。38年もの間、彼にとってみれば、一日でさえ真の安息を生きることが出来なかった人生に、真の安息がもたらされたことを喜べ会えたらどんなに良かったかと思うのです。

 けれど、ユダヤ人たちは、癒された彼を見るのではなく、担いだ床を見て、安息日違反だと告げたわけでありました。
 その後、癒された彼はどこに行ったかと言えば神殿です。38年もの間、一度も神殿の門をくぐったこともなかったでしょう。それが出来るようになったわけですから、喜んで神殿に向かったことでしょう。そして、そこで主イエスと再会して、彼はユダヤ人に自分を癒してくださったのはイエスであると告げたわけでありました。
 聞いたユダヤ人たちは、主イエスのもとへやって来ました。なぜ安息日にこのようなことをしたのかと問い詰めました。主イエスはその様子を御覧になってお答えになりました。「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」
 
その言葉を聞いた、ユダヤ人たちはますますイエスを殺そうとねらうようになったと聖書に記されています。
 「ますます」とは前から殺したいと思っていたということです。ヨハネによる福音書の2章13節からの箇所には、主イエスが過越しの祭りの際に、エルサレムに上り、神殿に入られた時の様子が記されています。
 神殿に入った主イエスは、境内の中で羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちと御覧になって、縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、台を倒して、「わたしの父の家を商売の家としてはならない」と宣言されました。
 その様子は、多くの民衆からは受け入れられたと思われますが、しかし神殿や、関わりを持つ祭司、ファリサイ派、サドカイ派と言った人々は、この時から主イエスの命を狙うようになったと思われます。

 今回主イエスは「わたしの父は今も働いておられる」と宣言されたし、安息日違反はするし、父なる神をわたしの父と言う。なんと神を冒涜した言葉であろうか、ますますイエスを殺そうと狙うようになったのです。

 それに対して、主イエスは毅然とした態度で、一歩も引かず、御自分は父なる神から遣わされ、父なる神と同じ権威を持ち、その行いにおいて神と一体であり、その愛において神と一体であり、人の死と命において神と一体であり、裁きにおいて神と一体であり、すなわち、自らを神と等しく、また神の代理人であることを宣言されるに至ります。それが19節から30節です。
 今日、読んでいただいた5章31節からの箇所は「イエスについての証し」というタイトルが付けられています。
 主イエスみずからが神と等しく、神から遣わされた神の代理人であることを証ししている人、証ししているものをここでは四つ示されました。

 一つ目は33節に記されているバブテスマのヨハネです。「あなたたちはヨハネのもとへ人を送ったが、彼は真理について証しをした」とあります。1章29節からの箇所ではヨハネが主イエスについて証ししている場面が記されています。29節を読みますと「ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。」30節には「わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである」とわたしが言ったのは、この方のことである。」
 そのようにバプテスマのヨハネは主イエスを証ししました。当時人々は、ヨハネの働きを喜び、受け入れていた経緯もあります。あなた方が受け入れていたヨハネは私を証ししていることをあなたたちは知っているだろうと言っているわけです。

 二つ目は36節です。「ヨハネにまさる証し」として父なる神が成し遂げるようとお与えになった業そのものが、父がわたしを遣わしたことを証ししていると告げました。主イエス・キリストは、これまで人々に対して多くのしるし、その業を行われました。
 この騒動の発端は「ベトザタの池」で38年もの間、病気で苦しんでいた人が癒された、そしるしから始まります。4章には王の役人の息子を癒された、というしるしもあります。その他にも、主イエスは、様々なしるしを人々に示されました。そのしるしこそヨハネにまさる証しだというのです。主イエスが神の子であると証ししているのだと言ったわけです。

 三つ目は37節です。主イエスが行った業を越える証しとして「わたしをお遣わしになった父が、わたしについて証しをしてくださる。あなたたちは、まだ父のお声を聞いたこともなければ、お姿を見たこともない。」主イエスは、バブテスマのヨハネのもとで洗礼を受けられました。洗礼を受けた時、バブテスマのヨハネは、霊が鳩のように降って、この方の上にとどまるのを見ました。その時主イエスの耳には「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が天から聞こえたのです。主イエスは地上にあって父なる神のみ声を聞くに値する神のみ子であることがわかります。

 四つ目は39節です。「あなたたちは聖書の中に、永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しするものだ。」聖書とは旧約聖書です。主イエスが神の遣いとして、神の代理人として、全権大使として、人の世に誕生された、それはなにより聖書が示しているではないか、と告げられました。
 
 先ほど、旧約聖書の創世記24章を読んでいただきました。アブラハムが息子イサクの嫁をどうしようかと考えて、全財産を任せてある年寄りの僕に相談した場面です。アブラハムが僕に語り掛けました。「あなたはわたしの息子の嫁をわたしが今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れて来るように。」僕は「もしかすると、その娘がわたしに従ってこの土地に来たくないと言うかもしれません。その場合には、御子息をあなたの故郷にお連れして良いでしょうか。」アブラハムは「決して、息子をあちらへ行かせてはならない。」と告げました。アブラハムはイサクを手放したくなかったのだろうと思います。
 僕は、その言葉を受けて、アブラハムの全権大使として、全てを任された者として、アブラハムの故郷に向かい、その役割を果たし、イサクの嫁となるリベカと出会うことになるわけです。全てを任せられるとはこういうことでしょう。

 聖書はアブラハムを信仰の父として、イスラエルの先祖として記します。アブラハムを通して神様が働いてくださったことを私たちは知っています。聖書は更にアブラハムの息子であるイサク、イサクの息子であるヤコブ、ヤコブの息子であるヨセフ、そして出エジプト記では、神から遣わされた者としてモーセが登場します。神はモーセを通してイスラエルの民をエジプトから解放し、イスラエルを神の子であり、自由の民としてくださいました。
 聖書に登場する信仰の先達、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、モーセ、それからエリヤ、イザヤ、エレミヤといった預言者、その一人ひとりも言ってみれば神から遣わされた一人一人です。けれど、彼らは信仰者として生きた一人一人でした。その生涯を通じて、父なる神の約束の物をまだ与えられないけれど、遥かに望みながら生き、そして召された一人一人でありました。そして彼らの全ての信仰は、主イエス・キリストを指し示していたわけであります。
 
 もう一度39節を読みます。「あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。」
 
 聖書を学んでいるあなたがたよ、その聖書こそ、私を証しするのだと主イエスは告げるのです。今、主イエスはユダヤ人、ファリサイ派のいきり立った人々に囲まれ、安息日になぜ労働をするのか、なぜ「わたしの父」と言えるのかと迫られ、裁かれています。しかも、その場所は神殿です。言ってみれば彼らのホームであり、主イエスはアウェイで裁かれているように思える場面なのです。
けれど、ここに至り、主イエスは自らを証しする者として、バブテスマのヨハネ、特別な業、父なる神の声、そして聖書と立て続けに話しをされて、裁かれていたはずの立場が逆転して主イエスが彼らを裁いている状況となっているようにも見えます。
 主イエスは自らを、神の子として、神から遣わされた者として、神その者として証しされました。少しも臆することなく話をされました。私たちはこの方をこそ、私たちの救い主として受け入れる、その信仰が求められているのだと思います。
 とはいえ、私たちの信仰はそれほど強いわけではありません。今日は大丈夫だと思っても、明日には不安となり、明後日には悩みとなるような、自分の信仰でさえ、自分では支えきれないでいるようなものです。

 でも、そのような私たちを、愛を持って支え続けておられるのも主イエス・キリストです。父なる神と子なる神とが愛をもって私たちを守っておられる。自分達にはどのような時にも、働いておられる神がおられる。このことだけは忘れないように生きていきましょう。

 最後にローマの信徒への手紙8章38節をお読みいたします。
 「わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高いところにいるものも、低いところにいるものも、他のどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」
  
お祈りします。
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神の子の声を聞く

2022-09-18 14:21:27 | 礼拝説教
【ヨハネによる福音書5章19~30節】

 ヨハネによる福音書の5章19節からを読んでいただきました。「御子の権威」とタイトルが付けられている箇所になります。この箇所は、話しの途中から途中という箇所になります。

 先週の礼拝は私がコロナに感染しまして礼拝を休みました。
 
 急遽、大矢真理先生にお願いしまして5章1節からの箇所を説教して頂きました。
 
 ですから話が少し重なるかもしれません。今回与えられている聖書の場面は、場所はエルサレム、祭りが行われていた場面となります。
 祭りは恐らく「過越しの祭り」であろうと思われますが福音書ははっきりとは記しません。しかし祭りに合わせて、主イエスと弟子たちは、エルサレムに出かけられたのでしょう。
 
でも、この箇所は祭りの場面ではなく、「ベトザタの池」と呼ばれる場所で病人が癒された様子が記されています。「ベトザタの池」には病気で苦しんでいる人々が大勢横たわっていました。
現代でもお見舞いとかで少し大きな病院に行きますと、待合室が診察待ちの方々で一杯になっています。こんなに大勢の患者さんがいるのかと驚くことがありますけれど、池の周りには本当に大勢の人々が横たわっていたことでしょう。
主イエスは、その中の一人に目を留められました。38年間病気で苦しんでいた人でありました。当時の平均寿命が何歳か分かりませんが38歳まではいかなかったでしょう。平均寿命以上の年月をその人は病気で苦しんでいました。最も悲惨な状況に置かれていた一人であったと思われます。主はその人に目を留められ、言葉を交わす中で「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい」と言われました。すると、彼は床を担いで歩き出したというのです。主なる神の業がこの人の人生に希望と祝福を与えた瞬間でありました。
 
 けれど、話は少しややこしくなり、喜んで床を担いで歩いている癒された人を見てユダヤ人たちが彼に話しかけます。「今日は安息日だ。だから床を担ぐことは、律法で許されていない。」と言うのです。
 これは少し寂しい話ではないですか。この人は38年間も病気で苦しんで、動けずにいた人です。誰かの手を借りなければ移動出来なかったでしょう。ここに登場するユダヤ人たちもその事を知らなかったわけではないでしょう。その人が知らない間に、床を担いで歩いている姿を見るわけですから、「お前、病気が治ったのかい。良かったね。嬉しいね。」と抱きしめました、と言うのなら読む私たちも良い話ですね、となるのですが、ユダヤ人はこの時、治った人を見たのではなく、その人が抱えていた床を見たのです。床を担いで歩いているその様子を見たのです。「あ!安息日違反をしている。」
 なんて人たちだと思いますか?でも、案外私たちも、こういう面があると思います。
「ちょっと待て、なんであんたは安息日に床を担いで歩いているのか」ととがめた所、驚いた彼は「私を癒してくださった方が、そうしろと言ったのです。」と返事して来ました。「そいつは誰だ」となり、自分を癒したのはイエスだと告げたところ、ユダヤ人たちはイエスを迫害し始めた、となるのです。
 
 安息日にこのようなことをしておられたからである。と記されています。安息日に、主は癒しの業を行われ、人に床を担いで歩かせた。このような安息日違反をした、それが彼らの主張です。
 けれど、主もとがめを受けて、彼らに語り掛けました。17節です。「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」この言葉は大変大切なポイントとなる言葉であります。

 9月5日の月曜日の夕方、私は喉がイガイガするなぁと感じました。一晩寝て、起きましたら、熱があると感じました。当初は7度5分ぐらいだったのですが、一時間後には8度を超えて来まして、これはもしかすると思いまして、発熱外来がある病院に電話しましたら予約を取ってくださいと言うのです。どうやって取るのかと聞くと、ネットで取ってくださいというのです。それでネットで調べて、予約を取ろうとしたのですが、これが案外難しいのです。名前、生年月日、症状だけでもなく、保険証は写真に撮って送らなければならない。お薬手帳があれば、それも写真に撮って送らなければならない。元気であればたいした作業ではないかもしれませんが、大分時間がかかりました。それでも出来まして送りました。予約すると診察室ではなく、家で待機していまして、ギリギリまで待ってそれで診察を受けに行きました。
検査して15分ぐらいで結果がわかり、陽性ですと告げられて、それから更に色々な書類を貰いました。でも、もはや何を言っているのかよく分かりませんでした。薬は後から薬局が直接ご自宅に持って来ますから家で待っていてくださいというのです。
 それから帰宅しまして、とにかく寝込みました。その時点で熱は大分高かったと思います。怖くて測りませんでしたがかなりあったと思います。
 
 午後になっていよいよ熱が高くなりまして、次第に意識が朦朧とする感じとなりました。以前罹ったインフルエンザも辛かったですが、それ以上でした。朦朧としてくるし、それが午後暫く続きました。このまま死んでしまうのではないかとさえ思いました。夕方になっていよいよ意識がなくなりそうだと思った瞬間に、本能的に「氷!」と叫んだんですね。
 長男がその声に気が付きまして、冷蔵庫から氷やら、熱さまシートやらを持って来てくれて、頭、首筋、わきの下、冷やしましたら、意識が戻って来た感じとなりまして、大分楽になったわけでありました。夕方、大分薄暗い頃に、薬局の人が薬を持ってやって来まして、ロキソニンを飲んで、更に大分楽になったわけでありました。
 とはいっても、それから数日は、呼吸が出来ない程に喉が痛い、体も痛い、大分きつい状況でした。
 でも今回改めて思わされたことがあります。それは、主イエスが「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」と言われた言葉です。この御言葉を読んだ時に、心に染み入る思いをもって私は受け入れました。
 
 熱がある時も、喉が痛いときも、呼吸が苦しい時も、どんな時も主なる神は、今も尚働いておられる。だから、私たちは命が守られ、こうして生きていける。その神の働きを忘れてはならないと心から思います。
 
 けれど、聖書はこの主の御言葉によってユダヤ人たちが、ますますイエスを殺そうと狙うようになった。と記されます。なぜかといえば、「主イエスが安息日を破るだけでなく、神を御自分の父と呼んで、御自身を神と等しい者とされたからである」と記されています。
 安息日の意味は、旧約聖書出エジプト記の出来事によるものです。主なる神はエジプトの土地において長い間、奴隷とされていたイスラエルに指導者モーセを与え、出エジプトを果たして、自由の民とされました。奴隷であったなら自由はありません。休みもありません。安息日とは自由の民という意味です。その自由を与えてくださった主なる神の恵みを忘れないために安息日が与えられ、感謝して守るようにとされていました。それを破る輩が、メシアであるはずがないのです。救い主であるはずがないのです。むしろ罪人でしかありません。
 更に主イエスは主なる神を「わたしの父」と言われました。その言葉はユダヤ人にとって、神を冒涜する言葉以外の何ものでもありません。ユダヤ人の慣習、慣わしから言えば、父親と長男は特別な関係であって、長男は息子であると同時に、父親と立場を同じくする者とされていました。
ですから「わたしの父」という言葉は、自らを神と等しい者であり、神である、とさえ言ったと感じ取れたのでしょう。
 この主の御言葉によって、彼らはイエスを殺そうとねらうようになった、わけでありました。
長く話しましたが、そのような背景があって、19節以降へと進むことになります。主イエスは、ユダヤ人に対して、御自分をより明らかに、より明確に示すために言葉を尽くして話をされた場面です。
前振りを長くして、今日の箇所を簡単にしようと考えたわけではありませんが、主イエスはユダヤ人たちに対して何を告げようとされたのかと言えば、タイトルに「御子の権威」とありますように、御自身の権威について話されました。

 御言葉を繰り返しませんが、19節では、「その行動において、行いにおいて」主イエスは父なる神と同じ権威を持っておられるということ。20節では「その愛において、」主は父なる神と同じ権威を持っておられるということ。21節では「命を扱うことにおいて」主は父なる神と同じ権威を持っておられるということです。22節では「裁きにおいて」主は父なる神と同じ権威を持っておられるということです。行いにおいて、愛において、命、裁きにおいて、主イエスが働かれるその働きは、父なる神の働きによるものであって、御自身の働きではないと告げているのです。しかし、だから父なる神と主イエスは一体であるということを告げようとしているものと思われます。
この主イエスが話される御言葉は、極めて神学的でもあり、神学用語を用いれば弁証的な御言葉です。ですから、ここで主の御言葉について、あれこれとひねくり回すような説明はしない方が良いと思います。ただ一つ、父なる神の思いと御子イエスの思いが一体であり、分かちがたいものであるということを主は話しておられるのです。

 ここで大切な御言葉は、24節、25節の御言葉です。24節にも25節にも「はっきり言っておく」とあります。文語訳聖書には「まことにまことに我なんじらに告ぐ」とありますが、そのほうがしっくりくる方もおられるでしょう。皆さんよ、よく聞いていなさいということです。

「はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。はっきり言っておく。死んだ者が神の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。」
 皆さん、これまでヨハネによる福音書を5章まで読み進めて参りましたが、死んだ者が神の声を聞いた場面が幾つもありました。4章では「サマリアの女」が登場しました。差別され虐げられていたサマリアの地で、5人もの夫と生活をし、今6人目の男と暮らしていた女性、水を汲みに来ることでさえ人目を忍んでやって来なければならなかった女性に、主イエスは「水を飲ませてください」と声をかけました。
この女性がサマリアの町に戻り、喜びに満ちて「もしかしたら、この方がメシアかもしれません。」と告げた言葉に、誘われて、集まった町の人々と共に主は二日間サマリアで過ごされた。サマリアの人々は「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったのだ」と女に話しかけた場面がありました。
ガリラヤの地では、一人の役人がカナの村におられた主イエスのもとに、馳せ参じてどうか息子の命を救って欲しいと願いました。主はその様子を御覧になり、そしてこう言われました。「あなたの息子は生きる」
5章に入り、ベトザタの池で38年、病気で苦しんでいた男のもとにやって来た主は「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい」と告げました。男はそのようになりました。
これらの話に登場する一人一人は、あたかも死んだ者ではなかったですか。もはや希望すらなく、今日という日、明日という日を生きようとしていなかった人々ではなかったですか。そのような一人一人に主イエスは出会われて、声をかけて、あなたも、あなたも、あなたも生きていけと希望と勇気と元気を与え続けてくださいました。

 私たちのこの大塚平安教会の歴史も、また同じであろうと思います。主イエスの言葉を耳で聞かなくとも、心で聞いた一人一人が集まり、諦めから、しかし、又やろう、絶望から、また歩き出そう。そのようにして生きようとしている一人一人によって教会は出来ているのではありませんか。主イエスの御声によって生きたのは、私たちです。感謝して今週も過ごして参りましょう。

 お祈りします。

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あなたの息子は生きる

2022-09-04 13:58:59 | 礼拝説教
【ヨハネによる福音書4章43~54節】


 今、私たちの教会ではヨハネによる福音書を読み進めていますが、4章前半の箇所は「イエスとサマリアの女」というタイトルが付けられた箇所でありました。
 サマリアのシカルという町に住む一人の女が主イエスとの会話を通して、心が解放されて喜びに満たされた。これまで人目を避けていた彼女が、町に戻り喜びに満ちて、「もしかしたら、この方がメシアかもしれません」と告げた箇所を読んで来ました。
 彼女の言葉と行動に驚いた町の人々は、主イエスのもとにやって来て、やって来ただけでなく、主との会話を通して、是非自分達のところに留まって欲しいと頼み込みます。

 サマリアは差別されていた地域でした。ですから、最初はなんで自分達の町にやって来たのかと怪訝に思ったかもしれません。
 けれど、町の人々も会話をすればするほどに、心が揺さぶられたのでしょう。主イエスがサマリアに留まるというより、サマリアの人々が主イエスのもとにとどまったと言えるかもしれません。よほど嬉しかったであろうと思うのです。

 ユダヤ人とサマリア人は器を共にすることさえもしなかったと言われます。けれど、主イエスは器どころか、サマリアの人々と共に食事をし、共に寝床に入り、共に二日間を過ごしたわけです。サマリアの人々は自分達もこの方の側にいて良いのだと感じたことでしょう。きっとそこに大きな喜びを見いだしたことでしょう。なんなら、ずっといて欲しいとさえ思ったのではないでしょうか。そういう喜びを生きることが出来たのだと思います。

 サマリアの女性も、サマリアの町の人々も、ユダヤから差別され、蔑まされる中にあって、彼らは生きていることに、どこかで諦めた思いがあったのではないでしょうか。けれど、主イエスはそのような人々に対してより大きな力を発揮されるのだと思います。諦めから希望へ、暗闇から光へと神の祝福を与え続けて主イエスは歩まれました。

 私は東京の目白にある武蔵野教会という教会で洗礼を受けまして、そこで信仰の養いを受けました。武蔵野教会は長老派教会、プレスビュテリアンと呼ばれる流れの信仰を持つ教会でした。厳格な教会でした。私たちの教会で言えば、壮年会、婦人会、青年会といった、それぞれの会があるのですけれど、武蔵野教会の特徴はどの会においても、聖書を読む、それ以外のことはしないという教会でした。良い意味で、極めて厳格な教会だと思いますし、今もそのスタイルを貫いておられます。
 その頃の私は教会の礼拝に出席するというより、教会に行くことがとにかく大好きでした。今でも教会は大好きですが、その頃の思いは特別ですね、とにかく好きなのです。なぜかと言えば自分がそこで大切にされていると感じていたからだと思います。
 それは、特別に牧師が目をかけてくださったわけでもないし、家内の父親は教会の長老をされていましたが、怖くて近づくことも出来ない程でした。役員、長老とはそういうものだと思っていました。それでも教会が好きでした。自分が自分として、そこにいて良い場所だと思える。何より自分も主なる神に見出され、神様の愛の対象とされていることが分かる、その喜びはどれ程であったかと思います。
 ですから、その頃は喜びを持って、多くの知り合いや、友達を誘って一緒に礼拝に行ったことを思い出します。
 

 今日、読みました箇所もそういう意味においては、息子が死にそうになっている、危機的な状況にあって、主イエスにこそ、その救いを求めた父親の姿が記された箇所だと思います。
 彼は王の役人でした。この場合、恐らく現代でいう所の官僚と言いますか、社会的立場の高い、財産を持っている、立場もある、経験も備わっている、この役人が一言言えば、皆がその言葉に従うようなポジションであったと思われます。
でも、この時、それらの一切の力、自分に与えられた権力が意味を持たない状況でした。財産によっても、立場によっても、経験によってもそれらは全て役に立たず、息子の命は風前の灯でありました。

 この時、彼は主イエスがユダヤからガリラヤに帰って来たという話を聞きました。この方なら、もしかしたら息子の命を支えてくださるのではないだろうか。
誰かを使いに出す訳でもなく、いそいで準備して、父親として息子の命を何とか助けたいという思いをもって、主イエスのもとに向かったのだと思います。
一日がかりの道のりを、汗をかきながらも必死に向かったでありましょう。

 カナの村におられた主イエスを見つけ、そして「イエス様、息子が死にかかっております。どうか一緒にカファルナウムに来てください。そして祈って息子の命を助けてください」と願ったわけでありました。
主イエスはその姿を御覧になって、「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と告げられました。少し冷たい印象の言葉ですが、主イエスが気にしたのは、主イエスをカファルナウムに連れて行って、その場で何かしてもらえれば癒されると考えていた父親の信仰です。
 呪いや占いとか、主イエスが行う何らかの行為によって息子はいやされるであろうとあなたは考えているのか、それは違うと告げたかったのでだと思います。

 そのことを教えるために主は、すぐに、その場で「帰りなさい、あなたの息子は生きる」と告げられました。
 役人からすれば驚きの言葉であったと思います。この場で時間を越えて、場所を越えて癒しの業をされるこの方は一体どのような方であろうか、恐れ戦いたと思います。
けれど、役人も偉かった、この主の御言葉を信じて、この御言葉を頼りに、来た道のりを戻っていくわけでありました。そして、下っていく途中にあって、役人は自分の僕たちが迎えに来ているのを見つけるわけです。

 僕たちは、彼の息子が思いがけずに回復に向かい、思いがけない程に元気になった、その喜びを一時でも早く父親に伝えてあげたい。もはや、イエス様をお連れしなくとも大丈夫ですよと伝えたい、そんな思いで喜んで道を急いでいたことでしょう。
 彼らは出会って互いに大いに喜びました。息子が良くなったのはいつかと聞きましたら、昨日の午後1時に熱がさがりました、それは主イエスが「あなたの息子は生きる」と言われた時間であったと言うのです。

 役人は、改めて主イエスの働きを知り、彼もその家族も大いに主イエスを信じた訳でありました。

 皆さん、この役人は主イエスとの出会いによって、信仰の成長を遂げた人であったと言われます。最初はしるしを求めて主イエスのもとにやって来ました。けれど、主イエスはしるしを何も行わす、ただ神のみ言葉によって、息子の命を救いました。ですから言葉による信仰によって御言葉を信じて帰路につくことが出来た。
 更に、その言葉は、時間も場所も超えて働く神の働きであることを体験し、息子も癒され、神に感謝して彼は確かな信仰者へと導かれて行った。そのようにして役人は主イエスに対する信仰が成長していったというのです。

 主は、サマリアの女に対しても、サマリアの町の人々に対しても、王の役人に対しても、絶望から希望へ、暗闇から光へと導いてくださる、そういう方でありましたし、それは今も少しも変わらずに私たちの人生にとっても、闇から光へと導き、涙から喜びへと共に歩んでくださる方であると私は信じています。

 とはいえ、私は思います。この役人の息子はこうして生かされましたけれど、主によって生かされた息子はいつまでも死ぬ事はありませんでした。とはなりません。私たちの地上での命はどのような形なのか、私たちには分かりませんが、いつかは間違いなく、誰もが召されて天の国に移されることになります。そう考えるとしたら、この役人の息子が生きたことに一体どのような意味があるのかとも思わないわけではありません。ただ一時、主イエスは息子の命を支えてくれました。しかし、何年か、何十年後には父親も死に、息子も死にました。終わりとなるではないかと考えてしまうかもしれません。

 私たちはどのように考えれば良いのか分からなくなってしまうような思いに至るのです。でも、この時私たちの側で間違っているものは何かと言えば、私たちは、神様を信じると良いことが起こるはずだとか、信じると物事が解決するはずだとか、信じると良いお相手が与えられるはずだといった、つまりは役人と同じように、なんらかのしるしを求める信仰にすぐに陥ってしまうのです。

 主イエスが、なぜ役人に対して「あなたの息子は生きる」と言われたのか、なぜ息子は癒されたのか。役人の信仰が立派だったからではありません。

 三つのことが言えると思います。

 一つは、なによりも神の憐れみによってと言えるでしょう。主イエスは人の思いにしっかりと応えてくださる方です。私たちの側に信仰があるとか、ないとかを越えて求める者にはいつも応えてくださる方としておられます。主イエスは、「求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば見つかる。門をたたきなさい。そうすれば開かれる」(ルカ11章)と教えられました。そのようにして必死に求める者に対して、大きな喜びを与えてくださる方としておられるのです。

 二つ目に、役人は、主イエスに対してこの方しかいないという思いでカファルナウムの町からカナの村にいた主イエスのもとへと向かった、その姿がありました。
彼は王の役人であって、多くの僕がいたことでしょう。ですから自分は息子の側にいてあげたいから、誰か信頼のおける僕を主のもとに送ることも出来たでありましょう。でも、そうはしませんでした。自分で、自分の足で、自分の足取りで、主イエスのもとへと向かいました。それは信仰者の姿そのものです。信仰を生きるとは神に向かって自分が進みだすしかありません。時々、子どもの教会の礼拝に、子どもだけ行かせて、自分は玄関で待っている方がいたしますけれど、子どもがお母さん一緒に行こうと言っても、中々入って来ない。自ら求めないところでは、しるしも、奇跡も何も起こりません。それは聖書を知る方なら良く知る所でもありましょう。信仰生活は誰かに頼むことではない。役人の姿の必死さによって、主の御言葉が伝えられたとも言えるのではないでしょうか。

 三つ目として、福音書に記されているこの箇所で、大切なテーマは、息子の病気が癒されたこと以上に、役人とその家族が信じた、信じるとはどういうことか、それが最も大切テーマであります。カナの婚礼の奇跡、水がぶどう酒に変わった時、「弟子たちはイエスを信じた」とありますし、サマリアの女性との会話においても、サマリアの人々との間においても、主はなんらかのしるしや、奇跡を見せられたわけではありません。ただ会話と言葉によって、人々は主を信じるに至るのです。
 役人も、役人の家族も信じたとありますが、信じるとは、息子が生きて、「良かった、良かった、これでまた何か困ったらイエス様のところに行けば良い」と語り合ったということではないと思います。そのようであれば聖書は「信じた」とは記さなかったでありましょう。

 信じるとは、もっと違うところにあるものでありましょう。私たちは信じていても病になることは普通にありますし、信じていても家庭内に問題が起こることもありますし、信じていても経済的に行き詰まることもありますし、信じていれば、コロナ禍の影響を受けることはない、わけではありません。
 信じるとは信じるとは、そのような状況に依らないのです。信じると状況が変わるというより、信じると、自分が変わるのです。社会が変わるのではなく、自分の生き方が変わるのです。後ろ向きの人生から前向きの人生へ、何度も申しますが絶望から希望へ、諦めから忍耐へ、暗闇から光へと神を信じて生きていける、そのように生きていくことが出来る、信仰によってそう生きられるのです。

 私たちは、与えられている命をどう生きますか、いつでも最後まで喜んで生きていきたいではありませんか。その姿を信仰によって生きていきましょう。神を信じて感謝して生きていける。そのようにして過ごして参りましょう。

 お祈りいたします。
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