日本キリスト教団 大塚平安教会 

教会情報や牧師のコラムをごちゃごちゃと

霊から生まれていこう

2022-06-26 14:23:49 | 礼拝説教
【ヨハネによる福音書3章1~15節】

 読んでいただきました、ヨハネによる福音書3章、ニコデモという人が登場します。ニコデモはファリサイ派に属する人でありました。ファリサイ派は、聖書に度々登場する名前ですが、ユダヤ教の律法を大切にする人々の集まりで、ユダヤ人の救いを願う熱心な信仰者であり、民衆からみれば信仰の模範となる人たちであったと言われます。

 更に、ニコデモはユダヤ人達の議員でした。ユダヤ教社会の国会議員です。サンヘドリン「70人議会」と呼ばれていました。当時のユダヤ教世界は政教一致ですから、大祭司が議長となり、他に70人が祭司、長老、学者と呼ばれる人々の中から選ばれて「70人議会」を構成していたようです。ニコデモはユダヤ世界の最高決定機関の議員でもありました。

 ですからニコデモはユダヤ社会にあっても良く知られている人であったと思われます。ある学者は、「ニコデモは、ユダ人の中では、最高峰のレベルであったと」説明しました。一説には神学校の校長先生であったとも言われます。神学校の校長は最低でも50歳以上だそうです。ですからニコデモは60歳になろうとするような年齢であったかもしれません。

 そのような立場であったニコデモが、主イエスのもとにやって来た。それが今日の聖書箇所となります。なぜやって来たのか、ニコデモは神の真実とは何か、神はこの世をどう考えておられるのか、と日々祈り、神に向かい、神に祈り、救いを求めメシアを求めつつ生きていたと思います。

 ヨハネ福音書の2章23節にこう記されています。「イエスは過越祭の間エルサレムにおられたが、そのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた」しるしとは、癒しの業であるとか奇跡のしるしでしょう。神の国を思わせるような主イエスがなさる働きです。そのしるしによって多くの人々が主を信じたのです。
ニコデモも、そのしるしを見たのではないでしょうか。具体的にそれが何かはわかりません。けれど、主イエスのなされたしるし、救い主としてのしるし、人の業ではないと思われるしるし、をニコデモは見たのではないかと思うのです。
 
 それだけにニコデモはどうして主イエスに会いたいと願ったのではないでしょうか。そして、色々と尋ねてみたい、聞いてみたい、話し合ってみたいと思ったのです。
問いたいと思っていた一つは、「神の国」に入ることであったと思います。ニコデモはこれまで一生懸命に生きてきたと思います。一生懸命に生きなければそれなにの立場にはなれないでしょう。守らなければならない決まり事、イスラエルの律法、その全てを、しっかりと守っていた、守って来たと思っていたでしょうし、人々の模範として生きていたでしょう。けれど、なお、一つの不安があった。
それは、どんなに立派な行いをしても、祈りを献げても、神様の約束である、神の国、永遠の命に至る道を歩んでいるとは思えないという不安ではなかったかと思います。
その悩みを誰かに打ち明けたいと思っていた、相談したかった。そんな思いを巡らしている時に、主イエスがエルサレムにやってきて、多くのしるしを示されたのです。た。あるいは直接しるしを見なかったかもしれません。でも、見た人々の評判が耳に入ったのかもしれません。年齢的にも自分よりずっと年下であろうと思わる、しかも、この世的には地位も名誉も無い主イエスのもとに謙る思いをもってやってきたのではないでしょうか。

 2節に「ある夜」と記されていますが、なぜ、夜であったのか、ニコデモは人の目を気にしたのではないかと言われています。そうかもしれません。
けれど一日の働きを終え人々が安らぐ夜、自らの家で僅かなともし火の下に、神に向き直して一人祈る時、彼は議員ではなく、教師でもなく、富める者としてでもなく、神の大いなる知恵、全能なる力、その豊かさを知れば知るほどに、自らの力の無さを思い知らされる、そのような思いをもって、夜にニコデモは主イエスを訪ねたと言うことも出来るかもしれません。

 昼ではなく、夜に、一人の人間としてのニコデモが、イエス様に会いにやってきたのです。ニコデモは、イエス様にお会いして、話しかけました。
「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」
「あなたこそ神様から遣わされた方です」「神様はあなたと共におられます」と、ニコデモはイエス様に話しかけました。これは「あなたこそ、私がもとめる真の光です」という信仰告白です。謙遜な思いをもって語りかけました。けれど、「あなたのなさるようなしるし」ともありますから、この時のニコデモは、主イエスをメシアとして主の癒しの業、奇跡の働きに大きく影響を受けていたということも確かでしょう。
主はこの「あなたのなさるしるしを、誰も行うことが出来ない」と言う言葉を敏感に感じ取ったかもしれません。しるしの信仰によってやってきたニコデモの思いを感じ取ったようにも思います。

 主イエスは、ニコデモに対してこう言われました。
 「人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」
 
 ニコデモは生まれながらのファリサイ派であったかもしれません。あるいは長く続く議員の家系であったかもしれません。あるいは全く逆に、長い下積み生活の末に、つかみ取った社会的成功であったかもしれません。
聖書からは読み取れません。けれど、どちらにしても自らが輝く為に、必死に努力してこその立場であり、それ故に人々からの信頼も篤かったと思われます。しかし、時として、自らが輝いていると思っている時、人は時としてその道を誤るのかもしれません。

 ロシアがウクライナに戦争を仕掛けて、4か月となります。争いは終結せず、いつの間にか長期戦となり、そして多くの人々の命と生活が奪われ続けています。どちらにとっても悲しい戦いであることを多くの人々は知っています。けれど、ロシアの大統領は、なんとしても自分が輝きたいと思っているようです。輝き続けなければならない、その為にはどれほどの人の血が流されてもと思っているように思います。そして、戦争に限ることなく、多くの事件の中で、みな自分こそが輝いている、あるいは輝きたいと思っているような人が起こす事件が沢山あるのです。
人は、自分が輝いていると思う時、その輝きによって何にでもなれる、何でも出来ると、思ってしまう時程、とても危ういのだという事を知らなければならないのと思います。
ニコデモにはニコデモなりの輝きがありました。沢山の輝きがありました。ユダヤ人として生まれた、それだけでユダヤ人は神の子です。更にファリサイ派として生まれました。輝かしい立場です。議員として生まれました。どれほどの輝きであったでしょう。でも、その輝きを自分が輝いていると思う輝きこそ、危ういのかもしれません。
 
 更に、主イエスはこうも話されました。
「誰でも水と霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできない。」
 イエス様が話される「水と霊」について、多くの研究者が様々に説明しますが、そのエッセンスは洗礼と深い関係があるということです。
キリスト教は信仰者となる印として、洗礼式、バブテスマ式を持って自らの思いを表明致します。自らが主なる神と共に生きる決意を教会員の前で明らかにいたします。そこには確かに一つの決断が求められます。けれど、「生れる」という行為は、常に受け身の形で使われる言葉でもあります。

 誰も、自らの決断によって、この世に誕生した人はいません。親によって生まれるのです。私たちは命が与えられるのです。そして、私たちの真の人生は、主イエスによって、水と霊とによって、新しく主なる神を支えとした人生を歩む者としてもう一度「生れる」という自覚的な思いが、神様から求められていると言えるでありましょう。

 主イエスを求めてやってきたニコデモ、恐らくニコデモ程律法を良く知り、またよく学んでいた人はそう多くはなかったと思われます。けれど、それでも今日読みました聖書箇所においては、主イエスが言われた御言葉「新しく生まれる」「水と霊によって生まれる」という御言葉についてニコデモはなるほど、よく分かりましたとはならなかったようです。
 
 でも、ニコデモの謙遜は分からないから、だから、この人はダメだとか、もう止めたというところでは終わりませんでした。ニコデモが次に登場する箇所はヨハネによる福音書の7章です。そこでは主イエスに対してユダヤ人の多くの指導者が、怒りを持って話し合っている場面が記されています。その中でニコデモはただ一人、主イエスを守り、律法によれば、本人から事情を聴いて、確かめた上でなければ判決をくだしてはならないとなっているではないか」と擁護する場面が記されています。
更に19章では、主イエスの十字架刑の後、アリマタヤのヨセフと共に、ニコデモが没薬と沈香を持ってきて、遺体を受け取りユダヤ人の埋葬の習慣に従い、遺体を整えて、誰もまだ葬られたことのない新しい墓に遺体を埋葬した様子が記されています。
 この時、ニコデモは、「しるしをみたから」というよりも、ニコデモ自身が「新しく生まれた信仰」でもって行動したのではないでしょうか。夜ではなく、まだ明るい中、いわば犯罪人として扱われた主イエスの遺体に対して、弟子達が既に逃げた後に、今、ここで自分ことが出来る事をなそうと決心し、信仰者としての歩みを歩みだしたのだと思われます。
私たちも、聖書を読む、聖書を学ぶ、直ぐに良く分かったとはなりません。むしろ、何度読んでも、更に混迷を深める思いをしたりします。あるいは信仰を深めたいと思う、主に愛される人生を歩みたいと願います。しかし、中々そうならない自分がいることを自覚されるばかりです。けれど、求めなさい、かならず与えられる、探しなさい、そうすれば見つかる、門を叩きなさい、そうすれば、開かれるという御言葉のように、私たちは求め、探し、門を叩き続けて参りましょう。
 そして、主の栄光により、新しく生まれる信仰を生きて参りましょう。

 お祈りします。

三日で建て直す主

2022-06-14 15:09:02 | 礼拝説教
【詩編69編8~13節】
【ヨハネによる福音書2章13~25節】

 本日は兼ねてから報告していましたように、礼拝の特別賛美奏楽者として、池田宏里兄をお招きし、礼拝において特別賛美の曲を弾いていただきました。

 これまで2年以上に亘り、コロナ禍、パンデミックの状況が続き、礼拝も停滞というよりは、後退してきたとさえ感じます。その挽回の為だけでもないですが、このような賛美礼拝の時を迎えることが出来ましたのは真に幸いです。
コロナ禍により、私たちの教会だけに限るわけでもありませんが、多くの教会が、礼拝を献げることさえままならない、厳しい状況に置かれてきました。そのような中で必然的に多くの教会が、新しい伝道、新しい礼拝のあり方を模索し、礼拝をどう捉えるかを考えて来たと思います。私たちの教会も、時にはオンラインのユーチューブでの礼拝を執り行いました。このような状況をピンチというより、チャンスととらえて、オンラインでの礼拝のあり方を研究し、継続し続けている教会が幾つもあります。

 今年度、私たちの教会はどのような伝道を展開していくのか、4月末に教会総会が開催されましたが、限られた時間でしたから多くを話すことは出来ませんでした。
 けれど、教会基本方針の一つに記されていますのは、教会の働きとしても、地域の方々に教会を知っていただく機会としても、礼拝堂を豊かに用いていきたいという願いでした。特にこの2年以上に亘り、人が集まることが制限され、コンサートや講演会が事実上、開催出来ない状況となっていましたから、今年度は機会が得られるなら、沢山行っていきたいと記しました。この願いは、これまでのところ主の御心によって、適えられそうになっています。心から嬉しく思います。
 
 総会資料には、他にも願いを記していますが、礼拝、祈祷会を通して出来るだけ丁寧に聖書を読んでいきたいという思いを記しました。それは牧師だけに限るのでなく、教会に集われる皆さんと共にそのような時間を共有したいと願っています。聖書を読む、それは私たちの信仰の養いと深く関係します。聖書は神様ではありません。けれど、聖書に記されている言葉の一つ一つから神を知り、神を感じ、聖霊の力によって主なる神は私たちに何を伝えようとしているのか、神の思いを理解しようとする働きは私たちに求められていることです。それは何も今年度に限る訳でもありませんが、今日与えられた聖書箇所の説教の準備をする中で、聖書を理解しようとする思いが、改めて、やはり重要であると思わされています。
 今日は、ヨハネによる福音書2章から「神殿から商人を追い出す」という箇所を読んでいただきました。「ユダヤ人の過越し祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。」とあります。過越しの祭りはユダヤ教の三つの大きな祭の一つです。 

 この祭りの原点は、旧約聖書の出エジプト記という箇所に記されています。諸説ありますが紀元前15世紀頃の出来事です。エジプトで奴隷とされていたイスラエルの民が、モーセを指導者としてエジプトから脱出することになった大いなる神の業が記されています。その時、壮年男子だけでも60万人であったと記されています。総数は100万人を優に超えていたでしょう。そして自分達の故郷の土地に帰っていく、その出来事を忘れずに、祝っていこうとうとするユダヤ人にとって特別で、大切な祭りでありました。
 多くの人々が祭りを祝う為にエルサレムに向かい、エルサレムの神殿を目指しました。いわば巡礼の旅でありました。この時、主イエスと弟子たちはカファルナウムというガリラヤ湖沿いの町に滞在していましたので、カファルナウムからエルサレムに向かわれたわけです。

 その距離は直線距離でも180キロ、しかも湖沿いのカファルナウムからエルサレムはずっと登りが続いているそうです。車もなく、電車もなく、歩いて180キロの道のりですから一日30キロ歩いたとしても一週間はかかったでしょう。中々の距離と時間ではないでしょうか。簡単に祭りだから行ってみようかという距離ではありません。

 そのようにして主イエスと弟子たちはエルサレムに到着しました。更に神殿に行きました。そこで主は「神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たち、座って両替をしている者たちを御覧に」なりました。すると、主は「縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、鳩を売る者たちに言われました。「このような物はここから運びだせ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」
その様子を見た人々は、どれほど驚いたことでしょうか。なぜこのような事をするのか、弟子達も驚いたと思います。読む私たちもこの場面は、読むたびに驚く思いがする箇所です。主イエスは優しい、穏やかな人である、そうであって欲しいとどこかで願っていますが、そうでない一面が記されている箇所です。

 境内でなぜ、牛や羊や鳩が売られていたかというと、犠牲の献げ物、生け贄として献げる動物を売っていたわけです。特に祭りの時ですから、多くの人々がエルサレムを目指しました。その多くの人々がどうやって集まってきたかと言えば、先ほども申し上げたように、巡礼の旅のようにして何日もかけて集まって来たわけです。

 カファルナウムも大分遠くですが、ユダヤ以外の国や地域からも、ユダヤの家柄、その血筋の人々は集まって来たでしょう。長旅ですから当然牛や羊を連れての旅は大変ですし、しかも献げる動物は、体に傷の無い牛や羊でなければなりません。
 旅は時間もかかりますが、食費、宿泊費といった費用も嵩んだことでしょう。祭りの旅に毎年来られる人もいたかもしれませんけれど、海外から生涯に一度だけでもと思い切って来る人も多くいたでしょうし、貧しい遠くの村から、町から数人で集まって、皆で費用を工面しながらやって来た人たちもいたと思われます。
 長野県に善光寺という大きなお寺がありますが、江戸時代の頃には「生涯に一度は善光寺参り」と言われて、大勢の人々が集まって来たと言われます。日本で言えば、そんな感じだったと思います。

 更に境内には両替商もいました。私たちも海外に行く時には、旅行前に空港や銀行で手数料を払って行く国の通貨に両替をして準備しました。今はカードがありますから、あまり心配は無くなりました。イエス様の時代、恐らく最も使われていたのはローマの貨幣です。けれど、ローマの貨幣には王の顔が刻印されています。そんな貨幣をエルサレムの神殿は受け取りません。あるいはローマ以外の様々な国から人々がやって来ますから、その地域で使用されていた貨幣があったでしょう。とにかくどんな貨幣もユダヤのシェケル貨幣に両替しなければなりませんでした。
費用をかけて、長旅をして神殿についてみると、通常の何倍もの手数料を払ってシェケル貨幣に両替して、更に通常よりはずっと高い犠牲の動物を購入しなければ礼拝を献げることが出来ない。そしてそういった商売を赦していたのは、エルサレム神殿の偉い人といいますか、サドカイ派と言われた宗教指導者や、サンヘドリンと呼ばれる議員たちがいる。そのような仕組みが出来上がっていたと言われます。

 ビジネスが悪いわけでもない、商売を否定しているわけでもありません。でも、主イエスは縄で鞭を作って動物を追い出し、両替人の金をまき散らし、台を倒して言われたのです。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」この御言葉は、父なる神、主なる神に対する真の礼拝を求める、本当の礼拝を求める主イエスの渇望です。
この様子を見ていたユダヤの人々は驚きました。驚くだけでなく「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」と詰め寄りました。主は答えて「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」この答はそこで聞く人々にとって、よく分からない、意味をなさない答えであったでしょう。
 弟子たちは、イエスが言われた神殿とは、御自分の体のことだったのかと、後に死者の中から復活された主イエスと出会った時に、この場面を思い出して、その意味を知り、主の言葉を信じたと今日の最後の御言葉が記しています。

「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」その時、聞いていた人々には分からなくとも、この御言葉は主イエスの決意を示した御言葉だと思います。
先週も申し上げましたが、読まれている聖書箇所は、主イエスが公の生涯を歩みだして、まだそれほど日が経っているわけではりません。弟子たちを招き、カナでの婚礼に出席し、水をぶどう酒に変えた場面までで、凡そ一週間、この今日の場面までには更にそれから数週間経っていたと思われますけれど、しかし、この場面でこそ主イエスご自身が、決意されたこと、それは律法、神殿、生け贄、祭司という礼拝システムからの解放です。これまで当たり前のようにして守られてきた習慣、慣わしとしての礼拝からの改革です。
 
 この聖書の場面は、主イエスの宗教改革であるとか、信仰復興運動、リバイバルを求めた姿だとも言われます。
古い自分に死んで、主にある、新しい信仰に生きるようにと求める主イエスの愛というより、怒りの姿として聖書に記されているのだと思います。神の怒りに対する宥めのしるしとして主イエスは自らが十字架となり、私たちの罪を完全に赦し、価値ある一人一人としてくださいました。

 私たちが、安心だ、平安だと思うことの一つは、いつもの日常です。いつもの日常を繰り返している、それがどれほど安心か、そして、いつもの礼拝がどれほど平安であるかと思います。だから私たちは主イエスが示された、激しい神に対する渇望の姿に戸惑い、驚くのかもしれません。
でも、いつもの日常は、安心であるとしても、いつの間にか停滞し、そして気が付いたら後退していきますよ。だから、主イエスは、あなた方は信仰を得て、古い自分に死んで新しいあなたを生きるようにと求めておられます。主にある新しい価値観を、今日から、今から生きるようにと伝えておられます。私たちは過去のあの事、この事に縛られるのでなく、これまでの前例に倣って生きていくのでもなく、主なる神に守られて、新しい自分を、前を向いて、元気に生きていきましょう。

 お祈りします。

祝福のしるし

2022-06-05 14:14:34 | 礼拝説教
【詩編124編1~8節】
【ヨハネによる福音書2章1~12節】

 本日は、2022年のペンテコステ礼拝です。通常ペンテコステ礼拝では使徒言行録2章に記される、弟子達のところに神の聖霊が降る場面が読まれます。
 私たちの教会においても多くの年、そのようにして聖書箇所を選んで参りました。
今年はイレギュラーにというわけでもありませんが、ヨハネによる福音書2章に記される「カナでの婚礼」と呼ばれる箇所、主イエスが最初の奇跡を行われた聖書箇所をそのまま読むことにしました。また、ペンテコステ礼拝にこの箇所が与えられ礼拝で朗読される、それにも一つの意味があると私は思います。

「カナでの婚礼」の特徴は幾つか指摘されています。一つ目は何より婚礼、結婚式なのに、結婚式の中心とも言える花嫁が誰で、花婿が誰であるか記されていません。一体誰と誰の結婚式なのか分かりません。元々この婚礼の箇所の主人公は花嫁、花婿ではないようです。とは言え誰でも良いわけでもありません。状況から推測するしかありませんが、ヒントとなる場面は、イエスの母、マリアの言動です。
当時、ユダヤの結婚式、その祝いは一週間も続いたと言われます。ですから、ぶどう酒が無くなるのはいくら何でも初日ではありません。三日、四日過ぎた頃と思われますが、思いがけなくぶどう酒が無くなってしまった。婚礼を主催する側からすれば驚きであり、恥ずかしい事であり、大慌てであったと思います。

 それを知った主イエスの母、マリアが主イエスに相談に来て、「ぶどう酒がなくなりました」と伝えました。マリアの困ってしまった様子が伺えます。つまり、この式の花嫁、あるいは花婿はマリアの親戚だとか、近しい人の結婚式ではなかったか、古来言われている推測です。
 マリアは裏方であったかもしれません。すっかり困ってしまって、息子のイエスに相談した。この時、マリアは主イエスに奇跡を起こして欲しいとか、解決策を探して欲しいとか思っての相談ではなかったでしょう。でも「困った~」と伝えに来た様子は見て取れます。
 主イエスも「わたしの時はまだ来ていません。」と答えられていますが、マリアにはその言葉の意味も良く理解していなかったと思われます。でも、マリアはなんとかならないかと思いつつ、召し使いたちには「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と伝えました。これが5節までの内容です。

 1節から5節までは母のマリアが主人公です。6節から10節は主イエスが主人公となります。主は水をぶどう酒に変える奇跡を起こされました。そこにはユダヤ人が清めに用いるための石の水がめが六つ置いてありました。いずれも二ないし、三メトレテスとありますが、80リットルから120リットルの大きな水がめです。
 主イエスは召し使いを呼んで、水がめに水をいっぱいに入れなさいと伝えます。召し使いは言われた通りにして、それを世話役のところへ持っていきますと、果たして水がぶどう酒に代わり、世話役が味見をすると大変上等な味だったのでしょう。花婿を呼んで「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったところに劣ったものをだすものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました」と話しました。この言葉は、花婿に対して、あなたは粋な計らいをするといったニュアンスの褒め言葉であったようです。

 この場面において主イエスが何か行動を起こしたとか、「水よぶどう酒に変われ」と言ったとか、そういったこともありません。ただ水をカメにいれさせて、世話役のところへ持って行かせた。それだけです。でも、水はぶどう酒にかわり、婚礼の席に混乱が起こらないばかりか、更に婚礼の席は盛り上がっていったと思われます。この出来事が、主イエスがその栄光を現わされた最初のしるしであったと聖書は記します。
水がぶどう酒に変わったと知っていたのは、主イエスの他には、水がめを運んだ召し使い、マリアも知っていたかもしれません。あるいはぶどう酒が無くなったと花婿も知らされていたかもしれません。ですから、その窮地を救ったのは主イエスであって、花婿は喜んで主のもとに駆け寄って感謝したとか、主を信じるようになったとは書いてありません。

 信じたのは11節に、「イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現わされた。それで、弟子たちはイエスを信じた。」とあるように、この最初のしるしを知った弟子たちが、主イエスを信じるに値する方であると、心からそう思うようになった。それが「カナでの婚礼」の特徴の大きな二つ目だと思います。

 主イエスが、この世に誕生され、しかし福音書に記されている公生涯と言われる期間は長く考えても3年です。3年の歩みの最初に主は弟子を集められました。これまでの礼拝でヨハネの福音書1章を読んで来ましたが、そこでは主が弟子を集められた様子が記されています。最初の弟子はアンデレとヨハネ、それからペトロ、フィリポ、ナタナエル、カナの婚礼前には少なくとも五人の弟子たちが主と共にいました。

 彼らは、主イエスと共に歩み始めたばかりでありました。ヨハネによる福音書の1章を改めてみてみますと、気が付いている方もおられるかもしれませんが、「その翌日」と言う言葉が連続し記されています。29節に「その翌日」とあります。バブテスマのヨハネが歩いている主イエスを見つけて、「見よ、神の小羊」と言った場面です。35節にも「その翌日」とあります。アンデレとヨハネが弟子となった場面です。更に43節「その翌日」フィリポとナタナエルが主の弟子となって、更にその三日後に「カナでの婚礼」に主は弟子と共に参列する。日数にすれば、彼らが弟子となって一週間程しかたっていません。けれど、その間弟子たちは主イエスと話しをして、対話を繰り返しながら、更に主の教えに従っていこうと気持ちは強くなってきていたでしょう。

 そして、ついにカナの婚礼において、水がぶどう酒に変わる奇跡を見ることになりました。そのしるしを見た時に、弟子たちは主を信じるようになった。それは主イエスこそ我らの主であり、師匠であり、導き手である、そういう確信に至ったということであるかもしれません。

 けれど、この水がぶどう酒に変わるしるしは、「最初のしるし」でもありました。ヨハネによる福音書だけでもなく、マタイ、マルコ、ルカそれぞれの福音書において、主イエスは幾度も、奇跡の業と思わる働きを成されます。ヨハネによる福音書においても、死にかかっていた役人の息子を癒し、ベトザタの池で病人を癒し、時には二匹の魚と五つのパンから五千人の空腹を満たし、時には湖の上を歩かれて、盲人の目を開かれました。弟子たちは繰り返し主の奇跡の業をその目で見せられ、また、その度に弟子たちの主に信頼する思い、信じる思いは強くなっていったと思います。
 
 でも、その信じる思いは、強くなっていったとしても決定的に信じたまではいきません。決定的な信仰に至るには、聖霊降臨の出来事、主なる神は、そこまで弟子たちを訓練しつつも、しかし待たなければなりませんでした。
 
 「ナルニア物語り」の作家として良く知られているCSルイスという人がいます。CSルイスは熱心なキリスト教徒としても良く知られていますが、その宗教著作集の中で「愛」について記している箇所があります。愛について大きく二つに分けると「求める愛」と「与える愛」があると記しています。

 キリスト教はどちらの愛かと言えば、勿論、「与える愛」でしょう。心を尽くし、精神を尽くして神を愛し、隣人を愛しなさい、それが主イエスの教えです。神を信仰する者は「与える愛」を生きる、それが大切だと言われます。カトリック教会、プロテスタント教会という壁を越えて、多くの信仰の偉人と言われる先達を思い浮かべても「与える愛」を生きた方々であったことを思わされます。
 
 でも、CSルイスは「求める愛」の大切さも記します。幼子が母親に愛を求めるように、主イエスが「子どもたちを私たちのところへ来させなさい」と言われたのは、「求める愛」を受け止める為であったと考えられますが、人は「求める愛」を求めて、求めて、求め尽くすように求めて生きているのではないでしょうか。そしてその求めに応じてくれる人をこそ信じて生きていくのです。
 
 でも、実際は人に対して求める愛は成就することはありません。人は完全ではないからです。だから、求める愛は人ではなく、神様に対してこそ求めなければなりません。主なる神は、人の求めに十分に答えてくださり、与えてくださり、そのつどに弟子たちと同じように、私たちにも「しるし」を見せてくださるでしょう。
 
 そのようにして、神様の圧倒的な、無尽蔵、無条件の「与える愛」を受けながら弟子たちも、私たちも成長するのだと思います。そして神の「与える愛」の最後のしるしこそが、聖霊が降る、ペンテコステの出来事があるのです。
 五旬際の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然激しい風がふいてくるような音が聞こえ、音が響き渡り、天から現れた聖霊が弟子たちの上にとどまった。すると一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、他の国々の言葉で話し出した。
 
 弟子たちの福音伝道が開始されたのです。主イエスの働きを通して、何度も何度も信じて来た弟子たち、でも、その最後は神の霊を自分の身に受ける必要がありました。それは「受ける愛」を受け尽くした者が、「与える愛」を生きる者へと変えられた瞬間であったと思います。
 
 聖霊の働きは、私たちの信仰を「受ける愛」から「与える愛」を生きる者へと導かれます。与える喜びを生きる者へと変えてくださいます。
そこに神のまことの平和があり、平安があるのです。神様の働きに感謝して、この一週間を過ごして参りましょう。

 お祈りします。