【詩編137編1~9節】
【マタイによる福音書2章1~12節】
先週19日にクリスマス礼拝を終え、金曜日の「聖夜礼拝」を過ごし、昨日は子どもの教会のクリスマスを祝いました。クリスマスの少々忙しい一週間でしたが、本日の礼拝が2021年最後の主日礼拝となりました。次週の礼拝は新年の礼拝となります。
慌ただしい一年でありました。コロナ禍について言えば、その慌ただしさは依然として収まりを見せず、来年に向かっても、不安を抱えての生活になると思われます。けれどそれでも、この一年、主なる神の導きの中で過せたと思います。
先週、小さなクリスマスの物語を読みました。「もう一人の博士」という物語です。先ほどマタイによる福音書から、東の国の占星術の学者が、神の光に導かれて、ユダヤの国を目指して旅をした箇所を読んでいただきました。
博士達はエルサレムへ到着し、ヘロデ王と会い、ベツレヘムへ向かい、御子イエスを見つけ、喜びにあふれ、それぞれ自分達の最も大切な、宝の箱、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げました。
クリスマスのこの時期、必ず読まれる東の国の博士の物語です。聖書には学者とありますけれど、元々の言葉はギリシャ語でマギという言葉、後にマジックという言葉の基となる言葉です。口語訳聖書では博士となっていまして、私は博士という言葉に馴染みがありますので、博士と言ってしまいますが、彼らは3人だったと言われます。贈り物が三つですから、一人一つずつ持ってきたのであろう、だから三人だと言われています。
後の時代となり、7世紀頃に、三人には名前が付けられて一人はメルキオール、一人はバルタザール、一人はガスパールと呼ばれました。あるいは一人は白人、一人は黒人、一人はアジア人とか、一人は老人、一人は壮年、一人は若者とか様々な伝説が生まれています。
けれど、そう言われる意味は、御子イエスのもとに向かった博士たちは、世界中のあらゆる場所、あらゆる人々を代表する一人一人として、御子イエスの誕生を喜ぶためにやって来たのだという意味でありましょう。
御子イエスは12月25日に誕生し、星に導かれて凡そ12日間の旅をして到着し、礼拝を献げたと言われます。礼拝を献げた日は1月6日になり、その日が公に現わす日と書いて、公現日と呼ばれています。事実というよりは教会の伝統と信仰によってそのように後の時代に設定されました。
そのような博士達、恐らく三人だと思われるけれど、「もう一人の博士」は、実は四人いたという設定で記されています。もう一人の四人目の博士はアルタバンといいました。
アルタバンは博士というより医者でした。アルタバンも御子イエスのために、贈り物をと考え、思い切って自分の財産を売り払い、最も高価な真珠を購入しました。
購入した真珠を持って、三人の博士達と落ち合う場所に向かいました。けれど、向かう途中に、病気で困っていた人々を見つけると、医者ですから、そのまま素通りするわけにはいかず、自分は医者だから、体を見てあげましょうと、病人に出来るだけの世話をするのです。すっかり遅れて落ち合う場所に着いた時には、三人の博士は既に出発してしまった後でありました。
でも、アルタバンは諦めないで三人の博士の後を追いました。無事にユダヤの国に到着し、エルサレムに到着するのです。けれど、到着した時には、ヘロデ王がユダヤの王として生まれた御子を殺してしまいたいと考え、ベツレヘムとその周辺一帯の二歳以下の男の子を、一人残らず殺すようにと命じていた時でした。アルタバンはその様子に、驚き、悲しみにあふれます。
けれど、イエス様の家族はその前にエジプトに逃げたという事を知り、アルタバンは更に諦めないで、自分もエジプトに向かうのです。けれど、ついにエジプトでも御子イエスの家族と出会うことが出来ずに、それからのアルタバンは、神の御子イエスを探し続ける人生を送ることになります。
救い主キリストを探し続けながら、医者であったアルタバンは病人をいやし、貧しい人々には知識を授け、農家には良い作物が育つようにと色々と方法を示し、人々を助けながら生活していました。そして時代は流れて、気が付けばキリストを探し続けて30年の年月が流れました。
すっかり年老いてしまったアルタバン。救い主に会える希望も尽きかけていた時に、アルタバンはエルサレムの町が騒然としているのに気が付きます。
それは、「ナザレのイエス」という男が、自分は「神の子である」と言っている、その罪によって、ゴルゴタの丘で処刑されるというのです。アルタバンは、この方こそ、自分が探し続けてきた方ではないかと気が付きます。
30年前に自分の財産と引き換えに手に入れた最高の宝物、あの真珠を手にして、外に飛び出します。この真珠があるいは役に立ち、処刑は免れるかもしれないと考えたのです。けれど、そこに向かう途中、貧しくて、今まさに自分が身売りされようとされる娘と出会い、哀れに思ったアルタバンは真珠と引き換えに、娘を助けました。
丁度その頃、十字架の主イエスは、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」と言って息を引き取りました。その後、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けて、大きな地震が起こり、岩が裂け、大変な事態となってしまいます。
アルタバンは地震に巻き込まれ、倒れて来た建物の下敷きとなってしまいました。ついに、ここで自分も死んでしまうか、と死を覚悟した時、その時に、主イエス・キリストがアルタバンのもとに現れました。アルタバンは主に語り掛けました。
「主よ、もう遅すぎました。私は30年の間、あなたを探し続けましたが、とうとうお目にかかることは出来ませんでした。そして今、私があなたに準備していた真珠さえも手放してしまいました。」
でも、キリストは優しく答えました。「アルタバンよ、私は何度も何度も、お前の側にいてお前に会っていたよ。お前は長い間、病の人を救い、貧しい人々を助け、困っている民を救い、のどが渇いた時に飲ませ、旅をした時に宿を貸し、裸の時に着せくれた。その時、私はあなたと会っていたのだよ。」と話してくださいました。
そして続けて話されました。「アルタバンよ、はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいるであろう」
四人目の博士の物語は、私たちの人生そのものだと思います。私たちは神の子、キリストに出会うためにこの世に生まれ、生涯をかけて御子イエスを求めて生きているようなものです。その人生は、決して楽しい事、嬉しい事ばかりではありません。
むしろ、辛いこと、悲しい事のほうがずっと多いと思ってしまう、それが本音ではないでしょうか。
今日は、旧約聖書から詩編137編を読みました。この詩編はとても悲しい詩編です。「バビロンの流れのほとりに座り シオンを思って、わたしたちは泣いた」と言う御言葉から始まります。イスラエルの国が、バビロンという国との戦いによって、破れ、国が滅び、主だった人々は、バビロンのケバル川という川のほとりに連行され、捕囚の民となりました。その土地は荒地であり、また、隣国との国境だったと言われます。隣国の兵士が攻めてきたら、自分達がバビロンの盾とされてしまう、そのような苦難、辛苦を長い間生きなければなりませんでした。
詩編の作者は、「自分の宝であった竪琴をほとりの柳の木々に掛けた。」とあります。彼は礼拝において竪琴を奏でる楽師であったかもしれません。でも大切な宝としてこれだけはと携えてきた宝の竪琴を弾くのを止めてしまいました。バビロンの人々が嘲って、聞くものですから歌を歌う事さえできない状態に追い詰められたのです。
悲しい詩編です。でも、この詩編は悲しいだけでは終わりません。その力強さは、5節から始まります。
「エルサレムよ もしも、わたしがあなたを忘れるなら わたしの右手はなえるがよい。わたしの舌は上顎にはり付くがよい もしも、あなたを思わぬときがあるなら、もしも、エルサレムをわたしの最大の喜びとしないなら。」とあります。
それは、どんな時も私は主よ、あなたを忘れることはありません。主よ、どんな状況にあっても、わたしはあなたを最大の喜びとしていますという、まさに「心の叫び」、「叫びの歌」「信仰の歌」を文字として記すのです。
この一年を振り返って、私たちの教会の働きはコロナ禍により、この一年も大きく制限を受けました。時には会堂で礼拝を献げることもままならず、一月から三月にかけては会堂に集まることも出来ず、ビデオでの礼拝となりました。一時期、落ち着くかと思われましたが、その後もコロナ感染状況は厳しく、春、夏、秋と短縮の礼拝、また、それ以外の集まりも大きく制限される一年でありました。
ある牧師は「信仰は、時に人を苦しめる。なぜなら現実に逆らうからだ」と説明しています。信仰を持って生きるとしても、時には自分の力では如何ともしがたい現実が与えられることがあるのです。救いを求めるより、神に祈るより、現実に降参したくなっていくのです。もう楽にして欲しいと願うことさえあるかもしれません。
けれど、詩編の作者が記した御言葉は、それを決して求めない御言葉です。
聖夜礼拝の際に御子イエスの飼い葉桶は「どん底」のしるしだと話しました。詩編の作者はまさに「どん底」だったと思います。でも、それでも尚、私は主を信じ、希望に生きようと告げている力強い詩編です。
四人目の博士の物語においても、最も大切なところは、アルタバンは30年に亘って御イエスを求めて続けて生きた人生であったという点ではないでしょうか。博士が生きている時、御子イエスとの出会いは無かったのです。
クリスマスは御子イエスが誕生された。「あ~良かった」で終わらせてはなりません。宝物を献げかえって行った、あとは良く分からないで終わらせてはなりません。
アルタバンのように、詩編の作者のように、与えられている人生において、神を求め、神に願い、希望を持ち続けた、そこが読む者の心を動かし、感動を生み出すのではないですか。
私たちの信仰もまた、そのようなものでありたいと願います。与えられている現実に立ち向かい、立ち向かうだけでなく、尚、主を慕い、神を愛し、この世に命ある限り、主なる神から離れず、どんな曇りや雨の日であろうと、その厚い雲の上にはいつでも太陽が照っているように、神の光に照らされる思いをもって、この一週間、新しい年に向かって、確かに歩んで参りましょう。
お祈りします。
【マタイによる福音書2章1~12節】
先週19日にクリスマス礼拝を終え、金曜日の「聖夜礼拝」を過ごし、昨日は子どもの教会のクリスマスを祝いました。クリスマスの少々忙しい一週間でしたが、本日の礼拝が2021年最後の主日礼拝となりました。次週の礼拝は新年の礼拝となります。
慌ただしい一年でありました。コロナ禍について言えば、その慌ただしさは依然として収まりを見せず、来年に向かっても、不安を抱えての生活になると思われます。けれどそれでも、この一年、主なる神の導きの中で過せたと思います。
先週、小さなクリスマスの物語を読みました。「もう一人の博士」という物語です。先ほどマタイによる福音書から、東の国の占星術の学者が、神の光に導かれて、ユダヤの国を目指して旅をした箇所を読んでいただきました。
博士達はエルサレムへ到着し、ヘロデ王と会い、ベツレヘムへ向かい、御子イエスを見つけ、喜びにあふれ、それぞれ自分達の最も大切な、宝の箱、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げました。
クリスマスのこの時期、必ず読まれる東の国の博士の物語です。聖書には学者とありますけれど、元々の言葉はギリシャ語でマギという言葉、後にマジックという言葉の基となる言葉です。口語訳聖書では博士となっていまして、私は博士という言葉に馴染みがありますので、博士と言ってしまいますが、彼らは3人だったと言われます。贈り物が三つですから、一人一つずつ持ってきたのであろう、だから三人だと言われています。
後の時代となり、7世紀頃に、三人には名前が付けられて一人はメルキオール、一人はバルタザール、一人はガスパールと呼ばれました。あるいは一人は白人、一人は黒人、一人はアジア人とか、一人は老人、一人は壮年、一人は若者とか様々な伝説が生まれています。
けれど、そう言われる意味は、御子イエスのもとに向かった博士たちは、世界中のあらゆる場所、あらゆる人々を代表する一人一人として、御子イエスの誕生を喜ぶためにやって来たのだという意味でありましょう。
御子イエスは12月25日に誕生し、星に導かれて凡そ12日間の旅をして到着し、礼拝を献げたと言われます。礼拝を献げた日は1月6日になり、その日が公に現わす日と書いて、公現日と呼ばれています。事実というよりは教会の伝統と信仰によってそのように後の時代に設定されました。
そのような博士達、恐らく三人だと思われるけれど、「もう一人の博士」は、実は四人いたという設定で記されています。もう一人の四人目の博士はアルタバンといいました。
アルタバンは博士というより医者でした。アルタバンも御子イエスのために、贈り物をと考え、思い切って自分の財産を売り払い、最も高価な真珠を購入しました。
購入した真珠を持って、三人の博士達と落ち合う場所に向かいました。けれど、向かう途中に、病気で困っていた人々を見つけると、医者ですから、そのまま素通りするわけにはいかず、自分は医者だから、体を見てあげましょうと、病人に出来るだけの世話をするのです。すっかり遅れて落ち合う場所に着いた時には、三人の博士は既に出発してしまった後でありました。
でも、アルタバンは諦めないで三人の博士の後を追いました。無事にユダヤの国に到着し、エルサレムに到着するのです。けれど、到着した時には、ヘロデ王がユダヤの王として生まれた御子を殺してしまいたいと考え、ベツレヘムとその周辺一帯の二歳以下の男の子を、一人残らず殺すようにと命じていた時でした。アルタバンはその様子に、驚き、悲しみにあふれます。
けれど、イエス様の家族はその前にエジプトに逃げたという事を知り、アルタバンは更に諦めないで、自分もエジプトに向かうのです。けれど、ついにエジプトでも御子イエスの家族と出会うことが出来ずに、それからのアルタバンは、神の御子イエスを探し続ける人生を送ることになります。
救い主キリストを探し続けながら、医者であったアルタバンは病人をいやし、貧しい人々には知識を授け、農家には良い作物が育つようにと色々と方法を示し、人々を助けながら生活していました。そして時代は流れて、気が付けばキリストを探し続けて30年の年月が流れました。
すっかり年老いてしまったアルタバン。救い主に会える希望も尽きかけていた時に、アルタバンはエルサレムの町が騒然としているのに気が付きます。
それは、「ナザレのイエス」という男が、自分は「神の子である」と言っている、その罪によって、ゴルゴタの丘で処刑されるというのです。アルタバンは、この方こそ、自分が探し続けてきた方ではないかと気が付きます。
30年前に自分の財産と引き換えに手に入れた最高の宝物、あの真珠を手にして、外に飛び出します。この真珠があるいは役に立ち、処刑は免れるかもしれないと考えたのです。けれど、そこに向かう途中、貧しくて、今まさに自分が身売りされようとされる娘と出会い、哀れに思ったアルタバンは真珠と引き換えに、娘を助けました。
丁度その頃、十字架の主イエスは、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」と言って息を引き取りました。その後、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けて、大きな地震が起こり、岩が裂け、大変な事態となってしまいます。
アルタバンは地震に巻き込まれ、倒れて来た建物の下敷きとなってしまいました。ついに、ここで自分も死んでしまうか、と死を覚悟した時、その時に、主イエス・キリストがアルタバンのもとに現れました。アルタバンは主に語り掛けました。
「主よ、もう遅すぎました。私は30年の間、あなたを探し続けましたが、とうとうお目にかかることは出来ませんでした。そして今、私があなたに準備していた真珠さえも手放してしまいました。」
でも、キリストは優しく答えました。「アルタバンよ、私は何度も何度も、お前の側にいてお前に会っていたよ。お前は長い間、病の人を救い、貧しい人々を助け、困っている民を救い、のどが渇いた時に飲ませ、旅をした時に宿を貸し、裸の時に着せくれた。その時、私はあなたと会っていたのだよ。」と話してくださいました。
そして続けて話されました。「アルタバンよ、はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいるであろう」
四人目の博士の物語は、私たちの人生そのものだと思います。私たちは神の子、キリストに出会うためにこの世に生まれ、生涯をかけて御子イエスを求めて生きているようなものです。その人生は、決して楽しい事、嬉しい事ばかりではありません。
むしろ、辛いこと、悲しい事のほうがずっと多いと思ってしまう、それが本音ではないでしょうか。
今日は、旧約聖書から詩編137編を読みました。この詩編はとても悲しい詩編です。「バビロンの流れのほとりに座り シオンを思って、わたしたちは泣いた」と言う御言葉から始まります。イスラエルの国が、バビロンという国との戦いによって、破れ、国が滅び、主だった人々は、バビロンのケバル川という川のほとりに連行され、捕囚の民となりました。その土地は荒地であり、また、隣国との国境だったと言われます。隣国の兵士が攻めてきたら、自分達がバビロンの盾とされてしまう、そのような苦難、辛苦を長い間生きなければなりませんでした。
詩編の作者は、「自分の宝であった竪琴をほとりの柳の木々に掛けた。」とあります。彼は礼拝において竪琴を奏でる楽師であったかもしれません。でも大切な宝としてこれだけはと携えてきた宝の竪琴を弾くのを止めてしまいました。バビロンの人々が嘲って、聞くものですから歌を歌う事さえできない状態に追い詰められたのです。
悲しい詩編です。でも、この詩編は悲しいだけでは終わりません。その力強さは、5節から始まります。
「エルサレムよ もしも、わたしがあなたを忘れるなら わたしの右手はなえるがよい。わたしの舌は上顎にはり付くがよい もしも、あなたを思わぬときがあるなら、もしも、エルサレムをわたしの最大の喜びとしないなら。」とあります。
それは、どんな時も私は主よ、あなたを忘れることはありません。主よ、どんな状況にあっても、わたしはあなたを最大の喜びとしていますという、まさに「心の叫び」、「叫びの歌」「信仰の歌」を文字として記すのです。
この一年を振り返って、私たちの教会の働きはコロナ禍により、この一年も大きく制限を受けました。時には会堂で礼拝を献げることもままならず、一月から三月にかけては会堂に集まることも出来ず、ビデオでの礼拝となりました。一時期、落ち着くかと思われましたが、その後もコロナ感染状況は厳しく、春、夏、秋と短縮の礼拝、また、それ以外の集まりも大きく制限される一年でありました。
ある牧師は「信仰は、時に人を苦しめる。なぜなら現実に逆らうからだ」と説明しています。信仰を持って生きるとしても、時には自分の力では如何ともしがたい現実が与えられることがあるのです。救いを求めるより、神に祈るより、現実に降参したくなっていくのです。もう楽にして欲しいと願うことさえあるかもしれません。
けれど、詩編の作者が記した御言葉は、それを決して求めない御言葉です。
聖夜礼拝の際に御子イエスの飼い葉桶は「どん底」のしるしだと話しました。詩編の作者はまさに「どん底」だったと思います。でも、それでも尚、私は主を信じ、希望に生きようと告げている力強い詩編です。
四人目の博士の物語においても、最も大切なところは、アルタバンは30年に亘って御イエスを求めて続けて生きた人生であったという点ではないでしょうか。博士が生きている時、御子イエスとの出会いは無かったのです。
クリスマスは御子イエスが誕生された。「あ~良かった」で終わらせてはなりません。宝物を献げかえって行った、あとは良く分からないで終わらせてはなりません。
アルタバンのように、詩編の作者のように、与えられている人生において、神を求め、神に願い、希望を持ち続けた、そこが読む者の心を動かし、感動を生み出すのではないですか。
私たちの信仰もまた、そのようなものでありたいと願います。与えられている現実に立ち向かい、立ち向かうだけでなく、尚、主を慕い、神を愛し、この世に命ある限り、主なる神から離れず、どんな曇りや雨の日であろうと、その厚い雲の上にはいつでも太陽が照っているように、神の光に照らされる思いをもって、この一週間、新しい年に向かって、確かに歩んで参りましょう。
お祈りします。