日本キリスト教団 大塚平安教会 

教会情報や牧師のコラムをごちゃごちゃと

バビロンの流れのほとりにて

2021-12-26 14:54:04 | クリスマス
【詩編137編1~9節】
【マタイによる福音書2章1~12節】

 先週19日にクリスマス礼拝を終え、金曜日の「聖夜礼拝」を過ごし、昨日は子どもの教会のクリスマスを祝いました。クリスマスの少々忙しい一週間でしたが、本日の礼拝が2021年最後の主日礼拝となりました。次週の礼拝は新年の礼拝となります。
 慌ただしい一年でありました。コロナ禍について言えば、その慌ただしさは依然として収まりを見せず、来年に向かっても、不安を抱えての生活になると思われます。けれどそれでも、この一年、主なる神の導きの中で過せたと思います。

 先週、小さなクリスマスの物語を読みました。「もう一人の博士」という物語です。先ほどマタイによる福音書から、東の国の占星術の学者が、神の光に導かれて、ユダヤの国を目指して旅をした箇所を読んでいただきました。
博士達はエルサレムへ到着し、ヘロデ王と会い、ベツレヘムへ向かい、御子イエスを見つけ、喜びにあふれ、それぞれ自分達の最も大切な、宝の箱、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げました。
クリスマスのこの時期、必ず読まれる東の国の博士の物語です。聖書には学者とありますけれど、元々の言葉はギリシャ語でマギという言葉、後にマジックという言葉の基となる言葉です。口語訳聖書では博士となっていまして、私は博士という言葉に馴染みがありますので、博士と言ってしまいますが、彼らは3人だったと言われます。贈り物が三つですから、一人一つずつ持ってきたのであろう、だから三人だと言われています。

 後の時代となり、7世紀頃に、三人には名前が付けられて一人はメルキオール、一人はバルタザール、一人はガスパールと呼ばれました。あるいは一人は白人、一人は黒人、一人はアジア人とか、一人は老人、一人は壮年、一人は若者とか様々な伝説が生まれています。
けれど、そう言われる意味は、御子イエスのもとに向かった博士たちは、世界中のあらゆる場所、あらゆる人々を代表する一人一人として、御子イエスの誕生を喜ぶためにやって来たのだという意味でありましょう。

 御子イエスは12月25日に誕生し、星に導かれて凡そ12日間の旅をして到着し、礼拝を献げたと言われます。礼拝を献げた日は1月6日になり、その日が公に現わす日と書いて、公現日と呼ばれています。事実というよりは教会の伝統と信仰によってそのように後の時代に設定されました。
 そのような博士達、恐らく三人だと思われるけれど、「もう一人の博士」は、実は四人いたという設定で記されています。もう一人の四人目の博士はアルタバンといいました。

 アルタバンは博士というより医者でした。アルタバンも御子イエスのために、贈り物をと考え、思い切って自分の財産を売り払い、最も高価な真珠を購入しました。
購入した真珠を持って、三人の博士達と落ち合う場所に向かいました。けれど、向かう途中に、病気で困っていた人々を見つけると、医者ですから、そのまま素通りするわけにはいかず、自分は医者だから、体を見てあげましょうと、病人に出来るだけの世話をするのです。すっかり遅れて落ち合う場所に着いた時には、三人の博士は既に出発してしまった後でありました。

 でも、アルタバンは諦めないで三人の博士の後を追いました。無事にユダヤの国に到着し、エルサレムに到着するのです。けれど、到着した時には、ヘロデ王がユダヤの王として生まれた御子を殺してしまいたいと考え、ベツレヘムとその周辺一帯の二歳以下の男の子を、一人残らず殺すようにと命じていた時でした。アルタバンはその様子に、驚き、悲しみにあふれます。
けれど、イエス様の家族はその前にエジプトに逃げたという事を知り、アルタバンは更に諦めないで、自分もエジプトに向かうのです。けれど、ついにエジプトでも御子イエスの家族と出会うことが出来ずに、それからのアルタバンは、神の御子イエスを探し続ける人生を送ることになります。

 救い主キリストを探し続けながら、医者であったアルタバンは病人をいやし、貧しい人々には知識を授け、農家には良い作物が育つようにと色々と方法を示し、人々を助けながら生活していました。そして時代は流れて、気が付けばキリストを探し続けて30年の年月が流れました。
すっかり年老いてしまったアルタバン。救い主に会える希望も尽きかけていた時に、アルタバンはエルサレムの町が騒然としているのに気が付きます。
それは、「ナザレのイエス」という男が、自分は「神の子である」と言っている、その罪によって、ゴルゴタの丘で処刑されるというのです。アルタバンは、この方こそ、自分が探し続けてきた方ではないかと気が付きます。
 
 30年前に自分の財産と引き換えに手に入れた最高の宝物、あの真珠を手にして、外に飛び出します。この真珠があるいは役に立ち、処刑は免れるかもしれないと考えたのです。けれど、そこに向かう途中、貧しくて、今まさに自分が身売りされようとされる娘と出会い、哀れに思ったアルタバンは真珠と引き換えに、娘を助けました。

 丁度その頃、十字架の主イエスは、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」と言って息を引き取りました。その後、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けて、大きな地震が起こり、岩が裂け、大変な事態となってしまいます。

 アルタバンは地震に巻き込まれ、倒れて来た建物の下敷きとなってしまいました。ついに、ここで自分も死んでしまうか、と死を覚悟した時、その時に、主イエス・キリストがアルタバンのもとに現れました。アルタバンは主に語り掛けました。
 「主よ、もう遅すぎました。私は30年の間、あなたを探し続けましたが、とうとうお目にかかることは出来ませんでした。そして今、私があなたに準備していた真珠さえも手放してしまいました。」
でも、キリストは優しく答えました。「アルタバンよ、私は何度も何度も、お前の側にいてお前に会っていたよ。お前は長い間、病の人を救い、貧しい人々を助け、困っている民を救い、のどが渇いた時に飲ませ、旅をした時に宿を貸し、裸の時に着せくれた。その時、私はあなたと会っていたのだよ。」と話してくださいました。
そして続けて話されました。「アルタバンよ、はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいるであろう」

 四人目の博士の物語は、私たちの人生そのものだと思います。私たちは神の子、キリストに出会うためにこの世に生まれ、生涯をかけて御子イエスを求めて生きているようなものです。その人生は、決して楽しい事、嬉しい事ばかりではありません。
 むしろ、辛いこと、悲しい事のほうがずっと多いと思ってしまう、それが本音ではないでしょうか。
 
 今日は、旧約聖書から詩編137編を読みました。この詩編はとても悲しい詩編です。「バビロンの流れのほとりに座り シオンを思って、わたしたちは泣いた」と言う御言葉から始まります。イスラエルの国が、バビロンという国との戦いによって、破れ、国が滅び、主だった人々は、バビロンのケバル川という川のほとりに連行され、捕囚の民となりました。その土地は荒地であり、また、隣国との国境だったと言われます。隣国の兵士が攻めてきたら、自分達がバビロンの盾とされてしまう、そのような苦難、辛苦を長い間生きなければなりませんでした。

 詩編の作者は、「自分の宝であった竪琴をほとりの柳の木々に掛けた。」とあります。彼は礼拝において竪琴を奏でる楽師であったかもしれません。でも大切な宝としてこれだけはと携えてきた宝の竪琴を弾くのを止めてしまいました。バビロンの人々が嘲って、聞くものですから歌を歌う事さえできない状態に追い詰められたのです。
悲しい詩編です。でも、この詩編は悲しいだけでは終わりません。その力強さは、5節から始まります。
「エルサレムよ もしも、わたしがあなたを忘れるなら わたしの右手はなえるがよい。わたしの舌は上顎にはり付くがよい もしも、あなたを思わぬときがあるなら、もしも、エルサレムをわたしの最大の喜びとしないなら。」とあります。

 それは、どんな時も私は主よ、あなたを忘れることはありません。主よ、どんな状況にあっても、わたしはあなたを最大の喜びとしていますという、まさに「心の叫び」、「叫びの歌」「信仰の歌」を文字として記すのです。

 この一年を振り返って、私たちの教会の働きはコロナ禍により、この一年も大きく制限を受けました。時には会堂で礼拝を献げることもままならず、一月から三月にかけては会堂に集まることも出来ず、ビデオでの礼拝となりました。一時期、落ち着くかと思われましたが、その後もコロナ感染状況は厳しく、春、夏、秋と短縮の礼拝、また、それ以外の集まりも大きく制限される一年でありました。

 ある牧師は「信仰は、時に人を苦しめる。なぜなら現実に逆らうからだ」と説明しています。信仰を持って生きるとしても、時には自分の力では如何ともしがたい現実が与えられることがあるのです。救いを求めるより、神に祈るより、現実に降参したくなっていくのです。もう楽にして欲しいと願うことさえあるかもしれません。
 
 けれど、詩編の作者が記した御言葉は、それを決して求めない御言葉です。
聖夜礼拝の際に御子イエスの飼い葉桶は「どん底」のしるしだと話しました。詩編の作者はまさに「どん底」だったと思います。でも、それでも尚、私は主を信じ、希望に生きようと告げている力強い詩編です。
 四人目の博士の物語においても、最も大切なところは、アルタバンは30年に亘って御イエスを求めて続けて生きた人生であったという点ではないでしょうか。博士が生きている時、御子イエスとの出会いは無かったのです。
クリスマスは御子イエスが誕生された。「あ~良かった」で終わらせてはなりません。宝物を献げかえって行った、あとは良く分からないで終わらせてはなりません。
アルタバンのように、詩編の作者のように、与えられている人生において、神を求め、神に願い、希望を持ち続けた、そこが読む者の心を動かし、感動を生み出すのではないですか。
 
 私たちの信仰もまた、そのようなものでありたいと願います。与えられている現実に立ち向かい、立ち向かうだけでなく、尚、主を慕い、神を愛し、この世に命ある限り、主なる神から離れず、どんな曇りや雨の日であろうと、その厚い雲の上にはいつでも太陽が照っているように、神の光に照らされる思いをもって、この一週間、新しい年に向かって、確かに歩んで参りましょう。

 お祈りします。
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神の栄光に満たされて

2021-12-19 15:47:22 | 礼拝説教
【詩編 136編1~7節】
【ルカによる福音書2章8~21節】


 2021年のクリスマス礼拝となりました。皆さん、クリスマスおめでとうございます。

 このクリスマス礼拝において、ルカによる福音書2章8節からの箇所を読んでいただきました。「羊飼いと天使」というタイトルが付けられた箇所であります。
 
 御子イエスがマリアとヨセフのもと、家畜小屋で誕生して、飼い葉桶に寝かされました。その夜のことです。静かな星空の綺麗な夜であったと思います。
 羊飼いたちが野宿をしていました。羊飼いたちとありますから、羊飼いは一人ではありません。何人もいたでしょう。何人もいたので、順番といいますか当番制のようにして、何人かは寝ていて、何人かは起きて夜を過ごしていたであろうと思います。
 そのような静かな夜に、主の天使が近づいて来ました。この天使は一人です。マリアに現れた天使ガブリエルであるかもしれません。聖書はその次に「主の栄光が周りを照らしたので」と記しました。子どもたちにこの場面を話す時は、夜であったのに、だんだんと明るくなってきたのだと話します。だから、羊飼いたちも驚き恐れ始めたわけです。

 けれど、「主の栄光が周りを照らす」この年、私はこの御言葉の意味を改めて考えさせられました。旧約聖書を読みますと、「主の栄光」という言葉は、特別な意味を持つ言葉です。イスラエルの民に対して、主の栄光が現わされる場面、また場所が与えられていました。
 場所はどこかというと、十の教え、十戒が納められている「契約の箱」の上、ケルビムと呼ばれた場所に、神がおられました。「契約の箱」は、ソロモンによって、神殿が作られる前には、主なる神がこう作りなさいとイスラエルの民に教えた幕屋と呼ばれる大きなテントに置かれました。

 その幕屋の奥、聖なる場所である聖所の更に奥に至聖所と呼ばれる部屋があって、そこに「契約の箱」が置かれました。毎週のように話していますが、今、水曜日の祈祷会で、出エジプト記を読んでいます。大分後半となって来ていますが、出エジプト記の最後は、神の教えに従い、神がおられる幕屋建設が終了した時、「神の栄光が幕屋全体に満ちた」とあります。

 神の栄光、雲が幕屋を覆うだけでなく、光り輝き、イスラエルの誰も、モーセもその中に入ることが出来ませんでした。あまりにも強い主の栄光が人々を包み込んだからでありましょう。
 そこから大分後の時代となり、ダビデの時代、ダビデ王の願いは何としても幕屋ではなく、神の宮、神殿の建設でありました。主なる神のために神殿を建設したい、その思いは、息子ソロモンに受け継がれ、ダビデ、ソロモン親子二代にわたる、神の神殿が完成することになります。(歴代誌下7章)
 
 勿論、神殿には契約の箱が置かれる至聖所が作られ、建設の最後の業として「契約の箱」が至聖所に安置され完成となりました。ソロモンは神に感謝し、神殿完成を喜び、祈りました。その祈りが終わった時、「天から火が降って、焼き尽くす献げ物といけにえを、ひとなめにし、主の栄光が神殿に満ちた」とあります。そのあまりにも光輝く神殿を前にして、祭司の誰も神殿に入ることが出来なかった様子も記されています。
 
 勿論、主の栄光は、神殿の至聖所のケルビムの上にだけあるものでもないでしょう。主なる神がおられ、神なる神がその場所に栄光を表したいと思う場所において、主の栄光が見られたわけでありました。イスラエルの民は、度々、いや幾度も主の栄光を見る、そのような喜びに満ちる経験をしたはずです。

 けれど、その栄光が取り去られる出来事が起こります。紀元前600年から500年の時代、預言者エゼキエルの時代でありました。イスラエルが大国バビロンと戦った時代です。その戦いは悲惨を究め、多くの人々が命を失います。

 けれど、当初、バビロンは首都エルサレムまでは手を伸ばせずにいました。エルサレムは難攻不落の町であると言われ、イスラエルの人々も、エルサレムだけは大丈夫と安心し、堕落していたとあります。その様子にエゼキエルは人々に対して、主に立ち返るように、主に信頼を置く信仰を取り戻すように訴えかけますが、誰も聞く耳を持ちません。

 そのような時、神殿の至聖所のケルビムの上に光輝いていた「主の栄光」がついに、ケルビムの翼と共に神殿から離れていく様子が幻のような場面の中で記されています。「主の栄光」が神殿を去り、そして、その後、イスラエルはバビロンに敗北し、神殿は破壊され、国を失うことになるのです。
 
 以来、イスラエルに「主の栄光」の光は、現れませんでした。凡そ500年の間、現れませんでした。けれど、ついに500年以上の年月を経て、神の御子イエス・キリストが誕生された、その日、その日の夜に、誕生の喜びを誰よりも早く告げられた羊飼いのもとに、主の栄光がその輝きが再び、輝きだした。それが「主の栄光が周りを照らしたので」という意味となります。
 主の栄光に包まれた羊飼いは、非常に恐れました。勿論、そうでしょう。モーセが恐れ、ソロモンが恐れた栄光です。主なる神が臨在しておられる印です。

 恐れおののく羊飼いたちを前にして、天の使いは話しかけました。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」その後、更に天の大軍が草去り、神を賛美しました。

「いと高きところには栄光、神にあり、地には平和、御心に適う人にあれ」

 天の使いは「今日、ダビデの町で」と告げました。ダビデの町とは勿論、ベツレヘムです。ダビデが生れ、ダビデが育ち、ダビデが羊飼いであった町です。その町に今日、救い主、神の御子が誕生された。それが天使のメッセージです。
 
 皆さん、ここで、大切な御言葉は何かというと、「今日」という言葉です。ルカによる福音書は実に丁寧に、御子イエス・キリストの誕生を記し、私たちにクリスマスの喜びを知らせますが、ルカによる福音書の特徴の一つ、それは「今日」という言葉なのです。
 
 成長し、宣教を始められた主イエスが、宣教の初めにナザレの会堂に入り、聖書を読まれました。イザヤ書の箇所です。「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。」主イエスは巻物を係の者に返し、会堂の人々に対して言われました。「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と告げられました。

 ある日のこと、主イエスが教えておられると、そこに中風の人が運び込まれてきました。仲間四人は屋根に上って、中風の人を屋根から主イエスのもとに降ろしました。必死の思いだったのでしょう。主イエスはその人たちの信仰を見て「人よ、あなたの罪は許された」と告げたのです。更に「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と告げた時、その人はすぐさま立ち上がり、寝ていた台を取り上げ、神を賛美しながら帰って行ったのです。人々は大変驚き、神を賛美し、恐れ「今日、驚くべきことを見た」と告げました。
 
 主イエスが弟子たちと共にエリコの街に入った時に、人々は喜んで出迎えました。そこにザアカイという徴税人がいました。ザアカイは背が低かったので気に上って、主イエスを見ようとしました。そのザアカイに向かって主は「ザアカイよ、降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい」と告げ、ザアカイの家で、ついにザアカイが悔い改めた時に、「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから」と話されました。

 主イエスが十字架刑となり、二人の罪人も十字架刑となっていました。一人の罪人は主をあざけり、「自分を救え」となじるのですが、もう一人はそれをたしなめ「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしてない」そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言いました。すると、イエスは「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。
 
 皆さん、「今日」ですよ。「今日、ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそメシアである」その言葉に、直ぐ羊飼いたちは反応して、さあベツレヘムへ行こう、と行動し、御子イエスを見つけ喜びました。
 今日は、教会の皆様には突然のこととなったかと思いますが、洗礼式が執り行われます。今日のこの時を、一年も前から願っておられた方です。信仰生活は昨日でもなく、明日でもなく、今日です。神を信じるとは昨日でもなく、明日でもなく、今日信じることです。今日決意し、今日決断して生きていく、そのような信仰を持っていきたいと心から思います。
 
 私たちも羊飼いのように神の栄光に包まれて、神を賛美し、今日の喜びを、毎日生きていきましょう。

 お祈りします。
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御子の居場所はここに

2021-12-12 14:42:32 | 礼拝説教
【詩編135編1~3節】
【ルカによる福音書2章1~7節】

 次週のクリスマス礼拝を前にして、今日はルカによる福音書から「イエスの誕生」という箇所を読んでいただきました。
 「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録せよとの勅令が出た」とあります。「そのころ」とはどの頃か、というと、こういう言葉は前の箇所から引き継ぐわけですから、前の箇所は、御子イエスの親戚でもある、バプテスマのヨハネが誕生した場面ですから、ヨハネが誕生した頃だということでしょう。

 では具体的にはいつの時代かというと、皇帝アウグストゥスが全領土の住民に住民登録の命令をした頃となります。全領土とはローマ帝国とその属国の人々が住んでいた地域です。国の皆さんよ、あなたがたは住民登録しなければなりません。登録するとどうなるかというと、国民の数が分かります。国民の数が分かりますと、税金がどれだけ徴収できるか分かり、また戦争に備えて徴兵できる人の数が分かる、つまり、国の力、国力が分かるということです。

 私の感覚ですが、私たちの国で言うところの国税調査に近いと思いますが、マイナンバーカード登録の方が近いかもしれないと思います。キリスト教国といいますか、西欧の国々の国民は誰もがマイナンバーカードを持っています。自分はどの国の誰か、そのカードが全てを示します。いつも携帯していなければなりません。日本ではあまり普及しません。なぜかというと、色々な意味において国民が国を信用していないからだと言われます。多分、それは当たっているだろうと思います。
 
 いずれにしても、登録の命令が出されました。広い領土ですから、登録は何か月、あるいは数年に及んだかもしれません。「人々は皆、登録するすためにおのおの自分の町へ旅立つ必要がありました。」自分の町という言葉の感覚は良く分かりませんが、言わば自分の本籍がある町、あるいは自分の先祖の町、自分のルーツとなる町という意味であろうと思います。

 その命令によってマリアの夫のヨセフも登録のために旅をしなければなりませんでした。その際、既に身重であった、いいなずけのマリアも同行しました。ヨセフにとっての自分の町は、ダビデの町と呼ばれるベツレヘムです。
ベツレヘムでダビデが生れ、ダビデが育ち、羊飼いをして家族を助け、ある時、サムエル記上16章に記されてありますように、祭司サムエルが、ダビデの父エッサイのもとを訪れ、ダビデを見いだし、油を注ぎ、サウル王に次ぐイスラエル二代目の王とした町です。ベツレヘムの人々は、自分達の町出身であるダビデを誇りとし、ダビデの町と言っていたでありましょう。
ナザレからベツレヘムまで凡そ120キロと言われます。道のりは平たんではなく、歩きかせいぜいロバに荷物を乗せ、あるいはマリアが乗って旅をしたものと思います。

 無事、ベツレヘムに到着し、しかし、そこでマリアは月が満ちて御子イエスの誕生となり、生れた御子は飼い葉桶に寝かされました。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。とあります。今日の聖書箇所はそれほど長い箇所ではありません。

 それでも福音書記者のルカによって御子イエスの誕生の経緯が記されてあることは私たちにとっては感謝なことだと思います。

 今日の聖書箇所から、今日は三つのことを申し上げたいと思います。一つは、神の御子イエスの誕生は人の歴史の中での出来事であったということ。二つはダビデの町という意味、三つ目は、なぜ飼い葉桶だったのか。という点です。

 なぜ、ルカが皇帝アウグストゥスの時代と記したのか、なぜキリニウスがシリア州の総督のであったときと記したのか。皇帝アウグストゥスはローマの初代の皇帝です。私たちが学生の時に世界史の時間に聞いたことがあるジュリアス・シーザー、ラテン語ではユリウス・カイザルの甥っ子がアウグストゥスです。紀元前63年に生まれて、紀元後14年に亡くなりますが、戦乱の時代を潜り抜け、ローマ帝国を成立させ、世界はそこから「ローマの平和」と呼ばれる暫く平和な時代が続くことになります。アウグストゥスは本当の名前をオクタビアヌスと言いました。皇帝となりアウグストゥス、尊厳王という称号が与えられます。もうほとんど神様に近い、神様のような扱いを受けた人です。なぜならアウグストゥスが世界に平和をもたらしたからです。ローマ社会にあって彼は「救い主」とされていました。

 ローマ皇帝アウグストゥスの時代、更にキリニウスという人がシリア州の総督であった時、となると大分歴史的には絞られていくわけで、そのようなまさに人の歴史に、神の御子イエスが誕生した。そうルカは記しました。

 けれど、ルカはこの福音書を記すにあたって、人々がローマ皇帝アウグストゥスを讃え、我らの救い主と崇めている時代の中で、神の子、御子イエス・キリストが、私たちのまことの「救い主」として誕生された、この方の誕生を起点として、人類の歴史が変わる程の神の業がこの時にもたらされたのだと記したかったのではないでしょうか。

 アウグストゥスは確かに人々に平和をもたらしました。けれど、その平和は多くの人々の血が流された軍事力によってもたらされた平和でした。この平和を守り続けるために、更に多くの人々の血が流されたことも間違いありません。
強大な権力による平和は人にまことの平和をもたらすことは無いと人の歴史は繰り返しそのことを教える通りです。

 ルカは皇帝がこの世を支配しているのではなく、主なる神が人の歴史の支配者であることを伝えようとしたのだと思います。だからあえて時代背景を記したのであろうと思うのです。

 二つ目は、ダビデの町です。なぜ御子イエスの誕生はベツレヘムであったのか。旧約聖書のミカ書5章1節にこう記されています。「エフラタのベツレヘムよ お前はユダの氏族の中でいと小さき者。お前の中から、わたしのためにイスラエルを治める者が出る。彼の出生は古く。永遠の昔にさかのぼる、」預言者ミカを通して、伝えられた神のみ言葉は、メシア、救い主はベツレヘム、つまりダビデの家系から出ると人々は信じていました。夫となるヨセフの家系は聖書に記してあるようにダビデの家系であることは間違いありません。

 古い伝承によれば、マリアの父はヨアキム、母はアンナと言われていまして、ダビデ家の家系であったと言われています。その信憑性は分かりませんが、御子イエス・キリストはベツレヘムで誕生された。マリアは知っていたか、どうか分かりませんがミカ書の予言の通りに動きました。御子イエスはメシア、救い主の資格を持つ者としてこの世に誕生されたと言う意味であろうと思います。

 三つ目は「飼い葉おけ」の意味です。なぜ御子は飼い葉桶に寝かされたのか。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。だから、宿屋ではなく馬小屋の中での出産となり、そばに寝かすのに丁度良いサイズの飼い葉桶があったのでしょう。勿論、普段使用されていない綺麗な物であったと思われます。その飼い葉桶に御子が寝かされた。

 その意味の一つは印です。次週のクリスマス礼拝で、次の聖書箇所である羊飼いと天使を読みますが、天使は羊飼いたちに「あなたがたは布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」と告げています。飼い葉桶は、救い主の印でもありました。

 しかし、更に、飼い葉桶には多くのメッセージが込められています。その場合、多くの説教者は、飼い葉桶を弱さの象徴と例えます。この世において弱い立場の人々を守るため、貧困であえいでいる人々を支えるため、苦しみ苦悩している人々と共にいるため、悲しみ涙している人々と共にいるための印として、御子イエスが誕生されたのであると言われます。私も全く、その通りであろうと思います。

 ある説教者は、だから御子イエスの誕生を喜ぶ私たちこそが、御子の飼い葉桶になりましょうと伝えます。貧困や飢餓、戦争、病気、経済、教育、コロナウィルスのワクチンに至るまで、この世は殆ど全ての面において平等から遥かに遠く、貧富の差は激しく、苦しみあえいでいる人々がいる。そのことを私たちは良く知っています。だから、そのような人々を御子イエスと見なして、私たちこそが、そのような人々の飼い葉桶となって、苦しんでいる人々が安心と平和に生きられるように励んで生きましょうと伝えます。私もその通りだと思います。飼い葉桶にはそのようなメッセージが込められていると思います。

 けれど、私はこの年、皆様に申し上げたいと思っていることは、少し違います。御子イエスの飼い葉桶が伝えるメッセージ、それは、神が神の御子でありながら、馬小屋で、しかも飼い葉桶に寝かされる。それは、あえて申し上げますけれど、それは、神様が、私たちに対して「負けて」くださったという印ではないかと、この年、そう思っているのです。

 私たちは何事においても、「勝ちたい」と思います。自分の意見や自分の主張などと言う程確かでもない、でも、それぞれに自分の思いを持って私たちは生きています。でも、いつも自分の思いは正しく、相手は間違っているのです。

 意見の正当性が重要なのではありません。あるいは皇帝であろうと、羊飼いであろうと、大金持ちであろうと、貧しい人であろうと変わりません。自分には自分の意見があって、自分の思いがあって、自分は正しいのです。
でも、時として、その正しさは多くの人々から否定されます。子どもの思いは親から否定され、学生は先生から否定され、会社員は社長から否定され、妻の思いは夫から否定されるのです。子どもは子どもで正しいと思っているのに、学生は学生で正しいと思っているのに、妻は妻で正しいと思っているのに、否定されるのです。

 それは教会においても大きな違いはありません。誰もが自分の思いを理解して欲しいと願っていても、滅多に、お前は正しい、お前は大したものだと言ってくれる人に出会いません。

 けれど、それが出来る方、というよりそうされる方が誕生された、それがクリスマスではないかと思います。その印が飼い葉桶ではないでしょうか。

 主なる神は、社会的にどんな立場の人であろうとも、お前は正しい、お前は大した人になるよと、そう告げるために、つまり、私たちに負けてくださるために誕生されたのではないか、「参った」という印としで飼い葉桶があるのではないかと思いました。私たちは神にまで勝ちたいのです。それが本音であって、だから主イエスは十字架に架けられるために誕生されたのではないですか。

 そして、その意味は、私たちを徹底的に愛しておられる、その証拠として飼い葉桶に寝かされたのではないか。だから王宮にでもなく、高級な建物にでもなく、馬小屋だったのではないですか。自分を捨てる程に人を愛することを神は願っておられるでしょう。でも、私たちはそうは生きていけません。それが本音です。だから罪があるのです。でも、そのような欠けのある私たちを丸ごと受け止めて、誰も傷つけることをせず、徹底的に愛し、全てを赦してくださる方として、御子イエスは誕生されました。だから、私たちはこのクリスマスを喜ぶことが出来るのです。神様の御計画に感謝して、この一週間も過ごして参りましょう。

 お祈りします。

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新たな信仰の始まり

2021-12-05 12:25:23 | 礼拝説教
【詩編134編1~3節】
【ルカ福音書1章26~38節】


 昨日の夕方、幼稚園の母親クリスマスが行われました。大塚平安教会の2021年度最初のクリスマス礼拝となりました。その礼拝において話をさせていただいた聖書箇所も、今日の礼拝に選ばれました、御子イエスの母となるマリアに天の使いがやって来た場面であります。

 毎年、クリスマスの時期になりますと、マリアとガブリエルの場面は必ずと言っても良い程に読まれる個所ですが、今年、初めてそういうことであったのかと理解したことがありました。
 それは、マリアが「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」と告げたこの御言葉の意味です。

 「お言葉どおり」とありますが、この言葉は英語の聖書のEnglish standard versionという聖書で読みますと、Let it be (その通りに)という言葉が用いられているということが分かりました。

 Let it be というとすぐに思い出すのは、ビートルズです。1970年のビートルズが解散した年に出された、しかし、よく売れた曲だと思います。

 ビートルズをあまり聴かなかった私でも良く知っています。ただ、このLet it beを日本語に上手に訳すのは少し難しい。辞書をひきますと、「あるがままに」とか「なすがままに」とか、あるいは「なんとかなるさ」という意味とあります。
 当時、ポール・マッカートニーとジョン・レノンの仲が悪くなっていて、解散するとか、しないとか、といった話となり、ビートルズとしては非常に厳しい状況になっていたようです。そんな頃に、ポール・マッカートニーが寝ている時に、母親の夢を見た。母親の名前はマリアという名前です。そして、マリアが彼に告げたのです。Let it be.「あるがままに」

 曲の日本語訳を見てみますと、こうありました。少し紹介しますが、
 
「苦しみの中にいると気付いた時、 母マリアがやって来て、
 素晴らしい言葉をくれたんだ。『身をゆだねなさい』って。

「暗い時を過ごしていると、彼女は僕の前に立って
 素晴らしい言葉をくれたんだ。『身をゆだねなさい』って。

 最後の歌詞は あるがままに、なすがままに 答えは必ずあるのだから。と締めくくられます。

 ポール・マッカートニーがこの歌詞を書いている時に、今日読まれた、処女マリアの御言葉「お言葉通り、この身になりますように」という御言葉がずっと頭の中にあったと言われます。この聖書の場面を思って歌詞を書いたと言われます。
 
「なすがままに」とか「あるがままに」、あるいは「なんとかなる。」訳し方は色々ですが、「身を委ねます」という訳が良いようにも思います。

 ナザレという小さな村、地図に名前も載っていない、旧約聖書では一度も登場しない名前です。誰も気にもしなかった村の一人の女性、マリアの所に、天の使いガブリエルがやって来る。マリアは恐らく13歳~15歳であろうと考えられます。
 「おめでとう、恵まれた方 主があなたと共におられる」マリアは、この言葉に驚き、戸惑い、なんのことかと考えこみます。
 
 天の使いは続けて「マリア、恐れることはない。あなたは身ごもって男の子を産むが、名前をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。」その言葉にマリアは更に驚きました。
 
「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」マリアはヨセフという、いいなずけがいました。当時の習慣からすれば、互いの親と親が決めた結婚だったようです。けれど、それは普通のことでした。
 互いの家族がいいなずけであると確認し、約束すれば、一緒に暮らさないとしても既に夫婦であると誰もが了解したようです。ただ、結婚式までは一緒に暮らしませんし体の関係もありません。ですから処女マリアと呼ばれるわけです。男の人を知らないのに、なぜ子どもが生まれるのか、それは無理なことでしょう。と答えたわけでした。

 けれど、天の使いは「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生れる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。神にできないことは無い」と語りかけました。
 「できないことは無い」という理由の一つが、マリアの親戚であるエリサベトが身ごもって六ヶ月となっているのだとも伝えています。エリサベトは既に子どもを授かる年齢ではなかったのに授かっていた。この話はマリアも既に聞いていたことでしょう。

 マリアはこの驚くべき事態を受けて、パニックになるわけでもなく、神様を罵るわけでもなく、泣き崩れるわけでもなく、状況を受け止めて「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と告げました。そこで、天使は去って行った。この御言葉には、天使が非常に満足した去り方であったと言われます。
 
 マリアがこのような状況においても、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。」つまり、Let it be 「あるがままに」「お言葉通りに。Let it beは、「なんとかなるさ」とか「仕方ないでしょう」という意味にも訳せると思いますが、そういった投げやりな思いからではなく、「主なる神様、あなたの最も良いお考えが、私の身になりますように」そう祈ったからこそ、母マリアの人気はいつでも高いのだと思います。カトリック教会ではイエス様より人気があるとも言われます。
 
 けれど、ここで考えなければならないことがあります。マリアは元々、そのような天の使いが満足して帰る程の信仰を持っていたから、御子イエスの母として選ばれたのでしょうか。そうかもしれません。でも、私はそうではないと思います。もし、マリアの信仰によって神の選びがあるとするなら、人は自分の行いによって義とすることが出来るはずです。

 私たちプロテスタント教会の信仰は、人の行いや人の義によらず、徹底的に神の選びと恵みの中で、信仰へと導かれる。それが私たちの信じるところであります。
 そういう意味からすれば、マリアも神の御前にあっては罪人の一人でしかありません。神の御前に誇るものは無いと言えるでしょう。
 
 けれど、ではなぜマリアなのか、それはなぜ、わたしなのか、なぜ、わたしたちなのかという問いに置き換えてみれば良いでしょう。やはり、主なる神の選びとしか言いようがないのだと思います。
 
 けれど、あえて言うとすれば私は、マリアは主の御力を信じて、待ち続けられる信仰に生きていたのだろうと思うのです。
 
 今、私たちは12月に入り、今日は待降節第2主日です。2本目のローソクに灯がともりました。待降節、それは主の誕生を待ち望みつつ過ごす時でもあります。
 
 聖書には多くの人々が登場しますが、神の到来を待ちきれずに苦労した人々を思います。
 
 アブラハムの妻、サラ、主なる神はアブラハムにあなたとサラとの間の子によって、私はあなたの子孫を残すと約束しました。けれど、待てませんでした。主なる神が二人に約束したのはアブラハムが75歳の時です。10年待ちました。20年待ちました。でも約束は果たされませんでした。約束から25年目のアブラハム、100歳、サラが90歳の時、ついに約束の子イサクが誕生しますが、しかし、彼らは神を待ちきれずに、人間的な思いから、サラの女奴隷であるハガルによって、アブラハムの子が誕生することになります。しかし、このことは、後になってアブラハムは大きな苦労を背負うことにもなりました。

 出エジプトの指導者モーセが、シナイ山で主なる神と出会い、十戒の教えをいただき、40日の間、山から降りてこなかった時、麓にいたイスラエルの人々は待ちきれずに、自分達で金の子牛を作り、この子牛こそ私たちの神だと告げて、その周りで歌い、踊り神の御前に大きな罪を犯しました。

 イスラエルの初代の王であるサウル王、イスラエルの敵であったペリシテ軍との戦いの時に、祭司サムエルが到着するまで、七日間待つようにと言われていたのに、サムエルの到着が遅くなり、ついに待ちきれずに、祭司のみが献げることが出来る犠牲の献げ物を自ら献げてしまいました。終わった時にサムエルが到着し、サムエルはサウル王になぜ待てなかった、それ故にあなたは王の権利が続かないであろうと告げた場面もサムエル記に記されています。

 神の到来、その約束を待ちきれず、罪を重ねた人々を思う時、私たちはどんなにか、待つ信仰が大切であるかを思います。待つためには希望が必要です。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むと聖書にあります。

 マリアは待ち続けました。この状況の先に、必ず祝福があると信じ、希望を持ち続けました。私たちもそのような信仰に倣いたいと思います。

 コロナ禍にあって、日本中大変な思いをしています。私たちの教会もその中にあって、様々な面に大変さが現れています。けれど、この待降節にあって、私たちは主なる神に問われていることがある。待つ信仰です。毎日を、心を改めて、神を待ち望む信仰に生きて参りましょう。主の大きな祝福を望み、過ごして参りましょう。

 お祈りします。
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