日本キリスト教団 大塚平安教会 

教会情報や牧師のコラムをごちゃごちゃと

わたしを灯す光

2021-07-27 07:53:31 | 礼拝説教
【詩編119編105編】
【ヨハネによる福音書8章12~16節】

 既に2年以上前になりますが、まだ世界の誰もコロナウィルス感染など考えていなかった2019年の4月29日、湘北地区の仲間の教会が集まって「CS生徒大会」を大塚平安教会とドレーパー記念幼稚園の園庭でもって行いました。

 タイトルは「仮庵フェスティバル」。当時の記録を見ますと地区内の60人程の子ども達と「子どもの教会」の担当者とが集まりまして、四つのグループに分けて、午前には、それぞれが仮小屋を建て、祭りの絶頂期はお昼、大人がそれぞれにホットドック、豚汁、焼きそば等、を作りました。

 私と幼稚園の園長は二人で、色々なインスタントラーメンの袋を買って来て、それを全部混ぜた、「まぜまぜラーメン」を作りました。子ども達には大好評でしたが、親御さん方にはそうでもなかったかもしれません。(笑)
楽しい一時でした、この時以来、昨年も、今年も子ども達にとって何の行事も出来ない状況が続います。来年こそはなんと出来るようになって欲しいと願っております。

 なぜ、この話をしたのかというと、今日読みましたのはヨハネによる福音書の8章12節からの箇所を読みましたが、読まれた場面はエルサレムにおいて、仮庵の祭が行われていた場面だと思われるからです。

 イスラエルの三大祭り、過越しの祭、刈り入れの祭、仮庵の祭とありますが、仮庵の祭の時期は春でもなく、暑い夏でもなく、収穫の秋頃に行われます。仮庵という言葉は分かりにくいですが、仮小屋の祭と言っても良いでしょう。

 今、毎週水曜日の昼の祈祷会で、主エジプト記を共に読んでいます。イスラエルがエジプトの地に住むことになりその後400年、イスラエルはヘブライ人とも言いますが、ヘブライ人が増えすぎて、エジプトにとって恐れとなり、ついにエジプトの王、ファラオは、ヘブライ人を奴隷とし、奴隷とされた人々は日々の重労働に耐え切れず、主なる神に助けを求める叫び声をあげるのです。

 その声を聞いた主なる神は、モーセを指導者として立て、ファラオとの度重なる交渉と、エジプトに対する神の力を示しながら、ついに奴隷解放、エジプト脱出が叶います。けれどエジプトを出た人々は、具体的には荒野の中を40年かけて、自分達の故郷であるイスラエル、カナンの土地を目指して旅をしなければなりませんでした。

 旅を続けている間は、自分達の家を建てるわけにはいきません。いつでもテント暮らし、幕屋暮らし、つまり仮庵暮らし、仮小屋暮らしを続けた40年でもありました。

 しかも、荒野を進むわけですから、水も無く、食べものも無く、緑もなく、進むべき道もありません。そのような中、神が水を与え、食事を供え、そして、昼には神様が備えてくださった雲の柱が、夜には火の柱がイスラエルを先導し、導きました。その主なる神の働きを忘れないためにも、何百年と休むことなく「仮庵の祭」は続けられていました。仮庵の祭にとって、大切な印が二つあって、一つは水です。荒野の生活にとって、何よりも水の確保が大切であったでしょう。その水を主なる神がいつも備えてくださいました。ヨハネによる福音書の7章37節の箇所にはこうあります。
「祭りが最も盛大に祝われる終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るよういなる。」
 人々が祭の最も盛大に祝っているその時、水の大切さを思う祭りにおいて、主イエス自らが、自分は人の命の根源であり、命の水であることを宣言した御言葉です。この宣言に、驚きとまどいを感じたのは周りで聞いて人々でありました。

 仮庵の祭の大切な二つ目の印、それは光でありました。

 仮庵の祭の日の夕方、つまり一日が終わり、暗くなってくる時に、エルサレムの神殿に大きな松明と言いますか、大きな燭台が備えられていまして、その燭台に夕方になると梯子がかけられて、若い祭司が梯子を登り、そこに灯が灯されたそうです。
その灯は、神殿のかなり高いところで灯されたようで、エルサレム全体から、灯が良く見えたと言われています。
 
 金曜日の夜に、東京オリンピックの開会式がありまして、テニスの大坂なおみさんが聖火台に灯を点火しました。オリンピックの間中、その灯は燃やされ続けるものと思いますが、ちょうどそのようにして仮庵の祭で灯される灯は、昼は雲の柱、夜は火の柱として、主なる神がイスラエルを導いたことを忘れないためにも、灯された輝きであったと思います。

 恐らくその灯の見つめながら、あるいはその灯の下において、主イエスは宣言されたのではないでしょうか。先ほど読みましたヨハネによる福音書8章12節「イエスは再び言われた。『わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ』
 この場面においても、主イエス自らが「わたしは世の光である」と告げたのです。

 ここで主が「わたしは世の光である」と告げられた意味は大きいと思います。日本人の多くが宗教という言葉を聞いて連想するのは何か、と言えば、恐らく死後の世界ではないでしょうか。この世には辛い事多く、思うように生きられない事多く、涙する事多く、どこに光があるのか、どこに向いて歩けばよいのかさえ分からない。けれど、このことを信じると死後の世界は平安が与えられ、天国に行くことが出来る、だから信じなさい、などと言われたりする。あるいは死んだじいちゃんが、死んだご先祖様が守ってくれていると教わったりする。私も子供の頃にそんな風に教わりました。宗教というと、何か、生きているこの世よりも、死後の世界観が強いように感じているかもしれません。

 けれど、主イエスは、この世は辛いこと多く、でも死後の世界は、私が光となるよとか、天国の光の中を歩けるようになるととおっしゃったわけではありません。

 「わたしは世の光である」。わたしはこの世の光だと話されたのです。聖書が伝えるこの世とは、神の世と反対の世界ですよ、と話すことがありますが、でも、そのような世の中にあっても、主イエスは「わたしは世の光である」と話され、「わたしに従う者は暗闇の中を歩かない」と告げられるのです。

 今の世は、100年に一度あるかないか、数百年に一度あるかないか、と思わる程にコロナウィルス感染のために、随分暗い世の中になってしまったと言えるかもしれません。東京オリンピックも無観客の試合となりました。盛り上がりに欠けるとも言われます。最近、割とネットで経済欄を読むようにしていますが、日本の全体として経済が回っていない状況であることは間違いありません。特に、飲食業、観光業といった業種は壊滅的だと言われますし、子ども達も夏休みになったからと言って、家族で旅行という気持ちにも中々なれないものです。何よりも今の政府が、日本の不安の原因だという言葉もありました。不安は不満となり、不満は怒りとなり、争いとなります。でも、このような時代だから、このよう時だから、とこの世に対して不満や怒りをぶつけるとしても解決に導かれるとも思えません。

 先ほど、宗教という言葉を用いましたけれど、主イエスは、聖書にあっても、世の宗教家が話しそうなことを話しているわけでもありません。人には嘘をつかないとか、泥棒してはならないとか、そんなことするとバチがあたるといった道徳的な教えを話しているわけでもありません。
 
 主イエスは「私は世の光である」と話しておられるのです。先ほど詩編119編105節だけを読みました。「あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯」神の御言葉は道の光です。主イエスは、一方においては、イスラエルの民を導いた「火の柱」のように高く掲げられる光として。けれど、また一方においては、道の光、この道の光は、自分の足元を灯し続ける光だと言われますけれど、一方では高く掲げられ、一方では足もとを照らして、私達が暗闇の中を歩まないように、神の光を見失わないようにと私達の人生と共に歩んで下さっているのです。

 私たちは、この世の闇を見つめ、闇に飲み込まれるのでなく、闇の中にあっても、光として輝き続けておられる方を見つめて生きていきましょう。この方は、「言葉が肉となって、わたしたちの間に宿られた方」であります。肉とは概念ではなく、この世を共に生きてくださっているという意味です。

 この世にあって、この方を見失うことなく、神の光を見つめ続け、共々に歩んで参りましょう。

 お祈りします。
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元気が出る言葉 第7回

2021-07-23 14:27:08 | コラム
みなさん、こんにちは、大塚平安教会牧師の菊池丈博です。今日の人生これからメッセージは、新約聖書エフェソの信徒への手紙5章8節です。

「あなたがたは、以前に暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。」

 今週は幼稚園の1学期が終わり、海の日の木曜日には、今年3月に幼稚園を卒業して、小学校に入った皆さんが、久しぶりに集まって同窓会を行いました。

 殆ど全員が集まって来てくださり賑やかな同窓会でした。最初に礼拝堂で神様に礼拝を献げました。礼拝の中では「光の子として歩みなさい。」という話をしました。
 
 光の特徴は三つ、暖かい、早い、明るいです。今は夏で暑すぎますが、冬の寒い日の太陽の光の暖かさは格別だと思います。「ひかり」という新幹線もありますが、光はなによりも早い、そして、明るい。だから、皆さんよ、光の子として、明るい人生を歩んで欲しいと願っていますとお話しました。

 明るい人生とは、隠し事が無いという事です。既に50年以上も前になるので自分でもびっくりする位ですが、私が小学校1年生位の時だったと思います。6年生になる兄がおりました。
 母親が珍しくドーナツを作ってくれた。もう楽しみで楽しみで、母親は一人5個だよって言うのです。だから嬉しくてあっという間に五個食べてしまいました。
 その時、兄は遊びに出ていて、家にいませんでした。兄の五個のドーナツが兄の机の上にあるのを知っている訳です。もう、食べたくて食べたくて、そっと兄の机に近づいて、五個を確認して、もう食べたくて、ついに一個持ち上げて、パクッて食べたのです。
 
 でも、誰も見ていないし、兄も帰ってきて4個のドーナツをペロリと食べてしまって、私の罪は、誰にも知られず完全犯罪となりました。50年経っても兄には言っていません。怒られそうですから。

 でもね、神様は見ておられたでしょう。だから、ずっと私の心の中では忘れられない出来事なのです。食べちゃったな~、という罪悪感が心の奥深くにあって、忘れられないのです。隠していることは、ずっと忘れないのです。だから、皆さん、隠さないことですよ。

 光の子として歩みなさい、それは隠し事なく、なんでも話し、なんでも相談しながら、神様の光の中を生きる事です。それが人生、楽に生きていける秘訣だと思います。これからも、神様に守られて、光の子として生きていきましょう。皆さん、人生これからです。

  元気の出る言葉は「ラジオトーク」で配信しています。スマホかPCで「人生これからメッセージ」を検索して聞いてみて下さい。

 
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苦悩を乗り越えていくために

2021-07-18 15:54:34 | 礼拝説教
【詩編119編65~72節】
【使徒言行録20章31~35節】

 26年前、私は神学校を卒業しまして最初の任地の教会に赴任したわけですが、教会に二人の医者がおられて、礼拝に出席していました。一人は小児科の先生で、地域一体の子ども達の健康と命を預かっている先生でした。普段から忙しいのですが、インフルエンザとか、子どもたちが流行り病になりますと、一日、数百人の子ども達を診なければならない日が続くわけで、ですから、あまりに忙しくなると、一辺に3人、5人と診察室に入れて、横に並べるのだそうです。

 それで、子ども達の顔色を診て、この子は大丈夫、この子は心配、この子はよく見なければと、もう顔色一つで診察して、それで病気を癒し続けたという、地域から愛されている先生でした。
 難点をあげるとすれば、おしゃべり大好きで、人の話を聞くのが苦手だったかもしれません。
 
 もう一人の医者さん、こちらの先生も良い先生でしたが、口数少なく、大人しいというより、ほとんど話さない先生でした。総合病院の内科で仕事をされた先生でしたけれど、ちょっとした特徴がありまして、患者さんが診察室に入って、具合の悪い症状などを話す、その後、聴診器を胸に当てて診察するわけですが、その後に何も話さないで、首を捻るというのです。すると、患者さんがドキッとする(笑)という話を何回が聞いたことがあります。

 お二人の先生は、年齢も近く、信仰者として、仲も良いわけですが、ある時小児科の先生が、相手の先生の話を私に話しながら、「あの人しゃべらないんだよね~。だから暇なんだよ。」(笑)と言いながら、「あの人、お母さんが早くに亡くなったからかな~」と話されたので、なるほど、そういう事があったのかと、納得した気持ちになったのですが、その後、続けてこう言われました。「あ!俺もそうか」それで、ガクっとなったのです。

 お二人とも、同じように子どもの頃に、お母さんが亡くなられていて、それぞれに苦労も多い中で、医者になられたという話を聞いた訳でした。

 話は変わりますが、先日、ネットである文章を読んでいましたら、日本基督教団ではないのですが、川崎の溝の口にある教会に、仁井田義政先生という牧師がおられて、お会いしたことは無いのですが、70年の生涯の自叙伝を記されたとありました。
 一歳の時に、両親が離婚して、母親の下で育てられますが、小学校2年生の時に、母親が天に召され、その後父親の下で育てられたそうです。でも、父親からは虐待を受けて、殴る、蹴る、の仕打ちを受け続けたそうです。もはや勉強どころでもない中で、でも、中学二年の時に父親も召されたそうです。中学を卒業と同時に社会に出て、時には悪の道に引き入れられそうになりながらも、教会とつながり、その後色々とあったのでしょうけれど、献身して牧師となっていく。

 そのきっかけが、祈りにありました。私たちは祈る時に、「天の父なる神よ」と、祈りはじめ、祈りの終わりには、「この祈りを、イエス様の御名によってお祈りします」という形で終わります。教会で信仰の先輩にそう祈るのだよと教わったそうです。教わったので、一生懸命にそう祈っていた時に気が付いた。「天の父なる神!」そうか、天にこそ自分の本当の父親がいる、父親はあの酷い親父ではなく、天にこそ自分の、本当の父親がいるのだと気が付いて、この方にこそついて行こうと決心したというのです。

 以前に、父親の虐待を受けたとか、父親憎し思っている方が「天の父なる神様」と祈ると、父親を思い出して悲しくなって、祈れなくなるという話を聞いたことがありました。そう聞きますと、私も影響を受けまして、「父なる神よ」と祈るのは如何なものかと思っておりましたから、仁井田先生が「父なる神よ」という言葉で、決心したというのは逆にとても新鮮で印象的に感じたわけでありました。

 私たちは、同じような出来事や、似たような状況に遭遇することがあります。私も四人兄弟ですが、家が貧しく苦労して育ったからかもしれませんが、兄も弟も公務員です。兄は定年退職しましたが、弟は現役の公務員で、兄も、弟も早くに結婚して、安定した生活を求めたのだと思います。私は、折角生れて来たのだから、ともっと欲望を持って社会に出た訳ですけれど、ことごとく上手くいかず、苦労ばかりだったようにも思います。でもそれがまた神様の祝福であったと今は思っています。

 今日の説教題を「苦悩を乗り越えていくために」といたしました。詩編119編65節から72節を読みましたが、そこを読みますと、67節に「わたしは迷い出て、ついに卑しめされました。」とあります。新共同訳聖書では「卑しめ」とありますが、他の聖書を見ますと、「苦しみに会う」と訳されている聖書が多いようです。つまり、詩編の作者は、状況としてはよく分かりませんけれど、「すっかり迷って苦しんだ」のだと思います。けれど、71節になりますと「卑しめられたのはわたしのために良いことでした。」とありますから、その迷い、苦しみは、私にとっては、主なる神の福音を強く知ることになったので、良い事であったと思うと前向きに告げているわけです。

 私たちは卑しめられる、苦労する。苦悩する。それが普通良いことだとは思いません。子どもの頃に、母親が早くに亡くなる、父親に虐待される、それが良いことだとは少しも思いません。

 「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉もありますが、こういう苦労は、例えば勉強とか、仕事、ビジネスとか、努力すればするほど成果に結びつくとか、一生懸命に生きる姿勢が求められているわけで、でも、実際、私達が経験する苦しみ、苦労は、家庭環境であったり、病気であったり、思いがけない事故であったり、あるいは私たちは今、コロナ禍のパンデミックの状況を過ごしていますが、多くの苦労は案外、環境や、状況から与えられるものかもしれません。だから、出来ればそんな苦労はない方が良いのです。

 けれど、不思議な程に、私たちの人生には詩編の作者のみならず、実に多くの方々というか、ほとんど全ての人たちがそれぞれの苦しみ、苦悩、悩みを時には与えられ、時には背中に負いながら生きているのではないでしょうか。
 そのような状況にあって、主なる神を信じる者としてどう生きていこうとするのか、それはいつも神様から、私達に問われている課題だと言っても良いでありましょう。
 
 今日は新約聖書から、使徒言行録20章31節からの箇所を読みました。使徒パウロがエルサレムに向かうために旅行をしている場面です。ご存知のようにパウロは、その生涯を主イエス・キリストの福音宣教にささげました。しかし、その為に、多くの敵も登場することになります。今、エルサレムに帰ったら、「パウロ憎し」という人々がパウロを捕らえるために狙っていることも知っています。でも、パウロは、エルサレム教会との約束を果たそうと帰る決意を持って、だから、もはや二度と合えないだろうと思いながら、エフェソの教会の長老たちを呼び寄せて、惜別の説教というか、むしろ遺言を涙ながらに語っている場面であります。
 
 ここで、もう一度読むことをしませんけれど、パウロは、自分がどれだけ苦労したか、大変だったか、愚痴を言っているわけではなく、聞く一人一人に勇気が与えられるように、神の福音に生き切れるように、信仰を持って歩む一人一人になって欲しいと願い、心を込めて告げている様子が分かります。
 
 人が生きていく場面では、そこには苦悩があり、苦労があるものです。時には、与えられた環境に苦しむこともあります。それを試練と呼ぶのかもしれません。でも、皆さん、試練は人を選択させるのです。絶望という選択か、希望という選択か、死に至るのか、死から勝利するのか、サタンの誘惑に巻き込まれるか、誘惑に打ち勝つ信仰か、私たちは選択が迫られ、そこでは、神を信じるとはどういうことかと問われているということであろうと思うのです。
 
 詩編の作者はこう記しました。「卑しめられたのはわたしのために良いことでした。わたしはあなたの掟を学ぶようになりました。」
 
 私たちが生きていく中にあって、自分自身ではよく分からない苦悩、試練があります。でも、それらの全てを含めて、良い事であったと思える時が必ずやってきます。 
 
 それが何時なのか、わたしたちには分かりません。でも、主なる神は御存知であるなら私たちは心配しなくて良いのではないでしょうか。全てが相働きて益となる。そう信じて、私たちは今日を精一杯生きて参りましょう。

お祈りします。
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今日を喜び祝い、喜び祝おう

2021-07-13 08:51:02 | 礼拝説教
【詩編118編22~25節】
【コリントの信徒への手紙二 6章2~4節】


 紀元前の600年後半~500前半年にかけて、イスラエルは、当時大国であった新バビロニア帝国と戦います。力の差は歴然としていまして、あっという間にイスラエルは滅ぼされました。生き残っていた人々は、バビロン地方のケバル川流域に連行され、ほぼ、強制労働、奴隷のような生活を送っていたものと思われます。当初は、すぐにでも解放されて、自分達の故郷に帰ることが出来ると楽観的だったとも言われますけれど、結果的には捕囚は50年続きました。
 
 50年の長さですから、その地で生まれ、育った人々も大勢いたでしょう。もはや自分達の国に帰ることを諦めていたかもしれません。そのような折に、時代が動き、アケメネス朝ペルシャという国が力をつけて来て、バビロニア帝国を破りました。ペルシャは割合に寛容な政策を取りまして、イスラエルの人々は帰ってよろしいとなりまして、人々は大喜びで帰還することが出来たわけでありました。

 けれど帰って来たものの、首都エルサレムはがれきの山と化し、50年前には見事であった神殿も破壊され、無残な様相でした。「家を建てる者が退けた」わけではありませんが、がれきの町を見て、人々はどんなにガッカリし、落胆したことでありましょう。
 
 でも、人々は力を落としたままではなく、ここにまた、新しいイスラエル、新しいエルサレムの町を作ろうと、主に祈り、何よりもこの地に生きて帰って来られたことを喜び、神の恵み感謝して礼拝を献げました。礼拝を献げるだけでなく、具体的に主なる神から力を得て、町の再建に乗り出して行ったことでありましょう。旧約聖書エズラ記6章には、前536年頃、新しい神殿が完成し、神殿奉献の礼拝が行われた様子が記されています。その神殿奉献で歌われたのが詩編の118編だと言われます。イスラエルは雄牛百頭、雄羊二百匹、子羊四百匹を献げて、詩編を心を込めて歌ったのではないでしょうか。

 118編24節には「今日こそ主の御業の日。今日を喜び祝い、喜び踊ろう」とありますが、私達もこの礼拝を通して、主なる神から力を得て進んでいくためにも、「今日こそ主の御業の日」。この御言葉に生きていきたいと思います。

 先日、政府により東京都は4度目の緊急事態宣言となりました。明日の7月12日から8月22日までの一か月以上に亘る長い期間となります。

 2021年も既に半分を過ぎましたが、結果的には半年の殆どが緊急事態宣言の中で過ごしているようなものです。更には、7月に入り、梅雨の終わりの集中豪雨が続いています。静岡の熱海では大変な土石流が起り、甚大な被害が出ました。山陰や、広島、九州の各地においても連日雨の被害が報道されています。召された方々、被災された方々を覚えて私たちは祈り続けていきたいと思います。
 コロナ禍は収まらず、雨の被害も収まらず、オリンピックは無観客の開催と言われ、8月の観光シーズンも殆ど動くことが出来ず、飲食店経営者はお酒を出さないように言われ、観光、航空、運輸、各種イベント、芸術といた各業界、さらには運動会や、修学旅行など、楽しみの殆どが取り上げられている形の子ども達、状況としては一年前よりも、更に窮地に社会が追い込まれてきている感覚さえあります。

 このような状況になりますと、人の不満は、怒りとなり、怒りは争いへとなりますから気を付けなければならないと思いますが、このような時代だからこそ、「今日こそ、主の御業の日」ですよ。マザー・テレサの名言に、「昨日は去りました。明日はまだ来ていません。今日だけがあるのです。さあ、はじめましょう」という言葉があります。

 過ぎた昨日に引きずられず、まだ来ない明日に思い悩まず、今日をしっかりと生きていく、なぜなら「今日こそ、主の御業の日」だからです。今日こそ、今こそ、神が働かれる日だからです。

 先日、先輩牧師から聞いた話ですが、一人の雑誌の編集者の方がいたそうです。その方の特技というか、得意技があって、本の速読だったそうです。普通の本なら、一冊読むのに一時間半あれば読み切れたそうです。一ページが写真のように入って来るのでしょう。それで本当にちゃんと読んでいるの?と聞いても、読んでいるというのです。
仕事も雑誌の編集ですから、読む量も大変な量であったと思いますが、でも、そのようにしてバリバリと仕事をしていたわけです。けれど、ある時50代で、病気になった。脳梗塞とか、そういった脳の病気となって、半身不随となって、車椅子の生活です。ですから本人も本当に落胆した。一生懸命にリハビリをしながら、体は段々に動かせるようになっていくけれど、何が大変かというと本を読んでも、3時間読んでも、20ページも行かない。どんなに辛かったと思います。

 でも、この方は病気だから仕方ないと諦めませんでした。「今日こそ、主の御業の日」今日を大切に生きていこうと決心し、これまで考えてみることさえしなかったけれど、世の中は自分と同じように、体が不自由な方とか、辛い思いをしている方が大勢いることに気が付いて、決心して編集の仕事は辞めて、友達と二人で福祉の仕事を始めて、体の不自由な方々が大いに喜び、慰めを得ている、そういう仕事を一生懸命している人がいる、そんな話を聞きました。

 私たちはいつでも与えられた状況に飲み込まれそうになります。だって、コロナだから、だって、雨だから、だって、晴れたから、だって、あの人がこう言ったから、とどうしても言いたくなるものです。
 
 でも皆さん、「今日こそ、主の御業の日」主なる神様が、このような状況でも確かに働いてくださっているのであれば、「家を建てる者が退けた石」でさえも、隅の親石となります。
 
 隅の親石とは、石でアーチの形に積み上げていって、右側と左側とがちょうど、真ん中で合わさる所、右も左も支える大切な石、これを「隅の親石」と言うそうですが、そのようにして、私達が体験する様々な出来事、時にはマイナスと思えるような出来事の数々さえも、それらの全てを合わせてなお、全てが相働いて、益となるように、神様が祝福に変えて下さる、何よりも新約聖書が伝える福音は、この「隅の親石」こそが、主イエス・キリストだということでしょう。
 時の指導者の誰もが、この男は生かしておけないと、十字架刑が下され、捨てられるように、実際に十字架刑で死んだ方が、しかし、復活されて、弟子達のもとに現れ、聖霊が下り、弟子達を励まし、祝福を与えてくださったこの方こそが、隅の親石となって、父なる神と私達をつなげ、結び合わせてくださいました。

 この方によって、私たちは生きる生き方が変えられて「今日こそ、主の御業の日」の意味を知り、主我と共におられる信仰によって、元気を得て生きているのです。
 
 コリントの信徒への手紙を読みましたが、そこには「今や、恵みの時、今こそ、救いの日」とあります。福音伝道の為に命をかけて、旅をしつつ、更にはその旅の殆どが苦労と、迫害の連続だったにも関わらず、「今や恵みの時」と使徒パウロは綴りました。そのような前向きな信仰こそ、主イエスがパウロに与えた信仰であったと思います。
 
 ここに記されている「恵み」という言葉は「受け入れられている」という意味があると言われます。主なる神が私達を覚え、いや、この私をしっかりと受け入れ、喜び、歓迎してくださっている。だから恵みなのです。
 
 世の中は、私達を受け入れようとしないところがあります。子どもを育てる親が、朝一番で子どもに言う言葉は、「早く起きなさい」です。そして「早くご飯食べて」「早く歯を磨いて」「早く学校に行って」「早く帰って来るのよ」帰ってくれば「早く宿題やって」「早くお風呂に入って」「早くお夕飯食べて」「早く寝て」そして、最後の言葉は、「早く明日起きるのよ」これではね、子供の心に「受け入れられている感」が育ちません。

 コロナ禍にあって、居酒屋が受け入れられない。観光業が受けいれられない。先日、車で走っていましたら、「県境はまたがないように」とか、「不要不急の移動はしないようにしましょう」とありました。今どき、不要不急でなく移動する人がどれだけいるのでしょうか。今、世の中は「受け入れない」感、が溢れています。
 
 だからこそ、皆さん、主なる神は、わたしたちをしっかりと受け入れ、受け入れるだけでなく、励まし、励ますだけでなく、力付け、愛して下さっていることを受け止めていきたいと思います。「今日こそ、主の御業の日」大切な今日を、喜びを持って過ごして参りましょう。

 お祈りします。
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大切なあなた

2021-07-05 14:37:26 | 礼拝説教
【詩編117編1~2節】
【ヨハネによる福音書3章16~2節】

 今から26年前の1994年12月、クリスマスが過ぎた暮れの頃でしたが、私はパリにいました。テゼ共同体と呼ばれる修道会のヨーロッパ大会に参加するためでした。

 テゼの始まりは、第二次世界大戦時に遡ります。1939年9月1日、ドイツ軍がポーランド侵攻を開始し、その後ロシアがポーランド侵攻、更にイギリス、フランスがドイツに宣戦布告して、ヨーロッパ全土が戦場と化しました。
人と人とが分断される中で、カルヴァン派の教会の牧師の息子として育ったフラザー・ロジェという人が、せめてクリスチャン同志だけでも和解と平和を実現させたいと願いながら、小さな希望の印として、フランスのブルゴーニュ地方にあるテゼという小さな村に男子修道会を開いたのがテゼの始まりです。

 戦争の最中には、ユダヤ人を命がけで守り、戦争が終わると逆にドイツ人を守り、それはいつも強い者たちにとって憎まれる役になるわけですが、その後、テゼ修道会の働きは、神を信じる者は勿論、神を信じない人々にとっても、静かに、しかし、魅力的に映り人々が関心を持つようになっていきます。
次第にテゼの村に多くの若者が集うようなり、一週間ほど過ごして帰るというスタイルが定着していきます。夏になると世界中から何万人もの若者が集うようになりました。若者たちは朝、昼、晩の礼拝、礼拝と礼拝の間に行われる分かち合いを通して、心が通い合い、お互いを認め、お互いを信じる大切さを経験として体験していきます。分断ではなく和解、主義、主張ではなく、理解、寛容を体験します。

 日本で最初期にテゼを紹介したのは、評論家、作家として知られている犬養道子さんで、テゼ共同体は「20世紀の奇跡」だと表現したと言われています。 
なぜ奇跡かというと、その修道会はプロテスタント教会だとか、カトリック教会だとか、正教会とか、考えてみると教会でさえも世俗的な様々な立場や主義、主張を繰り広げるものですが、そういった壁や、障害を乗り越えようとする働きだったからと思います。

 プロテスタントであろうと、カトリックであろうと、国籍、人種、性別、その人の信条がどうであるとしても、全ての人々が神の御前に招かれ、神の祝福を受けている。そういう感覚は、特に若世代の人々の心を惹きつけたのでしょう。

 1978年から、テゼは年に一度、国の持ち回りのようにして、ヨーロッパ大会を開催するようになり、私は1994年の暮れに行われた、パリの大会に参加したわけでした。
到着した最初の夜は、パリ郊外にある小さな町の小学校の体育館に寝袋で宿泊しました。すぐ隣には東欧のどの国であったか忘れましたけれど、高校生二人がいて、一緒に話し、一緒に食事をし、一緒に寝ました。食事はフランスが軍隊を出して、炊き出ししてくれていました。小さなリンゴと、スープとパン。それだけで十分でした。

 パリの町に全世界から何万人もの人々が集まり、共に祈り、共に過ごし、共に歌う。私の信仰生活にとっては貴重な体験でした。世界の色々な人々と友達になりました。挨拶の印として抱きしめられるのは、日本人にとっては緊張そのものでしたが、楽しくもありました。ヨーロッパの多くの国々言語はHの発音をしません。ですから日本人が「ハヒフヘホ」と言うだけで、みんなが驚いてくれました。

 ベルリンの壁が崩壊したのは、1989年ですが、それから5年、かつては表立って教会に行くことさえ難しかった地域の人々が大勢来ていました。一緒に集まれる喜びに顔が輝いていました。私自身、このことを通して、集った一人一人が、皆仲間であり、それぞれが集まって信仰共同体であるという感覚が養われたと思っています。
 
 昨日の朝、テレビのニュースを見ていましたら、隣の中国が7月1日に「共産党100周年記念式典」を行ったと報道されていました。習近平国家主席が演説をして、アメリカを意識した発言や、国内にあると言われる人権問題に対して、あるいは台湾との関係について、断固とした態度で臨む姿勢について解説されていました。一方においては、アメリカのバイデン大統領も、対中国に対しては厳しい態度を取り続けていますし、トランプ大統領の時代よりも、厳しいのではないかと思う時さえあります。

 私たちの国と言えば、いつの間にか、最も近くの国である韓国とも上手くいっていませんし、北朝鮮との関係は、常によくありません。日本は、言って見れば隣の、どの国とも上手くっていないと言っても良いかもしれません。その原因や、政治的な要因について、これ以上は良く話せませんけれど、信仰的な視点から考えるとすれば、そういった分断や軋轢の中で明らかに見えてくるのは、人としての「闇」ではないかと私は思います。

 福島の教会で働いている先輩の牧師からお便りが届きまして、喜んで読んでいましたらその文章の中にこんな言葉がありました。
 「闇とは、自分が正しいと信じることに徹底的に忠実であろうとすることによってもたらされる破滅」
 
 岩手県大船渡市に住んでおられる山浦玄嗣(はるつぐ)さんという医者で、「ケセン語訳聖書」を刊行した先生の言葉だそうです。私はこの言葉はインパクトがあると思います。
 闇とは、自分が正しいと思い、それを信じ、徹底的に忠実であろうとすると、その先には破滅があるというのです。

 この言葉は、現代社会が直面している状況を、鋭く言い当てていると思います。 人は皆自分こそが、自分達こそが正しいと思うところがあります。でも、正しいと思うそのことに忠実であろうとする時、他者に対して抑圧し、排除し、無視をし、更には抹殺しようとする強い力があるのでないですか。

 しかも、自らは少しもそのことに罪悪感が無いのです。なぜなら、自分は正しいからです。そしてその人の思うところの正しさは、聖書を知る者にとって、神を抹殺しようとすることさえ正しいと感じる程の思いであることも理解できるでしょう。

 そのよう人の闇、人の罪、人が思うところの正しさに対して、今日読みました詩編117編の御言葉は人の正しさではなく、神をこそ、賛美することの大切さを示しています。

 「すべての国よ、主を賛美せよ。すべての民よ、主をほめたたえよ。主の慈しみとまことはとこしえに わたしたちを越えて力強い。ハレルヤ。」

 詩編の中で最も短い、僅か5行で終わるこの詩編117編、「すべての国」「すべての民」という言葉は、どの地平を持って伝えられているのでしょうか。この詩編は、歴史的には、イスラエルの過越しの祭の際に唱えられた詩編と言われます。それならば、すべての民とはイスラエルの民を示していたのでしょうか。けれど、クリスチャンがこの御言葉を読むとき、「すべての国」あるいは「すべての民」とは、主イエス・キリストの福音を信じる、世界の人口の30%以上を占めるクリスチャンについて言っていると考えられるかもしれません。

 けれど、私はテゼ共同体がその最初から目指した地平である、信じる者も信じない者でさえも、社会主義とか、民主主義と言った政治的信条をも超えて、国、人種、民族、思想、信条を越えて、「すべての国よ、主を讃美せよ」「すべての民よ、主をほめたたえよ」と告げているのだと思うのです。
なぜ、この方を賛美するのか、この方こそが、「その独り子をおあたえになった程に、世を愛され、独り子を信じる者が一人も滅びないようにと考えられ、御子によって救いがもたらされるから」だと聖書は告げるのです。

 人には闇があります。闇は破滅をもたらす力があります。私たちはそのことを、人の歴史を通して何度も何度も教えられているではありませんか。
今の時代、コロナウィルス感染という「闇」があります。ウィルスそのものも闇だと言えるでしょうが、パンデミックな世界さえ利用して、自分の主義主張でもって、分断を煽る、そのような闇に陥らないようにと切に願います。私たちは、私たちの考えからではなく、わたしたちの主張ではなく、わたしたちの神をこそ讃美し、わたしたちの主こそ褒めたたえることが出来るようにと願い祈ることにいたしましょう。

 そして、どのような状況にあってなお、神が私達を愛しておられることを忘れないように生きていきましょう。神を愛し、隣人を愛して生きてまいりましょう。

 お祈りします。
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