日本キリスト教団 大塚平安教会 

教会情報や牧師のコラムをごちゃごちゃと

新しく確かな霊

2020-03-30 10:28:41 | 礼拝説教
【詩編51編1~19編】
【ルカによる福音書5章33~39節】


 金曜日に東京都知事から、また神奈川県知事からも土曜日、日曜日の外出自粛のお願いが出されました。そのメッセージを聞きまして大分動揺しました。いよいよ教会の礼拝も開くことが出来ない、そのような局面に追い込まれるのではないか、不安に駆られました。
 不安な心を抱えながら、幼稚園の園長室に向かい。園長と副園長の二人に「週末は外出自粛と出たようですよ」と申しましたら、お二人は既に知っておりましたが、それで?という顔をしておられた。
 だから週末は不要不急の外出は控えるようにとなったから礼拝大丈夫かなと話しましたら、「先生、礼拝は不要不急ではないでしょう」と言われてしまいました。
 その言葉に励まされて今日の礼拝も雪の中ですが、献げることとしました。

 けれど、今回の世界中に拡大しているウィスル拡大予防の観点からすれば、人の命に係わることですから、いよいよ慎重な姿勢をもって、これからの数週間、過ごしていかなければならないと思います。

 特に、今週もそうですが、4月5日の次週の礼拝は受難週です。主イエス・キリストが十字架に付けらえる、主の御受難を思いながら過ごす時期を私たちは過ごしています。なぜ、主イエスは十字架につけられなければならなかったのか、それは私たち人間の内に罪があったからです。罪を抱えて生きていたからです。

 しかも、その罪は自分自身ではどうしようもない程の罪でありました。
 主イエスはその罪の全てを負いつつ十字架に向かっていかれた。神の子を死に至らしめる程の罪とはどんな罪であるのか、先ほど読みました詩編51編は、そのような私たちの罪を見つめるためにも、この時期に読まれる聖書箇所として最も相応しい箇所であるといわれます。
 詩編の中には、古来、七つの悔い改めの詩編と呼ばれる詩編があります。これまで取り上げてきた詩編の中では6編、32編、38編がそうでありました。そしてこの詩編51編は、悔い改めの詩編と呼ばれる詩編の中にあっても、最も重要な詩編であると言われます。 (他は102,130,143編です。)

 「神よ、わたしを憐れんでください 御慈しみをもって。深い御憐れみをもって 背きの罪をぬぐってください。」という御言葉で始まるこの51編、作者は神に対して深い罪を犯し、必死にとりなして下さるようにと願い、求め、詩を記しています。
 51編の1節、2節に、この詩はダビデ王の詩であり、ダビデが、ウリヤの妻であったバト・シェバと姦通の罪を犯し、預言者ナタンから叱責された時のダビデの詩となっています。学問的には、その時にダビデが記したものかどうかは分からないようですけれど、いずれにしても神に罪を犯し、また、自分の罪を悔いて、必死に祈りを捧げている様子を読むことが出来る、使用されている言葉も文学的であり、美しい詩編ではないでしょうか。

 しかし、そこで改めて問われることは、私たちの罪とは何かということだと思います。

 キリスト教は、人の内に罪があると話します。すると時々聞かれることに、キリスト教は性善説ではなく、性悪説を解くのかという質問です。
 ここでその二つについて、詳しい話をする暇はありませんが、いずれも古代中国の学者が唱えた教えです。性善説は紀元前300年代に活躍した孟子(もうし)という人が唱えた教えで、「人は本来善であり、その善は絶えざる努力によってさらに開花される」という意味のようです。性悪説はそれに対して70年程遅く、荀子(じゅんし)という人によって唱えられた教えで、「人の性質は悪であって、だから、人は努力によって善を生きなければならない」と教え、勉強することの大切さと説いたと言われます。
 
 キリスト教を知って来ますと、キリスト教は性悪説を唱えているのかという疑問が出て来るのだと思います。けれど、私は、キリスト教はどちらかの説を支持しているといった答えは出来ないのだろうと思うのです。
 
 私たちが知る、聖書に記される神は、天地万物を創造された方です。その方が聖書によれば、七日間かけてこの世界を作って下さった。大切なことは、その創造において、一つ一つを「良し」とされて造られて、人を造られた時は、それは「きわめて良かった」と言われた点であろうと思います。本来、人は素晴らしい一人一人として造られたものであり、主イエスもそのように教えて下さったと思います。
 
 けれど人間は、いつの間にか神の創造の素晴らしさを忘れ、何より神を忘れ、あたかも自分が神のようになろうとして来たと言えるでしょう。その思い上がりは、人と人との間に絶えず争いを起こし、人の命を奪い、多くの悲しみ、悲劇が繰り返されてきたと言えるでしょう。その歴史を見れば、性悪説だからというより、もっと深刻で、更に深い、強い罪に生きて来たと言うしかありません。人の努力によって贖い切れるようなものではない大きな罪を背負っていると言えるでしょう。
 
 主イエス・キリストがこの世に来られたその目的の一つは、そのような私たちを、本来与えられていたはずの、神の「極めて良かった」という世界、希望に満ちた世界へと引き戻そうとされたということではないでしょうか。

 救われた人間というのは、自分が人間であることについて、とても明るい望みを持って生きていけると思います。しかし、そのような人はなおさら、自分の罪がいかに深く、恐ろしいものであるのかを良くわきまえているのではないでしょうか。私たちは神の前において、自らの罪を思い、主イエスの十字架の恵を思わざるを得ないのだと思います。

 主イエス・キリストこそが、私たちの罪を御自分の痛みとして引き受けて下さり、十字架に付けられていかれました。
 私たちがこの礼拝で祈り、賛美を献げ、神の御業をほめたたえるのは、主の十字架によって、神の創造の世界に再び戻され、極めて良かったという世界へと導かれ、神の御手の中で、改めて知る自分自身の存在の素晴らしさを、感動をもって受け止めてるためだと言えるでしょう。

 今日の説教のタイトルを「新しく確かな霊」といたしました。詩編51編12節の御言葉から付けたタイトルです。12編を読みますとこうあります。「神よ、わたしの内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けてください。
 ここに「清い心」とあります。それは純粋で無垢な思いです。今こそ、私たちの世界は、そのような一人一人が生きる世界が求められているのではないでしょうか。
 
 先日、綾瀬ホームの職員礼拝でルカによる福音書から話しをさせて頂きました。その箇所は、主イエスが乳飲み子を呼び寄せて、弟子たちに話しをした場面でありました。

 主は「子どもたちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」と言われました。
 主は、子どものようにならなければと教えて下さった。特に乳飲み子の側でその話をして下さいました。

 乳飲み子というのですから、せいぜい生まれて2歳程の間の子どもたちでしょう。彼らの特徴は何かというと諦めないということです。自分でもうダメだと感じないことです。乳飲み子はハイハイからつかまり立ちとなり、そして、ついに立ちあがって歩けるようになる、しかし、その間、一体何回転ぶことでしょうか。10回、20回ではきかないでしょう。何度も、何度も、失敗しては立ち上がり、失敗しては立ち上がり、そのようにして少しも疑わず、与えられた状況を精一杯生きようとしているのです。
 けれど、いつの間にか私たちは、一回失敗した、二回失敗した、三回失敗したら、もうダメだ、と自分を諦めるようになってはいないでしょうか。神の「極めて良い」という世界から離れ、自分で自分を決めつけて、時には自信を失い、時にはガッカリしたりしながら、自分はこんなものだろうと思いながら生きているのではないでしょうか。
 時にはひねくれ、時には妬み、時には諦めてしまう。そのような自分を生きているとしたら、それはどんなにか罪の世界を生きていると言えるのではないでしょうか。

 詩編の作者はこう記しました。「神の、わたしの内に清い心を創造し 新しく確かな霊を授けてください」
 
 新しく確かな霊とは、これまでの自分とは全く違った、過去のあの事、この事に引きずられながらの思考や行動ではなく、圧倒的に新しくされた自分を生きていいのだ。こんな自分、ろくでもない自分と思っていたけれど、そうではなかった、神の赦しの中で圧倒的に新しくされた自分を生きている、そのようにして確かな霊を与えられて、困難な世を力強く生きていけるのだと私は思います。
 
 皆さん、今日の礼拝は2019年度最後の礼拝です。しかし、新しい2020年度に向かって、世の中は重苦しい空気に占領されています。けれど、そのような雰囲気に負けてしまうことなく、力強く、新しい思いを持って、しかし、だからこそ、より慎重にこの時を生きていきましょう。神の祝福の内に生きて参りましょう。

 お祈りします。
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苦難の日こそ

2020-03-27 16:53:04 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編50編1~15節】
【マタイによる福音書20章29~34節】


 今日の礼拝の中で賛美する予定ではありませんが、讃美歌21の451番、大変良く知られている讃美歌で「くすしき恵み」、アメイジング・グレースという讃美歌があります。カトリック教会も、プロテスタント教会も、様々な教派をも超えて礼拝で歌われている曲です。
 
 この曲を作詞したのは、18世紀後半に生きたイギリス人のジョン・ニュートンという人でした。ジョン・ニュートンはイギリスの産業革命の時代に生きた人ですが、子どもの頃、熱心なクリスチャンであった母親が早くに亡くなり、その悲しみから、勉強も嫌になり学校をやめて、船長をしていた父親の影響を受けて十代前半に船乗りになります。船乗りとして、いわゆる三角貿易と言われる仕事、イギリスから衣類や生活用品、武器といった物資を船に乗せて、アフリカに向かい、アフリカで奴隷となる人々を物々交換して、船に乗せて、それからアメリカ南部の植民地に向かう、そこでアフリカ人の奴隷と、砂糖や綿花といったイギリスに必要な物資と交換して、イギリスに戻る。そういった仕事をしていたようです。

 けれど彼が22歳の時に、イギリスに向かっていた時に、激しい嵐に遭うことになります。もう殆ど沈没してしまうかという程の嵐でしたが、奇跡的に沈没だけは免れます。けれど、その後船は自力で動かすことも出来ず、ただ漂流するだけとなって、食料も水も無くなり、結局このまま死んでしまうのかと諦めかけた時に、良い風が吹いて船が陸に向かい、命を保つことが出来た。

 このような経験をした後に、もはや、自分は生きているのではなく、大いなる方、主なる神によって生かされているという思いに至り、改めて信仰を得て、更には当時メソジスト教会の指導者であったジョン・ウェスレーとの出会いも重なり、船乗りを止め、神を宣べ伝える者としての生涯を生きていくことになります。その働きの中で、沢山の讃美歌を作り、多くの人々に愛される人となりました。特にアメイジング・グレースは彼の最高傑作と言えるでしょう。船の嵐と、漂流の出来事を通して、決定的に回心した思いを込めて作詞されたと言われます。

 私の友人が、昔アメリカからのお土産にと、教会で歌われている讃美歌集を買って来てくださった。手もとに置いてありますが、その中に記されている歌詞を、1番だけですが、日本語にしますとこんなふうであろうかと思います。

驚くべき恵、なんと甘い響きであろうか。
私のような悲惨な者をも救って下さった。
かつて、私は迷ったけれど、今は見出され、
かつて、私はえない者であったが、今は見えている。

 もともと、ジョン・ニュートンの母親は熱心なクリスチャンでありました。母親が元気であった頃は、教会に連れられ、礼拝に親しんでいたでありましょう。けれど、母が死に、将来が見通せなくなり、神から離れ、しかし、軍人にはなりたくなかった。船乗りとして、奴隷貿易の仕事を生業としていました。
けれどその中で、嵐、漂流の体験を通して、これまで長い間、神などいない、神など信じない、と強く思い続けて来たのに、嵐の体験、苦難の日に、ついに神と出会い、人生が大きく変えられていく、そのような人生が変えられていく体験は、ジョン・ニュートンほど劇的ではないとしても、私たち一人一人の人生にもあり得るのではないでしょうか。

 ジョン・ニュートンは82歳まで生きて天に召されました。晩年にこう言っていたそうです。「私の記憶は殆ど薄れている、けれど、二つのことだけは覚えている。
一つは、私がとんでもない罪人であること、もう一つがキリストは、偉大な救い主であること」嵐の中で、漂流する中で、幾度も主に救いを求め、願い、祈ったことでしょう。
そして、命あった時、祈りは聞き入れられた、と思ったことでしょう。そのような神の恵みに生きていると思った時、同時に、自分はそのような恵を受けるに値しない者であるという思いではなかったと思います。
けれど、神は自分を忘れることなく、神の恵みに置いて下さった。その喜びはどれ程であったかと思います。

 今日は、マタイによる福音書の20章29節からの箇所を読みました。主イエスの一行が大勢の群衆に囲まれながら、エリコの町を出て、町の門をくぐった時のことです。二人の盲人が道端に座っていました。道端に座っているとは物乞いをしていたということです。彼らが生きていくにはもはや、そのようにして人の僅かな憐れみに頼るしかありませんでした。そのような二人が、イエスがお通りと聞いて、「主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と叫ぶのです。

 「主よ 憐れんでください」この言葉は、そのままギリシャ語で「キリエ エレイソン」と言います。私たちの教会では滅多に歌うことはありませんが、讃美歌21の30番から35番までが、キリエと歌う讃美歌です。カトリック教会、英国国教会の礼拝では、殆ど毎週の礼拝の中に、「キリエ エレイソン」「主よ 憐れみ給え」と歌われます。
「主よ、憐れみ給え」その願い、その思いは二人の盲人だけのものではありません。マタイによる福音書15章には、異邦人の女性であるカナンの女性が、主イエスのもとにひれ伏して「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています。」と必死に願っている箇所が記されてありますし、17章には、悪霊に取りつかれた子を持つ父親が主の元に近づき「主よ、息子を憐れんでください。てんかんでひどく苦しんでいます。」と必死に願う場面が記されています。

 「主よ、この私を、この私たちを憐れんで下さい。」二人の盲人もまた、幾度も主イエスの前に、「主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と必死に叫び続けました。その声を聞き、主イエスは立ち止まり、「何をしてほしいのか」と尋ねました。
 二人は「主よ、目を開けていただきたいのです」と答えました。主は深く憐れまれて、その目に触れられると、盲人たちはすぐ見えるようになりました。

 皆さん、私たちもまた、今置かれている状況の中にあって、今こそ「主よ、憐れみたまえ」と祈り、願うときではないでしょうか。主イエスが盲人の目を癒されるこの出来事を読んで、今回改めて思わされたのは、盲人が二人であったということです。
 二人の盲人は、家族であるとか、兄弟ということではないでしょう。けれど目が見えないという点では同じ境遇に置かれた者同士です。二人は、いつもエリコの町の門の道端に座って人々の憐れみを願っていたであろうと思います。
辛い、苦しい人生の歩みであったと思います。でも二人だから互いに助けうことが出来た。自分は一人ではないと思えるだけで、大いに慰めを感じることが出来ていたのではないでしょうか。

 だから主イエスとその一行と、多くの群衆に囲まれながら歩いていたとき、彼らは叫び続けることが出来ました。叱りつける群集の声にも負けることなく、主イエスの耳に届くまで、主を憐れみたまえ、キリエ エレイソンと願い続けることが出来たのではないでしょうか。

 今、私たちもまた、この盲人のように、諦めることなく主に願い続け、求め続けていかなければならないでしょう。先週読んでいだ本の中に、「まさかのときの友は、本当の友」という言葉が紹介されていました。
 昔の中国が漢と呼ばれた時代の話ですが、イエス様が生まれる少し前の時代に、李陵という立派な武将がいたそうです。ある時に、匈奴と言われた、今のモンゴル地域の遊牧民族との戦いに出兵して5千人の軍勢を持って、攻めていったそうです。けれど相手は3万人でその戦いに敗れ帰って来る。当然、武帝は怒りまくり、李陵を重い刑に処しようとしますが、ただ一人古代中国の最高の歴史書と言われる『史記』を記した司馬遷だけが、李陵を擁護したそうです。

 李陵と司馬遷は特に友人でもなかったそうですが、司馬遷は李陵の実力を認めていたのでしょう。武帝の権力にも屈しない信念を持って李陵を守ろうとした。そういう話しが知られているそうです。「まさかの時の友」は、司馬遷のような人、そのように紹介されていました。

 けれど、そういう話は滅多にないのだともありました。

 今、中国でコロナウィスルの流行は欧米諸国が大変なことになっていますが、中国は治まりつつあるとも言われます。そんな中で中国の高官が、ウィスルはアメリカの軍隊が持ち込んだ可能性があると言ったことで、アメリカも大分怒っていると報道されています。けれど、もともと、アメリカも、中国を悪役に仕立てた報道ばかりしていたようで、それでカチンときた中国が、反発したのかもしれません。

 中国とアメリカは「まさかの時」でない時も仲が悪いですが、まさかの時、このような言い争いから、更に大きな戦争へと繋がらないようにと願います。まさかの時にこそ、その人の人間性が現れるものでありましょう。

 けれど、正直にいえば、私たちはきっとそのような者なのです。ジョン・ニュートンがいうように神の前にあって「私たちは、とんでもない罪人の一人ひとり」です。少なくとも私自身、本当にそう思います。

 けれど、そのような者の私を、主は「あなたは私の友」だと言って下さいました。ヨハネによる福音書15章で「わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。」と言って下さいました。わたしの命じること、それは「互いに愛し合うこと」です。二人の盲人が助け合いながら、主イエスに憐れみを求めたように、今こそ、このような時にこそ、私たちは互いに助け合い、支え合いながら、尚、主に求め、与えられた困難を乗り切っていきたいと願います。苦難の日こそ、主を呼び続け、祈り続けてまいりましょう。「苦難の日、わたしはお前を救う」この御言葉を杖にして、過ごしてまいりましょう。

 お祈りします。
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神と富とに仕えることはできない

2020-03-27 16:45:11 | 礼拝説教
【詩編49編1~21節】
【マタイによる福音書6章24節】

 新型コロナウィスルによる病、肺炎の拡大防止の為に、3月から教会も色々と対策を考えてまいりました。

 3月に入りまして9時からのこどもの教会を中止としました。礼拝後の愛餐会を中止としました。先週から礼拝の時間も短縮した形で行おうことといたしました。今、与えられている社会状況を考えますと、やむを得ないことであろうと、皆さんも理解し協力して下さっていると思います。
 
 多くの方に早く通常の形に戻れば良いけれどと言われます。勿論、私もそう思います。何よりも、新型コロナウィスルに対する正しい対応が確立し、ワクチンや治療薬が作り出され、予定されている東京オリンピックに世界中の方々が笑顔で参加する。そのような状況となって欲しいと、どなたも思っておられると思います。私達に出来ることはそう多くはありませんが、お互いに注意しながらこれから暫くの間も過ごしていかなければならないと思います。

 先週は雨の礼拝となりまして、特に大変寒い日曜日でありましたが、礼拝が終わり愛餐会もありませんから、皆さんそれぞれに帰っていかれました。12時過ぎには教会に会計の方が仕事しておられるぐらいになりました。
私達の教会でそういう状態になるのは、本当に珍しいことで、少なくとも私がこの教会に参りまして一度も無かったと思います。
 
 けれど、そんな昼頃に残っておられた方と話しをしました。なにげない会話ですけれど、こんなに礼拝に集中できるのはとても良いと言われました。
 少し驚いて聞いてみますと、なぜ集中できるのか、一つに愛餐会が無いからです。教会にやってきては、礼拝前に食事の準備で忙しく働く、お湯を沸かし台所に立ってギリギリまで働かれる、礼拝中も途中位までくれば、食事の事が気になり、あの事をしていたか、していなかったかと思い巡らし、なんだか礼拝どころではなくなってきたりする、そんな思いの全てから解放されて、ただ礼拝だけに集中できる、それがとっても良いと言われました。
 私は、「なるほど」と思いました。改めて大切なことを教えていただいた思いがしておりました。

 私は本当に申し訳ないと思いますが、礼拝が終わると自動的にとは言いませんが、ちゃんと食事が用意されていて350円を出せば、大体大盛の昼食が用意されていると思っていたところがあって、そう思う後ろで一生懸命に奉仕してくださっている方々の苦労や、思いに至っていなかったと改めて思わされました。

 そう思うと9時から行われる子どもの教会も、担当者の皆さんが、朝早くから教会に来られて、9時前にはすっかり準備して下さり、礼拝が執り行われて、その後には分級が行われて子どもたちが帰っていく時間は、すでに10時を回っています。その後は、10時30の礼拝まで、息つく間もなく、礼拝の当番であったり、聖歌隊であったり、食事の準備をされてこられたことも改めて思わされます。

 3月の最初の主日礼拝は、受難節、レントに入った週でもありましたから、聖歌隊が賛美されました。子どもの教会は休みましたので、聖歌隊の方々は礼拝前に十分に準備されて礼拝に望まれたと聞いています。家に帰って、家内も「今日の聖歌隊は良かった」「今日の聖歌隊は良かった」と一万回位繰り返しておりました。

 私たちが置かれている社会状況は、これからも暫くの間決して楽観できないと思います。コロナウィスルも非常に心配ですが、その影響によって、世界中の社会経済が行き詰まり状態となっています。先行きの不透明感は益々濃いものとなって来ているように思います。

けれど、そのような中にあっても、尚そこで礼拝に集う方々が、教会に来られて、教会の役割の一つは主イエスが話されたように「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとへ来なさい。休ませてあげよう。」そういう場所としてありながらも、与えられている苦しさや、辛さを訴えられるだけでなく、このような状況からも尚、自分にとっての宝物を見出して、今日の聖書箇所からいえば、「富」と「神」とに仕えることはできないと主は言われましたが、富の不安に嘆くのではなく「神の恵み」に感謝して生きておられる、まことに幸いなことだと思います。

 3月の、これまでの教会は礼拝以外の全ての行事を取りやめております。その中にあっても、私は毎週木曜日、また金曜日には綾瀬ホーム、さがみ野ホームに行きまして、礼拝を守っております。綾瀬ホーム、さがみ野ホームはそれぞれに、知的障害を持った大人の方、特に高齢の方が多いのですが、どちらのホームも礼拝を止めますとは言われません。これまでホームの中でインフルエンザが流行りますと、時には一か月以上ホームの礼拝が行われないことがありました。けれど今回は、ホームに入る時、熱のチェックとマスクの着用は求められますが、礼拝を取りやめることはありません。

 なぜ中止としないのか深い理由を聞いてはいませんけれど、少なくとも現在のところ、一人の感染者もおられませんし、取りやめる理由が無いのだと思います。
 
 多くの皆さんがご承知のように、綾瀬ホーム、さがみ野ホームの皆さんの殆どの方は高齢です。知的障害を持っておられる方のかなり高い割合で身体的にも何らかのハンディをお持ちの方も多いと思います。ですから一年の中で、お一人も亡くなられないという年は、これまで殆ど無かったかもしれません。
 2月の終わりごろだったと思いますが、コロナウィスルの影響が出始めてきた頃の礼拝で、私は主イエスが話して下さった「わたしは命のパンである」という箇所から話しを致しました。

 皆さん、私たちはお腹が空いたら食事をする、でも、ときどき私たちの心もお腹が空くことがあります。人から嫌われていると思ったり、不安の中や、悲しみ、怒りが出てきたり、そういう時はきっと心の中のお腹が空いているのだと思います。だから大切なことは「わたしは命のパンである」と話してくださったイエス様の御言葉を聞いて心のお腹を満たしていきましょうと話しをしました。

 更に続けて、「今、社会では悪いウィルスが流行って来ています。多くの方々が不安の中、過ごしています。でも皆さん、今のところそのウィスルはどれだけの方が感染するのかわかりません。だから、気を付けなければなりませんけれど、でも皆さん、今の所100%、一人ももれることなく全ての方に間違いなく経験することがあります。それは「人は死ぬ」ということです。」

 そのように申し上げた途端に、大体いつもザワザワしている礼拝が、突然シーンと静かになりました。ホームの方は人は死ぬということを、もしかしたら、私たち以上に、より近いものとして感じておられるかもしれないと思います。

 だからこそ、この地上で生きているこの時間がどれだけ大切なのかと思いますよ、と続けてお話をしました。命のパンであるイエス様にお任せして、私たちは喜んで、出来るだけ元気に生きていきましょうと話しを致しました。皆さんが喜んで聞いて下さるが良くわかりました。

 詩編の49編を読みました。2節を読みますとこうあります。「諸国の民よ、これを聞け この世に住む者は皆、耳を傾けよ」この世に住む者とは、「不安定な浮世」とか「つらくはかない世」のこと、と説明している文章がありました。

 不安定なこの世に生きる者たちよ、と呼びかけて詩編がはじまるのです。少し飛びますが6節、7節では「財宝を頼みとし、富の力を誇る者」が私たちに災いを与えようとしている、けれど「どうして恐れることがあろうか」なぜなら、神に対して、「人は「兄弟をも贖いえないし、神に身代金を払うことも出来ない」からだと続きます。

 贖いとは、「買い戻す」という意味です。「身代金」も同じ意味で使われています。

 更に10節以降を続けて読みますと、より明らかに記されている内容は「人が見ることは 知恵ある者も死に 無知な者、愚かな者と共に滅び」ありますように、やはり人の命は永遠ではないということだと思うのです。

 でも、だから、がっかりして生きるのか、あるいはいつ死ぬか、明日死ぬか、今日死ぬかと心配し、不安の中で生きていくのか?詩編の作者が伝えたいことは、16節です。「しかし、神はわたしの魂を贖い 陰府の手から取り上げてくださる。」
主なる神こそが、確かに私の魂を買い戻して、死の恐怖を取り除いて下さると伝えています。
 
 人は、どんなに富があるとしても、財産、財宝があるとしても、それら全てを用いるとしても人は死から免れることはありません。それが出来る方と言えば、ただ一人、主なる神であり、復活された主イエス・キリストでだけです。

 この方が私たちと共にいて下さる。私たちの時代は、これからどのような変化を迎えるのか、本当のところは良く分からないと思います。けれど、どのように変わるとしても、私たちはだからこそ富に仕えようとすると、世の罠に陥るかもしれません。主イエスは「自分の命を得ようとする者は、それを失う」とも言われました。自分で自分を守ろうとすればするほどに、命のパンである大切な方を見失うかもしれません。様々な誘惑に打ち勝ち、私たちは、この世の富の誘惑に縛られることなく、神に仕える大きな安心の中で、主なる神を見上げて歩んで参りたい、どんな時にも神様の与えられた宝を得て生きていきたいと思うものであります。

 お祈りします。
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右の御手にある正しさ

2020-03-27 16:38:17 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編48編1~15節】
【ローマの信徒への手紙3章21~26節】

  
 イタリア人のマンゾーニという小説家が1830年頃に「いいなづけ」という小説を記しました。この本はイタリア語で記されて、この本によってイタリア語が完成されたと言われるほど、イタリア人なら誰でも読んでいる本のようです。
 
その小説の中に、1630年頃にヨーロッパで流行ったペストについて記してある箇所があって、その箇所を引用しながら、イタリア、ミラノの高校の校長先生が引用しながら、コロナウィルスによって休校となって自宅にいる高校生たちに心を込めてメッセージを記しました。一週間ほど前のことです。子ども達に平静を保つようにと記してあります。
文章を読みますとこうあります。(週報に印刷してあります。)
 
 私は、この手紙のメッセージが果たす役割は大きいと思います。「冷静さを保ち、集団のパニックに巻き込まれないこと。そして予防策を講じつつ、いつもの生活を続けること」
 相手は目に見えません。ですからどんなに予防策を考えてもこれで万全ということは無いと思います。ですから日本中というより、世界中が混乱しているのだと思いますが、テレビや報道を見ていますと、感染した場所や、感染した人の行動まで伝えられていますが、それはやむを得ないとしても、時には感染した人が、一番の被害者であるにも関わらず、加害者であるかのように批判的に伝えられているように感じ、気になります。

 このような状況に至りますと、私たちは益々不安に陥り、相互不信感、集団心理からくるパニック、既にデマから来るトイレットペーパーなどの買い占めが報道されていますが、このような時こそ冷静さが求められるであろうと思います。

 もしかしたら、これから暫くすると、一部では世の終わりとか、終末的と言い出す人々が現れるかもしれません。時としてそのような人々は強い影響力を持ったりするかもしれません。けれど、主イエスは「人が『見よ、メシアは荒れ野にいる』と言っても、行ってはならない。また、『見よ、奥の部屋にいる』と言っても、信じてはならない。と教えて下さいました。世の終わりは私たちが考えるような様子ではやって来ないことを確認したいと思います。

 更にまた、このような状況の下では神は何もしてくれないとか、神様はなぜ黙っているのか、なんと役に立たない神と、神に対して怒りをぶつけるような人も出て来ることでしょう。それもやむを得ないとは思いますけれど、私たちはそのような言葉にも惑わされないようにしなければなりません。

 ある本の中に、アフリカの南西部に位置するアンゴラという国の牧師が、アメリカのシカゴの牧師と話しをした場面がありました。アンゴラの教会は、時の政府から強い弾圧を受けて、何人もの牧師が殺されている状況でした。 
 シカゴの牧師は、政府と教会の関係について質問しました。「教会はどうですか」するとアンゴラの牧師は「女性の組織をすべて解体するように言われました。それでも集会は続けています。」 
「しかし、政府がさらに力を持つようになったらどうするおつもりですか」  「そうですね。我々は集会を続けるでしょう。政府はなすべきことをなす。教会もまた、なすべきことをなすのです。」
 そして、アンゴラの牧師は逆にこう言ったそうです。「アンゴラの教会のことは御心配なく。神はわれわれに良いことをしてくださっています。正直に言いますと、わたしには、ここイリノイ州のこの地で牧師をするほうがずっと大変なことのように思えます。ここには物があふれかえっています。この地で、教会が教会であり続けるのは、ずいぶんとたいへんなことでしょうね」

 私たちは、今、目の前で起こっていることに敏感に反応します。その敏感さはとても大切だと思います。けれど、それだけが全てではありません。

 今日は詩編48編を読みました。この48編について言われていることは、神殿があるエルサレムに向かう巡礼者の群れが好んで歌ったであろうということです。巡礼する人々が、ついに願ったエルサレムに到着しようとしているところです。

 エルサレムにあるシオンの山が見えて来た、エルサレムの城郭が見えてきた、エルサレムの砦の塔が見えて来た、いよいよエルサレムに近づいた。その喜びを見事に歌い上げていると言われます。
人々は今、まさにエルサレムに到着するのですが、しかし、すぐには入らず13節、14節、15節にあるようにシオンの周りを一巡りして、塔の数を数えたり、そびえたつ城壁を眺めたりしながら、ついに自分達はここまでやって来たという喜びを力強く表現している感動的な詩編でもあります。

 この詩編は、いわばエルサレムが神の国であって、その神の国へついに到達した喜びをも表現しているようでもあると言われます。神の国故に、ここに一つの終末の姿があるとも言われます。

 そこに集っている人々は確信を持って、神の御名と共に主なる神を地の果てまでも賛美し、そして、右の御手には正しさが溢れている。と神への信頼を告げるのです。

 右の御手は、主なる神の右の手です。右は英語でrightと言いますが、同時に、正しさ、をも意味するように、神の右手は正しさの象徴です。正しさとは「神の義」です。神の義がこの世界に満ち溢れていると、詩編の作者は告げている。

 私たちのこの世の中にあって、今こそ神の義が求められていると感じます。神の義とは神の愛でもあり、神の救いでもあり、神との正しい関係でもあります。今、教会は主イエス・キリストの受難を覚えるレント の時を過ごしています。もともとレントの時期は、信仰者は静かに主の御受難と、しかしその後に起こる復活を思いながら過ごす時期でもあります。私たちは主の復活日であるイースターを望みつつ、そのイースターこそが、神の義が確かに表された時であったことを思います。
 主なる神は、このような世の中にあっても、尚、私たちに今こそ、皆が手と手を取り合ってこの状況を乗り越えられるようにと見守っておられるでありましょう。私たちにはどんな時にも希望があることを忘れないようにしましょう。
 巡礼の旅を守るものが、多くの苦難を越えてエルサレムに到着し、神の国を見ているようだと感動して詩編に記したように、私たちも私たちの人生という旅の途中で、一つの苦難を乗り越えていきましょう。そして神の国を遥かに仰ぎ見ながら、共々に生きてまいりましょう。

 お祈りいたします。
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アブラハムの神の民となる

2020-03-27 16:28:43 | 礼拝説教
【詩編47編】
【ルカによる福音書19章1~10節】

 週報に記載してありますので、既にお読みの方も多いかと思いますが、新型コロナウィルスによる感染者をこれ以上出さない為の動きとして、三点記しました。

 一つは、子どもの教会の礼拝をとりやめました。これは政府が要請した小中高が春休みまでの休校の措置を受けて、海老名市、綾瀬市では、それぞれ明日は登校するようですが、それ以降は休みとなります。その状況を受けて、子どもの教会の礼拝を開催することは困難と判断致しました。二つ目は、今週と次週の教会が主催する諸行事、諸集会を取りやめることといたしました。三つ目は、主日礼拝の礼拝後の愛餐会を取りやめることといたしました。

 これは日本基督教団の議長、総幹事の連名で、それぞれの教会宛てに出された指針に基づきそうさせていただくこととしました。実際のところは目に見えないウィルスが相手となりますから、どこまで配慮してもこれで安心ということは無いと思います。ですから3月一杯礼拝を止めたらどうかとお考えの方もおられると思います。私の個人的な思いとしては、北海道のように外出することまで制限がかかる状態と判断されるとしたら、それでも礼拝を開催することは困難であろう、それが一つの目安ではないかと考えています。
 
 礼拝後に臨時役員会を召集いたしますので、今日来られている役員の皆様との相談の上、今後の対応を相談していきたいと思っております。ただ毎日不安な状況を過ごさなければならない、これは私たちにとって大きなストレスであり、不安が続くと、不信感が募り、不信感が募ると不満と怒りの感情がわきだし、怒りは争いをもたらします。
 少なくとも、私たちはそのような争いを起こさないよう共々に祈りつつ、この時を過ごしてまいりたいと思います。
 
 私たちの教会は特に、毎週の礼拝後愛餐の時を持ちながら過ごしております。それが出来ない状態、共に食事することが出来ない状態におかれるのは辛い思いが致します。古代キリスト教の礼拝においても、礼拝の後、共に食事をしたことは記されていますし、食事そのものが礼拝であったと考えている学者もいるようです。というより礼拝後に共に食事をするという習慣はユダヤ教の礼拝から、そうであったと言われていますし、現代でもその習慣は大切にされています。
 
 私たちの教会は、通常愛餐会と言いますが、海外などでは「テーブル・フェローシップ」という言葉を用いたりします。フェローシップとは学生や研究者に与える奨学金という意味もありますが、ここでは共同体という意味でつかわれます。私たちはテーブルに着いて食事を共にする共同体であるという意味です。仲間であるということです。
 
 昨年夏に経験したスイスでの英語の礼拝は、礼拝の中で最初に小学生位までの子ども達が前に出まして、そこで牧師が礼拝をされた。子ども達も楽しそうに牧師との会話を楽しんでいるようで礼拝が笑顔に包まれました。
 子どもがいる礼拝はやはり大切だと感じた時でもあります。礼拝の後は会場を移して、食事まではいかない、飲み物とクッキー、スナックのような軽食をいただきながら大分長い間時間を過ごしました。食事まで行かない愛餐会をコーヒー・フェローシップと言いますが、そのような時間を楽しく過ごしました。一人だけ日本人の方がおられて今でも仲の良い付き合いがあります。

 英語の礼拝ですから、スイス人だけでもない、いわば英語圏で生きている様々な方々があつまります。肌の色も違えば、それぞれに習慣も違い考え方も違うでしょう。けれど共々に集って、礼拝を守り、その後のコーヒータイム、誰もが、笑顔で楽しそうに会話をする。自分達は主イエスを中心とする信仰共同体である、仲間であるという安心感と連帯感がその場を包んでいたことを思います。

 日本語で「同じ釜の飯を食う」という言葉があります。愛餐会はまさに「同じ釜の飯」を一緒に食う時間です。特に古代キリスト教の礼拝においては、いわば命がけで信仰を守る時代もありましたから、どんなにその時間が大切にされていたかと思います。

 先ほど読んでいただきましたルカによる福音書19章に記されているザアカイが登場する物語であります。
 
 主イエスがエリコの町に入って、人々が出迎えた。徴税人のザアカイも主イエスの姿を見たくて、外に出たけれど背が低かったので群衆にさえぎられて見ることが出来なかった。だから、いちじく桑の木に登り上から主イエスを見ることが出来たのです。その様子を見て、主イエスは見上げてザアカイに声をかけました。
 「ザアカイよ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい」その声を聞いたザアカイはどんなに喜んだことでしょう。徴税人のザアカイ、徴税人の仕事は支配国であるローマに税金を納めるために、お金を集めるだけでなく、その収入の上前をはねて、自分の懐を肥やすということをしていたと思われます。ですから人々から徴税人は罪人のように扱われ、嫌われる仕事であったと言われます。

 ザアカイという名前は「正しい人」という意味があるようです。旧約聖書にゼカリア書があります。御子イエスの誕生に先だって、祭司ザカリアが登場します。そのゼカリアもザカリアも、ザアカイも同じ意味の名前だと言われます。正しい人なのです。
 男の子が誕生した、その喜びを持って、将来には正しい人として生きて欲しい、そのような願いを持って両親はザアカイという名前を付けたのであろうと思います。

 けれど、何がどうして徴税人として生きるようになったのか、その経緯はわかりません。わかりませんけれどザアカイは徴税人の頭であったと思われますから、それなりに知恵も知識も持っていたことでしょうし、頭の回転も良かったでしょう。でも、どこかで人生がおかしくなったのかもしれない。悪賢い知恵が働いて、財産を蓄えて人を見返してやろうと思ったのかもしれません。
 
 でも、どんなに財産を持とうとも、どんなに豊かな生活をしようとも、ザアカイは寂しかったに違いないのです。なぜなら町の中で「同じ釜の飯」を食ってくれる人がいませんでした。同じユダヤ人でありながら、しかし、共同体として、連帯する者として生きていけませんでした。
 そのような寂しさを抱えていたザアカイに、主は「今日は、あなたの所に泊まるよ」と伝えたのです。それは私はあなたと共に飯を食うよ、わたしはあなたの共同体だよと伝えたようなものでしょう。
 
 その後、主イエスは、弟子たちと共にザアカイの家に行き、共に食事をしたことでしょう。そこで、ザアカイはこれまで一度も経験したことが無いほどの笑い、笑顔、会話、喜び、そして平安に溢れる時間を過ごしたのではないでしょうか。
 そんな時にザアカイは一つの決心をしたのではないでしょうか。立ち上がって「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」その言葉を聞いた主は言われました。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」
 
 ザアカイが、主の前に話したことを完全に実行したとしたら、ザアカイは財産を殆ど失うことになるでしょう。徴税人としてはこれから生きていけなくなるかもしれません。
 ですから、後の文献などでは、その後ザアカイは立派なクリスチャンとして生きましたとか、司祭となってカイザリアの地域を伝道して歩きましたといった文章まで残っているそうです。その真偽はわかりません。

 けれどザアカイは、人生の中で主イエスと出会うという決定的な出来事によって、主イエスと共に食事をして、自分もアブラハムの子であり、自分はこれまで神の御前に失われた者であって、しかし今、ここに神に見出されたという喜びに溢れていたでありましょう。神に見出されたと思える経験があるとするならば、その人の人生は決定的に変わる、と私は思います。

 今日は詩編47編を読んでいただきました。詩編47編は1節から10節の短い詩編です。記されていることも明快です。主なる神を讃え、大きな喜びに包まれている詩編です。当時、と言ってもいつの時代であるのかはっきりとはしませんが、王の即位式の際に歌われた詩ではないかとも言われています。

 歌手の坂本九さんが歌った「幸せなら手をたたこう」という歌があります、その歌詞を作ったのが、早稲田大学の学生であった木村利人さんという人でありました。木村さんは1954年にYMCAの学生ボランティアとして、フィリピンの農村に行って、トイレを作るという働きをしていたそうです。私も30年前にフィリピンに行きましたが農村部は普通にトイレがありませんでした。
 ですからトイレを作ることは大きな働きであったと思います。けれど、戦後10年ですから、フィリピン人は日本人を温かく迎えることはなかったそうです。

 「死ね、日本に帰れ」とまで言われ、途方に暮れ、辛い思いを大分したそうですが、それでも一人だけフィリピン人の友達が出来、その友に助けられてボランティアを行った。けれどその友の家族も日本人に殺されていたことがわかり、大きな葛藤を感じていたそうです。そんな中どこからか聞こえてきた音楽があって、スペインの民謡だったそうですが、その音楽に心慰められ、その曲に歌詞を付けた。その歌詞は、今日読んだ詩編47編2節「すべての民よ、手を打ち鳴らせ。神に向かって喜び歌い、叫びをあげよ。」から作ったものと言われています。

 その後、木村利人さんは、生命倫理の分野で国際的に活躍する人となり、恵泉女学園大学の6代目の学長としても働かれました。利人(リヒト)という名前は、ドイツ語で「光」という意味だそうです。

 どんなに辛くても人の「光」となるような人となって欲しい、そんな思いで両親が付けた名前ではないでしょうか。人生のもっとも辛い思いをしていた時に、作った「幸せなら手をたたこう」は名前の通り、人の光としての役割を果たし、その後長く歌い継がれる歌となりました。

 皆さん、今、私たちが抱える問題は、世界中を混乱に陥れています。近年に無い誰もが辛い状況に追い込まれているとも言えるでしょう。けれど、このような時こそ神に向かい、手を打ち鳴らす時かもしれません。苦しみの中でこそ、食事を共にして共同体として歩んで行きたい思いで一杯です。けれど、それも適いません。今日はこれから聖餐式を執り行います。

 今、私たちが出来る精一杯の分かち合いです。けれどこのパンと杯は、私たちが、誰であり、どこに所属しているのかを明確に示していると思います。心を込めて、ザアカイのように確かな思い、立ち上がる思いをもって過ごして参りましょう。

 お祈りします。
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