【詩編39編1~14】
【ペトロの信徒への手紙一 2章11~23節】
1月20日より2020年の通常国会が始まりました。安倍晋三総理大臣施政方針演説を話された。私は直接その演説を聞いているわけではありませんが、パソコン等で読みますと、演説は「平成と呼ばれた時代の、度重なる自然災害に対する速やかな対応」で始まり「少子高齢化社会」に触れた後、社会保障制度改革について話し、これまでの景気対策とこれからの日本の成長戦略については大分長く話し、更には外交問題や安全保障政策等を話していました。
安倍総理が願う憲法改正については、最後のところで僅かに触れる程度でそれ程強い主張はしなかったようです。
全体的には、これまで自分達が行ってきた政治、政策の成果を強調し、いかに日本が良くなって来ているかを述べ続けている印象もあります。
野党が問題としている、「桜を見る会」とか、「カジノ」問題で賄賂を受け取り逮捕された議員ついてとか、公職選挙法違反をした議員については一言も触れていない内容でした。
施政方針演説は、自分にとって都合が悪いと思われるところは特に触れないのかもしれません。今、問題とされている当の本人たちも、どうもテレビの前では、記者の質問に対して、「捜査に支障をきたすので、コメントは差し控えさせていただく」という話しのみで通しています。自分の政治家としての責任についてコメントをしても良さそうなものですが、見事に一言も話さない。
本当は、沢山話したいことがあるように思います。記者の質問に対して、テレビで見ている人々に対して、洗いざらい話してしまったらどんなに楽だろうと思いながら、でも何かの力によって絶対に話さない、話さないことによって自分を守り、誰かを、何かを守ろうとしているのかもしれません。
あるいは、ここで何か不必要なことを話してしまって、傷口を大きくするよりは何も語らないとほうが賢明であると思っているのかもしれません。色々なことを思わされます。
詩編39編2節にこうあります。「わたしは言いました。「わたしの道を守ろう、舌で過ちを犯さぬように。神に逆らう者が目の前に前にいる。わたしの口にくつわをはめておこう。」あるいは3節に「わたしは口を閉ざして沈黙し」とありますが、この御言葉を読んだ時にすぐに思い起こしましたのが、今申し上げました政治家の方々の沈黙でありました。人はどんな時に口を閉ざすのでしょうか。
口を閉ざすとは、心を閉ざすということでしょう。この人なら信用出来る、信頼出来ると思う人の前なら人は口を閉ざす必要はありません。
我が家で飼っている猫は、保健所から貰って来た猫です、恐らく子猫の時には人から意地悪されたりしていたのではないでしょうか。挙句に捨てられたのか、あるいはもともと野良猫だったかもしれません。基本的に人に対する不信感で一杯です。抱かれることも嫌いますし、滅多に甘えても来ません。家の玄関のチャイムがピンポンとなるだけで、ビクッとして一目散に二階に逃げ出します。それでも家族に対してだけは時々甘えたり、遊んだり、チョッカイを出しても、相手してくれたりもします。餌が無くなると甘えた泣き声で餌を求めていることもすぐに分かります。
臆病な猫でさえ、口を開いて自分を主張するわけですから、口を閉ざした状態、それが相手に対してどんなに信頼が無いか、信用が無いか、先ほどの政治家で言えば、マスコミは自分を不利な立場に追い込もうとしていることは明らかに分かっているわけですから、そうそう簡単に話しをするわけにもいかないと思っているでしょうし、自分の正当性や、言い訳を話せば話すほどに追い詰められてしまう危険性もあります。
何よりも、なぜこんなことになってしまったのか、自分に与えられている状況を受け止めきれないでいる。人に対しても自分に対しても、信頼、信用がない状況、ですから余計に絶対に話さないと思っているのかもしれません。
詩編の作者は、何に対して口を閉ざそうとしているのかというと、「神に逆らう者が目の前にいる」とあります。私はこの御言葉を読んで、神に逆らう者、誰かこの詩編の作者に対して戦うべき敵がいるのだろうかと思いました。戦争、争いの中で読まれた詩編であろうかと思っておりましたが、どの参考資料や注解書に当たりましても、どうもこの詩編の作者は重い病気だったのではないかとありました。
具体的にこの人の前に誰かがいるわけではなく、この人が患っていた何らかの病気こそが「神に逆らう者」としてあるのだろうと思います。しかも、この人の病気、その症状は回復の見込みがない程に深刻なものであって、自分の死を意識せざるを得ない。しかしこの人もまた、自分に与えられている状況を受け止めきれなかったのではないか、主なる神に対してどう祈ったら良いのか、祈りというより、感謝というより、どうも口を開けば神に対する不信感や怒りが出て来そうで、そのような、神に対して「舌で過ちを犯さぬように」むしろ沈黙を守っていたということではないでしょうか。
今日の準備の為にと思いながら、資料に当たっておりましたら、今から50年も前になりますけれど、鈴木正久先生のことが記されてありました。鈴木先生は当時日本基督教団の議長として活躍されていました。日本基督教団の戦争責任告白を出されたり、日本基督教団と沖縄キリスト教団との合同を実現されたり、非常に忙しくされておられた。体の具合が良く無いと分かっていても、中々病院にもいけない状況だったそうです。時間を作って病院に行った時には、既に手のつくしようがない癌であることが分かったそうです。娘さんから告知されて、さすがにショックを受けた先生は、その時の思いを文章に記しました。
「『明日』というものを前提にして「今日」という日があったのに、その『明日』がなくなると、『今日』もなくなってしまい、暗い気持ちになった」と記しました。
明日が無いと分かると、今日も無い、この思いはとても深いと思います。明日が無いというのは、生きているのに死んでいるようなものです。コメントを差し控えておられる政治家の皆さんも、明日はあるのか、明日は無いのではないか、そんな不安と殆ど絶望の淵に追いやれているのかもしれません。自分の罪の深さを悔いて、やり直そうと思うのであれば、明日が見えてくるかもしれませんが、そこまでは思っていないようにも見えます。
鈴木正久先生は、そのような明日を見失ったかのようになり、しかしフィリピ書のパウロの姿を思い、励まされたようでもあります。今日の9時からの子どもの教会の礼拝ではフィリピ書2章が読まれました。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。」という箇所を読みました。この箇所の後にこう記されています。
「何事も、不平や理屈を言わずに行いなさい。そうすれば、とがめられるところのない清い者となり、よこしまな曲がった時代の中で非のうちどころのない神の子として、世にあって星のように輝き、命の言葉をしっかりと保つでしょう。こうしてわたしは、自分が走ったことが無駄ではなく、労苦したことも無駄ではなかったと、キリストの日に誇ることができるでしょう。」
鈴木先生は、この「キリストの日」という言葉に大きな慰めを得たようであります。キリストの日は、自分が生きている時、生きていた時を越えてやってくる。パウロはキリストの日に向かって喜びにあふれて力強く歩んでいたのだと思うと大いに励まされたというのです。キリストの日こそ本物の『明日』であって、『明日』があるなら、今日というものが今まで以上に生き生きとわたしの目の前にあらわれて来ました」と綴られたそうです。
詩編39編の作者もまた、重い病気となり『明日』が見えず、沈黙するしかなかったかもしれません。けれどその沈黙は長く続きません。沈黙によって苦痛から逃れられるわけでもなく、病から解放されるわけでもありません。かえって気持ちは落ち込み、怒りが湧き出て来たのではないでしょうか。4節「心は内に熱し、呻いて火と燃えた。」そして「わたしは舌を動かして話し始めた。」とあります。
そして、主なる神に対して訴えかけます。心からの訴えです。「教えてください主よ、わたしの行く末を わたしの生涯はどれ程のものか いかにわたしがはかないものか、悟るように。」「ご覧下さい、与えられたこの生涯は 僅か、手の幅ほどのもの。御前には、この人生も無に等しいのです。」
と続きます。詩編の作者は、殆ど絶望的な思いを込めて、神に訴えかけています。『明日』が見えないのです。だから今日の命のはかなさを思うほかありません。
「与えられたこの生涯は 僅か、手の幅ほどのもの」手の幅とは指4本分だと言われます。あっという間、一瞬の出来事、人生とはそういうものであるという意味だと追われます。
1月18日、前の土曜日は雪が降りました。その中、私は登戸まで行きまして、天に召されたY姉のご遺体を前に祈りを献げました。与えられた状況は、ご遺体を安置する場所という場所的な制約がありまして、讃美歌を歌ってはならない、祭司服を着てはならない、つまりは宗教的な行事を行ってはならないという場所でした。
当初、その話を聞きまして、それなら私は何を行えば良いのかと戸惑いましたが、それでも担当の方と交渉しまして、キリスト教であれば祈りを献げるのは問題ありませんという答えを引き出しまして、まさに祈りを献げるためだけに向かいました。わたしは、長い祈りの文章を作りました。雪の中、到着して、ご遺族の方々に会いました。
ご遺族の皆さんも式服というよりは普段着で来られておられた。お会いしてYさんは95歳の御長寿であったこと。非常に健やかな召され方であったことなどを伺いました。話しを伺った後に、それでは心を込めてお祈りしましょうと、祈り始めましたが、暫くお祈りしておりますと、皆さんの感情が込み上げて来られたのでしょう。鼻をする音がしておりました。Yさんは、長い間認知症を患っておられました。私がこの教会に参りました時には、お元気でご主人と共に礼拝に集っておられたことを思います。けれど暫くして礼拝には来られなくなり、Yさんも認知症が進んで、私が訪問すると喜んで家に上げてくれるのですが、私が誰なのかわかっているのか、どうかいつも微妙なところであったことを思います。けれど、よく頑張って95年の生涯を生き抜かれたと思います。様々なことがありました。けれど、今思えば、実にあっという間であったとも思うのです。
95年生きるとしても、100歳を迎えるとしても、思えば、人生は僅か、手の幅ほどのものではないでしょうか。あっという間ではないでしょうか。
新約聖書は、ペトロの手紙から読んでいただきましたが、そこにはこうありました。「愛する人たち、あなたがたに勧めます。いわば旅人であり、仮住まいの身なのですから、魂に戦いを挑む肉の欲を避けなさい。」私たちは、この世にあっては人生の旅人であり、仮住まいの身分である、私はその通りだと思います。けれど、だからこそ、私たちは「今日」をどう生きるのか、いつも問われているのではないでしょうか。
詩編の作者は、人生の空しさを思いながら、しかし、8節からは「主よ、それなら何に望みをかけたらよいのでしょう。わたしはあなたを待ち望みます。」と記しました。
詩編39編の中で、唯一と言っても良い、自分はどう生きようとしているのかが記されている一行です。「わたしはあなたを待ち望む」ここにこの人は希望を見出すというのです。
今を生きる私たちもまた、「主なる神を待ち望みつつ」生きております。しかし、詩編の作者と決定的に違うところは、私たちが待ち望んでいる方、主イエス・キリストは沈黙し続ける神ではないというところです。この方は「神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者に」なられた方です。人の時間という歴史の中に、人として生まれ、人として成長し、人と共に歩まれた神として、私たちに神の愛を直接的に歩まれることによって教えてくださった方であります。
私たちはこの方に、私たちの人生をかけようとしています。今お集まりの皆さんは、それぞれに健康状態も違い、体力も違い、与えられている環境もバラバラであることは確かです。けれど、それぞれの違いを越えて、同じところは、主イエスこそが、自分の人生に深く関わりを持ってくださり、私たちを導いて下さっているということではないでしょうか。私たちはこの方によって生き、生かされています。命の主の支えの中で過ごして参りましょう。
お祈りします