日本キリスト教団 大塚平安教会 

教会情報や牧師のコラムをごちゃごちゃと

主の家に宿り

2019-10-30 16:31:27 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編27編1~4節】
【エフェソの信徒への手紙2章19~22節】


 今日は、詩編27編の1~4節を読んでいただきました。この詩編27編、14節までありますが、特に今日読んでいただきました前半の箇所は、詩編の中の詩編と呼ばれる詩編23編にも似た、自分の人生の中に、たとえどんなことがあるとしても、主なる神を信じ、主に従って歩んで行こうとする、いわば「信仰を持つ者の勇気」が記されていると言われます。
 その勇気を持って歩む源が、主なる神であり「主はわたしの光、わたしの救い。わたしは誰を恐れよう。主はわたしの命の砦 わたしは誰の前におののくことがあろう。」と始まります。
 更に、「さいなむ者が迫り わたしの肉をくいつくそうとするが、わたしを苦しめるその敵こそ、かえってよろめき倒れるであろう。彼らがわたしに対して陣を敷いても わたしの心は恐れない。」と続きますが、そのような信仰の勇気、信仰の確信を得るために求められているものは何か、それが4節の御言葉に記されていると思います。
 
「ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。」信仰の勇気を得るために必要なこと、それは「ひとつのことを主に願う」もう少し詳しく読むとすれば、「私が主に願うのは、一つのことしかない」と告げています。

 新約聖書の中に、主イエスが、マルタとマリアの家に行ったとき、マルタは主をもてなすためにせわしなく立ち働いていましたが、マリアは主イエスの足元に座って主の話に聞き入っていました。マルタは、少しも手伝わないマリアを見て、ついマルタは主に告げた。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝うようにおっしゃってください。」その答えに主は「マルタよ、あなたは多くのことに思い悩んでいる。しかし、必要なことはただ一つだけである」と答えた場面がありました。「必要なことはただ一つ」その必要なひとつとは何か、主イエスの御言葉を読む時に、私たちは生涯においてその一つと言われた意味を問い続けて行かなければならないと思います。

 けれど、詩編の作者はその一つとは何かを次の御言葉に記しました。「命のある限り、主の家に宿り」この事だと告げています。主の家、それはもっと具体的に言うとすれば、天の国であるとか、死んだ後の世界のことを示しているわけではなく、神の宮、それは神殿であり、会堂であり、現代の私達で言うとすれば教会、あるいは礼拝堂と言えると思います。命のある限り、私は礼拝堂において神に礼拝を献げると告げているのです。

 先週、定例の役員会が行われました。先週の役員会は、11月に向けて、多くの事柄を取り扱う必要もあり、夜の6時近くまで時間を取って行われました。一つ一つの議題を出来るだけ丁寧に、しかし、出来るだけ急ぎつつ行ってもそれだけの時間が必要であったと思います。
 その中に「礼拝への取り組み」という議題がありますが、その中で、私達の教会は礼拝前の直前まで、どうして騒がしいのか、もっと心静かに礼拝を守る、そういう心備えが求められるのではないかという話しが出されました。この課題は、実際のところ、これまで何度も出され続けている課題で、中々結論が出ない課題であるとは思います。
 私自身も礼拝前のギリギリまで動いていることが度々ありますので、私自身にも問われている課題でもあり、遠回しには、私自身のことを言われているのだとも感じています。なぜ、礼拝前の僅か10分ほどの時間を静かに待てないのか。

 この一週間、説教の準備をする中で、色々と思いを巡らして来ました。特に「主の家」すなわち礼拝堂とはどういう場所であるのかとずっと考えて来ました。
 例えば、ドレーパー記念幼稚園を考えました。私は鈴木先生が園長であったことのことを知りませんから分かりませんが、佐竹園長は、幼稚園に割合に多くの心身に課題があると思われるお子さんを入園させています。どの幼稚園でも断られて、断った園がドレーパー記念幼稚園なら入れてくれるかもしれないとさえ話すそうです。
 
 佐竹園長は、そういったお子さんを本当に入園させて、苦労の多い親子と共に歩もうとしておられます。幼稚園の先生方も、そのような子どもたちと共に、クラス作りをしなければなりませんから、他の幼稚園や保育園では味わうことの無いような苦労が多いと思いますし、静かにさせることも一苦労であろう、一緒に行動することも大変であろう、その中を本当によくやって下さっていると思います。
 
 けれど、ドレーパー記念幼稚園は、キリスト教を土台としている幼稚園ですから、どんなお子さんでも、出来る限り引き受けようとする園長の姿も本当に素晴らしいと思う。というよりも頭が下がる思いがいたします。その為に、何倍も苦労が多い幼稚園だとしても、どんな子どもでも、というよりも人として、誰もが神の前に平等であるという信念があると思います。そこにも確かな「主の家」としての姿が見えるのではないか、とも思います。
 
 ましてや、教会は、この礼拝堂は、主なる神を前にして、健常者もなんらかの障害をお持ちの方も、赤ちゃんから、年配の方々までどんな方でもお出で下さい。と告げなければならないでしょう。なぜならここが「主の家」であり、ここに来れば「主の光」が見え、「主の救い」を垣間見ることが出来る、「主はわたしの命の砦」と信仰の勇気、確信を持っている一人一人が礼拝を守る礼拝堂だからです。
 
 礼拝前に騒がしい、それは良く無いとしても、特に心を整えている方々に対して配慮が無いとしても、どんなにか規則を作るにしても礼拝堂のドアに張り紙をするにしても、そこに愛が無ければ、いつのまにか人を裁くことにもなりかねませんし、最終的には私達の心構えによるのだと私は思います。
 
 どんな心構えが求められているのか、「命のある限り、主の家に宿る」ことです。

 旧約聖書にダニエル書という箇所があります。イスラエルにダニエルという少年がいました。けれど、時代はバビロンとの戦いの時代であり、イスラエルは戦いに負けて、多くの人々がバビロンの捕虜となるわけです。けれどダニエルは非常に優秀な少年でしたから、宮廷に召し抱えられて、三年間の学びを受けて、王に仕える者となりました。その後、ダニエルは異邦人でありながら、優れた働きを行い、何よりも人の見た夢を解き明かす能力が主なる神から与えられていましたので、王の見た夢を解き明かしたりしながら、より重要な役職を任せられるようになるわけです。

 けれど、そこで妬み、嫉妬する人々がいた、あのダニエルは異邦人のくせに、あんなに出世してしまった。王様から重宝がられている、なんと腹立たしいことか、そこで相談をして、王様にこう言いました。「王様、この国で一番は王様でありますから、向こう30日間、王様を差し置いて他の人間や神に願い事をする者は、誰であれ獅子の洞窟に投げ込まれる。この勅令を出しましょう。」勿論、この策略はどんな時でも、ただ一人の神を信じ、神に従い、神に祈り続けていたダニエルを陥れるためでしたけれど、王様はそのことに気がつかず、「よかろう」とその勅令に署名して発布したわけでありました。妬みをもった人たちは、更に知恵を働かせて「これはメディアとペルシャの法律として変更不可能なものになります。」と念を押す訳です。

 ダニエルは王がその勅令に署名したことを知っていましたが、いつものように家に帰ると、二階の部屋に上がり、エルサレムに向かい、日に三度の祈りと賛美をささげます。待っていました、とばかり、彼らはダニエルを捕らえて、王の所に連れて生き、王様、ダニエルは王の勅令を無視して、日に三度も祈りを捧げていますと告げました。王は驚き、なんとかダニエルを助けようとしますが、適わず、ついにダニエルは獅子の洞窟に投げ込まれてしまいました。王はその日は食事を断って、眠れず過ごすのですが、次の日、急いで獅子の洞窟に向かい、「ダニエルよ」と声をあげて、呼びかけたところ、ダニエルは答えて「神様が天使を送って、獅子の口を閉ざして下さいました。だから何の危害も受けていません」と獅子の穴から出てくるではありませんか。
ダニエルは神を信頼していたからである。と聖書に記されています。

 皆さん、「ただ一つのこと」、それは「命のある限り、主の家に宿り」です。誰の家でもなく、主の家に留まることです。誰が何をどう言おうとも、主はわたしの光、わたしの救いとして留まり続けることです。留まり続けて何をするのか、それが次の御言葉、「主を仰ぎ望んで喜びを得、その宮で朝を迎えることを」

 一つは喜んで生きる。私たちは、子どもの頃から、一生懸命に生きなさいとか、真面目に生きなさいとか、人に迷惑をかけないように生きなさいとか、そんな言葉を誰からも教わるのに、喜んで生きなさいという言葉を教わりません。でも、主の家に宿る人は喜んで生きる人です。

 そして「その宮で朝を迎えること」この言葉は、口語訳聖書から大きく訳しなおされました。口語訳聖書ではこうあります。「その宮で尋ねきわめることを」むしろ、口語訳の方が原語に近いと思います。しかし、その意図はよくわかります。朝を迎えるまでも、主なる神に尋ね極めようと願い求めることだという意味だと思います。

 先日、教会に電話に電話がかかって来ました。知らない方からの電話でしたが、「はい、教会です」と出たところ、「相談があります。お宅の教会では、悪魔祓いをして下さいますか」という相談でした。一瞬、本当に驚きましたが、牧師のプライドとしてはなんだか、出来ませんというのも癪だな、などと思いながらも、出来ますとも言えず、困った電話でしたけれど、出来るだけ丁寧に、丁寧に、どうしてそんなことを思うのですか、と尋ねて行きました。

 そしたら、少しずつ、自分が置かれている状態や、悩み、混乱や、どうしても悪魔に取りつかれているのという思いを随分話して下さいました。30分位は、聞いたでしょうか。その間、私の頭の思いは、精神科の病院に行きなさいとか、医者に診てもらったほうが良いとか、いつ言おうか、いつ話そうかという思いと、それは言わないほうが良いという思いの葛藤でしたが、それでも私は医者でもありませんから、牧師として「それは本当にお辛いですね。お辛いでしょう。」と何度も何度も話しながら、最後は、大きな声で、電話口でしたけれど、お祈りしましょうと言って一生懸命に祈りました。その祈りが聞いたかどうかは、神様だけが知っているとしても、その祈りの後に、ありがとうございました。と言って電話を切って下さった。
 
 最初に電話に出て、「悪魔祓い出来ますか」と言われて、なにそんなバカなこと言っているの、とか、病院に行った方が良いですよ、と言ったらすぐに切られたでしょう。なぜなら、その人は、周りの誰からもそのように言われていたからです。でも、そのままの思いを汲み取って、豆腐をそっと持ち上げるようにして、繰り返し、繰り返し聞き続けて、最後に祈ることが出来て、私は私の精一杯であったと思います。
 
 詩編の作者は、朝になるまでも神に尋ね極めることだと告げています。今、私達の身に起こっていることの本当の意味を、尋ね極める程に、その思いを尋ねて、尋ねて、尋ねる、そういう働きは、主の家に宿り、そこに喜びを見つけ、喜んで生きている私達こそがなすべき働きでありましょう。
 
 私たちは神の家族です。そのかなめ石は、主なる神であり、主イエス・キリストです。この方の家に私たちは住んでいます。神の宮は教会、あるいは礼拝堂と申し上げましたけれど、神はこの場に勿論おられますけれど、主イエスは、「二人または三人が、わたしの名によって集まるところに私もいる」と話されました。それは、礼拝堂だけではなく、私たちのそれぞれの家でも、学校でも、会社でも、つまりは、どこにおいても、そこが神の宮となるのだと思います。
 しっかりと神の家に宿り、喜びを持ってこの一週間も過ごして参りましょう。 お祈りします。
 
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憐れみ、贖って下さい。

2019-10-30 16:20:04 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編26編1~12節】
【ルカによる福音書18章15~23節】


 これまで何度も、私が岩手県出身であることを話しておりますが、岩手県の奥羽山脈沿いの秋田県との県境に沢内村という村があります。現在は、合併しましたので村とは呼ばれなくなりましたが、この場所は岩手県の中でも最も雪深い、また一年の半分は冬という村です。
 岩手県自体が、田舎ですけれど、その中にあってもかなりの田舎で、ですから、日本の中でも最も田舎の地域の一つと言っても良いのではないでしょうか。

 その沢内村に、今から凡そ60年前の1958年、私の生まれる少し前の年ですが、深沢晟雄(ふかざわまさお)という人が51歳で村長になりました。
 深沢村長の最初に行った業績は、村に除雪用のブルドーザーを購入したことでした。冬の時期には積雪が4mほどになり、2階から出入りするようになる地域ですから、どうしてもブルドーザーが必要でした。しかも、大型で力強いものが欲しい、けれど当時、岩手県内にその強力で力強いものは2台しかなかったそうです。 
 深沢村長は熱心に探し求めますけれど、簡単に手に入る物でもない、ですから次第に「村長は嘘つきだ」とまで言われたそうです。それでも最終的には、その熱意が伝わり、小松製作所が名乗りを上げて村に貸しましょうとブルドーザーがやって来たそうです。
 これで、冬場でも病院にもいける、学校にも行ける、買い物にもいける、村の人たちは大喜び、また村長の頑張りを見て、自分達も「やれば出来る」という希望をももたらすことになります。

 村長が次に行ったことは、定期的な乳児検診でありました。当時、殆ど村には医者がいない状態で、少し極端かもしれませんが、病人が医者に会うのは、死んだ時だと言われていたそうです。死亡診断書を書いてもらうために医者が必要だという意味です。劣悪な医療状況ですから、村の乳児死亡率(生後一年未満の死亡率)が極めて高い、当時の記録では、乳児1000人に対して、国内では東京都が最も低く25.7人、岩手県は国内で最も高く66人、沢内村はそれよりも高く69人程でした。理由は栄養不足と日照不足です。因みに2年前、2017年度の日本の乳児死亡率は1.9人とありました。

 ですから定期的な乳児検診を開始した。その為にも村に医者をと願い、自分の母校でもあった東北大学に通い詰め、何度も通ってくる村長の姿に、大学側もその熱意に押されて、一人の優秀な医師が常駐の医師として着任することになりました。それが深沢村長2年目のことです。けれど、それで良かったと終わるわけではありません。村の人々は医者にかかることをとても恐れていました。というより、医者を信用していませんでした。これまで村に医者としてやって来た人が、耳が聞こえず、聴診器が全く使えない年寄り医者であったり、うつ病の医者だったり、薬物依存の医者だったりと、まともな医療活動が行えない医者だったようで、村人は逆に酷い目にあっていたこともありましたし、更には、医者はお金を沢山取るから、家の財産が無くなる、だから病院には行かない、「医者に行ったら、かまどを返す」と言われていたそうです。
 
「かまどを返す」とは秋田、岩手当たりの年配の方なら、そのニュアンスまで良く分かる言葉ですが、破産するという意味です。借金して夜逃げするほどだという、そんな思いが込められています。だから、そんなことにならないように、自分達は医者に行かないというわけです。

 しかし、それでは村の人々の健康が守られない、村長は熱心に村人に対して、医者に行くように検診を受けるようにと、行脚して歩いたそうですが中々上手く行かない。
 そこで、村長が決心したのは、高齢者と乳児の医療費を無料にするという案でした。当時の健康保険は、5割負担だったそうです。ですから、自己負担の5割を村が持つと決めました。

 けれど、そこに待ったがかかります。岩手県庁が待ったをかけました。国民健康保険法違反であると言われます。半分は自己負担、それが法律だというのです。村の議会からも「村の条例違反である」と反対されて、村長は窮地に立たされてしまいます。
 でも、深沢村長は、県からも村の議会から反対されても、なお信念を貫いてこう告げました。

 「国民健康保険法に違反するかもしれないが、憲法違反にはなりませんよ。憲法が保障している、健康で文化的な生活すらできない国民がたくさんいる。訴えるならそれも結構、最高裁まで争います。本来国民の生命を守るのは国の責任です。しかし国がやらないのなら私がやりましょう。国は後からついてきますよ。」

 国は後からついてくる。だからやるしかない。元々、村長はなんとしても村人の命と健康、特に子供たちの命を守りたいという信念がありました。その為なら法律違反と言われても、憲法違反にならないはずだと、いや、国は後からついてくる。その信念によって村議会を通過させ、1961年、村長になって3年目に、乳幼児に対する医療費無料を実現させたわけでありました。この議決は勿論、日本でも初めてのことでありました。

 その後、1962年度の一年間は、沢内村の乳幼児は一人も死亡することなく、日本の地方自体の中で、初めて乳児死亡率0%を達成することとなりました。勿論、その後は、全国各地から沢内村の行政の在り方の視察団が群れを成してやってくることとなり、深沢村長が話した、「国は後からついてくる」という言葉も成就することになります。けれど深沢村長はその後、自分の体にガンが見つかり、手術を受けて、治療に専念しますが、当時の医学では難しい状況であったのでしょう。現役村長のまま59歳で天に召されています。

 この話はあまり、全国的に知られているわけではないかもしれません。けれど、私は色々な岩手県の偉人と呼ばれる方々がいますけれど、深沢晟雄村長は、どんなに偉大な働きをした先人にも負けない一人であったと思います。

 今日は、ルカによる福音書から、主イエスが「子どもを祝福する」という箇所を読んで頂きました。「イエスに触れていただくために、人々は乳飲み子までも連れて来た。」とあります。2000年も前の時代、一体、どれだけの乳幼児が生まれ、しかし死んでいったでありましょうか。一説によれば、乳児死亡率は30%と言われます。生きて生まれて来た子どもが一年以内に1000人中、300人は死亡するというのです。更に30%は6歳までに死亡して、16歳までには60%が死亡したとも言われます。20歳までには半分以上が死んでしまう状態であったと思われます。医療と呼ばれるようなものもなかったでしょうし、多くの場合、殆ど何も出来ないままであったかもしれません。

 そのような劣悪な環境、状況に置かれている乳飲み子を、人々が主イエスのもとに連れて来たのです。なぜかといえば「イエスに触れていただくため」です。神の祝福を貰いに来た。この子がどうぞ無事に育って欲しい、真っすぐな純真な親の思いであろうと思います。けれど、その状況を見て、弟子たちが叱りました。なぜ、叱ったのか、 

 そんなに難しく考えなくて良いと思います。ここは大人の世界の場である。子供ごときがくるような所ではないと思ったのでしょう。帰った、帰ったと叱り飛ばしたのだと思います。しかし、その様子を見ていた主は、乳飲み子たちを呼び寄せて言われました。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」更にこう言われます。「はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることは出来ない」

 皆さん、この主イエスの御言葉をどう読まれすか?人々が乳飲み子を連れて来た。弟子たちはその人々を叱った。しかし、主イエスはそれをたしなめて、乳飲み子を抱き上げて、祝福して、この子供のように神の国を受け入れる人でなければと、話された。そうだ、その通りだと思われるでしょう。

 弟子たちの姿は神から遠い姿であって、私達ならそんなことはしない。と思われるかもしれません。現にこうして、私たちは子どもの教会と合同礼拝を守りながら、特に、今日はコールエンジェルさんの賛美を聞きながら、子どもたちも受け入れながらの礼拝、ここにこそ神の国が見えるのだと思われるかもしれません。

 けれど、本当にそうでしょうか。主イエスは、神の国とは、「大人の国でもあり、子供の国でもある」と言っているわけではありません。「信仰の世界は大人の世界であって、教会の生活は大人の生活であって、勿論、そこには子供たちが入るべき余地はある」と言っているわけでもありません。主は「子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこにはいることは出来ない」と話されました。この御言葉は、大人よりも、ずっと子どもの方が神の国に近いということではないでしょうか。

 私たちはいつの間にか、大きくなればなるほどに、この世の中を上手く生きて行くための知恵を身につけて行きます。その知恵を手に入れるためにも、勉強は必要だと誰もが思います。勉強が良く出来る方がこの世を上手く生きて行けるはずだとも思います。私もその通りだと思います。大人になり知恵を用いて、良い世の中になるようにと国の中で、決まりごとが決められていくのです。
 
 しかし、人の優れた知恵によって決められる法律、ユダヤ教の世界では律法という優れた決まりごとがありました。しかし、その決まり事を主は幾度も、幾度も破ってしまうことによって十字架に架けられてしまいます。しかし、なぜ破ったのか、人の知恵に勝る神の愛を訴え、神の愛に生きるよう人々に訴えたからです。

 深沢村長は、決められていた法律に反対し、抵抗し、「国は後からついてくる」とさえ告げて、幼子の為に尽力しました。

 先日の台風19号がやって来て、大きな被害が出ました。その中で神奈川の山北町の話をご存知だと思います。町が断水して困っている様子を知った自衛隊の給水車が到着していたのに、神奈川県はそれを拒否して、自衛隊は給水出来ず帰ってしまったという話しでありました。県の給水車はそれから5時間後に到着したとありました。

 一体、どうなったのかと誰も驚いたのではないでしょうか。でも、それが現実です。人の困窮、困難を上回る法律が優先されてしまったのではないですか。でも、この話は、神奈川県が悪いとか、県知事が謝罪したとかという話しでもありません。
 そういう世の中を、そういう時代を、いつの間にか私達が作っているのだと思います。そしてそれが、主イエスが子どもたちを来させなさいと言って、乳飲み子さえも、乳飲み子だからこそ愛して、愛して止まない神の愛を忘れていっている姿だとしたら、大変悲しいことではないでしょうか。

 主イエスはそれほど、難しい教えを教えらえているわけではありません。ただ神を愛し、隣人を愛しなさいと教えておられる。愛することを徹底的に教えておられる。その愛に生きることを望んでおられる、と私は思います。そして、その愛は、最も弱い、最も小さい者に対する愛の姿として、主イエスが示して下さいました。

 私たちも、幼子のような思いを持って、神の懐に抱かれて、包み込まれながら、その愛を受け、更には、その愛を伝える者へと導かれて歩んで参りましょう。

 お祈りします。
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十字架の五つの意味

2019-10-15 09:06:16 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【ローマの信徒への手紙5章7~9節】


 本日は、台風19号の影響を受けて、予定しておりました鈴木崇巨先生の礼拝説教、また、午後の「学びと交わりの会」を中止とさせて頂きました。
 鈴木先生は、土曜日の朝に海老名に入り、今日も、もし電車が動いていなければ歩いてでも教会に来ますと話して下さり、その決意が極めて固く、私も予定通り行おうと金曜日まで動いておりましたが、テレビ等の情報を見ますと、改めて非常に危険な状況にあると思わされ、金曜日の夕方、改めて鈴木先生と電話で話をしまして、土曜日の段階で交通機関が止まるということ、また平時においては、予想しがたいなんらかの不足の事態、停電であるとか、断水等も含めて想定しなければなりません。
 鈴木先生の身に被害が起こることも想定しなければなりませんので、先生にお願いして、中止させて頂くことにいたしました。私達としてもまことに残念ですが、このことをも通して、主なる神が私達を祝福して下さるようにと願います。お祈りしましょう。


 本日、私達の教会の歩みと信仰の養いの為に、鈴木崇巨先生が用意して下さった聖書箇所はローマの信徒への手紙5章7~9節です。その箇所を改めて読みますとこうあります。7節から読みますが「正しい人のために死ぬ者は、ほとんどいません。善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死でくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。」
 鈴木先生がつけて下さったタイトルは、「十字架の五つの意味」です。主イエスが十字架に架けられ、死に、そして三日目に甦られた。その十字架には少なくとも五つの意味があると考えられたと思われます
 鈴木先生が幾つも記されている著書の中に、十字架と復活の意味についてしるされている箇所がありました。一つは「罪の赦し」二つ目に「神と人との和解」三つ目に「永遠の命の証明」四つ目に「人生の十字架を背負った人への励まし」五つ名に「生まれ変わった新しい生き方をするように」この五つでありました。赦し、和解、永遠の命、励まし、新しい生き方、そのどれもが大切な事柄だと思います。台風被害を受けて、辛い思いをしている方のためには励ましを語らなければならないと思います。

 けれど、この五つの中で、何が最も大切かと考えました時に、私は、「罪の赦し」が今、私達に最も求められているというより、この罪の赦し無くしては、和解も、永遠の命も、励ましも、始まらないと思うのです。
 先週の礼拝でも、人の罪について話をいたしましたが、罪とはギリシャ語でハマルティアと言います、「的をはずす」という意味ですと申し上げました。
 
 ローマ書5章7節の一つ前の6節にこう記されています「実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心な者のために死んでくださった。」
 ここに記される「弱かった頃」と「不信心者」とは繋がりがあると思います。「弱い」ということは「不信心」な事なのです。
 
 先日、ある方がとても真剣に質問をしてきました。「先生、謙遜に生きていきたいと願っているのですが、いったいどう生きれば謙遜に生きていることになるのでしょうか。」難しい質問だと思いました。けれど、私は、「そのままの自分を、そのまま愛して下さっている神様を受け入れることではないですか」と答えました。でも、直ぐにこう返されました。「そのままの自分を神様が愛して下さっているとしたら、確かに『良かった』と思いますが、それでは人としての成長を望めなくなるのではないでしょうか。」皆さん、どう思われますか。「あなたはあなたのままで良いよ」と言われるとしたら、もうその人は安心してやる気を失ってしまうのでしょうか。この質問は、これまで幾度となく、問われた問です。そのままで良いという言葉を聞くと、人は本当にやる気をなくするだろうか、成長はなくなってしまうのか。私はそうは思いません。

 もし、自分が本当にこの人からそのままで良いよと言われるほどに、愛されている、大切にされている、あなたを必要としているというメッセージを受け取っているとしたら、人は、この人のために頑張ろうと思うのだと思うのです。

 これまで何度か、話して来た話ですが、私が岩手の花巻教会におりました時の話ですけれど、ある一人の青年が教会を訪ねて来ました。相談があるというのです。どんな相談ですかと聞きましたら、彼女がいないというのです。エッとビックリしましたが、何歳なのと聞きましたら23歳だというのです。23歳で彼女がいないというのはね~、私は35歳で結婚しましたよ、まだまだ色々なチャンスがあると思いますよと答えましたけれど、色々と相談事を聞くうちに、本当の悩みが分かって来た。その一つに仕事が続かないということでありました。

 高校を卒業して、これまで最も続いたのが2年で、後は半年、数ヶ月、何日というのもある、仕事が安定しないというのです。それで、そうかそういう悩みがあったのか、でもよく教会に来て下さった。普通の人なら中々、そういう相談を教会に来て話をしないよ、教会に来ようと思う、その積極性は本当にたいしたものだと思うよ。
 
 そういう積極性があるなら、きっと次の仕事はいい仕事が与えられて、上手くいくから大丈夫。「そうでしょうか」「勿論、大丈夫だよ」と言ったら安心して帰っていったわけです。
 それから数か月後、私は忘れていましたけれど、彼がやって来たわけです。あら~久しぶりだね元気にしていたのと聞くと、元気ではない。どうしたのと聞いたら、仕事を3ヶ月間、頑張ったけれど、同僚と揉めて止めて来たというわけですよ。でもね、その時も、彼に、そんなに揉めたのに、よく3か月も続いたね~、僕なら一か月続くかどうかわからないよ、たいしたものだね~、次こそは、きっともっと良い仕事が見つかるから大丈夫、そう言って帰したところ、また、数ヶ月して、また辞めて来たというのです。どうも仕事が合わないというのです。
 ですから、聞けば聞くほど、そりゃ仕事が合わないと思うよ、僕ならすぐにでも辞めたと思うよ、でも、よく頑張った、その気持ちがあるから大丈夫、次こそは、きっと大丈夫、こんなやり取りが2年位やりました。そして、2年もした後に、ついに、続く仕事に巡り合った。丁度その頃、念願の彼女も与えられた。だから彼女のためにもというより積極的な姿勢が見えて来て、良い仕事をしていました。

 ところが、その務めていた携帯電話の部品の製造工場でしたが、どうも時代的に段々上手くいかなくなってきたというのです。ですから社長は、どうしたものか、もう止めてしまおうか、銀行から借りてまた頑張るか、悩んでいたというのです。その様子を見ていた彼が社長の所に行って、社長、私を製造から営業に回して下さい、私が仕事を取って来ます、そう言ったというのです。

 その言葉に感動した社長は、もうそれならもう一回やってみるかと自分の家を担保にして銀行からお金を借りて、盛り返したという話しを聞いた時には、こっちも驚きました。

 皆さん、彼はなぜそんなに力が出たのか、勿論、彼女がいないという悩みが解決したという点も大きいと思いますが、どんな状態であっても、そのままで良いよ、たいしたもんだよ、という言葉を聞き続けたからでもあると私は思います。仕事を止めて家に帰れば、また辞めたのかいと親に言われる。お前は続かないなぁと友達にも言われる。自分でも自分が嫌になる。周囲からは力を失う言葉ばかりを聞くのです。頑張ってやってみろという言葉も、彼の耳には、お前は頑張っていないという言葉として聞こえていたに違いない。

 今のお前じゃだめだ、今のお前じゃだめだ、そういう言葉は励ます思いで言ったとしても、どんなにかその人の力を落としてしまうようなものなのです。

 ここで、どうしても必要な言葉は、それでも、今のあなたはたいしたものだ、よく頑張っているよという言葉、そういう言葉を一人でもかけてもらえているとすれば、人は間違いなくそう言ってくれる人の所に行くのではないでしょうか。
だから、彼は教会に、何度も何度もやって来てくれたのです。それは世の中の常識や、考え方とは違うかもしれません。

 でも、その人に対して、今やっていることではなく、その人そのものの存在を全て受け入れて、受け入れるだけでなく、励まし、励ますだけでなく、希望を与え続ける。

 その働きこそが「的をはずない。」つまり、罪の赦しがそこにある。そのようにして「弱っている心」それは、「不信心な心」と申し上げましたが、その弱さを、その罪を赦すことによって、主なる神にあって強い心にしていけるなら人はどんなにか、大きな祝福を見いだすのではないでしょうか。

 朝9時からの子どもの教会のファミリー礼拝では、使徒言行録の9章という箇所を読んでおります。このローマの信徒への手紙を記したパウロが迫害したものから、主の福音を宣べ伝える者へと変えられた場面を呼んでおります。
 パウロはもともと、生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ時の中のヘブライ人、律法に関してはファリサイ派の一員、熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非のうちどころがない者でした。フィリピ書3章に記されています。そこにパウロの誇り、プライドがあったと思います。もともと、パウロはサウロという名前でした。 
 サウロはベニヤミン族の中の英雄である、イスラエルの初代の王、サウル王の名前を貰っているのです。どんなにかその名前を喜んでいたことでありましょうか。けれど、それらの全てを越えて、復活の主イエスとの出会いが決定的でありました。

 なぜ、決定的なのか、キリスト者を捕らえては牢に入れるために、ダマスコという町に向かっている途中、突然、天からの光が彼の周りを照らし、サウロが倒れた時に、声が聞こえます。「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声がありました。「主よ、あなたはどなたですか」と問うと、答えがあり、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」

 私はこの「あなたのなすべきことが知らされる」という言葉がとても大切だと思います。ある牧師が講演会を行う中で、人生の中で一番大切な時はいつか?という問いを聞く人々に問うていました。ある人は、生まれた日、誕生日が大切、また、ある人は結婚した時、またある人は大切な時は「今日という日」と答えておられた。どれも、大切で、その通りだと思います。けれど、その牧師の答えは、人生を歩む中で、一番大切な日は自分がなぜ、生まれて来たのか、自分が何のために生まれて来たのか、自分が生涯をかけてこのことを行うために生まれて来たということが、分かった日ではないか、と話しておられました。とても印象的な言葉だと思います。


 自分が何のために命与えられ、人生を歩んで来たのかを理解出来る時、まさにパウロは、復活の主イエスが「あなたの生涯において、なすべきこと」をパウロに告げたのです。

 パウロは、この御言葉を聞いた時どう思ったでしょうか。「主よ、あなたはどなたですか」と聞くと、「わたしはあなたが迫害しているイエスである。」と返事があった。となると、パウロはその次の言葉は、「パウロよ、一体、お前は何をしているのか。とんでもない男だ。まことの神の働きに背く者よ」と言った、批判、非難の言葉が続くと思ったのではないでしょうか。

 もし、主なる神から否定的で、後ろ向きな言葉を聞いたとしたら、パウロは益々力を得て、キリスト者を迫害する者としての歩みを続けたのではないでしょうか。

 けれど、復活の主はそのような批判や非難を一言も言わず、ただ「あなたのなすべきこと」をパウロに告げたのです。それはパウロにとって、パウロの生涯にとってどれほど大切な時であったかと思います。主イエスは、パウロの罪を指摘したのではなく、その罪の全てを赦したのです。主イエスの十字架の姿、神の決定的な罪の赦しであり、その全ての罪を赦し、赦すだけでなく、愛して下さり、パウロが何のために生まれて来たのかを、しっかりと示し、主イエスを宣べ伝えるものへと導いたのです。
 
 ローマ書5章8節には「しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。」と記されています。主イエスの十字架のその意味の一つ、それは「罪の赦し」です。
 
 この体験をした者の信仰は、自分がいかに弱いものであったのか、すなわち不信心な者であったのかを知る信仰へと導かれ、主の愛を知り、その愛の中に生きる自分を見いだすのでありましょう。そのようにして罪赦された者として、私達の人生も、自分ならではの歩みをそれぞれに歩んでまいりましょう。

 お祈りいたします。
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「あなたに従う道」

2019-10-08 09:56:17 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編25編1~5節】
【ペトロの手紙一 2章1~5節】

 今日の説教のタイトルを「あなたに従う道」といたしました。読んで頂いた詩編25編4節にこう記されています。「主よ、あなたの道をわたしに示し あなたに従う道を教えて下さい」この25編は「ダビデの詩」と記されてあります。イスラエルに最も繁栄をもたらし、多くの民から最も愛された王であったダビデ、私達の良く知るところであります。
 
 けれど、またダビデ王は一つの大きな罪を犯したことも知られています。
 ダビデが城にいた時の夕方、城の屋上で涼んでいた時に、近くにあった家の庭が目に入りました。一人の女性が水浴びをしている姿が見えて、大層美しかったとあります。ダビデは心が動き、その素性を調べさせた所、ヘト人ウリヤの妻、バト・シェバであると知るのです。
 人の妻であることを知りながら、ダビデは使いを出して、城に召し入れて床を共にしたというのです。その後、バトシ・シェバは子を宿し、慌てたダビデはウリヤの子であるように画策を施しますが、上手くいかず、困ったダビデは、逆にウリヤを戦場の最前線に送り込み、そこで戦死させ、その後自分の妻にした話しが記されています。聖書は国の王でさえ、その罪をも赤裸々に記すものだと思います。
 
 その後、勿論、その出来事は主なる神の知るところとなり、主はダビデのもとに預言者ナタンを送り、ナタンは神の厳しい言葉を告げるのです。「あなたに油を注いでイスラエルの王としたのはわたしである。不足があるなら、何であれ加えたであろう。なぜ主の言葉を侮り、わたしの意に背くことをしたのか。あなたはヘト人ウリヤを剣にかけ、その妻を奪って自分の妻とした。」ダビデはその言葉に恐れ戦き、自らの罪を悔いるのですが、結局、生まれて来た子どもは生まれて七日目に天に召されてしまいます。

 全ての物を手に入れたと思える王であろうと、これで良しとは満足できず、自らの欲望に支配され、その欲に負けてしまう。人間の欲望は果てしないと思います。

 それ故に、「主よ、あなたの道をわたしに示し あなたに従う道をわたしに教えて下さい。」と願うこの詩の祈りの御言葉は、ダビデにとってのみならず、私達にとっても実に切実な願いではないでしょうか。けれど、それでは一体、「あなたに従う道と」とはどんな道であるのか、どのような歩みが主に喜ばれる歩みなのでしょうか。

 その答えの一つとして、私は、新約聖書ペトロの手紙の2章に記されている御言葉に目が留まりました。2章の1節から読みますとこうあります。「だから、悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口をみな捨て去って、生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。」

 ここで、悪意とは何か、偽りとは何か、具体的に説明しなくても良いと思います。けれど、ここに記されている言葉は、一つの共通点がありまして、全て他者に対しての言葉です。他者に対して、自分がどう対しているのか、どう接しているのか、それが問われているのだと思います。
ペトロの手紙、今日は2章を読んで頂きましたが、それに先んずる1章を読みましても、そこに記されている事柄は、主イエス・キリストの復活によって、私達が新しくされたこと、そこに希望があること、更に主の再臨のその時まで、無知であったころの欲望に引きずられることなく、兄弟愛をもって生きて行こうと記されてあります。

 だから、悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口を捨てることだと言うのです。つまりは人の悪口を言わないことだというのです。

 今、巷で大人気となっている、ヨシタケシンスケという絵本作家がおります。今年、小学生12万人が選んだ子供の本、上位10冊の中の4冊がヨシタケシンスケの本であったそうです。幼稚園でも何冊かあるかと思います。先日、幼稚園の職員室に行きましたら、園長の机の上に、ヨシタケシンスケが書いたエッセーがありまして、面白そうだと思って、ペラペラと読んでみたのです。2,3ページ位しか読みませんでしたが、そこに記されてあったのは、「人と人とが合って話をする時、その場にいない人のうわさ話をして盛り上がる、また、その人が別の人と合って話をするとき、その場にいない人のうわさ話をして盛り上がる、いつも、その場にいない人のうわさ話をして盛り上がる、それが大人の社会だ」こんな言葉がありました。なるほどな~、よく分かるなと思いました。

 自分には心当たりがないなぁと思われる人は幸いです。その場にいない人の話をして、盛り上がる。でも、その盛り上がり方は、その人を褒めて、いや~立派な人だとは中々なりません。逆に、あの人変わった人だよね~、たいがい悪口の方向に向かうのです。そうすると話している同志は気持ちが良いものです。

 なんで気持ちが良いのか、その人を評価しているからです。評価するということは、自分はその人を評価するに値する人間だと思っているからです。評価されている人よりも、自分の方が勝っていると意識してか、無意識のうちにか、でも、そう思いながら話をするので気持ちが良いのです。私には分かっているけれど、あの人はまだ分かってないねぇ、そう思うと気持ちが良いではないですか?

 けれど、そこに聖書が求める兄弟愛がありますか?信仰者が求められる生き方がありますか?だから、「あなたに従う道」それは、悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口を捨てること、が求められているのだと思います。

 主イエスも「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」と教えられました。でも私達は中々自分を捨てられるものではありません。私達は自分の欲望もあるし、自分の願いもあるし、それらを捨てることはとても出来そうにないと思う。

 先週の礼拝では、独り子イサクを献げた、アブラハムの話をいたしましたが、とても自分はそれほどまでに自分を捨てて、神に従ったアブラハムのようには生きられないと思いますし、先ほどのダビデの話も、ダビデはバカなことをしたと思いますけれど、でも、ダビデの姿は私達の姿でもあるのです。

 イヤイヤ、私はまさかダビデのような不倫とか、人の妻を、人の夫を奪うようなそんなとんでもない事は致しません。勿論、その通りでしょう。
 しかし、ダビデは神に対して大きな罪を犯しました。私達はどうでしょうか。

 先月、9月23日の土曜日は、大塚平安教会で湘北地区大会を行いました。講師にバイブル&アートミニストリー代表の町田俊之先生をお招きして、キリスト教絵画の世界を教えていただいただけでもなく、自分達が直接クレヨンを使って、自分の心が一体どうなっているのか、絵を描くことによって分かるという、そういう作業をしまして、参加された方は誰もが良かったと思って下さったと思います。

 町田先生が話される中で、人の罪について教えて下さいました。罪とはギリシャ語で、ハマルティアと言いますと教えて下さった。それで、この覚え方があって、「罪にハマルティア」と覚えたら忘れませんと教えて下さった。(笑)私は岩手県出身ですから、方言でいえば、「罪にハマルってあ」(笑)。皆さんちゃんと覚えて帰られたと思います。

 「罪」とは的を外すという意味があります。とも教えて下さった。バト・シェバを愛したダビデは「神に従う道」から外れ、大きく的を外してしまったと言えるでありましょう。

 私達の人生においても、的を外すことがある。それはどういう時かというと、主なる神から離れて、偶像に影響されている時です。偶像というと、直ぐに仏像とか、岩に掘られた神様とか、仏様とか連想してしまいますけれど、それだけではなく、むしろ神様以外のもの、私達が生きている社会とか、家庭環境とか、あるいは学校から教えられる教育とか、それによって人は大きく影響を受けながら、生きているのが私達だとは思いますが、それによって人を愛することを知り、人に良い影響を与え、また与えられ、皆が平和を求め、健やかに生きていますと言えるのなら良いのですが、現実はそうではないと思います。


 大きなことを言えば、私達の社会環境や政治、教育によって、私達はいつの間にか、私達の回りには敵国のような国があり、味方のような国があると感じていますし、民主主義社会の方が正しく、そうでない国は正しくないといったようにも感じています。そんなに大きなことを話さなくとも、例えば家庭の事で言えば、その家の家柄とか家風とか、その家、その家の習慣、風習とうものがあって、いつの間にかそんな考え方に影響を受けているところもありますすし、その人自身の生まれ持った性格もあるでしょう。

 それらの様々な影響のもとで、私達は生きていて、そして自分の心の中で、こういう自分でなければならない、こんな自分であるべきという思いが誰の心にもあるわけです。その為に人は努力しますし、人として良い人生を生きたいと誰もが願うのだと思います。

 けれど、願った通りには中々生きられない、こうあるべきと思っているようには生きられない。こうあるべきなのに、どうしてそうならないのか、それは社会のせいだ、家族のせいだ、親のせいだ、妻のせいだ、夫のせいだ、あの人がそう言ったから、あの人が原因だとなってはいないでしょうか。もしそうなっているとしたならば、それが、あなたが捕らえられているところの偶像です。

 その偶像から強く影響を受けて、知らず知らずのうちに、その影響を与えている人、与えている考え方、与えている力、に従う道を歩んでいるのです。
 
 あるいは、影響を与えている者が自分自身であると言うことも出来ます。自分はこうありたい、このようでなければならない、でもそうなっていない自分に、自分で腹を立てている。自分はもっと出来るはず、自分はもっと立派なはず、自分はもっと、こうであるはずなのに、そうなっていない自分を自分が許せないとしたら、自分が自分を偶像化しているのではないですか?

 だから、人からの影響でも、自分自身からの影響でも、それが自分に強く影響し続け、自分の人生がとても生きにくい、生きづらいとするならば、それらのものはみな捨て去って、生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めることだ、と聖書は記します。

 誰が、何を、どう言おうとも、「主よ、わたしの魂はあなたを仰ぎ望み わたしの神よ、あなたに依り頼みます。」と詩編の作者は記しました。「主よ、あなたの道をわたしに示し あなたに従う道を教えてください」と願いました。
 他の何ものにも向かわず、様々な偶像から影響を受けるとしても、決して的を外さず、この方の愛の中にこそ向かって生きる、そう決心して、私達は洗礼を受けました。そして、このように信仰生活、礼拝生活を歩み続けています。

 この道を歩み続けることが出来るように、他の誰からでもなく、主イエス・キリストの福音によって、主イエス・キリストが示して下さった神の恵みをしっかりと受け止めて、私達は、何ものからでもなく、主イエス・キリストに従って歩み続けて参りましょう。お祈りいたします。

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全ては主のもの

2019-10-08 09:43:15 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編24編1~10節】
【コリントの信徒への手紙一 15章16~20節】
「全ては主のもの」

 先週の一週間を振り返りますと、月曜日は、皆様がご存知のように、私達としては、思いがけず天に召された有馬昭平先生の葬儀となりました。当日は、心配した台風の影響もほとんどなく、穏やかな天候の中で、また祝日ということもあり、有馬先生がこれまで牧会して来られた教会の牧師をはじめとする関係する方々も集まって下さり、心を込めてお別れの時間を過ごせたと思います。皆様のご協力にも心から感謝です。

 次の火曜日は主に、事務的な仕事をいたしましたが、水曜日の午前中は、昼の祈祷会、創世記の22章を共に読み、共に祈りを献げる時を持ちました。また、水曜の夜の祈祷会はコリントの信徒への手紙を共に読み、木曜日は綾瀬ホームの礼拝の後、深谷地区の家庭集会に集いまして、共々に礼拝を守り、昼食を共にして豊かな交わりの時を過ごしました。金曜は発展聖書に親しむ会を行いまして、その後、金曜の夕方から土曜は今日の礼拝の為の準備、さがみ野ホームで午後から行われる召天者記念礼拝のために備えて、今、この礼拝に集っております。

 このような一週間、有馬先生の葬儀は本当に思いがけないことでしたが、葬儀、あるいはこのような主日礼拝に限らず、毎週、聖書の色々な個所を読む恵を与えられつつ、特にこの一週間、私自身、何を思い、何を語り続けて来たのだろうかと振り返ってみたのですが、一言で言えば、なにかずっと「主にある希望」を話し続けて来たのではないか、そんなことを思わされています。

 水曜日の昼の祈祷会で読みました創世記22章という箇所は、信仰の父と呼ばれるアブラハムが主なる神の御言葉に従って、独り息子のイサクを焼き尽くす献げ物として献げようとした場面であります。この箇所は、何度読んでも難しいと感じる箇所です。神の思いをなんとか理解しようと試みるも、中々理解しきれない、納得できない箇所の一つではないでしょうか。けれど今回改めて読み直しました時に、果たしてアブラハムはこの出来事をどう考えていたのだろうかと想像してみた時に、少し理解出来た思いがしました。もともとイサクはアブラハムが100歳、妻のサラが90歳の時に授かった子供です。自分達に子を宿す力は既に無くなっていたにも関わらず、主なる神が約束されたことによって、神の恵みとして与えられた子供です。

 人間的にはとうの昔に希望を失っていたにも関わらず、人の絶望を越えて与えられた希望の子であったと思います。旧約聖書の中で、主なる神と直接言葉を交わした預言者は幾人かいます。特にモーセなどは割合に多く神と会話していますが、アブラハムほど直接的に神と言葉を交わし、神の思いを知り、時には神の友として神と深い関わりを持てた人間はいないと思います。

 アブラハムはそのような会話を通して、また嫌なこと、良かったこと、困ったことの様々な経験の全てを含めて、主なる神に圧倒的な希望を見いだしていたのではないか。それは人の絶望すら越えた圧倒的な希望ではなかったのか。だから、あなたの息子イサクを献げなさいと言われた時も、人には分からないけれど、このことを通しても尚、神は必ず新しい希望を見せて下さると信じてイサクを連れて、モリヤの山を目指して歩んでいったのではないか、最後の最後まで、神に希望を持ち続けていたのではないか、そんな思いを話しました。

 私たち人間は、アブラハムが持ちえた希望というよりは、むしろ絶望、というよりも日々不安の中に生きているように思います。その不安は数えきれない程だと思います。2週間ほど前に個人的な話ですが、と申しまして、今度CTの検査を受けますと話しました。説教でそんなことを聞いて驚かれたかもしれません。
 でも隠しているのも嫌だし、むしろ、私は積極的に祈って頂いたほうがずっと良いと思いまして申し上げました。心臓のCT検査だったのですが、結果はどうでしたかと多くの皆さんから尋ねられました。結果は先週の木曜日と言われていましたが、検査の結果は、遅くても次の日には医者には分かるわけで、一目見てまずいと思えば、心臓ですからすぐに病院から連絡が入るはず。ですから連絡が入らず、予定の日に行けるのは大丈夫の印でしょうと話しておりました。お蔭様で予想通り大丈夫でしょうと言われて帰宅いたしました。医者から大丈夫でしょうと言われると、本当に希望といいますか、元気が出ますね。その晩はなんだか久しぶりにぐっすり寝られたようにも思いました。
 
 私達が抱える所の不安、自分の健康だけでもありません。最近はよく老後の不安が取りざたされています。あるいは子育ての不安も言われます。家庭の事、夫や妻の事、仕事の不安、といったいわば人間関係の中で常に起こり得る不安もあれば、社会が抱え続けている漠然とした不安もあります。10月から消費税が10%に上がります。それによって私達の生活がどう変化するのかといった不安もありますし、日本、韓国、北朝鮮、中国といった国際関係だけでも十分に不安を抱えているようにも感じます。
 
 なによりも、私達の国は、先日も大きな台風がやってきて千葉県に大きな被害がありました。また新しい台風が来るとも言われていますが、地震はいつ起こるかわかりませんし、東日本大震災で起こったあの津波の恐ろしさは、昔の話ではありません。私達は自然災害の恐ろしさを、特に最近、頻繁に感じるようにもなって来ているのではないでしょうか。

 私達は、実に様々な不安に囲まれて過ごしています。そしてその不安は、今、こういう時代だからというわけでもありません。聖書が記された時代もまた同様であったと思うのです。

 今日は詩編の24編を読んで頂きましたが、この詩編が記されたと思われる今から2千5百年以上も前の時代も、現代と同じように人々は多くの不安を抱えていたと思います。むしろ詩編が記された時代のほうが、現代以上に人々は様々な不安を抱えていたのかもしれません。

 詩編24篇1節、2節には「地とそこに満ちるもの 世界とそこに住むものは、主のもの。主は、大海の上に地の基を置き 潮の流れの上に世界を築かれた」とあります。
この御言葉は、主なる神の天地創造の場面が連想されます。ここに記される「大海」も「潮の流れ」も人の力の及ばない状態を意味する言葉でありましょうし、何よりも「混沌」を意味しているのではないでしょうか。
「混沌」が意味しているのも不安であろうと思います。神は不安の中に、しかし、主なる神が自らの手で、この世界を創造されたと伝えているのです。この創造の業は人に希望を与えるものであったと思います。

 3節以下は、そのような希望が与えられた人はどのような人であるのか、が示されています。「どのような人が、主の山に上り 聖所に立つことができるのか。それは潔白な手と清い心を持つ人。」聖所に立つとは、礼拝を献げる姿勢です。潔白な手とは行動という外面を現し、清い心は内面を現します。つまり行いも心も清く、純粋であることが求められます。

 アブラハムが神に導かれてモリヤの地に到着し、息子イサクを縛り祭壇に乗せ、刃物をイサクに向けたその時、主なる神の声がしました。「アブラハムよ、その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。」その後、イサクの代わりに神が備えられた雄羊を献げ、そこで礼拝をして神に感謝しました。主なる神は、アブラハムに対して「地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。あなたがわたしの声に従ったからである。」と告げて下さいました。主がアブラハムの行いも心もなんと純粋で、神に対してまっすぐであったかを褒めたたえている様子がよく分かります。

けれど、皆さん。私達は、アブラハムのように生きられるでしょうか。主の神が示されるように、あなたの独り子イサクを、それはつまり、自分が最も大切にしているものを犠牲にしてまでも、清く正しく、純粋に主に従うことができるのでしょうか。もし、人間が本当にそのことができるなら、主イエス・キリストは誕生されなかったかもしれないとさえ思います。

 主イエス自ら、山上の説教では、「心の清い人々は幸いである。その人たちは神を見る」と教えて下さいましたが、そのような清さ、純粋さを、外側も内側も、行動も心も、塵一つないようには生きられない、それが正直な思いではないでしょうか。もし、そのように生きられるとしたら私達の人生には不安さえ無い人生になることでありましょう。

 私達はアブラハムのように生きることを望み、そのように生きて行きたいと願いますが、なかなかそうは生きられません。少なくとも私はそのように生きられないと思う。CTの検査をしましょうと医者に勧められて、説明を受けた時に、この検査は血管の中に造影剤を入れますと言われ、その副作用で40万人に1人は亡くなります、と言われた時には本当に驚きました。説明されてすぐ「先生よ、先生もご存知のように教会の牧師ですから、なんの心配もしていません。」と、もし言えたらどんなにかっこよかったと思いますけれど、とてもそんな心境にはなれませんでした。とてもアブラハムのようには生きられない。更には、潔白な手も清い心も神の前にあっては私は持ち合わせています、などととても言えるとは思えません。

 けれど、だからと言って、希望が無いわけではないのです。いや、それでも尚、希望は確かにある。詩編24編9節を読みますとこうあります。

「城門よ、頭を上げよ とこしえの門よ、身を起こせ。栄光に輝く王が来られる。栄光に輝く王とは誰か。万軍の主、主こそ栄光に輝く王」

 栄光に輝いて来られる王、それは旧約聖書に合わせて、新約聖書を読む私達にとっては疑いの余地なく、主イエス・キリストこそが栄光の王であり、この方にこそ希望を持ち続けることが出来るのです。

 先ほど、コリント書15章16節から読んでいただきました。そこにはこうありました。「死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。」
 コリント書15章は16節以降だけではなく、15章全体を通しても、使徒パウロはキリストの復活を力強く告げている箇所でもあります。キリストがわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたこと、ついで五百人以上もの兄弟たちに同時に現れ、そしてヤコブにあらわれ、最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れて下さいました。とパウロは記しました。パウロがキリスト教徒を迫害する者から、主イエスは復活されたと宣べ伝える生涯を、喜びを持って送ることになった理由は復活の主と出会う経験をしたからです。それは何にも代えがたい、パウロならではの経験であったでありましょう。復活があるなら、そこに必ず希望がある。死から生への希望がある。

「その日、その時は、誰も知らない、天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存知である。」とも主イエスは言われました。

 復活については、父だけがご存知である。それで十分だと思います。この世を、天地万物を創造された方が、私達に命を与えてくださった方が、御子イエスを復活させた方が、私達の復活の日をご存知である。それで十分ではないでしょうか。そこに限りない喜びがあり、そして希望がある。そのことをパウロはその生涯において語り続けました。自分の命をも顧みずに復活の喜びを告げ知らせました。

 有馬先生の葬儀に際して、私は不思議なことですが、ずっと「永遠の命」という言葉を思い巡らしていました。それは、有馬昭平先生とまた、いつか必ず共々に復活して、お会いすることが出来る、そこに希望がある、と思える幸いでもあります。そのことをもっと強く申し上げたかったという思いすらあります。復活の主イエスは、必ず栄光に輝く王として、私達の前に、私達に永遠の命をもたらす為にやって来られます。私達はその喜びに預かることが出来る。まことに幸いなことだと思います。様々な不安を越えて、主にあって、希望を持って歩んで参りましょう。

 お祈りいたします。
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