日本キリスト教団 大塚平安教会 

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我らの神を誇る

2019-08-12 09:32:31 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編20編1~10節】
【コリントの信徒への手紙二 12章1~10節】

 
 先週から、アメリカと韓国との間で、米韓軍事演習が行われています。その状況に北朝鮮が、非常な危惧を表明しているだけでなく、ここ数日の間に何度もミサイルを発射していると報道されています。日本政府は割合に落ち着いた対応を取っているように思われますが、北朝鮮のミサイル発射も、何度も繰り返されることによって、私達は、どこかで慣れてしまっているような感があるようにも思います。
 けれど、もし、その中の一つでも、韓国なり、日本の領土に落ちて、人の命が奪われるというようなことが起これば、一気に戦争の危機を迎えることになるでしょう。綾瀬市、また大和市沿いには厚木基地がありますから、この地域一体も即、緊張感と緊迫感に包まれることは間違いありません。
 戦争というものは、多くの場合、計画的にというよりは、何か偶発的な出来事によって始まるものかもしれません。一度やられたら、やり返さなければ気が済まない、そんな人の思いによって悲劇が繰り返されるのかもしれません。

 そんなことを思いますと、現在の政権がどうしても憲法を改正して、日本が正式に軍事力を持つ国としての歩みを進めるべきという主張が、割合に多くの国民から支持されている状況は分からないでもありません。

 けれど、一度戦争が起こると、勝つにしても、負けるにしても、取り返しのつかない惨状となるのは明らかです。これまでの人の歴史がそれを証明しているようなものです。私達の国においても、8月は特別な月で、先週の6日には広島に、9日には長崎に原爆が投下され、一瞬にして、20万人以上の人々の命が奪われた、その74年目を迎える記念の式典が広島、長崎で行われました。

 一度の戦争が、74年経過して尚、終わったわけではなく、未だその悲惨さが、続いているとも言えるでしょう。戦争の恐ろしさを、私たちは、こうして伝えられているにも関わらず、なぜ、人は戦おうとするのでしょうか。

 詩編20編について、ある牧師の説教を読んでおりましたら、「私たちが作り出し、私たちが生きている世界において軍事力は不可欠なものかもしれない」という旨の言葉がありました。あるいは「大国における軍需産業は国家財政の一つの柱でもあるでしょう。」とありました。大分大胆な発言だと感じました。戦争は商売になる、と考えている人々は少なくないと私も思います。
 もう一つそこで大切な言葉を発しておられます。それは、「戦争となると人は突然信心深くなるものです。」とありました。それぞれの神に戦勝祈願をし、神が守って下さり、支えて下さる戦いこそ、正しい戦争であって、神が味方するならば、この戦争は勝利する。そういう論理を作り出すのでしょう。人の歴史はその繰り返しに過ぎないとさえ、記されてありました。

 先ほど、読んでいただきました詩編20編は、これから戦争の為に出陣しようとしている時の詩であると考えられています。あるいは読み方によって王の即位の儀式の時の誌であるとも言われていますが、どちらにしても、神を前にして王が祝福されるようにと祈られている詩です。1節にダビデの詩とありますが、ダビデ自身が作ったものではありません。

 詩編を読むときに、混乱して、分からなくなることの一つに、誰が誰にどのように伝えようとしているのか、混乱してしまうことがあります。

 20編の詩も、2節から6節にかけて「あなた」という言葉が連続的に使用されています。この「あなたは」は誰なのか。2節には「苦難の日に主があなたに答え」とありますから、あなたは主なる神ではなく、まず間違いなく、ダビデ王であろうと考えられます。
 ですから、ダビデ王が今、まさに出陣しようとしている、その前にエルサレムの神殿において、神に献げ物を献げ、戦勝祈願の儀式を執り行っていると読むことが出来ます。

 この詩編を記しているのは6節に「我ら」という言葉がありますが、この儀式に参加していた複数の人々の中にいた人物と思われます。

 その儀式において、「ヤコブの神の御名がダビデ王を高く上げ」「聖所から助けを遣わし」「シオン(エルサレム)からあなたを支えて下さるように」と祈り、主なる神が、ダビデ王の献げるところの、「供え物をことごとく心に留め」「いけにえを心よく受け入れ」「ダビデの心の願いをかなえ」「ダビデの計らいを実現させてくださるように」と願っているのです。

 敵国に勝利し、喜びの声をあげ、我らの神の御名によって旗を掲げることが出来るようにと願っているのです。

 7節から、主語がかわり、ダビデから詩編の著者本人が主体となります。「今、わたしは知った」の「わたし」は詩編を記した人の視点です。「主は油注がれた方(メシア)に勝利を授け、聖なる天から彼に応えて」この彼は、ダビデ王でしょう。「右の御手による救いの力を示されることを。」

 8節には「戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが 我らは、我らの神、主の御名を唱える。」と続き、最後の10節、「主よ、王に勝利を与え 呼び求める我らに答えてください。」という御言葉で締めくくられます。

 10節の御言葉は、そこに集っている王を中心として、軍勢、祭司、民衆、参列者、皆が声を合わせて「主よ、王に勝利を与え 呼び求める我らに答えて下さい」と大きな声で唱えているように感じます。王の勝利は、国の勝利であり、民の勝利だからです。

 この詩編に限るわけでもなく、旧約聖書全体を読みましても、イスラエルの歴史は戦いの歴史であると言っても過言ではないと思います。聖書を読んで、なぜこれほどまでに戦いの出来事が記されているのかと問われたことが、これまで何度もありましたし、自分自身もそう思うところがあります。しかし、それが現実社会なのだろうとも思います。
 
 けれど、例えば出エジプト記に記される戦いはどうかと言いますと、指導者モーセを中心として、人々はなんとかエジプトを脱出しました。その数凡そ、男性だけで60万人でした。しかし、エジプトの王は、後になって奴隷の民を出したことを悔やみ、軍隊を用いて追いかけます。イスラエルの民は、そのことを知り、恐ろしさで混乱します。

 前には大きな海が、後ろには、エジプトの軍隊が、私たちは、ただ殺されるためだけにエジプトを出たのかと、人々はモーセに詰め寄りました。モーセはひたすらに神に祈り、その祈りの中で、海が二つに分かれて、イスラエルの民はその窮地から脱出出来た話は良く知られている話ですが、この戦いは、剣を持たない戦いでありました。モーセの戦いは、剣ではなく、手に持った杖を高く上げ、神に祈り求める祈りによって人々を導くことであったと思われます。

 しかし、次第に歴史が進むにつれて、神からの約束の土地を手に入れたイスラエルは、争いと戦いの連続となりました。当初は士師と呼ばれる指導者が、後にはサウル、ダビデ、ソロモンという王が中心なって、近隣諸国と戦いました。しかし、その戦いにおいて彼らは、次第に罪を犯すようになります。
 それは、戦い、争い、勝利することによって、そこから莫大な利益が得られ、国が豊かになるという現実です。勝てば勝つほどに、国が豊かになるのです。まさに、ダビデの時代、息子のソロモンの時代がその代表的な時代であったと言えるでしょう。しかし、そのことを主なる神は望んでいたのでしょうか。
 
 更に、より現実的な問題は、国全体が豊かになるというよりは、イスラエルの中にあって、貧富の差が大きくなっていったとも言われます。富める者はより富み、貧しい者はより貧しくなっていった。元来、モーセに与えられたところの律法は、そうならないように、誰もが神の御前において、幸いに、祝福に、平和に、つまり、シャローム、平和、祝福に生きられるようにと良く考えられた神から与えられた決まり事でした。しかし、次第にその律法が無視されるようになり、イスラエルの内にあって、土地の搾取が起こり、搾取された者は奴隷とされ、裕福層と、貧困層との格差が広がって行ったようです。

 このような状況は、現代の日本と良く似ていると思います。そして、そこにおいて主なる神のシャロームは忘れられ、限りない人間の欲望だけが勝利していく、ように思えるのです。

 そんな状況にあって、イスラエルに登場するのが、主なる神の言葉を取り継ぐ預言者と呼ばれる人々です。例えば今、婦人会では、7月から旧約聖書のアモス書という箇所を読み始めましたが、9月に学ぶ予定の2章で、預言者アモスは痛烈にイスラエルに対して批判をしています。「主はこう言われる。イスラエルの三つの罪、四つの罪のゆえに、わたしは決して赦さない。彼らが正しい者を金で、貧しい者を靴一足の値で売ったからだ。彼らは弱い者の頭を地の塵に踏みつけ、悩む者の道を曲げている。父も子も同じ女のもとに通い わたしの聖なる名を汚している。」

 豊かな者が貧しい者に対する行為を強く非難、批判している文章です。

 あるいは、イザヤ書1章23節にはこうあります。「支配者らは無慈悲で、盗人の仲間となり 皆、賄賂を喜び、贈り物を強要する。孤児の権利は守られず、やもめの訴えは取り上げられない。」こう記したイザヤが活躍した時代は、紀元前700年代であったと思われます。

 しかし、このような預言者の言葉も聞き入れられず、悔い改めないイスラエルは、ついに自分達の欲望の果てに、全てを失い、大国バビロンに敗れ、国を失い、全てを無くしてしまうことは、聖書を読む者は良く知っている通りであります。

 主イエス・キリストは「剣を取る者は皆、剣で滅びる。」と教えられました。剣とは、この世の富であり、権力でもあり、武器であり、他を屈服させる力とも言えるのではないでしょうか。そのような物を取る者、そのような物を神とする者は、その人自身、その神としたもので滅びるのです。

 詩編20編8節を改めて読みますと「戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが 我らは、我らの神、主の御名を唱える」とあります。

 私達が誇る物は、戦車でも、馬でもなく、我らの神、我らの主です。主なる神の栄光は、旧約聖書で終わるのではなく、新約聖書において、神の子、主イエス・キリストにおいて実現されました。

 今日はコリントの信徒への手紙12章を読んでいただきました。そこで使徒パウロは自分の信仰について告げています。自分には一つのとげが与えられ、なんとかそのとげが自分から離れるようにと三度祈ったというのです。 

 三度とは何度もという意味があります。しかし、主は「わたしの恵はあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と告げられたというのです。この意味は、あなたはあなたの欲望から離れよ、という意味ではないでしょうか。パウロは、そう理解したのではないでしょうか。そのままの自分を、大いに喜び、自らの利益を求めず、また状況によらず、神の福音を平和、シャロームを、全ての人々に告げ知らせる人生を歩み続けました。

 私達の歩みもまた、そのようなものでありたいと心から願います。
 誇るなら、主を誇り、武器を持たず、剣を手にすることなく、神の祝福を歩み続けて参りましょう。
 
 お祈りいたします。
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幸いな人

2019-08-04 14:32:20 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編90編1~12編】
【マタイによる福音書9章9~13節】

 先日、子どもの教会サマーキャンプが教会で行われまして、正確な人数はわかりませんが、50名以上の子どもたちと共に、教会に泊まって過ごしました。

 私は、月、火の疲れが木、金あたりに出て来まして、「今頃!」と家内に驚かれました。(笑)きっと、子どもたちは次の日には、キャンプの疲れも何もなく、更に元気に走り回っていたことでしょう。
 今年のテーマは「イエス様とあそぼう」というテーマで、とにかく、来て楽しかった、教会は楽しいところだ、友達と遊べるという思いを持ってもらいながら、でも、ただ遊べるだけでもなく、遊びの中に聖書の色々な場面を持ち出しながら、自然に聖書の話を覚えていくようにと心掛けて行いました。

 五つのパンと二匹の魚の話とか、ザアカイさんの話をしたり、イエス様が弟子たちを招いたりという場面を話しながら、弟子たちの名前を自然に覚えるようにと工夫したり致しました。弟子たちを招くイエス様の絵本がありまして、それをプロジェクターに映して、主が弟子たちを招かれる場面を読んだりもしました。

 最初は漁師であったペトロとアンデレ、あるいはヨハネとヤコブ、そして、その次に収税所に座っていたマタイを、通りがかりに見られて、「わたしに従いなさい」と言われた場面も読みました。
 今日、先ほど読んでいただきました箇所が、丁度その箇所となるわけですが、主イエスが、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。とあります。するとマタイは立ち上がって「イエスに従った」とあります。

 漁師たちを招かれた場面も、同様ですが、彼らはなぜ、「イエスに従った」のか、記されているわけではありません。ですから、想像を膨らまし、思いを巡らす以外にはないのですが、マタイは徴税人でした。収税所に座っていたのですからそれは間違いないと思います。

 10節には「イエスがその家で食事をしておられたときのことである。」とあります。「その家」とは恐らくマタイに家ではないでしょうか。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していました。そんな様子を見ていたファリサイ派の人々が弟子たちに話しかけました。「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」「徴税人と罪人」と言う言葉は、まるでセットで用いられているようにも感じます。

 徴税人の仕事は、文字のまま、税金を取り立てる仕事です。
 イエス様の時代のユダヤ、イスラエルは、純粋な独立国ではありませんでした。ローマ帝国の支配の下に置かれていた。徴税人が、おもに取り扱う税金は、そのローマ帝国が徴収する税金でありました。

 自分たちの国や地域、社会の為に用いられる税金ではなく、自分たちを支配しているローマに納めたお金が持っていかれるわけです。しかも、税金を集めるのは、ユダヤ人、地元の人を使って税金を集めていました。
 ローマ人がやって来て徴税すれば、ローマに対して益々地域の人々は反感を感じるでしょうから、そうしませんで、現地の人を用いて税金を集めさせた。
 例えば、ローマから100円の税金と言われても、徴税人は勝手に、その徴税人の力量で、金額を110円にしたり、120円にしたり出来たようです。そしてローマには100円、自分の懐には10円、20円というようにして、徴税人も儲かり、ローマも苦労なく税金が集まり、しかもあまり住民から反感を買わないという方法を用いたのだと思われます。
 
 ローマから徴税権という権利を与えられた徴税人は、自分も随分儲かりますので、私腹を肥やす事が出来たでしょうし、何人もの人を使っていたザアカイのようにお金持ちになることも出来たでありましょう。
 けれど、同時に、同胞からは大変嫌われる。そのことも引き受けなければなりませんでした。自分たちを支配するローマに税金を納めるだけでも腹立たしいのに、その権利を用いて同じユダヤ人が、税金の上前をはねて自分の懐に入れて私腹を肥やすわけですから、どうしても徴税人は嫌われ者になってしまいます。

 裏切り者扱いされるのはやむを得ません。自分達が信じる主なる神に対しても裏切っているという思いがあったかもしれません。ですから、徴税人と罪人というのは同格のように扱われたのでありましょう。
 
 主イエスに従ったマタイも、そのような徴税人の一人であり、マタイだけが、自分の取り分無しで、上前を撥ねない良心的な仕事をしていた姿を見抜いてイエス様が弟子にしたとは考えられません。「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」と主は話されています。

 マタイはまさに徴税人でした。けれど、そのようなマタイがイエス様に「私に従いなさい」と言われて、「彼は立ち上がってイエスに従った」のです。
 なぜ、立ち上がって、主イエスに従ったのか、最も考えられることは、マタイは、この仕事をしながら、自分の人生をやり直したいと思っていたのではないかと思います。

 だから、主イエスの言葉にすがるようにして、従っていったのと考えることも出来るでしょう。
 でも、もう一つ考えられることは、この主イエスがマタイを招く場面は、主イエスが、マタイの5章から始まる「山上の説教」と呼ばれる主イエスの教えが7章まで続きます。それに続いて8章は、主が立て続けに奇跡の業、癒しの業をされています。
 重い皮膚病を患っている人を癒される、百人隊長の僕を癒される、ペトロの姑の熱を癒す。そして多くの病人を癒し、船の上においては嵐さえも叱りつけて、凪にさせるのです。異邦人の土地であるガダラ人の土地では、墓場にいて悪霊に取り付かれていた二人を癒され、そして、9章に入っても尚、中風の人を癒すという奇跡の業が立て続けに記されています。更に、その奇跡の物語はまだ続いている途中にこのマタイを招く場面が入っているのです。
 
 奇跡の業をなされる主の姿が記されている場面で、どうしてマタイを弟子にする場面が記されているのか、徴税人であったマタイが、主イエスの弟子になるということ、「私に従いなさい」と言われたマタイが、その理由や説明の一つの理由もなく立ち上がって従ったということ、もまた一つの奇跡の出来事が記されていると考えることが出来るのではないでしょうか。
 
 主イエスがマタイを見かけられたのです。それが全ての始まりです。そして「わたしに従いなさい」と声をかけられました。
 
 主イエスに声をかけられたマタイは立ち上がって主イエスに従いました。「立ち上がって」と言う言葉と「座っていた」と言う言葉は対の言葉です。彼は座っていたのですが、立ち上がったのです。罪の中に座り込んでいたところから立ちあがったのです。
 それは、9章の1節からは、寝たきりであった中風の人が、起き上がって床を担ぎ、家に帰って行った出来事が記されていますが、「立ち上がる」そして「起き上がる」このような言葉は、復活の出来事を思い起こさせられる言葉です。

 立ち上がったマタイは何をしたのか、12人の弟子の中に選ばれ、これまでの人生と全く違う歩みを、主イエスと共に歩み続けました。
 
 しかし、聖書の中にマタイが何をしたとか、こんな出来事があったといった内容は記されていません。ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、といった弟子たちのように、頻繁に名前が登場するわけでもありません。新約聖書全体でも、5回、マタイという名前が登場しますが、今日の場面を除けば、全て弟子の一人として記されているだけであります。

 けれど、この2千年以上に亘って、現代を生きる私たちにとっても、マタイという名前は、とても馴染みがあり、忘れがたい名前です。どうしてか、マタイは、マタイによる福音書を記したからです。マタイ1人の手によってではないだろうと言われていますが、けれど、マタイがいなかったこの福音書は記されなかったでしょう。

 あの、美しく、また、人の心に大きく影響を与え続ける、主イエスが話された山上の説教を記したのはマタイです。「敵を愛しなさい」、という御言葉によって、キング牧師は公民権の獲得を目指しました。「復讐してはならない」という御言葉によって、ガンジーは非暴力不服従で、インド独立を成し遂げました。
 
 「思い悩むな」と話して下さった主イエスの御言葉を記したのもマタイです。

 「自分の命のことで何を食べようかと、また自分の体の事で何を着ようかと思い悩むな。」「空の鳥を見なさい。」「野の花を見なさい。」と教えられた主イエスの御言葉を記したのもマタイです。マタイによる福音書は、主イエスの平和への道を書き記していると言っても良いでしょう。

 そして、このマタイによる福音書がまとめられたのは、諸説ありますけれども、主イエスの十字架と復活、そしてペンテコステの出来事から凡そ70年後ほどではなかったと考えられています。なぜこの福音書が必要であったのか、なぜ書き記さねばならなかったのか、主イエスを直接知る弟子たちが、天に召され、少なくなって来ていたことが考えられます。
 弟子のヨハネは長生きであったと言われますけれど、主イエスと共に歩んだ、いわば第一世代の弟子たちが、これからの世代の人たちに対して、残すのは、財産ではなく、主イエス・キリストが話された御言葉であり、神の国の福音であり、私たちに与えられた神の御計画と、祝福を残しておきたい。そう願いながらこの福音書は記されたのであろうと推測致します。

 本日、私たちの教会は創立70年の記念礼拝として献げています。この大塚平安教会が設立されて70年の年月が経ちました。この70年という年月を思う時に、大塚平安教会がどのようにして設立され、どのようにして成長してきたのか、既に教会の50年誌、60年誌も発行されていますけれど、直接にその時代を生きた方々が、少しずつ天に召されているのも現実です。だから、私たちは、70年誌を書き記すだけでもなく、何よりも、聖書を読み、主の福音にふれて、主の御言葉に従った方々、一人一人の信仰を受け継いでいきたいと改めて願います。

 私たちは、時として「自分の信仰」という言葉を用います。自分に与えられた特別な信仰と思います。けれど、その信仰は、これまで長い歴史を積み重ね、守って来た信仰の先達の信仰とつながり、教会の信仰とつながり、そして、主イエスと共に歩んだ多くの人々の信仰へとつながっていくのです。この70年周年という記念を、ただ記念とするだけでなく、これからの歩みの為にも、私たちは更に、主イエスの御言葉に聞き、信仰を養い、移り変わる時代の中で、移り変わらない確かな神の福音を胸にして、力強く歩み続けて参りましょう。

 お祈りします。
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