日本キリスト教団 大塚平安教会 

教会情報や牧師のコラムをごちゃごちゃと

いつ死を迎えるとしても

2019-04-01 12:45:09 | 礼拝説教
【申命記34章1~12節】
【エフェソの信徒への手紙6章21~24節】

 本日は、「いつ、死を迎えるとしても」という説教題と致しました。この説教題を改めて読み直しながら、思い出していたことがありました。以前にも話しをしたことがあったと思いますけれど、私が岩手の花巻教会におりました時に上野あかりちゃんという女の子がおりました。
 
 今、巷で、水泳選手の池江璃花子さんが白血病になったと知らされて、本人も、周囲の関係者も大分ショックを受けていると思いますが、早く回復するようにと願い、祈りたいと思いますが、当時上野あかりちゃんも、小児白血病という病気を患っておりました。私が1995年に花巻教会に赴任した時には、小学校の低学年でしたが、既にその病の為に入院、治療をされていました。白血病は血液のガンとも言われます。ですから基本的には抗がん剤治療となるのでしょう。子どもにとって辛い、厳しい治療であったと思います。
 
 何度か病院に行ってお祈りしたり、話しをしたり新米の牧師としての私も、何をどうすれば良いのか戸惑うばかりであったようにも思います。
 それでも、治療の結果、病状は回復して5年生位には退院となり、学校にも通い、子どもの教会にも通って来てくれていました。

 花巻教会には、大塚平安教会のように幼稚園はありませんから、子どもの教会と言っても、礼拝は3人か、4人で、しかもその中で子どもは1人か2人というそんな教会学校でしたが、そこに元気になったあかりちゃんが通うようになってくれて、一人でも来て下さると、皆は本当に力を得て良い時間を過ごしたものでした。

 けれど、あかりちゃんに話をする、当時まだ小さかった我が家の子どもたちと、その仲間の子どもたちはいつも親からうるさいだの、騒がしいだのと叱られてばかりでしたから、あかりちゃんはどんなことで叱られたりするの?と聞きますと、これまで一度も叱られたことが無いというのです。え~、叱られたことがないの?ときくと「ハイ」と答える。こっちは叱られないようにしましょうといった話をしようと思っていたのに、叱られたことが無い子にそんな話は出来なくて、話に困ったことがありました。

 また、ある時は、献金を捧げるときに、あかりちゃんは500円玉を用意していて、ちょっとビックリしたことがありました。それでつい聞いたら、一か月分のお小遣い500円を貰ったので、それを献げますというのです。全部献げると一か月分のお金無くなっちゃうよと聞くと、お金は入らないというのです。
 
 私は、あかりちゃんに聖書の話しをするのがだんだん恥ずかしくなってくるほど、真っすぐな素敵なお子さんでした。その後も家族ぐるみの良いお付き合いをさせて頂いていましたが、私がこの教会に赴任した丁度その頃、病気の後遺症が原因だったと思われる病で、二十歳で天に召されていきました。

 今でも天使のような子どもであったと思います。あかりちゃんのお母さんは上野裕子さんと言います。裕子さんは、生まれ持っての性格なのでしょう。いつでも、どんな時でも明るく前向きに生きていた方でした。私たち家族が花巻から離れても、毎年、毎年、家族全員の写真が写された素敵なクリスマスカードを送って下さっていました。
 
 3年前のクリスマスカードも、全員が笑顔の素敵なカードが届いて元気でいることを喜んで拝見していました。でも、クリスマスが終わり、年が明けて1月4日、裕子さんも召されて行かれました。61歳という年齢でした。御自分がガンであることを既にご存知で、もう残されている命もわずかしかないと分かっていても、笑顔でクリスマスカードを送り、そのことを少しも表に出さず、1月3日に家族、親戚が集まって新年のお祝いをするまでは、病院に行かないで準備して、みんなでお祝いした、その晩に静かに息を引き取ったという知らせを聞いた時には、本当に驚き、また、悲しみにくれました。

 人は必ずいつかは死に、天の神様の所に帰っていきます。誰もが知っていることです。でも、私たちはあまり、自分の死について考えることはありません。自分達の脳がそのことを考えないようにさせているのかもしれませんし、あるいはそんなことを考えてみても、しょうがないと思っているかもしれません。

 しかし私は、人の歴史、人類の歴史と共に宗教が存在しているのは、「人は死ぬ」ということを知っていたからだも思っています。
 
 猫や犬には時間という概念がありませんし、生きているとか死ぬということもわかりません。人だけが死ぬべき命を生きている、そのことを知っているのです。
 
 けれどだからこそそこで問われることは、限られている地上の人生をどう生きるのかということではないでしょうか。私は宗教の働きが求められるのは、私たちが死んだ後どうなるのかを知らせるのではなく、限りある人生だから、その人生をどう自分は生きて行こうとするのか、そのためにこそ、宗教があるのだと思います。
 そして、なぜキリスト教なのか、それは主イエス・キリストこそが、私たちはどう生きるのかという問いの答えを、示して下さった唯一の方であると信じるからです。

 先ほど、9時から子どもの教会のファミリー礼拝を行いました。9時からの礼拝も私がお話の当番でしたから、今日は7時からずっと話し続けていますが、9時からの聖書箇所はヨハネによる福音書の17章1節からの箇所でありました。主イエスが、弟子のユダに裏切られ、捕らえられる前に祈りを献げている場面であります。

 主はこう祈りました。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子の栄光を与えてください。あなたは子にすべての人を支配する権能をお与えになりました。そのために、子はあなたからゆだねられた人すべてに、永遠の命を与えることが出来るのです。永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。」
 
 ここに永遠の命という言葉が出てきます。キリスト教は、私たちに、あなたはどう生きるのかを問い続けていると同時に、それと矛盾するかのようにして「永遠の命」を教えます。私たちが毎週の礼拝で唱えている使徒信条にも、「我は、永遠(とこしえ)の命を信ず」とあります。しかし、永遠の命とはどんな命なのでしょうか。いつまでも死なない命という意味でしょうか。生き続ける命ということなのでしょうか。しかし、人は必ず死ぬのです。このことは避けられません。
 もう一度読みますが、主イエスはこう祈りました。「永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。」

 主なる神と、主イエス・キリストを知る、それが永遠の命に繋がると祈っているのです。

 先週の木曜日、深谷地区の家庭集会が行われました。そこで読まれました聖書箇所はルカによる福音書10章に記されている「善いサマリア人」のたとえの話しでありました。ある律法の専門家が立ち上がって主イエスに質問をした。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことが出来るでしょうか。」善いサマリア人のたとえは、永遠の命への問いかけと答えです。主は律法には何と書いてあるか。」と聞くと『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい。』とあります。」と答えます。主は「正しい答えだ。それを実行しなさい」そうすれば命が得られる。そう答えられました。
 
 それから善いサマリア人のたとえを話し始められました。盗賊に襲われて、半殺しにされた人を見て見ぬふりをして過ぎ去った祭司、次のレビ人も見て見ぬふりをして過ぎ去って行ってしまった。三人目にユダヤ人から差別を受けていたサマリア人の商人が通りかかって、憐れに思って、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯して介抱して、自分のロバに乗せ、宿屋につれていって世話をして、翌日になるとデナリオン銀貨2枚をだして、宿屋の主人にこの人を助けてやってくれと頼む、しかも、足りなかったら、また帰りに払うからと言った。という、この三人の中で誰が盗賊に襲われた人の隣人となったのかと問うと、律法の専門家は「その人を助けた人です。」と答えます。

 そこで主は「行って、あなたも同じようにしなさい。」と伝えました。これが永遠の命を受け継ぐことの答えだと言うのです。

 律法の専門家は、恐らくいつまでの死なない永遠の命を受け継ぐにはどうすれば良いのかと聞いたつもりだったでしょう。けれど、主のその答えは、永遠の命は、神を愛すること、隣人を愛すること、人を自分と同じように愛することの中にこそあると教えられているように思います。
 
 本日読まれた聖書箇所はエフェソの信徒への手紙6章21~24節の御言葉です。エフェソ書最後の箇所、「結びの言葉」とあります。2018年度はほぼ一年かけてエフェソ書を読んで参りました。このエフェソ書はパウロが記した手紙とされています。しかし、実際にはどうもそうではなく、パウロの後継者、あるいは弟子の一人によって記されたとも考えられています。この手紙が記されていた時、既にパウロは殉教の死を迎え、天に召されていたかもしれません。

 ですからこの手紙を書いた弟子は、今は亡きパウロの最後の言葉を思い起こしながら、この手紙をパウロのいわば、遺言として書いているとも考えられています。
 パウロは既にローマで牢獄に繋がれていました。しかし、ローマ市民権を持っていたパウロはある程度の自由もあり、軟禁状態であったとも考えられます。弟子たちも共にいたものと思われる。その内の一人が記したのかもしれません。

 その時のパウロの様子はどうであったのか、何をしていたのか、あなたがたにも知ってもらうために、ティキコがすべて話すでしょう。とあります。その目的はパウロの様子を人々が知ることによって信仰の励ましを受けるためです。
 ティキコもパウロの世話をしていた一人であったと思われます。パウロの牢での様子はもちろん、処刑の様子をも人々に伝えたかもしれません。そしてパウロが生きている時も主の平安に生き続けたこと、毎日、神と隣人とを思い祈り続けたこと、何よりも「平和と、信仰を伴う愛が、父である神と主イェス・キリストから、兄弟たちにあるように。恵みが、変わらぬ愛をもってわたしたちの主イエス・キリストを愛する、すべての人と共にあるように。」と、願い祈っていたことを知らせたに違いありません。
 
 そして、他の何にもましてエフェソの教会の人々に知らせたかったこと、それは、パウロがキリスト教の伝道生活の中で、どんなに苦労したか、死ぬような目にあったか、辛い思いをしたか、迫害を受けたか、また、逆に、そのような中にあってもなお、宣教活動を行い、人々に福音伝道を行い、教会を立ち上げ成功の喜びを味わったこと、ではなく、パウロが生きたその生涯の中で最も輝いていたのは、パウロが捕らえられ死を迎える最後の時であったと伝えたかったのではないでしょうか。

 いつ、自分が死を迎えるとしても、あなたがたの間に平和と、信仰を伴う愛があるようにと願い続け、パウロ自身がそのようにして生き続けたのです。その時、既にパウロは永遠の命を生き続けていたと言って良いのではないでしょうか。

 私たちは、私たちの人生を生き、いつか召されて行くときに、一体次の世代の人々に何を残そうと考えているのでしょうか。財産と保険だけは残しておきたい。あの土地だけは残しておきたい。この仕事だけは引き継いでもらいたい、色々と残したいものがあるであろうと思います。しかし、死を迎えるにあたって、自分の家族、兄弟、親族、また、教会の兄弟姉妹が最後の最後まで、あの人は喜びを持って生きた人であった。神の祝福に生きた人であった。私たちに勇気を与える人であった。あの人を見ていると、神の愛は、言葉ではないと教えられた。そんな信仰を残して私たちは生きていきたいものだと思います。
パウロはその模範として、最後の最後までそう生き抜きました。

 人生の長い短い、あると思います。長寿の方は神の祝福でしょう。けれど、命の長さだけではないとも思います。むしろ、愛の深さ、生きていて永遠の命を見せてくれたパウロのように、私たちも神を愛し、神に愛されながら過ごして参りましょう。 お祈りしましょう
コメント

今日、わたしはお前を生んだ

2019-04-01 10:59:04 | 礼拝説教
【詩編2編1~9節】
【ルカによる福音書19章1~10節】

 昔、フランス革命前に活躍したルソーという先生は、エミールという本の中に「人は二度生まれる」と記しました。一般的には「一度目は存在するために、二度目は生きるために」と言われていますが、二度目の「生きるため」という言葉の正確な意味は、思春期を迎えた男性、女性について記しているようです。
 
 思春期は自我の目覚めの時で、反抗期の始まりとも言われます。なぜ反抗期になるのかというと、これまで自分にとって、スーパーマンのようなお父さん、愛情の塊のようなお母さんと、疑問一つ持つことなく育ってきたある時期に気が付くのです。 
 お父さんはスーパーマンでは無い。お母さんは愛情の塊ではない。それどころか、例えば酔っぱらって帰ってくる、だらしない父の姿を見ては、げんなりし、例えば、思っていたよりずっと嘘もつくし、案外失敗するし、口うるさいお母さんの姿を知ってはショックを受けたりするのです。

 これまで完璧だと思っていた両親が思っていたよりずっと完璧ではないと気が付く、その位から親に対する不信感が芽生えて、対立するようになり、反抗期が始まるとも考えられています。早ければ5年生位、遅くとも中学生位には多くの子どもがそうなる傾向があります。

 それでも、普通なら数年すると少しずつ反抗期が治まってくる、なぜ治まってくるかというと、ダメな親だ、恥ずかしい親だと思っていたけれど、他人ではなく自分を内省する、更に自分を深く知る時期がやって来るからです。ダメな親だけど、自分もまたダメな人間の一人ではないか、嘘をついたり、ごまかしたり、見栄を張ったり、自分もまた同じことをしている一人の人間であったと知ってくるのです。

 すると今度は自分自身と向き合い、自分の中で葛藤が起こるのですが、それでも人はいつも完全ではないのだと、これは良い意味で、受け止めて生きられるようになる。つまり一人前の大人として生きることのはじまりです。それが二度目の誕生だとルソーは説明していると考えられます。

 ルソーは教育者としての視点から記していると思われますけれど、しかし、ルソーが初めてこの言葉を使ったというよりは、私の勝手な思い込みかもしれませんが、スイスのジュネーブで生まれ育ったルソーですから、ジュネーブはプロテスタントの町で、プロテスタント教会の信仰を受け継ぎ、聖書をよく読んでいたと思われます。ですから、聖書のヨハネによる福音書の3章にある、主イエスがニコデモに語りかけた言葉「人は、新たに生まれなければ、神の国をみることは出来ない。」この言葉を良く記憶にとどめていたのではないかとも思いました。

 ここで主イエスが話されたことは、一度目は人としての誕生、そして二度目は、あたかも神の国を見るような信仰を得て、神の子として新たに生まれ変わる必要があると教えておられると思われます。
ルソーもそんな思いを受け止めていたと考えるのは私の勝ってな読み込み過ぎだろうとは思いますけれど、全く外れているとも思えません。

 なぜ、人は「新たに生まれ変わらなければならないのか」

 一週間前の火曜日、幼稚園で「地域家庭教育学級」という講座をさせて頂きました。大体毎年行わさせていただいていますが、今年は「自由な心で生きる」というタイトルで話をさせて頂きました。9時30分~11時30分、2時間の予定でしたが、ついつい長くなりまして、12時も回るほどとなり少し反省しております。でも、とても盛り上がって本当に良かったと思いました。そこで何を話したのか、それは、私たちは幼い時に、特に7歳~8歳位までの間に、大体その人の考え方、性格の根幹が決まってきますので、それまでにどんな風にして育ったのかが大切ですよ、という話しをさせていただいた訳です。

 イエス様は「幼子のようにならなければ」と話されましたけれど、幼子の特徴は素直で、純真です。ですから親の願った通りにというよりは、親の言ったとおりに育つのですよ。そういう話しをさせていただきました。

 先ほど、思春期の話をしましたが、思春期の悩みは、時には自分の命とも係わる程に深く、重かったりするものです。自分がいかに不完全であるか、自分がいかに力足らずであるか、を人にもよるのですけれど、多かれ少なかれ感じるからです。その不完全さ、不足さの多くは人から評価され、比べられ、自分でもそうする、これが大きな原因になると思います。でも、更にその前に、幼い頃にどう育ったのかが大きく影響するのですという話しを致しました。

 どういうことか、子どもが部屋の片付けをしなかったとする。なんであんたは部屋を片付けないの、なんであんたはいつもそうなのと何度も何度も怒るでしょう。そうすると子どもは不思議なことに、そう何度も言われる中で「あ~自分は片付けない子どもなんだな~」と受け止めるばかりではなく、むしろ親は「片付けないことを願っているんだな」と思ってしまいますよ。「あんたは体が弱いね~、小食だね~」と言ったとする。勿論、親はね子どもの心配をして、だからもう少し何でも食べて元気になって欲しいという思いでそう話すのですけれど、幼子はそのまま真っすぐで、純真ですから、子どもの心では「自分は体が弱いんだな~、小食なんだな~、それを親が願っているんだな~」と受け止めてしまうので、親の願った通りに生きようと頑張って食べなかったりする。

 お母さん、お母さんと一生懸命に声をかけても、ついつい、忙しかったりすると、「また、後でね」とか「あっちにいっていなさい」などと言われると、安易に親に近づいてはならない、親は近づかないことを願っているんだなと思う。
こんなふうにですね、問題は親の気持ちや言葉よりも、子どもが感じるそのままの思いですから厄介けれど、多くの子どもは、こういった専門用語でいえば「禁止令」という命令を受けて、自分が自分を決めた決まり事をいくつも持っていて、そして、それが8歳位まで固まってしまうので、それからの人生に、その決まり事が常に影響を与えることになりがちになります。

 なりがちとは、かならずそうなるのではなく、そういう可能性があるのですと話したわけで、だから大切なのは、その「禁止令」、自分は片付けない、自分は弱い、人に近づかないほうが良いといった思いは生きていくのに辛いですからね。

 最近は子どもが少なく、過保護、過干渉に育てられやすいと思われます。親が心配して「人を安易に信用してはいけない」とか、「お前だけが頼りだよ」とか幼い時から言われれば言われるほど、例えば結婚が遅くなったり、自立が出来なかったりもする傾向になったりするのです。多かれ少なかれそういった思いを人は持っているので、そのことに気付いて、そしてそこから解放されて、もっともっと私たちは自由に生きられることが出来るのです。

 そして人生にとってマイナスと思える思いをどうやって解放していくのかまで話しますと、中々時間がかかってしまったわけですが、でも、私たち信仰者にとっては、マイナスの思いを解放するに、より明確なことがあって、それは「あなたは新しく生まれなければ」と言われる方が共におられることを知っているということです。

 詩編の2編7節にこうあります。「主の定められたところに従ってわたしは述べよう。主はわたしに告げられた。「お前はわたしの子今日、わたしはお前を生んだ」。
 
 今日、とは毎日のことです。主なる神は毎日、毎朝、私たちが目覚めるときに、また新しい人生を与え、新しい心を整えて下さる、どのようにして整えて下さるのか?

 ルカによる福音書19章にザアカイの話あります。ここにおられる皆様にはあまり説明は入らないと思いますが、主イエスがエリコの町に入った時に、大勢人々が出迎えに出て来ました。ザアカイも出迎えに行きましたが、人込みの中で中々主イエスを見ることが出来ないのです。
 
 なぜか?ザアカイは徴税人の頭で、金持ちでありました。けれど町の人々から嫌われていました。徴税人は、税金を取り立てて支配国のローマに納める仕事をしていましたから、仲間でありながら、いわばローマの手先として働き、その上、その報酬によって人よりも良い生活をしていたわけですから嫌われるのも当然です。
 どうもザアカイは背も低かったらしい。ですから人々は、わざと邪魔をしてザアカイを前に出さないのです。もしね、仲の良い友がいれば、「ザアカイ、こっちこい」と前に出してくれたかもしれませんが、それも適わない。でも、そこでザアカイは気を取り直して、いちじく桑の木に登って、木の上から主イエスの一行を見ようとしたわけで、事実そうしたら、良く見えたのでしょう。

 主イエスはそのザアカイが見ている木の所まで来ました時に、ザアカイを見上げて話されました。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、是非、あなたの家に泊まりたい」こう告げたのです。

 皆さん、この物語の鍵はこの主イエスの御言葉です。もともと、ザアカイは嫌われ者でした。ザアカイもそんな自分が自分でも嫌いだったかもしれないし、気持ちとしては、何をしてもいつもマイナスに働いていたのではないでしょうか。出て行っても誰も相手にしてくれない、だから気に登って主イエスを見下ろしていた。でもお金はある。だからここでザアカイが勇気をだして「イエス様、私はザアカイです。今日は是非、我が家にお出で下さい。御馳走をだしますよ」と言ったとしたらどうでしょう。ザアカイの評判は更に悪くなり、なんだあいつは、イエス様に自分の家に来いだなんてよく言えたものだと、ザアカイは多くの批判を浴びたことでしょう。

 でも、語り掛けたのは主イエスなのです。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、是非あなたの家に泊まりたい。」この言葉を聞いた人々はなんと言ったか、「これを見た人たちは皆つぶやいた。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった」こうつぶやいたというのです。つまり、ザアカイに対しての不満ではなく、主イエスに対しての不満と憤りを感じたということです。でも、主イエスは、あえてそうしたのではないでしょうか。ザアカイが徴税人であること。人々から嫌われていること。それらの全てをご存知で尚、ザアカイよ、お前は悔い改めなければならないよとか、お前の生き方に問題があるんだよとか、罪深い生き方を考え直さないと、とは一言も話されないで、主は、「ザアカイよ、降りて来なさい。今日はあなたの家に泊まりたい」全ての罪を自分が負って、自分が死んで、そしてザアカイを生かしたのです。

 もしかしたらこれまで一度も聞いたことが無かったような、愛の籠った「今日はお前の所に泊まる」ザアカイはこの言葉を聞いて、どんなに喜んだことでしょう。ザアカイは立ち上がって、主に語り掛けました。「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」
 
 その言葉に主は「今日、救いがこの家を訪れた」と答えられました。

 今日、救いがこの家を訪れたのです。今日、今日と言う日ですよ。今日、主イエスはザアカイを新しく生んで下さったのです。全く新しく生きる者へと、私たちが日常的に行う、あれしてはいけない、これしてはならない、自分の思う通りに生きれば良い、そういった多くの禁止の言葉の一つも用いることなく、ザアカイは見事に新しく生まれたのです。

 皆さん、主なる神は、私たちに対しても、「お前はわたしの子 今日、わたしはお前を生んだ。」と言って下さっています。お前というところに、自分の名前を入れて読んでみてください。「丈博よ、お前は私の子、今日、わたしはお前を生んだ」そう言われる方の言葉は、人の思いを大きく超えて、人の人生を変える力を持っています。多くの人は、いつの間にか心の中で培ったマイナスの気持ちに引っ張られて、引き戻されて中々新しく生まれることが出来ません。

 でも、私たちは違います。なぜなら、主イエスが、主なる神が私たちと共におられるからです。年齢も、性別も、財産も、社会的地位も、その全てを越えて主は、私たちの心に迫り、そして、主にある新しい歩みを歩みだしなさい。そこには大きな祝福がもたらされるであろう。そう告げる言葉を信じて、今週も力強く共々に歩んで参りましょう。お祈りいたします。
コメント

根気よく祈り続けていく

2019-04-01 10:40:41 | 礼拝説教
【歴代誌下6章17~21節】
【エフェソの信徒への手紙6章17~20節】


 今日から、教会の試みの一つとして、午前7時から礼拝を行います。礼拝は10時30分からの礼拝とあまり代わりが無いように、と考えましたが、それでも、いくつか違うところがあります。例えば大きな違いは、7時の礼拝に奏楽者を求めることは、現在の所、困難ということもあり、ヒムプレーヤーで行うことにしました。

 礼拝も、司式者を立てないで、私が行うこととしました。ですから当然、礼拝の祈祷は私が献げることになります。ということは、小さな違いと言えると思いますが、いつもの礼拝では説教前に私は小さな祈りを献げます。この祈祷は、前任の鈴木先生が、そうされていたのかどうかはよく分かりません。もし、献げていなかったとしたら、当初、皆さん少し戸惑いを感じた方もおられたかもしれません。

 御言葉を取り次ぐ役割をさせて頂く前に牧師が祈祷を献げる。献げなければならないと教えられたことはありませんが、司式者と説教者がそれぞれに立てられる礼拝の形式では、牧師が説教前に小さな祈りを献げる姿を私はこれまで多く見て参りました。不思議なことに、特に私が尊敬する先生方の皆さんがそうされている。

 ですから、人は触れる物に似ると申しますけれど、説教前に祈りを献げてからと決めて、これまでそう行って参りました。祈りを献げると心が落ち着き、改まった気持ちを持って説教に入ることが出来ますし、皆さんの多くの方々も、私が説教の為に、この場に立ちあがりますと、既に祈りの姿勢を整えておられる方も見られます。

 同じキリスト教、またプロテスタント教会と一口に言っても、教会によって礼拝順が違います。時には大きく違う礼拝順であったりして戸惑いを覚える時もあります。でも、その教会では毎週、その礼拝スタイルが、普通ですから違和感はないと思います。礼拝とはこういうものだと思っている。つまり体に馴染んでいるわけです。

 体に馴染んでいるとは、自分の物になっている、心が安定している状態です。キリスト教の礼拝は日曜日の午前に行う。そのうちに7時から行う、ということも馴染んでくるかもしれません。
 つまり、繰り返し、繰り返しの中で、それが身についてくるということでしょう。そういう意味でも、私たちの日常生活において、深く馴染んで行きたいと願うことの一つに「祈り」があると思います。

 2018年度の礼拝は、エフェソの信徒への手紙を中心に据えて、礼拝、説教を守って参りました。今年度の私たちの教会の年間聖句は「あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい」エフェソ書5章1節の御言葉を据えて、一年間過ごして参りました。

 神に倣う者として生き方があると思います。その一つは、やはり「祈り」だと思います。主イエスが地上で宣教活動されるにあたって、多くの群衆に囲まれ、休む暇もないほどであったと記される一方において、主は「群衆を解散させてから、祈るためにひとり、山にお登りになった。」(マタイ14:23)とか、「ペトロ、ヨハネ、ヤコブの弟子を連れて、祈るために山に登られた。」(ルカ9:28)とか、あるいはあの五つのパンと二匹の魚でもって大勢の群衆の空腹を満たすために行われた奇跡においても、何よりも祈りを献げて行われています。 

 あるいは主の晩餐やゲッセマネの祈り、主イエスはいつも祈りを大切にされてこられた。誰もがその通りだと思われるでしょう。

 しかし、それは主イエスだけがそうであったという訳でもなく、信仰を持つ者が与えられた恵みの一つとして、主なる神に対して私たちは祈ることができる。それは大きな喜びでもあると思います。

 しかし、私たちは祈ることにどれほど馴染んでいるのか、という思いもあります。

 馴染むとは「安定している状態」と申しましたが、いわばキリスト教国ではない私たちの国で、例えば教会や家の中で、食前の祈りを献げるとしても、レストランや食堂で祈りを献げてから食事をするのは正直、勇気がいります。

 20年以上も前になりますが、私たち夫婦が結婚して新婚旅行にアメリカに行きました。当時アメリカに家内の伯父が牧師をされていた。そこを訪問して、伯父のご家族と共に外のレストランに行って、何を食べたのかはもう覚えていませんけれど、大勢の客がいる中で、大声で食前の祈りを献げ初めてもうビックリしたことがありました。 

 でもアメリカですから、一応プロテスタントの国ですから、そのような様子に、周囲は全く気にする様子もありませんでしたが、気を使って静かにもしてくれませんでした。でも、それが日常生活なんだなと思わされました。つまり、馴染んでいるのです。自分のものとなり日常のこととして行われているのです。

 私たちの国では、そこまで日常生活の中で、特に教会や家の他で「祈り」が馴染むには、まだまだ年月が必要であるかもしれません。

 しかし、またここで「祈り」が馴染むこと、自分のものになること、本来そうなるのが良いと思いますけれど、すっかり馴染み、自分のものになるとどうなるか、というとそこに本当に心を込めて行うことが出来るのか、という問いが出てきます。

 礼拝で捧げられる「主の祈り」があります。多くの方は文章を見なくとも、暗記しておられますから、滞りなくスラスラと祈ることが出来ます。すっかり馴染んでいるとも言えるでしょう。けれど、宗教改革者のルターは「主の祈りこそ、最大の殉教者だ」と言ったといわれます。祈るには祈るが、暗記したものを祈っているのだけであって、そこにどれだけの意味を感じて、思いを込めて祈っているかと、問われているということでしょう。ルターは500年以上も前の人ですけれど、既に、その頃、そう言われたわけですから、馴染むことが必ずしも全て良いこととも言えないとも思います。

 先ほど、主イエスが「ペトロ、ヨハネ、ヤコブの弟子を連れて、祈るために山に登られた」と申しましたが、山に登られた時に、主の体が白く光り輝き、そこに旧約聖書の預言者であるエリヤと、主エジプトの指導者モーセが現れ、主イエスと話をする場面が記されています。弟子たちは驚き、主の前にひれ伏しこの方は、まことに私たちの救い主であると確信したであろう場面だったと思います。

 しかし、その時、山の下では、一つの出来事があり、ある父親が、悪霊に取りつかれた息子を癒してもらいたいと、山に登らず残っていた弟子たちのところへやって来ておりました。弟子たちはその願いを聞き、それこそ必死の祈りでもって、子どもが癒されるように祈ったでしょう。けれど、その子供は癒されませんでした。そこに主イエスが山から降りて来られて、状況を把握して、弟子たちに対して「なんと、信仰のない時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。」と叱られたわけでありました。

 主イエスは弟子たちの何に対して叱られたのかというと、あなた方は一体これまで祈りについて何を学んできたのか、なんとも我慢ならん程だと言うのです。あたかも母親が子供に対して、「何度言ったら分かるの。何回言ってもやらないんだから」と怒っているようなものだという解説がありました。

 なるほどそうかもしれないと思います。それから主は、その子を自分の所に来させて、「ものも言わせず、耳も聞こえさせない霊、わたしの命令だ。この子から出て行け。」というと悪霊は叫び声をあげて、ひどくひきつけさせて出て行き、子どもを癒されました。
 弟子たちはその様子に驚き、主に訪ねます。「なぜ、わたしたちはあの霊を追い出せなかったのでしょうか。」主は「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできないのだ」とお答えになりました。
 「祈りによらなければ」この言葉を皆さんはどう考え、どう思われるでしょうか。
 
 この子の父親は、子どもが癒される前に主イエスと会話をしています。主イエスに「おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助け下さい」と願った。その言葉に主は「出来れば」と言うか。信じるものには何でも出来る。と話された。その言葉を聞いて、即座に父親は「信じます。信仰のないわたしをお助け下さい」と懇願したのです。

 私は、この会話が大切だと思います。ここに祈りの大切な鍵があると思う。

 それは、徹底的に神に対する信頼です。流暢な言葉を用いて、聞く者が感動するほどに祈れる方もいます。ボツボツと、あるいはとぎれとぎれにやっとの思いで祈られる方もいます。でも、大切な鍵は、祈りが上手いとか下手というところではなく、すっかり体に馴染んでいるのか、というだけでもない、ただ必死に、「主よ、私たちの主よ、私たちの救い主よ」と、この父親の様にただ「信じます。信仰のないわたしをお助け下さい」というこれだけの短い祈り、でも、もしかしたらこの父親が生まれてこれまでの間、何度も繰り返し、子どもの頃より祈り続けて来た、どんな祈りにも勝った、必死の思いが表された祈りであったかと思うのです。

 エフェソの信徒への手紙の6章18節を読みます。「どのような時にも、霊に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」とパウロは告げました。エフェソの教会に対して宛てられた手紙の締めくくりとして相応しい御言葉だと思います。

 これまで読んで参りましたように、エフェソの信徒への手紙は、パウロがなんとかして、この教会が一つになるように、しかも、その一つとは、ユダヤ人と異邦人、妻と夫、親と子、奴隷と主人というように、本来、決して一つではなく、支配する側と、支配される側とが、聖なる者と野蛮と見なされていた者とが、主にあって一つとなって、これまでのこの世の常識とか、これまですっかり生活の中に馴染んでしまって、それが当たり前になっていたこの世の思い、考え方を変えて、あなたがた信仰者は主なる神の民として、神の家族として一つとなって欲しい、そんな思いを持って記した手紙です。

 しかも、この時パウロは恐らくローマにいて囚人として囚われての身でありましたから、恐らく二度と会うこともないだろうと思いつつ、記したと考えますと、なお、互いが、心を込めて主に祈るように、「絶えず目を覚まして」つまり、しっかりと意識して、更に「根気よく」祈るように勧めているのです。

 祈る時もあり、祈らない時もありではなく、祈りに必要なことは、絶えず、根気よく、体を鍛えるために、毎日のトレーニングが必要なように、楽器が上手になるためにも毎日の練習が必要なように、絶えず、根気よく、祈り続けることです。
 世の中は、不思議なことに、人が一生懸命に、なんとかしなければと思いながら行おうとすることに対して、批判したり、反対したりします。エフェソの教会は、ユダヤ人と異邦人が一緒になって礼拝しているそうだ、夫と妻が一緒になって、同じ場所で礼拝しているそうだ、親と子が横に座って礼拝しているそうだ。主人と奴隷が一緒に祈っているそうだ。そんな批判、非難が聞こえて来ていたのではないでしょうか。
 
 あるいは、そんなことするものじゃない、いつもが良いんだよ、楽なのが良いのだよという声も出て来ていたかもしれません。でも、大切なことは、心を込めて、絶えず、根気良くです。どんなことがあるとしても、主は我と共にいます。インマヌエルの信仰を持って、私たちは、祈り、願い、主に祝福を求めて歩んで参りましょう。

 お祈りします。
コメント

流れのほとりに植えられた木

2019-04-01 10:26:03 | 礼拝説教
【詩編1編1~6節】
【ヨハネによる福音書15章1~5節】

 今日は詩編の1編1~6節を読んで頂きました。
 
 3節に「その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び 葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。」とあります。
 
 今日申し上げたいと思っていますのは、ここに記されている「繁栄をもたらす」という御言葉です。私たちの誰もが願う所の一つは年が若くても、年を重ねておられても、自分の人生が「繁栄をもたらしている」と思う、繁栄の意味がは、それぞれに違い、時には財力かもしれませんし、健康かもしれませんし、学力かもしれません、人間関係かもしれません。いずれにしても私たちは「繁栄」を生きたい、誰もがそう願うのではないでしょうか。
それでは、その繁栄を生きていくためにはどう生きていこうとするのか。

 私たちキリスト者はあまり用いることはありませんけれど、最近よく聞く言葉に「平成最後のなんとか」という言葉をよく聞きます。昨年の12月は平成最後のクリスマスでしたし、1月は平成最後のお正月でした。1月12日は、私は平成最後の誕生日でした。(笑)今、日本では一つ時代に区切りを付けようとしていることは確かです。4月の終わりから5月のゴールデンウィークは10日間連続の休みとなることが決まっています。
 
 「平成」という元号に意味があるとは思えませんが、しかし、私たちは今、そういう「時代」を生きていると言うことは出来るでしょう。実感としては甚だありませんけれど、今は、経済的に見れば戦後最長の景気と政府は伝えています。しかし、同時に少子高齢化の時代とも言われます。

 先週の月曜日、幼稚園は隣接する土地を購入しました。社会の少子化が進むと言われる中で、しかし、私たち幼稚園が、この時代に備えより豊かな成長、繁栄を遂げるために、この今の時代に添った考え方を模索する中での決定でした。既に幼稚園は色々な策を考え実行しようともしています。

 私たちの教会も先週、礼拝後に「教会全体懇談会」を開催しました。教会の、中、長期的な計画を見据えていくためにも、活発な意見が出されまして大変良い時間であったと思います。中、長期的ということは、激しく移り行き、流れていくこの世の中にあって、果たして教会はその流れの中をどう生きていこうとするのか、どのような福音伝道を行っていくのか、それは、どの時代においても問われていることですが、今、この時代、これからの時代をどう歩んで行こうとするのか。大切だと思います。時代の流れに乗るのか、乗らないのか、ということも大切だと思いますし、そのような時代の変遷に影響されない、左右されないという思いも大切でありましょう。

 カトリック教会は1962年から65年の4年間を費やして、第二バチカン公会議という歴史的な大きな会議を行いました。中々結論が出ない大議論の末に、結果的にこれまでのカトリック教会の考え方を大きく変更することを決議しました。
代表的な決議は、これまで行われてきたラテン語の礼拝から、それぞれの国の言葉での礼拝を執り行うこと。しかも、それぞれの国の固有の文化をよく踏まえた礼拝を執り行うこと。更には、多宗教との対話を打ち出し、プロテスタント教会、正教会のみならず、多くの宗教との関係改善を打ち出した画期的とも思える決定を致しました。

 それ以降、現在のカトリック教会は、ある面においてはプロテスタント教会の考え方のほうが、保守的な傾向にあると思えるような、革新的な歩みをしているとも感じますし、その成果は多方面に出ていると私は感じています。時代の流れをどう捉えようとするのか。

 社会における成功者、その人生に繁栄をもたらしたと言われる人の特徴の一つは、財力があったとか、優れた頭脳であったとか、体力があったということもあるでしょうが、でも、時代の流れを的確に捉え、その流れと共に、社会のニーズにしっかりと応えていった人たちであったと言うことは出来ると思います。

 何か大雑把に色々と申しましたが、それでは私たち信仰者として、キリスト者として、この時代をしっかりと生き、繁栄をもたらすために必要なことは何か、聖書に「その人は流れのほとりに植えられた木」とありますように、信仰の土台、人生の土台において、「主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさみながら」、その土台、木であれば根と呼べるところに、いつも可能性を見いだし、可能性を信じて生きていくということではないでしょうか。

 もともとキリスト教は、誰が見ても、もうお終い、これ以上は無理、と思う、そこから神の栄光が現れ、主イエスの十字架の死から、誰もが全てが終わったと思ったそこから三日後に主イエスの復活が起こり、弟子たちが力付けられ、聖霊の力に満たされて福音伝道が始まったのです。人の思いだけでは無理、でも、そこに神が我と共にいて下さる。だから大丈夫と流れのほとりに植えられた木のように、その土台がしっかりと強められてどんな状況にあっても主にある可能性を見いだし、神の福音がこの世にあまねく宣べ伝えられるべくキリスト教の歩みが始まりました。

 「流れのほとり」の流れとは川のことでしょう。川は高いところから低いところへと流れて、そして海に注がれていくものですが、川の特徴は、どんな川であろうと右に左に、右に左にと曲がりながら流れていくのであって、どうしてそうなるかというと水が低いところ、低いところと低いところを探すようにして流れるからです。低いところは必ずしも真っすぐではありません。真っすぐな川は本来ありえないことです。いつも右であったり、左であったり、まさにその状況を確実に踏まえて流れていくわけで、例えるなら私たちの人生のようだと言えるかもしれませんし、しかし、それはまたそのようにして、川の水が流れる場所を探すかのようにして、可能性を探るようにして流れていくように、私たちの人生も、いつでも可能性があるということです。

 その可能性としての水、主イエスが「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れでるようになる」と話されたように、私たちの人生の渇きを潤して下さるのは、主イエス・キリストです。

 この方の恵みに、福音に、この方の御言葉を水源として、そこから私たちの人生を造り上げていくことができるのです。ヨブ記14章7節からの箇所にこのように記されています。「木には希望がある、というように 木は切られても、また新芽を吹き、若枝の絶えることはない。地におろしたその根が老い 幹が朽ちて、塵に返ろうとも 水気にあえば、また芽を吹き 苗木のように枝を張る。」とあります。木の特徴は、どんなにその見えるところを切られてしまうとしても、根に力があり、そこに豊かな水分と栄養があるならば、またそこから芽を出し、また成長しようとする力があるということです。

 私たち信仰者として神様から与えられている大きな恵みは、「その人は流れのほとりに植えられた木。時が巡り来れば実を結び、葉のしおれることない」いつでも、どんな時でも厳しい状況、苦しい状況の中にあっても、尚可能性を見いだし、そしてしっかりと栄養を与えられ、また芽を出し、枝を伸ばし、葉を茂らせて、そして確かな実りを実らせるその希望が、可能性がいつもある、年齢によらず、更には時代によらず、能力によらず、人の可能性ではなく、神の可能性を信じて歩み続けていくことができる。その可能性を与えられているということが、その可能性こそが繁栄をもたらすのだと徹底的に信じること出来る、それがキリスト者に与えられた大きな特権ではないでしょうか。

 「主の教えを愛し その教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。」その人に繁栄をもたらすのに大切なことの二つ目は、今日は聖書の御言葉を戻りますが「主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人。」だと言うのです。昼も夜も、つまり、一日中、いつも主の教えを愛し、口ずさむ。皆さん、昼も夜も、一日中、私たちの心の中に一体何があるのか、何によって満たされているのか、それがとても大切なところなのです。
 
 私が尊敬している牧師先生がおられます。昔に、聞いた話ですがその先生の所に一人の学校の先生が相談にやって来たというのです。どうしましたかと聞いたら、その学校の先生は、地域では優秀な進学校を呼ばれる学校に勤めていたのに、思いがけなくいわば荒れていると言われる、色々と問題があると思われている学校に転勤になったというのです。

 学校に行って見ると、確かに授業にもならない、子どもたちは言うことを聞かない、騒がしくて話も聞いてくれない。だから、なんで自分がこんな学校に来たのかな、これでは自分がどんなに頑張っても良い学校にはならないし、自分もすっかりやる気が無くなって来たというのです。
 
 そればっかり考えているというのです。その話を聞いて牧師先生は答えられました。

 「いや~、先生よ、それは大変だ。先生の気持ちはよく分かる。無理もない。でも、またしばらくしたら転勤だから、それまでは辛抱だ」とは答えませんでした。どう答えたかと言うと「先生よ、だから先生が選ばれてその学校に来たのでしょう。先生だったら、あの学校の生徒に自信と誇り、プライドを持たせることができる、いや、それが出来るのはあなたしかいないと思ったから転勤になったんじゃないの。だから、先生が、この学校に来てよかったなぁ。僕がこの学校の先生になれて良かったなぁ。みんなも良かったなぁ。と昼も夜も、毎日そう伝えるために、派遣されたんじゃないの。」その言葉を聞いた先生の目つきが一瞬で変わったそうです。
 
 皆さん。なんで自分は大塚平安教会かな、他所の教会もあったのになぁ、あの教会もあったのになぁ、なんで大塚平安教会なのか、それは、あなたがこの教会に来ることで、あの教会は違う、あの人が通っている教会だもの、牧師は大したことないようだけど(笑)教会の人たちの目つきが違うもの、優しさが溢れて出ているもの、あれは本物だ、そう言われるために、この教会に来ているのです。
 
 私たちの心の中に心配毎や、苦労や、悩みや、怒りが昼も夜も、いつも一日中あるとすればそこに神の教え、福音、恵みがどこに入るでしょうか。勿論、私たちは人間ですから、心配なこともあるし、苦労もあるし、悩みもあるし、怒りもあるでしょう。でも、それでも神の尽きることの無い、無尽蔵の愛を信じて、昼も夜も、どんな時も神の教えを愛して、その教えを口ずさむ人のところにこそ確かな主にある繁栄がもたらされるのではないでしょうか。
 
 だから大切なこと、更に戻りますけれど、1節にこう記されています。「神に逆らう者の計らいに従って歩まず、罪ある者の道にとどまらず 傲慢な者と共に座らず」とあります。

 つまり、神に逆らう者、罪ある者、傲慢な者と一緒になるようなことなくということでしょう。私たちはどうしてもいつも触れている物に似るのです。わたしは神など信じないと人と友達ならば、いつの間にか自分も神を信じなくなるかもしれない。一緒に悪いことをしようじゃないかと言う者と友なら、ついつい、その言葉に乗ってしまう。あの人は一つも人の付き合い方が分かっていない。あの人のああいう話し方はないよね。と人を批判したりする人は、自分だけはよく分かっている、と思う傲慢さを生きているようなものです。
 
 私たちは皆、そのような者の一人一人ですけれど、でも、そうではなく、主イエスが「わたしはまことのぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。」と話して下さったように、私たちの人生のどんな時も主イエスと繋がり、主イエスに触れ続けることです。触れ続けると必ず主イエスの愛を生きることが出来る。そのような可能性が必ずあり、主の言葉を昼も、夜も口ずさみ、そして主イエスと繋がる、そのような人生を歩む時、そこに必ず私たちが思いもしない、私たちの想定を超えた神の繁栄が私たちにもたらされる。そのような神の愛に私たちも生きて参りましょう。感謝をもってこの一週間過ごして参りましょう。

 お祈りします。
コメント