日本キリスト教団 大塚平安教会 

教会情報や牧師のコラムをごちゃごちゃと

言葉と経験

2018-01-15 10:21:27 | 礼拝説教
【マルコによる福音書1章9~11節】

「言葉と経験」

 もう既に昨年となりますが、12月の暮れに、あまり理由も定かではないのですが、一冊の本に興味を持ちまして、カトリックの神父で來住英俊という先生が書かれた本を取り寄せて読んでおりました。タイトルが「キリスト教は役に立つのか」というタイトル、内容としてはとても役に立つという文章ですから、もう少し違うタイトルにしたらもっと売れた本だったかもしれません。(笑)

 暮れごろだったと思います。その本を読んでおりました時に、來住先生がクリスマス、お正月ということもあり、テレビでお寺のお坊さんや、教会の牧師、神父、神社の神主を招いて、楽しく宗教を知るようなバラエティ仕立ての番組がありまして、出演しておられて驚きましたけれど、その話し方や、教養の深さに更に感心して、著作も熱心に読ませて頂きました。

 その本の中で、森有正という人がどんなにか「経験」を大切にしたのかという話がありました。森有正は1911年、明治の終わり頃の生まれですが、家柄としては当時で既に三代目のクリスチャンであって、祖父は政治家、文部大臣を務めた森有礼(ありのり)、父は森(もり)明(あきら)牧師、有正本人は、東大の仏文科を卒業しまして、長くフランスで生活して、そこで著作活動をしながら生計を立て、暮らしています。そんなフランスの体験や思想から感じ取ったのだと思います。「経験」という言葉の意味を大切に考えていたというのです。

なるほどと思いながら、私も改めて今度は森有正の「いかに生きるか」という本を手にとって読んでみました。確かに「経験」を大切にしていることが良く分かります。例えば、こんな文章が記されています。

「人間の尊厳や人格という問題は、言葉から出発したらだめだということです。人間の尊厳とは何ぞやというところから、人格とは何ぞやというところから、出発したらだめなのです。必ずそれは争いのもとになるのです。いや、人格はこうだ、いや、そうではない、必ず反対派が出てきます。こういう点が人間の尊厳だというと、いや、そうではないというのが必ず出てきます。以前、漫画で見たのですが、平和論が盛んなころ、カフェに張り札がしてあって、「平和問題だけは論ずることをおやめください」と書いてあるのです。いちばんけんかしてはいけない問題で、けんかをするわけです。そのように、この問題を考える場合に、この定義はいったい何だ、人間の尊厳の定義とはいったい何だ。人格の定義は何だというところから出発したら、これは絶対に人格にも人間の尊厳にも行き着きません。」

 つまり、言葉だけが上滑りするような状況で論議しても、あまり意味がないということを伝えているのだと思います。例えば、「正義」という言葉がある、正義とは何かと話し出したとしたら、争いが起きるということです。なるほどと思います。

 先週の礼拝で既にお知らせしましたように、私たちの教会員であるS兄が1月7日に召されました。先週の水曜日、木曜日と前夜式、葬儀が執り行われまして、御遺族と共に、また教会の皆さんも参列して頂いて、お別れの時を持ちました。改めてご遺族の上に神様の慰めを願います。前夜式の際に、S兄が以前に記したご自分の証の文書を紹介させて頂きました。

 S兄がまだ、8歳、9歳の頃に、両親とも牧師でありまして、当時、戦前の話ですが、満州国にキリスト教伝道の為に、家族で赴いたというのです。そして教会で熱心に伝道活動をされていたのだと思いますけれど、ある時、当時の日本基督教団から通知が届いた。時局に応じて聖日礼拝には講壇の日の丸を掲げ、君が代を歌い、東に向かって宮城を遥拝し、天皇を崇めてから礼拝を守るようにとの通知です。
 けれど、両親は、それは自分達の信仰に反するという思いから守らなかったので、両親が逮捕されたというのです。その後、教会は解散、閉鎖させられるのですが、それでも、釈放された両親はそこを孤児収容所として使用しながら、戦争孤児を助け、そして敗戦、帰国に至るのです。

 そのような経験を通してS兄はこう記しています。「その建物を孤児収容所として帰国迄、社会福祉に生きた両親、孤児たちと共に日本に引き上げることが出来たのも主の恵みでした。この時代を生きた両親の信仰から教えられます。「すべての人は上に立つ権威に従うべきである。なぜなら神によらない権威はないからである。」(ローマ書13章)

 この世にあっては、この世の事柄に従うが、どうしても譲れない事、神以外のものを神とする事には反対し、信仰の上から強固にそれを守って生き、そして聖書を方時も離さず、絶えず祈りを捧げていた両親でありました。」

 何が本当に大切なことなのか、Sさんがその御自分の人生の中で、直接経験した両親の生き方、信仰のあり方、持ち方、それらの出来事を通してSさんにとって「すべての人は上に立つ権威に従うべきである」と言う言葉が、その権威とは何かが、明らかにされているのだと思います。このような経験の一つ一つが大切であり、経験が言葉の意味を明らかにするのだと森有正は指摘しているわけです。経験が言葉を作るのであって、先に言葉があるのではないというのです。

 Sさんの葬儀を執り行う前に、私は、御遺族を交えて、葬儀を取り仕切って下さる担当の方と相談いたしました。一般的な式場ですので、キリスト教式の葬儀の経験は少ないと思いましたので、こちらから話を進めて行きましたけれど、ひとしきり相談が終わりそうになった時に、担当の方が、何かの資料を見ながら、恐らく以前に行った葬儀の資料ではないかと思うのですが、おもむろに「聖餐式はされますか?」と聞いてきました。びっくりしました。葬儀に聖餐式をするのだろうか?という驚きもそうですが、キリスト教について殆ど知っているとは思えない方が「聖餐式」という言葉を用いられたのがとても違和感があって、凄く驚きました。
 この人はなぜ「聖餐式」を知っているのか、言葉だけは知っているのか、その内容を知っているのか、どんな思いでそう話したのか、聞いてみれば良かったと後で思いましたが、経験を伴わない言葉が先に来るとはこういう事なのかもしれません。

 本日、読まれました聖書箇所の一つはマルコによる福音書の1章9~11節です。主イエスがバブテスマのヨハネから洗礼を受けるという場面です。バプテスマのヨハネは、荒れ野に現われて、ヨルダン川のほとりで、人々に対して悔い改めの洗礼を授けていた。この働きは一つの宗教改革運動であり、上手くいっていたと思われます。
 その働きに多くの人々が感銘を受け、共感してユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨハネから洗礼を受けていました。そこに主イエスもやって来て、ヨハネから洗礼を受けたのです。

 聖書的な説明をするとすれば、人の子として、誕生された神の子、主イエスご自身は罪を犯さない方でありました。ですから罪の赦しを得させる為の洗礼は本来必要無かったはずです。むしろ、逆に御自分がヨハネに対して洗礼を授けるべきであったのに、ヨハネから洗礼を受けられた。それは主イエスご自身が、私たちの誰よりも先に、ご自身が洗礼を受け、教会員名簿に記される名前の最初の方となられた。すなわち、神の子が、私たちの信仰の兄弟となられるためであった、そこに大きな意味がある、と言えるでしょう。

 だから、まだ、洗礼を受けておられない皆さんよ、洗礼はどんなに意味があって、洗礼を受けることによって、罪に死んで、新しい命に生きることが出来るのです。と牧師は礼拝説教でも、求道者の皆さんに対しても、時に応じて何度も何度も話をするわけです。勿論、それがどんなにか大切であるかと思いますし、嘘偽りのない思いから話をいたします。

 けれどまた、私は、主イエスが洗礼を受けられたその意味は、やっぱりご自身が「経験」をされたことに意味があったのではないかと思わされます。当時、洗礼式は、一般的に行われていたわけではありません。当時洗礼式が行われるのは、ユダヤ人以外の異邦人が、ユダヤ教に改宗する時に、異邦人に対する洗礼式があったと言われていますけれど、生まれながらのユダヤ人は洗礼式を受ける必要はありませんでした。実際にユダヤ人の多くは洗礼を受けたこともなかったでしょうし、ですから、このヨハネの運動は新しい運動として注目を集めたとも言えると思います。

 その中で、主イエス・キリストが洗礼を受けられた。その「経験」が洗礼という言葉と出会うのです。経験と言葉が出会う時、その出来事と、言葉はより堅固となって、その人の人生を導くものとなっていく、主イエスが洗礼を受けられたこの時、主はまた新に御自分のこれからの歩みについて思いを馳せていたに違いないと私は思います。

 ですから、一体洗礼式とは何か、罪の赦しとは何か、洗礼によって古い自分に死んで、新しい復活の命に生きるは何か、悔い改めとは何か、あるいは礼拝とは何か、このことを幾度も説明するとしても、その説明を聞く側に、まだ経験が少なかったり、薄かったりする方にとっては、言葉と経験との出会いがまだ多くありませんから、良く分からない場合もありますし、雄弁に語り過ぎると、逆に大切な経験を妨げることになるかもしれません。その人にとって、大切な養いともなる経験を待つ、そのような時期もとても大切だとも思います。

 このような森有正が伝えるような「経験」を大切にすること。専門的な言葉では「実存主義」という言葉で説明されたりします。

 けれど、それではキリスト教は実存主義なのかといえば,それは明確に違います。経験が言葉と結びつく時、より堅固になることは確かですが、キリスト教は「言葉」の宗教であると説明しますのは、何よりも先に「言葉」があったからです。ヨハネによる福音書の1章1節に「初めに言があった。」と記されます。この言とは、もともとロゴスというギリシャ語ですと話しますけれど、このロゴスを日本語に訳すのに、いずれの学者も苦労したようです。けれど新共同訳聖書は、一般的な言葉の葉を抜いて言という一言で言葉と読ませました。

 樹木があるとして、根を張って幹となり枝が伸び、葉が茂る、樹木にとって葉は光合成をするためにどうしても必要なものですが、しかし、幹がなければ葉も無いように、言葉も、葉の一文字はとって、言一つで言葉としたのは意味があると思います。

 なぜなら、この言こそが、「命をもたらす力だからです。」ここにこそ、私たちの命の根源があります。人がどのような経験をするのか、しかし、経験は場合によって、様々な結果をもたらします。

 S兄が、その幼い頃の経験によって、真の神こそ、どの権威にも勝る方であると確信を持つことが出来たのも、先に経験があったのではなく、先に言があって、言がS兄の経験を通して導いて下さったからだと思うのです。

 この言が導かない経験は、時には、神を恨み、人を恨み、社会や自分自身を嫌う原因ともなりかねません。人は様々な経験をして、神を知ることになります。しかし、その経験の更に前に、主なる神が、私たちのどんな状況の中にあって、初めに言があったと告げ続ける。この言と、経験がぶつかる所で、より確かな信仰が与えられるのではないでしょうか。

 その言が、ヨハネの下に来て、洗礼を受けられた、キリスト者の誰よりも先に洗礼を受けられた時、水の中から上がるとすぐ、天が裂けて、霊が鳩のように御自分に降って来るのをごらんになりました。すると天から声が聞こえて来ました。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」
この言葉によって何が起こったのか?天の国と地上が繋がったということです。

 これまで、人は人、天は天であったのが、主イエス・キリストの洗礼によって、神の国と人の世が一つになったということです。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」ですから、この言葉は、主イエスのみならず、私たち一人ひとりにも告げられている御言葉です。

 私たちのいかなる経験をも越えて、どのような体験にも先だって、神が私たちと共におられる。神の圧倒的な愛の御言葉が、私たちと、私たちの世界に宣言されているのです。この御言葉を知ることです。すなわち、私たちの価値を私たちが自分で決めてはならないということです。自分の経験を通して物事を見る時に、もし、それだけであったなら私たちは、時には信仰深くなったり、逆に、この世を恨み、呪うことすらしてしまうかもしれません。

 けれど、そうではない、あなたも、あなたも私の愛する子、この言葉に聞き従うことです。自分のそのままが神様に受け入れられていることを知る時に、起こって来る出来事は、私たちの全ての経験が神の宝へと変えられていくということです。そのような経験こそ必要です。

 神我と共におられる。そのことを受け入れ、感謝をもってこの一週間も過ごしてまいりましょう。
 
 お祈りします。

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成長していく

2018-01-12 16:34:56 | 礼拝説教
【ルカによる福音書2章39~40節】

「成長していく」

 新しい年が始まりました。昨日は1月6日、公現日となりまして2017年のクリスマスも一区切りついたところでの礼拝となりますけれど、御子イエスの誕生は私たちの世界に低きに降る神として、人として誕生された。それは、私たちの人生と共に生きるためであったと、このクリスマスを新たに確認する思いで過ごしましたが、その誕生された御子イエスが、どのように育ち、どのようにして成長していかれたのか、聖書には4つの福音書がありますが、幼子のイエス、少年期のイエスの姿は聖書から読み開くことは出来ません。
 
 聖書として採用されなかった、多くの資料がありまして、外典とか儀典と呼ばれる資料があるのですけれど、例えば「トマスによるイエスの幼児物語」という資料があるそうです。私の手元にはありませんので、孫引きのようになってしまいますが、例えば、5歳の時のイエス様が、河原の泥で雀を作っていたら、その日が安息日でありまして、父親のヨセフがなぜ安息日にそんな遊びをするのかと叱った所、びっくりしたイエス様が泥の雀に「飛んで行け」と言ったら、生きた雀になって飛んで行ってしまったとか、親の手伝いで水ガメに水を汲みに行った時に、途中で水ガメを落として割ってしまうのですけれど、自分が着ていた上着を拡げて、こぼさずに水を運んできたとか、一緒に遊んでいた友達が屋根から落ちて死んでしまい、死んだ子の親が、お前が落としたのだと叱るものですから、その友達を生き返らせて、逆に感謝されたとか、まあ、色々な話があるようです。 

 頭も良く、時には奇跡まで起こしてしまう、時には大人を困らせたり、怒らせたりしてしまう、賢くて気品に満ちていたというより、少し悪ガキのようであったという印象の文章が記されています。ただ資料的には大分後の時代に記されているようですから、学者としては、信ぴょう性は殆ど無いと言う判断なのでしょう。聖書として扱われることはありませんでした。

 成長される際のイエス像は、本当の所を言えば、殆どわからないのだと思います。けれど、聖書として記された数少ないというより、唯一と言ってもよい聖書個所として、本日読まれましたルカによる福音書2章39節、40節、そして今日は読んで頂きませんでしたが41節からの12歳となった少年イエスのいわゆる宮もうでの姿が記されているわけです。

 その中で、今日は、2018年の最初の礼拝として、2章40節の御言葉「幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた」という御言葉に集中して読んで参りたいと思います。この御言葉は1章80節に記されているザカリヤとエリサベトの子として誕生したヨハネが「幼子は身も心も健やかやに育ち、イスラエルの人々の前に現われるまで荒ら野にいた」という御言葉と対をなしているかのようにも思える御言葉です。

 幼子が、身も心も健やかで、たくましく育つ、知恵に満ち、神の恵みに包まれる。幼稚園の3学期も今週の水曜日から始まりますが、子どもたちを連れて来られる親御さん方、子どもの教会の礼拝に来られる親御さん方、そして、勿論私たちも、自分達の子どもに対してそのように育って欲しいと願わない親はいないでありましょう。

 そして実際のところ、どうすればそのように健やかに育つのかと悩まない親もいないでありましょう。子育て関する書籍は、毎年数えきれない程に出されますし、読んでみればどれも同じように感じるのですが、子どもといえども人間ですから、自分の考えもありますし、知力、体力も、一人ひとりが全く違います。
 
 二日前の金曜日に息子二人と昼に回転ずしを食べに行きましたら、今流行りの人間型ロボットのペッパー君がいまして、受付の接客をしてくれました。びっくりして、どうすればいいのかと思っていましたら、横に人が1人ついて、教えてくれました。だったら最初からその人が接客してくれたらペッパー君いらないのではと(笑)子供たちと余計な心配をして笑いましたが、ロボットは、同じ対応は得意でしょう。でも、人は、子どもでも大人でも、一人ひとり皆、違っている、でもその違いによって、私たち人間社会はとても豊かにされているのだとも思います。

 その違いによって、幼子イエスが、たくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていったように、まず、この2018年という年を私たちがそのようにして、皆が違っていて、その違いによって、たくましく、知恵に満ち、神に恵みに包まれる人生を歩んで参りたいものだと思うのです。

 ですから一つ目は、たくましく育つということです。別の聖書で読みますと「成長し、強くなり」と訳されています。
 
 聖書は人間を二つに分けて説明する時があります。すなわち、「肉」と「霊」、体と心と言っても良いでしょう。聖書が記された時代は、人は体と心があって、体はいずれ朽ちるものだから汚れたものであると多くの人が考えていたと言われます。ですから信仰によって心が清いのであれば、汚れた体は何をしてもあまり信仰には影響がないと教えたわけです。グノーシス主義とも呼ばれる考え方ですが、そのような考え方が、社会的な風紀の乱れや、様々な差別主義的思考を増長させていたものと思いますけれど、キリスト教は、そうじゃないよ、体も、心もどっちも大切ですよ。私たちの体も、私たちの心も、神様が造って下さったもの、どちらも神の作品として、どちらも大切ですよと人々に教えました。

 ですから、まずは大切なのは体です。

 今年のお正月は少しゆっくりできまして、正月の三が日を過ごしました。家内の実家にも行って来ましたし、私の兄が家族で、母親に会いに来てくれまして、久しぶりに三味線を弾いて、母親はとてもご機嫌にしておりました。良い時間だったと思いますが、四日になりまして、仕事始めと気持ちを切り替えて、午前中はとにかくデスクワーク、幾つか提出しなければならない資料と原稿がありまして、その作業を終えて、それから私は、幼稚園から頂いたスポーツジムのチケットがありましたので、早速ジムにいって、少しばかりですが運動しました。今年は幾らかでも、体力を付けたい、これが一つの目標でもあります。

 それでジムに行きまして、マットの上でストレッチをしていましたら、隣の人がムキムキの筋肉の人で、もう凄いのです。自分もこういう体つきだったら、もしかしたら考え方も人生も変わっていたのかもしれないなぁ、よっぽど声をかけようかなと思ったのですが、怖そうな方でしたので(笑)遠慮しました。

 私も今週の金曜日で57歳になります。いつの間にかと思うのですが、けれど、だからこそ、神様から預かっている体を大切にしていこう、これが今年の目標の一つです。

 でも、体だけでもありません。第二コリントの信徒への手紙4章16節以下にはこうあります。「たとえわたしたちの『外なる人』は衰えていくとしても、わたしたちの『内なる人は』は日々新たにされていきます。」外なる人とは、体の事です。どんなに丁寧に体をメンテナンスするとしても、スポーツジムに通おうとも、人はどうしても少しずつ体の衰えを感じるものではないでしょうか。体力には自信があると思っている人こそ、特にそうかもしれません。

 新年と言いますが、新しい年、何が新しいのかというと、まず何より新しいのはカレンダーです。でも、その他は、この新年を迎えてまた一つ古くなったとも言えます。4日の午前中に行った作業の一つは県庁に提出する書類作りでした。新会堂となって三年目となりますけれど、三年経てば、少なくとも書類上の価値は、昨年より下がるのです。よく言うとすれば一年一年味わいが出てくるとも言えます。
 でも、古くなるのではなく、ますます豊かに成長するものがある。それが「内なる人」です。すなわち、私たちの心、魂は日ごとに新しくなるこれが聖書のメッセージです。

 その為に、心の栄養をしっかりと取ることです。体の栄養は、睡眠、食事、運動どれも大切でしょう。そのようにして心の栄養も、すなわち、聖書を読み、祈り、教会での信仰の交わりを大切にしながら、心にしっかりと栄養を付けて、元気になって前に進むことですよ。

 この新年に、聞いて驚いたことが一つありました。それは、私たちの教会の玄関にタイル画が貼ってありますね。聖書の物語をデザインしたもので、受付にも葉書がありますので、用いて下さればと願いますけれど、そのデザイナーで、一昨年前の夏ごろでした教会に来て講演もして下さった、甲賀正彦先生、家内の弟になるのですが、大学の先生を止めたというのです。止めてどうするのかと言うと、神学校に行って牧師になると言うのです。え~、本当!? 最初は本当に驚きました。彼はたまたまですが、私と同じ誕生日です。今週の金曜日に52歳になります。もう受験も終えて、来春から神学生ですと笑っていました。

 体も見た目も、大分おじさんのようになったねと夫婦で陰では言っていましたが、まだまだこれから、まだまだ「内なる人」は衰えを知らず、これからいよいよ豊かに成長してこうとしているんだなぁ、本当に思いました。でも、家内が言うのです。あんた、大丈夫なの、あんた美術以外に5は無かったんじゃないの。勉強できるの?必死に引き留めようとするのです。でも、向こうもね、姉ちゃん、だから良いのよ。こんな僕でも牧師になれる、みんなの励ましになると思うよ。からし種程の信仰と言いますが、からし種は種ですから、一つ一つ数えることが出来ますけれど、果たしてその種から、どれほどの実が実るのかは分からないように、きっと限りない程の実が実り、大いに祝福が与えられるように、皆さん、幼子だけではありません。私たちもまた、主イエスに見守られながら、この年、一緒にたくましく育ち、すなわち体も、そして心も「成長し、強く」なっていきたいものだと思います。

 そして「成長し、強く」なるための二つ目、四日の日、午前中に提出する資料を作った後に外の掲示板に貼ってあります「教会案内」の紙が古くなって、古ぼけてしまっていましたから、本当は、しっかりとした板か何かで作りたいのですが、費用も嵩みますから、とりあえず、また印刷して新しい紙で貼り直しました。最初に教会案内の紙を貼って、それから「カウンセリング」をしますよという紙も作り直して、貼っておりました。
 
 ちょうど、その時に若い二人のカップルが通りまして、掲示板を見つめて「この教会、カウンセリングするんだって!」と言うのです。あたかも、釣り竿の最初の糸を垂らした瞬間に魚が釣れたようなものです。(笑)あっという間の凄い反応、こんなことなら毎日貼り替えようか(笑)と思う程ですが、恐らく去年のままでいいかと思っていたら、もう古い餌ですからね、こういう反応は無かったかもしれません。

 カウンセリングをする大切な一つは、何よりも聞くことだと教わります。どんなタイプのカウンセリングの先生もそのことが一番に来るわけです。

 昨年の話ですが、ある方から電話がありまして、相談があるというのです。いらして下さいと話して、話を伺いましたが、職場のことで悩んでいるというのです。職場の人間関係が上手くいかない、だから、辞めようか、どうしようかもう迷っているのというのです。でも、その方の状況を伺うと、正社員でもないし、雇用保険に入っているわけでもない、口約束だけで仕事を始めたようなものだと言うのです。ですから、私は「今日の夜にでも、電話してもう行きません」と言えば、それでいいんじゃないですかと話しました。

 その答えを聞いて、そうですかと言いながら、なぜか、最初からまた同じ話をしだしました。ですから私は、だから「今夜にでも、電話してもう行きません」と言えばいいんじゃないですかと話したわけです。会って話すと、引き留められたり、次が決まるまではやってくれとか言われたり、してしまうかもしれませんから、電話が良いでしょうと話したのです。そしたら、その答えを聞いて、また、最初から同じ話をしだしたのです。皆さん、何が起こっていたのでしょうか。

 簡単です。その人は、聞いて欲しかったのです。自分の悩みや、職場での辛さや、大変さを聞いて、そりゃ大変ですね、そりゃお辛いですよね、え~、そんなことまでされているんですかと、その話を聞いて、驚いたり、受け止めたり、すなわち共感という言葉になるのですが、カウンセリングは共感する作業なんですね。悩みの答えは相談する側が決めることで、相談される側が決めるのではありません。
 
 相談される側が決めるのを「人生相談」と言います。相談して、答えが与えられて、その答えが悪かったら、また相談に来ますから、また違う答えをして、また違っていたら、またやって来て、とならないように、そうか、自分が自分で決めていいんだな。と思って帰ってもらえたらカウンセリングは成功なのです。
 つまりは、私たちは「成長していく」ためには、自分は変わらなければならないと思うのです。変わらないと、こんな自分はダメだ、こんな自分はダメだ、全然成長していないと思うのです。人は不思議なことに今の自分ではない自分になりたいのです。
 
 そして、この世の価値観の中で、1月の花といえば、シクラメンとか、椿とかとありましたが、私は桜だけど、この世は椿、だから椿になりたいと悩むようなものです。無理な自分になりたいのです。むしろ自分が豊かに「成長していく」為に必要なことは、自分は自分で良かった。と思えることです。
自分が自分で良かった、だから、親御さんはあんたはあんたでいいんだよと、しっかりと子育てする必要があるように、主なる神も、あなたはあなたで本当に素晴らしい、あなたこそ私の慰め、祝福の基だよと話して下さる御言葉をしっかりと受け入れることです。あ~、自分で良かったな、そこからまた大きな成長が与えられるのではないでしょうか。

 皆さん、この年、私たちの外なる人を大切に、内なる人を豊かにして、そして、自分ならでの素敵な一年を過ごしましょう。神様の恵みに包まれて、恵み深い一年としてまいりましょう。

 お祈りいたします。
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仕える者への道

2018-01-05 11:45:18 | 礼拝説教
【マタイによる福音書2章1~12節】

 2017年のクリスマス礼拝を先週、共々に献げました。先週も申し上げましたが、この年も12月に入り、私たちの教会は何度も何度もクリスマス礼拝を繰り返しました。二日前のさがみ野ホームの礼拝、思い起こせば12月9日土曜日に行われたさがみ野ホームでのクリスマス礼拝が今年最初のクリスマス礼拝でしたが、二日前のさがみ野ホームの礼拝も結局、考えていた箇所を変更しまして、今日読まれたマタイによる福音書の2章からの箇所をもう一度読んでお話をいたしました。
 
 今から30年程前、私に洗礼を授けて下さった熊野清子牧師が80歳を越えて、尚、現役で働いておられましたが、先生は良く話のネタが尽きないのですね、と言われるというのです。でも、私は聖書一冊あれば、そこから幾度も読めば読むほどに、お話したいと思うことが出て来るのです、と話されたことを思い起こします。私自身、今日読まれたマタイによる福音書、実際、12月の一カ月に何度読んだかなと思わされますけれど、今日の礼拝の為にと読み返しながら、気が付いたことが一つありました。

 2章の10節に記されている言葉、9節からお読みしますとこうあります。「彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先だって進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。」この10節の「学者たちはその星を見て喜びにあふれた」という言葉。

 御子イエスが誕生されたのは、12月25日の事です。これも改めて申し上げますが、今年何度か「先生、25日のクリスマスは教会では何もしないのですか?」と質問を受けました。
 
 そう言われてしまうと、確かに何も予定はなかったのですが、でも、聖夜礼拝がありますよとお答えすると、わけが分からない顔をされる方が多かったと思います。私たちの時間の感覚において、一日という概念は夜中の12時でもって、一日が終わり、一日が始まると思っています。もう、これは誰もがそう思っている、昨日も娘と話し込んでいましたら、ふと時計を見ると夜の12時40分になっているのに気がついて、もう寝ようと、布団に入りましたが、12時を回ると、新しい日、今日も夜の12時を回ると新しい年になります。当たり前だと考えていますけれど、御子イエスが誕生された時代のイスラエル、ユダヤの国の一日は日が暮れると一日が終わるという考え方です。

 日が暮れて、夜になると一日が終わり、そして、新しい一日が始まります。
 安息日という考え方も、金曜日の日暮れから始まって、土曜日の日暮れまでですと説明しますが、一日の始まりは日没からとなります。となると、主イエスが誕生されたのは一体、24日の夜なのか、25日の朝早くなのかと考えるのではなく、日没と共に24日は終わり、25日になりますので、お産まれになった時間が、夜中の12時前か、後かではなく、25日に誕生されたのです。
 ですから聖夜礼拝は25日の礼拝となるわけです。私たちはどうしても、クリスマスイブ礼拝と話しますので、どうも、良く分からなくなることがあるのかもしれません。
 
 その御子イエスが、馬小屋で誕生された。その夜に東の国で、夜空を見ていた占星術の学者がいて、何か特別な星を見つけ、その星を調べたところ、どうもユダヤ人の王として誕生された方がおられるという結論に至ったのでしょう。東の国から旅立ちまして、イスラエルに到着し、ユダヤ人の王であるなら、今の王に聞くのが一番良いであろうと考えたのでしょう。ヘロデ王の下にやって参りました。
 その旅は12日間続いたとあります。25日に誕生して、12日目が1月6日となります。この1月6日に学者たちが御子イエスと出会い、宝物を捧げて、別の道を通って自分たちの国へと帰って行きました。
 
 ここまでがクリスマスです。1月6日までがクリスマスの祝いの時、異邦人の学者が礼拝したということから、主イエス自らが、ユダヤばかりでなく、異邦人の国の人々にも御自分を現して下さったという意味を込めて、公に現われる日と記しまして、公現日とか、あるいは顕微鏡の顕という字を用いまして、顕現日といいます。顕という字も、明らかにされるという意味の文字です。

 学者たちの言葉を聞いて、ヘロデ王は不安を抱いたとあります。エルサレムの人々も皆、同様であったと続きます。自分の立場を狙うような輩が現れたのであろうか、何か良くない計画を練っている連中がいるのであろうか、ヘロデ王が不安に思う、その思いを敏感に感じ取った人々も不安を感じる。急いで王は祭司長や律法学者を集めて、その生まれた者はどこにいるのかと調べさせました。すると、「ユダの地、ベツレヘム」であろう、旧約聖書ミカ書5章1節にそう記されているから、と分かり、東方の学者たちを再び呼び寄せて、ベツレヘムへ送り出しました。「見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」
 ヘロデはそのつもりはなく、命を狙っていたのでしょうけれど、彼らは、そういったこともあまり関心が無かったかもしれません。
出かけると、あの東方で見た星が先だって進み、ついに幼子のいる場所の上に止まり、彼らは幼子イエスを見つけて、喜びにあふれたのです。

 私が気が付いたのは、この一連の出来事の中で、わずか一個所だけが「喜びにあふれた」場面であったということです。むしろ、御子イエスを取り巻く環境は喜びというよりも、不安に満ち溢れていた、この当時、実はローマ帝国の権力が強く、それゆえに世界にはあまり戦争もなく、安定した時代であったと言われます。世界史の中では「ローマの平和」と呼ばれる、平和な良い時代であったとも言われます。けれど、イスラエルの人々にとっては決して平和な時代ではなく、強い支配の下、不自由さを感じながらの日々であり、それゆえに、ヘロデ王も、住民も、様々なストレスや不安の中に生きていたと思われます。そんな時代に御子イエスが誕生されました。
 
 それでも学者たちははるばる12日間かけて、御子を拝みにやって来る、そして、その願いが適った喜びはどれほどであったであろうかと思います。旅をしてきて良かったと思ったに違いないと思わされました。この喜びは勿論、御子イエスとの出会いによって頂点を迎えます。この方にこそお会いしたかった、その一心で旅をしてきました学者達でした。

 まだ今日言えばギリギリ今年となりますが、ご存じの方も多いと思いますが、我が家の長男が今年2月にスペインに行きまして、サンチャゴ巡礼の旅をしました。昨年も行きまして、300㎞歩きまして、今年も行きまして500㎞歩きまして、フランスからスペインの800㎞の全ての道のりを歩いたことになります。
 昨年のメンバーと、今年のメンバーは違うメンバーで2年越しで歩いたのは、長男と座間に住んでいるもう一人の友人二人だけだということでした。

 実は、私たちの教会の礼拝や講演にもお出で頂いた事のある、大学の桃井和馬先生が中心となって、今年もスペインのまた違うルートを歩こうとなっているらしいのです。これまで2年間の実績もありますので、大学の先生方が、桃井先生にあの学生も連れて行って欲しい、この学生も連れて行って欲しいと、お願いされる程だというのです。
 なぜ人気があるのか?何百キロも歩くようなことをすれば、そういう経験を通して一回りも、二回りも大きくなるに違いないと先生方は思っているようです。

 ところが、桃井先生はとんでもない、と今年も広く学生に応募したようですが、学生を選ぶにはとても慎重に行ったというのです。息子が言うには、大分懲りたのではないかというのです。何に懲りたのかというと、異国スペインに行って、観光バスや電車、素敵なホテルの旅ではありません。毎日、毎日20キロ近くもある自分の重い荷物を背負って、自分の足で一日の道のりを歩きとおさなければならない。それが、何日も何日も続くとどうなるか、一緒に歩くメンバー10人程ですが、その10人の人間関係がだんだん、厳しくなるというのです。
 最初の一日、二日は良いけれど、次第に足は痛くなる、腰は痛くなる、体力は人それぞれに違いもありますから、何ともない人と、もう毎日が疲れ果てという人もいるようです。

 実際、歩き始めは一緒でも、目的地に到着する時間はそれぞれ離れ離れになって大分時間の差があって到着する。到着すれば、早速ご飯があるわけでもなく、自炊を始める、男性陣は慣れない食材の上に、慣れない料理、全部自分達がしなければなりません。時には体調を崩す人、熱は出す人、栄養も十分に取れない、そしてそんな中で、いつも一緒の仲間との関係が崩れ始めるようです。

 些細な事でいらだったり、意志の疎通が上手くいかず、互いに不信感を持つようになったり、いつの間にか距離を置いたり、そして、時には迷子になり、泣きべそをかくような学生もいるというのです。ですから、流石に桃井先生も、最初の学生選びを慎重にと考えたのかもしれません。

 学者たちが旅をした、その日程は12日間ですと申し上げましたが、この旅も電車があるわけでもない、飛行機で来たわけでもありません。恐らくラクダに荷物を載せてと思われますが、人数は一般的には三人と言われていますが、それも実際の所は定かではありません。

 けれど、特別な星を見つけて、あの星の下にユダヤ人の王様が誕生された。どうだ、皆でその幼子に会いにいこうじゃないかと話がまとまって、最初は意気揚々と旅立ったと思われます。

 けれど、当時の旅は実際の所、楽しいと言うよりもなかなか大変だったでしょう。使徒パウロも生涯の中で、三度伝道旅行をしたわけですが、その旅で、何度も、何度も盗賊に襲われたり、殺されそうになったりしたと記されています。
 どうも、私たちが考える旅とは大違いで、しかも、家族でもない、血縁でもない、占星術の学者仲間、いわば仕事仲間のようなものなのかもしれません。朝に、昼に、夜に、そして寝る時も、食事もレストランがあるわけではない、カフェがあるわけでもない、いつも一緒に、全てのことを自分達が行いながらの旅であったのではないかと思います。そうなると、時には、人間関係が崩れたり、不仲になったり、意志の疎通が悪くなったり、あ~旅なんかしなかったら良かったのにと思うような状況にさえなっていったのかもしれないと思うのは考えすぎでしょうか。

 けれど、そんな彼らを支えたのは、確かな目的なのです。旅の目的、それは御子イエスを見つけ、礼拝し、自分たちの宝物を献げることでした。旅の途中で様々なこと、思いがけないことがあったかもしれません。けれど、次第に目的地が近くになると、だんだん、その目的地まで、あともう少しとなってくると、これまで悪かった関係が、修復され、全てがその目的地に集約されて、バラバラがまた一つになってくる、その喜びは、そのような経験をした者だけが知る大きな喜びではなのだろうとも思います。

 長男たちの旅も、目的地が近づいて来たと感じるあたりから、随分と違ってきたようです。
 
 御子イエスにもうすぐ会える、ベツレヘムに到着して、ついに星が幼子のいる場所の上に止まりました。学者たちはその星を見て、喜びにあふれました。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられ、彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、没薬、乳香を贈り物として献げました。この時の彼らの喜びは、既に旅立ちのその時から始まっていました。


 長い旅をする。

 それは、あたかも私たちの人生のようでもあると思います。私たちが生まれ、家族と共に成長し、大きなって、社会人となる。それまでの20年なり、30年なり、何度も、何度も乗り越えなければならない壁のような物を感じながらの歩み、しかしまた、社会人となり、家庭を築く、家族が与えられる、その喜びと共に、いつの間にか、人と一緒にいるというのはそこで、何かが起こる、しかもそれは必ずしも喜びだけではない、様々な出来事が起こるのだと知るのです。
 けれど、それでもそんな中にあっても、子どもたちがまた、一人前となり、自分達は次第に年老いていく、それもまた人生と言っているうちは良いけれど、老いは戻ることがありません。どんどん年を重ね、いつの間にか、体力も、気力も落ちていることに気が付いたりもします。

 けれど、皆さん、だから何が大切なのか、私たちの人生の旅の目的こそが大切です。それは、いつも毎年行われることではあっても、このクリスマスに御子イエスに合うために、はるばると旅をした学者たちのように、その周りは不安が沢山あり、社会情勢はいよいよ厳しいと思われる状況の中においても、尚、彼らが目的を見失ったりしなかったように、そして、御子イエスに出会った時に、「彼らは喜びにあふれた」ように、私たちの喜びは、主イエス・キリストと出会いです。
 子どもの時も、青年の時も、壮年の時も、老人と呼ばれるようになっても尚、私たちの喜びは、主イエスが自分の人生にいつも、どんな時も一緒にいてくださる方と出会って、この方がおられるのなら、よし、また一歩、また一歩と主なる神から与えられている人生を歩んで行こう、そして、その歩みは、決して一人ではありません。

 私たちは一人では生きていけません。だから、人は人を求めて、人と共に歩もうとするものでしょう。けれど、人と歩むとそこに必ず、何かのいらだちや、悲しみや、辛さが伴う、そのことも良くわかるのです。
 だから、どうするのか、目的を見失わないことです。互いに互いが見つめ合って過ごすのもロマンチックですが、時には腹が立つのです。だから、互いに主イエスを目指していきていくことです。この方がおられるのなら、歩みだせる、そのようにして、この一年も、大塚平安教会は歩んで参りましたし、これから来たる新しい年も、またそのようにして一緒に歩んで参りましょう。

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母の力強さ

2018-01-05 11:23:18 | 礼拝説教
【サムエル記上2章1~10節】 
【ルカによる福音書1章26~49節】


 皆さん、クリスマスおめでとうございます。今日、こうして12月24日の朝、クリスマス礼拝を皆さんと共に迎えられますことを感謝します。

 この12月、私は何度も何度もクリスマスの話をさせて頂きました。その時、その時、その場、その場に相応しいお話をと願いながら準備して、私ならではの話をさせて頂きましたが、二日前の金曜日は、かねてから予定しておりました少年院でのクリスマス礼拝というよりは、クリスマス講和をさせて頂きました。
 用意されている時間は30分、話をする前に、責任のある方が前に出まして、少年たちに語り掛けました。「今から教会の牧師先生から、クリスマスの話をして頂きます。皆さん、私が今日皆さんに言いたいのは「よく聞く」ということです。「皆さん、良く聞いて下さい。」というのです。
 そう言われて、話し始める話の、話しづらいことと言ったらなかったです。(笑)
 
 でも、この12月のクリスマス礼拝の中で、唯一と言っても良い、原稿を用意しないで、30分話をさせて頂きました。実際の所、聞いている少年の皆さんも、その周りで聞いている法務教官の方々も、そんなに聖書に記されているクリスマスの物語を知っているわけではないと想定されますので、一連のクリスマスの話をさせて頂きながら、後はそこにどんな神様の愛を見るのか、感じるのかその話をすればあっという間に30分が過ぎていきます。
 
 しかも、今日はマリアがエリサベトを訪ねた箇所を読んで頂きましたが、本来なら祭司ザカリアとエリサベトの話があって、いよいよクリスマスの出来事へと進んでいくわけですが、とても、そこからの話は出来ません。それらのほぼ全てを省略して、どうしてもマリアの告知の場面からの話になるわけです。
 おとめマリアの下に、天の使いのガブリエルが登場しまして、「おめでとう、恵まれた方、主があなたと共におられる。」と告げるのです。当初マリアはその言葉の意味を理解せずに、一体なんのことか分からずに考え込んでしまいます。
 天の使いは続けて、「恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって、男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい」と言うのです。マリアは驚いて、「わたしは男の人を知りませんのに」と抵抗を試みますが、更に天の使いは「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。神に出来ないことは何一つない」と譲らず、マリアはその言葉の全てを受け入れて「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と神様のお役に立てることを受け入れる決心をする。

 私はこの12月何度も、何度もこの箇所を読みましたが、でも何度読んでも、とても美しい場面だと思わされます。カトリック教会ではマリアに対する信仰というのでしょうか。時には主イエスよりも人気があると言われます。この場面のような純粋な心を持つマリアの姿を感じて、人はその心を捕えられてしまうのだろうとも思います。
 
 少年院では、これまで礼拝の中でも何度も申し上げて参りましたが、私自身が生まれて来た経緯を話しました。母親が18歳、父親が30歳で結婚して、母が19歳で兄を産んだこと。それから5年、二人目の子どもをと願って過ごしていたのですが、思いがけなく母親が結核となり、治療をしながら過ごしていたその頃に、お腹の中に二人目の子どもが宿っていることが分かったこと。既に薬も服用していましたし、胎の子に何らかの影響があると周囲の人々は考えて、父親を含めて、その命は諦めて、自分の命を優先させることを母に勧めたようですが、その勧めを母は受け入れず、たとえどんな子供が誕生して来ようと私は産んで育てますと言って、その二人目を産んだこと。

 その二人目の子どもが私になるわけですが、お陰様で現在まで、私自身、本当に大いなる方に生かされているという思いが消えることはありません。自分の体に新しい命を宿す、男性には、その生涯を通じて一度も経験しない経験を女性は経験し、そしてそのことを通して、男性が思う以上に、その子に対する愛情の深さを母親は持っているものだと思います、という話を一生懸命にさせて頂きました。

 人は、だから何によって生きるのか、尽きることの無い、無尽蔵、無条件の愛、母が子に持つような何の条件も付けないところの愛情によってこそ生きるのではないのかという話をさせて頂きました。何よりも、主なる神から与えられるところの、無条件の愛を感じて成長していって欲しいと願いながら話をさせて頂きました。

 その話を聞きながら、泣きながら聞いておられた方が1人おられて、その方が最初に「みんなよく聞くように」と言っておられた方でした。(笑)その方が一番真剣に聞いておられたのかもしれません。

 皆さん、一人の女性が一つの命を宿す、その出来事は現在では医学的に、科学的にどうなっているのかを説明することは出来るでしょう。現代であれば、女性であれ、男性であれ、不妊治療によって子どもを授かることが出来る、幼稚園のお母さん方の中にも、時としてそのようにして子どもを授かったのですという話を伺ったこともあります。でもね、大切なことはどのようにして授かったのかということも、勿論大切ですが、人は産まれたことによって生きるわけですが、でも、人は愛情によって成長するということではないでしょうか。

 子どもを授かる、その大きな喜びの場面を、旧約聖書のサムエル記という場面からも読んで頂きました。ハンナという女性、夫はエルカナという名前です。エルカナには妻がハンナの他にペニナという女性がいたとあります。そして、ペニナにはエルカナとの間に子どもを授かっており、ですから余計にハンナは辛かっただろうと思います。

 自分に子どもが授からないことを嘆き、憂いていたハンナは神殿で一生懸命に祈りました。あまりにも長い祈りであったために、祭司のエリが、祈っているのではなくて、酔っぱらっているのではないかと思う程に、熱心に、夢中になって祈っていたのでしょう。エリもその姿に感動して、「安心しなさい、神様はかならずその願いを叶えて下さるであろう」と告げ、その通りついに、ハンナにサムエルという男の子を授かるのです。

 サムエルは後に、祭司エリの弟子となり、エリの後を継いで、イスラエルの国を導く指導者となり、サウル王に油を注ぎ、ダビデ王に油を注ぎ、イスラエルを大いなる国へと導く働きをなしていくわけですけれど、ハンナはサムエルが誕生したことを本当に喜んで、大変有名なハンナの祈りと呼ばれる祈りを捧げます。その祈りの箇所を今日は読んで頂きました。

 「主にあってわたしの心は喜び、主にあって私は角を高くあげる。」という言葉からはじまるハンナの祈りです。

 主にあって、わたしの心は喜ぶのです。これまでのハンナの思いはどうして、主は私を顧みて下さらないのかという思いだったでしょう。こんなにも祈っているのに、こんなにも願っているのに、なぜ、私の思いの通りにならないのか。なぜ、私の願いの通りにならないのか。なんでこんなに辛い思いをしなければならないのか。

 皆さん、私も今がその時だ、辛いなぁと思いながら過ごされている方もおられると思いますし、あ~振り返ればあの時がそうだったと思われる方もいらっしゃると思います。私達に試練が与えられる、苦難が与えられる、そんな時には、神などいるものかとも思う時もあります、世の中は自分の思う通りには行かないものだし、あたかもその試練の原因は、自分以外のものにあると考えて、諦めていく人も多いのです。
 
 ある本を読んでいましたら、「人生の最大の悲劇は『自分が不幸であるのは、いつもまわりや環境や育ちが不十分であったから』と言って、逃げてしまうことです」という文章がありました。

 自分が不幸なのは、自分以外の他所に原因があると言い続けている人のところには、なかなか祝福がやって来ないようです。

 ハンナの物語で、もしかしたら一番大切なところは、あの神殿で長い祈りをささげた後、祭司エリと会話をした後、こんな御言葉が続きます。「彼女の表情はもはや前のようではなかった。」もはや、前のような深い悩み、辛い悲しみを通り越して、そして、私の願い、祈り、思いを主は最も良いようにして下さる、そういう確信を持つことが出来た瞬間の御言葉です。愛する子サムエルが与えられる前に既に、ハンナはそのような喜びに生きることが出来たのだと思います。

 長い祈りの後で、主なる神から与えられた信仰は、願いが叶う前からすでに感謝する信仰、であったと言えるのだと思います。
 
 願って、願って、その願いが叶えられる喜び、その喜びはハンナ、夫のエルカナ、祭司エリにとっても大いなる喜びであり、互いに笑顔で幼子サムエルを抱きかかえたでありましょう。

 ここで、クリスマスのマリアに戻りたいと思いますが、マリアにとって、願って、願って、願って御子イエスを授かったわけではありません。むしろ、マリアにとってみれば、御子を授かるのは、全く思ってもいない出来事でした。だから、驚きと戸惑いと不安に包まれました。けれど、その全てを受け入れて、「私は主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように」と天に使いに応答した時に、天の使いは去っていったとあります。
 
 その後、マリアはどうしたのか、本来なら、夫となるヨセフの所へ、この出来事を告げにいかなければならないはずだと思います。けれど、マリアはヨセフではなく、エリサベトの所へ向いました。なぜ、そうしたのか、カトリックの方には少し申し訳なく思いますけれど、マリアの心にはまだまだ、大きな不安があったからだと思うのです。
 
 もともと、マリアとエリサベトは親類でした。ですから、マリアも、あのエリサベトが思いがけないことに子どもを宿したと既に聞いていたことでしょう。あのザカリアとエリサベトの夫妻に子どもが授かったらしいよ。驚いたね、もうそんな年齢は超えていたはずなのにね、親類の間でも評判になっていたかもしれません。マリアも驚いたでしょうが、でも喜んだことでしょう。いずれにしても、そのことと自分がどうかかわるのかなどとは考えてみることは無かったのではないでしょうか。

 けれど、天の使いが現れて、「恵まれた方、おめでとう」と言われた時、自分が神の御子イエスを宿ったことを知らされた時、「私は主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように」と告げた時、マリアどうしても、エリサベトの所に行きたいと願ったのだと思います。1章39節に「マリアはでかけて、急いで山里に向い、ユダの町に行った」とあります。マリアは急ぎました。なぜ急いだのでしょうか、この出来事を本当に、心から喜びたいと思ったからではないでしょうか。

 この時、最初に夫となるヨセフにこの話をしたとしても、今、この状態で、共に喜び合える望みは殆ど無かったと思います。実際、マタイによる福音書によれば、ヨセフはこのことを知って、密かに別れようとしたと記されている。マリアはこの出来事を通して、喜んでくれるはずの人は、エリサベトしかいない、直観でそう感じたかもしれません。
 
 だから、マリアは急ぎました。そしてザカリアの家に入って、エリサベトに挨拶をしたときに、マリアの挨拶をエリサベトが聞いた時に、すなわち、自分の身に起こったことをマリアが告げた時に、エリサベトの胎の子は踊ったというのです。

 エリサベトは聖霊に満たされて声高らかに告げました。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子様も祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶の声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」

 このマリアとエリサベトとの出会いの場面、聖書で、あるいはクリスマスで大きく取り上げられるのは少ないと思われます。でもとても大切だと思います。この出会いによって、はじめてマリアはこの身に起こったことを心から喜べる思いに至ったのではないでしょうか。
 
 悲しみは一人で悲しむことが出来ます。泣くことも一人で泣くことが出来ます。でも、喜びは一人で喜ぶことは難しいのです。一緒になって喜んでくれる人がどうしても必要で、そしてその為にも主なる神は、マリアにエリサベトを備えて下さっていたのだと思うのです。実際、エリサベトも本当は夫のザカリアと共に喜びたかったに違いありません。けれど、ザカリアは信じられないと思ったために、子どもが生まれるまでは口が利けなくなると天の使いに言われていました。

 だから、余計にここでエリサベトも喜びを爆発させているのです。マリアと共に、自分に宿った子を大いに喜ぶことが出来た、喜びに喜びを重ねる素敵な時間を二人は過ごしたに違いありません。

 その喜びに満たされて、マリアは、心を込めてマリアの賛歌を歌いました。旧約聖書ではハンナが、新約聖書にはマリアが母となる、その喜びを爆発させるようにして歌い上げるのです。

 「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。」マグニフィカートと呼ばれるこの賛歌、マグニフィカートとは主を大きくするという意味です。神を大きくし、だから私は小さくなる、けれどそれこそ私の喜び、こんな小さい私をも神様は目に留めて下さったのですから。

 皆さん、この2017年のクリスマスにおいて、私達もまた、私達の喜びは神を大きくすることではないでしょうか。

 そして、神を大きくする喜びを分かち合える一人ひとりと、今ここに主なる神の御計画を喜び合いたいと願います。

 私たちが生きるこの世のクリスマスは、神を大きくしようとするよりは、自分達がいかに大きくなるのか、如何に成功するのか、如何に偉大になろうとしているのか、そのような姿ばかりが目に付くように感じるのは私だけではないと思います。だからこそ、私たちはマリアの喜び、エリサベトの喜びと、共に御子イエスがこの世に誕生されたこの喜びを共に分かち合うためにも、これからも一層、主に感謝して、このクリスマスを過ごして参りましょう。                       
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