日本キリスト教団 大塚平安教会 

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大きな光を見る

2017-02-26 18:02:44 | 礼拝説教
本日は、マタイによる福音書から、主イエスがガリラヤで伝道を始めるという個所を読んで頂きました。主イエスが福音伝道の為に働かれたいわゆる、公の生涯が始まった箇所として記されています。


 福音伝道の働きは一年であったとも三年であったとも言われます。世に出て公の生涯としては大変短いと思われる期間ですが、地上で働かれた期間を「ガリラヤの春」と呼ばれたとも言われます。ガリラヤ湖のほとりで主イエスが人々を前にして福音を話される。丁度それが春の景色のような穏やかな季節のようで、今、私たちはだいぶ寒い時期を過ごしていますけれど、主イエスを取り囲むようにして人々が集い、御言葉を聞いている。聞けば聞くほどに自分の悲しみや辛さを抱えた心の重荷が、雪が溶けるようにして溶けていく。喜びの言葉に耳をそばだてる。子ども達が主イエスの周りで戯れる。
そんな光景を思い描いて「ガリラヤの春」と言われたのかもしれません。私たちもそんな思いで主イエスの御言葉に聴き、祈りながら、ふれあい、交わり続けて参りたいと思います。

 けれど、「ガリラヤの春」とも呼ばれるイエス様の宣教活動が、本当に穏やかで、のんびりであったのかと問われるなら、全くそうではなかったことも私達は良く知っているわけです。ヨハネが捕らえられた。このヨハネという人は、弟子のヨハネではありませんで、バプテスマのヨハネです。主イエスの先駆けとして生きたヨハネです。

 どうして捕らえられたのか、マタイの14章という箇所を御覧になればわかることですが、当時ガリラヤ地域一体の領主であったヘロデ・アンティパスという人を、ヨハネが批判したからでした。ヘロデが自分の兄弟の妻を奪ってむりやり自分の妻とした。その事をヨハネが「この結婚は律法では許されていない」と批判した。その批判に怒ったヘロデが捕らえて、最終的にはヨハネは獄中で首を切られて殺されてしまいます。このヨハネの逮捕を聞いて、主イエスはガリラヤに「向かわれ」ました。
 そして、ヘロデが支配している地域であるガリラヤから宣教を開始されました。40日間の悪魔の誘惑を退けた後に、御自分の先駆者としてのヨハネが捕らえられたと聞く。ヨハネが捕らえられたという事は、自分も又、そのような道を辿るであろう事は主イエスご自身が一番良く知っておられたでありましょう。

 ご自分が公の生涯を歩まれる事が、十字架への道であるという事を誰よりもご存知であったでありましょう。でも、その覚悟を自分自身が自ら明らかにするようにして、伝道の最初をガリラヤから始められたのです。そして「悔い改めよ、天の国は近づいた」という言葉でもって福音を話し始められました。

「悔い改めよ、天の国は近づいた」という言葉をガリラヤで、町の中やガリラヤ湖畔であるかもしれませんし、なだらかな丘の麓で自然の中で、野外礼拝のようにして語られたかもしれません。

 しかし又、「イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え」ともありますから、ガリラヤの町の会堂で幾度も話されたことは間違いありません。どこで話されるにしても、語るその言葉と共に、又民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされ、評判が広まり、尊敬を受けたのだと思います。そして、そのような尊敬を受けつつ、5章に入り山上の説教を話される。主イエスの力ある御言葉の数々がいよいよ繰り広げられることになります。

 マタイによる福音書の一つの特徴は、イエス様に敵対する人々が殺意を明らかにするのは、割合に後半になってから、12章に入ってからのことです。少なくともそれまでの間は、宣教活動が上手く行っていたかのようにも思えます。

 また、一方で、ルカによる福音書を読みますと、宣教のはじめから大変な出来事があったと書かれてあります。ナザレの会堂に入って、会堂で話し終わった後、ナザレの人々は皆、あまりにも恵み深い御言葉にびっくりするのですが、同時に、この男は、マリアの子じゃいか、大工じゃないかと言いだして、最後には憤慨して、怒って主イエスを町の外に追い出し、崖から突き落とそうとしたと記されています。
 人々に「悔い改めを迫る。天の国は近づいた」と語る。その言葉を主イエスがどれほどの思いで語られたのか、とも思います。今、私の今日の説教が終わるとする。恐らく内心よほど酷いと思える説教だったとしても、皆さんが総立ちになって、私に向かってくるという事はあるかもしれませんけれど普通考えられない事です。ましてやイエス様ともあろう方がなぜ、どうして人から誤解されるような、理解されないような話をするのであろうかとも思います。

 けれど、むしろ恐らく主イエスだから、そうなったのかもしれない。聞いている人々が気に入るような説教をなさらなかったからでしょう。神の国の「福音」を語る事は、時として地上の価値観から考える「福音」とは違う事があるのではないでしょうか。

 アメリカの大統領が変わりました。多くの批判を受けていますけれど、私は、あの大統領は、歴史的には恐らく相当久しぶりに地上の価値観から物を言う大統領ではないかと思っています。すなわち、自分自身の高い夢や希望を語らない、目に見える世界観、物質的な世界観で他者を批判し、非難し、自分の高いビジョンを語ろうとはしないのです。だから批判されてしまうのではないかとも思います。言葉が人の心に届かないのです。

 主イエスの御言葉は、むしろ聞く人々が、聞くほどに、豊かな恵みも知らされる。けれど、自らの罪を知らされる、自分自身でも打ち砕けないような自らの心の中身を、主自らが打ち砕いて下さる、しかし、それがまた喜びとなって一人一人の目が開かれ、耳が研ぎ澄まされ、心の真髄にふれるような説教であったに違いありません。
 多くの人々が感銘を受け、主を尊敬する人々が現れる。と同時に、その御言葉に聞く耳をもたず、受け入れようとしない人々は、心揺さぶられ、自らの罪を指摘されては、悔い改めどころか腹を立て、主イエスの命を狙う者へと自らの罪を主イエスにぶつけ、主を無きものにしようと計画を立てていくわけであります。

 自らの命がいつでも危険に晒されながら、だから、自らも傷つき、時には蔑まされ、血を流されながら、でも、命をかけて「悔い改めよ、天の国は近づいた」と語り続ける。私たちに対しても同じようにして聖書を通して知らせようとする思いは何であるのか。

 改めて、16節に記されているイザヤ書に目をやりますとこうあります。「暗闇に住む民は大きな光を見、/死の陰の地に住む者に光が射し込む。」この御言葉は言い換えるならば、どんな状況、どんな環境にある人であっても、どんな一人一人であっても、人は神の子として、主の恵みにより光を見る事が出来るのだという事でありましょう。

 もう十年以上も前に戴いた本がありまして、「この生命は人の光」という本です。今、「命の尊厳を考える会」の代表をされている方で、東北大学の先生をされておられ、現在も、福島の放射能の影響について人々に発信し続けている方で、吉原賢二さんという方が書かれた本です。吉原さんの次男が、充くんという名前ですが、一歳一ヶ月の時に、言われるままに、同年代の皆が行うようにあるワクチンを接種して、しかし、それが原因で障害を持つようになり、その後の充くんの生涯と体験を書かれた本です。
 
 小さい頃の充君は、とても穏やか気質で、育てやすいと思われるような、又情感豊かな、お子さんであったそうです。当時、誰もが受けたわけですけれど、一歳一ヶ月でインフルエンザの予防接種を受けた。それからわずか6時間後にその副作用が出て、41度を越える熱と、強烈なひきつけで一瞬の内に意識不明になり、それが40日間続きます。その後の懸命な治療によって奇跡的に命を取り留めますが、大きな後遺症が残ってしまいました。頭から足先までグニャグニャの状態で、食べ物は注射と鼻からの強制栄養剤、一歳の子が小さな手足に無数の注射の跡がついて、ベテランの看護婦さんでも注射する場所を探すのが難しい程であったそうです。病名はインフルエンザ・ワクチン予防接種後脳炎という名前でありました。

 家族みんなが、もう信じられない思いの中、打ちのめされるような、暗闇に住む民のように追いやられたような思いで充くんの看護にあたっていたそうです。

けれど、そんなある日に、充君のお兄ちゃんから病院に葉書が届きます。お兄ちゃんと言ってもわずかに三歳の子供ですが、もちろん、文字など知りません、でも、おじいちゃんに教わって大好きな弟の為に一所懸命書いたのでしょう。その文字はひらがなで「み・つ・る・な・お・れ」という文字であったそうです。その葉書を見て力を得て、それから家族四人での戦いが始まったと記してありました。

 その後、吉原さん一家は、当時、ワクチンの接種があまりにもずさんに行われていた事実や、幼児に対して予診や問診も無しに行われて、又接種量がいい加減であった事なども突き止め、同じような症状を持つ親御さんと共に国に訴えを起こすという事をしました。
 充さん自身は2000年の6月に、36歳でついに天に召されました。その記録を「この生命は人の光」という本にしたという事のようです。

 著者の吉原賢二さんは1人の信仰者です。これらの出来事について、述べている文章がありました。「予防接種の事故が社会問題となったお陰で、予防接種による死亡や障害の発生は激減しました。吉原充は自分の生命と生涯を犠牲にして、次の世代の子供たちに、こよないプレゼントをしたのではないでしょうか。私は彼の生涯を思うと心が痛み、涙が流れます。しかし一方で彼が犠牲にならなかったら、外の子供たちの多くがワクチンによって死んだり、傷ついたりしたであろうことを思い、充の生涯には深い意義があったと慰めを受けます。吉原充は、いつもにこやかな笑顔で人々の心にいのちを吹き込んで来た、私はそう信じています。そしてその蔭に絶大な神様の助けがいつもあった。彼は今、すべての使命を果たして天に帰りました。生涯の労苦を神にねぎらわれていると思います。私どもは地上にあって彼を思い、彼からいつも変わらずに勇気と希望と力を得るのです。」

こんなにも苦しんだ充君の生涯にも関わらず、深い意味があったと書かれた文章は、正にお父さんの本心から出ているものだと思います。

そして又、キリストを思う深い信仰に支えられて書かれたものであろうと思われます。どのような状況・どのような環境におかれても、それがまるで自分の人生が、あるいは家族が、あるいは友が、暗闇であるかのように感じているとしても、まるでもう自分の隣に死が迫っているとしても、預言者イザヤを通して言われた、「暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ」と思える人生が、あなたにも、私たち一人一人に与えられているのだということを主イエスは、その命をかけて宣べ伝えようとする決意の御言葉が、このイザヤ書の御言葉だと言えるのではないでしょうか。

「命とは人の光」です。しかし、この命を人が作り出すことは出来ません。この命の光は神の霊によってこそ与えられたものです。主なる神は私たち一人ひとりに主イエスという光を送って下さいました。主イエスによって私たちの命は主なる神から与えられ、また聖霊によって私たちの信仰は豊かな交わりが守られ、罪赦され、永遠の命へ至る信仰が与えられると私達は信じるのです。
 どんなにすぐれた医者と言わる人でも、人間の全てを知る事はできません。しかし、全能なる神は、私達の全てをご存知です。私達一人一人を愛し、私達一人一人を決して見捨てることはいたしません。

 どんな状況、どんな環境にある人であっても、どんな一人一人であっても、私達を神の作品として、神の子として、主の恵みによる光が与えられているのです。
 その光を見つめる時、そして見つけることが出きる時、神に導かれ 私達の心の中で、「光が射し込む人生」が確かに動き出す時ではないでしょうか。お祈りいたします。
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心でわかる

2017-02-22 18:42:12 | 礼拝説教
詩編40編4節にこうあります。「わたしの口に新しい歌を、わたしたちの神への賛美を授けてくださった。人はこぞって主を仰ぎ見 主を畏れ敬い、主に依り頼む」

 新年になりまして今日が早くも第3週目の礼拝となりました。この年、私たちは、礼拝において、また私たちの人生において新しい歌を、神への賛美を歌い続けていきたいものだと思います。
 1月になり、私たち家族の所にも、多くの方々から年賀状が届きました。一枚一枚丁寧に読みながら、今年も忘れないで送って下さった方々、元気にされている懐かしい方々の賀状を読みながら、一人の方の葉書に目が止まりました。これまで何回か話をしていますのでご存じの方もおられると思いますが、岩手の花巻教会のMさんという方からの年賀状でした。

 こんな文章が記されていました。「S君の絵(私の息子です)には驚きの声を発するばかりです。もともとご家族の 皆様に芸術的な素質を備わっていますが、こちらはどんなにか励まされるか分かりません。十二月一杯肺炎で倒れました。奇跡的に生かされて二十五日退院しました。食べられるようになれば元気になるでしょう。」と書いてありました。Mさん、今年で100歳になられる方です。
 もう、この年賀状を読みまして、不思議なことに涙が溢れて止まらない。

 私がこれまでこうして牧師として働かさせて頂く中で、Mさんととお会い出来たことは神様の祝福であると心から思います。まだ新米の私の説教を聞きながら、後でこう話しかけて下さった。「先生、私の命は先生の説教にかかっているからね。先生が語る神の御言葉で私は生きるんだからね」この言葉は生涯忘れられないでしょう。どんなに緊張する思いで、聞いていたことを思います。若い牧師を励まし、力づけるだけでなく、自分はこんなに大切な働きをさせていると、感動したことを思います。 

 記されている年賀状はなにげない文面のようですが、ご自分が100歳になられるときに肺炎にかかって入院された、恐らく生きるか死ぬかという状況だったと思います。でもとても大変でしたとか、つらかったとか、苦しかったとは、もともと年賀状には、そういうことは記さないのかもしれませんが、でも三田さんは、いつでもそうなのです。自分がどうかということにはあまり関心がありません。自分が100歳であることも恐らくあまり関心ありません。菊池先生の所のあの小さかった、幼稚園児だったS君が、大きくなって上手でも、下手でも一生懸命に描いた絵を見て本当に驚いてくれて、心から良かったと思って下さって、そして、そっちの方がずっと関心があるような方なのです。
 死にそうになって入院したけれど、奇跡的と言われて肺炎も治りそうだし、これで食べられようになるなら、まだまだ神様によって生かされるでしょう。自分のことはそれだけで、回りの一人ひとりに愛を注がれる方なのです。
 
 Mさんが記された本に「再見」ヅァイジェンと読むのですが、「また会いましょう」というタイトルの著書があります。それによれば、満州の吉林という町で、昭和16年8月に24歳で結婚されました。この地でご主人と共に幸せに生きていこうと決心して満州に渡るのです。結婚式はどんなに楽しかったかその著書にも記してあります。それからいよいよ新婚生活、しかし住んでみて驚くのです。当時の満州に住んでいた日本人の態度についてこう記しました。
「この地に暮らし始めて驚いたのは日本人の態度であった。これが日ごろ、日満一徳一心を口にしている者の態度であろうか。日満協和と日々いっていながら、それは言葉の上だけで、この国の人々に対して傍若無人に振舞っては、それが指導民族の特権であるかのように威張りくさっているのである。彼らは自分達が担っている渡満の使命を、ただ利欲のための野心におきかえているように見えた。私は何とも言いようのない義憤をかんぜざるを得なかった」
もともと幼いころから教会に通い、神様の愛は誰にでも注がれると信じて疑わなかったMさんご夫妻には、その姿はどんなにか悲しい思いであったか、そしてそんな日本人にならないように生きようとされ、分け隔てなく満州に住む中国人を愛されて一緒に生活をしようと心がけたようです。

 その結果、4年後の敗戦となった時に、日本と中国の立場が全く逆転した時に、一夜にして住む家も財産もなく、今日の命さえも危うくなってしまった日本人の中で、Mさんの家族に辛い思いをさせてはならないと中国の人たちが彼らを守り、そして日本に帰ることが出来たと聞いています。

 ですから皆さん、やっぱり大切なことは、神を愛し、人を愛することです。世の中の移ろいゆく価値観にしっかりと対応していくことも大切かもしれません。でも、それによって、最終的に自分自身を失ってしまわないように気を付けなければなりません。

 苦労に苦労を重ね、Mさんは夫を満州に残して幼子を連れて帰国します。それから数年後に帰国できたご主人と共に、また一緒に人生をやり直そう、その決心した矢先、ご主人がガンであることがわかり、ご主人は40代で天に召されていくのです。しかし、そこからまた、母一人で子ども三人を一人前に育て上げていこうとする。その一つ一つの出来事が、まるでドラマと思えるような人生と人間模様がその著書にはしるされているわけですが、


 今日何を伝えたいと思って話しているのか、それは、どんな状況に生きるとしても、私たちは「わたしの口に新しい歌を、わたしたちの神への賛美を授けてくださった」その歌を歌い続けていくことが私たちの信仰のあり方ではないかと思う、ということなのです。

 私たちは、日ごとに、朝ごとに、あ~これが無かったらなとか、これさえ起らなかったらと思うような人生に別れを告げて、これがあったお陰で、こんな素晴らしい生涯を送れていると思える。病気になったことや、借金ばかりが増えた、あるいは人間関係でもう修復不可能だと思えるほどだと、自分の弱さや、みじめさを味わったあのこと、でも、そういった過去のあのこと、このこと、その古きものは去年で終わって、新しくなるのだというのです。だから新しい歌を歌えるのです。
 第2コリント書5章17節にこんな御言葉があります。「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」

 私たちは過去のあのこと、このことを引きずります。特に今、調子が悪い、上手くいかない、なぜ上手くいかないのか、だって昔あんな出来事があったから、と思うのです。あんな事があったから、だから仕方ない、そう言い訳するようにして過ごすのです。言い方が厳しいかもしれませんが、そこから抜け出さないのです。だって、過去はかえられませんからね。だから、無理だ。と思うのです。

 本当に無理なのでしょうか、私たちは日ごと、朝ごとですよ。主なる神は新しい歌を歌うようにと私たちを作って下さったではありませんか。
主イエスが福音伝道を開始されて、最初の奇跡を起こされたカナでの婚礼という箇所を読んで頂きました。結婚式、Mさんも著書の中で結婚式に触れられていて、それは喜びの結婚式であったとありました。もともと、ご主人となる方が結婚の約束はしているけれど、先に満州に渡っていたのです。けれど時代的にいつでも、あるいは誰にでも召集令状が届く時代でした、そのような年齢でした、だから逆にMさんは決意して、女性一人でご主人の待つ満州に向かうのです。どんなに勇気のいることであったかと思います。しかも後になって冷静に考えるとすれば結婚前よりも、結婚の後の方がずっと苦労が多かったのではないかと思います。けれど、そんな苦労話を一度も聞いたことはありません。
 
 今日と言う日を後悔しない。いつでも新しく創造された日として、喜んで生きようとする、そのように生きてこられましたし、今も、そのように生きていこうとしているように思います。

 結婚式は、人生の一つの節目でもあります。この会堂でも是非、私は結婚式を挙げてみたい、必ずあげられると思います。楽しみです。イエス様の時代の婚礼はどんなであったのか、詳しくはわかりませんけれど、当時の関係者ばかりでなく、村や町をあげてのお祝いであったに違いありません。人々が総出でお祝いの席を作り、料理を準備する。そのシンボルがワイン、葡萄酒でした。
 
 その婚礼に主イエスも出席しておられた。母のマリアもいたとなると、親戚関係とか、かなり親しい方の結婚式ではなかったと思われます。この話は中世の頃には、弟子のヨハネの結婚式となって、ヨハネは結婚式の後、花嫁を置いて主イエスに従ったことになっているそうです。その真偽はともかくとしても、お祝の途中に葡萄酒が無くなった、切れてしまったというのが今日の話でありました。

 実際、その担当の者は責任を問われるような事柄かもしれません。だから困りました。実際、困り果てました。
 恐らく用意周到に考えて、計画したでしょう。でも、計画通りにはいかなかった。

 なんとかして、皆に気が付かれないようにこの状況を解決しなければなりません。そこで母マリアと主イエスの互いだけが心で分かり合える会話の後に、水がめを六つ用意させて、そこに水を入れ、宴会の世話役に持っていかせたところ、それが葡萄酒になったというのです。

 皆さん、この奇跡は何を伝えようとしているのか、「人には出来ないけれど神には出来る」ということであろうと思います。けれど皆さん、結婚式とはあたかも人生最高の舞台、だれが何を言おうとも、結婚する二人は主人公です。集まっている皆が自分達を祝ってくれている。けれど結婚して、三日後は夢のようだなと思い起こしても、三週間後には日々の生活に追われていき、三か月後には結婚式は既に忘れ去られ、三年後には旦那は元気で留守がいい、皆さんはそうはならないと思いますが、幼稚園のお母さん方の数名からそんな話を聞いたこともあります。(笑)

 けれど皆さん、そうではありません。結婚式は何も二人の幸せのピークでもないし、むしろ始まりです。牧師はだから言うのです。「あなたは、今からのち、幸いな時も災いの時も、豊かな時も、貧しい時も、健やかな時も、病む時も、互いに愛し、互いに助け合って、生涯を送ることを約束しますか。」これまで何組もの結婚式の司式を行いましたが、どの二人も「ハイ、誓います」と話されました。(笑)だから、私が司式した結婚式の二人は、誰も別れていない、はずです。(笑)
 
 水が葡萄酒にかわる、それは今幸せが始まったのですよ。そして、その幸せ、幸いは、水が葡萄酒に変わるように、どんどん良くなっていくのですよ。世話役が「あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました」と話したように、結婚式の時も良かったけれど、三日後も、三ヶ月後も、三年後も、今もどんなにか良いかと言えるようになるのですよ。それが信仰者の生き方なのだと思います。
 
 先週の1月12日、私の誕生日でした。56歳になりました。成長した子どもたちと家族と一緒に夕食をいただきながら、思わず「良い56歳だな」とつぶやきました。本当に良く生きて来たと思いますし、これからも生かされながら生きていこうと思います。皆さん、それでも、まだ、もっとその先は、もっともっと幸いが備えらえていると私は思います。
 なぜなら、その状況がどうであるのかではなく、幸いな時も、病める時も、健やかな時も、悩める時も、主なる神は私たちと共にいて、その時その時に神の最善を備えて下さるからです。
 感謝して、新しい歌をこの一週間も歌って参りましょう。

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心に敵う者

2017-02-22 15:36:59 | 礼拝説教
 一月に入りまして、あっという間に正月も過ぎていきました。皆さん良いお正月を過ごされたであろうと思います。

 昨日のことですが、牧師室で仕事をして、あちこちとメールでやり取りをしていました時に突然一つのメールがやって来ました。

 私が出た神学校からで、新年度のいつの時にか学生に対して牧師が「学ぶこと」の大切さについて話をして欲しいというのです。そんな授業、なんで私なのかな?と思いましたが、お役に立てるのでしたらと答えておきました。それでも、思い出した事がありまして、私が神学校を卒業するにあたり、卒業論文の先生が私に話された言葉がありました。菊池君、勉強ばかりではだめだよ、と話されたのです。確かにあの頃は勉強ばかりしていたなぁ、そんなことを思い出しました。
 けれど、それもすっかり昔になりまして、最近いかに勉強していないか、でも、改めてこの年、一生懸命学んでいこう、そんな思いで心を新たにすることが出来ました。

 研究者や学者は一所懸命に勉強して研究することが仕事です。その結果、成果が出れば自信にもなりますし、評価もされます。医者は何より患者の病気を治すことが優先でしょう。例えば難しい手術を成功する、難しい病気が癒されるとき、医者としての充実感に満たされるでしょう。ビジネスマンであれば高額の取引とか、商売が上手くいく、いい仕事したなと満足を得るでしょう。目的があって結果が出るというのは成功すればやったと思いますし、人としての確かな自信にもつながることでしょう。大切なことだと思います。

 牧師はどうか、勿論目的はあります。神の国の福音を宣べ伝えること。その為に、教会があり、礼拝を守り、集会を行い、祈祷会を行い、祈りを献げ、御言葉を語り続けます。勿論神様が働かれているわけですから、自分の頑張りではないとも思いますが、牧師の喜びと言えば、洗礼志願者が与えられる、そのような喜びを皆さんと一緒に喜び合える、これ以上の喜びはないと思えるほどです。そのためにもこの年もまた、心を新たな思いでもって是非、神の恵みを受け入れて、洗礼式へと進まれる方が与えられるように祈り、励んで参りたいと思います。

 今日は、洗礼者ヨハネの所に主イエスがやって来られた場面です。主イエスがやって来られた時、ヨハネはこう言いました。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」けれど、主イエスは応えられました。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」そこでヨハネはイエスの言われたとおりにした。
 この洗礼者ヨハネの働きの中で、最高の働き、充実したひと時ではなかったでしょうか。更に、主イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。
 イエスは、神の霊が鳩のようにご自分の上に降って来るのをご覧になった。その時、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が聞こえた。
 今日の説教題を心に適う者としましたけれど、主イエスが洗礼を受けて、水からあがられた時、天から聞こえて来た言葉です。「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」この言葉は勿論、主イエスに対して告げられている言葉ですが、しかし、今を生きる私たちにも主なる神は告げておられるのだとも思います。
 
 つまり、主イエスに与えられる祝福の言葉を、主イエスを信じる私たちこそが相続出来るはずです。私たちの価値は、この言葉のように「わたしの心に適うもの」として人生が与えられ、命が与えられ生かされているということであろうと思います。
 
 神さまは私たちを愛されている。世の中にある、あたかもゴムのように時代時代で伸び縮みする価値観の中で評価されるのではなく、どんな時も、いつの世も変わらないあなたは「わたしの心に適う」と言われるのです。
 「心に適う」とはそのままのあなたがどんなに素晴らしいかということでしょう。

 私たちは逆に、このままの私がどんなに素晴らしくないかと思うところ多いのです。若者を見ているとよくわかる、鏡を見ながら、目がどうの、鼻がどうの、髪の毛がどうの、もう少し身長があったらなぁ、もう少し痩せていたらなぁ、勉強が出来たらなぁ、とにかく今の自分が気に入らない。でも、若者だけでもないでしょう。年を取ればとったで、この病気さえなかったら、この経済状態だから、もう少し足腰がしっかりしていればと、やっぱり、このままの自分ではダメだと思うのです。

 私たちは、今いる状況を受け入れようとしません。でも、私たちを作られた方、私たちのよりどころである方は「わたしの心に適う者」と話しておられるのです。申命記26章には「既に約束したとおり、あなたは宝の民となり、すべての戒めを守るであろう。」とありますが私たちは神の目からみれば宝の民だということでしょう。
 でもね、自分が宝物なんてなぁと思う。なんで私の人生にはこんなに嫌なことばかりなのかと話される方もおられますし、そんな話をしばしば伺います。自分は少しも宝ではないと思ってしまうのです。
 

 皆さんがご存知のように、私の家に母親が一緒に住んでいます。今年の3月で80歳になります。教会の中で80歳なんて、やっと一人前になったかと言われる年かもしれませんが、ご存じのように認知症になりまして私たちの家族と過ごしているわけです。
 母親の口癖は、「今が一番幸せです。」という言葉ですが、認知症というのは、基本的には最近のことが分かりません。でも昔のことはよくわかる。昔、自分が子どもの頃に、段ボールに入れられた子猫が川を流れてやって来て、ニャーニャーと鳴くので、たまらなく愛おしくなって、それを拾って来て育てた話を、二日に一回は聞いています。でも、今、自分の孫が何歳なのか、何年生なのか、今がクリスマスなのか、お正月なのか、それはよく分かりません。

 今がどういう状況なのかも実際のところ、よくわからないのかもしれません。でもね、それでも「今が一番幸せだ」というのです。どうしてだと思いますか。母親の小さい時に、父親も死に、母親も死に、5歳年上のお兄さんと二人きりになって戦後をなんとか生きてきた母ですが、結婚した相手が私の父親ですけれど、ろくに仕事もしない、やる気も無いような夫であって、母親が一人で内職しながら私たち子供たち4人を育ててくれました。

 でもね、だから、そんな辛かった生活と比べたら毎日、何をしなくとも朝ごはんを食べられるし、昼ごはんも食べられるし、夕ご飯も頂けるし、デイサービスにも行けるし、幸せだなぁと言っているわけではないのです。
 
 認知症は今のことは忘れて、昔のことしかわからないのです。だから、母親は子供の時も、少女の時も、両親がいなくて兄と二人で成長した時も、ろくでもない夫と結婚したときも、苦労して4人の息子たちを育て上げているときも、ずっと「わたしは今が幸せだ」と言って来ていたので、今も「わたしは幸せだ」と言えるのだと思うのです。

 皆さん、私たちは「わたしの心に適う者」ですよ、私たちは神の宝の民ですよ。何も人と比べなくて良いのです。私の存在を、神様がどんなに愛されて、一人子なる御子を私たちに賜るほどに私たちを愛されて、誰とも変えられない神の宝として下さっていることを忘れてはならないと思います。

 ならば、神の心に適う者として、私たちはどう生きていけば良いのか、一つ目「幸せに生きていこう」と決心することです。
 
 お正月になりますと、我が家では一つの恒例行事があります。それは、1月2日、家内の実家、所沢のおじいちゃん、おばあちゃんの所に行って、家族が皆で集まってお祝いするということです。今年は、おじいちゃんが88歳ということで特別にとにかくみんな集まれということで、子どもたちは一日から泊まり込みで、私たちも母親も連れて家族で向かいました。全部で14名が集まって、おじいちゃんと、おばあちゃんとのお祝いしたわけですけれど、おじいちゃん、おばあちゃんがもうニコニコして、子どもたちや孫たちをかわいがるわけですよ。

 食事をしながら、すっかり機嫌が良くなったおじいちゃんがスピーチを初めまして、最初は、成長した自分の息子、娘を褒めるわけです。でも、それはすぐに終わりまして、何よりも、二人の息子の所に嫁いできたお嫁さんを褒め始めました。何しろ営業畑60年のおじいちゃんですから、褒める言葉が次から次と出て来るのです。さすがだな、でも、聞きながら気が付きました。娘の旦那も少しは褒めたらどうか?なんて(笑)
 しっかり褒めて頂いて、それから今度は孫の一人ひとりを褒めるのです。もう、褒めまくって、お前たちがわしの孫で本当に良かった、出来ても、出来なくても孫で本当に良かった。そして最後にお年玉を一人ひとりに手渡すのです。
 もうそうなると、孫たち全員がおじいちゃん大好き~。来年も元気でいてねとやっぱりそうなるわけですよ。幸せの瞬間です。

 皆さん、なんで、自分は幸せに生きていけないのかな、簡単です。こんなおじいちゃんがいないからですよ。でもね、おじいちゃんでもなく、おばあちゃんでもなく、両親でもなく、あなたを作られた方であり、導き手であり、神様の言葉によって幸せに生きるのです。「あなたは私の心に適うもの」この世の、誰が、わたしの心に適わないと言うとしても、この主なる神の御言葉こそ、私たちのアイデンティティとなるのではないでしょうか。

 この祝福の言葉をしっかりと自分の心に収めることです。神の心に適う者として、一つは幸せに生きる、二つ目は、「主なる神と出会う」ことです。主イエスが洗礼を受けられた、主イエスは罪なき方として乙女マリアから誕生されて、罪なき方として、成長されたはずなのに、洗礼者ヨハネから洗礼を受けにやってきたのです。私の方が洗礼を受けるべきなのにと語るヨハネを前にして、「今は、止めないでほしい、正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいこと」だと語られて洗礼を受けられた。なぜ、罪なき方が洗礼を受けられたのか、罪ある私たちと出会うための決心だったと思うのです。

 神が人となって誕生された、それは神の人の救いの為の決心であって、罪なき方がその宣教にあたって洗礼を受けられた、それは更に謙遜になって罪ある私たちと出会うためであったと思うのです。だから「今はとめないでほしい、正しいことをすべて行うの、我々にふさわしいことです。」と言いました。我々とは、主イエスとヨハネのことでしょうけれど、主イエスと私たちとも言えるでしょう。

 この姿は徹底的に謙遜になった神、それは、私たちと出会う為なのです。神と出会える時、それは自分が謙遜になれる時だということではないですか。

 私たちは、まあ謙遜になれません。私の尊敬する牧師が昔教えて下さいました。「菊池君、牧師は色んなことを勉強するけれど、牧師はバカにならなきゃならないよ。」よく覚えています。でも、その時にはよく分かりませんでしたというより、ちょっとムッとして聞いていました。

 牧師はバカじゃ務まらないだろうって思っていました。だって勉強ばっかりしていましたから。でもね、ここ数年、改めて思わされます。バカという言葉は差別用語かもしれませんから、適切な言葉で言えば、幼子のようにとか、素直にと言う言葉に置き換えて申しますけれど、主イエスが洗礼を受けて水から上がると、天が開いて神の霊が鳩のように下ってきました。聖霊が主イエス包み込んだ瞬間です。この聖霊こそ、私は謙遜とか、素直とか、幼子のようにという意味ではないかと思うのです。
 
 信仰とは勉強して頭でわかる、それも大事ですよね。でもね、「一所懸命勉強する。」でも「知識は人を高ぶらせるが、愛は作り上げる」とコリント書にありますように、どうも私は知っている、わたしは分かっていると思うほどに神様と離れてしまっているのかもしれません。

 そんな私たちと出会う為に、主は洗礼を受けられました。罪あるこの世の、私たちの本音に出会う為です。私たちの知識に出会うのでもなく、私たちの建前に出会うのでもなく、私たちのあるがままの、わがままの、いやらしさ一杯の私たちに出会う為ですよ。出会ってなんと言われるのか、そのままのあなたで良いのだよ。
 そのままで良いだけでなく、これからももっと良くなるよ、これまでも良かっただけでなく、これからもっともっと良くなるよと語りかけて下さるだけでなく、誰がなにをどう言おうとも、あなたはわたしの宝の民と言って下さっているのです。

 あなたの幸せは、あなたの足元にあり、あなたの只中にあるのです。その足元にある宝をなかなか拾えないのです。なぜか、小さくならないと拾えないからです。小さくなりたくない、それが私たちの本音ですよ。でもそれでも良いのです。だから主イエスが洗礼を受けられて、主イエスが小さくなられて、わたしの、あなたの足元にある幸せを拾って下さいました。
 この恵みを私たちはしっかりと受け取って、この2017年を共に歩んで参りましょう。願わくは謙遜に、そして、しっかりと幸せに生きて参りましょう。
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主の恵みの年

2017-02-20 14:55:57 | 礼拝説教
皆さん、新年あけましておめでとうございます。2017年が始まりました。この年も、心新たな思いでまた一歩ずつ歩んで参りたいと思います。

キリスト教の教会歴、キリスト教の暦からすれば一年の最初は11月末のアドヴェントからが新年です。アドヴェント、クリスマスから一年が始まります。

御子イエスの誕生を祝う、クリスマス礼拝は多くの皆さんが集って下さいました。丁寧に数えましたら24日の昼の子どもの教会のクリスマス礼拝も、その夜の聖夜礼拝も、25日のクリスマス礼拝も、いずれも80名以上の方々が来られておりました。天候や日程も良かったのかもしれませんが、多くの方々と共に御子イエスの誕生を祝うことが出来、改めて良かったなと思います。
クリスマス礼拝ではM姉、S兄が転入会されて、私たちの教会の兄弟、姉妹となられました。そういう意味においても、「主の恵みの年」を既に、クリスマスの時期から私たちは歩んでいたといえるわけです。

そして、新年、2017年となりまして、更に主の恵みを共々に歩んで参りましょう。

本日は、ルカによる福音書4章16節から読んで頂きました。誕生された御子が、成長し、時が満ちて、主イエスが宣教開始の決意を持たれる。その後、ヨルダン川で、ヨハネから洗礼を受け、荒野ではサタンからの誘惑に遭い、それを退けて、主の故郷であるガリラヤに帰られます。そして、更に主がお育ちになったナザレの村にやって来られます。

安息日に会堂に入られて、イザヤ書の巻物が手渡されました。主は渡された巻物を開き、イザヤ書の御言葉を読み始められました。

「主の霊がわたしの上におられる。
 貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。
 主がわたしを遣わされたのは、捕らえられている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、
 圧迫されている人を自由に、主の恵みの年を告げるためである。」

その後、巻物を返されて人々をご覧になりながら話されました。「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した。」

主が「実現した」と宣言されたのは、この年が「主の恵みの年」として与えられているということです。
ここで言われる主の恵みとは何か? より具体的なものです。

 旧約聖書のレビ記25章に「ヨベルの年」という言葉が登場します。ご存じの方も多いでしょう。ヨベルの年とは、神がモーセに命じた、ある特別な年50年に一度やって来る「解放の年」のことであります。
 
 その年がやって来ると、ヨベルとは雄羊の角を意味する言葉ですが、角笛が鳴らされる。そして、例えば、貧しさゆえに自分自身を奴隷として身売りしてしまった人がいる。しかし、ヨベルの年になると無条件に解放される、それまでの借金がゼロとなるのです。  

 例えば、貧しさ故に土地を手放してしまった人がいるとする。しかし、それも50年に一度のこのヨベルの年になれば無償で土地を返してもらえるとなるのです。
 それが、モーセの律法に定められていることです。

 負債を負っているものが、負債を負いつつも、努力して自力で返済したとか、貯蓄をして買い戻したというわけではなく、ただ神の恵みの年として、全てが解放され、回復されていく年、それがヨベルの年であり、だから主の恵みの年と呼ばれていました。

 主イエスが宣教を始められる、始められて会堂で御言葉を読まれて、「捕らわれている人に解放を与え、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人が自由になる喜びの年が来る」神の救いの年がやって来る、いや、今既に来ている。
 主の御言葉はご自身が会堂でイザヤ書を読み、ご自分が宣教を始めるにあたって、今この時、ヨベルの年のように、人々に解放と喜びを宣言するのです。「今日、あなたがたが耳にしたとき、この御言葉は実現した」

 聖書にはヨベルの年として具体的に民が解放された記述があるわけではありませんが、しかし、今から17年前の2000年という年、主イエスの誕生から40回目のヨベルの年として、西欧のキリスト教国は、貧しい国々が抱えていた負債を免除したという出来事を思い起こします。その流れについに日本は乗ることがありませんでしたけれど、現代に至るまでヨベルの年は生きていたと感動しつつそのニュースを聞いたものでありました。

 皆さん、この2017年という年をどう歩もうとしているのか、私たち自身が主なる神によって解放されていく年にしたいと思います。

 この2017年は以前にもお伝えしましたが、ドイツのルターから起こった宗教改革から500年という一つの節目を迎えます。つまり、宗教改革から10回目のヨベルの年がやってきたと言えるかもしれません。そうであればなおさら、私たちはこの年を「主の恵みの年」としていきたいと願います。

 ルターが宗教改革の出来事の中で大切にしたことは色々とあると思いますが、基本的には「信仰と愛」この二つに集約できると思います。
ルターは信仰について、こう言い表しました。
 「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な君主であって、何人にも従属しない。」

 この世の権威とみなされる者、例えば当時でいえば、皇帝、ローマ教皇、あるいは規則、戒め、律法、また、修行と言われるような強いられた行為等の何物にも従属しない、なぜなら、信仰者はキリストにこそ従属するからである。これがルターが苦しみつつ、しかし、心に落ちた信仰のあり方です。
キリストに従属することにより、この世の力や権威に従属しないというのです。

 私たちは、このクリスマスを通じて、何度も何度も読んできた御言葉は「恐れるな」という御言葉でありました。私たちは、その人生においてどれほどの恐れ、不安を抱いているのでしょうか。家庭のこと、健康のこと、将来のこと、数限りなく不安や恐れが私たちに襲い掛かります。今国内外において、政治的な不安も増大しています。不安や恐れを感じると私たちは誰かの言葉に従ったほうが良いかなと思う。あるいは人の知恵の中でなんとかしたいと考えるものです。
 ヨセフは、マリアが妊娠していると知った時、とんでもないことだと思いながらも、その解決の為にと願い、マリアと密かに縁を切ろうとしたとありました。密かにとは律法に照らせば、姦淫は石打の刑だけど、そうならないようにということでしょう。ヨセフはこれで、少なくともマリアを救うことが出来ると考えたのでしょう。けれど、天の使いがヨセフに現われて、「ヨセフ、恐れずにマリアと結婚しなさい。マリアのお腹の子は聖霊によって宿ったのである」という言葉を聞いて、決心してマリアと結婚して、御子イエスの誕生となったように、不安や恐れがあると、人に従うこともあるけれど、内なる自分の知恵に頼るということもあるのだと思います。

 けれど、外に頼るとしても、内に頼るとしても、どこかで、自分の思いや願いでもって、そろばんをはじいてしまい、そしてそこには確かな解決の道が示されないのではないでしょうか。

 私が神学生の頃に聞いた話を思い出します。女性の先輩牧師が話をしてくれました。ある日のこと、礼拝に来られるお母さんが娘を連れて相談に来たというのです。娘は15歳、高校一年生、妊娠しているというのです。どうしましょうかという相談です。牧師も聞いて驚きました。正直なところ、どうしたら良いのか分からない、祈りましょうと祈って返すわけにもいかない、けれど、お嬢さんの話を聞いて、相手の男性も真剣な思いであることを知り、お母さんの話も聞きながら、牧師が祈りつつ最終的に決心したのは、お腹の子どもを諦めるのでもなく、全く逆で、二人の為に教会で結婚式を挙げて、二人を応援するという結論だったそうです。

 牧師は教会にもことの次第を話し、聞いた皆さんも、そういうことではと協力しながら、結婚式を挙げて、15歳の花嫁ですよ、皆さん、けれど、その後、数年して、若い二人はなんと十代の夫婦ということでテレビのドキュメントになって、たまたまそのドキュメントを見て、私は、あの時に聞いた話の二人だと思い起こしたのを覚えています。
 
 この時、法律がどうのとか、世の中の常識とか、高校生としてとか、様々な思いに従いながら判断していたとしたら、教会の働きは無かったと思います。神を信じる者が何者にも従属せず、神のみに従属する思いを持つときに、人は大きな解放と確かな主の恵の年を生きることが出来るのではないでしょうか。
 ルターは信仰については「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な君主であって、何人にも従属しない。」と表しました。

 と、同時に信仰と愛の、愛についてはこう言い表しました。「キリスト者はすべてのものに奉仕する僕であって、何人にも従属する」信仰者は、神以外の何者にも従属しないけれど、愛において全てのものの僕であると告げたのです。それはそのまま主イエス・キリストの福音宣教の教えであると言っても良いでしょう。

 今、次男が通っている高校は、12月23日がクリスマスの礼拝だったそうです。そのクリスマスの祝いで、シチューが出て、そのシチューの牛肉が学校で飼っていた雄牛の肉だったと聞きました。子どもたちが愛して育てていた牛の肉が振舞われる。しかも、随分固くて大変だったそうで、お祝の席でありながらも、子どもたちは美味しいような、そうでもないような、悲しいような、複雑な思いをした話を聞きました。
 人間が食べるためであっても、牛一頭の生き死にがこんなに話題になる、それは、私はむしろ当たり前だろうと思います。そこには、命に対する愛があると思うのです。

 けれど、今、当たり前ではない出来事が起こっているような思いがしてなりません。日本の各地で鳥インフルエンザにかかっている鶏が見つかり、一緒に飼われている鳥もどんどんと処分されるというのです。その数は一回に何十万羽です。人に感染しないようにという配慮だとは思いますけれど、でも、ブロイラーを小さなゲージに入れて、庭に出すこともせず、餌を食べるために首だけだせるようなっていて、ただ卵を産むだけの、物として扱っている。
私たちは消費者として安ければいいと思っているわけですけれど、でも、本当はそこに命に対する愛が見えないのではないですか。

 鶏に限らずに、物事を考えるときに、私たちはいつの間にか、安くて、早くて、美味くて、儲かる話を聞きたいと思っていますし、そこにこそ価値があると思っているのではないでしょうか。けれど、そこに本当に愛があるのでしょうか。愛を見ることが殆ど無くなっているのではないでしょうか。

 主イエスは、会堂でイザヤ書を手にとって、「主がわたしを遣わされたのは、捕らえられている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由に、主の恵みの年を告げるためである。」と語られました。愛とは、捕らわれている人の解放であり、圧迫されている人に自由を与えることです。

 弱い者への愛の眼差しが求められているのだと思います。現代は、富んでいる者と、貧しい者との格差がどんどん広がっていく社会だとも言われます。
それは、人が人に対して、弱い者、小さい者に対して、愛の眼差しを向けることが出来なくなっている。向けようとしなくなっているからではないですか。
 愛の無い社会を作り出そうとは誰も思ってはいないでしょう。けれど、どうもこの世の流れはそっちの方向に流れていっているように思えて仕方がありません。

 世界的にいよいよ保守的で、隣人を顧みない傾向が強まる中で、世にある教会が存在する意義も、これから行おうとする事柄も、行わなければならない事も、いよいよ多くなっていくのだと思います。
 何よりも、主イエスが告げられた「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した。」この実現をこの場で更に表して参りたいと思います。教会が教会を守るだけにとどまらず、愛をもって、この世に出ていくことが求められているように思えてなりません。皆さん、この2017年を、主の栄光を表す働きを共々に歩み始めましょう。


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遣わされていく

2017-02-06 15:07:49 | 礼拝説教
イザヤ書6章6節から読んで頂きました。セラフィムという言葉があります。岩波の聖書辞典で調べますと天使の階級には三つありまして、上級天使、中級天使、下級天使と分けられているそうで、セラフィムは上級天使の中でも炎の神として最上級の天使ということのようです。
 もっというと、私たちを個人的に守って下さる天使だとも言われているようです。私たちは、それぞれに固有の人生があり、固有の生き方、それゆえにそれぞれのタラントがあり、必要があり、状況が与えられているわけですが、その必要、状況をよく分かってなお、そこで力を与え、エネルギーを下さり、時には慰め、赦し、方向を示してくださる神の使い、ですから新約聖書で言えば、聖霊なる神のようにして、私たちの人生と共にいて下さる天使、それがセラフィムなのだと思います。

 そのような神の使いが私たちの人生を助けます。人といいますのは、子どもが大人になっていく、それはどういうことかというと「自立する」ということでしょう。与えられている状況の中にあっても、身近な人から、先輩からより適切なアドヴァイスを聞くとしても、その状況に振り回されることなく、その状況に最もふさわしい対応が出来るようになっていく、そのようにして大人になっていくわけですが、そのような生き方のために必要なことは何か、本日はそんな思いを持ってイザヤ書から考えていければと思うのですが、

 聖書には「セラフィムがイザヤの口に火を触れさせて言った」とあります。この火とは何か、それは「助け」あるいは「赦し」という意味のようです。口とは言葉です。キリスト教は言葉の宗教であると言われますが、どのような言葉を用いるのかによって、人は力を得て立ち上がることもできるし、がっくりと力を落とすこともあるのです。
 主イエスは「外から人の体に入るもので人を汚すことが出来るものは何もなく、人の中から出て来るものが人を汚すのである。」と話されました。今、インフルエンザが大流行していると言われていますが、互いに用心しなければなりませんけれど、もっと用心が必要なのは、人の中から、すなわち人口から出て来る言葉のようです。

 私たちの人生に必要なものは何か、色々と上げることは出来るでしょう。お金も必要ですし、健康も必要ですし、友達も必要ですし、思えばあれもこれも必要なものがあると思います。けれど、何よりも必要なもの、大切なものは言葉ではないでしょうか。

 どこのお宅もそうであろうとは思いますけれど、我が家でも一番盛り上がるのは食事の時です。家内が一生懸命に食事を作る、その食事が出来上がる頃には、どこからともしれずに、不思議と人が集まって来るのです。息子、娘もおばあちゃんも集まり、夕食は週の半分は皆一緒に食事が出来ます。本当に幸いだと思います。
 そこで今日あったあのこと、このこと、子どもたちが話したりする。調子にのって私が話し出しますと、あ、その話前も聞いた、これで何回目とか指摘されてしまうのですが(笑)、そのような非難に負けず、最後まで話してみたり、つまらない冗談を言い合ったり、笑いあう中で、子どもが思わず、「あ~我が家はいいなぁ」と言ってくれたりしますと、何が無いとしても、物では表すことの出来ない幸せとはこういうことだろうと思います。

 本日は午後から、「キリスト教の死生観」について一緒に学び、分かち合うことになっておりますが、私たちが生きる中で、生きてきた中でそれぞれに忘れられないと思う方がいると思います。その忘れられない人、人生の中で直接関わった方でもいいですし、歴史上の人物でもいいですし、自分もあのような人のように生きたい、あのような人生観を持って生きていきたいと思っている方がおられると思うのです。そしてその人を思い出す時に、その人が話した言葉、その人が記した言葉こそが、私たちの人生において忘れられないものとなっているのではないでしょうか。
 なぜ、忘れられないのかというと、その言葉は言葉だけで終わらず、実体、すなわち自分の人生に生きているからです。
昨年の10月末から12月末まで次男のKが2か月ほど学校に行かないで、自宅におりました。その事情についてここで話すことは致しませんが、その2か月間、色々なことをKなりに考えたようです。多感な年齢ですから、私もそれほど多くの言葉を交わすこともなく、じっと見守るしかないかなと思っておりました。それでも一つのきっかけとなりましたのは、ある日の日曜日の朝の事でした。Kはどうもその日の礼拝には出たくないと思っていたらしいのです。けれど、それでも、私が牧師室から電話しまして、礼拝出たらどうだと話したのです。

でも、それは大体いつものことです。他の子どもたちにも、いつも礼拝は出なさいと話すのです。
 その時のKも、電話口で、このことがあるから、あの事をしなければならないからと出られない口実を上げていましたが、それでも礼拝来なさいよと、まあ、私は厳しくは言えないタイプなので、優しく話しかけたのですけれども、突然、言葉のニュアンスが変わって「あ、そう、出た方がいいの、そうか、出ようかな。じゃあ、行くよ」そう言って礼拝にやって来ました。
 
その後、私はそんなことはすっかり忘れていましたが、Kが学校に戻りまして、校長先生に話したそうです。「あの時、父親が、熱心に礼拝に出ないさいと勧めてくれて、その熱心さを聞いていたら、こんなに自分を思ってくれているんだと思って感動した」というのです。
皆さん、だから礼拝出ましょう。

自分ではいつものことでも、そのいつものことに実体が伴う時、相手の心が動かされることがあって、その心動かされた言葉が、その人の内に実体となるのではないでしょうか。
 
 イザヤ書6章が記された時代は、どんな時代であったのかというと、イスラエルが最も良かった、恵まれたと考えられているダビデ王、ソロモン王という時代、紀元前1000年頃からソロモン王の後の後継者争いで、国が二つに分かれて、北イスラエルと南ユダという国となりまして、それぞれの王が立てられるのですが、南ユダの王にウジヤ王という王様が立てられました。別名アザルヤ王とも呼ばれますが、「主は私の力」という意味を持つ名前を持った王様です。この王様がまた良い王様として記されています。神様も大いに祝福して、戦いに行けば勝利し、戦うだけでなく農業にも力を入れ、今で言えば外交、内政共に力を入れて、国がどんどん豊かになっていく、そのようにしてソロモン以降でも最も良い状況だったかもしれない程になるのですが、しかし、年を重ねて召されていくわけです。
 
王が変わると、国も変わります。今、アメリカの大統領が変わりまして、アメリカのみならず、日本も、西欧社会も、世界中がどうなるのかと非常に心配な状況が続いておりますけれど、ウジヤ王が死んでしまった。そもそもイザヤ書6書は、1節を見ますと、はっきりと「ウジヤ王が死んだ年のことである」と記されます。
 さあ、これからどうなるのかと人々が不安に思っていた、その頃に、イザヤが天に挙げられて、天の会議のような場面となり、一つの席にイザヤが座らされて、セラフィムがやって来て、イザヤの口に火を触れて、触れた後に、主が語りだします。「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わっていくだろうか。」と問いかけた時に、火に触れた口、すなわち、助けられ、赦された口が、イザヤの口が「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください」と語りだした、そういう場面となっているのです。

 自分が、これからの新しい王と共に、この口でもって主の民を導くために、実体のある言葉でもって語り掛けるようにと、遣わされようとしているのです。とはいえ、南ユダという国は、イザヤの願いとは違い、歴史的には残念ながら更に混迷を深めることにもなります。けれど、だから諦めるのでもなく、絶望するのでもなく、どんな状況の中にあっても、なお、主の御言葉を語り続けるのだと続くのです。
 皆さん、私たちは勿論イザヤではありません。預言者でもありません。でも、やっぱり私たちも、神さまによって遣わされているのではないですか。

 読んで頂いたローマの信徒への手紙の1章18節からのタイトルは「人類の罪」と付けられています。先週の礼拝でも話しましたけれど、ヤコブ書に「世の友」となることは「神の敵」になることだと記されています。世の友とは、神を知りながらなお、神を神とせず、感謝することもなく、誰かの上に立つことこそが大事、勝つか負けるか、強いか弱いかで世の中が決まると思っているような人々が世を支配しようとする、それこそ「世の友」となることではありませんか。
そして、その先はむなしい思いにふけり、こころが鈍くなり、一層暗くなっていくだけの人生ではないでしょうか。

 ある所に、信仰生活の長い大変穏やかな、又、笑顔の似合うご婦人がいたそうです。教会の為に働き、一生懸命に伝道していました。けれど、ある日牧師に手紙をよこして来た。その内容は、自分の兄弟が事業に失敗して、負債を抱えたまま姿をくらましてしまったこと。その為に、一緒に住んでいたお父さんだけが残され、自分が引き取る事にしたこと。しかし、そのお父さんが、娘の所に来て緊張が解けて、安心したのか、すっかり寝込んでしまったこと。看病を自分も一生懸命やっていたのだけれども、自分自身が疲れ果てて、自分も寝込むはめになったこと。次々と思いもがけない不幸が起こってくる。けれど、その不幸を不幸だと嘆くのではなく、その中で一番自分が悲しいと思うのは、そういう体験の中で、自分の言葉がとても悪くなっていくことだとそう書いてありました。自分の置かれた状況の中で、疲れが出て文句の言葉が出てくる、呟きが出てくる、不機嫌になってくる。そしてそれは当然のことだと思う。
 自分はこんなに苦労しているのだから、不満が出て、そして人に当たって、更に自分が悪いとは思っていない。しかし、その根底において神がいなくなってしまっているということに、このご婦人は気づいて、そのことがもっとも悲しいと書かれていたそうです。
神様が本当に神様なら、この自分の置かれている状況をみれば、神様の方からサービスしてくれてもいいじゃないか、それが神様だろうと思うのです。その思いが間違っていないと思うからこそ、言葉が悪くなるのです。そして神様をないがしろにする時、やっぱり主イエスを十字架にかけ、神を殺そうとするのではないでしょうか。
 しかし、それならば当然のごとく神の怒りはそのような、信じていると思っていながら、実は自分が主人となってしまっている人々に向けられるべきでしたが、その怒りはその人々には向けられず、全ての怒りが、愛する独り子イエスに向けられ、不信心と不義な人々は死なず、死んだのは主イエス・キリストでありました。 
 皆さん、だから私たちは赦されているのです。その許しは徹底的な赦してであり、更にだから、皆さん、私たちは遣わされているのです。神さまの赦しと和解の福音を携えて生きていくようにと主の御言葉を宣べ伝える者として遣わされているのです。そのような人生を感謝をもって、喜びを持って歩んで参りましょう。

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