日本キリスト教団 大塚平安教会 

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あなたを生かす力

2017-04-02 14:43:06 | 礼拝説教

【マタイによる福音書20章20~28節】

 2017年度になりまして最初の礼拝が与えられました。この礼拝の中で、ドレーパー記念幼稚園の先生方、教職員の方々の任職式が執り行われます。私たちはここに集われている先生方を覚えつつ、幼稚園を覚えつつ、働きが守られますようにと祈りながら礼拝を進めていければと願います。任職式が行われ、そのすぐ後に、月の最初の主日でありますから、聖餐式が執り行われます。

 この聖餐式は2000年に亘るキリスト教の教会の歴史の中で守り続けられて来た儀式です。私たちプロテスタント教会では、洗礼式と聖餐式との二つを専門用語では「聖礼典」と言い表します。聖書の聖、礼拝の礼、式典の典という字を用います。カトリック教会では「秘跡」と言います。カトリック教会では七つの秘跡と申しまして、洗礼式、聖餐式、堅信、ゆるし、病者への塗油、叙階、結婚、を秘跡とします。それがどのようなものか、一つ一つの説明は致しませんが、結婚はどなたでもすぐにわかるでしょう。病者への塗油とは、病気の時に油を塗るというよりは死にゆく者に対して教会の祭司が行わなければならない大切な一つ役割です。

 日本では人が死ぬとどうなるのか、わかりませんが例えば三途の川を渡るのだと教えられます。その三途の川を渡るには金銭が必要だとも言われます。ですから場所によっては棺の中に、お金を入れる習慣が今でもあると思います。昔は六文銭を入れることになっていたようですが、そのように教えられ、そういう習慣を持っている方々がいたとして、家族が亡くなったときに、お金を入れないで葬儀を行ったとすれば、恐らく遺族は死者に対して罪意識や罪悪感を持つのではないでしょうか。

 教会では死者の棺にお金を入れることはありませんけれど、そのようにして長いカトリック教会の歴史においては、死に行く人に対して油を塗る、勿論、油を塗ってその人の為に祈るのです。死に行く人にとって、また、見守る家族にとって、この行為が無ければ死んだ後に、魂は救われないのだと信じられていました。ですから油を塗る時間も無く、突然に死んでいくことが大変恐れられていたとも言われます。 

 人の死に対する思いは時代の進歩とはあまり関係なく、気持ちとして、思いとしては抑えがたいものがあるのではないでしょうか。簡単に割り切れるものではありません。

 そのような、人がとても簡単に割り切れないと思われる出来事に関して「秘跡」、私たちの言葉で言えば聖礼典が行われていたと言うこともできると思います。

 例えば結婚もそうです。聖書の箴言という箇所(30:18)には世の中には分からないことがあって、その一つは男と女が出会うことだとあります。私たちはこんな人と出会いたい、あんな人と出会いたいと願う、けれど、当然自分の思いだけでは結婚出来ず、出来るとしたら、その出会った男女に対して神様が正しく介入されてこそ結婚まで進めるのです。だから結婚も秘跡だというのです。秘跡という言葉はギリシャ語のミュステリオンという言葉が語源です。このミュステリオンが英語となってミステリーとなりました。ミステリー、一般的には神秘とか不思議なことと訳されます。

 ですから、人の目にはわからない、神様の領域だと言うこともできるかもしれません。しかし、それを目で見てわかる儀式が聖礼典と呼ばれるのです。

 叙階という秘儀は、聖職者と呼ばれる者に対して行われる儀式ですが、今日の幼稚園の先生方の任職式も、その一人ひとりが聖職者となるわけでありませんけれど、キリスト教の教会が生み出したドレーパー記念幼稚園で働かれるということは、ただ幼稚園の先生としてだけではなく、子どもたちを自分の所へ来させないと話された主イエスの教えを汲んで頂いて、その思いを子どもたちにも伝えていって欲しいと願う教会の思いが込められた任職式であると思うのです。

 そのような歴史、背景を持つ幼稚園で働かれるということも、ただ自分で決めたからとか、採用されたからとか、人が決めたということを超えて、主なる神が自分の人生に介入されて、その人生の中で繋がりを持って下さり、働きの場が備えられたのだと私は思いますし、教会の多くの皆さんが祈りを込めてその働きを支えようとしていることをどうぞ忘れないで頂きたいとも思います。

  そのようにして、私たちの人生に神様が直接的に、あるいは間接的に介入される業、その目に見えない恵みが見える形として示される業を「秘跡・聖礼典」としたのでありましょう。

  プロテスタント教会の聖礼典は七つではありません。二つです。それが洗礼式と聖餐式です。私たちの教会は、この聖書的に根拠があると信じる二つをもって、神の介入の目に見える業と信じて行っている儀式であります。

 当時の教会は良くも悪くも、というより悪い方向に堕落し、非常に世俗的になっていたと言われます。それゆえ秘跡としての七つの儀式もただ形だけの、心の無い、形骸化したものであったと言われますし、当時の教会にとって都合のように用いられていただけであったとも言われます。そのことを憂いた宗教改革を行った先達が、聖書の中に根拠のあると考えられる洗礼式と聖餐式を聖礼典とすると定められていったのでありましょう。

 本日はマタイによる福音書の20章という箇所を読んで頂きましたが、場面はイエス様と弟子たちの一行がエルサレムに向かって旅をしている場面です。

 21章からは、エルサレムに入られた場面が読まれますが、その場面から、ご自身が捕らえられ、裁判にかけられ、十字架刑に付けられる一週間の始まりを意味します。今年度で言えば来週の9日の日曜日がその日にあたります。9日にエルサレムに入り、13日の木曜日に最後の晩餐を行い、14日に十字架刑に処せられます。そして、三日後の4月16日が今年度のイースターです。

 ですから、今日読まれた箇所も主イエスの思いとしては緊張が強いられる場面でもあったと思います。緊張感を持ちながら、弟子たちを前にしてご自分がこれからエルサレムにおいて、捕らえられて、裁判にかけられて、十字架刑となり、しかし、三日目に復活すると、弟子たちに伝えた後の出来事です。「ゼベダイの息子たちの母が」と回りくどい書き方ですが、弟子のヤコブとヨハネの父親の名前がゼベダイと言います、しかし、父ではなく、母が登場して、二人の息子と共に主に願い出ました。主の十字架と復活の出来事について聞いて、その深い意味まではわからないとしても、ともかく主イエスの御支配がいよいよ、本格的になるのではないか、主イエスがこの世の王として君臨する時が近いのではないのかと感じたのではないでしょうか。その時にはどうぞ、この二人の息子をあなたの側においてくださいと願い出たのです。読めば、なんと愚かなことをしたと思わされる場面かもしれません。

 けれど、この母の名前はもしかしたらサロメと呼ばれる人ではないか言われます。となると主イエスの母マリアの姉妹ではなかったか、とすればなおこの人は主イエスが十字架にかけられたときに、弟子たちは逃げてしまったけど、最後まで十字架の側で見守っていた婦人たちの一人であったのではないかとも言われます。

 今はまだよくわからないけれど、いよいよあなたの支配が始まろうとしているのですね。その時にはこの息子たちがあなたの役に立てるならば、とむしろ謙遜な思いを込めて願ったのではないでしょうか。けれど、尚、それは愚かな言葉であったには違いありません。

 主イエスは「あなたがたは、自分が何を願っているのか、分かっていない。このわたしが飲もうとしている杯をのむことができるか。」と言われました。わたしが飲もうとしている杯とは何か。ここで思い起こしますのは最後の晩餐の後に、一行が外に出まして、ゲッセマネと呼ばれる場所に移動して、そこで主イエスが祈られた場面です。この祈りの後に主は捕らえられるのです。捕らえられる直前に主イエスが必死の祈りを捧げるのです。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」。

すなわち「この杯」とは主イエスの十字架の苦しみ、十字架の死を意味していることがわかります。

 ゲッセマネの祈りの前に最後の晩餐と呼ばれる「主の晩餐」が行われます。そこで主イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂いて、弟子たちに与えながら言われます。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」それから、杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らに渡して言われます。「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。言っておくが、わたしの父の国であなたがたと共に新たに飲むその日まで、今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。」この主イエスの業と御言葉こそが、聖礼典としての聖餐式の根拠ともなります。

 主イエスがパンを取り、これは私の体である。杯を取りこれは多くの人の為に流される契約の血である。と言われた意味は何か、パンも杯も十字架に付けられる主イエスの姿を思い起させるものです。主イエスの十字架とは、私たちの罪に対する神の子、主イエスだけが担うことのできた贖いの死であると、私たちは教会で教わり、またそのように伝えます。ですから、主イエスが弟子たちに向かって「このわたしが飲もうとしている杯を飲むことができるか」という問いかけは、「あなたもわたしのように十字架にかけられるそのような覚悟を持っているのか」という問いかけでもあると思うのです。少なくともそのような厳しさが込められていると私は思います。簡単に「できます」とも答えられないような厳しさだと思います。

 とはいえ、弟子たちは「できます」と答えました。この時には主が問われた意味さえよく分かっていなかったであろう弟子のヤコブとヨハネでした。けれど、実際この二人は、主イエスの十字架と復活の出来事を通し、また聖霊に満たされて立ち上がり、主イエス・キリストの福音を宣べ伝える二人となり、ヤコブは使徒言行録の12章によれば、ヘロデ王の迫害によって剣で殺され、殉教の死を遂げることになりますし、ヨハネは長く生きたと言われ、またヨハネによる福音書を記したと言われますけれど、生ける主イエスと共に生きた数少ない証人として、その生涯を福音宣教の為に生き抜きました。しかし、その人生のほぼすべての時間を、キリスト教に対する迫害の中で生きた人でもありました。

 ヨハネは主イエス・キリストを宣べ伝えながら、礼拝において主イエスが教えて下さったようにしてパンを裂き配りながら、杯を取って渡しながら、何度も何度も今日読まれた箇所について話をしたのではないでしょうか。自分が如何に愚かな者であったか、しかし、今となって、どんなに主イエスの福音の中に、愛の中に包まれて幸いを生きているのかを宣べ伝えたのではないでしょうか。主イエスの十字架刑と復活からキリスト教は300年以上に亘って迫害を受けました。けれど、その迫害の中で、命がけで守り続けられた礼拝の形が聖餐式でありました。迫害されてなお、理解されなくともなお、このパンと杯によって、主イエスの十字架の姿を思い起こし、そこに神の愛が示されていることを心から受け入れながら、数えきれない程の殉教者を出しながらも、神のミステリー、神の業が守られて来たことを思います。

ですから、私は改めて願います。この聖餐のパンと杯を今ここにおられる方々の全員が受け取って頂ける日が与えられる日が来ることを神に願います。現代の日本においてキリスト教は迫害されることはなくなりました。けれど、尚更この聖餐の業がどこまで私たちが心改まる思いで受け止めているのかが問われているのだとも思います。

 このパンとこの杯は何を意味しているのか、これ以上、限られた時間の中で今日読んでいた頂いた聖書箇所の全部について話すことは出来ませんが、最後に更に一個所読みたいと思います。

マタイによる福音書の20章27節、28節「いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子が、仕えられるためにではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように」この御言葉に込められているのは、十字架とは徹底的な神の愛の形であったということです。主イエスはわたし達に、ただ一つ「愛すること」を求められています。徹底的に愛することです。「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と教えられた主の御言葉を思います。パンと杯の中に、その十字架の中にこそ、愛がある。私はそう信じます。ヨハネの手紙4章10節は良く知られている御言葉です。「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります」。「ここに愛がある」と聖書は記します。ここに愛があるのです。ここに愛の思想があるのではなく、愛の理想があるのでもなく、こうしたら愛することだという説明でもなく、筋道が建てられているのでもなく、愛がここにあると聖書は伝えます。ここに、この場に愛がある。幼稚園でも、教会でも、それぞれに置かれたその場でそのように生きるのです。わたし達はそのように生きていけば良いのです。主の恵みをしっかりと受け止めて、この一年も歩んで参りましょう。                    


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