日本キリスト教団 大塚平安教会 

教会情報や牧師のコラムをごちゃごちゃと

主がつかわすメシアにあうまでは

2019-01-05 17:47:58 | クリスマス
【詩編77編1~16節】
【ルカによる福音書2章22~38節】

 本日、2018年、最後の主日礼拝を迎えました。先週までの少し慌ただしい思いで、また賑やかな思いでクリスマスを過ごして参りました。聖夜礼拝では100名の方々が集まって下さり、本当に素敵な礼拝を守りました。
 それから、あっという間の一週間という思いが致します。本日は年末の少し落ち着きを取り戻している礼拝です。しかし、本日読まれましたシメオンとアンナが登場する聖書箇所も御子イエスの誕生に深く関わりを持つ、クリスマスの出来事の一つと言えるでしょう。
 と言っても、あまりクリスマスのメインで読まれる箇所でもありません。これまでこの12月、御子イエス、母マリア、父ヨセフ、天使ガブリエル、羊飼い、東からの博士達が何度も何度も登場しましたが、シメオン、アンナはそこに含まれることは殆どありません。むしろ、この本日のようなクリスマスの後の、一年の締めくくりのような週の礼拝にこそ選ばれる箇所であると言っても良いでしょう。

 しかし、あのクリスマスの出来事に登場した様々な人々に勝るとも劣らない程に、神の愛を受け取り、喜びに生きた人として記されている美しい場面であると思います。

 「モーセの律法に定められた彼らの清めの帰還が過ぎたとき」とあります。出産後の清めの期間、律法で定められていた日数がありました。男の子が誕生したら、八日目に割礼を施し、名前を付ける。それから33日間は清めの期間とされていた。合わせると40日となります。その期間が過ぎたら、神殿に行って授かった子供を感謝して神に献げる儀式を行いました。具体的には、子どもを連れて鳩なり、財産のある家は子羊なりを献げるようですが、決められた献げ物を献げて、それによって改めて自分達の子として返してもらうわけです。
 
 マリアとヨセフもまたそのような習慣、儀式を大切にしていたと思います。特に、マリアとヨセフにとって、御子イエスの誕生は特別な意味を持っていたことは間違いありません。この御子の誕生に、自分達だけではなく、主なる神が直接的に関わりを持っていてくださる。マリアのもとに、またヨセフのもとに天の使いが現れて、「恐れることはない。」と話しかけ、そして御子の誕生を告げられる。その言葉が全て現実となって、自分達の腕に今抱かれている幼子がいるのです。
 先ほど、儀式、習慣と申しましたけれど、二人にとっては習慣だからとか、儀式だからとか、決まっているからを越えて、圧倒的な神の力の中に自分達が包まれていることを感じながら過ごした40日間であり、そういう意味では、一日でも早く神殿に行って、この御子の誕生を、クリスマスの出来事を主なる神と共に喜び合いたいと思っていたのではないでしょうか。

 エルサレムの神殿、その大きさの程はよく分かりません、賽銭箱が13も置かれていたと言われますから、相当大きな建物であったことは間違いありませんし、礼拝の日だけでなく、一日に朝から晩まで実に多くの人々が、巡礼の旅をして、あるいは献げ物を献げるために神殿を訪れていたに違いありません。
 
 マリアとヨセフも勿論、特別な思いで御子イエスを抱えながらやって来たに違いありません。しかし、神殿の側から見れば、祭司の側から見るとすれば、何人、何十人、あるいはそれ以上の人々が毎日のようにやって来る、幼子を抱えてやって来る親子も何組もいたでしょう。彼らは、その中の一組でしかなかったと思います。何月何日に行きますからと祭司と約束があったとも思われない、

 祭司の側から見れば、殆ど記憶にも残らない程の、ささやかな親子でしかなかったと思われます。

 しかし、御子イエス・キリストの誕生の喜びを、あるいはその「喜び」の為にこそ、命与えられ、生きてきた一人の人、シメオンと呼ばれる恐らく老人だと考えられますが、霊に導かれて神殿の境内に入って来ました。

 シメオンは「正しい人で信仰があつい」人でした。「イスラエルの慰められるのを待ち望み」続け、主の宮を訪ね続けた人でありました。そして「聖霊が彼にとどまり」、「主が遣わすメシアにあうまでは決して死なない」というお告げを聖霊から受けていたというのです。

 神殿には多くの祭司がいたでありましょう。けれど、その殆ど誰もマリアとヨセフの家族に目を留めなかったかもしれない、でも、このシメオンこそが、この家族を待ち望み生き続けていたのです。そして聖霊に導きによって、御子イエスを見つけました。 
 喜びに溢れ、御子イエスを抱き上げて、神をたたえて祈りました。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり この僕を安らかに去らせて下さいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。」と神をほめたたえるのです。

「僕を去らせて下さいます。」という言葉の意味を、注解書や多くの説教者が共通の理解としているのは「死ぬ」ということを意味しているということです。地上の生涯を終えること、命が取られることです。終わりを意味するといこともあり、ですからこの聖書箇所は、今日のような年末の主日礼拝にふさわしいとも考えられています。

 シメオンはクリスマスの出来事によって、誕生された御子イエスを手に抱いて、「今こそ、あなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださる」つまり、私はもはや、いつ死んでも悔いのない人生を生きることが出来ました。という感謝の思いを告げているのだと思います。
 
 聖書にはこの場面でしかシメオンについて読むことが出来ません。ですから、この後、シメオンがどう生きたかわかりません。けれど私は、神の恵みに生き、そして静かに召されていったであろうと思います。

 この2018年を振り返りますと、私たちの教会員でありました、S兄が天に召されたのは今年の1月7日でありました。1月7日は2018年の最初の礼拝の日でもありました。私が最後にSさんとお会い出来ましたのは、更に半年前の事でした。奥様と共にホームを訪問することが出来、その時は私が牧師であることもチキンと理解しておられましたし、寝たきりの状態でも、随分と話が弾み、行って良かったなと思いながら帰って来たことを思い起こします。
けれど、それら凡そ半年、元々、心臓も、お体全体も、弱っておられましたけれど、頑張って生きて来られて、1月7日に召されて行かれました。

 夏の7月11日にはM姉が召されて行かれました。教会では夜の祈祷会が行われていたその時に、連絡が入りまして倒れられたこと、危篤であることが告げられ、慌てて駆け付けましたが、殆ど手当も出来ないままに、苦しむ間もなく召されて行かれました。
 そして先月、11月29日には、M姉のご主人T兄が思いがけなく召されて行かれた。葬儀は12月3日の日曜日の夕と4日の月曜日にかけて行われました。

 10月の第2日曜日の礼拝後、各部集会の日に、私は青年会の方々と一緒にT兄を訪ねて、聖餐式を行うことが出来ました。

 訪問聖餐、病床の聖餐式、そのような式に一緒にいてくれた青年の皆さんは良い経験をされたと思います。パンを口にするのは殆ど無理ではないかと案じておりましたが、でも、杯のほうはしっかりと口を付けて飲んで下さった。
その飲んで下さった後に、いきなり目が大きく開いて、何か、どこかに行っていた心が、帰って来たかのように顔の表情が変わり、いきなり顔の血色が良くなりました。聖餐式を行ったことを理解して下さったのだと思います。そのことを、皆で喜んだことは忘れられません。

 この2018年、ですから少し極端かもしれませんが、葬儀で始まり、葬儀で終わるような一年であったと言えるかもしれません。今、ここでこれ以上は三名の方々の思い出や、偲ぶ言葉を話す暇はありませんが、でも、この三名の方々に共通しているのは、死のその時まで、最後まで信仰者であったということです。教会から離れず、信仰の兄弟、姉妹として、救い主である主イエス・キリストを遥かに仰ぎ見て、それぞれに与えられた人生を、特に三人とも幼少期には戦争という時代に生き、自分達の人生の価値観が大きく揺さぶられるような経験を通しても尚、あるいは、そのことによってより強く神と繋がり、インマヌエルの神、主我と共にいます信仰を持って歩まれた方々でありました。

 そして、改めて思うことは、人の死とは、いつでも突然であり、思いがけないことなのだと思います。予定通りの死というのはあり得ません。なぜなら、命の生きるも、死ぬも私たち人間の領域ではなく、神の領域だからです。だから死はいつも、突然です。
 
 だからこそ、ここで問われることは、このシメオンのように、シメオンが御子エスを抱きながら「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり この僕を安らかに去らせてくださいます。」と神を褒めたたえた信仰、自分はいつ召されるとしても、悔いなしと思える信仰に、私たちも生きていきたいものだと思います。

 しかしここで大切なのは、シメオンは御子イエスに出会えたから、そんな思いに至ったわけではないということです。もともとシメオンは「イスラエルの慰められるのを待ち望んで」生きていました。イスラエル、勿論シメオン自身をも含めて、自分達が、全てのイスラエルの全ての人々が、慰めを受けることが出来るようにと、待ち望みつつ生きていたのです。

 神がどのようにしてシメオンに約束されたのかはわかりません。まさに聖霊によって約束がなされたとしかいいようがありません。しかし、シメオンはその約束を信じ、長い年月に亘り、誠の主の到来を待ち、主が到来される日を遙かに仰ぎ見ながら、イスラエルの慰めを祈り、生活をしていたのであろうと思います。そのような信仰がシメオンを支えていたのではないでしょうか。

 高齢化社会と呼ばれるこの時代に、生きる私たちですが、私は決して年齢ではないと思います。私たちは日本の伝統的な暦によれば、新年になると、また一つ年を取ることになります。けれど、大切なことは「年齢によらない信仰」ではないでしょうか。
 本物の、実体のある信仰とは、昨日よりも、今日、今日よりも明日と、信仰が日々深まっていくものだと思います。年を取る、体が思うように動かなくなってくる。昔はあんなに働く事が出来たのに、頭があんなにくるくると回転したのにと思うことがあると思います。人の名前は出て来なくなり、今、自分は何をしようとしていたのだろうかと思う時もある。年を取るとはそういうことかもしれません。

 シメオンもアンナも決して例外ではなく年を取り、体は若い頃のようでは無かったでしょう。体は衰え、目は見えなくなり、耳も遠くなっていたかもしれない、しか、だからこそ一層、その信仰は衰えない、それどころかその信仰が益々深くなってきていたのではないでしょうか。

 スイスのトゥルニエという医者は「年を取っていくごとに大切なことは、自分の生きて来た人生の全てを、イエスと受け入れることだ」と説明しました。

 老いを受け入れるとは、老いていく事を受け入れるだけで無く、自分のこれまでの人生の全てを受け入れる事です。私達の人生は、必ず一方通行であって戻る事はありません。又、人生は必ず前に向かって進むものでありますが、といって前に突然飛んでいってしまうという事もなく、一年に一つ年齢を重ね調和を保って流れていくのです。

 だからこそ、若い人は若いなりに、又、年を取った方は取ったなりに、その時その時、人生の各段階において精一杯生きる事、それが人生を受け入れる事であり、大切な事であるとトゥルニエは説明致しました。

 少年少女時代の自分、青春時代の自分、大人としての生活の自分、その自分を自分が受け入れる事が出来る時に、老年時代をも受け入れる事が出来、そして又死をも受け入れる事が出来るのだと記されています。

 「全ての事が相働きて、益となる」。あの事も、この事も、神が共におられ、確かに大きな辛い出来事だったけれど、けれど、それもまた自分にとって宝とされて、今を生かされていると喜ぶことが出来る。あるいはいつ死ぬか、明日死ぬか、今日か、明後日かと心配、患いの中で生きるよりは、昨日よりも今日、今日よりも明日と確かな人生の前進を目指して生きて行ける信仰、御子イエスに出会い、より一層確かな信仰に生きたシメオンのように、私たちの生涯も、人生を貫いて主イエスが共にいて下さる。こんな感謝なことはない。だから、また私たちは歩き出せるのです。 お祈り致します。

コメント   この記事についてブログを書く
« ナザレからベツレヘムへ | トップ | 主に向かって生きていこう »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

クリスマス」カテゴリの最新記事